プリすば!   作:負け狐

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三章ボス戦、スタート


その59

 アルカンレティアの温泉。その源泉に続く道は、普段は街の騎士団によって警備が行われていた。貴重な観光資源を守るためである。

 が、今この瞬間だけはそこに警備兵が存在していなかった。臨時の温泉管理人であるとある男が揉め事を起こしたおかげで一時的に出払ってしまったのだ。どうやって侵入しようかと考えていたハンスにとって、これは重畳。戻ってくる前に入口を抜け、そして先に源泉へと向かったその臨時の管理人を喰い擬態すれば騒がれることなく破壊工作を終え帰還できるだろう。ふん、と口角を上げながら、彼はそのまま管理人に追いつかんと足を進めた。

 彼は知らない。何がどうなると警備の騎士がその場からいなくなるのか、どうしてそんなことが出来てしまえたのかを。エリス教徒である騎士達にさりげない嫌がらせをしながらこいつ手に負えねぇと思わせるほどの、管理人の中身のことを。

 

「あれか……」

 

 山道を歩きながら、ハンスは程なくして一人の男の背中を見付けた。街の噂で管理人が変更されたということは聞いていたが、どうやら着ている服装からして神官らしい。何がどうなるとアクシズ教のプリーストがこんな役目に就くのか。彼はそこを知る由も無いし、知る気もない。ただただ、そいつを喰らって擬態するための素材にする。考えていることはそれだけだ。

 だから。

 

「むっ! 《リフレクト》!」

「なぁっ!?」

 

 背後から襲いかかったハンスを弾く、そんな状況など全く想定していなかったのだ。

 飛び退ったハンスは管理人の男を見る。少し白髪交じりのその男は、髭を撫でながらこちらをじっくりと観察していた。

 

「ふむ……。人ではないようですな。ここは関係者以外立ち入り禁止、警備の者がいたはずですが。まったく、これだからエリス教徒は」

 

 原因を作ったのはこの男である。勿論そんなことは棚に上げて、温泉臨時管理人――ゼスタはやれやれと頭を振っていた。やはりあの連中を首にしてアクシズ教徒にしなければ。そんなことを追加でぼやいた。

 

「おお、いけないいけない。今の私は既にその権限が無かったのでした。まったくマナさんにも困ったものです。別に私は性転換するよりついたままの方が二度美味しいと忠告してあげただけなのに……。勿論完全に女性に変わってしまうのも素敵ですが。……甲乙付け難いので両方試せばよかったんですよ、くぅ、失敗した」

 

 ハンスが数歩下がる。突如理解出来ないことを言い出した目の前の男に、スライムなりの恐怖を覚えたのだ。おそらく性癖の話をしているということは分かる。突然それを口にする意味が分からなかった。

 勿論マナがゼスタをトップから排除した理由はそれではない。理由の一つである、ということもない。その話を聞いていた時、当時は彼であったマナが非常に冷めた目で見ていたが、それだけである。

 

「おお、いかんいかん。それで、目の前のあなたは、私に一体何の用ですかな?」

「……えぇ」

 

 平然と会話を続けようとするゼスタにハンスが引く。が、すぐに気を取り直すと、そんなものは決まっているだろうと彼を睨み付けた。ぐにゃりと体の一部が歪み、本来の姿であるデッドリーポイズンスライムの容貌が見え隠れする。

 

「貴様を喰らって、この俺の糧にするのさ」

 

 話すことなど何もない。そう言わんばかりのハンスの攻撃を見ながら、ゼスタは成程と頷きながら両手をかざした。そうして生み出された光の壁に、ハンスのスライム体が再度弾き返される。

 

「スライム……それも相当高位のスライムですね。体全体に魔力を帯びている」

「何なんだお前! ただの管理人じゃないのか!?」

「ただのしがない温泉管理人ですよ。臨時の、ね」

 

 そういうあなたは一体何者ですか。あくまで自然体のまま問い掛けるゼスタを見て、ハンスはギリギリと奥歯を噛みしめる。自分が倒されることは無いだろうが、目の前の男を相手にすると相当厄介なのは感じ取った。

 まあいい、とハンスは表情を戻す。向こうが知りたがっているのならば教えてやろうと口角を上げた。そうして隙が出来さえすれば、一気に喰らってやる。そんなことを思いながら口を開いた。

 

「そんなに知りたければ教えてやろう! 俺の名はハンス! 魔王軍幹部のデ――」

「《セイクリッド・ハイネス・エクソシズム》!」

「ぐぁぁぁぁぁ!」

 

 突如現れた破魔の魔法陣により、ハンスが光に包まれる。魔王軍幹部とはいえ純粋な悪魔の系譜とは違う彼はその一撃が致命傷になることはなかったが、それでも当然ダメージは負う。デッドリーポイズンスライム、物理攻撃に非常に強く、魔法耐性も持ち合わせている存在であったが、浄化は別系統だ。そういう意味では、目の前の男は相性がよろしくないといえるだろう。

 が、所詮は人間。このくらいが限界だ。少しよろめいたものの、どうってことはない。ハンスにとって問題なのは、それよりも。

 

「人が名乗っている最中に攻撃するとか、お前には空気を読むということが出来んのか!」

「魔王軍幹部ということさえ分かれば十分です。魔王しばくべし! それがアクシズ教の教えですからな」

「いや聞けよ! 種族くらいは聞いておけよ! 魔王軍幹部のデッドリーポイズンスライムといえば、相当有名だろうが!」

「……なんと!? あの、高額賞金首の!?」

 

 ゼスタが目を見開く。よしよし、その反応が見たかった。ハンスは少しだけ溜飲が下がった表情で彼を眺めた。当初の、その隙に喰らうということは頭から抜け落ちている。

 

「ふん、そうだ。さあ、恐れ慄き許しを乞え、そうすれば――」

「時に、その姿は擬態ですかな?」

「は? ああ、まあ、そうだな」

 

 再度勢いを削がれた。ゼスタが非常に真剣な顔でそう問い掛けたことで、ハンスも思わず普通に答えてしまう。そうですか、と頷いたゼスタは、その鋭い眼差しを彼へと向けた。

 スライムということは、当然性別はあってないも同然。そうでしょうという質問に、まあ一応とハンスは答える。

 

「……よく分かりました。私はあなたに倒されるわけにはいきませんな」

「今の質問でその結論に辿り着く流れが分からん!?」

「が、しかし! もしその姿が、修道服がはちきれんばかりの胸を持った美人のプリーストで、しかもスカートをたくし上げたらスライムのごとく粘液にまみれており! その下半身がねっとりと私に絡みついたあげくゆっくりと捕食するようなものであったのならば! おそらく私は力及ばず倒れていたことでしょう」

「……ちょっと何言ってるか分からん」

「擬態、出来るのでしょう?」

「いや、出来るが……」

「ちらっ、ちらっ」

「やらねーよ!?」

 

 スライムの身であるにも拘わらず、何故か背筋がぞわりとしたハンスはじりじりとゼスタから距離を取り始めた。一方のゼスタはゆっくりとハンスに歩み寄る。もしこの光景をここから見ている者がいたならば、どちらが魔王軍か分からなかったかもしれない。

 

「おや、どうしました? 私ではあなたに敵わない、ならばせめて最期のリクエストくらい聞いてくれてもよいのでは?」

「嘘つけ! 分かるぞ! お前はこの状況でも余裕で逃げられるだろうが! くそっ、だからアクシズ教徒は嫌なんだ! 規格外がぽこじゃかいやがって……!」

「失礼な。皆アクア様の教えを守る素晴らしい人達ですぞ。お姫様に憧れ自らを女性へと転じたり、世界に縛られないよう地形を自由に構築してみたり、ブラコンが高じて義理の弟を無から生み出したり、ブラコンが高じて義理の兄を無から生み出したり」

「おかしい……頭おかしいぞお前ら……!」

 

 ゼスタの口から出てきたアクシズ教徒はほぼ全て規格外だ。それを平然と受け入れているのだから、当然こいつも普通ではない。というか先程の会話で十分理解している。

 

「ちぃ、計画を一旦中断するべきか……だが」

「何をぶつぶつと。魔王軍幹部ならば覚悟を決めるべきでは?」

「こいつ……! ああいいだろう! 貴様のリクエストなど聞かずに、この場で喰らって――え?」

「それは残念です。ならばこちらとしても――おや?」

 

 そこで気付いた。いつの間にか、二人を囲むように魔法陣が構築されていることを。爆裂魔法もかくやという輝きを持ったそれは、疑問を挟む余地もなくハンスとついでにゼスタをターゲットにしているもので。

 

「消え去れ! 《アビスバースト》ぉぉぉぉぉ!」

 

 どこぞから聞こえてきた少女の叫びとともに、二人は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 魔法による爆発と光の柱を眺めながら、カズマは《千里眼》でターゲットの確認を行った。これで倒せていればよし、そうでなければ。

 

「キャ、キャルさま……? あの、人を、巻き込んで……」

「あたしの視界に人はいなかった。見えていたのは、犯人っぽいやつと変態だけよ」

「やばいですね……」

 

 躊躇いなくゼスタごとぶっ放したキャルは、どこか満足そうに爆心地を眺めている。コッコロとペコリーヌはドン引きしていた。一方のカズマは、あの場にいた男が誰かも確認したし、なんなら読唇術スキルで会話も把握した。多分殺しても死なないんだろうな、とキャルの様子を見て彼はそんなことを思う。

 

「あー……人影確認。二つだ」

「ちぃ、生きてたか……」

「キャルさま、それはどちらについてなのでしょうか……」

「やばいですね……」

 

 二人の言葉など知ったこっちゃない。キャルはカズマに視線を向けると、もう一回だとジェスチャーをした。ブーストして魔法をあそこにぶち込むつもりらしい。

 が、カズマはそれに首を横に振る。駄目だ見付かった。そう言って、ドン引きしていた二人に気を取り直すよう指示をした。

 

「えっと、確かカズマくんの読唇術で分かった情報によると、あの人は魔王軍幹部で、デッドリーポイズンスライムなんですよね」

「らしいな。何か聞き覚えがあるんだよな……」

「前にちょむすけさんが言ってたやつね。何だっけ? 触れたら即死する猛毒持ち、とか」

 

 冷静になったのか我に返ったのか。キャルがそんなことを述べる。即死、とコッコロが息を呑むのがカズマの耳に届いた。

 

「……大丈夫だ。いざとなったら全力で逃げるからな」

「では、その時の壁としてわたくしを」

「コッコロがいなくなったら意味ないだろ。逃げる時は一緒だ」

「主さま……っ!」

「話戻していい?」

 

 真っ先に暴走していたキャルに諭されるのはどうなのだろうとペコリーヌは思うものの、確かに彼女の言う通り今はそんな場合ではない。ここに来る前に伝令を送りはしたが、援軍が来るまでは最低限死なないように持ちこたえねばならないのだ。

 

「とりあえずゼスタのおっさんがいるから、アレが死ぬまでは待機ってことで」

「いや駄目ですよ!? キャルちゃん正気に戻ってないじゃないですか!?」

「どっちみちあいつこっちもターゲットにしてるからな。あのおっさん以外も狙ってくるぞ」

 

 射殺さんばかりの目でカズマ達の隠れているであろう方向を睨んでいるハンスを確認しながら彼がぼやく。このままここにいるだけだといい的だ。立ち上がり、行くぞと皆を促した。

 出来ることなら逃げたい。が、今の状況だと逃げても追ってくる。最低限そうならない状況になるまで持ちこたえねば。ペコリーヌとは大分違う過程だが、結局出した答えはほぼ同じなあたり、パーティーメンバーで仲間だからなのだろう。

 雑木林から飛び出す。ゼスタがキャルを見て顔を輝かせるのを確認しげんなりしつつも、彼女はハンスに視線を動かした。

 

「……お前か、さっきの不意打ちは」

「だったら何だってのよ」

「中々の威力だったが、生憎俺には」

「《セイクリッド・ハイネス・エクソシズム》!」

「ぐわぁぁぁぁぁ!」

 

 ゼスタがハンスを浄化しにかかる。二度目のそれを食らいよろめいたハンスは、だから話の途中で遮るなと彼に怒鳴った。

 

「アルカンレティアが誇る至宝キャルちゃんを害そうとする輩に遠慮など無用!」

「何だお前……」

 

 突然空気が変わったゼスタにハンスが再度引く。対するゼスタは非常にいい笑顔でキャルに振り返るとサムズアップをした。ぞわわ、と全身に鳥肌が立ち耳と尻尾が逆立ったキャルは、思わずカズマの後ろに隠れる。

 

「……まあいい。それでお前達は一体何だ? まさか、この俺を討伐しようとでも?」

「いや、このまま帰ってくれるんなら俺としては別に」

 

 カズマの言葉に、ハンスの表情がピクリと動く。逃げ帰ろとでも言うつもりか、そんなことを言いながら、彼の表情が憤怒に染まっていった。ドロリ、と片腕をスライムのそれに変化させると、振りかぶりカズマへと猛毒を。

 

「《プリンセスストライク》!」

 

 斬撃がハンスの片腕を弾き飛ばした。肘から先が明後日の方向に飛んでいくのを横目で見ながら、ハンスはゆっくりとその攻撃を放った相手に視線を動かした。

 カズマを庇うように、ペコリーヌが剣を構え立っている。その頭上にあるティアラが、力を発揮しているかのようにキラキラと輝いていた。

 

「……物理効かないって言ってなかったっけ?」

「これは曲がりなりにも王け――我が家に代々伝わるスキルですからね。アイリ――妹には劣っても、勇者の力の一端くらいは見せられます」

「よし俺は聞かなかったことにする!」

 

 物凄いワードが出た気がするので、カズマは耳を塞ぎ記憶から抹消した。何となく、薄々普通じゃないのは感付いていたが、これ以上踏み込むと危ない。

 それよりも、とカズマはハンスを見た。自身の腕を飛ばされたことで、目の前の相手は警戒に値する存在だと認識したらしい。消滅した片腕を再生させると、ニヤリとその口元を三日月に歪めた。

 

「ふ、アクシズ教徒ばかりで気が滅入っていたが、そこの女は違うようだな。それなりに歯ごたえもありそうだ。これは、食いでがある」

「カズマくん達ならともかく、あなたに食べられるのはちょっとごめんですね」

 

 す、とペコリーヌが目を細める。ハンスはそれを見て笑みを強くさせ、再度スライムの腕を目の前の相手に叩き込もうと構え直した。

 それに割って入ったのがゼスタである。ハンスをその眼光でたじろがせると、彼はゆっくりとペコリーヌに向き直った。

 

「お嬢さん、一つ、お聞きしたい」

「は、はい?」

「その食べられるというのは、ひょっとして性的な――」

「《アビスバースト》ぉ!」

 

 ゼスタと、その背後にいたハンスが纏めて光に飲まれた。目の前で人が吹き飛んだことで、ペコリーヌの前髪がふわりと揺れる。目をぱちくりとさせていた彼女は、我に返るとキャルの方へと振り返った。

 

「きゃ、キャルちゃん……?」

「コロ助、追撃の準備を!」

「えぇ……」

 

 ドン引きリターンズ。冗談でも何でもなく、本気でそう思っているらしいキャルを見て、彼女達はどこかで見たようなと記憶を探る。

 あ、これ勢いでダンジョンぶっ壊した時のだ。マジギレしていたあの時のキャルを思い出し、うんうんと揃って頷いた。尚、どこぞの魔道具屋で、それと同じ扱いは心外であると不満そうにしていた仮面の悪魔がいたとかなんとか。

 

「くっ……貴様ら、俺をとことんコケにしやがって……」

「いやどっちかっていうとお前は巻き込まれただけで本命はあのおっさんだと思うが」

「それがコケにしてると言ってるんだ!」

 

 耐性を持っているとはいえ、効かないわけではない。二度の最上級破魔魔法と、ブーストされた固有最上級魔法、そして謎の攻撃スキル。どれも致命傷にはならないものの、自信を持っていたハンスの防御を抜きダメージを与えてくるそれらに、彼の苛立ちは最高潮に達そうとしていた。

 

「ゴミどもが……! いい加減に……!」

「すまない、遅くなった!」

 

 ハンスを中心に、カズマ達のいる場所とは反対方向に一人の青年が現れる。おせぇよ、とカズマがぼやく中、その青年、キョウヤはあははと苦笑した。

 

「少しばかりアクシズ教徒の人達にも応援を要請していたからね。マナさんとラビリスタさんは承知の上だったみたいだけれど」

「……でしょうね」

 

 キョウヤの言葉にキャルがぶっきらぼうに呟く。あの二人のことだから、どうせ全部お見通しで傍観してるに違いない。そんなことを思いながら、彼女は小さく息を吐いた。

 ともあれ、援軍も準備が出来たらしい。これで遠慮なく目の前の魔王軍幹部を相手取ることが出来る。ああちくしょうやっぱりこれ戦う流れじゃねーかと頭を抱えているカズマを見ながら、ペコリーヌは改めて剣を構え直し。

 

「ふ、ざ、けるなぁぁぁぁぁ!」

 

 ハンスの身体がぐにゃりと歪んだ。どこをどう圧縮するとあのサイズになっていたのかと驚くほど、スライムの姿を現すと同時に巨大化していく。皆が立っていた場所など容易く飲み込めるほどのその質量は、一斉に退避してもまだそこを脅かすほどで。

 

「で、っけぇよばか!」

 

 貴族の屋敷に匹敵するほどのサイズへと変貌したハンスが、そのスライムの体の上部にある大口を開け雄叫びを上げた。

 

 




割とさくっと終わりそう……?

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