「うっわマジで飛んでやがる……」
盛大に空を跳ね回るキャベツの群れを見たカズマは、なによりかによりゲンナリした。自分の知っている野菜が摩訶不思議なものに変わっているのを認識し、ほんの少しだけ意識が遠のく。はいはい戻った戻った、と向こう岸で歯車の翼を持った美少女が追い出しているような気がした。
「主さま。それでは、如何いたしましょう」
「ん?」
「この間のカエルの時の指示、結構よかったですからね。とりあえず方針を聞いちゃおうかなって」
そう言ってこちらを見るコッコロとペコリーヌ。美少女二人に期待されるのは悪い気分ではないが、しかし未知のナニか相手に初手がそれだとプレッシャーも相当かかる。とりあえずガンガンいこうぜとか言っておいた方がいいんだろうか、そんなことまで考えた。
「ふはははは! いいぞ、凄くいい! もっともっと来るがいい!」
唐突にそんな声が聞こえてくる。視線を動かすと、この間見た女騎士がキャベツにぶつかられ、それでも倒れることなく立ち続けている。恍惚な表情と悶える仕草さえなければ、率先して味方の盾になる模範的な騎士であっただろう。
「げ、この間のドM……」
「確か、ダクネスさま、ですね。流石はクルセイダー、あの防御力は驚嘆に値します」
彼の視線の先をコッコロも見たのだろう。見覚えのある変態を視界に入れたが、しかし彼女らしく前向きな称賛を送っている。
そしてそんな二人に続いて、ペコリーヌもそちらの方向へと振り向いた。
「あー……ララティーナちゃん、相変わらずですねぇ……」
「ん? 誰ちゃんだって?」
「こっちの話です。ささ、それよりわたしたちもキャベツを倒して、キャベツ料理と洒落込みましょう!」
「そうですね」
「お、おう……?」
気にはなるが、確かに今はそれより眼の前の訳の分からない収穫祭の方が重要だ。捕獲というからには、剣で切り裂いたり魔法で吹き飛ばしたりするとアウトの可能性もある。その辺りを確認し、なるほどなるほどとカズマは作戦を立て始めた。
「とりあえず。向こうのドMほどじゃなくていいが、ペコリーヌは前衛で壁役をやってもらって、俺とコッコロで突っ込んできたキャベツを捕獲。これが基本戦法かな」
「うんうん、妥当ですね」
「了解いたしました」
それぞれ武器を構え、他の冒険者と同じようにキャベツの群れへと突撃していく。コッコロの支援魔法でステータスを底上げされたペコリーヌは、突っ込んでくるキャベツを剣でガードしながら、今ですよーと呑気に叫んでいた。
「あいつはあいつでやべぇな……」
「ペコリーヌさま、流石です」
では早速、とカエルでは披露できなかったスティールを繰り出す。予想通り、飛び跳ねていたキャベツがカズマの手の中に収まり、ニヤリと口角を上げた彼は次々に捕まえては籠へとぶち込んでいった。一方のコッコロはバフを掛けスピードを上げたとはいえ極々普通の動きのため、彼ほどの成果は得られない。
「ふははははは! キャベツ狩りの男! 佐藤和真!」
「素晴らしいです、主さま」
「やばいですね☆」
飛び跳ねるキャベツを掴んではぶち込み掴んではぶち込み。そんな一人キャベツ無双を続け高笑いを上げていたカズマは、ある程度の時間でガス欠を起こした。早い話がMP切れである。
ふう、と息を吐いて地面に座り込んだ彼は、同じように一息入れましょうかと戻ってきた二人と水分補給を行っていた。今の所、カズマの捕獲数が冒険者全体を見渡しても群を抜いている。
「流石です主さま。主さまはやればできる子だと信じておりました」
「そうだろうそうだろう。いやまあ、ペコリーヌが壁役やっててコッコロが支援してくれたおかげなんだけどな」
「おお、謙虚ですね。カッコいいです」
「え? そう? いやぁ、まあ俺ってば謙虚な冒険者だし? それくらいは当然っていうか?」
ははははは、と休憩しつつも高笑いを上げているカズマを、他の冒険者は何やってんだこいつという目で眺めている。が、まあ実際戦果は上げているし、何だかんだで憎めないキャラをしているのがこの数日で分かってきたのか、嫌悪感を持っているものはそれほどいないようであった。
そもそも、この程度で嫌悪していたらこの街で生活など出来はしない。
「あ、来ましたね」
「ん?」
「キャベツに誘われて、魔物がやってきたようです。迎撃をする必要がありますね」
ペコリーヌとコッコロが立ち上がる。カズマはどうしようかと迷っていたが、ここで二人が行ったのに自分だけ休憩していたら再びヒモ疑惑が浮上してしまうと仕方なく立ち上がった。ちなみに周囲は既に疑惑ではなく確定だったりもする。
「うし、じゃああいつらを――」
「あ、あぁぁぁぁ! もっと! もっとお願いしますぅ!」
さっきとは違う変態らしき声が聞こえた。何だ、と視線を動かすと、魔物のど真ん中で蹂躙されながらよだれを垂らし恍惚な表情を浮かべている見知らぬ美少女が見える。周りはそんな彼女を助ける気がさらさらなく、むしろ見なかったことにして魔物を攻撃し始める始末。
「ぐふ、ぐふふぅ。駄目ですぅ、もっと、もっとクウカに快感を!」
「む、何をしているクウカ! 私を差し置いて、そんなうらやま、もとい、危険な場所になど!」
ドMその一が突撃してきた。二人揃って魔物の中心部に立ち、攻撃することもなくひたすら一身に攻撃を受け続ける。
「くふぅ! この激しい攻撃、私は、こんな攻撃に、あぁぁ」
「ほ、他の冒険者の人達も、クウカを気にせず攻撃して……このまま魔物と一緒に弱ったクウカは、動けないのをいいことに、鎖に繋がれ、市場に売られていくのですね……! じゅるり」
「ああ、ど、奴隷だと!? それは、なんという、くぅ……この身が、動きさえすれば……はぁん!」
「……」
目を逸らした。同時にコッコロの目を塞いだ。あれは確実に見てはいけないものだ。あんなもん見たら目が腐る。見た目だけなら美人と美少女なのに、とんでもないドM。ああ、あれが業というものなのだろう。うんうんと頷き、カズマは魔物の迎撃をやめた。
「あ、主さま!? 真っ暗なのですが。手を、どけてくださいませ!」
「駄目だコッコロ。お前は、お前は汚れてはいけないんだ」
「カズマくん。時々過保護になりますね」
「あんなもん見せていいわきゃねぇだろぉ!」
「……まあ。わたしとしても、あれは確かにアイリ、じゃない、妹には見せちゃマズいかなって思ったりはしますね」
「だろう!? だから俺は正しいの! さあコッコロ、俺達はキャベツを捕獲するぞ」
「は、はぁ……。主さまがそうおっしゃるのなら」
視線をドM、もとい魔物から外す。相も変わらずキャベツは飛び跳ねており、まだまだ先が長いことを感じさせた。
さて、もう一稼ぎ。そんなことを思いながら視線を巡らせると、何やら街の正門辺りに誰かが立っているのが見えた。人でごった返している状態でもそれが何故確認できたのかといえば、何故かその人影から魔物の群れの位置まで真っ直ぐ道が出来ていたからだ。
なんだ、とカズマがその人影をよく見ようと目を凝らしたその瞬間。
「うぉぉぉぉぉ!?」
盛大な爆発が巻き起こった。視線を慌てて後ろに向けると、先程まで魔物がいた場所が綺麗サッパリ消し飛ばされている。巨大なクレーターとなったそこは、二人のドMが快感でビクンビクン痙攣している姿しか残っていなかった。煤けているが無事である。何故か。
「な、なんじゃありゃぁ……」
「あれは、爆裂魔法ですね」
「爆裂魔法?」
「エクスプロージョン、ですか……」
「ん? コッコロは知ってるのか?」
「はい。噂には聞いたことがあります。魔力消費があまりにも大きいため、熟練のアークウィザードでも放つことが出来るのは一日に一回が限度、しかしその威力は」
「……なるほどな」
もう一度クレーターを見る。ピンピンしているダブルドMがさてキャベツに攻撃されに行くかとスキップしているのが見えたが、意図的に見えなかったことにした。
視線を正門に向けた。既に人影は見当たらず、どうやら帰っていってしまったらしい。
「その、エクスプロージョンとかいうのを撃った魔法使いは、キャベツ捕獲には参加しないのか……?」
「どうなのでしょう。そこまで魔法を極めているので、もはや必要ないのかもしれませんし」
「気になるなら、今度会ってみればいいんじゃないですか?」
ペコリーヌのあっけらかんとした言葉に、まあそうだな、とカズマはぼんやりと返事を述べた。
先程の光景を思い出す。人影は、二つあったような気がした。
「ったく。呑気に余裕ぶっこいてるじゃない」
向こうの三人組を見ながら、キャルは黙々と魔法を放つ。的確に飛んでいる野菜の動きを止めると、それらを拾い集め、鮮度の良さそうなものを選別し籠へとぶち込んでいった。カズマほどではないが、彼女もその捕獲数だけならばかなりの上位だ。縦横無尽に飛び跳ねているが、獣人族である彼女にとって、この程度の攻撃を避けるのは造作もない。
「あたっ! っもー、いったいじゃないの!」
などと、そんなことはなく。適度に被弾しながら、それでも文句を言うことなく狩り続けている。ところどころ汚れているが、名誉の負傷だということにしておくのが彼女のためだ。
「ま、あいつらは三等分。それに比べてあたしは一人。間違いなくおぶっ」
顔面に突っ込んできた野菜が見事に命中する。それを引っ掴み投げ捨てると、周囲の野菜をまとめて撃ち落とした。ぼたぼたと落ちるそれを拾い、こいつとこいつがいい感じだと籠に放り込む。
「……別に、羨ましくなんかないわよ……」
向こうでワイワイやっているカズマのパーティをつい目で追ってしまう。何だかんだで息の合ったコンビネーションを見せている姿を視界に入れ、この間のカエル戦を思い出した。
コッコロが支援し、ペコリーヌが前衛、そしてキャルが魔法で追撃。カズマはレーダーというか、こちらを攻撃をしようとするカエルを的確に選んで報告する役であったが、ともあれ、四人のチームは結局ほとんど被弾することなく五匹のジャイアントトードを仕留めることが出来ていた。
あれは、楽しかった。久々に、仲間と戦うということを感じた気がした。
「違う。何考えてんのよあたしは。いいキャル、あたしはこれでお金を稼いで、それを元手に田舎に引っ込んでスローライフをあがっ!」
野菜がボディーブローを放つ。かふ、と一瞬息が止まったキャルは、ゲホゲホと咳き込みながら犯野菜を魔法で消し飛ばした。消し炭になった葉っぱを踏みにじりながら、パンパンと気合を入れ直すために頬を叩く。
「こんにゃろぉぉ! ぶっ殺すわよ!」
気合を入れた方向を間違えたらしい。手にした自身の杖、魔導書と杖の組み合わさった特製武器を振るうと、そこから生み出された魔力の塊が次々に野菜を吹き飛ばしていく。彼女に突っ込んでいこうとした野菜は、ことごとくがそれに迎撃されその生命を散らしていった。そうして野菜の蹂躙をしていたキャルは、我に返ってもう一度捕獲を再開する。時既に遅しというべきか、そろそろ終盤に差し掛かっていた。
「ぐっ……。ま、まあ、これまでに集めた量はかなりのものだし、大丈夫でしょ」
自分が捕獲した野菜を眺める。瑞々しいそれはシャキシャキとした食感を約束しているかのようで、とてつもなくサンドイッチの具にベストマッチに思えた。あるいはサラダか。
お疲れさまでした、という放送が届く。杖を払うように振るうと、やれやれといった様子で髪を掻き上げた。どっちみち、もう会うことはない。ここから出れば、二度と。
どどん、とカズマ達の前に報酬の金が置かれている。キャベツ捕獲から数日、換金されたそれを冒険者それぞれに配っていたギルドは一息つき、酒場も元の賑やかさに戻りつつあった。
そんな彼らの目の前にあるお金は、合計して三百二十万エリス。なんでもカズマの捕獲したキャベツは高品質だったようで、かなりの高値で売れたのだとか。新鮮な野菜を食べると経験値にもなるため、高品質の野菜は経験値の塊。引く手数多な一品なのだ。
「やべぇな……」
ごくり、と積まれた大金を眺めながらカズマは呟く。とりあえず三人で分けた場合、百万と六万ちょい。もうそれだけで一気に小金持ちだ。一人でこれ全部を稼いでいればしばらく食っちゃ寝生活を出来たかもしれないが、流石にここで目の前のお金を自分の成果だと言い張って大量に持っていくことは出来ない。
何より。
「いえ、これは主さまのお力で手に入れたもの。わたくしの分はほんの僅かで構いません。むしろ全てを主さまに」
「いやー、やっぱチームワークっていいよなー! ここはちゃんとみんなで分けないとなー!」
「ふふふっ。カズマくん、本当にコッコロちゃんに弱いですね」
「うっさいわい。しょうがねーだろ」
「ふふっ、そうですね」
クスクスと笑うペコリーヌから、カズマはバツの悪そうに視線を逸らす。その拍子に酒場の一喜一憂が見え、みんな同じような感じなんだなとぼんやりと考えた。
そして、彼は見た。幽鬼のようになってフラフラと歩く猫耳娘を。
「……何だあれ」
「ん? あ、キャルちゃんじゃないですかー……? どうしたんでしょう」
視線を追っていたペコリーヌもその姿を見て怪訝な表情を浮かべる。同じく彼女を視界に入れたコッコロも、少し心配そうにその姿を眺めていた。
悩むより直接聞いた方が早い。そんなわけでペコリーヌはキャルを呼ぶ。ぶんぶんと手を振りながら、彼女が気付くのを待って、そしてこちらに来るよう促し。
「キャルちゃん、おいっす~☆ ……キャルちゃん?」
「……」
「ど、どうしたのですかキャルさま」
「……」
「目が死んでるな」
椅子に座ったがピクリとも動かないキャルを見て、女性陣二人は大丈夫だろうかと眉尻を下げる。カズマはあーあやっぱりといった表情で彼女を見ながら飲み物を啜った。
「おいキャル。お前、どうだったんだ? キャベツの報酬、出たんだろ?」
「……っ!?」
ビクリと震える。ほらビンゴ、と息を吐いたカズマは、机の上の大金を手で叩きながら笑みを浮かべた。ちなみに俺達はこれだ、とこれみよがしに自慢した。
ふるふると震えているキャルであるが、しかし一向に口を開かない。そんな彼女を見て鼻で笑ったカズマは、そういえばお前自慢してたよな、と煽るような物言いをした。
「で、しこたま稼ぐとか言ってたキャルさんは、一体、いくら稼いだんですかねぇぇぇ?」
「…………」
す、と無言で彼女は右手を持ち上げた。そして、その手をゆっくり開く。
ちゃりん、と一枚の硬貨が机の上に落ちて音を立てた。
「……え?」
「きゃ、キャルちゃん……?」
「おい、お前まさか……」
盛大に煽ってやろうと考えていたカズマですら、その光景を察してドン引きする。一体何がどうするとこうなるのだ。そんなことを思いながら、硬貨と彼女の顔に視線を行き来させた。
「……ったのよ」
「え?」
「全部……スだったのよ……!」
「何だって?」
「だから! あたしの捕まえたの、全部レタスだったのよ!」
がぁ、と叫んだ。その声があまりにも大きかったからなのか。それとも、その内容があまりにもだったなのか。その瞬間、酒場の喧騒がピタリとやんだ。
「そーよ、そうなのよ。稼いでやるって豪語していたくせに? わざわざ質の良いのを選別したと思ったら全部レタスで。それもそう大した質も出なくて! 全部で一万エリスよ! こないだのカエルぶっ殺した報酬の方が多かったわよ!」
「……やばいですね」
「はい、やばいです」
「やべぇな……」
流石に煽る気にもなれない。彼女の悲痛な叫びに、段々と気の毒になってきたカズマは、まあとりあえず飲めとジュースを奢った。コトリと置かれたそれを、ぐすぐすと鼻をすすりながら一気に飲む。
「どうすればいいのよ……お金、もうないのに……馬小屋に泊まるのも限界なのに……」
「冒険者やめるしかないんじゃ」
「主さま」
「まあ、でもカズマくんの言うことも一理あります。わたしもクエスト受けてない時ウェイトレスしてますし」
「お前のそれは食事代だろ」
「そうですが?」
生活費とは別、そんな意味合いを込めたカズマの言葉は、何言ってんだこいつみたいな表情で流された。俺は悪くない、と自分に言い聞かせつつ、彼は視線をキャルに戻す。涙目からガチ泣きに移行していた。ひっくひっくすんすんと何も言わず泣き続ける猫耳少女が視界に映る。
「……主さま」
「ああ、分かる。お前の言いたいことは分かるぞコッコロ。だがな、ここでそんな安易な選択をして良いのだろうか。否、ここは心を鬼にしてだな」
そこで言葉を止める。鬼にして、どうするべきなのだろう。じゃあ頑張れ、とキャルをここで放り出したとする。間違いなく明日から鬼畜のカズマという二つ名がつく。わざわざ呼び寄せて、相手の傷をえぐってから放置である。言い訳のしようがない。
「しょぉがねぇなぁ!」
「主さまっ」
ああもう、とカズマはキャルに声を掛けた。コッコロが目をキラキラさせている中、彼は涙を流しながら顔を上げる彼女に向かい、溜息混じりに言葉を紡ぐ。
「おいキャル」
「……なに?」
「ここの金をお前にも恵んでやる」
「……え? それって」
「ただし! 勿論条件付きだ。お前はこれから、俺達の使い走りであっちこっちに働いてもらうぞ。まあつまりは、えーっと」
「……」
何かいい言葉はないだろうか。そんなことを考え、とりあえず思い付いたことを言ってやれと勢いのまま彼女に指を突き付けた。びしり、と気合を込めた。
「俺がお前を金で買ってやる! 今日からお前は、俺の、奴隷だ!」
「……は? ……え?」
「……主さま、それは流石に」
「やばいですね……」
この日からカズマの二つ名は鬼畜のクズマとなった。払拭はされない。
とりあえずこれであらすじ部分までは完成、かな……?