「よっしゃぁ!」
アメスの夢空間。そこでモニタリングしていたアクアはガッツポーズをしながら拳を天に突き上げた。そうしながら、ふふんと自慢気に横で同じように観戦していたアメスを見る。
「どう? 私の信徒凄いでしょ? アクシズ教徒は最高でしょ? 魔王軍幹部をやっつけるまで成長しちゃったのよ!? 国教になってるのにダメダメなエリスとはわけが違うのよ!?」
「はいはい」
「なぁによその投げやりな態度ぉ! あんたのとこの信徒が活躍できなかったからってひがんでるの? しょうがないわよ、アクシズ教徒が素晴らしすぎるから」
ドヤ顔がデフォルト状態になったアクアがアメスにそんなことをのたまっていたが、当のアメスは小さく溜息を吐くと視線を向こうの世界を映す画面からアクアに向けた。その表情は普段通りのポーカーフェイスだが、若干眉が上がっている。
「あたしの加護をカズマが使ってブーストしたからでしょ。そもそもコッコロたんの支援で底上げされたのも忘れてるし」
「はぁぁぁ? 何? 負け惜しみ? 攻撃の要は間違いなく可愛い私の信徒達よ!」
「止めを刺したのは最近アメス教側に回ってくれた彼女よ」
「あぁ?」
「はぁ?」
何よ、とお互いメンチ切りながら顔を近付ける。魔王軍幹部を討伐した、という功績をリアルタイムで見たからだろうか。アクアはともかく、アメスもつい意地を張ってしまっていた。
そのまま暫し言い争っていたが、アクアがそういうことなら考えがあるとゆっくり立ち上がった。そっちがその気なら、こっちもこの気だ。そんな謎の宣言をしながら指をビシィと突き付けた。
「この私、水の女神アクアの加護の力がどれほどのものか、その目に焼き付けさせてやるわ!」
「どうやって?」
「え? そりゃ、あれよ。ほら、魔王軍幹部の――って、あ!」
画面に視線を向ける。後処理をしているカズマ達とは離れた場所で、もぞりと動く反応があった。
「倒しきれてなかったのね」
「丁度いいじゃない。私のかわいいアクシズ教徒に、とびっきりの加護を乗せてあげるわ!」
「はいはい」
普段のアメスなら止めたであろうそれは、先程の売り言葉に買い言葉状態が継続していたためにそのまま続けられてしまった。いくわよ、とアクアが向こうへと繋ぎ、アメスもついでだからそれに乗っかる。
二人の新しい始末書は、こうして確定された。
吹き飛んだハンスの破片は、ラビリスタのオブジェクト生成とゼスタの障壁によってこちらには届かない。とはいえ、周囲に猛毒を撒き散らす物体が四散したことには変わりがなく、しかもその破片はゆっくりと蠢いていた。どうやら合体し再生しようとしているらしい。
「まったく、往生際の悪い魔物ね」
マナが両手を掲げる、そこに魔力が集中していき、展開された魔法陣と共に猛烈な吹雪が吹き荒れた。ズルズルと動いていたハンスの破片はそれによって凍結させられ、今度こそ本当に動かなくなる。
そんなマナの呪文を、カズマ達はぽかんとした表情で見ていた。とりあえず少しだけ動けるようになったカズマが、代表して何でそんなと彼女に尋ねる。
「何故、とは?」
「いや、アクシズ教徒のトップだし、てっきりアークプリーストかなにかだと」
「愚問ね。私は、お姫様を目指しているの」
「は?」
何言ってんだこいつ、という目でカズマはマナを見る。見られている本人は気にすることもなく、この国でお姫様になるのならば、相応の実力を身に付ける必要があるのだと言葉を続けた。
「近接戦闘も、魔法による攻撃も。両方を極めてこそ、お姫様になれるの。私はそのための努力は惜しまないわ」
「はぁ……」
ビクリ、とペコリーヌがその言葉に反応していたが、カズマとコッコロはマナのドヤ顔に気を取られ気付かない。マナの事情を既に知っていたキャルだけが、そんな彼女を見て怪訝な表情を浮かべた。
「ペコリーヌ?」
「……どうしました?」
「あ、いや……ごめん、別に何でもないわ。気にしないで」
何かを言おうとしたが、しかし何を言っていいのか全く分からない。キャルはガリガリと頭を掻きながらそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らす。
そこで気付いた。凍り付いた周囲の景色の中に、自分達以外に動いている何かがいると。
「ちょっとみんな! あいつまだ!」
「……ここまで俺が追い詰められるとは」
ずるり、と氷の隙間から何かが這い出てくる。例えるならばタコ、あるいは地球の映画に出てくる火星人であろうか。先程までの巨体、あるいは人型の時のいかつい男の状態と比べると、何ともファンシーなマスコットのような姿へと変貌していた。
「……随分と、可愛らしいお姿に」
「おおっと。駄目ですよ、見た目に騙されると痛い目に遭います! モダンたいやきです!」
「『油断大敵』って言いたいんだよね、リノちゃん」
リノとシズルが武器を構える。コッコロもその言葉を受け、表情を引き締めると自身の槍を構えた。
それに合わせるように、キャルとペコリーヌ、そしてキョウヤも各々の武器を構え戦闘態勢を取る。カズマは現状立っているので精一杯なので後ろに下がった。
「どうすんのよ。カズマのブーストはもう使えないわよ」
「いや、さっきまでの支援はまだ残っている。弱体化している今なら……!」
キョウヤが一歩前に出ると、魔剣グラムを振り抜く。先程と同じような攻撃が繰り出されたが、コンパクトになったハンスはそれをさらりと躱した。そうして下半分に生えている触腕を伸ばし彼を捕食しようとする。
剣で切り払いながらそれを回避したキョウヤは、自身の失態に悔しげな表情を浮かべた。
「おいミツルギ! 弱体化してる今ならなんだって?」
「分かってる! 今の僕は凄くかっこ悪い!」
「人に寄りかかって立っているキミも中々のものだよ?」
支え代わりにされているラビリスタが苦笑する。いやだって他の二人は生理的に嫌なのと無性に嫌な予感がするのの二択だし、とカズマは一人ぼやいたが、彼女は聞いちゃいなかった。
唐突に生み出された光の剣がハンスに飛来する。うお、とそれを避けたところに弓の雨が降り注いだ。
「貴様っ!」
「さっさと始末して、弟くんの支えにならなきゃ」
「そうですね。お兄ちゃんの支えをしないと」
「……えぇ……」
自分ではない何かを見ている二人のオーラに、ハンスが思わず圧されかける。これだからアクシズ教徒は、と悪態をつくと、ターゲットを別の相手に変えた。まだ余裕がありそうなこいつらとは違う、向こうにいる連中を。
「キャルさま!?」
「うぇ!? あたしぃ!?」
「やらせませんよ!」
ついでに、何度も魔法を叩き込んできたあの猫耳娘を。そう思ったハンスを阻むかのごとくペコリーヌが剣を振りかぶる。ふん、と鼻を鳴らすと、相手の攻撃を回避し触腕を伸ばした。
「バカの一つ覚えか!? そもそも俺にとってはお前も捕食のターゲットだ!」
「……それはそれは。ごめんなさい、ですかね!」
「なっ!?」
斬り上げと同時にスキルを発動し触腕を纏めて切り裂いたペコリーヌは、もう一発と《プリンセスストライク》を放つ。直撃したハンスはゴムボールのように跳ね飛ばされバウンドしていった。
「……斬れませんか」
「恐らく、あの姿になったことで耐性が多少増しているのではないでしょうか」
「でっかい状態のが引き継がれてるってことね」
キャルの呟きを聞いていたのか、リノがそういえば矢が効いてないっぽかったですねとぼやく。しかしそうなると、余計にとどめを刺すのが難しくなるわけで。
「理解したか。諦めておとなしく俺の餌に――」
ハンスが言葉を止める。視線を一箇所に固定したまま、一歩二歩と後ずさった。
ペコリーヌを始めとした面々もそれは同様。とある一点に視線を向け、一体何事だと各々の表情を浮かべている。
「な……何だ、お前」
「……な、何!? 何が起こってるの!?」
ハンスの驚愕と、その視線の先、光り輝くキャルが動揺するのが同時であった。
「いや何で光ってる張本人が驚いてるんだよ?」
「知るかぁ! え? 何? ほんとなんなの!?」
滅茶苦茶発光しているキャルがオロオロしだす。どう見ても隙だらけなのだが、ハンスはその光が無性に嫌なものに感じられ、攻めることが出来なかった。
キャルの光はやがて大きな柱となり、収束していく。彼女を覆うように、淡く、青い光が満たされたそこには。
「お、おお……なんと……なんという……!」
ゼスタが涙を流して膝をついた。マナやラビリスタ、シズルとリノも、ゼスタほどではないがその光から現れた姿を見て頭を垂れる。そしてキョウヤも、目を見開き希望を見出したかのような表情を浮かべた。
『我が敬虔なるアクシズ教徒よ――かわいい信者達よ――この私が、水の女神アクアが、あなた達を救うために加護を授けます』
「あ、アクアだと!? アクシズ教の忌々しい信者達が崇拝している、水の女神……!?」
光から浮かび上がるその姿と、言葉で、ハンスが目に見えて狼狽えた。アクシズ教徒の面々とキョウヤはすでに勝ち確ムードでその光を守るように立っている。シズルとリノは守護の優先度がカズマと半々辺りなのは大分業が深かったが。
一方のコッコロとペコリーヌは、急な女神の顕現に目をパチクリとさせていた。奇跡というのは、案外簡単に起きるものなのかもしれない。そんなことをついでに思う。
『ええ、そうよ。女神は気まぐれ。でも、諦めなければ夢は叶うわ。――女神が叶えてみせる』
「あ……アメス様!」
コッコロが叫ぶ。え、とペコリーヌはコッコロを見やり、そしてアクアと並び立つもうひとりの女神の姿を見た。あれが、夢の女神アメス。
そのまま言葉を発さず見詰めていた彼女に、アメスは柔らかな笑みを浮かべる。大丈夫だと、あなたは、怖気づくことなんかないと。そうゆっくりと彼女に述べた。
「……ちょっとアメス。何ついでに揺れてる相手にアドバイスして新たな信者ゲットみたいなことやってんのよ。ズルくない?」
「別にいいじゃない。間違ったことは言ってないわ。あの子ちょっとネガティブ思考な時があるから、その辺を解消してあげようっていう女神心よ」
「はいはい。マイナー女神は営業活動も大変よね~。ま、私は見ての通り沢山の信者抱えてるし、そんな心配もないんだけど。っと、無駄話はこの辺にしましょう」
勿論この辺の会話は向こうとの繋がりを切った状態でかつボリュームを抑えて行っている。再度向こうと繋げると、アクアは普段のせんべいをバリバリとやっている顔とは別人のような女神の微笑を浮かべた。
『さあ、アクシズの巫女。あなたに一時的に女神の権能を授けましょう。目の前の、世界を冒涜せし魔王軍に……一泡吹かせておあげなさい』
「――え!? あたしなの!? 何で!? あたしアクシズ教辞めたんだけど!?」
一拍遅れでキャルが自身を指差しながら叫ぶ。いやっほー、と歓喜の雄叫びを上げるゼスタをとりあえず蹴り飛ばし、光りに包まれる自身のこの状態を誰かに押し付けられないかと視線を巡らせた。
計画通りと言わんばかりのマナの顔が見えて、キャルは全てを覚った。
「……この、証か!」
「これでアクア様公認ね。約束を破る訳にもいかないから――あなたは名誉アクシズ教徒ということにしておきましょうか」
「こんちきちぃぃぃ!」
首に付けていたマナから貰ったそれを引き千切ろうとする。が、強力な破壊耐性が付与されているのか、キャルの腕力ではびくともしなかった。しばし首元と格闘していたが、やがて諦めたように項垂れ膝をつく。
彼女を見守るようなアクアも、そろそろいいかなー、と話すタイミングを伺っていた。
「……アクア様。あたしに加護を授けてくださるのですか?」
『ええ、アクシズの巫女よ。かわいい我が信徒よ。これは一度限りの特別な奇跡。ですが――私は常にあなた達を見守っています。それを、忘れないで――』
微笑を浮かべたまま、アクアの姿が光に変わっていく。その光はキャルへと吸い込まれるように渦巻き、そしてゆっくりと消えていった。
立ち上がる。右手をグーパーさせたキャルは、静かに目を閉じ何かを探り、そして真っ直ぐに目の前を睨んだ。一連の女神の光でたじろんでいたハンスを、睨みつけた。
「女神の加護の、直接付与だと!? そんな、そんなことが……!」
「疑うなら見せてあげようじゃない。こうなりゃ、ヤケクソよ!」
杖を投げ出す。カララン、と地面に落ちたそれを見ることもなく、キャルは足に力を込めるとハンスに向かって駆け出した。
「キャルさま!?」
「キャルちゃん! 何を!?」
「いいから黙ってみてなさい!」
駆ける彼女の右手が光り出す。アクシズの紋章が手の甲に浮かび、アクアの加護による力がぐんぐんと高まっていく。
ふざけるな、とハンスが触腕を伸ばしたが、駆け抜けるキャルには当たらない。何か、聖なる加護らしきものによってその全てが弾かれたのだ。
「うぉぉぉぉ! ゴッドブロー!」
殴った。メキョ、とハンスの顔が歪み、クリティカルヒットしたのかどこぞの漫画のように天へと吹っ飛び頭から地面に落ちる。女神の力を直接叩き込まれたからだろう、残っていたハンスの力がその一撃で大幅に削られた。
「……キャル、さま?」
「なんじゃありゃぁ……」
「やばいですね……」
アクシズ教徒にとっては当然の光景なのかもしれないが、そうでないカズマ達三人は急展開についていけない。まるで自分達が空気読めない連中みたいになっているのを自覚しつつ、しかし一つだけ分かることがあったのでとりあえずそれを信じることにした。キャルを応援しよう、とそれだけを考えることにした。
「魔王! しばく! べし!」
キャルの右手が更に光り輝き、唸りを、叫びを上げるようにオーラが渦巻く。ヨロヨロと立ち上がるハンスに向かい、キャルは追撃を叩き込まんとその右手を振りかぶった。
「ひぃぃぃっさつ!」
「キャル!」
「キャルさま!」
「キャルちゃん!」
やっちまえ。拳を突き出しそう叫ぶ三人の声を受けながら、キャルは笑みを浮かべた。当然でしょうと口角を上げた。
ハンスの頭を鷲掴む。デッドリーポイズンスライムにそんなことをするのは自殺行為だが、女神の力を存分に与えられているキャルは別だ。右手に集中させたそれを、ありったけの力を込めて目の前の忌々しい魔王軍幹部へとぶち込むのだ。
「ば、馬鹿な馬鹿な馬鹿な! 俺が、この俺が、こんなところで! くそ、くそぉ! 女神、アクアめぇぇぇぇ!」
「ゴッド! レクイェェェェム!」
キャルとハンスが光りに包まれていく。ハンスの断末魔が光の中から響いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。
そうして光も収まり、静寂が訪れる。アルカンレティアを破壊しようと画策していた魔王軍幹部は、ここでついに討伐されたのだ。他でもない、この地を見守る、水の女神の力によって。
「……あ、あははは……何やってんのあたし……ほんと……」
ハイになってしまったノリと勢いで盛大な黒歴史をまた一つ作ってしまった少女の心に、大きな傷を残しながら。
ヒートエンドのその先で