※キャルちゃんが駄女神にトチ狂ってた……ので修正
その63
ベルゼルグ王国の王城の一室、そこで一人の少女が溜息を吐いていた。年端も行かないその少女は、しかしその年齢に見合わない仕事を行っている。書類を眺め、そこに印を捺し、そうして次の書類に向かう。それらを一通り終えたところで、彼女はぐるりと首を回した。
「はぁ……」
この仕事自体は苦痛ではない。国のため、民のため。そして今ここにいない父や兄のため。そういう思いがあるのだから、割り切れる。
そして何より。
「お姉様ならもっと素早く仕事を終わらせているのに……」
自分の目標。常に凛として、常に穏やかで、朗らかで。あれこそが、王女というものだと、自分が目指すものだと。ずっとその影を追いかけてきた。
大事な、大好きな姉のために。決して敵わない姉に並び立つために。彼女は弱音を吐いてなどいられない。
「……アイリス様」
彼女の護衛にして教育係でもある白いスーツの女性が少女に声を掛ける。どうしたの、と彼女は視線を女性に向けると、クレアと彼女の名前を呼んだ。
「こういう事はあまり口にしたくはないのですが、その」
「何ですか?」
「……ユースティアナ様、意外と仕事をサボっておられましたよ?」
「……」
むすぅ、と途端に不機嫌になるアイリス。それを見て慌てたのか、クレアは申し訳ありませんと頭を下げた。が、しかし。彼女の、ベルゼルグ王国第二王女アイリスの教育係であったクレアはその関係上姉である第一王女ユースティアナと接することも多かった。ので、仕事をサボって厨房でお菓子を頬張っている姿を見たのも一度や二度ではない。
とはいえ、確かにユースティアナが優秀であったことは間違いない。アイリスと同じ年齢だった頃には、こういった雑務は要領よくさっさと終わらせて自分の時間を作っていたほどだ。アイリスには、その姿が強烈に印象に残っているのだろう。
「でも、お姉様はその分自身を高めることに時間を費やしていました。私には、真似できません……」
「それは……」
それは彼女の、ユースティアナの王族としての重大な欠点に起因するものだ。アイリスには伝えていない事実によるものだ。ひょっとしたら薄々感付いているのかもしれないが、直接は知ることのない話だ。
「現に今だって、世界中を旅して、魔王軍を討伐しながらレベルを上げていたのですから」
「それは、そうですね」
「騎士団の、軍の目の届かない場所を救うために世界を回る……流石はお姉様です」
「……あの、アイリス様? ユースティアナ様のことをお好きなのは既に重々承知ですが」
「勿論です! この髪型だって、お姉様とお揃いで」
「存じております! 一週間に一度は聞いております!」
それでも毎回きちんと聞くのは、クレアがアイリスのことを好きだからに他ならない。どういう好きかはここでは語らないでおくが。
そうして鼻息荒くユースティアナのことを話していたアイリスは、そこでしゅんと目を伏せた。でも、と呟いた。
「最近は、お姉様とお話することも出来ていません。王族は、たとえ兄妹でも、姉妹でも。ある程度の年月が経つとよそよそしくなってしまうのは分かっているのですけれど」
この国にいるのに、王都に戻ってくることもなく、駆け出し冒険者の街アクセルを現在の拠点にしているらしい自身の姉のことを思うと、無性に寂しくなる。帰ってきて欲しい、久しぶりに顔を合わせて、お喋りがしたい。そんなある意味歳相応のワガママを、つい思い浮かべてしまうのだ。
「そんなに気になるなら、無理矢理呼んでしまっては如何かな?」
ばん、と扉が開く。クレアがそちらに目を向けると、相変わらず派手な黒いドレスに鎧のパーツという装いのクリスティーナがいた。いつものように人を食ったような笑みを浮かべながら、報告が一つありましてとアイリスに述べる。
こちらです、とその書類を彼女に渡すと、クリスティーナはその反応を楽しそうに待った。
「……魔王軍幹部、ハンスが……討伐、された!?」
「その通り。これでこの一年と少しだけで、デストロイヤーと魔王軍幹部を二体も討伐した偉大な冒険者パーティーが誕生したわけです。おっと、非公式だが一応もう一体魔王軍幹部も倒していたかな?」
そう言って笑うクリスティーナを遮るようにクレアが一歩前に出た。まるで悪い大人からアイリスを隠すように。勿論それを見たクリスティーナは楽しそうに笑みを強くさせた。
「モーガン卿、一体何のおつもりですか?」
「そう睨むなシンフォニア。いや、クレアちゃん」
「真面目な話をしているのですが!」
「ワタシも大真面目だぞ♪ まあいい。何のつもりか、だったか? さっきも言っただろう? 気になるなら呼んでしまえばいい、とな」
「……? 何を」
「それらの討伐には数多くの冒険者が関わっているが、その全てに参加し貢献しているパーティーは一つしか無い」
《冒険者》、佐藤和真。その少年をリーダーとした四人の冒険者パーティー。そのパーティーメンバーはアークプリーストのコッコロ、アークウィザードのキャルと、そして。
「駆け出し冒険者の街に似つかわぬ実力を持った、女騎士。彼女が名乗るのは、お腹ペコペコの――」
「ペコリーヌ!」
「あ、アイリス様!?」
「クリスティーナ! これは本当!? 本当にこの冒険者パーティーなの!?」
「勿論。アルカンレティアの新最高司祭からの書類ですからね」
イタズラが成功したとばかりに笑うクリスティーナの顔を見て、クレアの表情が苦いものに変わる。また余計な仕事を増やしやがって。そんな意味を込めて彼女を睨んだが、当然堪えるはずもない。
「丁度この間の、アクセルの領主が起こした騒動を落ち着かせた功績もあることですし。ダスティネスとウィスタリアの令嬢も呼んでちょっとした晩餐会を開くのは、どうでしょうか?」
「やりましょう」
「アイリス様!?」
悲痛な声を上げるクレアと、楽しそうに笑うクリスティーナを見ながら。
良かったこの会話に参加しなくて、と部屋の隅で背景に徹していたもうひとりの教育係、レインは胸を撫で下ろした。
「と、いうわけで」
「晩餐会の招待状が届きましたわ」
最近魔王軍討伐に多大なる貢献をした冒険者パーティーを一目見たいという名目と、少し前にあったアクセル前領主の事件の労いを兼ねて開かれるそれに出席して欲しいという旨のことが、ダクネスとアキノより渡された招待状に記されていた。それを上から下まで眺め、そしてもう一度読み直し。
「マジかよ」
カズマはゆっくりと息を吐いた。招待状を机に置き、右手をそのまま天に突き上げる。
「とうとう俺達の時代が来たな……!」
「流石でございます、主さま」
「言ってる場合かぁ! 王族からの招待よ!? 下手なことすれば首落とされるんだから!」
ああもう、と頭をガリガリとしているキャルを見ながら、ダクネス達は苦笑する。大体予想通りの反応だな、と二人して頷きあうと、視線を無言でいる最後の一人に向けた。
「どうされますか?」
「……向こうも分かっていて招待状を出しているわけですし、わたしが断ったら……アイリス、絶対拗ねるじゃないですか」
「そうですわね」
「というより、そもそもの目的が貴女様を王城に呼ぶためなのでは?」
ダクネスの言葉に、ペコリーヌはですよねぇ、と息を吐く。王国に戻ってから、手紙は何度か出した。近況の報告はした。が、直接向かうことはなかったし、手紙もここのところ忙しかったので疎かになっていた。
「何で、こんな落ちこぼれの姉を慕ってるんですかね……」
「落ちこぼれ……?」
「感じ方は人それぞれですから」
自嘲するように呟いたペコリーヌの言葉を聞いて、ダクネスとアキノはやれやれと肩を竦める。そういう意味では、確かに丁度いい頃合いかもしれないな。そんなことを二人して思った。
「それよりも。どうなさるのですか?」
「え?」
「招待を受ける以上、あのお三方に『ペコリーヌ』でない姿を見せる必要があります」
「……そうでした」
何かに気付いたように目を見開いたペコリーヌは、どうしようと頭を抱えた。勇気が出るまでと伸ばし伸ばしにしてきた秘密が、まさかこんな突然。
今まで何とか隠し通していた秘密を、こんなに急に。そんなことを思いながら、彼女はどうすればいいと思考を巡らせる。
「隠し、通す……?」
「感じ方は人それぞれですから」
悩んでいるペコリーヌを見ながら、ダクネスとアキノは小さく溜息を吐いた。そうしながら、そもそもとっくにバレているのではないのかと視線をワイワイやっている三人へ向ける。
「王女様かぁ……一体どんな感じなんだろうな」
「この文面によると、招待状を送ってくださったのは第二王女アイリスさまとのことで」
「アイリス様か……本物のお姫様なんか見たことないからなぁ」
「……そうね。本物のお姫様なんか見たことないわよね……」
盛り上がるカズマとコッコロとは対照的に、キャルはげんなりした状態のままちらりとペコリーヌを見た。そうしながら、お姫様ねぇ、と達観したような呟きを零す。
どうやらバレていない、あるいは見なかったことにしていたらしいということを覚った二人は、さてどうするかと思考を巡らせた。が、こればかりは当人の問題であり、どうしようもないと早々に結論付け、自分達は自分達で出来ることはやろうと顔を見合わせた。
晩餐会の日時が明日に迫った。ダクネスとアキノの手配で正装はきちんと用意される手はずとなっているが、それとは別にカズマ達には問題が残っている。今この場に、王都に向かう面々としてテレポート屋に向かっているのは三人だ。カズマと、コッコロと、そしてキャル。向こうでは既にダクネスとアキノが準備に追われているらしく、案内役として抜擢されているのはユカリである。
「大丈夫なのかよ、あいつ……用事があるって先に王都行っちまったけど」
「ペコリーヌさまはしっかりしておられますし、その辺りは問題ないかと」
二人の会話を聞きながら、ユカリはあははと苦笑する。冒険者パーティーとして呼ばれたのだから、きちんと四人揃っていなくていいのかと少し不安に駆られていたのだ。そんな二人にキャルが大丈夫よと返す。余計な心配は無用だと述べる。
「どうせ向こうで嫌でも会うんだし。気にするだけ無駄よ無駄」
「そんなもんか?」
「そうよ。それよりも服装よ。ドレスかぁ……めんどくさい」
「わたくしは、ドレスには少しワクワクしております」
目をキラキラさせているコッコロを見て、まあ確かに着る機会なんかそうそうないかと表情を緩めた。そういう考えを持って、自分も少しは前向きに行こうと拳を振り上げた。
「てかキャル、何かお前その口ぶりだとドレス着たことがあるような」
「……アルカンレティアで」
「あ、もういい。ごめん」
急速に目が死んでいくキャルを見て、カズマは慌てて話を打ち切った。そうこうしているうちにアクセルのテレポート屋に到着。王都に行けば向こうが迎えを用意してくれているだろうとユカリはヒラヒラと手を振った。
「そういえば、ユカリさんはいいのか?」
「私? あんまり飲めないのはちょっと……」
基準そこかよ。そうは思ったが毎度のことなので気にしないことにした。じゃあ行ってらっしゃい、という声を背中に受けながら、三人はテレポートで王都へと移動する。
光が消えた先、王都のテレポート屋から外に出たカズマは、アクセルよりも大きなその街に思わず圧倒された。コッコロに至っては、ほえー、と口元をバッテンにしたまま動かない。
「アルカンレティアと違って、こっちはまさに王国の首都って感じだな」
「そりゃ、そうでしょ。……コロ助、もどってこーい」
「はっ! 申し訳ありません。街の大きさに圧倒されておりました」
「しょうがないわよ。あんた田舎者なんだから」
それで、とキャルは視線をキョロキョロとさせる。確か迎えがいるだの来るだの言っていたはずなのだが。そんなことを思っていると、一台の馬車が三人の目の前で止まった。
お迎えに上がりました。馬車の御者をしていた一人、執事服の男性がそう述べ頭を下げる。どこかで見たような、とその男性を見詰めていると、彼は苦笑してダスティネス家執事ハーゲンだと名乗った。
「ああ、この前そういえばダクネスの家で見たな」
「ペコリーヌが説教された時ね」
疑問が氷解したところで、三人は馬車に乗り込み移動する。どうやら向かう先はダスティネス家の建物ではなく、ウィスタリア家の建物らしい。ドレスやらの準備はそちらのほうが充実しているからだとか。
そうして暫し馬車に揺られ、アクセルで見た屋敷と同じくらいのそこを案内されるまま控室へと向かい。用意された服へと着替えることになった。カズマはタキシードなのでそこまで苦労せずに着替え終わったが、女性陣二人はそこそこ手間取っているらしい。ここに用意されているドレスがアキノのものならば、まあ二人にはサイズ絶対合わないだろうからな、とカズマはぼんやりと思う。
「お待たせしました、主さま」
「結構手間取ったわ……」
そうして現れた二人は、それぞれ彼女らに合わせた色のドレスを纏っていた。コッコロは薄い緑を基調としたもので、エルフ特有の美貌も相まって一種の幻想さを醸し出している。対するキャルは黒と紫。細身の体にフィットしたドレスが良く似合っており、まるでどこぞの令嬢のように錯覚するほどだ。
「……」
「何か言いなさいよ」
「あ、いや。思った以上に綺麗だったから」
そこまで口にしてから、何言ってんの俺とカズマは悶えた。案の定それを聞いたキャルは目をパチクリとさせ、何か変なものでも食べたのかと心配してくる。コッコロが照れくさそうにお礼を述べてくるのは、それはそれとしてクリティカルであった。
そんなやり取りをしながら再び案内され応接間へ。その入り口で、同じようにドレス姿のダクネスとアキノが待っていた。二人共着慣れているのか、先程のコッコロとキャルのような緊張は微塵もない。
「お待ちしておりましたわ」
「あ、ああ。……何でここで待ってんの?」
「ああ、いや。晩餐会の主催者はアイリス様なのだが、その前に、第一王女様がお前達と挨拶をしたいと……こちらに、来られてな」
「第一王女……確か、ユースティアナさまでございますね」
「ええ。この間の騒動でお名前は知っていると思いますが」
あの時の状況を思い出す。今ここで第一王女と会うのはひょっとして何か問題があったのではないかとカズマは思わず顔を顰めた。無罪にはなったが、襲撃を計画していた一人がキャルであったことには変わりない。
「カズマ、心配するな。ユースティアナ様はお前達を疑っているわけではない。ただ、お前達と話がしたいだけなのだ」
「俺達と? 何で?」
「それは、まあ。会えば分かりますわ」
「あの、ペコリーヌさまはどうなされたのですか? こちらにもいらっしゃらないようなのですが」
「……大丈夫だ。問題ない」
そこで二人は会話を打ち切る。では行きましょう、と扉に手をかけようとしているのを見ながら、カズマはそういえばとキャルを見た。第一王女の、ユースティアナの名前が出てから一言も発していないキャルを見た。
「おいキャル」
「……何?」
「どうしたんだよ。さっきから変だぞ」
「なんでもないわよ」
ちょっとあんたらの反応が心配だっただけ。口にはせずにそう続けると、キャルは開いていく扉に視線を戻した。それにつられるように、カズマもそちらへと視線を向ける。
「ユースティアナ様。冒険者サトウカズマ、コッコロ、キャルの三名が到着いたしました」
「はい。では、こちらに」
「……ん?」
何か今物凄く聞き覚えのある声しなかったか? そんなことを思いながらカズマは部屋に足を踏み入れ。
そして、そこに座っているドレス姿の少女を見た。どこか悪戯が成功したような笑顔で、それでいてどこか申し訳無さそうな顔をしている少女を、見た。
「……
「……」
「……」
「お初にお目にかかります。アクセルの冒険者、キャルと申します、ユースティアナ様」
目の前の光景に動きを止めているカズマとコッコロとは裏腹に、キャルは溜息を吐きながらもユースティアナの言葉に挨拶を返した。再起動するのに時間がかかりそうな二人をちらりと見て、彼女はもう一度溜息を吐く。
ユースティアナの傍らに移動したダクネスとアキノも、しょうがないだろうなと苦笑していた。
「――というか、何であんたが先に挨拶すんのよ。こういうのは普通下々のあたしたちからでしょうが」
「え? ……あ、そういえばそうですね。最近こういう場に出てないからすっかり忘れてました。やばいですね☆」
あはは、と笑うユースティアナを見て、キャルは三度目の溜息を吐いた。
その辺りで、カズマとコッコロが我に返る。目の前の第一王女を見て、これがドッキリか何かじゃないかと疑い。周囲の様子から本気でそうなのだということを理解してカズマはぐらりと揺れた。コッコロも同じように、これが現実で本当だと受け入れた。
「……マジか」
「ビックリ仰天でございます……」
第一王女ユースティアナ。彼女は、どこからどう見ても。
「あたしとしては、ここで素直に驚けるあんたらにビックリよ……」
彼らのパーティーメンバー、ペコリーヌであった。
ついに明かされた衝撃の真実!(バレバレ)