「私は認めません」
「アイリス様!?」
発端の発端は何だったか。これまでの冒険譚で、ここ最近の話になった時か。今ここにいる三人を、自慢の友人達だとペコリーヌが述べた時か。それぞれの出会いの話をした時か。
否、この辺りはまだアイリスは笑顔で聞いていた。クレアとレインも、彼女のその笑顔に思わず破顔していたほどだ。クレアは別の感情も湧いていたが。
細かい話から、当然大きな討伐話へと冒険譚はシフトしていく。デストロイヤー、魔王軍幹部ベルディア、そしてハンス。それらの時の話になっていく。バニルは流した。
アイリスはそれらを聞きながら、ちらちらとカズマ達を見ていた。ダクネスも、アキノも、そしてペコリーヌも。三人の評価は当然高い。性格や問題行動はアクセルではつきものだ。それを踏まえても、彼らへの好感度は高レートなわけで。
そして領主の悪魔騒ぎ。カズマとキャルが捕まったのを全力で助けようとする姉の話を聞いた時、アイリスが抱いた感情はまず尊敬であった。大事な友人のために、大切な仲間のために、正体を隠すことより事態の解決を優先した。正体を隠しながら事態を解決することも当然出来たであろう姉は、己の都合より友人達の一刻も早い平穏を望んだのだ。その迷いなき判断、それが自分に行えただろうかとアイリスは思う。恐らく、迷っただろう。だからこそ姉を尊敬し。
「……お姉様は、彼等が大切なのですね」
少し、嫉妬した。そこまで姉が大切に思う仲間達に、目の前にいる三人に、ヤキモチを焼いたのだ。
ペコリーヌはそんなアイリスを見て微笑む。大丈夫ですよと彼女に述べる。友達が大切なのと同じくらい、家族のことも大事なのだから。そう言って席を立つと彼女はアイリスの頭を撫でた。
「同じくらい、ですか」
「……同じくらい、では駄目でした?」
「お姉様は意地悪です……」
ここで文句を言ったらただのワガママ娘ではないか。むう、と唇を尖らせたアイリスは、少し八つ当たり気味にカズマ達をじろりと睨んだ。
そんな彼女を見てペコリーヌは苦笑する。そうですね、と少し悩む素振りを見せると、アイリスの名を呼びこちらに顔を向かせた。
「わたしは、意地悪かもしれません」
「え?」
「アイリスは今、王女として自由を奪われています。そんなあなたへ、自由気ままに外に出ていたわたしが新たな繋がりを作っただなんて自慢げに話すのは、確かに失礼でしたね」
「そんなことはありません!」
思わず立ち上がる。ぎょっとした表情のレインを見ることなく、アイリスはペコリーヌへと言葉を紡いだ。自身と同じ経験をしているのだから、今の姿は未来の自分だ。むしろこの先自分がそんな経験が出来るのだと思うと胸が高鳴る。是非とも偉大なる姉と同じように、自身もそのような生き方をしたい。大体そんなようなことを言ったのだとアイリスは記憶している。よく覚えていないのは、感情のまま捲し立てたからだ。王女にあるまじき、子供っぽい行動だったからだ。
思わず目をパチクリとさせたペコリーヌは、先程とは違う表情で、先程と同じように頷いた。そうですね、とアイリスに述べた。
「この先、きっと。あなたにも、大切なお友達が出来ますよ」
「はい!」
笑顔で頷く。姉にそう言われたのだ、絶対に自分も大切な友人を。
そこまで考えて、ふと動きを止めた。その時が来るのはまだ先である、ということに気付いたのだ。その場にいる面々もそれを察し、これからなのだから焦らずともと彼女を宥める。
「……ちょっと、いいか? あ、いや、いいですか?」
「カズマくん?」
そんな中、聞き役に徹していたカズマが口を挟んだ。どうしたんですか、とペコリーヌが彼の方を見ると、少々難しい顔をした彼が聞きたいことがあると言葉を続ける。
「ここで答えられることなら別に構いませんけど」
「やっぱり王女様って中々外に出られないもんなのか?」
「……主さま」
「いや、まあそこ疑問に思う気持ちは分かるわ」
キャルもその言葉を聞いて思わずペコリーヌを見る。理由が、事情があるのは分かっていたが、しかしそうなると何故そこにいるアイリス第二王女に適用されないのかというのは当然気になるわけで。
あー、とペコリーヌが何とも言えない表情になる。とりあえず当たり障りのないことを。そんなことを思いつつ、彼女は自身は武者修行の旅で外に出ていただけだと述べた。
「ベルゼルグ王国では、王族は勇者の血統であり、そのための英才教育も受けている。だからというべきか、一定の年齢で魔王軍の討伐に向かうのだ」
「ええ。第一王子であるジャティス様も、現在は陛下と共に魔王の軍勢の最前線で戦っておられますわ」
ダクネスとアキノが補足する。ふーん、とそれを聞いていたカズマは、分かりにくいがほんの少しだけ眉尻を下げた。
「……ユースティアナ様も、これからそっちに向かうのか?」
「へ?」
唐突に投げかけられたその質問に、ペコリーヌは素っ頓狂な声を上げた。彼の質問の意図が分からない。否、分からないこともないが、果たして本当にそういう意味で聞いているのか自信が持てなかったのだ。
「えっと……カズマくんは、その、もしそうだって言ったらついてきてくれるんですか?」
「え? やだよ。最前線とか絶対死ぬじゃん」
「主さま……」
「言い方ぁ!」
キャルが思わずツッコミを入れる。そんな彼女に視線を向けると、そんな事言われてもしょうがないだろと彼は述べた。実際自分は弱いのだから。何故か自信満々に、堂々とカズマはそう続けた。
「しかし主さま。これまでの大規模な戦いは殆どそれらと遜色のないものだったと思われるのですが」
「そりゃそうかもしれんが、あくまで向こうからだろ? こっちから好き好んで行くとか無理だって」
「こいつ……」
分かっていたけど、とキャルが溜息を吐く。自分だって最前線で魔王軍と戦えと言われたら断るだろう。そういう意味ではカズマと意見は一致している。
が、それはあくまでそういう依頼を受けたらだ。そうじゃなかったら、例えば誰かに、具体的に誰とは言わないが、頼まれたら彼女は。
「あはは……。やっぱり、そうですよね」
カズマのそれを聞いて、ペコリーヌは寂しそうに笑った。分かっていたけれど、と一瞬だけ俯き、顔を上げると再び笑顔を浮かべる。大切な友人を自分から危険に晒すことは駄目ですし。そう言ってうんうんと頷いた。仕方ないからその時は一人で行きますと締めた。
「いや何言ってんの? お前も残るんだよ」
「……へ?」
「お前いなくなったら前衛コッコロに任せっきりになるじゃねぇか。負担考えろ」
「え? あ、はい」
「いやあんたはこの場の空気考えなさいよ」
レインは目の前の光景が信じられずポカンとしている。クレアも同様だが、しかし王女に対してお前呼ばわりとはと思わず腰の剣に手を添えていた。
が、ダクネスとアキノがそんなやり取りを見て笑っているのを視界に入れると、気が削がれたらしく渋々引き下がる。
「ダスティネス卿、ウィスタリア卿。あれは、普段のユースティアナ様のやり取りなのですか?」
「ええ。まったく嘆かわしいことに」
ダクネスがそう答えるが、言葉とは裏腹にその顔は実に楽しそうだ。アキノも、そうでなくては彼等ではないとクスクス笑う始末。
「ま、まあユースティアナ様がお許しになられているのならば……」
「認めません」
「え?」
仕方ないのだろうか。そんなクレアの言葉に被せるように、静かに述べた者がいた。ゆっくりと立ち上がると、先程までとは違い無表情で、否、無表情でいようと努めているが不機嫌さを隠しきれない顔で彼女はそう告げた。
思わず皆がそこを見る。動きを止めたキャルが、目を見開いてカタカタしだしたのを横にいたコッコロはすぐに気付いた。
「私は、認めません」
「あ、アイリス様?」
アイリスはそこにいる三人を見る。自身よりも年下の、よく知らない女神を崇めるアークプリーストのエルフ。名誉アクシズ教徒の巫女だとかいう謎の肩書を持つアークウィザードの獣人。
そして、女神の加護を授かったと嘯いている勇者候補らしい、《冒険者》。
「あなた達がお姉様の仲間だなんて、私は認めません!」
「アイリス様!?」
思い返せば、理由は明白であった。
「アイリス?」
「お姉様! これが本当に大切な友人なんですか!?」
三人を、というよりもカズマを思い切り指差しながらアイリスはペコリーヌに問い掛ける。質問の体を取ってはいるが、その口調と表情は間違いなく否定であった。
「……カズマ」
「何だよ」
「あんたのせいよ。いつもの調子でしゃべり過ぎ。……どうすんのよ、罰とか与えられたら」
「主さま。確かにペコリーヌさまはそれを望んでおられましたが、いささかこの場では少々……」
「……いや、分かってた。分かってたんだけど」
いかんせん視界に映る殆どが、普段から気安く接している面々なのだ。ふとした拍子にいつもの調子に戻ってしまっても、ある意味仕方ないと言える。キャルもそれは同意出来たのか、だったら黙ってなさいよと溜息混じりに返していた。
「成程。キャルさまの口数が少なかったのは、そのせいだったのですね」
「余計なこと言わない」
ジロリとコッコロを睨んだキャルは、そんなことよりとカズマに向こうを見るよう告げた。何が気に入らなかったのか、など考えるまでもないが、しかしそうなると彼女の不機嫌を直す方法が思い付かない。だからキャルの出した結論は、カズマを生贄にしよう、であった。
「いいのか? 俺が口を挟むときっと事態は悪化するぞ。そうなるとパーティーメンバーの連帯責任だ」
「わたくしは主さまのもたらした結果ならば、何であろうと」
本気の目である。だそうよ、というキャルの言葉を聞いて、ちくしょうとカズマは毒づいた。一応言っておくと、自分の身から出た錆である。
「えー、っと。申し訳ありませんでしたユースティアナ様。先程は大変無礼な――」
言葉を止めた。ベルゼルグ姉妹がこちらをじっと見ていたからだ。アイリスはどこか値踏みするような視線で、もう一方のペコリーヌは。
「――先程はつい普段通りの振る舞いをしてしまいました。ですので、あれは後ほどということで」
「後ほど!? 後ほど何をする気ですか!」
「うぉ」
どことなくしょんぼりしていたので、少し言い回しを変えたのだが、どうやらこれがいけなかったらしい。アイリスが思い切りカズマに食って掛かった。
何をする気も何も、ああいった軽口はこの晩餐会が終わってからにすると宣言しただけである。それ以上でもそれ以下でもない。
「ま、まさかお姉様にいやらしいことを!?」
「アイリス?」
「……確かにお姉様は魅力的でしょう、あなたのような者が劣情を抱くのも当然。ですが! 王族に、それも私の敬愛するユースティアナお姉様に手を出してただで済むとは思わないことですこの下郎!」
「……何だろう、俺の中で王族って変人なんだなーって思いが固まってく」
「カズマくん、アイリスはすごく良い子なんです。ただ、ちょっと最近は寂しかったみたいで少し――あれ? ひょっとして今わたしも変人に加えられました?」
「お前は元々だよ」
「酷くないです!?」
「あ、違う。あなたは元々です、ユースティアナ様」
「言い方変えても騙されませんからね!」
そんなやり取りに当然ながらアイリスが超反応する。目の光が軌跡を描くような残像を残しながら振り向き、カズマをロックオンする。先程も、そして今も。仲が良さげに話をしている、気安い関係になっている彼を見る。
そう、コッコロでもキャルでもない。異性のパーティーメンバーであるにも拘わらず同じように気安いカズマを、見る。
「何なのです!? あなたは一体何なのですか!? 何故そこまでお姉様と親しげに、気安く話し掛けられるのですか!」
「え? 何でって言われても……もう、一年くらいの付き合いだし。あ、いや、ですので」
「私は十二年の付き合いなのですよ!」
「何の話!?」
意味が分からない。姉に対する言葉遣いが気に入らないのかと思ったが、どうやらそんなことよりも明確な理由があるようにカズマには感じられた。が、それが何かがピンとこないのだ。
先程までの彼女の言葉を反芻する。その中からこちらへ具体的な文句を抜き出して、とりあえず思い付くのは。
「えーっと、アイリス様?」
「何ですか、下賤な者」
敵意バリバリの視線がカズマに突き刺さる。だから別に何もしてねえよ、そんなことを思いながら、彼は出来るだけ平静を装って言葉を紡いだ。
「俺はこの身に誓って、ユースティアナ様にいやらしいことをした覚えなどございません」
『えっ?』
「ちょっと黙ってろ」
キャルと、ダクネスと、アキノ。そしてペコリーヌが思わず呟いてしまった。当然ながらアイリスの耳にもそれは届いたわけで。
彼女の表情がますます険しくなる。信用出来ない、とその顔がこれ以上無いほど述べていた。
「ですからアイリス様の心配するようなことは何も」
「信じられません」
ぴしゃりとカズマの言葉を跳ね除ける。そうしながら、どのみち今の貴方の発言は自身の心配を解消するものではなかったと続けた。
そのまま、自身の苛立ちが何から来ているか分かっていなさそうな目の前の男をアイリスは睨んだ。どうしてそんな、と彼女は小さく呟いた。
どうしてそんな、安心しきった顔を彼に向けているのですか。口にはせず、彼女の心中だけでそれを叫んだ。
「認めません」
「ん?」
だからその代わりに、アイリスは先程と同じ宣言をした。否、先程とは同じ言葉で、違う宣言をした。
「あのお二人は友人であると、仲間であると認めてもいいでしょう。不本意ながら、パーティーメンバーであるという点はあなたも認めざるを得ません」
「は、はあ。それはどうも……?」
「それでも私は認めません! あなたのような男が、お姉様の隣にいるなんて!」
「そんなこと言われても……俺もあいついないと困るんで」
勿論パーティーメンバー的な意味で言っている。友人として、仲間としてという意味で言っている。普段ならば、それはそれとしていやらしいことは当然考えないはずもないが、現状死刑と直結しそうなので頭から投げ捨てている。だからカズマとしては珍しく、下心のない純粋な言葉であった。
勿論アイリスはそういう意味で取ってはいない。一瞬だけ目を伏せると、次の瞬間には目の据わった表情で真っ直ぐにカズマを睨み付けた。
「絶対に、絶対に認めません! 私は、あなたをお義兄さまなどと呼ぶわけにはいきません!」
「ちょっと何言ってるか分かんない」
うわっ…アイリスのカズマへの好感度、低すぎ…?