プリすば!   作:負け狐

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カズマvsアイリス


その66

 カズマにとってよく分からないアイリスの謎宣言の辺りで晩餐会も締めに向かう。当然料理の大半は第一王女の胃袋に消えたが、それとは別に、アイリスも出された料理をきちんと平らげていたのにはカズマも思わず目を見開いた。

 

「この手の料理とか、貴族とかお偉いさんは普通に残すイメージあったけど、違うんだな」

「そりゃそうでしょ。第二王女の姉はあれよ?」

 

 キャルにあれ扱いされたペコリーヌは、今日この後どうするのかをクレア達と話し合っている。ダクネスとアキノは当然自身の王都にある別邸へ帰るのだが、そんなものは持ち合わせていない自分達は果たして帰るか、どちらかの屋敷に泊まるか。

 

「……なあ、キャル、コッコロ」

「なによ」

「どうされました?」

「何であいつ城に泊まろうとしてないんだ?」

 

 ペコリーヌの本名はユースティアナ、ここベルゼルグ王国の第一王女だ。つまり今いるこの場所、王城は彼女の実家なわけで。

 ふう、とキャルが息を吐いた。そんなこと知るか、とバッサリ切り捨てた彼女は、しかし言葉とは裏腹に何かを心配するような表情を浮かべていた。

 

「……まあ、あんまり長居したくないんでしょ」

「あいつもかよ……」

「ペコリーヌさまも、キャルさまのように何か故郷に悩みをお持ちなのでしょうか……」

 

 アイリスに押し切られ城に泊まることになったらしいペコリーヌを見る。表情を見る限り何か問題があるようには見られないが、こちらの考えが合っているのならば。

 と、そんなことを考えているカズマと向こうにいたアイリスの目が合った。途端に表情をむくれたものに変えると、彼女はんべぇと舌を出す。傍らに控えていたレインにはしたないですよと咎められ、ごめんなさいと謝っていた。ペコリーヌも謝っていた。

 

「あの、ユースティアナ様……あまり、出過ぎたことを申し上げたくないのですが」

「はい」

「出来れば、アイリス様に悪影響を及ぼすような言葉遣いや態度は控えていただけると……」

「……はい」

 

 城を出て様々な人々と出会い、老若男女、荒くれ者問わず騒いで暴れて食事を共にしてきたペコリーヌのそれは、どうやらあっという間にアイリスに浸透したらしい。勿論ユースティアナとしての態度を崩してはおらず、レインの指摘は少し的外れではあるのだが。それでも妹に語って聞かせる『ペコリーヌ』の話は王族にとってそういう扱いになるわけで。

 

「お姉様、申し訳ありません。私がいたらなかったばかりに」

「アイリスのせいじゃありませんよ。わたしがここでの振る舞いを忘れていたのが原因ですから」

 

 そう言ってペコリーヌはアイリスに笑い掛ける。その表情を見て、姉の言葉に含まれたそれを理解したアイリスは、そういうことならば仕方ありませんねと微笑んだ。そうしてお互いに顔を見合わせ、クスクスと微笑む。

 

『やばいですね☆』

「ほらそれぇ!」

 

 思わずツッコミを入れてしまったレインは、次の瞬間我に返ると咳払いを一つ。言い直してはいたが、既に手遅れであった。クレアはアイリスのやばいですねにヤバいくらい興奮していた。

 

「……なあ」

「杞憂だったのでしょうか」

「だと、いいけどね」

 

 とりあえず自分達も城に泊まることになりそうだ。ペコリーヌの会話を聞きながら、三人は妹と笑い合う彼女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 翌日。目が覚めたカズマは、視界に映る景色が豪華絢爛であったことに目を見開いた。次第に頭が覚醒していくと、ああそういえば自分達も何だかんだで城に泊まったのだと思い出す。

 コンコンというノックの音に返事をすると、執事らしき男性が朝食を運んできた。普段食べるものとはまた違うそれを見て、新鮮な野菜なので攻撃力が高いという注意を聞いて、流石王城と謎の驚きを感じていた。

 

「……まあ、初心者殺しも食ってるしな」

 

 今更食材が攻撃してくることに驚きはしない。ビチビチと暴れる朝食を麻痺らせ、カズマは何事もなかったかのように食事を取った。そうしながら、コッコロ達はどうしているのだろうかと窓の外に視界を移した。

 そのタイミングでノックが響く。何だあいつら来たのか、そんなことを思いながら、カズマはどうぞと適当な返事を。

 

「おはようございます不届き者。さあ、勝負を行いましょう!」

「……えぇ……」

 

 第二王女アイリスが部屋に入ってくる。これ大丈夫なやつ? と後ろに控えているレインとクレアに視線を向けると、どこか諦めたような表情で視線を逸らされた。

 しょうがない、と立ち上がったカズマは、とりあえず着替えるので一旦出てくれと三人に述べた。素直に退室するアイリス達を見ながら、彼はよし、と口角を上げる。

 手早く普段の格好へと着替えたカズマは、しかしそのことを告げず、着替えにもたついているふりをしながら扉の向こうにいるであろうアイリスへと声を掛けた。

 

「それでアイリス様? 一体何の勝負をすればいいんですかね?」

「……そうですね。とりあえず、あなたの好きな項目で構いません」

「……そうか。じゃあ」

 

 ゆっくりと窓を開ける。バインド用のロープを使って脱出口を作り上げると、彼は素早くそこから逃げ出した。

 

「鬼ごっこと行こうか!」

 

 え、とアイリスが声を上げるがもう遅い。ロープを回収し窓から外へ抜ける手段を潰したカズマは、そのまま一目散に逃げ出した。一応宣言した以上、城から逃げるのはマズいだろうが、この広さだ。適当にその辺をぶらついていれば向こうも飽きるだろう。そんな考えを持ちつつ、とりあえずみんなと合流しようかと彼女達のいるであろう部屋を。

 

「逃がしません!」

『アイリス様!?』

「――は?」

 

 跳んだ。城の窓から王女が紐なしバンジーを決行したのだ。小さな体が空中へと投げ出され、そしてゆっくりと自由落下していく。コッコロとそう変わらない少女が、カズマの目の前で落下していく。

 

「せめて始めの合図をしてから逃げるべきでしょう! 卑怯者!」

 

 その途中で壁を蹴りながら三次元跳躍をして無事着地した。目の前の光景に頭がついていかなかったカズマは、思わず窓を見て、そしてつかつかと歩いてくるアイリスに視線を戻し。

 

「……なんじゃそりゃぁ……」

 

 ガシリと万力のような力で腕を掴む少女の理不尽さを、身を持って体験したのである。

 そのまま彼は彼女にズルズルと引きずられ、では最初の勝負は私の勝ちですねと楽しそうに歩みを進めていく。そうして辿り着いたのは城の中庭。東屋のようなそこには、先程合流しようとしていた面々がメイド達にお茶を振る舞われていた。

 

「あ、やっと来たわね」

「おはようございます、主さま」

「おいっす~☆ カズマくん」

「……おう」

 

 準備は万端らしい。だったら最初の勝負なんだったんだよと思わなくもないが、三人の様子を見る限り、それとこれとは別なのかもしれない。第一王女のお茶会の可能性だってある。その場合、カズマはハブられたことになるが。

 

「お姉様」

「どうしました? アイリス」

「私も先程お姉様がやっていた挨拶をしてみたいです」

「……」

「いやこっち見られても」

 

 キャルがぺし、とペコリーヌの顔をアイリスへと向けさせる。やればいいじゃない、と投げやりに返しながら、彼女は冷めた紅茶を一口飲んだ。

 

「……クレアとレインには、内緒ですよ」

「はいっ!」

「では、アイリス、おいっす~☆」

「お姉様、おいっすー!」

「……ユースティアナ様ぁ……」

「あ」

 

 即バレである。窓から飛び出したアイリスがこちらに向かうのを上から確認した二人は、慌てて追いつこうと駆けてきたらしい。流石に息が切れるほどではなかったが、それでも少々の疲れが見えた。精神的なものだろう。目の前の挨拶とかで。

 

「あ、クレア、レイン。おいっすー」

「お止めくださいアイリス様! ユースティアナ様も、市井で身に付けた粗暴な言葉を教え込むのはお控えくださいと昨日申し上げたではないですか!」

「今のは駄目でしたか。やばいですね☆」

「でぇすぅかぁらぁ!」

 

 涙目である。流石にこれ以上は駄目だ、とペコリーヌはレインに謝罪をし、アイリスにもその辺にしましょうと述べた。教えた自分が悪いのだが、出来るだけ今の言葉は使わないようにと彼女へ続けた。

 

「……あの、ユースティアナ様。それはそれとして、そうやってこちらにポンポン頭を下げられると、木っ端貴族の私としては非常に心臓に悪いのですが」

「あ、ごめんなさい。つい普段の癖で」

 

 普段何をやっているのか、と気にはなったが、恐らく聞いたら意識が飛びそうなのでレインはぐっと堪えた。油断した、こんなことならば背景に溶け込んでおくべきだった。そんなこともついでに思った。

 

「クレア様。後はおまかせしても……?」

「それは構わないのだが。大丈夫ですかレイン」

 

 一歩どころか思い切り下がる。そんな彼女の様子を心配はしたが、本人が気にするなと言うのだから仕方がない。クレアはそう結論付け、傍らでお目付け役として様子を見守ることにした。

 

「では、気を取り直して。勝負です!」

「はいはい。で、何をすればいいんですかね?」

 

 ビシィ、とカズマを指差し宣言する。そのセリフ二回目だぞ、と思いながら、彼は割と投げやり気味にそう返した。コッコロとキャルは何事だと二人を眺め、ペコリーヌはあははと苦笑している。

 そんな状態で、アイリスは机の上に置いてあったものを一つ取る。アクセルの街でも見たことのあるボードゲームの駒だ。酒場でよくキャルをカモにしていたやつである。

 

「本気でやってもいいんだよな? あ、ですよね?」

「勿論です。それと、窮屈ならば無理にかしこまる必要もありません」

「お、いいのか?」

「いいわけないだろう馬鹿者!」

 

 クレアからの物言いである。とはいえ、当の本人であるアイリスが許可を出した上に、コッコロやキャルにも同じ言葉を告げていたので、彼女としてはそれ以上は強く出れない。ぐぬぬ、と唸りながらも渋々引き下がった。

 

「悪いわね、うちの馬鹿が」

「クレアさま、主さまは少し変わった部分もありますが、本質はとても素直で善性なお方ですので……どうか」

「あ、ああ、いや。こちらこそ申し訳ありません、少し取り乱してしまったようで」

 

 カズマの態度や行動を見ていると、こちらの二人は非常にまともだ。思わずそんなことをクレアは思ったが、ならば何故あの男とパーティーを組み続けているのかという疑問も同時に湧いてくる。

 答えは簡単で、この二人もある意味まともではないからなのだが、幸か不幸か彼女はまだそれを知らなかった。

 

「カズマくんカズマくん」

「はいはいカズマですけど。何だよペコリーヌ」

「アドバイスというか、忠告というか。……多分カズマくん負けますよ」

「言ったなコノヤロー。見てろよ、お前の妹を今からこてんぱんに」

 

 ゲームが始まる。コツコツと駒を動かす音が静かに響き、そして一時間経つか経たないか辺りで勝敗は決した。

 カズマの負けである。

 

「コテンパンにされてんじゃない」

 

 はぁ、と盤上の様子を見ながらキャルが呆れたように述べる。何を言ってもダメージになりそうだと判断したコッコロは沈黙を貫いた。

 

「うるせー! 俺に毎回ボッコボコにされてるやつが偉そうにドヤ顔しやがって。お前が勝ったんじゃないんだぞ? そこんとこ分かってますかー?」

「分かってるに決まってんでしょうが。負けたからって八つ当たりしてんじゃないわよ! あんたが負けたのは事実でしょうが」

「はん。見てろよ、この手の真剣勝負は三回勝負のマッチ戦だと相場が決まってんだ。今の勝負で大体分かったからな、次は勝つ」

「とか言っちゃってるけど、アイリス様はそれでいいわけ?」

「はい、構いませんよ。次も私が勝ちますので」

「言いやがったな! ペコリーヌの妹だからって容赦しねーぞ!」

 

 そんなわけで二回戦である。何が大体分かったのか傍から見ている面々にはさっぱり分からないが、ともあれ皆が見守る中お互い駒を順繰りに動かしていき。

 当然のように、カズマが負けた。

 

「知ってた」

「黙れクソ雑魚」

「負けといて逆ギレしてんじゃないわよ」

 

 うがぁ、とバンバン机を叩くカズマは非常に醜い。アイリスもそんな彼をやれやれと呆れたような表情で眺めていたが。

 ふと視線を横に向ける。彼女の姉が、そんなカズマを見て楽しそうな表情を浮かべていた。安心しきった顔をしていた。自然体の笑顔を見せていた。

 

「……」

「アイリス? どうかしました?」

「お姉様は、この結果を見てどう思われたのですか?」

「へ? やっぱりアイリスは強いですねって」

 

 そこに偽りはない。ペコリーヌは間違いなくアイリスの勝利を喜んでくれている。

 だが、カズマの敗北についてはそれほど何も考えてはいない。正確には、そこに拘っていないというべきか。その部分がアイリスとの感じ方の差異であり、彼女の納得できない箇所でもあった。

 

「お姉様は、カズマさんの敗北をどう思われたのですか?」

「え? やっぱり負けちゃいましたかって思ったくらいですけど」

「聞こえてんぞペコリーヌ!」

「あはは、バレましたか。でもわたし、最初に言いましたよね? カズマくん負けますよって」

「ああそうだよ、予想通り負けましたよ! 満足か!?」

「もう少し粘って欲しかったですね」

「ざけんな」

 

 ギャーギャーとペコリーヌに食って掛かるカズマを、アイリスはじっと見ていた。正確には、カズマと姉、両方を見ていた。楽しそうに騒ぐユースティアナを、見ていた。

 勝負をして、あの男が大したことない存在だと見せ付ければそれで大丈夫だと思っていたのに、どうして。段々と表情が不機嫌になっていくのを自覚しながら、アイリスは心の中に生まれたモヤモヤを処理しきれず小さく唸った。

 ガタン、と立ち上がる。何事だ、と皆の視線が自身に向くが、アイリスは気にしたふうもなく先程と同じようにカズマに指をビシリと突き付けた。

 

「これで勝ったと思わないことです! 覚えていなさい!」

 

 まるで三流悪役のような捨て台詞を吐きながら、アイリスはそのまま駆けていく。クレアが慌ててそんな彼女を追いかけた。

 そうして残されるカズマ達と色々諦めたレイン。

 

「ところで」

「どうされました? 主さま」

「一体何がどうなってどういう理由で勝負してたんだ?」

「いやあんたが知らないのにあたし達が知ってるはずないでしょうが」

 

 ぽつん、と残されたボードゲームを眺めながら、ペコリーヌもはっきりとした理由はよく分からないですけどと呟いた。そうしながら、ちらりとレインに視線を移す。何とも言えない表情を浮かべていたので、向こうは事情を察しているのかと何となく理解はした。

 

「とりあえず、カズマくん」

「ん?」

「暫く定期的に勝負を挑まれると思いますけど、頑張ってくださいね」

「……王女の遊び相手だと思えば、まあ」

 

 そのレベルじゃなくなったら流石に止めるから大丈夫です。レインがそう付け加えるのを聞いて、カズマは割と本気で王城から抜け出そうかと画策しかけた。

 

 




まだ認めない。

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