プリすば!   作:負け狐

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ペコ話。


その67

 これは夢だ。あの時の、記憶の夢。

 目の前の教育係の魔術師は、困惑を隠せていない。少々お待ち下さいと言ったきり、その日魔術師は帰ってこなかった。翌日も、その次も、思い付く方法や調査を行ったが、それが覆されることはなかった。

 父も母も、そんな自分を咎めない。才能がないと言われたも同然なのに、以前と変わらぬ接し方をしてくれる。

 ならば、と必死で頑張った。そこが欠けているのならば、それ以外で補えばいい。そう決意して、今まで以上に訓練を、特訓を、勉強を重ねた。

 転機は、妹が王族としての教育を始めてからだ。彼女は非常に優秀だった、まだ幼いながらに、魔法も剣術も才能に満ち溢れていた。教育係もこぞって妹を褒め称え、流石は勇者の末裔だと持ち上げる。

 そんな妹を嫌うことが出来ればよかった。憎むことが出来れば楽だった。姉である自分を慕い、笑顔を見せる妹を、嫌うことなど出来なかった。せめてみっともない姿を見せないようにと努力は続けていたが、それは彼女が見えなくならないためにもがいていただけだ。

 限界が来た。認められないものを、ただ誤魔化すためのそれを続けるには、自分は弱すぎた。日に日に成長していく妹を見るのが、彼女の望んだ姉でいようとするのが、辛くなった。

 

「なんだ、吹っ切れたのか?」

 

 殆どの教育係が妹に掛り切りの中、いつまでもこちらについてくれている物好きの彼女がそんなことを述べる。同じく物好きのもう一人が、そんな彼女を見てやれやれと肩を竦めていた。

 

「まあ、肩の力を抜くのは賛成だ。最近は無駄が多過ぎて随分つまらなかったからな」

「……無駄、ですか」

「ああ、無駄だ。アイリス様と一体何を比べているのかは知らんが、姫様の強みはそこじゃない」

 

 くつくつと笑う彼女を見て、思わず顔を顰めた。何を言っているのかと、こんな出来損ないの自分に、一体何の強みがあるのかと。思わずそう詰め寄ったが、当の本人はまるで動じることなく笑みを強くさせた。

 

「分からんのならば、ワタシから言うことはない」

「なんで……?」

「教えられて、それでどうする? ああそうなのかと納得しておしまいか? くだらん」

「クリスちゃん」

 

 様子を見守っていたもう一人が咎めるように彼女の名を呼ぶ。呼ばれた方はふんと鼻を鳴らすと、だったらそっちは伝えるのかと問い掛けた。

 う、とそのもう一人は、鎧姿の女性は言葉を濁す。それだけで十分だ。つまり彼女も、言うつもりはないということだ。

 

「……それは、ユースティアナ様が、自分で到達しなければいけない」

「そういうことだ。残念だったな姫様」

 

 からかっているのだろうか。そんなことすら考えた。王族として、致命的に足りていない自分を馬鹿にするために、わざと期待させるようなことを言って、がっかりさせようとしているのではないか。

 そんな考えを見透かしたのだろう。クリスティーナが、呆れたような顔で拳骨をお見舞いしてきた。横にいるジュンも、その行動を咎めない。

 

「拗ねるのも腐るのも勝手だがな、姫様。信頼を裏切るマネはするな、王族ならば尚更だ」

「……クリスティーナが言っても説得力ありませんよ……」

「ぶふっ」

「はっはっは。言うじゃないか。――さて、少しはマシな顔になったことだし」

 

 少し厨房にでも突撃してお菓子でもかっさらうか。今日の訓練メニューはこれだといわんばかりに堂々とそう宣言する彼女を見て、思わず笑った。

 

 

 

 

 

 

「……結局、吹っ切れなかったんですけどね」

 

 目を覚ましたペコリーヌは、夢のことを思い出しながら一人ぼやく。久しぶりに見た気がする、そんなことを思いつつ、ベッドから起き上がるとのろのろと着替えを始めた。

 

「ユースティアナ様……あの、お着替えでしたら私達が」

「……気にしないでください。どうせ暫くしたら、再び冒険者に戻るので」

 

 部屋に入ってきたメイドにそう返し、ペコリーヌは朝食を食べる。気分は大分滅入っていたが、それでも食べないという選択肢はない。綺麗にそれを平らげると、皿を下げるメイド達をぼんやりと見ながら今日のことを考えた。

 当分は、アイリスがカズマを構うので城暮らしだろう。とりあえず一週間ほどを目処に、向こうの機嫌を見ながら帰る画策でも立てようか。

 

「……帰る、か」

 

 呟く。自分の生まれた場所はここなのに、帰る場所は別にある。それは、ついこの間キャルが言っていたことを反芻するかのようで。

 違う、とひとりごちた。彼女は、きちんと自分の居場所だから、自信を持ってそう言えた。戻りたいのに、戻りたくない。留まりたいけれど、逃げ出したい。そんな思いを持っている自分とは、決定的に違う。

 

「駄目ですね……後ろ向きなことばかり考えちゃいます」

 

 よし、と頬を張った。気合を入れ直し、いつものペコリーヌに戻ろうと深呼吸を一つ。

 そのタイミングで、部屋の外が騒がしいのに気が付いた。何やら部屋の外にいた警備の兵士と誰かが揉めているらしい。

 

「どうしたんでしょうか……」

 

 扉へと近付く。そのまま開けても良かったのだが、一応念の為に様子を窺ってからにしようと彼女は外の声に耳を澄ませた。

 

「だーから、俺はパーティーメンバーに会いに来ただけだっつーの」

「第一王女の寝室に踏み入ろうとした言い訳がそれか? この不審者め」

「言い訳じゃなくて事実なんですけどぉ! ああくそ、こんなことなら先にコッコロ達と合流するんだった」

「カズマくん?」

 

 聞き覚えのあり過ぎる声であったので、ペコリーヌは扉を開く。兵士が驚き、いけませんと彼女を守るように立ったが、当の本人は何ら脅威を認識していない。ひょこ、と兵士の横から顔を出し、そこに立っている少年の顔を確認し笑みを浮かべたほどだ。

 

「カズマくん、おいっす~☆」

「おう、おはようペコリーヌ。早速だけどそこの兵士説得してくれ」

 

 自分越しに親しげに話を始める二人を見て、兵士は困惑顔を浮かべた。そのまま、彼が本当にペコリーヌのパーティーメンバーだということが分かると、申し訳ありませんとそこからすぐさま退く。

 

「いえ、話は聞いていたのですが……まさか、こんな」

「おい俺の顔に何か文句あるなら聞こうじゃないか」

 

 兵士は無言を貫いた。ジト目で暫しその兵士を見ていたカズマであったが、まあいいやとペコリーヌに向き直る。元々用事があるのは彼女にだ。

 

「それで、一体どうしたんですか?」

「いや、あの妹様が朝一で俺の部屋に来てな」

 

 今日は教育係による授業があるので、勝負はその後に。そんな宣言をわざわざしてから去っていくアイリスを見ながら、彼は実はあいつ暇なんだろうかと思ったりもした。

 ともあれ、そういうわけで昼間は特にやることがないので、暇潰しがしたいとカズマは述べた。

 

「あはは、いいですよ。キャルちゃんとコッコロちゃんも一緒ですか?」

「ん、ああ。お前の許可を取ってから行こうと思ってた」

「わたしの許可、ですか」

「そうそう。どうせだから、城のガイドでもしてもらおうかってな」

「ユースティアナ様を、王女様を案内役にするつもりか!?」

 

 後ろで聞いていた兵士が叫ぶ。が、カズマはそんな兵士を一瞥し、わざとらしく肩を落とすとそうだったのかと呟いた。

 

「そうだよな。一国の王女をそんな気軽に誘っちゃ、駄目だよな。俺みたいなのが近付いていい立場じゃないもんな」

 

 軽いノリの、いつもの軽口である。少なくともカズマはそのつもりで、普段であったらこのノリに参加してくれるであろう彼女の反応を待つつもりであった。

 

「――あ、あ」

「え?」

 

 顔面蒼白でカタカタ震えられたことで、カズマも一瞬動きが止まる。一体どうした、何がどうなってこうなった。そんなことを考える暇もなく、状況を飲み込む時間すらなく。

 

「いやっ! いかないで! 離れないで!」

「へぁ!?」

 

 縋るようにペコリーヌが抱きついてきたことで、彼の頭は真っ白になった。朝の、王城の、廊下のど真ん中で。第一王女がどこの馬の骨か知らぬ冴えない顔の男に抱きついて、あまつさえ離れないでと来たもんだ。

 そうでもなくともスタイル抜群の美少女が思い切りこちらに体を押し付けているわけで。カズマの頭が真っ白になっていなければ、今頃王女にとんでもないものを当てた罪で即座にギロチンされていたに違いない。

 

「とりあえず、はなれてくれませんか」

 

 ふるふる、と首を横に振られる。いやもう限界なんですよとカズマは思うが、それを口にするわけにもいかず、ああもうとヤケクソ気味に叫んだ。

 

「別に逃げねぇよ。そもそも、こないだも言っただろうが、お前にはいてもらわないと困るって」

「――ほんとう?」

「本当本当。カズマさん嘘つかない」

「……いっつも嘘ついてるじゃないですか」

 

 もう、と小さく呟きながら、ペコリーヌはゆっくりと離れた。俯いたまま、彼女はごめんなさいとカズマに述べる。いや正直こっちとしてはおっぱいありがとうございますなんですが。そんな最低な返事が思い浮かび、違うだろと飲み込んだ。

 

「ごめんなさい。ちょっと夢見が悪くて、取り乱しちゃいました」

「ちょっとどころじゃない取り乱しようだったけどな」

 

 カズマがそう言うと、彼女はあははと苦笑する。後ろで血の気が引いている兵士に、大丈夫です、心配いりませんと告げると、そのまま彼の手をとってペコリーヌは歩き出した。では行きましょうとカズマに述べた。

 

「行くって、どこに?」

「まずはキャルちゃんとコッコロちゃんと合流ですよね。その後、王城の案内を」

「……あー、はいはい」

「違いました?」

「いや、別に」

 

 多分今聞いても無駄だな。そう判断したカズマは、さっきの彼女のことは一旦忘れることにした。おっぱいの感触は魂に刻んだ。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、レイン」

「どうされました?」

 

 歴史の授業を受けていたアイリスは、彼女の話を聞きながらふと思うことがあり問い掛けた。今まで気にしていなかった、あるいは気付いていなかったことを口にした。

 

「私の魔法や剣術の才も、勇者の血統が下地にあるから、でしたよね?」

「はい。魔王を討伐した勇者を婿にという話も、単に勇者への褒美というだけではなく、王家の力を高めるという意味合いもありますから」

 

 何か気になることでもありましたか。レインがそう続けると、アイリスは少しだけ難しい顔をした。言っていいものか少しだけ迷った。

 だが、自分から言いだしたことだ。ここで飲み込んでも、それはきっと残り続ける。ならば今ここで。

 

「実は。私は、お姉様が魔法を使っているところを見たことがないのです」

「……」

「私の記憶の中のお姉様は、常に剣を持って、近接戦闘を行っていました。私が学んだ魔法はどれも強力で、ともすれば巻き込んでしまうと考えていたのだろうとは思うのですが」

 

 ひょっとして、何か他にも理由があるのではないか。そう続けて、アイリスはレインの反応を見た。彼女ならば何か知っているのではないかと、その表情を見た。

 明らかに動揺している。言ってはいけないという思いと、王女であるアイリスへの質問に答えなくてはならないという考えに挟まれ、にっちもさっちもいかない状態になっているのがよく分かった。

 

「わ、私も、詳しくは知りません。その話を聞いた当時はまだ教育係にもなっていない、ただの見習い魔術師でしたから」

「当時?」

「……アイリス様がお生まれになった頃の話です。ユースティアナ様も、今のアイリス様同様に様々な勉強をされていたそうなのですが」

 

 それまでの教育係が、突如変更されたらしい。今までの王族の教育と違うものになり、そしてその特異性から、彼女の教育係となったのはごく少数に留まったのだとか。

 

「私がユースティアナ様と初めてお会いしたのは変更後のことでしたので、一体何があったのかは知りません。というのも、その、肝心の事情を知っている教育係というのが」

「……クリスティーナ」

「はい。クリスティーナ様も、ジュン殿も。そういったことをペラペラと話すような方ではありませんから」

 

 飄々と人を喰ったような性格をしているが、己の定めている一線は越えない。それがクリスティーナという人物であり、だからこそ普段あれだけのことをしでかしているにも拘らず、彼女の信頼はそれなりに厚い。もっとも、ストッパーでもあるジュンの存在も大きいだろうが。

 

「そうですか……。それならば、仕方ありませんね」

 

 しゅん、と少しだけ肩を落としたが、しかしアイリスはすぐに顔を上げた。自分はこれまでの王族と同じ教育をされている。姉だけが、特別なのだ。それはきっと、自分の想像もつかない隠された秘密があり、そしてそれこそが今の輝かしいユースティアナを形作っているのだ。そう彼女は結論付けた。

 

「やはりお姉様には敵いませんね」

「アイリス様は、素晴らしい才能をお持ちですよ」

「でも、それはあくまで普通の範疇です。王族として、当たり前のものでしかありません。特別な教育を受けたお姉様とは違います」

「……そう、ですか」

 

 目の前の第二王女は、どうも自身を過小評価するきらいがある。ララティーナやアキノほどではないが、姉妹とそれなりに付き合いのあるレインからすると、こういうところはそっくりだと少しだけ苦笑した。ユースティアナ第一王女も、どこか自虐的で、過小評価が過ぎるところがあった。

 そうしてお互いがお互いを、自分の上だと信じて疑っていない。

 

「さあ、授業の続きを行いましょうか」

「はい! お姉様に置いていかれないように、頑張ります」

 

 それとあの不届き者、あれだけは叩きのめさねば。余計な気合を入れるアイリスを見ながら、レインはほんの少しだけ言いかけたそれを飲み込み、奥に沈めた。

 噂だ。真実がどうなのかは、きっと自分には分からない。国王陛下や、教育係のあの二人や、あるいは幼少からの付き合いであるララティーナやアキノくらいしか知らないのかもしれない。だから、徒に彼女の気分を害するようなそれを、言うべきではないのだ。

 どのみち、その噂もすぐに立ち消えた。だからきっと、根も葉もないものだったのだ。

 

 第一王女は、ユースティアナは。ベルゼルグの、勇者の血統を持ち合わせていながら、その証である勇者の魔法が使えない出来損ないだ。――なんてものは。

 

 




コンセプトは勘違いもの(多分)

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