無理でした。とりあえず午前中での成果はこれである。情報収集が出来るか否かは予想してしかるべきであった。
現在の場所は王城である。情報は、そこにいる人々から集める必要がある。そして、集める情報の内容は。
「普通に考えて王女の過去話をペラペラ話すわけないよな」
「メイド達や兵士に聞きたくても、その頃を知ってそうなのはあたし達より大分年上なわけだし」
「向こうの方々からの信用をわたくし達は持ち合わせておりませんし」
ペコリーヌがいれば違ったであろう。が、聞きたいことはそのペコリーヌのことであり、なおかつ本人が聞かれたくない過去の話。彼女を連れて行くのが土台無理な話だ。
仕方がない、と三人は午後からのアイリス達に賭けることにした。
が、しかし。当然ながら少しでも聞き方を間違えれば目の前の相手に怪しまれるのは必至。タイミングを見計らう必要もある。
「なあ、アイリス様」
「なんですか?」
「そろそろ勝負変えないか?」
「毎回負けているくせに何を言い出すのやら」
「負けてるからだよ。俺が勝てるやつにしようぜ」
コトリと駒を動かす。それを見たアイリスは少しだけ悩んで盤上の駒を手に取った。ひょい、とそれを移動させると、カズマがあからさまに顔を顰める。
その様子を眺めていたキャルは、そろそろ負けるなと予想を立てて視線をクレアとレインに向けた。ちょっと聞きたいことがあるんだけれど、と二人に問い掛け、許可を貰う。
「ペコリーヌのことなんだけど」
「ユースティアナ様が何か?」
「いや、二人はあいつと付き合い長かったりするのかなって」
「ふむ。そうですね」
クレアは少し考え込む。彼女がユースティアナと出会ったのは、アイリスの教育係として抜擢された頃だ。第一王子の教育係を所望していた彼女は、当初アイリスの教育係になったことを不満に思っていたのだが。
「……モーガン卿にしごかれていたのを見たのが最初だったか」
あれが噂の、と近くにいた貴族がひそひそと呟くのが耳に入った。レインとは違い、そこまで例の話に詳しくなかったクレアは、一体何のことだと問い掛け、そして。
「思えば、随分と失礼なことを考えてしまった……」
「失礼なことって……」
「あなた達にはあまり関係が……ない、とも言い切れないか」
キャルの表情を見たクレアは苦い顔を浮かべる。どうやら自分のパーティーメンバーで友人でもあるペコリーヌのことを悪く言われたのだと判断し機嫌を損ねたらしい。そんなことを思った彼女は、弁明になるか分からないがと頬を掻いた。レインはその横で、アイリス様に聞かれたら事ですよと諌めている。
「その話自体は既にしている。アイリス様もユースティアナ様も、寛大なお心で私の謝罪を受け入れてくださったよ」
「それならいいのですが……」
「……それで、一体何が失礼だったの?」
ちなみに、キャルの表情が強張っているのはよっしゃ情報を集められそうだという顔を隠すためである。横のコッコロは、何とも言えない顔でそんなキャルを眺めていた。
「年もそう違わないのに、王子であるジャティス様に及ばない実力だ、と」
「ええ、あの時のクレアは実に不愉快でした」
「ぐはぅ!」
カズマとボードゲームをしながら聞いていたらしいアイリスがポツリと呟く。勿論クレアには致命傷で、そのまま膝から崩折れた。カズマにとどめを刺しながら、彼女は視線をそんな倒れかけているクレアに移す。
「お姉様がお優しい方で良かったですね、クレア」
「はい……それはもう……」
「え? 何? ひょっとしてこの白スーツと仲悪いの?」
「いいえ? これは軽口のようなものです。クレアもレインも、私の大事な人ですから」
「アイリス様……!」
「復活早っ」
コントのように倒れたり起き上がったりを繰り返すクレアを見ながらカズマがぼやく。なんでも彼女は王国の大貴族の一つシンフォニア家の令嬢らしいが、そうなると彼の知る限り五本の指のうち四本が変人だ。この国大丈夫なんだろうかと言いしれぬ不安に襲われた。
「あれ? そういえばさっきモーガン卿とか言ってなかったか?」
「そういえば、クレアさまが言っておられましたね」
そこで気付く。彼女の言葉が正しいのならば、ペコリーヌの教育係というのはモーガン家のとある人物ということになるわけで。
ちょっといいかとカズマはアイリスに問い掛けた。どうしました、と返す彼女に、彼は疑問に思ったことを述べる。ひょっとしてだけど、と言葉を紡ぐ。
「ペコリーヌの教育係って、クリスティーナさん?」
「はい。ああ、そういえばあなた達はクリスティーナと面識があるのでしたね」
「ま、ね」
「色々と、お世話になりました」
彼女がいなければ、今頃カズマ達は酷いことになっていただろう。そうは思うのだが、ひょっとしたら彼女がいた状況の方が酷いことになっていた可能性もあるかもしれない、という不安もある。もっとも既に終わったことなので、いくら考えてもしょうがない。
ともあれ、これは思わぬ収穫だ。今のクレアの話は正直そこまで参考にならなかったが、教育係である彼女に聞けば、あるいは。
「……あの」
そんな三人に声が掛かる。出来るだけ背景に徹そうとしていたレインが、おずおずといった様子で一歩前に出ていた。
「何をしようとしているのかは詳しく聞きませんが、その……クリスティーナ様に直接尋ねるのは自殺行為ではないかと」
彼女の言葉にカズマはああやっぱりという顔になる。どうやらあの人はどこであろうとあんな感じらしいということを察し、よしやめようと残り二人に視線を移した。
そのタイミングで、ですから、と彼女が続ける。教育係はクリスティーナだけではないとレインが述べた。
「そちらの方に聞けば、多少は」
歯切れが悪い。クレアも、いやそれはどうだろうという顔を浮かべていた。
「レイン」
「はい」
「ジュンの横には、高確率でクリスティーナがいると思うのですけれど」
「はい」
駄目じゃねぇか。アイリスのその言葉を聞いて、もうどうでもいいやとカズマは開き直ることにした。
中庭で、いつものように、カズマとアイリスがボードゲームで遊んでいる。彼女は彼の無様な姿を晒すための勝負だと言っているが、その実飾らない態度で接するあの一時を楽しんでいるのを知っている。だから姉としてはそれが微笑ましく、そして、寂しかった。
今日もそれは同じ。王城に来てからの数日間、繰り返されるそれを、自分としては遠巻きに眺めるだけ。
そう、思っていたのに。
「カズマくんと……コッコロちゃん、キャルちゃんも」
そこには、自分以外が揃っていた。自分がこれまでいた場所に、妹が収まっていた。楽しそうに会話をしている皆を見ていると、最初からそうであったのではないかと錯覚してしまう。
最初から、自分はいなかったのではないかと錯覚してしまう。
「……どうして」
どうして、自分はあそこにいないのだろう。どうして、彼等は自分がいない場所で楽しそうなのだろう。どうして、誰も自分のことを気にかけてくれないのだろう。
ぐるぐると黒い感情が渦巻き、そして消えていく。視界から外し、逃げるように中庭を後にした。人気のない場所まで駆けると、そのまま壁にもたれずるずるとへたり込む。影の中に蹲っていると、それが自分にはお似合いだと言われているように思えて。
ぽたり、と床に染みが出来た。それが自分の涙だということに気付くのが一瞬遅れた。
何を泣いているのか、と自分の中で嘲笑する顔が見える。元より、出来損ないの居場所などどこにもなかっただろうに。そう言って見下す顔が見える。
だから取って代わられるのだ。考えたくもなかったその一言を、笑いながら口にする顔が見える。お前がいた場所は、もうアイリスのものだ。そう、決定的な言葉を告げる顔が見える。
「……ち、が……」
違う、と口に出来なかった。声にならない吐息だけが口から溢れ、無様な鳴き声のようにヒューヒューと漏れる。認めるのだろう、と誰かが言った気がした。
嫌だ。そうは思っても、変えられない事実は容赦なく突き付けられる。このまま自分はなかったことにされてしまう。それが覆せない真実だと掲げられる。
「嫌だ……」
今度は口に出来た。否定する言葉を紡げた。でも、それは事実を否定するものではなく、認められない浅ましい自分が露見するような醜い言葉で。
「嫌だよ……忘れないでよ……わたしは、ちゃんとここにいるのに……」
自分の存在価値はどこだ。アイリスに取って代わられる程度でしかない己を肯定する要素は、いったいどこにある。
「コッコロちゃん、キャルちゃん……カズマくん」
まるで駄々をこねる子供だ。そんな呆れたような声も、既に聞こえない。ただただ、自分は。
「置いていかないで……わたしを、忘れちゃ、やだよぉ……」
誰もいないその場所で、誰にも気付かれないそこで、泣き続ける。
「えーっと。確かこの辺にいるらしいんだが」
アイリス達からもらった情報を元に件の人物がいるであろう場所へと向かったカズマ達であったが、どうにもそれらしき人物はいない。
あるのは、一目見るだけで素晴らしいと思えるような鎧が一つのみ。
「この時間はここで見張りをしている、って言ってたわよね」
「はい。ですが、それらしき方はどこにも」
キャルとコッコロも視線を彷徨わせるが、人は見当たらない。ガシャリ、と鎧が風に触れる音が響くだけで、他にはなにもない。
「見張りの時間は退屈だからクリスティーナさんもいないって言ってたから来たのに」
「当の本人もいないじゃない」
「一体、ジュンさまはどこに」
「私に用かい?」
『うわぁぁ!』
唐突に掛けられた声に、三人は思わず飛び退った。視線の先には、先程からそこに飾ってあった鎧がこちらを見て首を傾げている。全く話し掛けてこないから、誰を探しているのかと不思議に思っていた。そんなことを言いながら、鎧がガシャリガシャリと動いていた。
「いや、だったら最初から声を掛けてくれれば」
「ああ、それは申し訳ない。一応見張りの時間だからね、君達が何かをしでかす可能性も考慮していたんだ」
「成程。それは道理でございますね」
「それもどうなの? 怪しいなら最初から声掛けて注意してもいいじゃない」
ジト目で鎧を、ジュンを睨んだキャルはもういいと溜息を吐いた。あのペコリーヌの教育係だ、どうせまともなやつじゃないと分かっていたと諦めたように呟く。
「あはは。確かによく言われるよ、変人だとね。これでもクリスちゃんと比べればまともな方だと思ってはいるんだけど」
「あの人が比較対象な時点で大概だと思う」
キャルの言葉にうんうんと頷いた二人は、それはそれとしてとジュンに向き直った。
少し聞きたいことがあるんですけれど。そう問い掛けると、彼女は不思議そうに首を傾げる。
「ペコリーヌのことなんだけど」
「ペコリーヌ……ああ、ユースティアナ様か。あれ? ひょっとして君達が」
はいそうですと三人が頷く。成程、言われてみればとジュンはカズマとコッコロ、そしてキャルを眺めうんうんと頷いた。クリスちゃんの言っていた通りだと兜の下で笑顔を浮かべた。
「それで、ユースティアナ様がどうしたのかな?」
「回りくどいことを言ってもしょうがないから、単刀直入に言うわ。あいつの過去を教えて欲しいの」
キャルの言葉で、ジュンの動きが止まった。先程とはまた違う、鋭い視線を感じるほどに三人を見やる。そうした後、理由を聞いてもと問い掛けた。
キャルとコッコロはカズマを見る。ここで俺に丸投げかよ、と目を見開いた彼であったが、仕方ないと肩を落とすと先日の騒動を彼女に語った。
「……成程ね。確かに、その噂はこちらにも少し流れていた」
第一王女が冴えない冒険者と恋仲らしい、というゴシップ溢れたものだったけれど。そう言いながら苦笑したジュンは、そういうことならばと緊張した空気を霧散させる。が、その代わりまた違う真剣さを醸し出した。
「一応聞いておくけれど。それを聞いてユースティアナ様から離れていくということは?」
「あいつがとんでもないのは今更よ。……それに、友達、だし」
「離れません。こればかりは主さまがなんと言おうと」
「いや言わねーよ。俺だってもうあいつ抜きで冒険者生活とかやってらんねぇからな」
三者三様のその言葉を聞いて、ジュンの纏う雰囲気が明らかに輝いた。そうかそうか、と呟き、いい友人を持ったんだなとどこか感慨深げに天を仰ぐ。
「まあ、当の本人は大分揺らいでいそうだがなぁ」
横合いから声。思わずそこに視線を向けると、以前も見たきわどいドレスに鎧のパーツという格好の美女が笑みを浮かべて立っていた。わざわざ出会わないように、と選んだ場所で、何故か彼女がいた。
「あれ? クリスちゃん、どうしたのこんな場所で」
「いや何。随分と面白そうな拗れ方をしていたからな、お節介を焼きに来たのさ」
「……ユースティアナ様に、何か?」
その乱入者、クリスティーナの言葉に何か感じたのだろう。ジュンが兜の下で眉を顰めるとそう問い掛ける。その視線を受けた彼女は、ああその通りと顔をカズマ達に向けた。
「うちのボスはな。妹である第二王女、アイリス様にコンプレックスを抱いている」
聞きたいのはこれだろう、と言わんばかりのクリスティーナの言葉に、三人は思わず身構えた。一体どこまで知っているのだ。そんなことを思いはしたが、それ自体は事実なので話の続きをひとまず待つ。
「知ってるか? ユースティアナ様は魔法が使えない」
「へ?」
その言葉で素っ頓狂な声を上げたのはカズマだ。それって何か問題なの、と隣に視線を向けると、どこか納得したような顔のキャルが見えた。コッコロはいまいちピンときていないようであった。
「……あんた達田舎者は知らないかもしれないけど、ベルゼルグ王国の王族はかつての勇者の血を引いているの。だから、元々の素質としてその勇者の強力なスキルや魔法を使えるのよ」
「うん。だけど、ユースティアナ様は少し事情があって、勇者の魔法を覚えられなかったんだ」
その一方で、アイリスは勇者のスキルも魔法も存分に使いこなすことが出来た。素質としては間違いなく妹の方が優秀である。そう考える貴族も一人や二人ではなかったわけで。
そんな環境で、ペコリーヌは育ってきた。それでも自分を慕う妹を邪険にすることもなく、大切な家族として、大好きな妹として接してきた。アイリスもそんなユースティアナが大好きで、尊敬する姉として慕っていた。
「……帰りたくなかった理由が何となく分かった」
自分だったら多分二度と実家帰らない。そんなことを思いながらカズマはげんなりとした表情を浮かべる。思った以上にめんどくさい事情を聞いて、これ解決策あるのかと頭を抱える。
その一方で、キャルとコッコロは、どこか引っ掛かりを覚えた。二人の口ぶりは、優秀な妹と出来損ないの姉を語るにしてはどうにもおかしい。ううむと悩む二人の表情を見て、カズマもどこか怪訝な顔をし始めた。
「ねえ、クリスティーナさん」
「どうしたお嬢ちゃん」
「ペコリーヌって、本当にただ魔法が使えないだけなの?」
「さてな。それはボスが自分で気付くことだ」
「あるいは、ちゃんと向き合うことだね」
クリスティーナとジュンの言葉に、キャルは成程と確信を持った。横の二人も同様なようで、つまりはそういうことなのだと頷いている。
それってこっちには教えてもらえないのか。そうカズマが尋ねると、クリスティーナは笑って断ると言い切った。事情を知るものは、今更それを口にはしないだろうとついでに続けた。
「まあ、ララティーナちゃんやアキノちゃん辺りは案外あっさりと口を滑らせているかもしれんがな♪」
「あの二人も知ってんのかよ……」
「彼女達はユースティアナ様と昔馴染みだからね。ある程度事情は知っているよ。だから、本来はそこまで拗れることじゃなかったはずなんだけど」
「ああ見えて、本来のユースティアナ様は悲観的だからな。幼い頃から近くにいるワタシ達が言ったところで、耳当たりのいい言葉で慰めているようにしか聞こえんのだろう」
そういうわけだから、とクリスティーナは三人を見る。しがらみのない状態で出会った連中ならば、事情を知らない彼等ならば。
ユースティアナを、一歩前に進ませることが出来るかもしれない。
「そう言われてもな。そもそも、王族の強さとかその辺の基準が分からんから何とも」
「まあ、実際ピンとこないわよね。ペコリーヌの動きが普通の冒険者離れしてるのは知ってるけど」
「アイリスさまは、どうなのでしょうか……」
具体的な案を出そうにも、まずもってそこが不明だ。コンプレックスを持つだの、優秀と出来損ないだの、言葉で言われても。
それならば丁度いい、とクリスティーナが笑う。どういうことだとジュン込みで彼女に視線を向けたのを確認すると、楽しそうに言葉を紡いだ。
「ここに来る前に思い詰めた顔をしたうちのボスがアイリス様に模擬戦を挑んでいたのを見たからな。あれは間違いなく喧嘩になるぞ☆」
『そういうことは早く言えぇぇ!』
先日に案内されたので訓練場の場所は分かる。行くぞとカズマ達は慌ててそこへと走っていった。そんな三人を見送ったクリスティーナは、さてどうなるかと口角を上げる。
「クリスちゃん……荒療治も大概にしないと」
「なぁに。仲間にあれだけ恵まれているのに腐り続けているボスには丁度いい薬だろう?」
「……まあ、ね」
やれやれ、と肩を竦めるジュンを見ながら、クリスティーナはもう一度楽しそうに笑った。
でも姉妹喧嘩は始まるかも