アイリスは剣を構え直す。眼前には気付いたら三人になっている対戦相手が見える。先程のクリスティーナの言葉は、煽りではあったものの彼女の気持ちをある程度切り替える役割も担っていた。
「アークウィザードとアークプリースト。上級職ではあるものの、完全な前衛となる相手はいない」
足に力を込めた。それに合わせるように、キャルが呪文を唱え始めコッコロがメンバー全員に支援魔法を掛ける。
それがどうした、とアイリスは一気に駆けた。相手の防御以上のダメージを与えることさえ出来れば勝つ。至極当然の思考だ。
「――え?」
剣を持っていた右腕が弾かれた。突如ベクトルを変えられたそれにより、アイリスは思わずたたらを踏む。魔法か、とキャルを見ても、彼女はまだそれを発動させていない。
では何が、と視線を動かすと、いつの間にかカズマが弓を構えてこちらを見ていることに気付いた。
「狙撃!?」
「剣の先端にある程度値の張る弓矢使ってぶち当てれば、俺程度でも弾くくらいは出来るって寸法よ」
これみよがしに呪文を唱えていたキャルは囮。向こうに注意を持っていくことでカズマの動きを分かり辛くさせたのだ。なお、勿論呪文自体はしっかり唱えているので、キャルの追撃でアイリスとカズマ達との距離がまた開く。飛び退った着地地点には当然のようにトラップが仕込んであった。
「きゃぅん! あ、しび……やぁ、くぅぅん! ひゃぁぁ!」
麻痺毒である。ビクンビクンと悶えながら思わずその場にへたり込むアイリスを、カズマは何とも言えない表情で眺めていた。
「……なんだろう。いかがわしいことをしている気がしてきた」
「おめでとうカズマ。あんたこの後死刑ね」
「はぁ!? その場合俺の戦力に組み込まれたお前も同罪なんですけどぉ!」
「嫌に決まってるでしょうが。あたしは逃げるわよ」
「逃がすか! 俺と一緒に地獄に行ってもらうぞ!」
「主さま! キャルさま! 遊んでいる場合ではございません!」
『はーい』
武器を構え直す。気合かスキルかは不明だが、麻痺をレジストしたらしいアイリスが大きく深呼吸をしてこちらを睨み付けていた。
キャルとコッコロの手を掴む。そのまま逃走スキルと自動回避を発動させたカズマは、立っていた場所から全力で離脱した。
瞬間、巨大な稲妻がアイリスを起点に発射される。射線上にあったトラップは恐らくほぼ吹き飛ばされただろう。そんなことを思いながら、カズマは二人を引っ張ったままアイリスが落ちた穴の方へと移動した。
「外しましたか」
「食らったら塵も残らなさそうなもんぶっ放してんじゃねーよ!」
「致命は肩代わりされるのでしょう? だから私は遠慮などしません」
「ああそうかい。まあそんなのはどっちでもいいんだけどな」
「そうやって余裕の表情を浮かべていられるのも今のうちです!」
再び剣を構える。自身と相手の直線状に先程の落とし穴が見えたが、彼女は別段気にしない。見えている穴など飛び越えるなり何なりすればいいだけだ。
牽制の意味も込めて先程の呪文を唱えつつ、アイリスは再度距離を詰める。ここで逃げを打つならば間接攻撃で追撃、受けて立つのならばそのまま叩き斬る。そんなことを思いながら、彼女は剣を。
「かかった! 出番だ、ダクネェェェェス!」
「くぅ……! こんな、こんな捨て駒のような役割を担わされるとは!」
「嬉しそうね……」
落とし穴から人が飛び出してきた。突如アイリスの目の前に出現したその人影は、彼女の一撃を真正面から受け止める。当然押し切られるが、アイリスもそこで足止めを食らってしまっていた。
「ら、ララティーナ!? 何故ここに!?」
「……あの男に、カズマに、頼まれましたので」
吹き飛ばされたダクネスであったが、コッコロの支援とカズマのブーストのおかげもあってかほぼ無傷で起き上がり再度三人を守るようにアイリスに立ち塞がる。そんな彼女を見て、アイリスは思わず目を瞬かせ、そして一歩後ずさった。
「……待って、ララティーナ。貴女、今どこから出てきたの?」
「先程アイリス様が落ちかけた落とし穴です」
「……いたの?」
「はい、底に埋められておりました」
笑顔で生き埋めにされていたことを話すダクネスを見て、アイリスはほんの僅かだが引く。が、それだけ向こうを信頼しているのかと思い直し再度その表情を引き締めた。
「成程。三人と見せかけて四人でしたか。ですが、私は――」
「何言ってんだ?」
「え?」
カズマは笑みを浮かべたまま。コッコロとキャルは彼の発言に別段驚かず構えたまま。そしてダクネスも、知っているからなのか、生来の性格上バツの悪そうに視線を逸らした。
殺気。背後で生まれたそれを感じ取ったアイリスは、即座に反転し剣を振るう。横薙ぎに繰り出された大剣と、アイリスの聖剣とがぶつかり合い甲高い音が鳴り響いた。
「くっ……流石に奇襲は成功しませんか!」
「アキノ!?」
「ええ。ウィスタリア家が子女アキノ、カズマさんの戦力として参上しましたわ!」
ぶつかり合いは一瞬。自身の不利を覚ったアキノは即座に剣を引き、くるりとダンスを踊るように回転しながら回避を行った。そうして優雅に着地をすると、頬に手の甲を当てお嬢様高笑いを上げ始める。
「おーっほっほ――」
その足元が光り輝いた。綺麗にトラップを踏み抜いたアキノは、そのポーズのまま爆発する。爆煙に包まれる彼女を目で追っていた一行は、暫しそのまま固まった。
「……えっと。五人、だったのですか?」
「今四人になったかもしれないわね」
「少年も凄いことを考えるね」
爆煙から出現したアキノを加えた五人パーティーとなったカズマ達を見ながら、ジュンはそんなことを呟いた。
アイリスは確かに王族としてレベルを上げていたが、あくまで訓練と英才教育の結果でしかない。素直過ぎると言い換えてもいいだろう。だから、カズマが勝負を宣言した時点で一対一の決闘だと思い込み罠にはまってしまったし、キャルとコッコロの追撃を食らってしまった。そして普段のパーティーメンバーが現れたことで向こうの戦力がそれだけだと思い込み、突如出現したダクネスに攻撃を防がれアキノの奇襲を許してしまった。
とはいえ、そのどれもが普通はこの状況で実行しない方法だ。そういう意味では対処しろというのはいささか酷ではあるが、しかし。
「ユースティアナ様」
「……なんですか?」
「貴女なら、どうしました?」
ジュンの言葉に、ペコリーヌは首を傾げる。自分なら、と言われても。そんなことを思いつつ、とりあえず先程の戦いの流れを思い返した。
「……まあ、一人が三人になったならもう少しくらい増えるかもって警戒はするかもしれませんね」
「うん、そうだね」
頷きながら視線を訓練場に向ける。カズマの指示の下、コッコロの支援を受けたダクネスが防ぎアキノが攻め、そしてキャルがその隙を狙うという戦い方でアイリスを翻弄していた。実戦経験の浅さが明確な弱点となって彼女を追い詰めている。
「いい調子だ」
「そう、ですね……」
ペコリーヌは同意しながら、向こうで戦況を有利に進めているカズマを見た。くしゃりと表情を歪ませ、このまま勝っちゃいそうですねと呟く。
彼の宣言通りに。自分に見せ付けるように。
「ふふっ」
その呟きを聞いていたのだろう、ジュンが思わず吹き出した。どうやら本当に、彼はよく分かっているんだな。苦笑しながらそう述べ、彼女はペコリーヌに向き直った。
「ねえ、ユースティアナ様」
「なんですか?」
「貴女なら、分かるはずだよね」
「……何をですか?」
「向こうの状況を、さ」
訓練場に設置されていた罠もほぼほぼ発動し終えたらしい。当然のように誘導されたアイリスは所々ボロボロで、ぐぬぬと忌々しげにカズマを睨んでいる。が、決定打にはどれも至っていなかった。
「はぁ、はぁ……。そろそろ、打ち止めなのではないですか?」
「それはどうかな?」
カズマはあくまで余裕の表情を崩さない。それはコッコロもキャルも同様である。ダクネスは何とも言えない表情を浮かべていたが、これは主君を敵扱いでボコっているからであり、ほぼ最初からこの顔なのでやはり読めない。
「アイリス様。そろそろ、彼を認める気になられたのではなくて?」
「何をどう思うとそのような結論になるのですかアキノ。私は、こんな戦い方をする相手を認めるわけには――」
「《バインド》!」
「きゃぁ!」
「ちっ、外したか」
「如何ですか? この迷いなき動き」
「絶対に認めません!」
アキノとの会話中に自身を拘束しにかかったカズマに文句を言いながら、アイリスは剣を構え直す。向こうのペースに乗せられていたことを自覚し、深呼吸をすることで気持ちを切り替えた。
ここまでは、二人に接近戦を挑まれていたのでそのまま受けて立った。だが、これからは。
「まずい! カズマ! 回避だ!」
「間に合わねぇよ! 耐えろダクネス! ブーストするから!」
「頼みますダクネスさま! 《オーロラブルーミング》!」
「……あの構えってまさか!?」
「逃がしません! 《エクステリオン》!」
斬撃が飛ぶ。広範囲を薙ぎ払わんと振るわれたそれは、先程放った魔法と同じように訓練場を吹き飛ばす。
爆煙で視界が遮られたが、それも一瞬。油断なく構えてはいたものの、向こうも大ダメージは免れないだろうと予想していたアイリスにとって、そこに現れた光景は思わず目を見開くものであった。
「はぁ……まさかこの身でアイリス様の訓練ではない一撃を味わえる時が来るとは」
「ほんとに耐えやがったよこいつ……」
「というか臣下の貴族としてそれは大丈夫なの……?」
鎧にもダメージが入っているものの、ダクネスはその足でしっかりと立っている。呆れたようなカズマと、引いているキャルであったが、しかし意識はきちんと目の前のアイリスへと向いていた。コッコロはダクネスに回復を掛け、一人真面目モードで油断なく武器を構えている。
そして当の本人であるアイリスは。
「……一撃で駄目なら、もう一撃を」
「させるとお思いで?」
我に返ったアイリスが追撃を放とうと思った時には、既にアキノが駆けていた。己の剣に炎を纏わせながら、彼女は背後にいるであろうカズマに叫ぶ。
「カズマさん!」
「分かってる!」
ショートソードをアキノに向け、糸で繋ぐようにイメージをする。そうした後、繋がった相手の能力をブーストさせ、一撃の威力を極限まで高めさせるのだ。
「あんまり持ってかないでくれよ。まだメインが残ってるんだからな」
「承知の上ですわ。――参ります!」
初撃でアイリスの剣を弾く。明らかに先程までと違うそれに、アイリスは思わず声を上げた。そうだ、そういえば。所々、明らかに彼女達はおかしい動きをしていた。突然ステータスが跳ね上がったとしか思えない攻撃を放ってきた。
先程まではアークプリーストの支援魔法だと思っていたが、これは違う。この戦闘中、ブーストする、とカズマが時々言っていたのを思い出した。ひょっとしてあれは、《冒険者》だから覚えた他職のスキルで僅かな支援を追加していたのではなく。
「それは、後で本人に聞くとよろしいですわ」
炎の斬撃が大地を駆ける。刻まれたそれに思わず顔を顰めたアイリスへ、更にアキノによる炎の斬り抜けが叩き込まれた。
「ぐぅ、これは……!」
「
もう一撃、もう一撃と炎の斬撃がアイリスへと撃ち込まれる。大地に炎の爪痕が刻まれたそこへと、飛び上がったアキノがとどめの一撃を振り下ろした。
「《ノーブルプロミネンス》!」
天に届かんばかりの火柱が上がる。うお、と思わずカズマが後ずさり、キャルは飛んできた火の粉で尻尾が少し焦げた。ダクネスは食らいたそうにそれを見上げていた。
お嬢様高笑いを上げていたアキノは、ふう、と息を吐くと即座にバックステップ。カズマ達と合流すると離脱を提案した。
「主さま! アイリスさまは、まだ……!」
「マジかよ。魔王軍幹部よりタフなんじゃねーかあれ?」
「……もうあいつが直接魔王倒しに行きなさいよ」
斬撃が飛ぶ。先程までカズマ達がいた場所を薙ぎ払ったそれは、火柱から飛び出したアイリスのものだ。流石は王族と言うべきか。服が所々焦げてはいるが未だ健在で、そして闘志も衰えていない。
「……」
「ユースティアナ様」
「……なんですか?」
「分かってるでしょう?」
「……分かりませんよ」
ジュンから、訓練場から視線を逸らす。彼女の言っている意味が理解出来るからこそ、彼女は目を背ける。だって、そんなものは、自意識過剰にも程がある。
「あのメンバー、意図的に抜けがある」
「……」
「それが足りないから、アイリス様との差が埋められない」
「……」
「まるで全員がそこにいない誰かをサポートするみたいに」
「それは、違います」
ジュンの言葉を遮った。そうだ、そんなことはありえない。彼女のその言葉は、間違っている。そこだけは自信を持って言える。自分の価値が低いとか、自分が出来損ないだとか、そういうものとは関係なく、それは違うと言い切れる。
「わたしは、知ってます」
カズマのことも、キャルのことも、コッコロのことも。勿論ダクネスとアキノのことも。
でも、今語るのはその中でも一人。まるで正々堂々という言葉を辞書から削り落としたような、そんな戦い方をしている少年一人だ。
「カズマくんは、そんなことを思ってません」
「……ほう」
「あの人はただ……」
「ただ?」
鎧を纏っているのでその表情は分からない。が、声色だけで察することが出来る。悪戯が成功した時のような、まるでクリスティーナのような。ジュンは、そんな風に楽しげな様子でペコリーヌの言葉の続きを促した。
ぐ、とペコリーヌは言葉に詰まる。その表情は先程までの暗いものではなく、恥ずかしさで占められていて。
「……わたしが、そこにいるのが当たり前だって思ってるだけ、なん、です……」
段々と言葉の勢いが弱くなっていく。今物凄く恥ずかしいこと言った。その自覚があるからこそ、彼女は顔を真っ赤にして俯いた。
隣のジュンはうんうんと頷いている。鎧の下では非常にいい笑顔だ。クリスちゃんにも聞かせたかったな今の。そんなことを思いながら、彼女はペコリーヌの頭をその鎧の手で撫でる。
「分かっているんだね、ユースティアナ様」
「うぅ……」
「少年達は、貴女を必要としている。そこにいるのが当たり前だと思っているほどには、欠かせない存在になっている」
「……」
「ねえ、ユースティアナ様。貴女は、要らない存在かな?」
「…………ジュンも、クリスティーナも。二人共意地悪ですね」
「あはは。クリスちゃんには負けるけどね」
ジュンのその声を聞きながら、ペコリーヌは息を吸い、吐く。
知っていた。そんな事はとうに分かっていた。ただ、見えないふりをしていただけだ。自分に価値がないと思っていたから、そんな自分を必要としてくれる皆を、間違っていると避けていただけだ。自分で自分を認められないから、他人の評価を受け入れられなかっただけだ。
子供のままだったから、拗ねて、むくれて、嫌がって。ずっと、ずっと、いつまでも。駄々をこねていただけなのだ。
パァン、と思いきり頬を張った。立ち上がると、横に立てかけてあった自身の剣を取り、外していた装備を身にまとう。
「はいこれ」
「……これは」
「残機くん。ユースティアナ様が飛び出す準備出来たら渡せってクリスちゃんが」
「全部お見通しなんじゃないですか……」
怪しい仮面の形をしたペンダントを受け取ると、ペコリーヌは訓練場を見た。アイリスが聖剣による一撃を放とうとしているところで、どうやらダクネスにもう一度壁になってもらうつもりらしい。正確には生贄である。カズマ達は既に逃げる算段を立てていた。
思わず笑みが浮かぶ。ここ数日、久しく忘れていたその感情を、彼女はあるがままに享受した。
足に力を込める。王家の装備で自身の限界値を押し上げると同時、ペコリーヌは一気に訓練場の戦闘領域へと飛び込んだ。剣を抜き放ち、構え、そして。
「《エクステリオン》!」
「《プリンセスストライク》!」
アイリスの放ったそこに割り込む形で、彼女は彼女の、彼女なりの攻撃を遠慮なくぶっ放した。
姉妹喧嘩(真)