渡された書面に書かれている金額を見て、カズマは固まった。え? 何これ。そう言いたいが、大体の想像は出来ているので視線だけで問い掛ける。
それをされた方、アキノはこくりと頷いた。
「王城の修理代ですわ」
「ですよね! ん? でもそうなると安くないか?」
インパクトだけで驚いていたが、よくよく見ると金額自体は多くはない。勿論普通の冒険者が払える金額ではないのだが、あれだけ大規模な破壊をしておいてこれだけだと安すぎるくらいだ。
「呆れましたわ……それも見越していたのではなかったの?」
「いや、算段自体は立ててたけど」
なら良いではないですか、とアキノは息を吐く。そんな彼女を見ながら、いいのかとカズマは問い掛けた。自分でそう仕向けておいてその発言はどうなのかと思うが、何だかんだで友人関係と言ってもいい間柄だ。彼の中に残っている多少の良心がそっと咎めた。
「……ユースティアナ様が前を向くようになりました。そのための経費と考えれば
「いやまあアキノさんはそうかもしれんが」
「ララティーナさんは頭を抱えてましたわね」
とはいえ、心情自体は同じなので文句は言わなかったらしい。そして当然のようにクリスティーナも払っていた。
カズマが驚いたのは、クレアもそこに加わったことだ。なんでも、アイリスがより一層元気になったことの感謝の気持らしい。変なところ律儀だな、とカズマは話を聞いてそう思った。
「まあ、王国の五大貴族だかなんだかのうち四つが金出してくれるんなら、ちょっとくらい俺の返済が滞っても大丈夫だな」
「ハンスの討伐報奨金は既に差し押さえられましたわよ」
「何でだよ! 冒険者が命を懸けて手に入れた金をそんなあっさりと奪うなんて鬼畜か!」
「カズマさん。
駄目らしい。ぐ、と呻いたカズマは、まあいいやと溜息を吐いた。その程度でペコリーヌがパーティーメンバーとして残ってくれるのならば、確かに安い買い物なのだから。
ふと、アキノが難しい顔をしているのに気付いた。どうしたんだ、と尋ねると、ここまで言っておいてなんなのですがと彼女は彼に述べる。
「実は、ユースティアナ様には前線に向かうよう要請が出ているのです」
「は? マジで?」
「マジですわ。今回の一件できちんと覚醒したことで憂いが無くなった、と陛下は判断したらしいですわね」
娘にビビってる王様の命令とか無視ればいいじゃないか。そうは思ったが、口には出さない。流石に冗談では済まないからだ。それで、とカズマはアキノに続きを促した。勿論それで話が終わりというはずがないからだ。そう彼は判断した。
「ええ。それで……」
「嫌です」
王城のとある場所にて。ベルゼルグ王国国王の目の前で、ユースティアナははっきりと言い切った。控えていたクレアとレインはぎょっとした表情で、クリスティーナは楽しそうに笑みを浮かべてそれを聞いている。アイリスもその場にいたが、表情は変えていない。予想通りであったからだ。
国王は怪訝な表情を浮かべながらも、理由を問う。彼とて大事な娘を戦場に送りたくはない。ちゃんとした理由があるならば、それもやぶさかではないと思ってはいた。
「わたしは既に大事な冒険者の仲間がいます。あの人達を置いて行くことは出来ませんし、わたし自身が彼等を前線に向かわせたくありません。だから、嫌です」
その表情は真剣そのもの。国王もそんな彼女を見ると強硬手段など取る気がなくなってしまう。可愛い娘だ。ちょっと才能に溢れすぎて妹共々ひょっとしてと思わないでもないくらいではあるが、可愛い娘なのだ。息子の第一王子ジャティスもそれは同様。今回の騒動を聞いて落ち込んでいたので彼はここにいないが、二人にとって可愛くてたまらない家族なのだ。
そんな彼女が行かないと、王族であることの意味も承知でそう述べるのならば。
「自身が身に着けている《王家の装備》。それらを取り上げるとしても、か?」
「はい」
マジかぁ、と国王は内心溜息を吐く。そこまでの覚悟か、と頭を抱える。彼女の真骨頂は装備ありきだ。王家の装備がなければ、アイリスの全力とぶつかりあったあの姿にはなれない。だから、やっと自分のものにしたそれを使うためには必須。
だというのに、目の前の愛娘は迷うことなく手放すと言い放った。それだけの覚悟を持っているという証拠であるし、それだけの価値を彼女の仲間に見出しているということでもある。
だが、と国王は思う。その仲間は、戦力として大幅にダウンした彼女を快く迎え入れるだろうか。勿論王族として修練を受けているのだから普通の冒険者に比べて遥かに優秀であることは間違いないが、しかし。
ユースティアナに問いかける。装備を失ったその状態で、仲間達は満足するのか、と。
「え? 勿論不満ぶっこくと思いますけど」
むせた。クリスティーナがそんな彼を見て、主君の前であるにも拘わらず腹を抱えて大爆笑している。クレアとレインは色々諦めた顔だったが、アイリスはどこか楽しそうであった。
「でも、いいんです。わたしが、あの人達と一緒にいたいから」
物凄く微妙な表情になった。前線での仕事の合間を縫ってテレポートでわざわざ戻ってきた結果がこれである。国王としては若干、来るんじゃなかったと思わないでもない状態であった。
はぁ、と盛大に溜息を吐く。どちらにせよ、もう暫くはここで過ごしてもらう。そう述べ、国王は話を締めた。諦めたとも言う。
「つまり? ペコリーヌはまだ暫く城生活で、しかも装備なし状態で戻ってくるってこと?」
「らしいな」
ウィスタリア家所有の屋敷にて、キャルはカズマからの話を聞いて目を細めた。ふーん、と呟きながら、目の前の紅茶を一口。
そんな二人にコッコロが難しい顔をして述べた。果たしてそうでしょうか、と。
「どういうことよコロ助」
「いえ。話を聞く限り、ペコリーヌさまが装備を持っていない状態ですと、わたくし達が迎え入れない可能性があると陛下が判断した可能性があるのでは、と」
「あー……」
カズマを見る。そんなキャルの視線を受けた彼は、何か文句あるのかと睨み返した。
「ま、この馬鹿のことはいいわ。それで?」
「それで、とは……?」
「国王がペコリーヌに許可を出さない可能性があるってのは分かったけど、それでどうするのかってこと」
彼女がいない状態で、パーティーを続けるのか。そこまでは言っていないが、突き詰めればそういうことだ。キャルの言葉に、コッコロは少しばかり寂しそうに俯いた。
そんな彼女にカズマが口を挟む。まずはコッコロいじめるなという文句。次いで、お前こそそうなったらどうするんだという質問である。
「へ? そうなったらって、何が?」
「だから今の状態が続いたらどうするのかって」
「どうするも何も、あんた達と一緒にいるけど」
「……さっきの質問何だったんだよ」
「何だったのかって、どうにかしてペコリーヌ呼び戻すって話でしょ?」
「……あれ?」
コッコロが顔を上げる。目をパチクリとさせた後、勘違いに気付いて恥ずかしさで顔を真っ赤にすると机に突っ伏した。別に何も突き詰めていなかったらしい。
ふーん、とキャルの口角が上がる。コッコロを見ると、彼女は笑顔で問い掛けた。
「何? あんたあたしがいなくなると思ってたの? それで寂しくなったってこと?」
「……はい」
「ばっかねぇ、ここはあたしの大切な居場所なんだから、そんな簡単にいなくなるわ、け……ないじゃ、ないのよ……」
「何で自分で調子乗って言い出して自爆するんだよ」
めちゃくちゃ恥ずかしいことを口にしたのに途中から気付いたらしい、同じように恥ずかしさで真っ赤になると机に突っ伏した。顔を上げているのがカズマだけになる。
紅茶を飲んで、ふう、と息を吐いた。とはいえ、コッコロの心配は確かにもっともである。ペコリーヌがいない状態ではパーティーとして機能するかが怪しいのだ。そこはカズマもアイリスとの晩餐会で口にしていたことだ。
つまりは、何にせよペコリーヌが必要だということだ。
「ったく、めんどくせー。問題解消したんだからめでたしめでたしでいいじゃねぇか」
「一応、めでたしめでたしではあると思いますが」
「あたし達がめでたくないのよ」
顔を上げた二人がそんなことをのたまう。物語ならば終わりでいいだろう。だが、カズマ達の生活はまだ続くのだ。だからこそ、ハッピーエンドのその先が必要になる。
「ええ、その通りです」
声が部屋に響いた。え、とそこに視線を向けると、これまでいた場所ならば立っていても問題なかった人物の姿が。この場にいるのは大分問題な気がする彼女が。
「あれではお姉様がめでたしめでたしではありませんから。何としてでも、皆さんのパーティーに戻ってきてもらわねばなりません」
「……」
「どうされました?」
「いや、どうしたもこうしたも。……何でいるの?」
彼等のパーティーメンバーの彼女によく似た顔立ち。大好きな姉に似せたというその髪型。年齢の差かどうかは定かではないが、圧倒的に足りないボリューム。
第二王女アイリスが、そこにいた。
「何故か、ですか。勿論、皆さんの協力を仰ぎにきたのです」
「協力、でございますか」
「はい。私との勝負であれだけの作戦を考えることが出来たのですから、きっと今回も」
そう言いつつ、アイリスはギロリとカズマを見る。思わず姿勢を正した彼は、視線を逸らそうとして、しかし殺気が膨れたので諦めて彼女を見た。
表情を笑みに変える。それは大層可愛らしいもので、クレアあたりが見ればその場で卒倒するくらいには魅力的であった。
「そういうわけですので。ご協力、お願いできますよね?」
が、いかんせん今その笑顔を見ている人物にとっては恐ろしいだけだ。可愛い年下の美少女からのお願いである。普段のカズマなら割と簡単に返事をしてしまうやつである。
「――お義兄さま」
どうしよう、嬉しくない。そんなことを思ったカズマは、しかし感情とは裏腹にコクコクと首を縦に振っていた。
「は?」
所変わって、駆け出し冒険者の街アクセル。そこのたいやき屋の裏の事務所で、一人の獣人の女性が目の前の少女をこいつ正気かという目で見ていた。
「だから、協力して欲しいんだってば!」
「別に聞こえてなかったわけじゃないのにゃ……」
「じゃあ、何で」
「何で? こっちこそ何でにゃ! ふざけてんのか!」
どん、と猫の獣人の女性がテーブルを叩く。その勢いに、思わず対面の少女――クリスがびくりとなった。
クリスは女性を見る。その表情は間違いなく呆れと怒りで染まっており、好意的な態度ではないのが分かった。
「で、でもほら。タマキならいけるんじゃないかな、って」
「あぁん?」
ギロリとタマキがクリスを睨む。再度ビクリとした彼女は、だってそうでしょうとフォローするように手をワタワタとさせた。
ベルゼルグ王国で名の売れた義賊、『ファントムキャッツ』。その正体が何を隠そう彼女なのだから。
「いや最近活動してないし。アキノの頼みで潜入するくらいにゃ」
「そうやって潜入してるのに騒ぎになってないってことは、その腕は全然衰えてないってことでしょ? お願い!」
「……別に、あたしだってそこまで必死で頼まれたら受けるのもやぶさかではないにゃ。普通は」
はぁ、とタマキは溜息を吐きながらクリスを見る。お前一体全体どこに何をしろと言いやがった。そんな思いを込めながら、彼女はその目をゆっくりと細めた。
「もう一度聞いてやるにゃ。何に協力しろって?」
「ペコリーヌの装備を調査したいから、王城潜入を手伝って欲しいんだ」
「ふざけんにゃ」
「何で!?」
「だから! こっちこそ何でにゃ! 王城に潜入? 死にたいのかにゃ! 自殺したかったら一人でいけにゃ!」
「そこまで!?」
猛烈な剣幕にクリスが圧される。どうどう、とタマキを宥めながら、そんなに駄目だっただろうかと彼女は首を傾げた。事態は一刻を争うのだ。神器が何かしらの異常を起こしていないのか、ペコリーヌ特有の現象なのか。それらを調べ報告せねばならないのだ。だからこそ、多少強引にでも。
「今の騎士団は歴代でも群を抜いてヤバい強さにゃ。知ってるかにゃ? 単騎でドラゴン殺せるやつが侵入者を嬉々として殺りに来るってことを」
「それは強さ以前の問題じゃないかな!?」
元々バーサーカーの集まりのような国であったが、何故そんな。王城の惨状にクリスが引いていると、分かったなら諦めろとタマキが彼女の肩をポンと叩いた。ペコリーヌならそのうち戻ってくるから、その時にでも調べればいい。そう言ってどこか優しい目を向けた。
「……駄目なんだ」
「にゃ?」
「ペコリーヌは戻ってこないかもしれないし、戻ってきても装備は取られてる! だからチャンスは今しかないんだよ!」
「はぁ!? 何でにゃ? だってあの子はカズマの」
「それに! 今なら王城の一角が破壊されて警備も万全じゃない! 今しか!」
「何でそこまで情報持ってて騎士団のヤバさは抜け落ちてるんにゃ!?」
怒涛の勢いで押してくるクリスに、タマキも段々と負けてくる。何より、ペコリーヌが戻ってこないという彼女の言葉が気になった。
はぁ、と盛大に溜息を吐いた。分かった、と諦め気味に返事をした。
「ただし、あたしはあくまでサポートにゃ。例のアレと出会ったら即逃げるし、危険な橋は渡らない」
「それでいいよ。ありがとう!」
がしりと自身の手を握りブンブンと振るクリスを見ながら、若干早まったかなとタマキは思う。
「とりあえず。王都でアキノに話を聞いてみるかにゃ……」
クリア後のおまけイベント感。