プリすば!   作:負け狐

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馬鹿騒ぎ


その75

 ユースティアナとの小さなお茶会。アイリスにとってそれは至高の時間である。大好きな姉と、わだかまりも何も無くなった状態でお話出来る。それは彼女にとってこの上ない幸福で。

 ずっと浸っているわけにはいかない、と決意させるための時間でもある。

 

「アイリス」

「はい」

 

 カップを置いたユースティアナは、対面のアイリスに問い掛ける。最近、お城を抜け出しているそうですね、と。それを聞いた彼女はギクリと眉を上げたが、何のことやらととりあえず恍けることにした。

 

「カズマくん達と会ってるって連絡きてますよ」

「裏切り者が!?」

「普通の報告ですって。別にアイリスも隠していないでしょう?」

 

 それはその通り。とはいえ、おおっぴらなのはそこまで、カズマ達と何をやっているかは現在トップシークレットなわけで。どことなく緊張しながら、アイリスは姉に何か問題があったのかと尋ね返した。

 

「そういうわけじゃないです。そうやって、外に出て色々やれるようになったならよかったなって」

「……そんな」

 

 何の含みもないユースティアナの笑顔を見るとアイリスの良心が猛烈に痛む。違うんです、その色々は大分悪巧みです。今すぐにでも懺悔したい気分になるが、それは出来ないと持ちこたえた。こうやって人は大人になる。

 

「そ、そういえば。お姉様は、あの人達に会いに行かれないのですか?」

「行きたいのは山々なんですけどね~。お父様に釘刺されてますから」

「お母様は、何と?」

「交渉中です」

 

 これはそのうち許可が出るな。そんな確信を持ちながら、アイリスはそうですかと頷いた。許可が出るということは、目の前の姉はユースティアナからペコリーヌになって再び冒険者になるということも意味する。大好きな姉が、この城から再びいなくなるということを意味する。でも。

 

「アイリス?」

「はい? どうされました?」

「いえ。何だか、嬉しそうだったから」

「嬉しそう、ですか。……ふふっ、そうかもしれません」

 

 もう一度、姉の冒険譚が聞ける。姉が活躍するのが見れる。そんなことを思えるのは、ひとえにこの間の勝負があったからだろう。ユースティアナの居場所はここで、ペコリーヌの居場所は向こう。目の前の姉は、居場所が二つ、ちゃんとあるのだ。

 だから、アイリスは心配しない。戻ってこない姉を待つ日々は、もう来ない。それが分かっているからこそ彼女は。

 そのための後押しを、姉の大事な仲間達と一緒に企んでいるのだ。

 

「いいなぁ。私も、お姉様みたいに、外で冒険者生活してみたいです」

「アイリスは無理じゃないですかね」

「どうしてですか!」

「冒険者って意外と汚いですよ? わたし、お風呂入らず一週間以上過ごしたこともありましたし」

「……え?」

「今でこそアメス教会に住んでますけど、アクセルでカズマくん達とパーティー組んでしばらくは馬小屋生活でしたからね」

「馬小屋!?」

「同じ空間で雑魚寝とか、アイリス出来ないでしょう?」

「同じ空間で!? そ、それは少――え? あの、お姉様? それは、その、お義兄、もとい、カズマさんともですか?」

「そうですけど」

 

 よし、殺そう。持っていたカップを思わず砕きながら、アイリスは次の作戦会議時にまずやることを決めた。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなでカズマがボコされたりしつつ、作戦を煮詰めていき。ついに決行の日となった。何だか長い間やっていたような錯覚に陥るが、大体一週間程度である。

 城の修理も始まり、これで一安心とほんの少しだけ緊張が緩み始めたこのタイミングが、アイリスとカズマのプロデュースによるペコリーヌ復帰作戦の開始時だ。

 

「で、どうすんだイリス」

 

 前にもこの格好したなぁ、と思いながら黒装束のカズマは持っていた仮面を被る。あの時は気にしていなかったが、この仮面、どう見てもバニルだ。いざとなったら奴に罪を擦り付けようと思いながら、彼はよし、とアイリスを見た。王女としてそれどうなの、と思わないでもない薄着にマント、そして帽子。恐らく盗賊スタイルというやつなのだろう。

 ペコリーヌが着たらどうなるんだろう。おっぱい丸出しになりかねない想像をしつつ、カズマは表情を崩さないよう彼女に作戦について問うた。

 

「お頭、とりあえず斬っても?」

「何でだよ!」

「非常に邪な気配を感じました。……お姉様をいやらしい想像に使用してはいませんよね?」

「……で、そっちはどうだ?」

 

 ノーコメントを貫く所存です。ともあれ、残りの面々であるキャルとコッコロをカズマは見やる。キャルもいつぞやの闇落ち服に仮面のダークキャルスタイルで、準備はオッケーとサムズアップしていた。コッコロも普段とは違い暗い緑のローブとウィッグのおかげで、別人のように見える。

 

「色々変装道具用意した甲斐があったな」

「ありがとうございます、主さ――いえ、お頭さま」

 

 ペコリと頭を下げるコッコロにおう、と返し、カズマはじゃあ始めるかとアイリスを見る。こいつ、とジト目で見ていたアイリスであったが、確かに彼の言う通りと溜息交じりで頷いた。

 

「で、お頭。あたし達は誘導役よね?」

「ああ。欲を言えば城に直接ぶっ放したかったが」

「流石にそれは……。ペコリーヌさまにも被害が広がる可能性がございますし」

 

 コッコロの言葉に、まあそうだよなとカズマは述べる。キャルも高確率で処刑されるようなリスキーを選択したくないので、当たり前でしょうがと彼を睨んだ。

 現在地は王都から少し離れた丘の上。ウィスタリアの別邸で作戦開始をしたら流石にモロバレだからである。

 

「うし、じゃあ俺達は行くから。頼むぞ」

「お願いします。キャルさん、コッコロさん」

「はいはい。そっちもヘマするんじゃないわよ」

「頑張ってくださいませ。お頭さま、イリスさま」

 

 ちなみに、イリスというのはアイリスの偽名である。今回の作戦に際し、アイリスの名前で呼んでは変装の意味がないということで考えたものだ。これでお姉様とお揃いですね、と彼女はどうでもいいことで地味に喜んでいた。

 さておき。王都の、王城へと向かっていく二人を見送ったキャルとコッコロは、では行きますかと自身の得物を構えた。コッコロがキャルに支援を掛け、出来る限り派手になるように強化をする。

 

「さあ、行くわよ! 《アビスバースト》ぉ!」

 

 上空に魔法陣が浮かび上がり、空で盛大な爆発が起きた。流石に爆裂魔法ほどの規模はないが、それでも十分騒ぎを起こせる。

 何より。

 

「《アビスバースト》! 《アビスバースト》! アビスバァァァァストォォォォ!」

「きゃ、キャルさま!? 流石にやりすぎでは?」

「何言ってんのよ! どうせなら派手に騒ぎにしてやらなきゃ。もういっちょ、《アビスバースト》ぉぉぉぉ!」

 

 王都の空にドッカンドッカン魔法陣が浮かび爆発しては消える。当然のように街は騒ぎになるし、王城も魔王軍の襲来かと件の場所へと兵士や騎士を向かわせた。

 きゅ、とコッコロが口元をバッテンにしてそこを見る。王都の外壁門から大勢の王国兵がやってくるのが見えたからだ。

 

「よし、誘導は成功ね」

「キャ――」

「駄目よコロ助。今のあたしは、あたしは、えーっと」

 

 そういえば向こう二人は名前を隠す算段を立てていたが、こっちは騒いで逃げるだけなのでその辺失念していた。うーむ、と考えるキャルを見ながら、今そんな場合ではないのではとコッコロが彼女を引っ張る。

 

「あー、はいはい。でもま、こっちに来る前にさっさとトンズラすればバレないでしょ」

「ですので、急ぎましょうと言っているのですが……」

「そうね。よし、じゃあ予定通り」

 

 幸い向こうはまだこちらに気付いておらず、脱出経路を使えば逃げられる。逃げろー、と二人は急いでその場から駆け出した。出来るだけ見付からないように、相手の視界に入らないように。

 そうして騒ぎとは反対方向の門付近へと辿り着いた二人は、潜入したカズマとアイリスに頑張れと心中でエールを送り。

 ガシャン、という金属音で思わず動きを止めた。

 

「一仕事終えたところ悪いのだけれど」

 

 ギギギ、と錆びついた動きで振り向く。ガシャン、ガシャン、と重厚な音を立てながら、黒い鎧が蒸気でも吹き出しそうな動きでこちらへと歩いてくるところであった。

 

「あ、あ……」

「ジュン、さま……」

「素直に事情を話してくれればそれでよし。そうでなければ――」

 

 ギュボン、と鎧の頭部の何かが光った気がした。手にしていた剣はしっかりと燃えていた。

 そうでなければ何なのか。それを知ることになるのかどうかは、二人のその後の反応次第である。

 

 

 

 

 

 

「今、何かニワトリ絞めたような悲鳴が聞こえなかったかにゃ?」

「気のせいじゃないの? それよりも、今がチャンスだよ!」

 

 同時刻。カズマ達が城に侵入するために騒ぎを起こしているタイミングで、クリスとタマキも行動を起こしていた。狙うはペコリーヌと《王家の装備》。盗むのが目的ではないので、かえって難易度は高くなっているが、しかし。

 

「凄いね、あの騒ぎ。色々と覚悟してたけど、あっさり行けちゃった」

「それはいいけど。あれ絶対何かあるにゃ。気を抜いたらあっさりとおさらばするやつ」

「分かってるって。……行くよ」

「はぁ……。乗りかかった船だにゃ、あたしも精々、付き合ってやるかにゃ」

 

 ひょいひょいと城壁を登り、城に忍び込む。破壊されている場所からの方が侵入は容易かったが、それは警備の方も織り込み済みだろう。あの騒ぎで警戒するならばそこだとあたりをつけ、二人は全くの逆方向を進んでいた。

 予想通りというべきか、先程の爆発と城の破壊でてんやわんやしている城内は兵士こそ走り回っているがそれだけだ。盗賊からすればこの程度無人も同然。

 それは流石に言い過ぎだが、タマキとクリスのコンビならばそうそう苦労せずに目的地の近くまでやってこれた。

 

「一応聞いとくけどにゃ」

「何?」

「部屋にいるペコリーヌが王家の装備ちゃんと持ってるのかにゃ?」

「……」

 

 ピタリとクリスの動きが止まった。おい、とタマキがジト目で彼女を見やるが、誤魔化すように咳払いを一つ。大丈夫だ、と振り返りぎこちない笑みを浮かべた。

 

「あんな騒ぎが起きたんだ。きっと彼女も対処のために準備をしているはずだよ」

「……だったら部屋にいないんじゃないかにゃ?」

「……」

 

 タマキの目が更に細められる。完全に獲物を狙う猫の目になった彼女から視線を逸らしたクリスは、ゴホンゴホンと物凄くわざとらしい咳をした。

 なにはともあれ、入ってみれば分かる。半分くらい投げやりになりながら、クリスはそのまま目的地の扉を開けた。本来ならば入り口には護衛の兵士がいるはずだが、この騒動で出払っているのか見当たらない。そんなことを考えることすらなく、彼女は扉を開いたのだ。

 

「あ、あれ?」

「ほら見ろにゃ」

 

 もぬけの殻である。部屋の中に人の気配はなく、開け放たれた窓から吹き込む風がゆらゆらとカーテンを揺らしているのみだ。

 ん? とタマキは怪訝な表情を浮かべた。開いているその窓へと近付くと、そこに続くテラスの手すりを見た。くくりつけられているロープが一本。明らかに正規の移動方法ではない。

 

「普通に出ればいいのににゃ……」

「どうしたの?」

 

 はぁ、と溜息を吐くタマキへとクリスが近付く。そうして同じように抜け出したのか侵入したのか分からない誰かが使ったロープを見付けると、暫し目をパチクリとさせた。

 部屋の外から声が聞こえる。そこで我に返った二人は、今の状況を鑑みて顔色を変えた。

 無人になった第一王女の部屋。そこにいる盗賊二人。そして、テラスには何者かが使ったロープ。

 

「これ、あたしらがペコリーヌ襲った犯人にされるやつにゃ!」

「まずい! 急いで脱出を」

 

 部屋の扉が勢いよく開かれる。ユースティアナ様、と部屋の主を呼ぶ声と共に、多数の兵士と二人の女性がそこに押し入った。

 

「貴様ら! 賊か!? ユースティアナ様をどこに!?」

「こっちが知りたいわ!」

 

 剣を抜き放ち切っ先を突き付けるその相手、クレアにタマキが叫ぶ。何を、と表情を険しくさせた彼女は、兵士たちに命じると取り囲むように配置させた。そして自身の背後にはサポートとしてレインを立たせる。絶対に逃さん、という意志の現れであった。

 

「さ、どうするにゃ? こいつらぶっ倒すか、逃げるか」

「……ファントムキャッツがそう言うってことは、ここに例のアレはいないってことだね?」

「そうにゃ。見る限り兵士達は普通、警戒するのはあそこの二人くらいだにゃ」

「そっか。……じゃあ、押し通れるね」

「まあ、増援で来る可能性もないとは言えないけどにゃ……」

「気合が削がれること言わないでよ……。まあ、行くよ、ファントムキャッツ!」

 

 ざわ、と兵士達に動揺が走る。わざとらしくクリスが口にしたその言葉を耳にしたからだ。ファントムキャッツ。王都にもその名が響いている義賊、それが目の前に。

 うろたえるな、とクレアが一喝した。どれだけ腕が立とうと、所詮は盗賊。王国が誇る兵士達が負けるはずもなし。そう言って、剣を構え直した。

 

「それに、我々はここで時間を食っている暇もない。一刻も早くユースティアナ様を探し出し連れ戻さねば。……向こうで別の賊と暴れているモーガン卿と鉢合わせてしまう!」

「……まあ、クリスティーナ様のところに行くなら問題ないと思いますけど」

「私の心配は、城の被害が増えることだ! 外出しているアイリス様の帰る場所がなくなったらどうする!」

「あぁ……」

 

 どこか切実なクレアの叫びに、レインは色々察して引き下がった。言い過ぎ、とはならないのがこの間の騒ぎで証明されているので尚更である。

 一方、二人のそのやり取りを聞いていたクリスとタマキは、お互いに顔を見合わせると盛大に溜息を吐いた。どうやらここに例のアレが増援としてくることはないという安堵が一つ。

 そして。

 

「……あたし、帰っていいかにゃ?」

「待って! 見捨てないで! このままだとあたし一人で化け物相手にしなきゃいけないんだから!」

「だからあたしはアレと戦うくらいなら逃げるっつってんにゃ!」

「そこをなんとか!」

「いーやーにゃ! こいつら突破してあたしは帰るにゃ!」

 

 目的を達成させるためには、否が応でもそれと対峙しなければならないという諦めが、もう一つ。

 

「突破もさせんわ! シンフォニア家が長女クレアが、貴様らを捕縛してやる!」

「……何だか負けそう」

 

 レインはどこか遠い目で、何かを悟ったように呟いた。

 

 




参考画像:例の星になったキャル(アニメ五話)

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