プリすば!   作:負け狐

76 / 215
楽しそうで何よりです


その76

「あぁぁぁぁぁ!」

 

 ニワトリを絞めたような叫び声を上げながら、カズマはひたすらに逃げる。その隣ではアイリスが苦い顔でついてきていた。

 そして、その背後には。

 

「はははははははっ! 待て待てぇ♪ 逃げるな侵入者! ワタシと無理矢理にでも殺り合って貰うぞぉ☆」

「無理無理無理! 死ぬ! 絶対に死ぬ!」

「クリスティーナしかいないのは不幸中の幸いですね。ジュンが一緒ならば詰んでいました」

「いや今も大分無理ゲーなんですけどぉ!」

 

 笑いながらクリスティーナが剣を振るう。アイリスの《エクステリオン》には及ばないが、遠距離を切り裂く斬撃が二人の上半身と下半身を別々にせんと襲い掛かった。アイリスは自身の剣で迎撃。そしてカズマは緊急回避と逃走スキルで何とか躱すと、引き攣った顔で彼女に向き直る。一体何がどう詰んでないのか教えてくれ、と。

 

「クリスティーナは自身のスキルで絶対回避と絶対命中を行えます」

「はい無理ー」

「ですが、彼女の認識外では発動しません。ジュンがいればその弱点をカバーされるので現在の装備では勝てませんが、今は一人。そこをつければ、勝機はあります」

「ねぇよ! チャンスねぇよ! あれの隙がつければ普通になんとかなるわ!」

「ん? 隙をついてくれるのか?」

 

 いつの間にかカズマの真横にクリスティーナが並んでいた。おわぁ、と叫ぶと同時、彼は全力でダイビングヘッドを行う。首があった位置を斬撃が通り過ぎ、顔面蒼白にしながら立ち上がると即座に逆方向へ逃げた。

 アイリスは勿論置いてきぼりである。

 

「あ! お頭! 一人で逃げずに迎撃を!」

 

 返事もせずにダッシュで逃げた。暫し目をパチクリとさせていたアイリスは、す、と目を細めると前傾姿勢を取る。

 

「待ちなさい狼藉者!」

「何で追い掛けてくるんだよ! お前がアレを抑えてる間に俺が作戦を済ませれば問題ないだろ!」

「あなたこそ何を言っているのですか! この騒ぎですよ! お姉様が素直に部屋でじっとしているはずないでしょう!」

「……あー」

 

 追い付いたアイリスの言葉に、カズマも納得してスピードを落とす。城に侵入者、外では騒ぎ。そんな状況で、ペコリーヌが部屋で心配しながら待っているかと言えば。

 駄目だ、間違いなく抜け出してる。そうカズマは判断した。そして、その場合どこに向かうかといえば。

 

「とりあえず、今一番騒がれてる場所に来る、か」

「そうです。そして、その場所は」

 

 間違いなくここだ。クリスティーナが宴を開いているこの空間だ。つまり、カズマ達の目的を達成するには。

 ペコリーヌが来るまでに目の前の相手をどうにかすること。

 

「だから無理に決まってんだろ!」

「持ちこたえられればいいのです! 行きますよお頭!」

「アホか! 俺が戦闘しても秒で沈むわ!」

「クリスティーナ自身は私が受け持ちますから! お頭は前回の時のような捻くれた罠でサポートを!」

「言い方ぁ!」

 

 ツッコミを入れつつ、カズマはヤケクソ気味にスキルを発動させはじめた。そうそう、そうでなくては。そんな事を言いながら、クリスティーナは実に楽しそうに口角を上げる。

 

 

 

 

 

 

 騒ぎになっている王城の廊下を駆けながら、ペコリーヌは思考を巡らせた。現在の騒ぎの発端は街の外の大爆発。魔王軍の襲来だか何だかと騒ぎになっているのが聞こえてきたが、空を見上げた彼女には爆発の正体が何か察しが付いていた。

 それに合わせるような侵入者。これはもう間違いないとペコリーヌは確信を持つ。ただ、問題はその侵入者が多数いることだ。片方は自身の予想の人物だろうが、もう片方は。

 少しだけ迷いながら、兵士達に情報を聞きつつとりあえずこの状況を一番俯瞰的に見れそうな人物のいる場所へと彼女は向かっていた。王城の詰め所。そこに、いるはず。

 

「ジュン!」

「あれ? ユースティアナ様」

 

 バン、と扉を開けると、何とも軽い調子でジュンが振り返った。一体どうしたんですかという問い掛けに、決まっているだろうと彼女は返す。

 

「この騒ぎについて聞きに来ました」

「ああ、そういう……。とりあえず、そこに閉じ込めているよ。流石に即無罪放免には出来ないですから」

 

 ひょい、と指差す。視線をそこに向けると、何とも言えない表情で座っている変装したコッコロの姿が。そしてその隣には。

 

「……キャルちゃん、動いてませんけど」

「ペコリーヌさま……」

 

 何と説明すればいいのか。暫し考える素振りを見せたコッコロは、しかし出来なかったようで溜息と共に申し訳ありませんと頭を下げた。謝らないでくださいと手をワタワタさせたペコリーヌは、とりあえず無事で良かったと安堵の息を零す。

 

「……あんたにはこれが無事に見えるの……?」

 

 横たわったまま動かないキャルがぽつりと呟く。付けていた仮面は既に外れており、彼女の近くに落ちていた。だから、その目が死んでいるのもよく見える。

 

「とりあえず、生きてるから大丈夫かな~って」

「ふざけんなぁ……ぶっ殺すわよぉ……」

 

 言葉は発するものの、キャルはやはり動かない。そんな彼女を暫し見詰めていたペコリーヌは、視線をぐるりとジュンに向けた。器用に鎧を纏ったまま紅茶を飲んでいた彼女は、こちらとしては抵抗せずについてきてくれればそれで良かったのにと述べる。

 

「必死で逃げようとするから、少し」

「あー……」

 

 成程、動けない理由は魔力切れか。色々察したペコリーヌは、それならとコッコロを見る。彼女の視線の理由を理解したコッコロは、こくりと頷いた。

 はぁ、とジュンが溜息を吐く。そんなつもりはなかったのにと少し寂しそうにぼやいた。

 

「キャルちゃんが、命を懸けてでもコッコロちゃんを逃がそうとしてて」

「その光景が予想出来ます」

「うっさぃ……。だってしょうがないじゃない……捕まったら、絶対ヤバいって思ったし」

「クリスティーナならともかく、ジュンなら大丈夫ですよ?」

 

 ペコリーヌのそれに、動かないキャルは再度ふざけんなと返した。あんな全身鎧がモノアイ光らせながら歩いてきて命の危険感じないわけないだろう。大体そんなようなことを続け、地味にジュンの心を抉った。

 

「それで、ペコリーヌさま。一体、どうされたのですか?」

「あ、そうでしたそうでした。というか、どうしたのかはこっちのセリフですよ!」

 

 コッコロの言葉に目的を思い出したと手を叩いたペコリーヌは、ズビシィと指を二人に突き付ける。一体全体何をどうしたらこんな騒ぎを起こすようになるのだ。いつになく怒っていますと言わんばかりの表情を浮かべている彼女を見て、コッコロは目を瞬かせ、そして申し訳ありませんと頭を下げた。

 

「ですが、それについてはわたくしからお伝えするわけには参りません」

「……どうしてですか?」

「あんたも何となく分かってんじゃない?」

 

 横合いから声。動けないままのキャルが、ペコリーヌを見詰めながらそう告げた。そんな彼女をじっと見詰め返したペコリーヌは、暫し目を閉じると何かを噛み締めるように溜息を吐く。

 

「ジュン」

「はい」

「城の侵入者って、分かりますか?」

「片方はファントムキャッツという有名な義賊らしいという情報が来ていますね。最近噂になっている銀髪の義賊とコンビを組んでいるんだとか」

 

 とりあえずアキノとララティーナに連絡を取った。そう続けたジュンは、聞きたいのはもう一つだろうと指を立てる。

 

「もう片方は、仮面を付けた男と、えーっと、なんて言えばいいのかな……」

「あ、もういいです」

 

 モロバレじゃねぇか。ここにカズマがいれば思い切りツッコミを入れること必至である。

 

「モロバレじゃないの!」

 

 幸いにしてキャルがいたのでその心配は杞憂であった。ジュンはそんな彼女に、いや変装自体はきちんとしていたとフォローを入れる。実際、兵士達の大半は騙せていたはずだ。そう続け、しかしと溜息を吐いた。

 

「手加減しているとはいえ、あんな勢いで剣を振るったら分かる人には分かってしまうから……」

「あー……」

「成程……」

 

 納得した。何しろ、自分達はその身で経験しているのだから。

 ともあれ、侵入者がアイリスだということを知っているのは一握り。分からない兵士達はアイリスの敵ではない。そうなると何の問題もない。

 ふう、とコッコロが安堵の溜息を吐く。それならば大丈夫そうです。そんなことを思いながら彼女はペコリーヌを見て。

 

「あ」

「どうしたのよコロ助……あ」

「え? どうしました? わたしの顔に何かついてます?」

 

 視線を彼女の頭部に集中した。ペコリーヌが身に付けているティアラをじっと見た。

 そう、騒ぎを聞きつけた彼女は、まだ返却していない王家の装備を付けてここまでやってきていたのだ。

 

「……成程。何となく読めた」

 

 ジュンが呟く。そうなると彼女にはなるべく早く向こうと合流してもらわなくては。

 そんなことを考えた矢先。城の一角から盛大な爆発音が響いた。何だ、と詰め所から外を見ると、まるで強力な物理スキルで吹き飛ばしたような跡が見える。

 

「しまった! クリスちゃん!」

 

 慌てて立ち上がる。ペコリーヌも瞬時に察し、あそこですねと全力で詰め所を飛び出していった。

 何が起きたか分からないのはキャルとコッコロだ。事情の説明をジュンに求めると、どこかバツの悪そうなオーラで彼女は兜をカリカリと掻いた。

 

「さっき、分かる人には分かると言ったけれど」

「けれど?」

「……この城には、アイリス様だと理解した上でわざと勝負を挑む困った人がいるから」

「あ」

 

 はーっはっはっは、と高笑いを上げるクリスティーナを幻視し、キャルは何とも言えない表情を浮かべた。あの二人大丈夫だろうか。動けないまま、そんな事を考えた。

 

 

 

 

 

 

「だぁぁぁぁ! 無理に決まってんだろ!」

「泣き言は後にしてくださいお頭!」

「んなこと言ったって! 今お前のスキルぶっ放したのにあの人ピンピンしてんじゃねぇかよ!」

「いいや。ワタシも流石に《エクステリオン》を真正面から食らう趣味はない。相殺しつつ回避しただけだ」

 

 なんてことのないように言い放つが、普通は無理である。アイリスの武器が、城への侵入が目的なため取り回し優先のショートソードであったことも災いして、クリスティーナには碌なダメージが与えられていない。

 合間合間でカズマも狙撃を試みてはいるものの、彼女のスキル特性によってあっさりと躱される。ならばと罠付きを使用してもそれごと避けられる始末だ。

 

「駄目だ、どうにも出来ん」

「諦めないでください」

「つってもなぁ……」

 

 ゆっくりと近付いてくるクリスティーナを見ながら、カズマは仮面の下で顔を顰める。現状、彼女を倒すのは無理だ。アイリスの時のように予め準備をしつつ奇襲と数の暴力で隙を伺い弱点を狙いながら虚を突いて最大火力をぶち込むか何かでもしないと、撃破は出来ない。

 

「ん? どうした? 来ないのか?」

「……いや、こっからだこっから。っと、その前に」

「どうした坊や。ハンデでも欲しくなったか? だが残念、売り切れだ☆」

「マジかぁ。で、それはそれとしてだ。――あんた、いいのか?」

「何がだ?」

「分かってんだろ、俺達の正体」

 

 え、とアイリスがカズマを見る。いやバレないほうがおかしいだろ、と彼女にツッコミを入れつつ、彼はクリスティーナを見た。動きを止め、ほんの少しだけ目を見開いた彼女を見た。

 

「ああ、そうだな。それで?」

「攻撃する理由ないだろ」

「ワタシにはあるぞ。理由をつけて殺り合える」

「クリスティーナ、貴女という人は……」

 

 欲を言えばきちんとした装備で戦いたかったが。そんなことを続けながら、クリスティーナは再度剣を構えた。次はこちらから行こうか、と口角を上げた。

 

「いいや、その必要はないぞ」

 

 そんな彼女を見て、カズマもまた口角を上げた。突然どうしたのだと怪訝な表情を浮かべるアイリスを余所に、彼はどこか勝ち誇った笑みを浮かべながら一歩踏み出す。

 目の前の相手は撃破出来ない。それはもう確定だ。覆せない事実だ。

 だが、それがどうした。カズマ達の目的はクリスティーナを撃破することではないのだから。だから無理に倒す必要も、もっと言えばダメージを与える必要すらない。

 こちらで必要なのは、時間を稼ぐことだ。自分達の目標が、目的がやって来るのを待つことだ。そのための合図も、先程撃った。

 

「とぉぉぉりゃぁぁぁ!」

 

 ガシャン、と半壊していた窓から何かが飛び込んでくる。それは丁度クリスティーナとアイリスの間をすり抜けるようにやってきて。

 

「おぶぅ!」

 

 狙ったかのようにカズマに激突した。両足を揃えて窓ガラスをぶち破ったのだ、当然そこはカズマの腹を掠める。

 そして、足がその位置ということは、当然彼の顔辺りには飛び込んできた相手の胸があるわけで。

 

「あ、カズマくん! 大丈夫ですか!」

 

 おっぱいダブルアタックが顔面ヒットしてしまったカズマは、その勢いで吹っ飛んだ仮面のことなど気にすることなく、暫し蹲って悶えるのであった。

 

「お頭。……実は喜んでいませんよね?」

「あははははっ! まったく、毎回毎回笑わせてくれるなぁ坊や!」

 

 おっぱいによるダメージで動けないカズマをジト目で見るアイリス。そしてそんな光景を見ながら大爆笑するクリスティーナ。

 成程確かに。彼の目論見通り、戦闘は終了したと言える。かも、しれない。

 

 




ちちびんたペコ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。