何だろう、とカズマは思う。確か自分は城に侵入し、とんでもないのとエンカウントした結果、乱入者で戦闘中断させるしかないと立ち回り。
何故か気付くと景色が謎の空間へと変わっていた。ぼんやりと立ったまま周囲を見ると、どこか見覚えのあるような気がしてくる。そう、あれは確か、自分がこの世界に来る前に。
そこまで考え、気付いた。ひょっとして、自分はもう一度死んだのではないか、と。
そう、カズマは、おっぱいを顔面に食らって、死ん――
『そんなことで来るんじゃない!』
見覚えのある女神二人と、見覚えのない誰かに蹴り飛ばされた。えぇ、と謎の理不尽さを食らいながらカズマの体はゆっくりと落ちていく。いいんですかあれ、と見覚えのない誰かがアクアとアメスに言っているのがぼんやりと見えた。死んでもないのに来るのが悪い、アクアがそう言い切り、まあそうね、とアメスも同意している。
「ねえアメス、あれあんたのせいじゃない? 夢の加護与え過ぎて、割と簡単に抜けるようになっちゃったりとか」
「そんなわけないでしょう。アクアじゃあるまいし」
「はぁぁぁ!? 私これでも有能な女神なんですけどぉ! 司ってるのは水だけど割と万能なんですけどぉ!? まったく、これだから融通効かない女神ってのは。いやねぇ、ひがんじゃって」
「ああ、色々『やらかせる』おかげで毎回毎回ヘマと失敗で始末書が山盛りなのね。ご愁傷さま」
「あぁぁぁ! アメスが言っちゃいけないこと言ったぁぁぁ!」
「アメスさんも先輩も、落ち着いて!」
抵抗せずにこのまま退散したほうがいいな。カズマはそう判断し、そのまま誰かの管轄であろう謎空間から一刻も早い脱出をせんと自由落下を続けるのであった。
「おーい、大丈夫かにゃ?」
「――あ、ごめん。ちょっと用事があって」
「いや突っ立ったままボーッとしてただけにゃ。……え? 頭打った?」
「大丈夫大丈夫。もう追い返し終わったから」
「悪いこと言わないからこれ終わったら頭診てもらった方がいいにゃ」
兵士達を蹴散らし部屋から逃げ出したタマキとクリスであったが、城の一角が吹き飛んだことで思わず動きを止めていた。あそこが目的地かぁ、とげんなりしていたタマキに対し、何故かクリスは虚空を見詰めたまま動かなくなる。まだ追手がこちらに来てはいないので多少の猶予はあったが、しかしのんびりともしていられない。そうしてペチペチと頬を叩いていた彼女のそれに、クリスがようやく反応を示した。しかし言っていることは大分電波なので、タマキは色々と諦めた。
「で、どうするにゃ? さっきのぶっ飛んだとこ行くのかにゃ?」
「まあ、多分そこにペコリーヌがいるからね。出会って、少し調べたらすぐ逃げよう」
「はぁ……。本音を言っちゃえば今すぐ帰りたいにゃ……」
盛大な溜息を一つ。ああもう、と頭をガリガリと掻くと、タマキはさっさと行くぞとクリスを見た。そうしながら、自身の得物である短剣を取り出し、腰のナイフを投擲する。
「くっ! おとなしくしろ賊め!」
「追い付かれた!?」
「そりゃそうにゃ」
追加の兵士数人を引き連れたクレアとレインが駆けてくる。あちらに向かうにしろ、とりあえずこの二人をどうにかしなければ面倒なことこの上ない。クリスも同じように武器を構え、迎撃体制を取った。ちらりと視線を向けると、げんなりしながらも目を細めレインを睨んでいるタマキが見える。
「そっちはよろしく!」
「いいからさっさとするのにゃ!」
クレアと接敵したクリスを尻目に、タマキがレインにナイフを投げる。正確に顔面を狙って放たれたそれを杖で弾いたレインは、その隙に彼女が間合いを詰めたことに気付くのが遅れた。
「あ――」
「悪いにゃ。魔法使いは、あたしの獲物なのにゃ!」
回し蹴りで杖を弾かれたレインは、ニシシと笑うタマキを見て目を見開いた。あ、これ駄目だ。度重なる騒動で色々擦り減らしていた彼女は、そう結論付け早々に諦めた。
当然クレアはそんなことを承知ではない。ではないのだが、共にアイリスの護衛兼教育係をしてきた身。なんとなーくそうかなくらいには思っていたわけで。
「あ、あれ……? いいの?」
「どのみちお前達はモーガン卿に倒されるだろう。だから今はちょっと同僚の面倒をだな」
「そういう具体的に嫌な予言はやめてくれる!?」
「予言というか、ほぼ確定なんだけどにゃー……」
「……」
大丈夫だ、問題ない。戻ってきた視界は先程と同じ場所、クリスティーナは笑っているしペコリーヌはオロオロしている。そしてアイリスは少しだけ心配そうに。
「ん? あれ俺気絶してた?」
「いえ、ほんの少しだけ反応が鈍かっただけで、お姉様が乱入して時間は経っていませんけど。……何かあったのですか?」
「いや、ちょっと女神様に追い返されて」
「カズマくん大丈夫ですか!?」
「ははははっ。ボスの胸で死ねるなら坊やも本望だろうさ」
流石にカズマにはでっけぇおっぱいに埋もれて死にたい願望はない。首チョンパとか墜落して首の骨を折るとか化け物に消化されるとかと比べれば間違いなく幸せな死に方かもしれないが、そもそも死にたくないのでそれ以前の問題である。
ともあれ、おっぱいによるダメージから回復したカズマは、ゆっくりと立ち上がるとクリスティーナを見た。そうしながら、もうこれで戦う必要はないな、とアイリスを見る。
「……お頭は、クリスティーナを分かっていません」
「は?」
「カズマくん。支援の準備、お願いしますね」
「何でお前も戦闘準備してんの!?」
アイリスとペコリーヌが剣を構える。それを見てペロリと舌を出したクリスティーナは、そういうことならばと既製品の騎士剣を鞘に収めた。
腰に下げていたもう一本を抜き放つ。傍から見ているカズマでも分かった。あれやべぇ、と。
「せっかくお二方が揃っているんだ。ワタシも精一杯もてなさなければいけないだろう?」
「頭ん中戦うことだけかあの人!?」
「はい」
「当たり前です」
『やばいですね☆』
「えぇ……」
ドン引きしているカズマとは対照的に、分かっているのか王女姉妹はそこそこ余裕があるようだ。戦力として、ではない。気持ち的な問題だろう。
さて、とクリスティーナが剣を振るう。その斬撃を一歩前に出て受け止めたペコリーヌは、相手が剣を引いたことで体が流れた。
「させません!」
「本当か?」
姉の背後から飛び出したアイリスが突きを放つ。が、生憎と現在の彼女の武器はショートソード。リーチの問題もありクリスティーナは余裕で躱した。ふ、と笑みを浮かべると、彼女はその体勢のまま竜巻のように回転し斬撃を放つ。
「《狙げ――」
「油断大敵だぞ坊や♪」
確実に当たるはずであった矢は明らかにおかしい動きで避けられた。そしてそのまま一足飛びでカズマに接近する。顔見知りだからといって容赦するような顔をしていない。笑いながら知り合いを斬り殺す笑みである。
「《バインド》!」
「おっと」
背後からロープが飛んできた。攻撃モーションの状態からそれを回避したクリスティーナは、とんとんとステップを踏み少しだけ離れると視線をそちらに向けた。同じようにカズマ達も乱入者のやってきた方向を見る。
顔を隠しているものの、カズマとペコリーヌはその姿に見覚えがあった。銀髪の方はミヤコやイリヤとギャーギャーやりあっている光景がアクセルでは日常茶飯事になりつつある盗賊の少女であるし、猫耳の獣人はアキノの無茶振りをユカリ達とこなしているたいやき屋だ。
「え? 何でここに!?」
「それはぶっちゃけあたしが聞きたいくらいにゃ……」
「あはは。まあ、ちょっと事情があってね。ペコリーヌ!」
「はい?」
タイム、と言わんばかりの動きでペコリーヌへと近付くクリスを、クリスティーナは黙って見送った。彼女はただ楽しみたいだけなので、戦闘に関係ない事柄があるなら済ませるまで待つくらいの寛容さを持ち合わせている。それを果たして寛容と言っていいのかは定かではないが。
ちょっとごめん、とクリスはペコリーヌと王家の装備を眺め、ポケットから取り出した謎の道具を掲げた。そこに表示されているらしい情報に目を通し、ふむふむと彼女は頷く。
「……とりあえず問題になることじゃない、か」
「何かあったんですか?」
「あー、ちょっと神器の調査を頼まれてて。ペコリーヌのそれは問題ないから大丈夫だよ」
うんうん、とどこか安堵した顔でそう述べたクリスは、一刻も早くこの場から逃げ出そうとしているタマキを見た。目的達成、と視線だけで伝えると、じゃあこの辺でと手を上げて。
「終わったか? では、続きといこうじゃないか」
やっぱり逃げられないと二人揃って目が死んだ。受けるんじゃなかったこんな依頼、と頭を抱えているタマキを余所に、クリスは覚悟を決めたように目の前の相手を睨む。
す、とペコリーヌが一歩前に出た。ティアラに手を添えると、集中力を高めんと目を閉じる。
「変っ身!」
姿が変わる。背中から光の翼を生み出すと、一気にクリスティーナへと突撃していった。
「よしよし、いいぞボス。きちんと制御できているな」
「おかげさまで!」
クリスティーナの絶対回避は発動しているものの、神器で変身したペコリーヌの攻撃は所々ヒットしている。が、勝負を決めるほどのダメージにはならない程度でしかない。数回打ち合ったのちお互い離れたが、一撃も食らっていないペコリーヌのほうがむしろ消耗しているように見えたほどだ。
「お姉様!?」
アイリスが駆け寄る。それに合わせるように、クリスとタマキに提案をしていたカズマも一歩踏み出した。
「ペコリーヌ! それ、後どれだけいける?」
「もう一回ぶつかり合うくらいは、なんとか」
「ならよし! 頼んだぞ二人共!」
カズマの言葉を合図に、クリスとタマキが武器を構える。どう考えてもまともに戦えば瞬殺される未来しか見えないが、それでも抵抗しなければ結局やられる。だからほんの僅かでも可能性がある方に賭けるのだ。
タマキがありったけのナイフを投擲する。相手の回避ルートを潰すようにされているそれを、当然クリスティーナは余裕で躱していく。
「《スキル・バインド》!」
「残念、はずれだ」
「なら、《バインド》!」
「無駄だぞ☆」
その合間にクリスが拘束スキルをぶっ放すが、やはり当たらない。それで終わりならば今度はこちらから、と自身の大剣を振り上げる。
そこに飛び出したのはアイリス。斬り上げで相手の振り下ろしを弾き、おっと、と軽い調子でバランスを崩したクリスティーナ相手に、至近距離で己が剣技を放たんと構える。
「《エクステリオン》!」
城が揺れる。周囲の壁を薙ぎ倒すその一撃は、瓦礫と土煙、そして破壊音で周囲の状況を掻き消していった。当然のように無事であるクリスティーナの認識を、少しでも鈍らせるために。
「はぁぁぁぁぁっ!」
「少しは頭を使うじゃないか」
突っ込んできたペコリーヌの一撃にクリスティーナは圧された。絶対回避、絶対命中のスキルのために必要な演算を、崩れる周囲が邪魔をする。単純な力押しだけならば、今のペコリーヌに彼女は敵わない。
が、それがどうした。敵わない部分があるのならばそれ以外で補えば何の問題もない。ペコリーヌの太刀筋は、自身が教えたものを下地に冒険者生活で身に付けた喧嘩殺法だ。つまり、そういう動きを好むクリスティーナにとって相性がいい。
「何で対応してくるんですか!?」
「まだまだボスが未熟ということさ」
振り下ろしを剣で受け流し、そこに回し蹴りを叩き込む。普通の相手ならばそれだけで吹き飛んでもおかしくないが、現在のペコリーヌは揺るがない。揺るがないが、そこで彼女のタイムリミットがやってきた。
「さて、次は――」
がしり、と腕を掴まれた。ん? と視線を動かすと、いつの間に近付いたのか、カズマが彼女の腕を握っている。
「成程、この状況ならば《潜伏》スキルが有効に働く。それで? 坊やはこれからどうする?」
「……決まってんだろ」
《ドレインタッチ》。リッチーのスキルであるそれを思い切り使う。魔力と体力を同時に吸われたクリスティーナは、そのスキルを使う彼を見て少しだけ感心したような表情を浮かべる。
カズマごと腕を振り上げた。マジかよ、と跳ね上げられるカズマの胴辺りに狙いをつけ、もう片方の手に持っていた大剣を。
「追加料金絶対請求してやるからにゃ! 《ねこねこファントムラッシュ》!」
そこに、隠し持っていた無数のナイフとスキルによる爪撃が叩き込まれた。絶対回避を僅かながらに封じられているクリスティーナは、それを自身の剣で弾き返し放物線を描くカズマを見逃してしまう。
宙を舞いながら、カズマはへたり込むペコリーヌと目を合わせた。こくりと頷くと、双方ともに武器を掲げ。
『アイリス!』
「はいっ!?」
カズマは自身の剣で彼女と線を繋ぎ、加護によるブーストを注ぎ込む。幸いにして先程がっつり頂いたので魔力も体力も足りている。
そしてペコリーヌは、自身の剣をそのまま彼女へと投げ渡した。アイリスは普段とは違うショートソードを使っていたのでスキルの威力が乗らなかったのだから、それさえあれば。
ぐえ、とカズマが背中から落ちる。痛みで悶えている彼を見ることなく、アイリスはすぐさま構えを取った。
「成程。やるじゃないか坊や達」
「少しは焦りなさい! 《エクステリオン》!」
クリスティーナの笑い声と、アイリスの斬撃による破壊音が同時に響き。
ベルゼルグ王城の修理は、更に伸びることとなった。
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