プリすば!   作:負け狐

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俺達の冒険はこれからだ。


その78

 駆け出し冒険者の街アクセル、ダスティネス家の屋敷。そこで床に正座させられている一人の少女がいた。その少女の名はクリス。そしてその目の前で仁王立ちしているのはその館の主であるダスティネス家の令嬢ララティーナである。

 

「それで? クリス、申し開きがあるなら聞こう」

「い、いや。あたしもね? ダクネスに頼めばなんとかなるとは思ったよ? でもさ、ほら、ダクネスってばそういう貴族としてのお願い嫌がるじゃない?」

「そんなこと一言も言ってなかったにゃ」

「タマキは黙って!」

 

 壁にもたれかかりながらタマキはジト目でクリスを見やる。彼女のその言葉にダクネスの視線が更に鋭くなり、クリスはうぅ、と縮こまった。

 

「だって……秘密裏にやらなきゃいけなかったんだよ……大事な友人のダクネスに、そんな無茶させられないじゃない……」

「そう言いつつタマキ巻き込んでるの」

「あくまで依頼なら、ということじゃろうな」

 

 ミヤコの茶々をイリヤが止める。ふーん、と納得しているのかいないのか分からない表情でふよふよと浮かんでいる彼女を、普段なら睨み付けるはずのクリスが俯いたままだ。どうやら本気で堪えたらしいな。そんなことを思いながらイリヤはやれやれと肩を竦めた。

 

「ダクネスよ」

「何だイリヤ。私は」

「そっちのクリスも、お主を困らせようとやったわけではあるまい。友人を巻き込まぬよう考え、出した答えじゃろう。そう、責めてやるな」

「……分かっている。だが、私としては、親友に頼ってもらえないのは……寂しい」

 

 ポツリとそう述べたダクネスの言葉に、クリスはハッと顔を上げた。そうして、放置プレイに興奮しているわけでもない素の言葉だということを確認した彼女は、ごめんなさいと言葉を紡いだ。言い訳も何もなく、飾り気もない謝罪を述べた。

 ふう、とタマキが息を吐く。とりあえず向こうはあれでよし。そんなことを思いながら、部屋のソファーで紅茶を飲んでいるアキノに視線を向ける。

 

「で、あたしはどうなるのにゃ?」

「ご心配なく。これが今回王城に侵入した賊の人相書きですわ」

 

 ピラリ、と掲げたそれは全部で四枚。そのどれもが本人とは似ても似つかない顔になっている。ファントムキャッツの名前も、絶妙に変更されていた。

 

「……流石にあたし達とドンパチやった兵士にはバレるんじゃ?」

「あの夜城にいた兵士達はクリスティーナさんの暴走に巻き込まれています。好き好んで語るほど勇気のある者はいないでしょう」

「ほんとあいつ何なのにゃ……」

 

 満面の笑みで相手が王女だろうと皆殺しにしようとしてくるクリスティーナの姿を思い出しながら、タマキは思わずブルリと震える。あれでも普段は有能で面倒見のいい騎士なのですけれど、とアキノがフォローしたが、絶対ウソだと彼女は思った。実際ジュンが隣にいるからそう見えるだけである。アキノも大概クリスティーナに毒されていた。

 

「ともあれ、クリスさんのフォローお疲れ様でしたわ。ボーナスは弾んでおきます」

「そうでもないとやってらんないにゃ」

 

 そしてそれはそれとしてクリスからの依頼料もきちんといただく。ちゃっかり二重に依頼を受けていたタマキは、そう言ってふふんと笑みを浮かべた。

 割にはあっていない。

 

 

 

 

 

 

 所変わって王都。王城の無事な一角での話である。ユースティアナとアイリスの王女姉妹は、目の前の王妃、自身の母親の間で静かに項垂れていた。

 理由は簡単で明白。王城の破壊騒ぎとそれによって起きた事件についてである。

 

「成程」

 

 事の顛末を聞き、まとめられた書類を眺め。王妃はそう言って二人を見た。揃ってこちらに顔を合わせないところを見ると、間違いなく嘘を吐いているな。そんなことを考え、これが自身の夫である国王ならば丸め込まれたのだろうと小さく溜息を吐く。

 視線をユースティアナの頭上に動かす。そこには、普段彼女が付けていたであろうものが、なかった。

 

「賊に、王家の装備を奪われた、と」

 

 そういうことですね。王妃のその問い掛けに、ユースティアナは間違いありませんと視線を落としたまま答える。傍から見ていると顔向けできない程に落ち込んでいると思えてしまうが、当然母親には通じない。成程、ともう一度そう呟くと、今度は視線をアイリスに向けた。

 

「それで、アイリス。貴女はその場に駆けつけられなかったことを恥じている、と」

「はい」

 

 やはり視線を落としたまま答える娘を見て、王妃はどうしたものかと目を細めた。王城の破壊痕の半分ほどは《エクステリオン》だ。これでアイリスがいなかったは無理がある。それでも、その辺の貴族相手ならば丸め込めることは可能だろう。

 逆に言えば母親である王妃にはバレバレ。それを分かっていない娘達ではないはず。そこまで考えて、彼女はまったくもうと再度小さく溜息を吐いた。

 

「クリスティーナ」

「はっ」

 

 横に控えていたクリスティーナを呼ぶ。少し考える素振りを見せた後、彼女に向かってアイコンタクトを送った。それを見たクリスティーナは、実に楽しそうに笑みを浮かべコクリと頷く。

 

「まったく……どうしてこのようなお転婆になってしまったのでしょう」

「母親に似たからでは?」

 

 ジロリとクリスティーナを見た。おお怖い怖い、と肩を竦めた彼女は、それでどうするのですかと王妃に問う。

 どうするもこうするも。承知の上でそう問い掛けているのだから当たり前だが、王妃はそんな彼女をもう一度ジロリと睨み溜息を吐いた。

 

「ユースティアナ」

「はい」

「王族として、賊に後れを取り、あまつさえ王家の装備の一つであるティアラを奪われたのは大変な失態です」

「はい」

「こちらも、ここにいない陛下に代わって貴女に罰を与えなくてはなりません」

「……はい」

 

 ふう、と息を吐く。分かっているだろうに。そんなことを思いながら、彼女は少しだけ口角を上げた。

 誰が考えたかは知らないが、随分と大掛かりな茶番を仕掛けてくれたものだ。王城の破壊は想定外、というよりクリスティーナの宴の結果だろうから置いておく。ともあれ、お膳立てをした何者かに王妃は少し興味が湧く。今度は自分が招待してもいいかもしれない、そんなこともついでに思った。

 さて、そういうわけで彼女への罰である。みすみすティアラを奪われた、今まで出来損ないだと噂されていた長女に告げる沙汰である。

 

「ユースティアナ」

 

 もう一度名前を呼んだ。顔を上げろ、そういう意味を込めて名を呼んだ。

 ゆっくりと彼女が顔を上げる。その顔を見て、これまでのような劣等感を笑顔で無理矢理沈めていたものではない、迷いの晴れたそれを見て。

 まあ、いいか。そんなことを王妃は思った。

 

「奪われたティアラを、なんとしても取り戻しなさい」

「……はい」

「勿論、貴女の冒険者パーティーも同罪です。貴女はきちんと、彼等と一緒にペコリーヌとしてそれを達成するのですよ」

「――はいっ!」

「ああ、どうせならもののついでに、今までのように出会った魔王軍幹部も倒してしまいなさいな。そうすれば陛下もユースティアナに何も言えなくなるでしょうから」

「なるほど。やばいですね☆」

 

 王妃の言葉に満面の笑みでそう返す。それを聞いたアイリスも、顔を上げてよかったですねお姉様とはしゃいでいた。はしゃいだら駄目だろうとクリスティーナはひとり笑っていたが、別段それを指摘しない。王妃の顔が、まだ終わっていないぞと言わんばかりの笑みだったからだ。

 

「ではアイリス。貴女への罰ですが」

「え?」

「そうですね……貴女には少し、王女という立場を捨ててもらおうかしら」

 

 え、とアイリスが固まる。それはどういう意味なのか、そんなことを問い掛けると、簡単な話だと返事が来る。

 身分を隠して、留学してもらう。王妃は彼女にそう告げた。

 

「期限は、とりあえず一ヶ月を目安にしましょう」

「え、っと? 留学、ですか?」

「ええ。丁度この間リオノール姫ともそのことについて話をしたところでしたから」

「そのこと、ですか……?」

「そうよ。ブライドル王国の『聖テレサ女学院』、そこに身分を隠して留学しましょう」

 

 急展開に話がついていけない。アイリスが目をパチクリとさせている中、ユースティアナはそれもありかなと考えていた。自分と同じように、アイリスも大切な友達が出来たなら。そのための第一歩として、留学は丁度いい機会だろう。

 それはそれとして。

 

「リオノール姫の紹介っていうのが気になりますけど」

 

 楽しいことに全力なあの姫様のことだから、その場所にも何か一癖も二癖もあるような何かがある気がする。ユースティアナはそんなことを思い、ひとり頷いた。

 あんたも姫として大概だからね。どこぞの猫耳娘がそうツッコミを入れた気がした。

 

「それはそれとしてクリスティーナ。王城破壊の責はきちんと負いなさい」

「勿論」

 

 迷いのない笑顔である。

 

 

 

 

 

 

 さて、と。そんなことを思いながらペコリーヌは部屋を見渡す。正直あまりいい思い出がなかったこの場所、この城も、今となってはまた違う景色が見えてくる。自身の部屋はいつ帰ってきてもいいように整えられていた。城の兵士達は自分の顔をしっかりと覚えていた。

 

「……本当に、わたしの空回りだったんですね」

 

 実際にそういう輩はいただろう。それは間違いないし、恐らくクリスティーナ達も否定しない。だが、そうでないものも大勢いて、そしてペコリーヌはそういう人達も同じように思っていた。だから、彼女は勝手に拗ねていた。

 だから彼女は城を駆け回って、自分を愛してくれていた人達一人一人に謝罪とお礼を言って回った。第一王女のその態度に城の皆は面食らいとんでもないと恐縮したが、結局最終的には笑顔でその言葉を受け取ってくれた。

 だから、ペコリーヌはもう、迷いはない。ここは自分の大切な場所で、帰る場所だ。そう胸を張って宣言できる。

 そして、宣言できることはもう一つ。

 

「……では、行ってきます」

 

 部屋を出る。すれ違う人達に挨拶をしながら、ペコリーヌは城の入口まで歩いていく。その途中で、相変わらず動かない鎧の置物のようになっているジュンを見付けた。

 

「あれ? ユースティアナ様。もう行くんですか?」

「はい。準備は出来ましたから」

 

 そう言って笑顔を見せる彼女を見て、ジュンはクスリと微笑んだ。鎧なので見えないが。そうしながら、行ってらっしゃいとヒラヒラ手を振る。

 

「はい! 行ってきます!」

「まったく、元気なことで」

「あ、クリスティーナ。おいっす~☆」

「うんうん。その調子でレベルアップしてくれよボス。今度こそ、楽しく殺り合えるようにな♪」

「次は、わたしが勝ちますよ」

 

 堂々とそう宣言したペコリーヌを見て、クリスティーナが一瞬目を見開く。次いで、実に楽しそうに笑った。腹を抱え、大爆笑をした。よく見ると、鎧の下でジュンも肩を震わせている。

 

「じゃあその時は、私も参加しようかな」

「何だ団長、ボスはワタシの獲物だぞ」

「大丈夫だよ。クリスちゃん一人だと勝てないくらい強くなってくれるだろうから」

「……やばいですね」

 

 なんか無茶振りされた。そんなことを思いつつ、しかしそこで出来ないとは言わない。言われたからには、この二人をまとめて超えるくらいになってやろうじゃないか。ぐ、と拳を握りながら、ペコリーヌは二人を真っ直ぐに見る。

 ばん、とそんな彼女の背中をクリスティーナが叩いた。行くならさっさと行け。そんなことを言いながら、ジュンと同じように手をヒラヒラさせる。

 

「どうせ気が向いたら帰ってくるだろう?」

「……そうですね。ここはもう、帰りたくない場所じゃありませんから」

 

 行ってきます。そう言ってペコリーヌは城を歩く。城の入口まで、あと少し。すれ違う人に挨拶をしながら、彼女は外へと。

 

「お姉様!」

「アイリス。どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもないです! どうして私には挨拶無しなのですか!」

 

 憤懣やるかたない自身の妹を見ながら、ペコリーヌはううむと頬を掻く。どうしても何も、と付き従っているクレアとレインに視線を移した。苦笑しているので、承知の上らしい。

 

「あなたも城を出る許可をもらったんですよね?」

「はい! 留学までの間、少し街での生活に慣れるようお母様に言われましたので」

「アクセルに来るんですよね?」

「ララティーナとアキノもいますから。暫くそちらに身を寄せます」

「……挨拶いります?」

「私はまだ城を出る準備が出来ていません」

 

 ふんす、と胸を張ってそう宣言するアイリスを見て、何だかこの妹ポンコツ化進んでいないかと心配になる。あなた達の影響ですからね、というレインの視線は無視をした。

 

「はいはい。ではアイリス、行ってきます」

「はい! 行ってらっしゃいませ、お姉様!」

 

 ブンブンと手を振るアイリスに見送られ、ペコリーヌは今度こそ本当に城を出た。それなりに時間は掛かったが、彼女は別段気にしていない。むしろ、それだけここが大事な場所であると再確認できて満足だ。

 あれ、とペコリーヌは目を見開いた。城を出てすぐに、彼女を待ち構えていたらしい人影を見付けたからだ。やっと来やがった、とジト目でこちらを見ている人物を見付けたからだ。

 

「カズマくん! キャルちゃん! コッコロちゃん!」

 

 その人影に思い切り手を振る。ててて、と駆け寄ったペコリーヌは、どうしてここにと首を傾げた。確か、今日アクセルに帰ると連絡は入れていたはずなのに。

 そんな彼女の疑問は、何言ってんだお前というカズマの言葉で氷解した。

 

「だから迎えにきたんだろうが」

「すぐ来るかと思ったら、中々来ないし」

「ペコリーヌさまのことですから、挨拶回りなどをされていたのでは?」

 

 呆れたような物言いのカズマ、文句を言っているキャル。その二人共が、コッコロと同じように笑顔だ。

 

「……えっへへ~。ありがとうございます!」

 

 だからペコリーヌは笑顔で返す。改めて、ユースティアナではなく、ペコリーヌとして。また冒険者を始める宣言も兼ねて。

 そうして。では行きましょうかと一歩踏み出したペコリーヌに、三人は待ったと声を掛けた。その前に、と彼女の頭を指差した。

 

「そこに何もないと変な感じなのよね」

「へ? あ~、ティアラは奪われたことになってますからね」

 

 少し寂しくなったそこに触れる。たとえ実はカズマが持ち出して現在キャルが保管しているとしても、名目上は賊に奪われた神器なのだから、もういいだろうとつけることは出来ない。だからまあ、これは慣れるしかないだろうとペコリーヌは苦笑した。

 三人の笑みは消えない。そうだろうと思って、とカズマが小さな袋を彼女へと投げて渡した。

 

「これは?」

 

 ガサゴソとそれを開く。そこに入っていたのは、花飾りのついたカチューシャ。暫しそれを眺めていたペコリーヌは、え、と三人に視線を向けた。

 

「それで、いつものペコリーヌさま、というのはいかがでしょう」

「そういうわけよ。ほれ、さっさとつける」

 

 コッコロとキャルに言われ、ペコリーヌはそれをつける。ティアラとは少し違うが、成程確かに先程よりは断然しっくり来る。うんうんと頷いた三人は、では行こうかと彼女に並んだ。

 

「ここんとこ騒がしいことばっかりだったからな。暫くはのんびりしてー」

「そうねぇ。アルカンレティアとか王都とか、色々あったものね」

「でしたら、お二人は暫くお休みになられてくださいませ。その間は、わたくしが冒険者の依頼をこなしてまいります」

「何言ってんのよコロ助。その時はあんたも一緒よ」

「当然ペコリーヌもな。まとめてニートしようぜ」

 

 が、口を開けばこれである。冒険者のくせに、冒険する気がサラサラない。そんな見慣れたいつもの光景を見て、ペコリーヌは吹き出してしまった。

 やっぱりここだ。ここが、自分が胸を張って宣言できるもう一つの居場所だ。そんなことを思いながら、何言ってるんですかと笑顔で返した。

 

「冒険、しましょう! またみんなで、ここから!」

「別に元々大したことやってなかったじゃない」

「そうです。大したことじゃないそれをしましょう。いつものように」

「……ったく。しょうがねぇなぁ」

 

 やれやれ、と溜息を吐きながらカズマがそう呟く。キャルも口では文句ばかりだが、彼と同じように分かった分かったと返した。コッコロは元から反対していない。はい、と笑顔で同意する。

 

「わたしたちの冒険をまた、始めましょう」

 

 おー! とペコリーヌが拳を振り上げる。それに合わせるように、コッコロも、キャルも、そしてカズマも同じように拳を上げた。

 

「頑張りましょう! 明日のおいしいご飯のために!」

『それはお前だけだ!』

「ふふっ」

 

 




第四章、完!

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