アーチャー探し、初日。
「いねぇな……」
とりあえずアクセルの街をぶらつき目についたアーチャーに声を掛けたものの、結果は惨敗。カズマの弓スキル登録は未だ達成ならずだ。
「ほら見なさい。あんたの言ってるようなアーチャーなんかいないのよ」
「俺のことを知らないアーチャーはちらほらいただろ」
ふふん、と勝ち誇ったような顔をしているキャルをジト目で睨みながらカズマはそう述べるが、結局教えてもらってないじゃないという彼女の言葉で押し黙る。ぐぬぬ、と表情を歪め、しかし反論らしい反論も出来ないのでそれだけだ。
彼を知らないアーチャーの交渉が失敗したのは、単純に見知らぬ人がいきなり弓スキル教えて下さいとか怪し過ぎるからである。至極もっともであった。
「というか、あんたそんなに交渉下手だったかしら?」
「ぐっ……。少し、焦りすぎたか」
現在のメンバーはカズマとキャルの二人。ペコリーヌはこっちでも情報収集しておきますと断りを入れつつバイトへ、そしてコッコロも。
「生活費はこちらで稼ぐので主さまは何の心配もなく目的の人物をお探しください、だっけ? ……まあ、プレッシャー掛かるわよね」
「ちゃうねん……俺はヒモじゃない、ヒモじゃないんだ……」
今頃ペコリーヌに紹介された場所で働いているであろうコッコロを思い、カズマは静かに項垂れた。弓スキル手に入れたらもうちょっと楽させてやろう。そんなことを心に誓う。
ともあれ、一旦冷静にならなければ同じことの繰り返し。一度ベンチに座って休憩をしながら、作戦の練り直しをすることにした。隣に座ったキャルも、まあそうよねと同意しながら露天で買ったジュースを啜る。
「やはりここはプライドを捨てて下手に出ながら相手をヨイショしてスキルを見せてもらうのが一番か」
「あんたにまだ捨てるようなプライドあったのね」
「やかましい。……そうなると、出来るだけ若い冒険者がいいな」
ある程度年齢の高い相手だと、おべっかを警戒される恐れがある。まだまだ世間を知らない未熟者ならば、その辺りの警戒心は薄いはずだ。加えるならば、普段称賛されることが少なければ少ないほど、あからさまなそれも心に響く。
「……確かに方法としては間違ってないけど、人としてどうなの……?」
その説明を受けたキャルは溜息混じりにそう呟く。とはいえ、自身も野良冒険者で色々個人の依頼を受けた経験がある身、はっきりと否定をするのも若干後ろめたい。まあ精々頑張りなさいと続け、カズマのその意見を受け流した。
休憩を終えたカズマはベンチから立ち上がり、再度野良アーチャーを探し始める。先程交渉失敗した相手でもなく、自分の悪評を知るものでもない。そんな丁度いい相手を見付けるべく、アクセルの街を探索する。
「……こうやって歩いてみると、予想以上にでかいな、この街」
「そりゃそうよ。駆け出し冒険者の街よ? 始まりの場所ってことで、新人がどんどんやってくるもの」
「その割には、結構高レベルの冒険者もいるよな」
「まあね。何だか知らないけど、この街に愛着があるらしいわよ」
詳しい事情は聞いていない。何となく言いたくない雰囲気を醸し出していたので、キャルとしても別にどうでもいい案件をそれ以上深く聞く気もない。そんなわけで、彼女の中ではこの街には何故かそういう雰囲気があるのだという適当な理由に変換されている。カズマもその辺は知らないので、ふーんと軽く流していた。
「……まあ、そんなわけだし。あんたに弓スキル教えてくれる奇特な冒険者も、探せばいるんじゃない?」
「今更日和ってもあの時の会話は忘れんぞ」
「ちっがうわよ! 大体、あんたの言ってた条件はぼっちをこじらせたアーチャーでしょ? 新人ヨイショしてスキル覚えるのは満たさないじゃない」
「ち、細かいやつめ」
「細かくない! 大体、あたしだって最初から今みたいな感じで探して弓スキル覚えるっていうなら何も言わなかったわよ」
そっちがあまりにも具体的なことを言い出すから悪い。そんなことを続けながらキャルは溜息を吐き肩を竦める。そうしながら、カズマと同じように視線を巡らせそれらしき人影の探索を始めた。さっさと見付けて帰るわよ。口にせずとも、表情がそう物語っている。
そうして二人で街をぶらつき、どのくらい経ったであろうか。今日はもう帰った方がいいかもしれない。そんなことを思い始めたその時である。
「……お」
「どうしたのよ」
あれを見ろ、とカズマは通りを壁伝いに歩く人影を指差す。若干挙動が怪しいが、緑の服とベレー帽のようなものを被ったその少女の背中には、紛れもなく弓と矢が背負われていた。
今日一日の探索では見ていない顔だ。そして、酒場でも見覚えのない顔だ。そこそこの高身長で片目を隠すような髪型と見える方のツリ目が相まってスタイリッシュなイメージが浮かんでくる。が、そんな見た目の割に何故か小動物のような雰囲気を醸し出している彼女は、特に誰かといるわけでもなく一人でいるようで。
「チャンスだな。スタイリッシュなクール系エルフ。ああいうのは案外ヨイショに弱い」
「ホントかしら……。というかあの娘、本当にそんなタイプなの? 何か動き変じゃない?」
目に映るもの全てを怖がっているかのような少女の動きに、キャルが怪訝な表情を浮かべながらカズマに述べる。彼女の見た目で孤高のエルフを気取っていると判断していたカズマは、それを聞いて成程確かにその説もあるなと動きを止めた。止めたが、彼の中で既にアクセルに変人は付き物という認識があったのでだとしてもまあそんなものだろうという結論しか出ない。
「よし。あー、こほん。こんにちは、ちょっといいですか?」
「っ!? こ!? ここここ!? こん!?」
少女に近付き、まずは挨拶と声を掛ける。が、別段の何の変哲もない挨拶を行ったはずのそれに、少女は何故か異常な反応を示した。ビクリと肩を震わせ、目を見開き、そしてカズマを見て、空を見て、そして壁を見て、町並みを見る。
「こん、こんこんこん!?」
「……あ、あの?」
「コンドルが! 壁に! めり込んどる!?」
「……」
やべぇ、声掛ける相手間違えた。カズマは心からそう思った。
「……人違いでした。じゃ」
「は、ははははい! 申し訳ありませんでした! 生まれてきてすいません!」
踵を返して見なかったことにしたカズマだが、何故か少女がこちらに謝ってきた。ついでに謝罪が重い。こちらを見ているキャルも、若干目が死んでいる。
そのまま少女から離れ、キャルの隣へと戻ったカズマは、小さく溜息を吐くとその場を後にする。キャルもキャルで向こうの少女をちらりと見たものの、どうやらこちらを気にしている様子もなさそうだったので――というか、目の映るもの全てにテンパっているようだったので、カズマと同じように何も見なかったことにした。あれは絶対にやべーやつだ。そう結論付けた。
とりあえず今日の成果はゼロだ。そういうことにして二人はギルドの酒場へと向かう。扉を開けると、いらっしゃいませー、とペコリーヌが笑顔を見せた。
「お疲れさまです二人共。どうでした? アーチャー、見付かりました?」
「いや、駄目だった」
「あらら。じゃあまた明日頑張るって感じですか」
「……そう、なるのかしらね」
最後のアレを思い出し若干不安になったキャルの顔を見てペコリーヌは首を傾げたが、まあとりあえずこっちへ、と彼女は席に案内する。そこには既に仕事を終えたコッコロが、うつらうつらと船を漕いでいた。
「……お疲れ様、コッコロ」
「あんたもう少しその優しさ他の人に向けたらどうなの?」
「世の中には等価交換の法則というものがあんだよ。そう思うんなら優しさよこせ」
ああ言えばこう言う。まったく、と溜息を吐きながらペコリーヌに飲み物の注文をし、彼女の仕事が終わるまで暫し休息と洒落込むことにした。コッコロを起こすのも忍びない、そう二人共判断したのだ。
「しっかし、コロ助がこれだけ疲れるって、一体何の仕事紹介したのよペコリーヌは」
「街のどっかにある魔道具店の手伝いってのは聞いたけど……」
よっぽど繁盛していたんだろうか。そんなことを思いながらカズマはコッコロを見やる。気持ちうなされているように見えたのは気の所為だろう。小さな体でそれだけ頑張っているのだ、自分も気合を入れねば。キャルが聞いたら彼の頭を心配するような決意を心中でしつつ、明日からの作戦を練り直すべく思考を巡らせた。
「もうアーチャーいないんじゃない?」
「この広さだぞ。いないってことはないだろ」
「……だとしても、条件に合うのは厳しいでしょ」
「う……」
今日一日で散々失敗マークを増やしてきたのだ。二日目は更に厳しくなる。最初から焦らず普段の調子でやれば何とかなったかもしれない、と悔やんでも後の祭りだ。もう一度同じ人にチャレンジするという選択肢もあるが、それをするならば少し日を開けた方が懸命だろう。
「素直に、地道に評価を上げてこの辺の連中に教えてもらう方がいいんじゃないかしら」
「そもそも地道に評価を上げるっていうその考えがおかしい。俺は別に悪事を働いているわけでもないんだからな」
「……まあ、ね。それはそうなんだけど」
こいつの場合悪事がどうとかではなく、要所要所の行いと言動が問題だ。あの時の奴隷宣言は中々に最悪であった。張本人であるキャルは何だかんだで大分気にしなくなったが、あの日あの酒場にいた男性冒険者は変わらずカズマを鬼畜扱いだ。そういう意味では、その後のキャルの扱いをある程度冷静に眺めている女性冒険者の方がチャンスはあるのかもしれない。
「カズマ」
「ん?」
「アーチャーの女の人に絞りましょう」
「……意味が分からん」
何言ってんだこいつ、という目でキャルを見たため、この野郎と思いつつ彼女は先程の自身の意見を彼に告げる。最初こそ胡散臭げにそれを聞いていたカズマであったが、聞き終えた頃には成程それは一理あるなと同意するようになっていた。
「まあ俺としても、せっかく教わるなら野郎より美人な冒険者がいいし?」
「ブレないですねぇ」
そんなタイミングで仕事を終えたペコリーヌが席に着く。カズマのそれを聞いてクスクスと笑っていた彼女は、そういうことなら一つ情報がありますと指を立てた。
「実は、わたしもお客さんから教えてくれそうなアーチャーを聞き出しまして」
「ほう。そう言うからには、美人な冒険者なんだろうな?」
「美人というよりは、可愛い感じですかね?」
とにかく女の子のアーチャーのアテを一つ、手に入れたのだとペコリーヌは述べる。そう言いながら、ただちょっと問題がありましてと苦笑した。
ほら来た、とカズマは目を細める。どうせそんなことだろうと思ったと言わんばかりの態度で、一体何が問題なんだと彼は話の続きを促した。
「探して欲しいそうなんです」
「……は?」
「その娘の情報を聞いたお客さんによると、少し前から音信不通になっているらしいんですよ」
「……ヤバいじゃない」
突如事件の香りが漂ってきた。うげ、と顔を歪めたキャルは溜息を吐きながら隣を見る。案の定、あ、じゃあ却下でとその話を終わらせようとしているカズマの姿が目に入った。
まあそうだろう。間違いなく自分でもそう思う。うんうんと頷きながら、彼女も頬杖をつきながらペコリーヌとカズマの会話を聞き流し始めた。
「あぁ、事件に巻き込まれた、とかじゃないんですよ。その娘アクセルの街でもそこそこ目撃されるらしいですし」
「……ん?」
「昨日も街の片隅で小石を蹴りながら一人ケンケンパをしている姿を見たそうです」
「うん、うん?」
何言ってんだこいつ、という目でカズマはペコリーヌを見る。キャルも同じように意味が分からないと目を瞬かせていた。
ペコリーヌが言うには、そのお客さんとそのアーチャーは知り合いらしく、お互いに街ですれ違うたびに、文通だか何だかをしてどうにかこうにかコンタクトを取ろうと画策する毎日を送り続けていたのだとかなんとか。
「ちょっと待ちなさいペコリーヌ。それ本当に知り合いなの?」
「本人はそう言ってましたし、向こうもそういう認識らしいので、まあ知り合いでいいと思いますよ」
「知り合いの定義が崩れる……」
「直接話せばいいじゃない……」
顔を合わせているのに何故全ての交流を文通で行おうとするのか。そしてそれが出来ないからといって何故他人に頼むのか。何が何だか分からない。正直言っているペコリーヌ本人も分かっていないのではないかと邪推してしまうほどだ。
「きっとシャイなんですよ、二人共」
「それで済ませるなっ! 絶対変人じゃない!」
アクセル名物、謎の変人。そう言っても過言ではない割合で、この街にはアレな人物が多過ぎる。キャルがツッコミを入れる中、やれやれと疲れたように溜息を吐きながら、まともな自分には中々大変だとカズマは一人ぼやいた。
当然のことであるが、彼は変人ランキングを現在爆上がり中である。
「はぁ、もういいわ。で、その人物ってのは誰なのよ」
「お客さんの女の子の方ですか? それとも、アーチャーの女の子の方ですか?」
「両方よ。名前聞いておかないと、いきなり遭遇した時困るじゃない」
疲れたようにキャルが述べる。そうですか、と別段気にした様子もないペコリーヌは、その二人の特徴と名前を述べた。
お客の方は黒い髪をリボンで束ねた紅魔族の少女で、名前はゆんゆん。そして、アーチャーの方は背が高めのツリ目で片目が隠れるような髪型をしたエルフの少女。
「名前は、えっと……アオイちゃん、だったかな? って、どうしたんです?」
そこまでを言ったペコリーヌの視界に、やってらんねとゲンナリしている二人の姿が見える。聞くんじゃなかった、と二人して呟いているところからすると、どうやら心当たりがあるらしい。
「もう遭遇してるじゃない……」
「よし、俺は何も聞かなかった」
既に手遅れであったことを覚ったキャルとカズマは、今日この場で話した会話を綺麗サッパリ忘れることにした。
BB団の魔の手が迫る