プリすば!   作:負け狐

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ギルド職員「ダークプリースト……? ドMよりは普通の職業だな」


その86

 翌日。クウカに命じてギルドの討伐依頼を受けさせたセレスディナは、クウカの独断でチョイスした依頼と、そしてそれを確認して気の毒そうに自身を見やるギルド職員の視線で早くも折れかけていた。

 ちなみにクエストは一撃熊である。駆け出しが敵う相手ではないのだが、この街の異名、駆け出し冒険者の街というのが嘘っぱちであることを確信しているセレスディナにとってそれ自体は既にどうでもいい。現在の彼女の問題はこれでクウカがきちんと死ぬかどうかだ。

 

「知ってた……」

 

 自分で請けている時点でそりゃそうだろとしか言えない。ターゲットである一撃熊に殴り飛ばされながら恍惚のよだれを垂らしているクウカを見て、セレスディナは諦めの溜息を吐いた。

 そもそもなんでピンピンしているのか。それを説明できる人間は、実はアクセルにもいない。強いて言うならと皆口を揃えて言う言葉は、「ドMだから」だ。

 

「はぁん! 一撃熊の強烈な爪の一撃が、クウカの薄皮を一枚一枚引っ掻いて……ああっ、このままではクウカの服も千切れ飛んでしまいますぅ! そうして顕になった肌を舌なめずりしたモンスターに蹂躙され、そして動けないまま転がされるのですね……! さ、さらにはそんなクウカを見付けた冒険者達の慰み者として、クウカは辱められて……あ、そ、そんな……ぐふふ」

「おーい……一撃熊引いてるぞー……」

 

 イヤンイヤンと悶えながらひたすら攻撃を受け続けているクウカを見て、本能的にヤバいと感じたのだろう。次第に一撃熊の動きが鈍くなり、しまいにはゆっくりと後ずさりを始めた。怯えたような鳴き声を上げると、そのまま森の奥へと逃げるように走っていってしまう。

 クエスト自体は追い払うだけでも成功ではあるので、依頼達成だ。

 

「……」

 

 心中お察ししますと言わんばかりのギルド職員から報酬を受け取ったセレスディナは、一刻も早くこいつどうにかしなければと心に誓った。悠長なことは言ってられない、というか別の傀儡を見付けるとかそれ以前の問題だ。

 はぁ、と通りを歩きながら彼女は溜息を吐く。後ろを歩くクウカは非常に上機嫌で、こいつ本当に傀儡になってるんだろうなと疑問に思うほどだ。

 

「ど、どうされたんですか、ドSさま……」

「いや……。なあ、お前、本当にレジーナ様の傀儡の加護であたしに付き従ってんだよな? ただ自分の性癖を満たせるからついてきてるだけじゃないよな?」

「も、もちろんですドSさま。ドSさまに命じられれば、クウカは鞭で打たれるのも魔法で焼かれるのも、カエルに丸呑みされるのもどんとこいですぅ……じゅるり」

「お、おう、そうか。別にそんなことはしないけどな」

「しないのですか!? あ、な、なるほど……そういって油断させたところで不意に行う責めこそが快感だと、そういうわけなのですね。あるいはそのまま放置プレイと洒落込まれるのかも……ああ、なんというドS! なんという性格破綻者! その想像だけでクウカは少し火照ってきます、ぐふ」

「誰か助けて……」

 

 レジーナ様、何か自分は酷いことでもしたのでしょうか。そんなことを思わず考え、復讐と傀儡の女神にそういう質問はどうかと思うと何かを悟ったような顔をしている女神を幻視し肩を落とす。気持ち距離を取られていたような気がして、セレスディナの心がまた少し曇った。

 よし、と気合を入れる。こいつを始末するのは無理だと分かった以上、これを使って目標を達成するしか無い。ここから逃げて報告をするか、勇者を始末するか。

 とりあえずドMが付き従っている以上逃げられない。潜入とかそういう任務もこれでは無理だ。なので、実質一択。

 

「勇者を、殺す」

 

 口にしてはみたものの、一体全体どうやってドMで勇者を始末すればいいのか見当もつかない。こいつで暗殺させようとしても堂々と名乗って反撃を受けたがるのが目に見えているからだ。

 

「一応、聞いておくが。お前、サトウカズマを知ってるか?」

「か、カズマさんですか? はい、あの人も中々の責めをしてくれる人なので、クウカとしては重宝しています」

「とにかく知り合いなんだな。じゃあ、ちょっとあいつに毒でも盛ってきてもらおうか」

「そ、それは……出来ません」

 

 あれ、とセレスディナは思う。思ったより普通の反応が返ってきた。常時アヘっているようなドMの割に、知り合いや仲間を傷つけることには抵抗するようだ。そういうところは普通の感性らしい。彼女的にはどうでも良い知識が一つ増えたが、とりあえずゴミ箱に捨てた。

 

「まあいい。そんなこと言ったって、お前はあたしの傀儡だ。命令に逆らうなら、激しい苦痛が体を苛む。無駄な、抵……抗、は……」

 

 ニヤリと口角を上げて口を開いたセレスディナは、そこで気付いた。今の言葉が脅しになる相手は、どこにもいないということに。

 

「あぁぁぁぁ! 体が! 体が! す、凄い、凄い責めですぅ……! これは、め、命令に逆らった罰ということなのですね! はぁん! このまま抵抗し続けると、クウカの体はどれだけの苦痛にさらされるのでしょう……! か、考えただけで……体が、うずいて……ひゃぁん! 流石はドSさま、クウカは、クウカはぁ……!」

「あたしが悪かったから、抵抗しないで! 命令取り消すから!」

 

 

 

 

 

 

「ねえカズマ、知ってる?」

「ん?」

 

 アメス教会。そこでだらだらと過ごすライフワークを行っていたキャルが、同じくニートをライフワークにしているカズマに声を掛けた。なんでも、最近アクセルを闊歩するドMが話題になっているらしい。

 

「ダクネスかクウカのどっちかだろ」

「まあ、そうなんだけど。なんか様子がおかしいらしいのよ」

「あのドMどもは常に様子がおかしいだろ」

「まあそうなんだけど。いいから聞きなさいよ」

 

 キャル曰く、これまではスイッチが入らなければ意思疎通が可能だったドMが、最近は常に興奮しっぱなしなのだとか。

 なおその説明だけではダクネスなのかクウカなのかは確定できない。

 

「だから、何かあったんじゃないかって」

「関わりたくない」

「まあ……そうなんだけど」

 

 話題に出した割に、キャルはその件に関わることに乗り気なわけでもないらしい。だったらなんでとカズマが彼女を見ると、どこか疲れたように溜息を吐いていた。

 

「心配してたのよ……コロ助が」

「……やるか、調査」

 

 言われてみればその通り。知り合い、恐らく友人に分類しているであろう相手の様子がおかしいとなると、コッコロが心配しないはずがない。そして、そうなると当然もうひとりもコッコロと共に動こうとするわけで。

 巻き込まれたくない、と言えばあの二人は間違いなくキャルもカズマも巻き込まないようにするだろう。だからこそ、この二人はしょうがないと立ち上がる。

 

「そもそも、常時発情したドMが闊歩してる街とかコッコロの害でしかないからな」

「言い方。ま、あたしも同意見だけど」

 

 幸いというべきか、コッコロもペコリーヌも現在バイト中だ。こういう時動けるのは仕事をしていない二人だけ。そうと決まれば早速行動だと二人は教会から外に出た。庭で掃き掃除をしていたユカリとすれ違い、どうしたの気合い入れてと首を傾げられる。

 

「ちょっとドMの調査に」

「……何か嫌なことでもあった?」

「違うわよ! ユカリさんだって聞いてるでしょ? クウカだかダクネスだかが最近街で変なことしてるって」

「あー……。それならクウカさんね。ダクネスはむしろ調査する側だもの」

 

 いきなり情報が手に入り、二人は思わず動きを止める。え? もう調査されてるの? そんな意味合いを込めた表情をユカリに向けると、こくりと頷かれた。

 

「……じゃあ、もういいか」

「あたしも一瞬そう思ったけど、事件解決は急ぐに越したこと無いでしょ」

 

 コッコロの将来のためにも。言外にそう述べたキャルにそれもそうかと同意したカズマは、じゃあちょっと行ってきますとユカリに告げる。無理はしないようにと手を振る彼女を背にしながら、二人はとりあえず先程の情報をもとに調査が進んでいる場所へと向かった。

 早い話がダスティネス邸である。

 

「ん? どうした二人共」

 

 執事に事情を話し執務室に通された二人は、早速とクウカの奇行についての調査を問い掛けた。最初こそ何故この二人だけがそんなことをと訝しげな表情を浮かべていたダクネスも、事情を聞くとああ成程と苦笑する。

 

「話は分かった。ありがたい申し出ではあるのだが……実は意外と現在人員が揃っていてな」

「え? 何お前そんな人望あんの?」

「これでも大貴族だからな。……今さり気なく辱められた気がするぞ。ちょっともう一回厳し目の口調で言ってくれないか?」

「何でドMの調査をドMがやってんのよ。あんたはむしろ調査されて捕まる側でしょうが」

「し、失礼な! これでも私は、くぅ、節度を持ってだな」

「どの口が言ってんだよ。今ちょっと興奮しただろ」

「し、してないぞ!」

 

 ダメかもしれない。ジト目でダクネスを見ながら、二人はそんな結論を出した。冷ややかな目で見られたことで、ダクネスはちょっとモジモジしている。駄目だ、に結論を変えた。

 

「で? その人員ってのはどんな役立たずなの?」

「いや、流石にこれよりかはマシなのだろ?」

「私はどんどん罵倒してくれて構わんが、協力者への罵倒は看過出来んな」

 

 言ってることはそこそこ間違っていないのだが、表情で台無しである。ともあれ、ダクネスの言葉にも一理あるので二人は彼女だけを罵倒することに留めた。

 ガチャリと扉が開く。何やってんだと言わんばかりの表情で部屋の中を見たその人物は、しかし振り向いたカズマたちを見て口角を上げた。

 

「あれ? 確か、リールさん?」

「一週間ぶりくらいね、カズマ君。そっちは確かキャルちゃんよね」

 

 リオノールはそう言ってひらひら手を振る。横に控えているモニカが、何となく事情を察して頬を掻いていた。

 

「協力者ってのは」

「例の件のこと? そう、私達で調査してるわ」

「本来全くの無関係なのですが」

 

 ふふん、と胸を張るリオノールに対し、モニカは呆れたように頭を振っている。こういうことに首を突っ込まないはずがないと彼女も分かっているので、そうするだけで止めることも別段しなかった。なにより、今この街には彼がいる。リオノールの手綱を握るには、丁度いい。

 

「今ダストとリーンちゃんも調査してくれてるはずだけど」

「待った。今ダストっつった?」

「ん? ああ、どうした貴公」

「いやあいつが真面目に調査とかするわけないじゃない」

 

 この街の人ではない二人は知らないだろうが。そんな前置きをしたカズマとキャルの言葉を、リオノールもモニカも途中で遮る。確かにこの街の『ダスト』のことは知らないかもしれないが、しかし。

 

「大丈夫よ。私は、あいつのことよーっく知ってるから」

「私も、奴のことは何だかんだ知っているからな」

 

 そう言って笑みを浮かべた二人の背後の扉が勢いよく開く。疲れたような顔をした金髪赤目の青年と、その青年を疑いの眼差しで眺めるポニーテールの少女。今話題に出していたダストとリーンが、執務室にやってきたのだ。

 

「うわ、ほんとにダストが働いてる……」

「あぁ? 何か文句あんのかよ猫ガキ。というか何でお前とカズマがここに」

「もしかして、クウカの調査の手伝いに来たの?」

 

 リーンの問い掛けに是と答える。それを聞いたダストは、じゃあもう俺はお役御免だなと即座に踵を返した。

 予測されていたのか、ガシリとその肩を掴まれる。リオノールが笑顔で彼を引き止めていた。

 

「あだだだだっ! 何でそんな力が!」

「はいこれ。魔力を筋力に変換する腕輪」

「ひ――お嬢様、それはひょっとして」

「後で返しておくから大丈夫よ」

 

 それは絶対に大丈夫じゃない。モニカが何か苦いような酸っぱいようなものを食べたような何とも言えない表情を浮かべているのを見て、ダクネスは心中を察する。それは私も通った道だ。うんうんと一人頷いていた彼女は、とりあえずこの件にはあの姉妹を関わらせないようにしようと誓った。

 当然というべきか、どこかで何かの旗が立った音がした。

 

 

 

 

 

 

 ギルド酒場の扉が勢いよく開かれる。満面の笑みでそこに足を踏み入れたのは一人の少女。年の頃は大体十一か十二。そのくらいの年齢ならば本来こんなギルド酒場に来るものではないと言われる、あるいは思われるものなのだが、生憎とここはアクセル。既にコッコロという前例があるおかげで、珍しい客だな程度で済んでしまうわけで。

 

「意外と、騒がれませんね」

 

 金髪碧眼、歴史ある貴族の証でもあるその見た目も、どうやら問題ないらしい。少女は少しだけ首を傾げたが、まあいいかと笑みを浮かべる。

 そんな彼女の背後から声。男物の白いスーツを身に付けた女性と、どこか地味で幸の薄そうな魔法使いの女性が、困ったように少女を呼び止めていた。

 

「イリス様。あまり先に行かれては困ります」

「でもクレア、あなた達は私を送った後は帰るのでしょう? だったら、早いうちに一人で行動することに慣れておかないと」

「王都でも散々単独行動していらしたではないですか……」

 

 うぐ、と圧されたクレアに対し、魔法使いの女性――レインはジト目でイリス――アイリスにそう述べる。あははと笑って誤魔化した彼女は、まあそれはともかくと酒場を見渡した。

 

「ここでお姉様が冒険者としてクエストを請けているのですね……。聖テレサ女学院に行くまでの間、私も少し冒険者として生活するのも面白いかも」

「なりません」

「クレア……駄目?」

「ぐふぅ! ……ちょ、ちょっとだけなら」

「クレア様! ……いいですかイリス様、いくら街の暮らしに慣れるためとはいえ、そんなことをする必要はありません。ユース――イリス様のお姉様だってそれは同じで、冒険者というのはあくまで建前であって」

「いらっしゃいませー。って、あれ?」

 

 そのタイミングで一人のウェイトレスがやってくる。ギルドに用事なのか酒場に用事なのかを訪ねにやってきたその少女は、アイリス達を見て目を見開いた。

 一方、声を掛けられた方である三人はその少女を見て三者三様の反応をした。そのうちの一人、アイリスは同じように目をパチクリさせたが、すぐに笑顔になって彼女に抱きつく。

 

「お姉様!」

「わぷ。あぁ、今日がこっちに来る日だったんですね」

「はい! よろしくおねがいします、ペコリーヌお姉様」

「はい、よろしくおねがいしますね、イリス」

 

 二人揃って笑顔を浮かべる。たまたま会話を聞いていた酒場の面々は、何だペコリーヌちゃんの妹さんだったのかと納得し僅かにあった注目を完全に外した。

 そしてクレアと、レインである。

 

「ゆ、ゆ、ユースティアナ様……何を、なさっておいでなのですか……?」

「何って、見ての通り酒場のアルバイトですよ」

「さかばの、あるばいと……」

「クエストの報酬はパーティーメンバーの報酬ですからね。わたしの食事代は自分で稼がないといけませんから」

「成程、流石はお姉様です。私も見習って色々やらないといけませんね」

「――――っ」

「レイーン! レイン、しっかりしろ! 大丈夫だ、モーガン卿の無茶振りよりは健全だから! だから意識を飛ばすな! 私だけにするな!」

 

 何かを諦めたような表情で倒れたレインを、クレアが必死で叩き起こそうとする。が、現実逃避を極めたのか、彼女はピクリとも動かない。一人にするなと嘆くクレアの叫びが、虚しく木霊し続けていた。

 そんな従者二人を見て、ペコリーヌとアイリスは思わず顔を見合わせる。

 

『やばいですね☆』

「言ってる場合ですか!」

「うお、起きた」

 

 




これボスがドMでいいんだろうか……。

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