プリすば!   作:負け狐

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光のドMと闇のドM


その87

 そんなわけで、対ドM対策本部の人員が二名増えた。毒をもって毒を制す、そのトップがドMというのも、ある意味相応しいといえるかもしれない。

 

「それで、どうだったの?」

 

 リオノールがダストに問う。何だかんだこの面子の中で一番街を徘徊するドM――クウカと付き合いの深いのはそこのダストとリーンだ。彼女に問われ、彼はめんどくさそうに頭をガリガリと掻いた。別にリーンが言えばいいだろうと横を見たが、どうやらリーンは言う気がないらしい。ほら、ご指名なんだから言ってあげなさいよと塩対応である。

 

「あー、めんどくせー。……見た限り、正気じゃなかったな」

「あいつに正気とかあるのか?」

「カズマ、今一応真面目な場面だから黙ってなさいよ。いや、言いたいことは分かるけど、すっごくよく分かるけど」

「あはは……。まあ、そうだね。でも、なんて言うんだろう。いつものトリップしてるクウカとはちょっと違うというか。変な方向に振り切れてるというか」

「おいリーン。お前が言うなら最初から言えよ」

 

 ダストの補足をしたリーンを、彼がジト目で睨む。知らんとばかりにその視線をガン無視した彼女は、そういうわけだからと皆に向き直った。

 少なくとも、異常事態である。つまりはそういう結論だ。

 

「そうか」

 

 はぁ、とダクネスが溜息を吐く。出来ればちょっと浮かれてるだけだとかそういうオチで済ませたかった。そんなことを呟きながら、彼女は手を胃の辺りに添えた。こころなしか、嬉しそうに見えた。

 

「おいドM」

「ふぁ!? な、何を言い出すのだいきなり!?」

「いやお前今胃痛に快感覚えただろ」

「そ、そんなことあるわけないだろう。私は領主代行として、そして冒険者仲間として、クウカの異常を対処せねばならんというのに」

「そういえば、王都でも何か途中からスッキリした顔してたわね……」

「ご、誤解だ。私はユースティアナ様が前を向いてくださったことを喜んでいただけでだな!」

 

 とりあえず説得力がないので、カズマとキャルは流すことにした。まあつまりそういうことなのだろう。そんな結論をはじき出した。

 そんな会話を聞いていたリーンが首を傾げる。カズマ達が王都に行っていたのは知っているが、ダクネスや第一王女と一体何の関わりがあったのだろうか、と。

 

「ん? ああ、王都で出会ったんだよ」

「王女様と?」

「そうよ。第一王女ユースティアナ様と、第二王女アイリス様の両方にね」

 

 元々そういう話で王都に向かったのだから当然なのだけれど。そんなことを続けながら、カズマもキャルも肝心な部分を伏せながらこの間の出来事を彼女に語った。その際、カズマはアイリス第二王女と勝負して見事勝ったのだとついでにドヤる。

 

「そういえばこないだ言ってたっけ。あれ嘘っぱちじゃなかったんだ」

「そういうことだ。ふ、自分の才能が怖い」

「……カズマ、あまり調子に乗ると、アイリス様の耳に入った時が怖いぞ」

「何言ってんだ、ほんとのことだろ? まあ、だとしても、冒険者がお姫様と出会うことなんざそうそうないんだから大丈夫だって」

「……だと、いいな」

 

 ちらりとリオノールを見た。どこか楽しそうに笑っている彼女を視界に入れ、ダクネスはまあいいかと諦めの溜息を吐く。胃痛が増すほど興奮するしな。口にも表情にも出さず、調査対象とそう大して変わらない思考を行っていた。

 

 

 

 

 

 

 ターゲットの現状を確認し終えたので、後は対策。となったのはいいが、一体全体どうすればいいのか分からない。とりあえず原因を突き止めるのが必要なのは間違いないが、そこに至るための取っ掛かりすらない状況だ。

 ここのところ変わったことがなかったかと思い返しても、アクセルで変な出来事は日常茶飯事なので思い付かない。

 

「そうだな、強いて言うなら」

「何かあったっけ?」

 

 キャルが首を傾げるのを尻目に、カズマはビシリと指を突き付ける。これが答えだと言わんばかりに、該当者を指す。

 

「ダストがモテている」

「……うん、そうね」

 

 キャルは何かを諦めたような表情で、とりあえずそうとだけ述べた。が、何かに気付いたのか視線をダストからその横に、リオノールに向ける。

 

「どうしたの?」

「カズマの世迷い言はともかく。リールさん、あんたが来た辺りからよね。クウカがおかしくなったの」

「きゃ、キャル!?」

 

 疑いの眼差しをリオノールに向けたキャルを見て、ダクネスが慌てる。違う、それは違うぞ。思わず色々ぶちまけかけて、彼女はその口を強引に塞いだ。

 対するリオノールは一瞬目を見開くと即座に不敵な笑みを浮かべた。あ、これ面倒になるやつだ。モニカとダストがそれを瞬時に覚ったが、ダクネスと同じく上手い説得の方法が見付からずに踏み出せない。

 

「私を疑ってる、ってことでいいのかしらね?」

「言わなきゃ分かんない?」

「大丈夫よ、ただの確認だから。で、と。んー……口で違うって言っても、信じないでしょうから」

「別に違うならそれでいいけど」

「え? 信じるの?」

 

 大分剣呑な空気を醸し出したのにあっさりと引き下がるキャルを見て、リオノールが面食らう。まるでいいようにあしらわれたようで、彼女としてはちょっと悔しく思えるほどだ。

 そんな彼女の心中など知らず、キャルはもう一度ジロリと睨む。違うというなら、信じてもいい。もう一度そう言いながら、彼女はだってと言葉を続けた。

 

「あんたペコリーヌの知り合いでしょ。あいつがあんたを信じてるなら、あたしも信じてあげる」

「……へぇ」

「でも、もしそうじゃなくて。今回のこれが悪意に関わることなら、あんたがペコリーヌを裏切ってるなら――」

「それはないわ。私はあの子と友達だもの。まあ、いたずらしたりからかったりはするけど。でも、向こうから裏切らない限り、私は彼女の敵にはならないわ、絶対に」

「――ぶっこ、え?」

 

 その真剣な表情と言葉に、キャルも思わず動きを止める。ダクネスも目をパチクリとさせていたが、ダストとモニカはそうだろうなと苦笑するのみ。まあそもそも推理が間違っているから当たり前なのだが。そんな野暮なツッコミは黙殺された。

 

「ねえ、カズマ」

「ん?」

「あたし、色々置いてきぼりなんだけど」

「奇遇だな、俺もだ」

 

 リーンの言葉にカズマも同意する。少なくとも彼女よりは事情を知ってはいる立場であるが、彼の知っている部分で今の状況を理解するには面倒な思考が必要になるわけで。

 まあいいや、とカズマは理解を諦めた。とりあえず敵じゃないことだけ分かればいいと息を吐く。

 そんな彼の言葉を聞いていたリオノールは、グリンと二人に首を向けた。正確には、カズマではなくリーンを見た。

 

「で、も。ひょっとしたら、リーンさんにとっては――敵かも、しれないわねぇ」

「お嬢様……」

 

 ほほほほ、と笑うリオノールをモニカが呆れたように見やる。言われた当事者がイマイチ意味を分かっていないのが幸いか。あるいは、致命的な不幸かもしれない。

 ともあれ。ここにいる面子がどうというわけではないのを確認し終えたので、考察は再びふりだしに戻った。

 

「後は……セレナさん、か」

 

 カズマがポツリと呟く。が、ダストもリーンもいや流石にそれは、と手を横に振った。あれだけ酷い目に遭っていた人が犯人はありえないだろ。一部を除いた共通認識であった。

 そんなわけで考察は行き詰まり。再び街で情報収集と相成るのである。

 

 

 

 

 

 

「もうやだぁ……帰りたい……」

 

 アクセルの街をトボトボと歩く一人の女性。その名をセレスディナ。街に来てからそうなっていない日がないくらいお馴染みの姿になりつつあるそれだが、今日は少し毛色が違った。

 時折思い出したかのように顔を上げ、そして視線を彷徨わせる。近くに『何か』がいないことを確認すると、安堵の息を漏らすのだ。

 

「はぁ……このまま、あいつに見付からないように」

「ドSさま」

「ひぃ!」

 

 背後から声。びくりと反応したセレスディナは、恐る恐る後ろを振り向いた。そこには予想通り、少し前から興奮しっぱなしのクウカの姿が見える。

 

「く、来るなぁ!」

「はぅ、ち、力強い拒絶……。これは、お前はもういらないという意味なのでしょうか。クウカが何か至らないことでも……?」

「お前に満足する部分なんぞ欠片もねぇよ!」

「はぅ! そ、それは……『この程度で満足させたと思っていたのかこの雌豚!』と言っているのでは……?」

「言ってない、言ってないから!」

「も、申し訳ありませんドSさま。クウカ、まだまだ力不足でした……。あ、そうですね。失敗したら頭は下げるものではなく、スパッと落とすものでした。く、クウカ、今からこう、スパッと」

「お前の頭をスパッと落とせる武器があったら見てみたいわ!」

 

 ゼーハーと肩で息をしながら、セレスディナはへたりこむ。もうやだ、と小声で呟いている辺り、相当キている。

 一方のクウカ。こう見えてもセレスディナの傀儡の加護のリソース全てを吸い取っている状態で、当然ながら正気ではない。ただ常時発情しているように見えるだけで、実際は魔王軍幹部セレスディナの忠実な傀儡なのだ。魔王軍に属するものといっても過言ではないのだ。

 クウカがゆっくりと踵を返す。そうですか、と小さく呟くと、頬に手を当ててくねくねと悶えた。

 

「つまりクウカ一人だけでは出来ないプレイをご所望なのですね……! そういうことでしたら、クウカはまだ見ぬ境地に至るためにお手伝いをさせていただきますぅ……!」

「違うよ……絶対違うよ……」

 

 項垂れたまま小さく呟く。もはや口調も若干おかしい。お任せくださいとどこかに消えていくクウカの背中を見ることもなく、彼女は乾いた笑いを上げた。

 そうしてひとしきり壊れたように笑っていたセレスディナは、クウカがいないという事実を認識して顔を上げた。ヨロヨロと立ち上がると、念入りに周囲を警戒する。視界にドMは映っていない。人通りも少ない道には、先程の彼女の醜態を見ていたような人物もいないであろう。

 はぁ、と息を吐いた。目に光がほんの少しだけ戻り、何をするか分からないが、とりあえずアレがいないという事実だけで心が軽くなる。

 

「あいつの傀儡化を解ければ一番いいんだけどな……」

 

 とはいえ、これは一時凌ぎだ。始末も出来ない、大した命令も下せない、命令に逆らうことで発生する苦痛は悦ばせることしかない。とんでもない不良債権が勝手に四六時中ついてくるこの状況をどうにかしなくては、彼女に未来はない。

 

「そんなお客様に最適なご商品があるのだが、いかがかな?」

「最適な商品?」

 

 横合いから声。ぐるりと首を動かし、一体どんなのだと取り繕うのも忘れた素のテンションのままでそれを見る。どうやらポーションのようで、普通のものとは少し色合いが違うらしく、何だかやたらとキラキラしていた。

 

「これは?」

「うむ。これは何ともマイナーな状態異常である『傀儡』を解除するポーションでな。もはや使われることもないであろうと生産も禄にされておらん貴重品だが」

 

 そう言って、ポーションを持っている相手はニヤリと笑う。視線をそこに固定しているため、自身の顔を見ていないセレスディナを見て、笑う。

 

「それを使えば、汝の問題は解決するであろう」

「あ、ああ。それが本当なら、ぜひともこれを――」

 

 一筋の光明を見た。そんな表情をしながら、彼女はゆっくりと視線を上げる。そのポーションを用意した商人を視界に入れる。そうして、目を見開き絶句した。

 

「フハハハハ、どうした? ここのところドMに纏わりつかれ精神的に限界なドマイナープリーストよ。出会ってはいけないものでも見たような顔をしておるぞ」

「出会ってはいけないものを見たからだよ! な、何でお前がここに!?」

 

 魔王城から出掛けたきり帰ってこなくなってそこそこ経つ。討伐されたという噂は出ていたが、まさかそんなと確認をするのを怠っていた。ベルディアやハンスと違い、大々的に公表されなかったからだ。

 

「何故とは? 我輩はアクセルの雇われ魔道具店員である。何もおかしなところはあるまい」

「なんでだよ!」

 

 そう言って笑った仮面の魔道具店員にセレスディナは盛大にツッコミを入れる。おかしなところしかない、と叫ぶ。

 何で魔王軍幹部のバニルがアクセルの雇われ魔道具店員をやっているのか。彼女の疑問はここに集約された。

 

「魔王軍幹部バニルは討伐されたぞ。今の我輩の雇い主はウィスタリア家の令嬢アキノ、つまりベルゼルグ王国の大貴族の下についているというわけだ」

「なんでだよ!」

 

 ツッコミを入れた後、ふと思い出す。そういえば、アンデッドと悪魔が街の大貴族の屋敷に居候していたり、魔道具店を経営していたりする、そう紹介されたことを。

 

「お前かよ!」

「はてさて。チンピラへの発言がいちいちブーメランになっている小僧の紹介についてはノーコメントを貫かせていただくとしてだ」

 

 手に持っていたポーションを揺らす。チャプリと音がするそれをセレスディナの眼前に掲げると、商談の続きといこうではないかと笑みを浮かべた。

 

「汝、このポーションをご所望かな?」

「……くれるのか?」

「我輩は魔道具店員であるからな。お客の要望を出来るだけ叶えるのが仕事である」

「なら――」

「が、しかしだ」

 

 ひょい、とそれを彼女から離し、仕舞い込む。先程とは違う、どこか冷酷さを感じるような空気を醸し出しながら、彼はニヤリと口角を上げた。我輩は、店員である前に、悪魔でもある。そう述べて、一枚の紙を取り出した。

 

「な、なんだよ」

「なに、ちょっとした取引だ。我輩はここで働いている身、汝の報告でこの街にいることがバレると少々面倒なことになるのでな」

「黙ってろ、ってことか?」

「我輩の邪魔をしないように、というだけだ」

 

 どうする、とバニルは笑みを浮かべたまま問う。ここでその要求を突っぱね魔王軍に報告すれば、間違いなくここは襲撃の対象になる。その場合、目の前の魔王より強いと噂される仮面の悪魔が出張ってくるのは間違いない。直接攻撃はせずとも、間接的に色々な嫌がらせをする可能性もある。

 何より、まずその場合ドMが処理出来ないので情報を持ち帰ることすら出来ない。

 

「どっちに転んでも報告できないじゃねーか……」

「我輩としては元魔王軍幹部がいることを伏せてもらえればそれで構わんぞ」

「…………分かった」

 

 念の為バニルの用意した紙に書かれている契約書の文面を見る。先程彼が言ったように、この街にいる元魔王軍幹部の情報を漏らさぬよう約束する旨が記されていた。それ以外、つまり勇者の末裔については報告しても問題なし、その結果アクセルが襲撃されても契約違反ではないということになる。

 よし、とセレスディナはその契約書にサインをした。バニルのことを伏せるだけでこの街から脱出できるのならば安いものだ。そう判断したのだ。

 

「ふむ、確かに。これで我輩との契約が結ばれた。悪魔は契約は決して破らぬが、その代わり、契約違反にも厳しい。そこは重々承知だろうがな」

「ああ。……で、いいからポーションをくれよ」

「十万エリスになりまーす」

「金取んのかよ!」

「当たり前であろう、自身が信仰する女神から最近少し距離を取られているダークプリーストよ。あちらは我輩との個人的な契約、こちらは魔道具店との商売だ」

「くそったれが!」

「フハハハハ、先程から丁度いい悪感情をくれるので我輩も気分がいい」

 

 叩きつけるように財布からエリス紙幣を出したセレスディナは、バニルから傀儡化解除ポーションをひったくると即座に反転し去っていった。何かやらかそうとしているクウカを見付け出し、ポーションを使う気なのだろう。

 そんな彼女の背中を見ていたバニルは、改めて契約書を眺めた。そこに書かれていることを破った場合、契約違反に厳しい悪魔は、当然。

 

「さて……。貧乏店主と苦労人研究所員の顔でも見に行くとするか」

 

 ウィズはともかく、ちょむすけには。正確にはあの研究所の面子には少し提案をした方が面白い。丁度いい具合に見通した先を思い出しながら、鼻歌交じりでバニルはアクセルの街を歩く。

 仮面に覆われているが、その表情は収穫が待ち遠しいとご機嫌な、まごうことなき悪魔の顔であった。

 

 




これまで以上にしょうもないボス戦になりそう

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