プリすば!   作:負け狐

88 / 231
ドMレギオン


その88

「ふむ。エルフ娘よ、少しいいか?」

 

 ウィズ魔道具店。そこで備品チェックをしていたバニルは、そう言ってコッコロに声を掛けた。どういたしましたか、と彼のもとに向かうと、少しお使いを頼みたいと述べる。勿論断る理由などなく、お任せくださいと彼女は答えた。

 

「ああ、そうだエルフ娘よ」

「はい?」

「緊急でもないのでな、そこまで急ぐ必要はないぞ。なんなら少し寄り道してもいい。友人の様子など見てきても構わんぞ」

「それは……。ふふっ、分かりました。ありがとうございます、バニルさま。では、買い出しがてら、少しのんびりとさせていただきます」

 

 そう言ってペコリと頭を下げたコッコロは、バニルからメモを受け取り店を出ていく。そんな彼女を見て満足そうに笑みを浮かべたバニルは、さてではこちらも作業を続けるかと視線を棚に戻した。

 それをジト目で見ているのが雇われ店主のウィズである。

 

「えっと……バニルさん、何か足りないものありましたっけ?」

「余裕を持つのは大事だ。もっとも、オーナーのいない貧乏魔道具店のままであったのならばそんな世迷い言など言えなかったであろうがな」

「何で流れるように罵倒するんですか!?」

「無論、汝の商才が死滅を通り越して腐りきっているからだが」

「腐ってないですけどぉ! ちゃんと体保ってますから!」

 

 どこか的外れの反論をするウィズに視線を向けたバニルは、まあそんなことはどうでもいいと彼女の文句を端に追いやった。そうしながら、見えている口元を三日月に歪める。

 

「……コッコロさんに危害を加えるつもりなら、バニルさんでも怒りますよ」

「たわけ。あのエルフ娘に危害を加えても我輩に得が何もない。そもそも、あやつは今回の件では被害者になりようがないからな」

「やっぱり何か巻き込むつもりなんじゃないですかぁ!」

「やかましいぞ商才アンデッド店主。そもそも、汝は勘違いをしている」

 

 持っていたチェック表の記入を終えたバニルは、それをウィズに押し付けながらそんなことを言う。確認しつつ店主のサインを書いていた彼女は、しかしどうにも彼の言葉の意味が分からず首を傾げていた。

 勘違い、とバニルは述べた。だが、一体何をどう勘違いしているのかさっぱりなのだ。

 

「元々エルフ娘はこれから起こる騒動を心配していた。だから、巻き込まれるというのは汝の勘違いだ」

「成程……っていやいや! 騙されませんからね! 騒動に突っ込ませたのは確かじゃないですか!」

「では聞くが。あのエルフ娘の心配事が騒動になっており、それが蚊帳の外であったのならばあやつはどうなる?」

「……うぐぅ」

 

 間違いなくそちらの方が気に病む。それが分かったからこそ、ウィズもぐうの音しか出なかった。そういうわけだ、とバニルは締め、次いで笑みを浮かべながら彼女に向かって指を突き付けた。

 

「さて、それはそれとして。一人では死んでいないと生きていけない店主よ、少し汝にもやってもらうことがあるのだが」

「……なんですか」

「先日紅魔の里へテレポートを頼んだだろう? 今日も頼みたい」

「……ネネカさん達と一体何を打ち合わせてるんですか?」

 

 ジト目でバニルにそう問い掛けたウィズに向かい、心配するなと彼は返す。少なくとも悪事ではないと笑みを浮かべる。

 

「商談である。悪魔のな」

 

 はぁ、と彼女は溜息を吐く。帰りは向こうに頼んでくださいよ。そう続けると、ウィズはバニルをテレポートで目的の場所まで送り届けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 いつものようにプリンをパクついているミヤコがそれに気付いたのは偶然である。横にいるイリヤが怪訝な表情を浮かべていたからだ。

 

「イリヤ? どうかしたの?」

「うむ。……妙な気配が充満しておる」

 

 悪魔の嫌う神気に近い気もするが、それにしては粘ついて淀んでいるような。そんなことを思いながら視線を彷徨わせていたが、どうにもその中心が捉えきれない。まるで、そんなものは元から存在していないかのようである。

 

「ダクネスの言っていた異変の原因はこれか……?」

「何か最近ドタバタしてるやつのことなの? クウカがおかしいとかなんとか」

「確かに、こんなものが街を漂っていては影響を受けるものも少なくはあるまい。……元からおかしい奴ならば特に、な」

「さらっと酷いことぶっちゃけたの」

 

 あむ、と残っていたプリンを平らげたミヤコは、それで一体どうするのかとイリヤに問うた。聞かれた方もそこについてはまだ未定であったのか、少しだけ考え込む仕草を取る。

 

「しかし、何故急に……? 先日まではここまであからさまなものはなかったはずじゃが。何かきっかけでもあったのかのぅ」

「ミヤコはどーでもいいの。まあ問題なら、とりあえずダクネスに報告すれば解決なの」

「お主はお気楽じゃのう。まあよい、確かにそれもそうじゃ」

 

 現状の報告をして、こちらで勝手に動くのは避けたほうがいい。そう結論付けたイリヤは、ミヤコの言う通り踵を返しダスティネス邸へと歩みを進めた。

 ダクネスのいる執務室は、今日は他の面々はいなかったようで、彼女だけが報告書とにらめっこをしている。そんな彼女を見てやれやれと肩を竦めたイリヤは、少し貸せと溜まっている書類を奪い取った。

 

「うぉ、なんだイリヤか」

「来客に気付かんほど根を詰めていてはまともな判断も出来まい。ほれ、少しリラックスするとよいぞ」

「……すまない」

 

 ふう、と息を吐き椅子に体を預けたダクネスは、自身の疲労をそのまま快楽に変えるようににへらと表情を歪めた。イリヤもいつものことなので特に何も言わない。これだから毎度毎度馬車馬のように働かされているのだと内心呆れているだけだ。ちなみに動くのも動かすのもダクネス自身である。ただのワーカーホリックだ。

 

「それで、一体どうした?」

「ああ、そうであったな。先程ミヤコのプリンに付き合って街を歩いていたのじゃが」

 

 イリヤは自身の感じたそれをダクネスに述べる。静かにそれを聞いていたダクネスは、はっきりと分からないという彼女の言葉を聞いてもいや十分だと頷いた。

 悪魔、それも全力を出せないとはいえ公爵級の存在が言うのだから、そこに間違いはあるまい。

 

「ありがとうイリヤ。流石だ」

「ふふん、そうであろう? ほれ、もっと褒めるがよい」

 

 イリヤの好む悪感情、賛美と称賛を交えつつ、ダクネスはしかしそうなるとと表情を引き締める。今回の騒動はかなり厄介なものが関わっているのではないか、と。

 そのタイミングでにわかに部屋の外が騒がしくなる。一体どうしたと視線をそこに向けるのと同時、勢いよく扉を開けてドM対策メンバーが流れ込んできた。

 

「ダクネス! 大変よ!」

 

 リーンがまず口火を切る。一体何が大変なのかと聞き返すと、今度はキャルが頭痛を堪えるように頭を押さえながら口を開いた。

 街がドMに汚染された、と。

 

「……すまない。私の聞き間違いかもしれないので、もう一度言ってもらえるか?」

「だから! 街がドMに汚染されたんだってば!」

「ちょっと何言ってるか分からない」

 

 本音である。言葉の意味は分かるが、理解が出来ない。隣のイリヤを見るが、思い当たる節はありつつ納得が出来ないとでも言うような表情で悩んでいた。

 

「貴公の気持ちはよく分かる。正直私も深く考えたら負けなやつだと思っているのだが」

 

 はぁ、とモニカが溜息混じりでそう述べる。残っている面々、カズマとダストでは恐らく正確な答えは返ってこず、リオノールは面白おかしく脚色しそうなので必然的に彼女に頼るしかなくなるわけで。

 

「ダクネスに馬鹿にされると無性に腹立つな」

「だな。まあ俺としちゃあんなもんの報告したかねぇから別にいいけどよ」

「それな」

「凄かったわねー、あれ」

 

 野次馬の言葉がモニカの説明の前に入る。やっぱり聞くのやめようかな、とダクネスはほんの少しだけ思った。が、貴族として、領主代行として、問題から背を向けるわけにはいかない。

 

「……一応言っておくが、ふざけているわけではないぞ」

「勿論だ。それでモニカ殿、街の状況は」

「ああ。……何と言ったらいいのか。例の問題児――クウカと似たような言動をする者が街に溢れている」

「……んん?」

 

 ちょっと耳がおかしくなったのかな。思わずそんなことを考えたダクネスであったが、いやホントなんだってばと詰め寄るリーンとキャルの姿を見て現実逃避をやめた。どうやら本当に、溢れているらしい。ドMが。

 

「えっと、つまり、何だ。アクセルがドMの街になったと、そういうことか?」

「そういうことになるな」

 

 神妙に頷くモニカを見て、ダクネスは頭を抱えた。何なのだこれは、どうすればいいのだ。そんなことを思いながら、隣のイリヤを見る。紅茶を嗜んでいた。ノータッチで行くらしい。

 

「正直プリン狂いの方がずっとマシだったな」

「かもしんねーな」

 

 街の惨状を思い出しながらカズマとダストが遠い目をする。そうしながら、カズマはふと思い出したように視線を戻した。ダストが何だどうしたと眉を顰める中、彼はマズイと目を見開く。

 

「原因が何だか分からないってことは」

「っ!? ペコリーヌとコロ助!」

 

 気付いたのだろう、キャルも弾かれたようにカズマを見ると、こうしちゃいられないと部屋を飛び出す。おい待て、という彼の制止も振り切り、あっという間に見えなくなった。

 ああもう、とカズマは頭を掻く。ダクネスに視線を戻すと、俺もあいつを追いかけると彼女に述べるために口を開き。

 

「……アイリス様が」

 

 青ざめた顔をしたダクネスを見た。は、と思わず間抜けな声を出したカズマに向かい、彼女は思い切り詰め寄るとその肩を掴む。

 

「カズマ! 急いでユース――ペコリーヌさんを捜してくれ! 恐らくそこにアイ――イリス様もいるはずだ!」

「は? え? ちょっと待て。いるの? あいつ」

「ああ。数日前から聖テレサ女学院に留学するため事前準備としてアキノの屋敷に滞在している。だが、準備といってもそこまで忙しくはないだろうから」

「……間違いなく、ペコリーヌんとこ行ってるな」

 

 そして、現在の街はドMウィルス(仮)が蔓延している。感染するのかどうかは不明だが、もしそうだった場合。

 

「……まあ大貴族の一つがドMだし、別にいいんじゃね?」

「私が良くても王妃様が許さんのだ!」

 

 王妃はあのクリスティーナと真正面から言い合える相手だ。そう続けられると、カズマとしてはやべーやつだという認識しか出てこない。加えるとペコリーヌとアイリスの母親である。ヤバさ二乗だ。やばいですねとか言ってられる余裕もない。

 

「ああ、しかし私一人が責められるのならばそれはそれで」

「よし、行ってくる! お前らはその間に対策頼んだ」

 

 しゅた、と軽く手を上げると同時にカズマはキャルと同じように猛スピードで屋敷を出ていった。元々その予定だったのは間違いないが、その動きがどうにも逃走を企てたようにしか見えないのは、彼の持つ気質のせいか。

 

「よし。じゃあカズマ君の言ってたように対策考えましょう」

「動じねーな……いや分かってたけど」

「お嬢様にとってはいつものことだからな」

「何か凄いわね、リールさん」

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はっ……、は、はぁ……」

 

 切れている息を気にすることもなく、セレスディナは足を動かす。止まったら、終わりだ。見付かったらお終いだ。そんな焦燥感が彼女をひたすらに突き動かしていた。

 腰のポーチには耐衝撃を備えた入れ物に包んだポーションが入っている。十万エリスで購入したのだから無駄には出来ない。そんな理由などではなく、これが自分の中で繋ぎ止めている唯一のものだからだ。これが割れた時、恐らく彼女も割れる。

 とはいえ、それが希望足り得るかと言えば答えは否。手にしたその時は確かに希望であった小瓶は、最早頼りない蜘蛛の糸のような細さでしかない。

 

「なんでっ……なんで」

 

 ゆらゆらと焦点の定まらない瞳を動かしながら、セレスディナは現実を認めたくないと頭を抱えた。自身の傀儡の加護、それは意図しない状況で全ての容量を持っていかれたはずだった。

 その容量を全て使って、一人のドMが狂気に飲まれたはずだったのだ。

 

「……じゅるり」

「……ぐふふ」

「……イイ」

 

 彼女の身を隠している建物と建物の隙間から見える街の住人が、クウカと同じような言葉を呟きながら、どこか恍惚とした表情で闊歩しているのが見える。一見すると何だか分からない状態だが、アクセルの街で、変人窟に触れたことのある者ならばすぐに理解出来る。

 そう、あれはドMだ。街を歩く人々が、ドMへと変貌し始めているのだ。

 

「何でだよ……あいつが増やしてるのか!?」

 

 傀儡の加護を使っているのならば、あれはクウカの傀儡なのか。そんなことを考えはしたが、そんなはずはないと振って散らす。レジーナ教徒でもないドMが、女神の加護を掌握することなどありえない。

 というかもしそうだった場合レジーナ教徒の傀儡という名前のドMが大量生産されることになる。本当にそれは勘弁して欲しい、と非常に嫌そうな顔をしている復讐と傀儡の女神の姿を幻視しつつ、セレスディナは違う答えを必死で探した。カチカチと噛み合わない歯を鳴らしながら、必死で、別の、なんとか出来る前向きな考えを。

 

「ドSさまぁ……」

「ひぃぃぃ」

 

 クウカの声ではない。だが、確かに聞こえた。自身の呼称として、あのドMしか使っていないそれが耳に届いた、

 彼女が思いついたもう一つの答え。それを補強するようなその声は、しかし全く嬉しくない。むしろ、絶望が広がるばかりだ。

 

「……あいつら、全部あのドMってことか……?」

 

 ゆっくりとドMの闊歩する場所から離れる。慎重に行動する必要がある。自身の仮説が正しかった場合、少なくとも彼女は誰一人として見つかる訳にはいかないからだ。

 感染しているのではない。増殖しているのだ。あくまでセレスディナの傀儡はクウカ一人。容量を全て強制的に使って奴隷になっている彼女だけだ。

 いうなればスペア。クウカのドM傀儡に何らかの異常が発生した場合、誰かのドMを吸収し復帰する。そういうシステムを構築したのだ。その副産物として、思考がクウカのようになっただけなのだ。

 それは同時に、セレスディナの持っているポーションが現状ほぼ無意味になったことを意味する。何らかの方法で散らばったクウカのドMの欠片を再び一つに集めない限り、このポーションでは解呪出来ない。

 

「どうしろってんだよ……」

 

 行き止まりになっている場所の隅でうずくまりながら、セレスディナは天を仰ぐ。憎たらしいほどに空は青く、人々もきっとこんな日には家に閉じこもらず外へ散歩にでも出掛けたくなるであろう。

 そしてみんなドMになるのだ。

 

「レジーナ様……どうかこの、哀れなあたしをお助けください……」

 

 必死で祈る。こんな訳のわからない場所で、意味の分からない状況で終わってしまうようなことがないように、彼女は信じる女神に祈りを捧げる。

 女神レジーナが、そっと目を逸らしボッチを拗らせている別の信者の方を気にしだしたことなど、知る由もなく。

 

 




クウカ(群体)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。