プリすば!   作:負け狐

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注:原作キャラが特殊性癖になる描写があります。覚悟してもらうか諦めてください。


その89

「……んー?」

 

 空気の違いを感じ取ったのは偶然ではない。というより、気付かない方がおかしい。ペコリーヌはギルド酒場のアルバイトを行いながら眉を顰めた。

 違う。昨日までとは間違いなく。そんなことを思いはするものの、では具体的に何が違うかといえば。

 

「……お客さんたち、どうしちゃったんでしょうか」

 

 おかしい。具体的に何がおかしいかといえば、これははっきりと断言できる。

 頭だ。

 

「お姉様!」

「うひゃ!?」

 

 背後から声を掛けられたことで思わず変な声が出る。振り向くとこの間からのお約束であるかのようにアイリスがそこに立っていた。傍らには疲れた様子のクレアとレインの姿も見える。思った以上にアイリスがポンポン出歩くので、心配性のクレアが時間を作っては王都からアクセルに飛んできているのだ。レインはとばっちりである。

 

「びっくりしたじゃないですか、も~」

「だって、お姉様さっきから呼んでも返事をしてくれないのだもの」

「……えへ」

 

 えへってなんだよ。そんなツッコミを入れてくれる相手は生憎存在していない。まあそれは置いておくとして、と彼女はアイリスに向き直った。

 

「今日、何だか街の様子おかしくないですか?」

「あ、やはりお姉様もわかっていたのですね」

 

 ううむと難しい顔をしながら、アイリスは酒場を見渡す。一見すると普段通りに思えるその空間に漂う空気に、彼女は、否、彼女達は覚えがあった。

 

「……ララティーナに近いものを、感じます」

「そうですよね~……」

 

 何がとは言わない。言ったら色々と駄目な気がした。深く考えたら負けな気がした。

 こほんと咳払いを一つ。二人の見解が一致しているということは、間違いなく気のせいではない。何かが起こっているのだ。街の住人が突如ドMに目覚めるような、何かが。

 

「まさか、魔王軍の……?」

 

 アイリスの表情が強張る。もしこれが魔王軍の襲撃だとしたら、この街の内部に入り込まれているということだ。王族として、そんな状況を捨て置けるはずもなし。

 そんな真剣な表情をしている彼女とは裏腹に、ペコリーヌは何ともいえない表情であった。その可能性がないとは言わない。言わないが、この街はそれ以前にどうしようもない事件を起こす原因が多すぎる。

 

「とりあえず、もう少し調査をした方が――」

「アイリス様ぁ!」

 

 がばりとクレアがアイリスに抱きついた。何事だと目を見開くと、彼女が何とも悲痛そうな顔を浮かべている。どうやら突然の行動だったようで、レインも驚きで目を見開いていた。

 

「く、クレア!? 何を――いえ、それよりも、私はイリスです、間違えないでください」

「申し訳ございませんイリス様。取り乱した挙げ句、そのような間違いまで」

 

 そっと体を離すと、クレアはその場で跪いた。そうしながら、大きく息を吐くと真っ直ぐに目の前の主を見やる。

 

「従者として、あるまじきことです。どうか……この私に罰を!」

「く、クレア……?」

「イリス様! 私を、罰してください! 踏み付けて、叩いて、罵倒してください!」

「クレア!?」

 

 その顔は間違いなく興奮していた。主からの嗜虐を望んでいた。そう、まるで。

 

「ど、どうしたのですかクレア!? そんな酷い、ララティーナみたいなことを言い出して!」

「その言い方もどうなんですか……?」

 

 出来るだけ傍観者に徹しようと思っていたレインが思わずツッコミを入れる。聞こえていたペコリーヌはあははと苦笑していた。

 そうしながら、彼女はレインへと近付く。一体全体何がどうなった、そう尋ねると、レインも非常に難しい顔をした。

 

「申し訳ありません。私もよくは分からなくて……。クレア様はいつものようにイリス様に近付こうとした酒場のお客を威嚇していたのですが、急に」

「急に……?」

「はい。なんというのでしょうか、まるで何かに感染したかのような」

「感染、ですか……」

 

 レインの言葉に考え込む。そんな事態を起こすものが一体どれほどいるかと言われると、アクセルでは割と、と答えられる。が、それでも少しは絞れるはずだ。

 

「ん~。でもアキノちゃんの方だとすると真っ先にイリス達が被害に遭うわけですし」

「さらりと物凄く物騒なこと言われませんでしたか!?」

「となるとやっぱりネネカ所長の方でしょうか……。あれ、でも今研究所の人たちは紅魔の里に行ってるって話だから」

「ユースティアナ様!? この街おかしいのでは!?」

「とりあえずダスティネス邸に行ってみましょうか」

 

 死にそうな顔をしているレインを余所に、ペコリーヌはとりあえず事態の把握をするための算段を立てていく。こういう時いつもの面子がいるともう少し楽なのだけれども、と考え、思った以上に自分がパーティーメンバーを頼りにしているかを自覚し頬を掻いた。

 

「あぁ……やはり私の話など聞いてくれないのですね……ふ、ふふ、ふひ」

「……? れ、レイン?」

 

 よし、と考えをまとめた辺りで隣の様子がおかしい事に気付いた。視線を向けると、泣きそうな顔で、しかし頬に手を当てて何やら呟いている。

 その顔は、どこか嬉しそうであった。

 

「木っ端貴族だからと邪険に扱われ、地味だの空気と言われ放置され……はぁん! そう、これは……これは! ご褒美! じゅるり」

「うひぃ!」

 

 思わず飛び退る。知り合いが突如ドMに目覚めたのだ。普通はドン引きである。ナチュラルボーンドMの知り合いが二人いるとはいえ、急激な変化を受け入れられるかといえば答えは否だ。

 が、それはそれとして。先程の会話を思い出す。ドMに変貌する直前のレインが言っていたのだ。まるで、何かに感染したかのような、と。

 

「っ!? アイリス!」

「お姉様!」

 

 クレアを振り払ったアイリスがペコリーヌに駆け寄る。振り払われたクレアが嬉しそうに声を上げていたが、とりあえず聞かなかったし見なかったことにした。

 

「このままここにいては危険です! 逃げましょう!」

「は、はい。どこに向かいますか?」

「……アメス教会に! あそこなら」

 

 きっと、誰かいてくれる。そんな一縷の望みを抱きながら、ペコリーヌは妹の手を引いて酒場から飛び出した。街の住人も同じような状態になっているのをそこで確認し、無事な者が視界にいないことで眉尻を下げる。

 ならばせめて、妹だけは。そんな決意を持って、彼女はアイリスの手を強く握った。

 

「あっ……お姉様……痛い……痛くて、イイ、です……」

 

 そのせいだろうか。アイリスの小さく零したそんな言葉はペコリーヌの耳に届かず、どこか上気した表情もまた、気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

「コロ助!」

「キャルさま!」

 

 街で備品の買い出しに向かったコッコロが見たのは、アクセルがドMに汚染されている姿であった。思わず荷物を取り落し、しかし即座に我に返るとそれを拾い駆け出す。見渡す限り、街を走り回っても、正気であるものは殆どいない。数少ないその人物も、ドMに中てられたのか次第に加虐嗜好へと変貌していった。

 それでもコッコロは走る。走って、走って、誰か無事な人を。知り合いを、仲間を、友人を。大切な、大切なあの人達を見付けなくては。それだけを考えて、走る。

 そうしてアメス教会へと至る道の途中、彼女は出会った。こちらを心配して駆け寄る、猫耳少女に。息を切らせて、ゼーハー言いながらコッコロの無事を喜ぶ彼女に。

 

「よかった……あんた、無事ね?」

「は、はい。わたくしは大丈夫でございます。しかし」

「ああ、大丈夫。カズマは平気よ」

 

 キャルの言葉にコッコロは胸を撫で下ろす。が、しかしすぐに気付くと顔を上げた。カズマは、と彼女は言った。それはつまり。

 

「ペコリーヌ、さまは……」

「……分かんない。酒場に行ったら、ドMになったアイリス王女んとこの従者二人がいただけだったわ」

 

 酒場にその二人がいたということは、そこにペコリーヌと、そしてアイリスがいたのだろう。そしていなかったということは、そこから避難したか、あるいは。

 

「ペコリーヌさまは、きっと、大丈夫です」

「コロ助……」

 

 そんなキャルの心中を察したのだろう。コッコロは彼女を真っ直ぐに見てそう述べた。自分はそう信じていると、言ってのけた。

 そうね、とキャルも少しだけ表情を戻すと言葉を返す。あの腹ペコ王女がそう簡単にドMに感染するはずがない。そう頷きながら、とりあえず教会に向かおうと歩みを進めた。これが精神を侵す呪いの類ならば、アメス教会ならば多少の防壁になるはずだからだ。

 

「多分ペコリーヌも同じことを考えてるはずよ。だから、行けばきっと」

「はい」

「ま、まあ、あたしはそこまで心配してないけどね。なんたってあいつには《王家の装備》なんていう神器が――」

 

 言葉が途中で止まった。そして、目を見開くと服を探る。ない、教会に置きっぱなしだ。そんなことを言いながら、キャルは突如全力疾走をし始めた。

 

「ど、どうされたのですかキャルさま!?」

「あいつ今ティアラ付けてないんだった!」

「――あ。と、いうことは」

「ヤバいわよ!」

 

 コッコロが支援を掛ける。速度を上げ、二人は猛烈な勢いでアメス教会へと駆け抜けた。

 そうして見えた教会の建物の近く。そこに、人影が二つ。

 

「あ、キャルちゃん! コッコロちゃん!」

「ペコリーヌ!」

「ペコリーヌさま!」

 

 おーい、と手を振るペコリーヌを見て安堵の表情を浮かべた二人は、急いでそこへと駆け寄った。そうしながら、そっちは大丈夫なのかと彼女に問う。ついでに、静かに佇んでいる彼女の妹へも視線を向けた。

 

「アイ、こほん、イリスさまはどうなさったのですか?」

「そうね、何だか様子がおかしいけど」

「……流石にショックが大きかったみたいです」

 

 自分の傍らにいてくれたクレアとレインがあんなことになってしまい、そして街も喘ぎ声が飛び交う地獄絵図。いくら強者として育てられた王族とはいえ、彼女はまだ年端も行かない少女だ。気持ちを立て直すには、少し、幼い。

 

「そうでしたか……」

「……どうしよう、ツッコミ入れたいけどそんな場面じゃない」

 

 アイリスを見ながら眉尻を下げているコッコロは彼女より年下である。アクセルで暮らしていると感覚が麻痺してしまうが、普通に考えてコッコロがこういう状況で宥める側に回るのは明らかにおかしい。

 が、そこまで空気を読めない発言をするのもなんなので、キャルは聞こえないように呟くのが精一杯であった。

 

「……いえ、大丈夫です。ご心配おかけしました」

「大丈夫ですか?」

「はい。申し訳ありませんお姉様」

 

 アイリスの言葉にペコリーヌはゆっくりと首を横に振る。小さく笑みを浮かべると、むしろ少し安心したと彼女に述べた。ちゃんと、自分が姉をやれる余地が残っているのにホッとしたと、微笑んだ。

 

「さ、お姉様に存分に甘えていいんですよ」

「……お姉様」

 

 ぶわ、と思わず涙が出る。もう何のしがらみもなく、大切で大好きな姉がそんなことを言ってくれる。それがアイリスには凄く嬉しくて、そして同時に自身の未熟さが情けなくて。

 

「お姉様……! 私は、私は駄目な子です……!」

「よしよし。大丈夫ですよ、わたしは、そんな駄目なアイリスも大好きですから」

「ありがとうございますお姉様……。でも私、こんなに駄目で……ですから……」

「ふふっ……いいんです。たまにはこうやってお姉さん風を吹かせさせてくれたってバチは当たりま――」

「ですから、お姉様……私を、私を」

「……アイリス?」

「私を、お仕置きしてください!」

 

 凄く、興奮する。上気した頬を隠すことなく、どこか恍惚な表情でペコリーヌを見上げると、アイリスはさあどうぞとばかりに目をつむり腕を広げた。ばっちこい状態である。何をばっちこいなのかは第二王女の名誉のため黙しておくが。

 

「さあ、お姉様! 私にお仕置きを!」

「アイリス!?」

「痛くても大丈夫です! お姉様からのお仕置きならば、私は受け入れます! いえ、むしろ……嬉しい、です……。じゅるり」

「アイリィィィィス!」

 

 ペコリーヌが絶叫した。こんな状況でもなければ非常に珍しい彼女のリアクションと表情なのだが、そんな呑気なことを言ってられるはずもなし。ドMと化してしまった妹を前に、ペコリーヌがふらりとよろめく。

 

「ペコリーヌ!」

「……キャルちゃん。わたし、わたし、どうしたらいいんでしょう……」

「しっかりしなさい! 感染する呪いかなんかなら、原因を突き止めて潰せば治るわよきっと」

「そ、そうでございますペコリーヌさま! わたくしたちで解決して、皆様を元に戻すのです」

「コッコロちゃん……」

 

 縋るような瞳に光が戻っていく。そうですね、と小さく呟くと、興奮した状態でこちらからの責めを待っているアイリスをゆっくりと抱きしめた。

 ごめんなさい、すぐに元に戻してあげますから。そう言って彼女から離れると、ペコリーヌは改めて教会へ。

 

「はっ! これは、お姉様からの放置プレイですか! それはそれで……イイ!」

「……キャルちゃ~ん……」

「泣きそうな顔すんな!」

 

 てい、と軽く叩いたキャルは、ほら運ぶわよとずんずん歩く。コッコロもそれに続き、アイリスを連れたペコリーヌがその後に続く。

 そのはずであったが、何故かペコリーヌが動きを止めた。どうしたのよ、と振り返ったキャルは、彼女がゆっくりとこちらに来たのでまったくと息を吐く。ぼーっとすんな、そんなことを言いながら再度視線を前に向けたその時。

 

「キャルちゃん。わたし、わたし」

「うひゃぁ! な、何!? 何でいきなり抱きついてんのよあんた!」

「わたし、もう、限界です」

「へ? げ、限界? 何が? あ。お腹? 教会の中でとりあえず」

「違います。お腹ペコペコより、もっと、限界なんです」

「ペコリーヌさま……?」

 

 キャルの背中に抱きついているペコリーヌのその様子に、コッコロも訝しげな表情を見せる。何より、今彼女はとんでもないことを言い出したのだ。これは間違いなく異常事態、そう確信できる一言をのたまったのだ。

 キャルの首筋に吐息が掛かる。抱きついたままのペコリーヌのそれが、彼女のそこをくすぐった。

 

「ひゃぁん! ちょっとペコリーヌ! あんた何変なとこに、息を……」

「キャルちゃん。お願いします。もう一回、やってください」

「……な、何を?」

「もう一度、わたしを――」

 

 ふー、ふー、と息が掛かる。先程とは違う意味合いで、キャルの体が硬直する。背後から抱きついているこいつは、今、間違いなく興奮している。そして、そんな状態になる理由を今ここで即座に思いつくとしたら、それは。

 

「ぺ、ペコリーヌ、あんた……」

「わたしをぶってください! さっきのよりも、もっと、もっと強く!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」

「ペコリーヌさまぁ!」

 

 ドMに感染したのだ。間違いないその答えを得た二人は、そのどうしようもない状況を認識すると叫んだ。詰んだ。少なくともキャルは若干そう思った。

 

「だから一人で飛び出すなって言っただろうが!」

「あいたぁ!」

 

 そんな彼女の背後から更に声。そしてペコリーヌのどこか抜けたような悲鳴と同時に背中に抱きついていた彼女の感触が消えた。おっとと、とたたらを踏んだキャルが振り向くと、そこにいたのは先程までいなかった人物で。

 

「はぁ、まあお前がティアラ教会に置いてったおかげでなんとかなったが」

 

 ガリガリと面倒そうに頭を掻くその少年には、見覚えがあり過ぎるほどで、というか先程までキャルは一緒に行動していた相手で。

 

「うぅん。はっ! わ、わたしは……何だか今凄いことを口走っていたような」

「よしペコリーヌは治った。アイリスは……」

「うぅ……お義兄様に縛られるのも、それはそれで……」

「手遅れだな」

 

 正気を失っているからだろう。バインドで転がされたアイリスが悶えている。そんな彼女を見て溜息を吐いた彼は、無理矢理装着させたおかげでちょっとずれていたペコリーヌのティアラの位置を調節しながら目を細めた。さっさと来いよとジト目で睨んだ。

 

「カズマ!」

「カズマくん!」

「主さま!」

「だからさっさと教会入れっつってんだろうが!」

 

 




Q:何でアイリスドMったん?

A:聖剣持ってないから。フル装備なら今回のボス戦メンバーになってた(はず)。

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