「さて、どうしたもんか」
「そうねぇ……」
「あの、ペコリーヌさまの言っていたお方を見付けるのでは、駄目なのでしょうか?」
「……」
「……」
「何故、目を逸らすのですか……?」
疲れているコッコロに朝食を作らせるのも、というわけで朝っぱらからギルド酒場でモーニングを食べていた一行であったが、今日の方針を決めるのは難航していた。確かに一番の手掛かりは昨日のそれであろうが、あくまで情報があるだけだ。カズマもキャルも同意見で、ぶっちゃけると関わりたくない。
よいしょ、とどでかい皿に山盛りの料理を盛り付けたペコリーヌが席に着く。いただきます、と手を合わせると、三人と同じように朝食に取り掛かった。そうしながら、結局どうするんですかと問い掛ける。
「だからそれを今悩んでたんだよ」
「目的はあっても、目標がないのよね」
サンドイッチを口にしながら二人はそう述べる。そんな二人を見つつ、ミルクをコクリと飲み込んだコッコロは、もう一度だけ尋ねた。昨日言っていた件の人物は、駄目なのだろうか、と。
「カズマ」
「俺に振るのかよ!? ……いや、なんだ? 見た目は、確かに可愛かったぞ。うん」
「成程」
カズマの言葉にうんうんとコッコロは頷く。が、そこで会話が止まり何も言わなくなったことで彼女は首を傾げた。それで終わりならば、別に何の問題もないのではないか。そういうわけである。
山盛りを半分にしながら、ペコリーヌはそんな会話を聞いて少しだけ考え込む。件の人物は、相談者も対象者も確かに変人ではあるだろう。が、それはそれとして多分悪い人ではない。スキルの伝授云々もその辺の、特に、事情はあるにしろ素行不良を絵に書いたような立ち回りで胸ばかり見て口説いてくるどこぞの誰かよりはスムーズに行く気がしないでもないのだ。
「どうしたものですかね~。……おや?」
ばくりと骨付き肉にかぶりついた彼女は、そこで掲示板を見ながら目を赤く光らせている少女の姿を視界に入れた。暫し挙動不審にキョロキョロした少女は、やがて溜息を吐いてそこから立ち去ろうとする。
ナイスタイミング。そんなことを思いながら、ペコリーヌはその少女に声を掛けた。
「おーい、こっちですよー!」
「……。……? ……っ!?」
ペコリーヌの声に、少女は最初自分ではないと判断したのか歩みを止めず、次いで周りに人がいないことを確認し、そして自身を指差しながら猛烈な勢いで振り返ると引くくらい目を赤く光らせた。その状態のまま、ゆっくりとこちらに歩みを進め、そして、ふと冷静になったのか目の光が失われたと同時に顔を俯かせる。
「あ、あの……。どうか、しましたか?」
「朝ご飯まだですか? よければ一緒に食べません?」
「っっっっ!?」
声にならない叫びを上げながら少女がのけぞる。謎の大ダメージを受けていた少女であったが、ギリギリ持ち直すと座っている四人を順繰りに眺めて確認を取るように二度見した。まんまと来てしまったが、こいつほんとに来やがったお前なんかと食べるわけねーだろみたいな展開を予想、というか確信したのだ。
「わたくしは構いません。主さまは、いかがでしょう?」
「コッコロがいいなら俺は文句はない」
「あんた本当にちょっとコロ助離れしなさいよ……」
即答したカズマを見ながら呆れたような視線を向けていたキャルは、まあ他のみんながいいならいいでしょと投げやり混じりで言い放つ。その反応にビクンと震えた少女は、やっぱり自分なんかがここに混ざるのはおこがましかったと全力で頭を下げて踵を返し急いで退散を。
「ちょ、ちょっと待った! あたしが悪者みたいだからやめて! いいわよ! 別に大丈夫! ほ、ほら、ご飯はみんなで食べた方が楽しいから。ね! ね!?」
そんなわけで五人となった朝食のテーブルでは、何故か少女が一行の料理を見ながら自身の財布の中身を数えていた。
「何やってんのよ……?」
「え? そ、その、みなさんの食事代、足りるかなって……」
「自分で払うわ! こっちから呼んどいて奢らせるとかあたしらは鬼畜か!」
「で、で、でも! 私なんかと食事をしてくれるなんて、そんなサービスをタダでなんて」
「どういう思考回路してんのよ! あーもう! 朝っぱらからツッコミさせるなぁ!」
「ご、ごめんなさい! 財布の中にはまだ幾ばくかのお金があるので、これで……」
「ちっがうって言ってんでしょうが!」
ぜーはーと肩で息をしながら、キャルが視線を少女からペコリーヌに向ける。あはは、と苦笑していた彼女は、キャルの視線を受けそっと目を逸らした。
「あの、まだお名前を伺っていませんでした。わたくしはコッコロと申します。こちらは主さまの、カズマさまです」
「キャルよ」
「わたしは改めて、お腹ペコペコのペコリーヌです」
そんな空気を察したのかコッコロが話を進めようとそんなことを述べる。これ幸いと二人も会話に乗っかり、それを聞いた少女も目をパチクリとさせたが次第に理解したのかコクコクと頷いて。
そして。
「わ、我が名はゆんゆん! アークウィザードにして、やがては紅魔族の長となるもの……!」
顔を真っ赤にしながら、何故かバサリとマントを翻して謎の名乗りを上げた。おおー、と手を叩いているペコリーヌと成程と頷いているコッコロに対し、キャルとカズマはノーリアクションである。
「なあ、キャル」
「何よ」
「あの娘、なんか痛い子なの?」
「……紅魔族はね、生まれつき高い魔力と知力をもった種族よ。大抵はアークウィザードになれる素質を持ってて、名前の由来でもあるあの赤い目で、オーバーリアクションというかカッコつけというかそういうのが好きで――」
立ち上がってわざわざ言った後、座って恥ずかしそうに縮こまっている少女を見る。ゆんゆん、と名乗った彼女を見る。
「なんか変な名前を持ってるわ」
「あれ本名かよ……」
明らかにファンタジーに似つかわしくないそれは、てっきりあだ名か何かだと思っていたが。そんなことを考えつつ、カズマはもう一度ゆんゆんを見る。恥ずかしいのならやらなきゃいいのに、と頬杖をつきながら一人どうでもいい感想を持った。
「そういや、昨日聞いた名前だな、ゆんゆん」
「ああ、そういや言ってたわね。あっちのアーチャーのインパクトですっかり忘れてたわ」
黒髪をリボンで結んだ紅魔族の女の子。色々知らない単語だったので完全スルーを決め込んでいたおかげで、カズマ的にはなかったことにされていた。自己紹介でようやく記憶の片隅から引っ張り出したレベルである。
「んで、ペコリーヌ」
「どうしました? カズマくん」
「まあ一緒に食べようも理由なんだろうけど、別の理由もあるんだろ?」
「おお、流石はカズマくん、理解してくれてますね。やばいですね☆」
はいはい、と流しながら、彼は彼女にその理由を問い掛ける。当然だがペコリーヌのリアクションでたゆんたゆんしているそこは見逃さない。ジト目で見ているキャルはスルーだ。
それはともあれ。ペコリーヌは話は他でもないと頷いた。まあ予想はしていたとカズマも心中で思いながら、彼女の言葉を聞いていた。
「ゆんゆんちゃんとアオイちゃんを引き合わせちゃいましょう」
「だと思ったわよ。……はぁ、面倒くさい」
「そうですよね? 面倒ですよね? やっぱりそうですよね……」
「ゆんゆん、そこの猫耳娘はただのツンデレだから、一々言動を気にしないほうがいいぞ」
「うっさいわ! じゃあそういうあんたはどうなのよ? やるの?」
「今後のご健闘をお祈り申し上げます」
「え? あ、はい?」
そう言って頭を下げたカズマを見て、ゆんゆんは意味が分からず目をパチクリとさせる。残りの三人も意味はよく分からなかったが、とりあえず乗らないということだけは何となく理解した。理解して、各々それぞれの反応を見せた。
だと思った、と予想していたキャルは溜息を吐いたがその程度だ。ペコリーヌは、まあそれならしょうがないですねと苦笑している。
「あの、主さま」
「ん?」
「わたくしの我儘になるのですが、こちらのゆんゆんさまのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「……へ?」
「わたくしの住んでいた村では、あまり同世代がおりませんでした。なので、その、喧嘩などをしてしまうと、次の日がとても寂しい思いをしてしまって」
う、とカズマが唸る。元々別にコッコロがやりたいのを止める理由はないのだが、そこまで言われてしまうと彼の中にほんの僅か残っていた抜け落ちた眉毛程度の良心が猛烈な痛みを訴えてくるわけで。
「そうですね。お友達とは仲良くするのが一番です。わたしもコッコロちゃんと一緒に応援しますよ。今日はバイトもないですし」
「ペコリーヌさま……」
そういうわけで、任せとけ。そんなことを言いながらゆんゆんに笑顔を見せた二人を見て、彼女は感極まったのかポロポロと涙を流し始めた。久しぶりに、人の優しさに触れた、というか人と五分以上会話した。そんな中々にヘビーなことをさらりと口にする。
「最近は人の言葉が通じるなら植物でもいいかなって、マンドラゴラを」
「待って待って! あんたあの挙動不審なアーチャーと友達になれるくらいなんだし、他にも知り合いいるんでしょ!? 何でそんな悲惨なことになってんのよ!」
「え? とも、だち……!?」
「何で戦慄するの? え? これあたしが悪いの?」
急速に死んでいく目を見開いたゆんゆんを見ながら、キャルが目に見えてうろたえだす。どうなのだろうかと首を傾げるペコリーヌとコッコロに対し、カズマは何となく事情を察してキャルから視線を逸らした。ただの野次馬ですよアピールに余念がない。
「い、いえ、いいんです。私が悪いんです……。友達らしい友達がいない、私が。で、でも! しょうがないじゃないですか! めぐみんはお師匠様と何か分身する人の研究所で訳の分からないことやってて。行ったら実験体にされそうで怖いから、街でばったり会えないかなってフラフラしててもさっぱりで……」
「ちょっと何言ってんのか分かんない……」
「そんな時、昔文通した女の子がここにいるって聞いて……捜して、でも声が掛けられないからまた文通をしようって決心したけどいきなり住んでいる場所も教えてない昔ちょっとだけ手紙書いただけの私がそんなことしたら絶対引かれるって思って。彼女の行動範囲を調べてどうにか気付いてもらえないかどうかアピールして、ようやく認識してもらったけどやっぱり話し掛けられないからなんとかして手紙を、出そうと……」
「やばいですね……」
話がループしている。ということに気付かないくらいテンパっているのだろう。大丈夫です、とコッコロがゆんゆんを落ち着かせ、彼女が言っていたことを自分なりにまとめようと思考を巡らせる。
「えっと、つまり。ゆんゆんさまは、その方ともう一度お話がしたい、ということでよろしいのでしょうか?」
「そ、そう、かな……? 私、そういうことでいいのかな?」
「別にあの挙動不審なアーチャーもあんたのこと知ってるんでしょ? 顔を合わせて話せば問題ないんじゃない?」
「顔を!? 合わせて!?」
「待って今の部分に驚く箇所ないから」
頭が痛くなってきたのか、キャルは頭を押さえながらそんなことをのたまう。そうしながら、この拗らせ具合は中々大変だと溜息混じりに視線を動かした。
満面の笑みのペコリーヌが見えて、彼女は思わず顔を顰める。
「何よ?」
「いやぁ、やっぱりキャルちゃんは優しい人だなって思ってたんです。今も何だかんだで協力する気になってるじゃないですか」
「違っ、あたしはただ、面倒だからさっさと解決させて平穏な時間を取り戻したいだけで」
「うんうん。流石はキャルちゃんですね、ぎゅー」
「ちょ! 抱き着くなぁ!」
がばちょ、とキャルを抱きしめたペコリーヌは、そのままかいぐりかいぐりと彼女の頭を撫でる。その拍子にムニムニと胸部装甲がキャルに押し付けられ、格差社会の闇を感じて一瞬目が死ぬのだが、どうでもいい話である。
そしてその光景を見て目の光が失われていくのがゆんゆんだ。どうやら二人の仲睦まじい姿は猛毒であったらしい。
「ゆ、ゆんゆんさま?」
「……」
「ゆんゆんさま!? しっかりしてくださいませ!」
「ははは、無理ぃ……私は無理……。あんな、友情見ちゃったら、道端のホコリ程度の価値しかない私みたいなのじゃ、無理……」
「大丈夫ですゆんゆんさま。ゆんゆんさまのお友達を思う心はとても素晴らしいとわたくしは思います」
「……ほんとう?」
「はい。ゆんゆんさまは、とても心が清らかで、お優しい方なのでしょう」
そう言って笑顔を見せるコッコロ。それを見たゆんゆんは、追加の浄化の光を食らって今度こそ灰になった。眩しい、眩しすぎる。ぼっちの自分にこれは、ゾンビにターンアンデッドをぶつけるが如し。
「収拾つかねぇ……」
傍観者していたらこの始末だ。なまじっか三人全員が善人の部類なおかげで、それを押しのける悪どさと強引さでもないとペースに巻き込まれてしまう。放っておけば一日中わいわいやってそうな面々を眺めながら、カズマは盛大に溜息を吐きながらしょうがねぇなぁと頭を掻いた。
「おいゆんゆん」
「は、はい!?」
「飯食い終わったら行くぞ」
「は、はい!? ど、どこに?」
カズマのその言葉に我に返ったゆんゆんが、びくりと肩を震わせながらそう問い掛ける。それに対し、カズマは決まってんだろうがと目を細めた。ペコリーヌやキャル、そしてコッコロもいつの間にかこちらを見ていることに気付きながら、面倒そうに言い放った。
「俺のスキル伝授の仲介役をしてもらうんだよ、無料で、お前に」
「え? ……え!?」
「やっぱりカズマくん、流石ですね」
「主さま、ご立派です」
「ったく……素直じゃないわねぇ、あいつも」
そんなことを言いながら苦笑する三人も、考えていたことは同じ。準備が出来たら早速向かうぞ、と一同頷き気合を入れた。
「……あれ? 何か忘れてるような……。気のせいかしらね?」
自ら処刑台に向かうキャルちゃん