プリすば!   作:負け狐

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何か絆されたみたいになってる。


その92

 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤダイヤダイヤダイヤダいやだいやだいやだいやだっ!

 彼女は走る。服が汚れようが、顔に泥が跳ねようが、変装のために外していなかった眼鏡がどこかにいってしまおうが。そんなことは関係ないと、そんなことを気にしている余裕はないと、走る。逃げるために、離れるために、必死で。

 彼女は見ない。どれだけ視界が狭まろうが、どれだけ周囲の情報を消し去ろうが、頑なにそれを確認しない。それを気にしていては駄目だからだ。理解したら、認識したら、彼女の中のそれは。

 

「ドSさまぁ……」

「ひぃっ!」

 

 足がもつれた、盛大に転んで、地面とキスをする。すぐさま立ち上がらないといけない。そう思っているのに、張り詰めていた糸が急に緩んだことで足が動かない。

 カタカタと震える膝を無理矢理に止め、セレスディナは顔を上げた。声の方向を見てはいけない。背後を振り返ってはいけない。そう思い、真っ直ぐに前を見た。

 

「大丈夫ですか? ドSさま」

「あぁぁぁ!?」

 

 そこに、いた。目の前に立っていた。何の変哲もないように、どこもおかしくないように。彼女はそこにいた。

 この周囲の異常の中で、彼女は、クウカは何も起きていないかのように立っていたのだ。

 

「く、来るなぁ! 来るなぁ……!」

「か、顔を合わせただけなのにその拒絶……クウカ、そんな邪険にされてしまうと……思わず、じゅるり」

 

 正確には周囲が平和でも異常なので相対的に変わっていないだけなのであるが、セレスディナにとってはどうでもいい。彼女には、目の前の少女はおぞましいクリーチャーでしかないのだから。

 

「あ、いけません。初手でいきなり頂いてしまったので、クウカ、目的を忘れてしまうところでした」

「も、目的……?」

 

 尻餅をついたままセレスディナは後ずさる。対するクウカははいそうですと笑みを浮かべた。ぽん、と手を叩き、実は見てもらいたいものがあるのですと彼女は言葉を紡ぐ。

 見たくない。絶対に見たくない。そうは思っても、セレスディナは拒めない。正確には、拒んでも無駄だというのを理解しているのだが、どちらにせよ彼女に否定の言葉を発する選択肢も余裕もなかった。

 そうしているうちに、周囲に人の気配が満ちていく。ひぃ、と短く悲鳴を上げたセレスディナに向かい、クウカは嬉しそうに口を開いた。これがそうですと述べた。

 

「ど、ドSさまがクウカ一人では満足出来ないと言っていたので……。クウカ、頑張りました。これだけいれば、ドSさまの望む責め方が出来ると思いますぅ……。さ、さあ、遠慮なくクウカも交えて、ドSさまが思うがまま、欲望の限り、存分に嫐ってください」

「ぐふふ……」

「じゅるり……」

「イイ……」

 

 何を言っているのか理解出来ない。したくもない。ただ、このままではドMに囲まれて向こうの望む責めをしないといけなくなる。実際は多分何をやっても向こうがドMプレイに変換してくれるだろうから問題はないだろうが、セレスディナにとっては問題しか無い。

 彼女は咄嗟に鞄の中のポーションに手を伸ばした。が、そこで動きを止める。これを使って目の前のクウカの傀儡を解除して、それでどうなる。

 周りのクウカのドMの欠片が補填し再び蘇るだけの、ほんの一瞬の安堵を得ることしか出来ない。欠片の繋がりを断つか、欠片を集約させない限りこの薬は切り札足り得ないと、とっくに分かっていたではないか。

 無理矢理足に力を入れ、セレスディナは立ち上がった。邪魔だ、と目の前のドM達を押しのけると、彼女は全力で走り出す。押しのけられたドM共は気持ちよさそうな声を上げていた。

 

「駄目だ。どうすればいい……!? どうすれば、あたしは助かる? どうすれば」

 

 こんな思いをしなくて済むようになる。口にはせずに、彼女はひたすら前を見て走る。横を見たらドMがいる。後ろを振り返ればドMがいる。なんだったら前にも当たり前のようにドMがいる。視界を塞いでも、ドMの声は聞こえてくる。耳を塞いでも、ドMは気にせずそこにいる。

 どこかに。当てもなく、彼女は走る。追いつかれないように、見えなくなるように、彼女は走る。このドMの世界と化した空間で、ほんの僅かでも希望が、一時だけでも安堵が、そんな事が出来たのならば。

 だが、世界は残酷で、どこまでもドMだ。いない。そんなものは存在しない。ボロボロで、フラフラで。そんな姿になっても、セレスディナの認識出来る世界はドMのものだった。そこには責め手は彼女しかおらず、その甘美な果実を味わおうとドMは彼女を探し彷徨う。

 限界だった。一体どれくらい逃げ続けたのかも分からず、時間の感覚も曖昧だ。間違いなく日は昇り沈んでいるのに、それを気にする余裕がないのだ。

 そんな、彼女の中で何もかもが崩れかけていた頃。

 

「治療すれば、収まる?」

「試して見る価値はあるかと」

 

 聞こえた。それは間違いなく、ドMではない声。この事態でも、まだ抗おうとしている希望の声だ。

 だから彼女はそこに縋った。相手が何であろうと、それこそ魔王に仇なす勇者の後継がそこにいようとも。解決出来るのならば、悪魔に魂を売ってでも。

 

「セレナさま、よくぞご無事で」

 

 そんな決意と共に足を踏み入れたそこで、彼女は自分の身を心から案じてくれるエルフの少女を見た。疲れているでしょうからと休める場所を整えられ、そこに腰を下ろして。

 

「あ、あぁ……あぁぁぁ」

「セレナさま……?」

「辛かったんでしょうね……」

「一人ぼっちは、寂しいですからね……」

 

 泣いた。いつぶりの安堵だったのだろうか。そんなことを考えることもなく、セレスディナは涙を流した。年上の女性が恥も外聞もなく泣きじゃくっているその姿を、しかしコッコロは優しく見守る。そこを揶揄する者も、いない。カズマも、ダストでさえも、彼女をただただ、見守っている。

 

「……さあ、事態を解決に行くわよ。そこの、彼女のためにも」

「そうですね、お嬢様」

 

 珍しく真面目な顔をしているリオノールを、モニカはどこか楽しそうに見た。いつもそうだったら楽なのだが、と思ったが口には出さなかった。

 

 

 

 

 

 

「詰んだな」

 

 が、しかし。セレスディナが持ってきた情報を手に入れた結果、カズマはそう結論付けた。なんだそりゃ、絶対ムリだろ。色々諦めた口調でそう述べるが、彼のその言葉を咎めようとする人物もいない。

 

「でもカズマ。どうにかしないとあたし達永遠にこのドMの世界の住人よ?」

「やばいですね」

 

 咎めはしないが、肯定もしない。キャルのその言葉にそりゃそうだがとカズマも頷いた。それでも、現状何とかする手段がないことには変わりない。

 セレスディナの持っていたポーションは一つ。根源たるクウカにそれを使用することで、ドMの呪いは消えてなくなるだろう。そこが唯一の切り札だ。問題は今彼女にそれを使ったとしても周囲のドMの欠片が即座に根源を修復することである。

 

「この街の方々が全てクウカさまになっている、と考えればよいのでしょうか……」

「地獄だな」

「そうね」

 

 コッコロの言葉にダストが呟く、リーンも何ともいえない顔のまま同意した。その前提で考えた場合、少なくともポーションが町の住人分いる。手持ちは一個だ。つまりはカズマが最初に言ったように詰みなのだが。

 

「今からそれを量産するっていうのは?」

「誰がやるんですか誰が」

「……ねえ、モニカ」

「無理に決まっているでしょう。お嬢様はお付きの騎士を便利屋か何かだと思っていませんか?」

「まだ何も言ってないじゃない」

「ユニ殿を連れてこいと言われても、無理なものは無理です」

「えー」

「そもそも! この街を脱出出来るかどうかが怪しいのですが!」

 

 モニカに言われ、リオノールも考え込む。確かに、間違いなく陸路は駄目だ。恐らくまだアクセルの街だけで留められているドMウィルスが周辺の街、あるいは王都に広がったら国が滅ぶ。ましてや、彼女のお使いはここベルゼルグ王国ではなく、隣国ブライドル王国だ。国が二つ滅ぶことになる。

 

「……あ、空なら?」

「あぁ?」

 

 ダストが思い切りリオノールを睨み付けた。まさかそれをやらせる気か、とその表情が述べていた。これまでの態度とは違い、彼のそれは明らかに嫌悪が滲み出ていて。

 馬鹿言わないでよ、とリオノールはダストを睨み返す。そっちがやりたくないことをやらせるわけがない。はっきりとそう言い切って、そして彼女はほんの少しだけ申し訳無さそうに微笑んだ。

 

「ごめんなさい、ダスト。私が、あんたの翼を取っちゃったから」

「……別に、取られてなんかいねーよ。だから、そんな顔しないでください、調子狂う」

「ふふっ。うん、ありがと」

「むぅ……」

「リーン殿。今回ばかりはその、見逃してやってくれないだろうか」

 

 その横で複雑そうな顔をしているリーンをモニカが宥めつつ、それで空を使うというのはどういうことだとリオノールに問い掛けた。その問いに、決まっているじゃないと彼女は胸を張る。

 

「ユニコプターを使って向こうと連絡を取るのよ」

「今ダクネスが使ってんじゃねーかよ……」

「あ」

 

 失念していたらしい。駄目だこりゃと肩を落としたダストを見て唇を尖らせると、ならばやはりドラゴンかと拳を握る。

 

「誰がどうやってドラゴンを使うんですか」

「モニカ」

「だから! 人を無茶振りに使うのはやめてください! そもそもドラゴンがどこにいると」

 

 は、と動きを止めた。思わず頭上を見上げ、しかしそこに何もいないことを確認して小さく息を吐く。ほんの僅かだけ、()()の気配と赤い眼を感じた気がした。

 

「あの、モニカさん?」

「どうした? リーン殿」

「モニカさんって、ひょっとしてドラゴンナイトなの?」

「真似事が出来るだけだ。本職には敵わない」

 

 ちらりとダストを見る。こっち見んなと手でそれを追い払った彼は、ガリガリと頭を掻きながらとりあえずその量産は無理だろうとリオノールに言い放った。

 

「てわけで、カズマ。お前なんかアイデアないか?」

「だから無理ゲーだって言ってんだろうが!」

「つっても、お前。デストロイヤーん時だって何だかんだどうにかしただろ」

「あれは俺というかネネカ所長が――あれ? そういえばあの人は?」

 

 今更気付いた。アクセルの街の変人窟の中でもトップクラスのあのいかれた合法ロリエルフが、何故ここまでの状態で影も形もないのだ、と。

 その質問に答える人物は誰もいない。ということもなく、ペコリーヌが所長なら他の二人と紅魔の里に行ってますよと即答する。間が悪かったですよね、と眉尻を下げながら彼女は肩を落とした。戻ってくれば解決するかもしれないが、先の見えないサバイバルドM生活に耐えられそうもない。

 

「となるとやっぱり、あたし達でどうにかするしかないんだけど」

「何か、その欠片を再びクウカさまに集めることが出来れば、ポーションが一つでも解呪が可能になるのかもしれませんが」

 

 ううむとコッコロが悩む。何気ない一言であったが、それはちょっとしたきっかけになった。逆転の目を転がすための取っ掛かりとなった。成程、確かにそうだ。街中に分散しているのならば、逆に一箇所に集めてやればいい。単純だが効果的だ。

 問題はそんな事が出来る手段がないということだが。だからこそコッコロも理想論のような呟きだったのだから。

 

「……なあ」

「どうしたのよ、カズマ」

 

 ううむと皆揃って悩んでいるその最中、カズマがぽつりと零す。確か話によると、根源が揺らぐと、欠片を吸収して修復するとかなんとかいう仕組みだったよな。そう続け、彼はここにいない誰かを確認するように視線を動かす。

 

「あいつとダクネスは似た者同士、でいいんだよな?」

「あ? 多分な」

「根源が揺らぐってのは、あいつのドMの感情とは違う衝撃を与えればいいんだよな?」

「多分、そうだと思いますけど。……カズマくん、何か思い付いたんですか?」

「成功するかは分からん」

 

 そう述べたが、しかしペコリーヌの質問を肯定している。他にアイデアが何もないならば、実行してみるのもありかもしれない。そんな程度の作戦ではある。

 

「主さまが決めたことならば。わたくしは可能な限りお手伝いさせていただきます」

「おう、ありがとうなコッコロ」

 

 まあ、この空間にはそういう時に真っ先に率先して全面的に信頼する彼女がいるわけで。じゃあ早速、とカズマは作戦の内容を口にした。こんな方法はどうだと提案した。

 一同はそれを静かに聞いている。似た者同士のダクネスが、先程ユニコプターで誤一致をかまされた彼女が。そういえばドMのご褒美になってなかった、とあの姿を思い出す。ならば、ひょっとしてクウカも。

 

「……あ、ちょっと待って。それ、誰がやるの?」

 

 いけるかもしれない。そう思い始めてきたそのタイミングで、リーンが素朴な疑問を呟いた。その作戦を実行するためには、とある条件を持った人物がいる。

 

「そりゃあ、まあ、あいつの恋愛対象は異性でしょうから」

 

 キャルがちらりと該当者を見る。言い出しっぺと、もうひとりを見る。

 やぶ蛇だ、とカズマは顔を引き攣らせた。巻き込まれた、とダストは物凄く嫌そうな顔をした。

 

「ダスト、同年代でスタイル抜群の大人しめな美少女だぞ。お前が相応しいよな?」

「カズマ、ロングのストレートで胸が大きくてお前を甘やかしてくれる女だぞ。間違いなくお前好みだ」

「こいつら……」

 

 互いに役目を押し付け合い始めた。別にどっちだっていいじゃない、というキャルであったが、しかしどうにもそうでない面々がいることに彼女は気が付いた。リーンが、何だか止めたそうな顔をしている。

 

「どうしたのよリーン」

「いや、やっぱりダストが、やるのかなって……」

「どっちでも同じ気がするけど。カズマにしろダストにしろ、そういうの出来なさそうだし?」

「でも、あいつ。ほら、リールさんとか、モニカさんとか、ちょっと仲が良さそうじゃない」

「……あのダストが?」

 

 言わんとすることは分かるが、キャルとしてはどうにも納得しかねる。しかねるが、好みなんぞ人それぞれなのだから、まあそんなもんかと息を吐いた。

 

「カズマくんは、まあ、意外とやれそうですよね、そういうこと……」

「こっちはこっちで何考えてんだか……」

 

 はぁ、と追加の溜息を吐くキャルを見て。コッコロはどこか優しい笑みを浮かべていた。気付いておられないかもしれませんが、と呟いた。

 

「キャルさまも、リーンさまやペコリーヌさまと同じ顔をしておられますよ」

「コッコロちゃんもね。私もそうだし」

「あ、リールさま。……ふふ、そうかもしれません」

 

 そう言って顔を見合わせ笑う二人。そうして何となく取り残された最後の一人は。作戦に効果があるかはともかく、とりあえずそれ自体はきちんと進められるのかもしれない。そんなことを思いながら、疲労で眠っているセレスディナの横に腰を下ろした。

 

 




そろそろオチかなぁ。

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