プリすば!   作:負け狐

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いやー、今回は徹頭徹尾シリアスでしたね


※ホマ――謎のキャラの他の面子に対する呼び方をちょっと修正。呼び捨てじゃないよなぁ……。


その94

 ドMの街アクセルから駆け出し冒険者の街アクセルに無事に戻った二日後。当日と翌日こそ多少の混乱は見られたものの、傀儡の状態異常の延長線上であったためか心配されていたドMの後遺症もなく、街はすぐさま普段通りの日常を取り戻した。一見すると、あんな惨劇が起きたことなど嘘のようで。

 

「出来ればあたしも忘れたかったわ……」

「あはは」

 

 ギルド酒場で溶けた猫のようになっているキャルを見ながらペコリーヌが苦笑する。コッコロは今日は魔道具店の仕事の日なので、ここにはいない。というか他にやることがないからキャルがここに来ていると行った方が正しい。

 

「お前は見てただけだからいいじゃねーかよ……」

「あー、カズマくんは、そうですね」

「おいその目やめろ。死にたくなるだろ」

 

 勿論やることがないカズマもここにいるわけで。そして今口にしたように、基本見守る係だった彼女達とは違い、彼はドM感染源を解決するためにやらかしたことでいまだに悶えていた。

 幸いなのが当の本人であるクウカはそのことを覚えていないことであろうか。

 

「……というよりは」

「ダストのインパクトが強すぎたんでしょうね」

「前座扱いされてるのが余計に惨めを誘う!」

 

 だからといって覚えられていてもそれはそれで困るのだが。カズマとしては当事者含め皆綺麗サッパリ忘れてくれるのが一番なのである。勿論そんなことはあるはずもなく。

 対面で頬杖をついているキャルなどは、実に楽しそうに彼を眺めていた。いい感じに弱みを掴んだ。そういう顔である。

 

「しっかしカズマも中々やるわねぇ」

「おいやめろ」

「あんたってば、ああいうこと言えちゃうやつだったのね。意外だわ」

「だからやめろって言ってんだろ」

「ふっふ~ん♪ い、や、よ。こういうタイミングじゃないとあんたをからかうとか出来なさそうだし」

「この猫耳……っ!」

 

 ギリギリと歯を食いしばりながらキャルを睨むが、今回は分が悪い。勿論ほとぼりが冷めたら倍返しするつもりではあるが、今この場でやるのは難しい。他の住人が覚えていないことを逆手に取ってすっとぼけるのもありだが、その場合目の前のこいつは確実に死なば諸共で自爆に来る。そして覚えている他の面子が便乗するのだ。詰んだ。

 

「まあまあ。キャルちゃんも、あんまりからかっちゃ駄目ですよ」

「いいじゃない。こんな時くらい。というかペコリーヌ、あんただって思うところあるんじゃないの?」

 

 お前もこっちにサイドに付くのだ。そんな意味合いを込めて彼女に視線を向けたキャルは、当の本人がいやいやと断ったので拍子抜けしたように目を細めた。興が削がれたのか、まあいいやと彼女自身もからかいを収める。

 

「あ、でも」

「ん?」

 

 そうしてペコリーヌから注文した飲み物を受け取り飲んでいたキャルであったが、そのまま彼女がなにか思い出したように声を上げたことで視線を上げた。カズマも同じように、何かあったのかとペコリーヌを見ている。

 

「今回のあれって、相手がクウカちゃんだったから出来たんですか?」

「は?」

「何言ってんのよ」

「いや、その方法が有効だったら、他の人が相手でもやったのかな~って」

「何聞いてんのお前!?」

 

 あからさまにカズマが顔を顰める。それはある意味さっきのキャルよりも辱めだぞ。そんなことを言いながら思い切り睨んだ彼を見て、ペコリーヌはあははと苦笑しながら謝罪する。ごめんなさい、変なこと聞いちゃいました、と。

 

「……まあ、でも、そうね。あたしもちょっと気になるわ」

「コノヤロー……」

 

 ニヤリ、と物凄く悪い顔をしたキャルがカズマを見やる。ほれほれ言ってみろ、そんなことを言いながら彼に詰め寄った彼女であったが、ぐぬぬと苦い顔をしたカズマが急に目を見開いたことで動きを止めた。あ、何かこいつ思い付きやがった、と少し離れた。

 

「何だキャル。お前、俺からそういうこと言われたかったのか?」

「…………はぁぁぁぁ!? 何でそうなるのよ! バッカじゃないの! バッカじゃないの!? 何であたしがあんたから……そんな、その、言われたいとか思わなきゃいけないのよ!」

「何を言われたいって? いやぁ、はっきり言ってくれないと分からないなぁ」

「分かるでしょ、話題変わってないんだから!」

「分からん。だから教えてくれ」

「あぁぁぁぁもう! あーもう!」

 

 形勢逆転である。既に散々ぱら言われているカズマは、ここで追加ダメージを受けても耐えられるが、いきなりその空間に引きずり込まれたキャルはそうはいかない。先程彼が考えていたキャルの反撃パターンをそっくりそのままお返しする方向に持っていったのだ。

 そんなわけで顔を真っ赤にして悶え机に突っ伏したキャルを見て勝ったとドヤ顔を浮かべたカズマは、勝利の一杯でも頼むかとそれを眺めていたペコリーヌに視線を向けた。そういえばキャルが自爆しなかったらさっきの発言トドメだったじゃねぇかと思い直し、ついでだからと彼は彼女にも同じような表情を浮かべる。

 

「ペコリーヌ。お前はどうなんだよ」

「わたしですか?」

 

 カズマのその質問を聞いて一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに意味を察しペコリーヌは小さく微笑む。そうですね、と人差し指を唇に寄せた。

 

「秘密、です」

 

 

 

 

 

 

「主さま。わたくしは、とても、とっても言われたいです……っ!」

「こ、コッコロさん?」

 

 突如虚空に向かって宣言するコッコロを、ウィズは心配そうな目で見やる。横で作業しているバニルが、相変わらずだなと笑いながらほんの少しだけ引いた。

 ウィズ魔道具店はドMの被害は皆無であったので、他の場所と比べても変化がない。本来ならば昨日の時点でコッコロも手伝いに行けたくらいである。が、ウィズの「流石に今日は休んでください」というお達しでその翌日からと相成ったのだ。

 

「まあ、昨日の臨時休業の理由の大半はオーナー達ですけど……」

「フハハハハハハ! 流石のオーナーもあれには勝てなかったからな。昔馴染みのドM騎士とほぼ変わらぬ状態となったオーナーは見ものであった」

「なまじっか、私もユカリさんも無事だったから余計に、なんですよね」

 

 事の顛末を聞かされたアキノはその場で自爆を決行しようと思うくらいには取り乱した。おかげでバニルは食い溜めをし過ぎて現在胃もたれ中だ。

 そんなわけで、彼女はこれからアメス教会に回す予算を増額しようと画策中であるが、そこら辺は特に関係がない。

 

「それにしても。今回の事件はかなりの規模でございました」

 

 棚の整理を終え、一息ついたコッコロがそんなことを呟く。そうですね、とウィズも苦笑しながら街の惨状を思い返していた。彼女自身はドMと化したアキノ達を隔離してからバニルの指示で紅魔の里へネネカ達を迎えに行っていたので直接的な被害は少ないが、そこにいるコッコロはど真ん中にいた人物である。自分と比べても苦労はひとしおであろう。

 そんなことを彼女が述べたが、コッコロはいいえと首を横に振った。自分は労われるような事は出来ていないと言い切った。

 

「今回の事件の解決は、主さまやダストさまのおかげです。わたくしは、皆さまを見守ることしか出来ませんでした」

「それは違うなエルフ娘よ。今回の表の立役者があの小僧どもならば、裏の立役者は間違いなく汝だ。ほれ、あやつを癒やしたであろう?」

「あやつ、とおっしゃられますと……セレナさまのことでございましょうか」

 

 あの時、切り札を持ってきたとこちらに合流した彼女は疲労と恐怖で限界であった。そんな彼女を見て、コッコロは出来る限りのことをしようと動いた。彼女にとっては当たり前の、ただそれだけだ。

 

「……それが当たり前に出来るからこそ、バニルさんはコッコロさんのことを評価したんですよ」

「まあ、汝のお世話欲から零れたおまけであれなのだから、我輩としては中々にドン引きであるが。それはともかく、汝はもう少し誇るがいいぞ」

「前半は聞かなかったことにしておきますね」

「……はい。ありがとうございます、ウィズさま、バニルさま」

 

 そう言って微笑んだコッコロは、そこでふと思い出した。先程の立役者として名前を出したカズマやダスト、そしてもうひとり。事件の解決のきっかけを持ってきたプリーストにして、何も言わずに去っていった高潔な女性。

 

「セレナさまは、お元気なのでしょうか……」

「うぇ!?」

 

 ウィズがあからさまに動揺した。わたわたと視線を彷徨わせ、バニルを見て知らんと突き放されたので、彼女は諦めたように溜息を吐く。多分、無事だと思います。短く、出来るだけ嘘をつかないように、そうとだけ述べた。

 

「心配するなエルフ娘よ。きっと、新天地で誰かの役に立っていることだろう」

「そうで、ございますね」

 

 バニルの言葉に、コッコロは頷く。いや確かに間違ってませんけど、と物凄く複雑な表情を浮かべるウィズをバニルは上手い具合に彼女の視界から隠しながら、おおそうだとわざとらしく手を叩いた。

 

「この間の買い出しは結局終わらせたのか?」

「……あ。申し訳ありません、わたくし、すっかり失念しておりました」

「構わん。保管してあるのならば持ってくるだけでもよいのだが」

「はい。では、少々お時間をいただけますでしょうか?」

 

 いってらっしゃい、とウィズに見送られ、コッコロは魔道具店から外に出る。空は青く、今日もとてもいい天気だ。きっと彼女もこの空の下で、沢山の人々を癒しているのだろう。

 そんなことを思いながら、コッコロは教会へと足を進めた。道行く人々は相も変わらず、今日も元気で。

 

「――おや?」

 

 足を止めた。今すれ違った人物が、誰かに似ていた気がしたのだ。だが、振り返ってもその背中に見覚えがない。先程考えていた人物かと思ったが、それにしては髪型も違うし、眼鏡もしていなかった。何より。

 

「セレナさまより、随分と目付きが鋭いようでしたし……」

 

 ちらりと見えた顔は、隈が出来た鋭い目。他人の空似だったのでしょうか、と首を傾げながら彼女は再度歩みを進めた。

 だから。

 

「ちくしょう……何であたしが……こんなパシリみたいなこと……あぁぁぁ、駄目だ考えるな、今日も寝られなくなる。楽しいことだ、楽しいことを考えるんだ……。うぅ、誰か、誰か癒やしてくれよ……。あの時の、あの、コッコロとかいうエルフの娘のような癒やしが……エルフ……エルフは嫌だぁ……! 分身するな来るな姿を変えるなあたしになるなやめろやめろやめろあたしに近付くなぁぁぁぁ」

 

 フラフラと歩いているその人物がセレナ――セレスディナの成れの果てであったことに、彼女は結局気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 場所は戻って、ギルド酒場。カズマ達とは違う離れたテーブルで軽い食事をしていたダストは、めんどくさそうに溜息を吐いていた。

 

「どうしたのよダスト」

「ん? ああ、リーンか」

「今ちょっとホッとしたわね」

「……まあな」

 

 よ、とリーンが対面に座る。ここ数日色々あり過ぎて彼もそろそろ限界であった。『ダスト』としての化けの皮が剥がれてしまう。というよりは、捨てたはずのもう一つを無理やり被せてきたという方が正しいか。ともあれ、そのおかげでアクセルのチンピラ冒険者としての自分が多少なりとも揺らいでいた。

 そのことを何となくリーンも感じ取っているのだろう。野菜スティックをポリポリと齧りながら、彼女は彼の顔を見ていた。

 

「んだよ? 惚れたか?」

「冗談。……ま、そういうこと言えるうちは大丈夫なんじゃない?」

「……かもな」

「私は惚れてるわよ」

「うぉわ!?」

 

 す、と当然のようにリオノールが座る。急なその声に思わずのけぞった彼は、そこにいたモニカにぶつかり一緒に倒れた。いきなりご挨拶だな、という彼女のジト目を見て、ダストらしからぬ素直な謝罪を口にする。

 

「まあ、今のはお嬢様が悪いので、私としてもそこまでは言わないが」

「ねえモニカ。私の気のせいだといいんだけど、ここに来る前より当たり強くなってない?」

「自覚があるなら自重をしては?」

「それは無理ね」

 

 言い切った。はぁ、と溜息を吐いたモニカは、そのままリオノールの隣に腰を下ろす。すまないな、と今度は彼女がダストに謝った。

 それで、とリオノールが会話が途切れたタイミングで口を開く。今の告白についてなにか思うことはないのか、と。ニヤニヤと笑みを浮かべながらダストに向かってそう問うた。

 

「別に何も」

「それは流石に私の乙女心が傷付くわね」

「リールのそれがそんな脆いわけ無いでしょうが」

「言ってくれるわね。……あ、じゃあ、そうね」

 

 そっちの彼女はどう? そう言ってリオノールはある場所を指差した。それはモニカでもなく、リーンよりも後ろで、横。え、と振り向きそこに視線を向けたリーンは、一人の少女がこちらにやってきているのに気が付いた。服装はシンプルなブラウスとスカート。普段の格好と比べると、露出してなさ過ぎて心配になるほどだ。

 

「あ、あの……。だ、ダストさん」

「お、おう」

「く、クウカも、ご一緒していいでしょうか」

「へ? お、おう」

 

 よかった、と柔らかく微笑んだクウカは、失礼しますとダストの隣、リオノールとは反対側に腰を下ろす。何でここだよ、とダストは表情で述べていたが、それを口にはしなかった。

 それから暫し。クウカはもじもじとしているものの、別段おかしなところがない。妄想を口にもしなければ、よだれを垂らしてアヘ顔を晒すこともしないのだ。これは明らかにおかしかった。

 

「あー、っと。クウカ、お前どうしたんだ?」

「ど、どう、とは? クウカ、何かおかしかったでしょうか?」

「いや、別に普通だな」

 

 だからおかしいんだけど。その言葉はギリギリのところで飲み込んだ。代わりに、ゴホンと咳払いを一つする。

 

「あぁいや。服装は気になったな。どうしたんだお前?」

「え、こ、これはですね……。その、似合いませんか……?」

 

 似合う似合わないでいうならば似合っている。おしとやかなお嬢様のように見える現在のクウカは、そうと知らなければダストはナンパしてしまうほどだ。

 が、それを素直に言っていいのだろうか。彼はほんの少しだけ悩む。というかそもそもこれは一体どういうことだ。何でこいつはこんな格好をして、そしてその感想を自分に聞いているのだ。訳が分からな過ぎてダストはどうしていいか分からない。

 そんな彼を見ていたリーンが呆れたように溜息を吐いた。鈍感、馬鹿。そんなことを呟きながら、視線を彼からクウカに向ける。

 

「似合ってるわよ、クウカ。そういうの、ダストの好みなんじゃないかな」

「そ、そうですか……! よかった」

 

 ほっとした表情を浮かべるクウカは、とても先日ドMを街全体に振りまいた感染源だとは思えない。というかそもそも普段のアレと同一人物とは思えない。

 

「……なあクウカ。お前何か変なもんでも食ったか?」

「ちょっとダスト。それは」

「い、いえ、そんなことは……。はっ!? ひょ、ひょっとして、これは。『お前にはこんなちゃんとした食事より相応しいものがあるだろ?』とクウカを地べたに押し付けてとても人が食べるようなものではないものを無理矢理今から……!? ぐ、ぐふふ」

「あ、気のせいだったわ」

 

 妄想を口にしていつものアヘ顔を晒し始めたクウカを見て安堵の溜息を吐いたダストは、そのまま彼女を放置して立ち上がる。今はスイッチが入っているが、落ち着いたらきっとまた。

 めんどくせぇ、とぼやきながら彼はそのまま酒場を後にした。リーンも何となく察しているのか、その背中を追うことはしない。が、リオノールは遠慮なく追いかけていた。モニカが慌ててそんな彼女の後を追う。

 

「はぁ……あたしもあれくらい行った方がいいのかな……って、違う。何言ってんだあたし」

 

 

 

 

 

 

「何でついてくるんですかね」

「ふふっ。何でだと思う?」

 

 広場のベンチに腰を下ろしたダストの横にリオノールが座る。呆れたようなモニカは少し離れたところに立っていた。

 

「クウカは、あの時の記憶のせいでちょっと混乱してるみたいですね」

「……本気で言ってる?」

「勿論。俺みたいなチンピラ冒険者に好意を持つとかどうかしてる」

 

 へら、と笑いながらダストが告げる。まあ確かにそうね、と思い切り肯定されたので、言った本人が思わずよろけた。

 だってそうでしょう、とリオノールは笑いながら続ける。今時流行らない真面目騎士やってた時もそうだったし。くるくると指を回しながらそう述べた。

 

「ライン、あなたのことを好きになる奴なんて、何かしら変なやつだけよ。……そして私は、ブライドル王国では変人姫として有名ね」

「婚約が」

「言ってなかったかしら? 私、今聖テレサ女学院の学院長やってるの。優秀な人材も発掘したし、姫としての価値よりも別の価値を高めたから、結婚相手も自分で選んで良くなったわ」

「……は?」

 

 マジかよ、と視線をモニカに向ける。頭痛を堪えるように頭を押さえながら頷かれたので、ダストも同じように頭を押さえながら項垂れた。リオノールは勝ち誇ったようなドヤ顔である。

 

「そういうわけだから、ねえ、ライン」

「駄目です」

「……何で?」

「そっちがよくても俺は……私は、まだ踏ん切りがついていません」

「……うん。そうか。そうよね」

 

 その言葉をどう受け取ったのか。リオノールは俯き、沈黙する。前髪がさらりと顔を覆い、彼女の表情がどんなものかを窺い知ることは出来ない。ただ、ごめんなさい、と小さく呟いていることから、それは笑顔ではないのだろう。

 

「リオノール姫。私は」

「ううん、いいの。私が勝手に想っているだけだから。……だからまだ、言わないで」

「……別に、断るとは一言も」

「え? ――いいの?」

「だから、まだ踏ん切りがついていないと言ってるでしょうが! 俺はチンピラ冒険者ダストで、なんか知らんが今ちょっとモテ期が来てる。受けるにしろ断るにしろ、これを解消してからだ!」

「貴公、それは割と最低だぞ……」

「うるっせぇよモニカ。こっちだってこんな状況今までなかったからどうしていいか分かんねぇんだよ」

 

 ぷっ、とリオノールが吹き出した。あはははと腹を抱えて笑い始めた彼女は、一人納得したように頷いている。そうこなくちゃ、とそのままの勢いでダストの背中をバンバン叩いた。

 

「よーし。じゃあそれまで私もここにいるとしましょうか」

「姫様。本来の目的を忘れては駄目です」

「まあまあ。アイリスちゃんはしっかりしてるし、私がいなくても」

「流石にそれは、了承出来ないかな~」

「っ!?」

 

 横合いから声。思わずそこに顔を向けると、一人の女性が立っていた。穏やかに見える笑顔を浮かべ、開いているのか閉じているのか分からないような目でこちらを眺めている。突然の出現に呆気に取られている二人を尻目に、紫色に見えるその長髪を揺らしながら、その女性は少しだけ困ったような顔で頬に手を当てた。

 

「姫様~? きちんと仕事は済ませないと、さっき自分で言った立場が台無しになっちゃうぞ☆」

「ぐっ……。って、ちょっと待って。あなたいつからいたの!?」

「最初から☆」

 

 そう言って女性は楽しそうに笑う。その『最初』がいつを指すのか、などを聞く必要もあるまい。モニカはああやはりあの時の視線は、と納得したような溜息を吐いている。

 そうしてリオノールが苦い顔でぐぬぬと呻いているのを一瞥した女性は、そのまま視線をダストに向けた。

 

「久しぶりだね~、ラインくん」

「……今の俺はダストだ」

「うん、勿論、知ってるよ」

 

 ち、とダストは舌打ちする。だからこいつは苦手だ。そんなことを思いながら、それで俺に何の用事だと問い掛けた。女性はそんな彼の睨んだような表情を見ながら、決まっているじゃないかと口角を上げる。

 

「フェイトフォーちゃんが会いたがっていたよ」

「……っ!」

「ああ、勿論今のラインくんではブライドル王国には来られないだろうから。もうちょっとだけ勉強をさせたら、こっちに送るね~」

「な、あ!? そんなこと」

「大丈夫大丈夫。私が許可を出すから」

「出すのも勉強させるのも私なんですけどぉ!」

「そうだね~。だから姫様、帰ろうか?」

 

 うがぁ、と頭を抱えるリオノールを楽しそうに眺めていた女性は、そういうわけだからと彼女を引っ掴む。モニカも溜息混じりにその後ろに付き、ではまたなと手をひらひらさせた。とはいってもすぐに帰るわけではないだろう。きちんと準備をして、アイリスを連れて、それからだ。

 そうして彼女がいなくなったのを確認すると、ダストは疲れ切った様子でベンチに腰を下ろした。何でいるんだよ、とぼやいた。

 あの口ぶりだとまた来るのだろう。だからその時までにはもう少し鍛え直さないといけないが、しかし。

 

「あー……暫く何もしたくねー……」

 

 少なくとも今は、勘弁して欲しい。どこまでも青い空を見ながら、彼はそんなことを思った。

 

 




第五章、完!

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