というわけで、レギュラー面子ほぼ皆無で暫しお送りします。
その95
現在地は、ベルゼルグ王国。否、もうここは既にブライドル王国なのかもしれない。その区別が、アイリスにはよく分からないのだ。なにせここは上空、あまり城から出ることすらなかった箱入りのお姫様は、天高く見下ろす景色など想像もつかない。想像もつかないのだが、しかし、これだけは分かる。多分、間違いなく。
「流石にお姉様も、この経験はないでしょうね!」
「……まあ、そうでしょうね」
モニカが苦笑する。そんな二人を眺めながら、リオノールは何とも言えない表情を浮かべていた。本来ならここでそうでしょうそうでしょうと率先してドヤ顔を浮かべる彼女がそんな状態のは、ひとえに。
「ありがとうございます、ホマレ様!」
「いいよ~。このくらい、お茶の子さいさいだから」
アイリスが自身の乗っているその生物の背中に、巨大な竜に声を掛けた。それを受け、竜はクスクスと笑いながら言葉を返す。
まあつまりそういうわけである。今回のこれはリオノールがノータッチな上に、実行者が今自分達を乗せているドラゴン。彼女が胸を張れる部分がない。ついでにいうと、この竜のことをブライドル王国の姫として下に見ることも出来ない。
「ねー、ホマレ」
「ん~? どうしたのかな、姫様」
「そもそも、何で迎えがホマレなわけ? あなたブライドル王国の守護竜でしょ? いいの? 国をほっといて」
「それは大丈夫だよ~。私がいなくても、きちんと守護をしてくれるドラゴンを育ててるからね」
「ホマレ殿。私が言うのもなんだが、あの二人で大丈夫なのか?」
モニカの言葉に、ドラゴン――ホマレはクスクスと笑う。確かに普段は問題児かもしれないけれど、と言葉を続けた。
「ああ見えて、結構役に立つんだよ?」
「言い方が……」
「それに、これからはフェイトフォーちゃんもここに加わってくれると思うし」
「フェイトフォーか……」
ううむ、とモニカは眉を顰める。確かに実力は相当のものだ。彼女の友人である、かつて最年少でドラゴンナイトとなった王国一の槍使い、ライン・シェイカーの相棒としての功績も素晴らしい。
だが、あのドラゴンはまだ人化が出来るようになったばかりの上位種成り立てホヤホヤ。話題に出た二人の片方にも及ばないし、今現在自分達を乗せている、かの有名な神獣に勝るとも劣らないと言われる力を持ったブライドル王国守護竜である彼女とは比べ物にならない。
「別に急ぐことではないからね~。姫様の子供が成人するくらいには、多少使い物になっているんじゃないかな~」
「子供って……もー、まだ早いわよ」
「返事すらもらっていませんからね」
「断られてないからいいのよ」
モニカの軽口にリオノールはそう返す。それを聞いていたアイリスは、唐突な恋バナに目を輝かせた。リオノール姫、好きな方がいるのですか。そう言ってずずいと迫った。
「え? うん、いるわよ。私の片思い、だと思ってたんだけど」
「実は両思いだったのですか!?」
「あー、うーんと……だったら、いいかなぁ」
まんざらでもないような反応ではあったが、しかし自分に決めているような口ぶりでもなかった。自分と離れている間に、どうやら向こうで作り上げた絆が思ったより強固なようで。
はぁ、とリオノールは溜息を吐く。こうして再び離れてしまったことで、彼の気持ちも離れていってしまわないだろうか。そんなことを考え、少しだけ凹んだ。
「そ、それより。アイリスちゃんはどうなの? そのくらいの年頃なら、気になる男の子とか」
「いえ。生憎と、城暮らしだったもので。同年代の男の方が殆どいませんでした」
「あ、うん。そっか……」
「流石は姫様だね~」
「褒めるところじゃなくない!?」
ホマレ殿がいると楽だな。そんなことを思いながらモニカは形ばかりの手綱を握りしめる。ぶっちゃけこの竜相手に操作とか必要がないからだ。そういう意味でも、現在モニカは非常に助かっている。
「んー……。どうしようモニカ。聖テレサ女学院じゃ、アイリスちゃんのそういう相手探せないわよ!?」
「姫。アイリス様はそういう理由でこちらに短期留学するわけではありませんから」
「あの、リオノール様。私、一応婚約者がおりますので……」
「納得してない顔してる。駄目よそんなのじゃ。王族でもね、どうせなら好きな人と結ばれたいじゃない」
「他国の事情に口を挟まないでください姫」
「いいじゃないのモニカ。大体ティアナちゃんだってほら、あのカズマ君って人と」
「……お姉様が、誰と、なんですか?」
「え? あれ? これ言っちゃいけないやつだった?」
「いえ、確かにあの人とお姉様は最近距離が近いでしょうし、私としてもそこまで悪い人だとは思ってはいません。だからお義兄様と呼ぶのもやぶさかでは――やっぱり駄目です! 私は、私は認めませんよ! お姉様は渡しませんから!」
「うひゃぁ!?」
「あらら~。私はし~らない♪」
やっぱりそこまでかもしれない。くるりと手の平を返したモニカは、なるべく聞かなかったことにして近付く母国に思いを馳せた。
陽光差し込む学び舎、聖テレサ女学院。ブライドル王国の中でも有名なこの学院の、花々咲き誇る朝の中庭に、全校生徒が集まっていた。
朝礼ついでに連絡事項がある、ということで普段よりも長めに時間が取られているその空間で、一人の少女があくびを噛み殺している。何故かその周囲には不自然に隙間が出来ており、遠巻きに女生徒達が彼女を眺めていた。
恐れられている、というわけではなさそうだ。その理由が、時々聞こえてくる女生徒達の呟きである。
「尊いですわ……」
「めちゃすこですわ……」
一応再確認しておくが、ここはお嬢様学校である。あしからず。
「クロエ先輩クロエ先輩」
「あ?」
そんな空間に遠慮なく飛び込む一人の少女。ジロリと向けられたダウナー気味のジト目を見ても、別段何の反応もない。むしろいつものことだからと流している感がバリバリだ。
そんな彼女はテンションが地平線を描いているであろうクロエのことなど知ったことかといった勢いで話し掛ける。空気を読んでいる加減は欠片も感じないが、知っていてぶち壊しているのならば一応読み取ってはいるのだろう。
「いやチエル。なんでここにいんの? 一年の列は向こうなんだけど。迷子になったんなら先生に言いな? 手ぇ引っ張ってってくれるから」
「あ、ご心配なく。チエルってばいつも道はハッキリ見えてるんで、他人に引っ張られなくても大丈夫ですから。むしろこっちが背中押す役目みたいな」
「その道崖に繋がってるやつじゃん。悪いこと言わないから押すのはやめてやんな」
それで、とクロエはチエルに問い掛ける。何でここにいるのか。先程の質問をもう一度彼女は口にした。今度は別に何も修飾語を付けずにである。
「え、何かあそこ無駄に隙間空いてるなってひょっこり顔を向けたら、中心部に常連のお一人様発見ってな具合に遊びに来たんですけど」
「ふーん」
「え? 反応薄くないです? 子犬系後輩が懐いてるんですよ? クロエ先輩幸せ者じゃないですか」
「現在進行形で不幸まっしぐらなんだけど。え何? これ次は五人に押し付けないといけないやつ?」
こちとら寝不足なのだから無駄な体力使わせるな。欠伸を噛み殺しつつそう続けたクロエは、ポリポリと頭を掻きながら視線をチエルから外した。そろそろ向こうにいる教師が睨んでくる頃だ。
「まあ待ちたまえ。確かにこの朝礼にはそこまで意義を感じられない部分があるかもしれない。だが、青春を謳歌するという意味ではこれ以上なく有意義だ。ついでだから注意もされておこうではないか。チエル君、クロエ君、さあ続けるといい」
「いやパイセン何しれっと混ざってんの? てか前半と後半繋がってなくない? 会話の途中で掌コークスクリューすンならちゃんと言って? 聞き流すんで」
「おや、クロエ君。何だかんだいって君はぼくたちの会話をきちんと聞いているのかね」
「全然聞いてない振りして、実はしっかりチエル達のトークに興味アリアリだったんですね。クロエ先輩ったら、もう少し素直に混ざりたい願望オープンハートしてくれてもいいんですよ?」
「うるさい。朝からほんとうるさい。そもそもあんたら別々にこっち話しかけてきてたから。ソロパートが二組だから。デュオで来たみたいな空気出すのはやめとき」
その辺りで、私語は慎みなさいと注意が入る。勿論注意されたのはこの三人なので、視線を巡らそうが他に該当者などいるはずもなし。
が、そこでクロエが気付いた。この謎に用意された空間にいるのはクロエ、チエル、そしてユニの三人だけかと思っていたのだが。
「……クロエ先輩、そこの娘だれの子あなたの子です?」
「いや違うし。見りゃ分かんでしょ」
「ふむ。確かにクロエ君とは似つかぬ風貌だ。特にこのあどけない表情など、彼女との共通点がさっぱり……いや、案外似ているかもしれない」
「いやちげーから。似てないから。つか髪色、うちのと全然違うから」
「きれいな髪ですね。真っ白ですけど、白髪とは違う感じ。つまりこう見えておばあちゃんっていう可能性はなしん子ですね」
「それは重畳。ぼくのアイデンティティの一つが失われなくて済みそうだ」
「え? ユニ先輩そこ自覚しちゃうんですか? 諦めたらそこでゲームセットしちゃいますよ?」
「んで。お嬢ちゃん、どした? 迷子? 飴ちゃん食べる?」
ユニとチエルを無視りつつ、クロエは目線を少女と合わせる。こくりと頷いたのを見て、よし、と彼女はポケットから飴玉を取り出した。少女はそれを受け取ると、包み紙のままパクリと。
「ちょい待ち」
「……?」
「いやキョトンとされても。あんな、包み紙は食べらんないから、貸してみ。ほれ、これで食べな」
「……ありがと」
「ん」
今度こそパクリと飴玉を頬張る少女を見て、クロエは笑みを浮かべながら頭を撫でる。コロコロと飴を口の中で転がしていた少女は、そのままバリバリと豪快に噛み砕いた。
「意外とワイルドですねこの子。クロエ先輩とは正反対」
「対となる存在というやつか。つまり彼女は、クロエくんの深層意識の具現化といっても過言では」
「いや過言だし、過言過ぎて目的地遥か彼方だし。つかふつーに迷子っしょ」
『普通に迷子?』
何言ってんだこいつという目でユニとチエルはクロエを見る。ここは聖テレサ女学院の中庭、そして現在朝礼中。こんな状況で一体何をどうすると迷子が発生するのか。
「あんたら今の自分の立ち位置見直してから言ってみ? ここ二年の場所だから。常識とかおもくそ迷子だから」
「だが、それは概念の話だろう? 少なくともぼくはここテレ女の生徒であるし、チエル君も同様だ。対して、そこの幼女はどうだ? 彼女はテレ女の生徒と言えるのだろうか」
「とりあえず制服は着てませんね。初等部の子が迷い込んだとかいう可能性はクシャポイでよさそうです」
「むぅ」
何でこいつら急に普通に考察し始めたんだ。そう文句を言いたかったが、話が進まないので仕方なくクロエは続きを促す。彼女の横にいる少女が迷子だとしたら、早いところ保護者のもとに向かわせなくてはいけないからだ。
「というわけで、とりあえず本人から話を聞いてみるとしよう」
「そうですね。お嬢ちゃん、お名前なんていいます? ちなみに、チエルはチエルって言うんですよ。ちぇる~ん☆」
「ちぇるーん?」
「いや、そこ気にしなくていいから。あれの言ってることの十割は聞き流していいから」
「ちょっとクロエ先輩。そこはせめて八割引くらいにしときましょうよ。百パーセントオフは流石にチエルもサービスし過ぎで大赤字ですから」
「それで、君の名は?」
珍しくユニが話を戻した。そんな彼女の言葉に首を傾げた少女は、少しだけ考える素振りをして、うんうんと頷いた後に口を開いた。あの人が呼んでいた、大切な名前を、口にした。
「ふぇいとふぉー」
「あの、学院長……」
聖テレサ女学院の教師であるマザー・ヒルダがリオノールに問い掛ける。朝礼の大まかな部分は終わり、戻ってきた学院長から生徒に話をするという時になって、彼女が何やら騒がしい場所を見付けたのだ。先程注意したのに、とマザー・ヒルダが顔を顰めていたのとは裏腹に、リオノールは丁度いいとばかりに笑顔を見せている。その笑顔があまりにも胡散臭かったので、マザー・ヒルダは彼女に声を掛けたのだ。
「ああ、気にしないでちょうだい。あの三人は、今丁度私の仕事を手伝ってもらっているところだから」
「仕事の手伝い、ですか……?」
「そうよ。あそこにいる女の子、あの子の面倒を見てもらおうと思って」
あそこ、とリオノールはフェイトフォーを指差す。何だかんだで面倒見のいい連中だ。そのままいい感じに彼女の成長の助けになってくれるだろう。そんなことを考え、うんうんと頷いた。
「よし、じゃあ短期留学生の紹介をしましょうか」
「いいんですか……?」
不安げにリオノールを見る女性教員を視界に入れながら、苦労しているのだろうなとアイリスは苦笑する。何だかんだでぶっ飛んだ連中には耐性がついているので彼女はそこまで気にしないが、普通の人にとっては色々と問題だろう。
ともあれ、そういうことならばここでの学院生活はそれほど気負わなくとも良さそうだ。そう結論付けて、彼女は学院長であるリオノールに促されるまま前に出て挨拶を行う。
「イリス、と申します。ほんの僅かな間ですが、どうか皆様方、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします」
「固い」
「え?」
即ダメ出しである。いやここお嬢様学院なのでこれでいいのですけど、と護衛として後ろに控えているモニカが凄い顔をしていたが、勿論リオノールは分かっていて無視をしている。それどころか、これは由々しき事態ね、と何やら深刻そうに額をトントンと叩いた。
「よし、決めた」
「え? 何をですか?」
「イリスちゃん、高等部行きましょう?」
「え?」
元々中等部に編入される予定であった彼女の予定は即座に変更されたらしい。鼻歌交じりに書類を書き換えるリオノールを見ながら、流石のアイリスも目を見開いた。
「リオノール様!?」
「イリスちゃん、ここでは学院長よ。……心配しなくても、イリスちゃんの学力は十分高等部でやっていけるレベルだから。ティアナちゃんへの対抗心がいい方向に作用してるわね」
「……むう」
そこを突かれるとアイリスは弱い。反論しにくい状態となった彼女を、リオノールは大丈夫大丈夫と笑みを浮かべ頭を撫でた。
「そんなあなたに、心強い味方を紹介してあげるから」
「味方、ですか?」
「そうそう。ついでに、イリスちゃんもあの子と一緒にいて欲しいかなー、なんて」
あの子、というのはリオノールの指差す先だ。フェイトフォーと呼ばれた美しい白い髪の少女。そして、道中ホマレから話を聞いていたアイリスは、彼女がどういう存在かも当然知っている。
「あの三人と、フェイトフォー。きっとイリスちゃんにはピッタリだと思うわ」
「そう、でしょうか……?」
この人が言うとどうにも胡散臭い。だが、親愛なる姉ユースティアナの友人である彼女がそこまで言うのならば。
分かりましたとアイリスは頷く。そうこなくっちゃとリオノールは微笑む。
そして、一部始終を聞いていたマザー・ヒルダは思い切り頭を抱えていた。モニカはもう知らんと諦めた。
なかよし部やっぱりめっちゃ難しい……