点と点が激突する。針に糸を通すような精密でかつ大胆な行動は、槍で繰り出す突きを同じ突きで迎撃するぶつかり合い。お互いにひたすらそれを続ける光景は一種幻想的で、異様だ。
それの片割れが、アクセルの街で有名なチンピラ冒険者なのだから、余計に。
「しっ!」
「はぁっ!」
ギィン、とお互いの槍の穂先がぶつかり合い音を立てる。ふう、と息を吐くと、どちらともなく構えを解いた。そうしながら、ダストはやっぱり鈍ってるなと頭を掻く。
「そうね。噂に聞いていたよりは全然弱いわ」
「ちったぁ歯に衣着せろよ」
「回りくどい言い方をしても効率が悪いでしょう?」
ああそうかい、とダストは目の前の槍使いの女性を睨む。彼女はそんな彼の視線を受けても平然としたまま、それにしてもと顎に手を当てた。ダストの今の姿をマジマジと見た。
「勘を取り戻すくらいならば最初から鈍らせなければよかったのに」
「おいこらミフユ、人が全員お前みてーな効率厨だと思うなよ」
ジロリと睨む眼光を強くさせた。が、やはり彼女は平然としている。分かった分かったと肩を竦めながら、続きをやるわよと槍を構え直した。今日の模擬戦はさっきので三回目、ノルマに達するには足りない。
「だから、てめぇ俺の話聞いてたのか?」
「聞いてたわよ。でもその話は後でいいでしょ? 鍛錬は鍛錬、会話は会話。その方がずっと効率的よ」
「……ああ、そうかい!」
ポニーテールを揺らしながらミフユが突っ込んでくる。それを突きで迎撃しようとしたダストは、しかし直前で動きを止めバックステップを行った。瞬間、彼女の姿が掻き消える。
上空へと飛び上がったミフユは、ダストが立っていた場所に思い切り槍を突き刺した。そして、その勢いのまま地面をえぐり取る。舌打ちをしながら、彼は飛んでくる土砂を振り払い。
「っだぁ!」
「受けられた。なら!」
そこを狙って繰り出された突きを、ダストは槍を回転させることで弾いた。ミフユは即座に次の手を打たんとその槍を引くが、しかし。
回転によってその穂先を絡め取ったダストの動きの方が、ほんの僅かに早かった。
「おらぁ!」
「ぐっ」
柄をねじ込む。顔を歪めたミフユを確認することなく、彼は槍で目の前の相手の足を払った。その頃には体勢を立て直したミフユは、勢いが乗る前に蹴りでその槍の一撃の威力を殺す。そのまま地面を蹴って、ダストと距離を取った。
「ふぅ……こいつめんどくせー」
「褒め言葉と受け取っておくわね」
「そこは素直に受け取れよ、効率悪いだろ」
「知らないわ」
しれっとそう述べるミフユを見て、ダストの表情が曇っていく。畜生めんどくせえ、口に出さずともそれが伝わってきた。出来ることならばすぐにでもやめたい。
が、言い出したのは彼の方だ。リオノールと再会し、そして向こうが再びこちらと絆を繋ごうとしているならば。否、絆を途切れさせていなかったのならば。
「約束だしなぁ……」
「恋のために最短距離を走るのは嫌いじゃないわ」
「ちげーよ。いいから次、行くぞ」
「はいはい」
尚、件の約束した人物が学院長を務めている場所で今猛烈な誤解が始まっていることを、彼は知らない。
ばぁん、と扉が勢いよく開かれた。その部屋で書類仕事をしていたリオノールは、顔を上げやってきた面々を見る。
「あら、ユニちゃんズじゃない」
『ユニちゃんズじゃねーし!』
クロエとチエルが即座にツッコミを入れる。その横ではユニが不満げに二人を眺めていた。
それで何かあったの、と二人のそれを気にすることなくリオノールが続ける。相変わらずこの人マイペースだな、とクロエはそんな彼女をジト目で見詰めた。
「あの~、学院長? チエル達さっき聞き捨てならない発言をこの子から聞いちゃいまして、なるはやで事の真偽を確かめたいなーってここにちぇるっと参上したわけなんですけど」
「この子って……フェイトフォー、あなた何か言ったの?」
じゃん、と紹介された美しい白い髪の少女を見やる。対するフェイトフォーは何があったのかと首を傾げるばかりだ。その様子を見て、クロエやチエルも事情を察した。あくまで彼女の中での事情である。真実ではない。
「あ、ひょっとしてフェイトフォーちゃん、分かってないんじゃ」
「うわ。え? マジで? あの噂のドラゴンナイトそんな奴だったわけ?」
「落ち着きたまえ、二人共。大体何を想像しているのか予想が付くが、それが真実とは限らないだろうに。まずは学院長の話を聞くべきだ。その後、噂のドラゴンナイトがいたいけな幼女にご主人さまと呼ばせご奉仕させている鬼畜だと吹聴して回ればいい」
了解、と二人は引き下がる。そういうわけなので、とユニはユニでリオノールを見た。こちらの事情は分かったはずだと彼女を見た。
リオノールは何とも言えない顔をする。ちらりとアイリスを見たが、フォローできませんでしたと申し訳無さげに頭を下げるので、諦めたように溜息を吐いた。
「成程ね。つまりあなた達は、フェイトフォーがラインに酷いことをされているのではと心配しているわけだ」
「んー、まあ、別にフェイトフォーちゃんが納得してるのなら、チエルとしてはまあナシよりのアリかなとは思うんですけど」
「それナシじゃん。まあ、うちも似たようなもんだけど」
ちらりとフェイトフォーを見る。何か自分から言ったほうがいいのかな、と暫し考えていた彼女は、ラインとの思い出を素直に語ることにした。別に酷いことはされていない、というつもりで話をした。
「ごちゅじんちゃまは、ふぇいとふぉーの上に乗って暴れてたの。いっちょで気持ちいいって言ってくれたの」
「あ、ギルティですね。これどうあってもアウトなやつです」
「ないわ。間違いなくないわ」
「幼女に性的虐待は許されざるよ」
ド直球で言いやがったユニをチエルとクロエは睨む。リオノールはやっぱりそこかぁ、とほんの少しだけ肩を落とした。とりあえず今の発言はそういう意味ではないから、と手早くラインの幼女を手篭めにした疑惑を晴らしておく。
そのまま暫し腕組みをして考える。はてさて、どこから説明するべきか。どのくらい捏造して外堀を埋めるべきか。そこの塩梅を間違えると次に彼と会った時に見限られかねない。既に自分と彼は姫と騎士の関係ではないのだから。
「そうね……話は長くなるから、授業が終わったらまた来てちょうだい。特にほら、イリスちゃんはここでサボるとか出来ないでしょ?」
ね、と笑みを浮かべると、ユニ達三人も渋々頷かざるを得ない。約束ですからと去っていく面々を見ながら、彼女は扉が閉まると同時に息を吐いた。大丈夫だろうか、と言うアイリスの表情が微妙に心に来た。
「さて、と。フェイトフォー」
「なに? ひめちゃま」
「私の子になろっか?」
「何をトチ狂ったこと言い出すのですか姫」
背景に徹していたモニカが口を挟む。何よ、と唇を尖らせたリオノールは、そちらに振り向くと不敵な笑みを浮かべた。
「この子を私とラインの子供にすれば万事解決でしょ?」
「それで解決だと判断出来る姫の頭は中々にお目出度い」
「言うわねモニカ」
「ラインの後任なので」
しれっとそう述べる彼女を見て、リオノールは不満げに溜息を吐く。確かにふざけたけれど、本当を話すよりはまだマシだろう。そう彼女は判断したらしい。
ライン・シェイカーの相棒であるホワイトドラゴンの人化した姿。それがフェイトフォーの正体である。そのことを伝えるのは流石に早い。初日なのだ。
「本当を伝えた方がマシですよ」
「駄目よ。それだと、ユニちゃんズはこの子をドラゴンだと思って接するわ」
「いや、人だろうとドラゴンだろうとあの連中の接し方は変わらないと思いますが」
「……とにかく駄目よ!」
「誤魔化したな……」
すまないライン。貴公の名誉は更に堕ちるぞ。口には出さず、モニカはそんな謝罪をここにはいない誰かに向けた。
「フェイトフォーは、私とラインで保護した娘なの」
「あれ?」
放課後。再度学院長室に集まった面々に言い放ったのがそれである。昼と同じく背景になろうと思っていたモニカは思わず声を上げた。流石に自分の娘は無理があることを理解してくれたか。うんうんと彼女は安堵で頷く。
「ご主人さまってのは、その時の名残ってことですか?」
「そうね。あれは、私とラインが城を飛び出している時だったわ。とあるカジノでギャンブル狂いになっている男を見かけたの。子供を放置して、奥さんの金にまで手を付けて」
しゅん、と顔を伏せる。何だか胡散臭いとクロエもチエルも分かっているが、しかし否定する材料もないのでここは素直に話の続きを促した。ユニはふむふむとメモを取っていた。
その姿を見ていられない、とラインが男と話をつけ、子供と奥方を解放したのだ。そしてその女性は彼のメイドとして仕えることとなり、その娘であるフェイトフォーも彼とともに過ごすことになった。
「でも、彼の家は私のせいで取り潰されたわ。仕えていた人達を路頭に迷わないように手を回したけれど、それでもやっぱり届かない部分は出てくる。……だから、私は、フェイトフォーを育てることにしたの。彼の、代わりに」
「えっと、じゃあ。フェイトフォーちゃんのお母さんって」
ふるふる、とリオノールは首を横に振る。そこに嘘は含まれていないように思えて、チエルも思わず言葉をなくした。クロエも真面目な顔でフェイトフォーを見ているし、ユニもそれは同じ。
確かにその話は嘘ではないけれども。と心中で全力ツッコミを入れているのはモニカである。前半は逃避行で振り回されている時のラインの話であるし、後半部分は前半と繋げなければ嘘偽りないリオノールの決意だ。主のいなくなったホワイトドラゴンを彼女はずっと気にかけていたし、ラインの代わりに育てようと奮闘していた。勿論フェイトフォーの母ドラゴンがどうなっているかなど知らないのでリオノールの答えは間違っていない。その二つを繋げる際のメイド云々だけだ、嘘っぱちは。
「それで、私は。フェイトフォーにはこの学院で色々学んで欲しいの」
「成程。だから学院長は我々に彼女のことを頼んだのか」
「そういうことだったんですね。何だかチエル柄にもなくマジ顔になっちゃいました」
「……いや、いいけど。それはいいけど人選間違ってない?」
クロエが何とも言えない顔をしていたが、しかし否定をすることもなければ降りることもない。こんな調子だが、この三人も何だかんだで気質は善人寄りだからだ。だからこそ、リオノールが気に入ったともいえる。
「んと?」
状況についていけていないフェイトフォーが首を傾げていたが、口を挟むと駄目になりそうだったアイリスが大丈夫ですよと彼女に述べる。みんな、あなたのをことを大切に思っていますから。そう続け、微笑んだ。
「たいしぇちゅ?」
「はい。だからフェイトフォーさん、頑張ってお勉強して、ご主人さまに会いに行きましょう」
「……うん。ありがと、いりちゅ」
ちなみにアイリスは件の人物がダストであることを知らない。リオノールの想い人で、モニカの悪友で、フェイトフォーのご主人であるドラゴンナイトのライン・シェイカーが、暫し滞在していたアクセルでも有名なチンピラ小悪党冒険者のダストであることを、彼女は知らないのだ。
「立派になって、ドラゴンナイト様に負けないようにならないと」
「うん。ふぇいとふぉー、頑張る」
「立派に、か……」
思わずモニカが呟く。今頃何をしているのだろうか、と彼女はぼんやりと考え、案外ここの相棒と同じように自分から進んで勘を取り戻そうとしているかもしれないなと小さく笑う。次に会う時は久々に一戦交えよう、そう決めた。
「あら、イリスちゃん。あなたも他人事じゃないわよ」
「はい?」
「ここで一段成長するでしょ? ティアナちゃんに負けないように」
「……勿論です」
よろしい、とリオノールは笑みを浮かべる。では改めてと彼女は三人へと向き直った。
「この二人、まあ期間限定になっちゃうかもしれないけれど。あなた達のメンバーに加えてもらってもいいかしら?」
彼女の問い掛けに、クロエも、チエルも、ユニも思わず目をパチクリとさせる。あれ、何か変なこと言っただろうかと首を傾げたリオノールを見て、三人が三人ともやれやれと肩を竦めた。
「いや、何言ってンすか学院長。うちらもとからそのつもりだったんですけど」
「そうですよー。むしろチエル達の仲間入りしないなら何で紹介したんですかねって小一時間ほど問い詰めタイム入っちゃうレベルです」
「然り。元々我らは彼女を受け入れるつもりで学院長の話を受けたのだから、改めて再確認されることも本来ならば必要がない。それはここにいる全員の見解が一致している。端的に換言すれば、水臭いぞ学院長」
「あ、ははは。うん、そっか。そうね。ごめん、みんな」
三人の言葉を聞いて、リオノールは先程よりも強い笑みを見せる。そうだ、その通りだ。わざわざ言わずとも、彼女達ならばそうするに決まっているではないか。変なところで慎重になってしまったのは、対象が想い人の相棒と、大切な友人の妹だったからか。いかんいかんと頭を振り、彼女はいつものように思考を整えた。
「よし、じゃあ改めてよろしく」
「りょーかいっす」
「ちぇるっとお任せ!」
「大船に乗ったつもりでいてくれたまえ」
「頼んだわよ、ユニちゃんズ!」
「うむ」
『だからユニちゃんズじゃねーし!』
違うのかな。極々自然にリオノールからそのワードが出ているおかげで、アイリスはそこに疑問を持っていなかった。ならば別の呼び名があるのだろうか、と一人思考を巡らせた。
五人揃って、ユニちゃんズ!