よし、とアイリスはペンを置く。大好きな姉に近況を伝える手紙を書き終えた彼女は、それを届ける為に学院の担当部署へと向かう。承りました、という返事を聞き、ではお願いしますと頭を下げた。
「ふふっ」
そうしたやり取りをすると、何だかおかしくなる。自分はベルゼルグ王国第二王女、本来ならば下げる頭などあるはずもない。にもかかわらず、極々自然にそんな態度を取れる理由は、今もきっと王女ではなくただの冒険者として生活している姉の影響だ。
「あとは、なかよし部の皆さんからも」
聖テレサ女学院で生活するようになってから、彼女達三人の噂もよく耳にした。学院で有名な問題児グループ。唯一ユニだけは別の意味で有名であったが、それはそれ。ともあれ、多少は学院長というかリオノール王女と親しいやっかみも含まれているかもしれないが、基本彼女ら由来の悪評であるそれを聞いて、アイリスは思わず笑ってしまった。
それだけ、彼女達は自分を貫いている。そして、それが出来るだけの実力があるのだ。
「よし」
ぐ、と気合を入れた。幸い今日は休日、予定も特になし。ここのところ勉強のみで少し体も鈍ってきたところだ。自分も、自分を貫こうではないか。
お嬢様学校だとはいえ、体を動かす空間は当然用意されている。運動などは勿論、本職の冒険者には及ばずとも多少の魔法やスキルの訓練をたしなみとして覚えることにも使えるそこは、今の気分に相応しい。とはいえ、ベルゼルグ王国で育ってきたアイリスにとっては、少々物足りない規模ではあるが。
訓練用の武器を構え、振るう。む、と少し自分の動きを確認していたアイリスは、暫し考え込む仕草を取った後にギアを上げた。スキルは未使用だ。この間の王城の一件でも感じたことだが、実戦経験の乏しい自分はどうにもスキルに頼りがちになるきらいがある。そのため、場合によっては想定していた成果を発揮させることが全く出来ない。いつぞやのカズマとの決闘騒ぎの時もそうだし、武器がショートソードであったことで《エクステリオン》を容易く防がれてしまったクリスティーナ戦もそうだ。後者は多分懸念とは違う部分に問題がある。が、今はどうでもいい。
「ふっ!」
ヒュンヒュンと剣を振るう音が響く。地を踏みしめる音も、己の動きで生じる音も、聞こえるはそれ一つ。
己の力を十全に振るえれば魔王軍が相手であっても渡り合えるという自負はある。ブライドル王国の象徴ともいえるドラゴン相手でも、中位種ならば問題なく行けるはずだ。上位種はピンキリなので一概には言えないが。
「けれども……」
動きを止める。《エクステリオン》や《セイクリッド・エクスプロード》といった、最終的に勇者の技でゴリ押しているに過ぎない現状を変えるためには己自身を、レベルとは違う部分を鍛える必要がある。
とはいえ、そう簡単にいくならば苦労はしない。事実、今無意識に動かした体は、結局の所そういう動きをしてしまうのだ。
「うぅん……やはり、一人では限界が――」
何の気なしに視線を動かした。利用者は自分一人であるはずのその空間を見渡し、そして入口付近に立っている一人の少女と目が合ったのだ。金髪を短めのツインテールにしているその少女は、アイリスにとっても馴染みの相手で。
「クロエさん!?」
「あ、ごめ。いや、邪魔するつもりはなかったんだけど」
申し訳無さそうに頭を掻く。そんなクロエに大丈夫ですと笑みを浮かべながら、アイリスは彼女へと近付いた。そうしながら、どうしてここに、と問い掛けた。
「いやうち今日フリーだからやることなくて暇してて。何かユニ先輩は悪巧みしてるみたいだし、家いると家族に迷惑掛かりそうだったんで体動かしがてらちょっとこっち来たんだけど」
そうしたら、たまたまここに向かうアイリスを見かけたらしい。同じ目的だろうか、とちょっと覗いていたそのタイミングで目が合ったのだ。
「それならば、こちらを使っても構いませんよ」
「ん? いいの? イリスが借りてんでしょ?」
「元々、そこまで派手に動く予定もないので」
「そ。じゃあ、さんきゅ。ありがたく使わせてもらうわ」
はい、とアイリスが笑顔を見せる。そんな彼女に小さく笑みを浮かべ返したクロエは、では早速と同じく訓練用の武器を選び手に取った。え、とアイリスが思わず声を上げる。
それを気にすることなく、コキコキと首を鳴らしたクロエはその武器、ダガーを回転させながら地を蹴り。
「え? ――え!?」
ひゅんひゅんと軽快に動くクロエを見て、アイリスの目が丸くなった。お嬢様学校に通っている一生徒の動きではない。間違いなく冒険者の動きだ。それも、とりあえず登録してみたとか、駆け出しや初心者といった場所はとうに過ぎているレベルの。
「ふう。……ん? どしたん?」
「クロエさん、その動きは……」
「ああ、うちら三人冒険者カード持ってんの。学院長の依頼というか、まあバイト? そういうので割と飛び回ってっから」
「……見せてもらっても?」
「まあ、いいけど」
ほれ、と渡されたそれを見てアイリスは表情を引き締めた。リオノールの無茶振りで鍛えられた実戦の動きと、お嬢様学校での生活や王族から差し入れで与えられた経験値。それらを己の糧にしている人物が、先程自分が思い描いていた方法を叶えてくれる存在が、ここに。
「……クロエさん」
「ん?」
「少し、模擬戦の相手をしてもらえますか?」
休日も終わり、週明け初日の授業を行った放課後。運動場兼訓練場の一角で仁王立ちしているユニの姿があった。
「よし、揃ったようだな諸君」
「ユニ先輩~? いきなりこんなとこに移動させて何やる気ですか?」
「それはこれから説明しよう。だが、その前に」
ふっふっふ、と彼女は笑う。視線をフェイトフォーへと向け、ビシリと指差した。
「今日からこの特訓中、ぼくのことは鬼コーチと呼びたまえ」
「おにこーち?」
「え? 今特訓って言いました? 何でそんな急にスポ根に目覚めてるんです?」
チエルの質問に、大したことではないとユニは返した。この間の考察を踏まえ、フェイトフォーの面倒を見るというのがどういうことかを考えたらしい。彼女がドラゴンナイトに準ずる存在ならば、ただ学院で共に生活するだけでは不足している。だからこその今日であるのだとか。
「ドラゴンナイトの訓練を実際に見たことはないので、ここら辺はぼくの想像と妄想をブレンドして作り上げているが、まあ何もしないよりは幾分かましになるだろう」
「そんなもんですかね~……。あ、チエルは見学してるんで、マネージャーとかそういう扱いにしといてください」
「元よりフェイトフォー君の特訓だ。君達はサポートしてくれればいい」
「りょーかい……」
「あれ? そういえばクロエ先輩テンション低くないです? いやまあ、いつも低空飛行続けてますけど、今日はなんか墜落してる感じ」
「あー……ちょっとした筋肉痛だから、何でもないから」
溜息混じりにそう述べるクロエを見て首を傾げたチエルであったが、まあ大丈夫ならいいかと軽く流す。話題をさくっと変更し、イリスちゃんはどうするのと視線を動かした。流れ的にはサポートに回るだろうが。
「特訓に参加します」
「だろうね……」
「え?」
「え、っと? いけませんでしたか?」
「ぼくは歓迎するよ。フェイトフォー君も切磋琢磨する相手がいた方が向上に繋がるだろう。だがイリス君、これから君に課す特訓は軽くはないぞ」
「はい、望むところです」
即答した。ならばよしと頷くユニを遮るように、ちょっとちょっととチエルが割り込む。それは全然大丈夫じゃないでしょうと抗議の声を上げた。
「ドラゴンナイト用の特訓とか言ってますけどユニ先輩オリジナルですよね? 普段運動しないというか憎んでるレベルのユニ先輩が思い付いたアイデアとか碌な事にならないでしょ。通称大惨事」
「失礼だなチエル君。ぼくは確かに運動、とりわけ体育の授業というものを毛嫌いしているが、だからこそ指導する立場になった時は先人と同じ轍を踏まぬよう留意する。無茶はさせないさ」
「ほんとですか~……?」
「チエル」
ジト目でユニを見るチエルに声が掛かる。どうしたんですかクロエ先輩、と視線を動かした彼女は、クロエが何とも言えない表情をしているのに気が付いた。
「えちょっと本気でどうしましたクロエ先輩?」
「いや、まあ……とりあえず見とき」
「はい?」
要領を得ないが、とにかく彼女は問題ないということなのだろう。分かりました、と下がるチエルにアイリスも声を掛ける。お礼と、大丈夫ですという自信の言葉を。
では話もまとまったことだし、とユニが目を光らせる。まずは軽く動きを見ようと目の前のグラウンドを指差した。
「まずは走力。走る力を見せて欲しい」
「わかった」
「はい! では何十周くらいにします?」
「そうだな――え? 今何十周って言った?」
話を続けようとしたユニが思わずアイリスを見やる。視線の先の彼女はふざけているようには見えず、どうやら大真面目にグラウンドを走る数に一桁は存在していないようであった。
「……とりあえず五周程度で構わない」
「成程。動きを見るだけだからですね」
「あ、うん。そうだよ?」
「ユニ先輩が圧されてますね。というより、何だか若干パニクってません?」
「そりゃね。うちも最初見た時何事かと思ったし」
はぁ、とクロエが息を吐く。どういうことですかとチエルが向き直ると、まあ大したことじゃないと頭を掻いた。こないだの休日に出会って、少し模擬戦の相手をしているだけだと述べた。
「え? それで筋肉痛ってことですか? 本気で?」
「うん、そう。いやあの子嘗めてたわ。なんてーか、普通の冒険者とは次元が違うっつーか」
「いやそれ流石に盛ってません? 天空メガ盛りしてますよね絶対」
「そう思うんなら、あれ見てみ?」
指差した方へと視線を動かす。普段小動物のような愛らしさを醸し出しているアイリスが、息一つ切らせずあっという間に五周を走りきり、ユニに向かって声を掛けている。予想との乖離っぷりに、流石の彼女も一瞬呆けた顔をしていた。
「いや、うん。成程……そういうことか」
ふむ、と暫し考え込む仕草を取ったユニは、続いてフェイトフォーにも同じことをしてもらう。アイリスと同じように軽くこなす姿を見て、こちらは想定内だと頷いた。
そうしながら、頭の中で何かを組み立てたらしい。よし分かった、と視線をクロエとチエルに向けた彼女は、止めてくれるなと二人に釘を刺す。
「イリス君。君は高レベル冒険者だね?」
「えっと……正確には冒険者とは違いますが、確かに私のレベルはそれなりに高いと言えるはずです」
「ふむ。ではフェイトフォー君、君はどうかな?」
「ぼうけんちゃじゃないから分からない。あ、でもこの前いのりから、お前はちょれなりの高れべるなんだから胸を張るですって言われた」
「ふむふむ。大丈夫だ、問題ない」
「ユニ先輩、それ割と大丈夫じゃないと思いますけど。なんか神が言ってる感じの」
「いやわけ分からんし。んで? パイセン、何かうちらに止められるようなことすんの?」
クロエの言葉に、ユニは勿論だと頷く。いやそこ力強く頷くところじゃねえよというツッコミを受けながら、彼女は口角を上げたまま言葉を紡いだ。
今の二人の言葉を加味した場合、単純な基礎訓練はあまり意味をなさない。日々の土台を作るのには有効だが、それはこちらでやることではないのだから。そう述べ、指を一本立てた。
「つまり、彼女達に必要なのは実践だ」
「実戦?」
「えちょっとユニ先輩本気で言ってます? 実戦とか明らかに一女子生徒が発するワードじゃないんですけど。戦うんですか? バトっちゃうんですか?」
「落ち着きたまえチエル君。ぼくが言ったのは実践だ。戦う方じゃあない。まあ、戦闘が伴う可能性は否めないが」
「……あーはいはいそういうことね」
はぁ、とクロエが溜息を吐く。チエルも勘付いたのか、しかし表情と質問内容はほぼ変わらないままユニを見詰めていた。
そんなやり取りを見ていたアイリスとフェイトフォーであったが、お互いに顔を見合わせ、首を傾げていた。言っている意味は何となく予想出来る。確かに今この場で基礎体力を付ける特訓をしたとしても彼女達は容易くこなすであろう。ベルゼルグ王国第二王女という名のバーサーカーと、ブライドル王国が誇ったドラゴンナイトの相棒であるホワイトドラゴンの上位種。最低限でも騎士団の訓練メニューは必要だ。
そうなると、手っ取り早く特訓をするならばユニの言ったように実践が必要だろう。そして、それはアイリスにとっても望むところだ。王族のスキルを使わずに動くまたとない機会だからだ。
「経験をちゅめってほまれからは言われてる。ちょうどいいかも」
「ふふっ、ということは、私達の思惑とも一致するわけですね」
頷き、微笑む。そうと決まれば、と二人はユニに向かって声を掛けた。では、それでお願いしますと告げた。ついでに鬼コーチ呼びもしてみた。
そんな思ったよりもノリノリの二人を見たクロエとチエルは。正確にはチエル一人でクロエはアイリスの方は知ってたと言った表情であったが、ともあれ本気なのかと思わず詰め寄る。勿論と即答され、何とも言えない表情で引き下がった。
「クロエ先輩。何だか昨日までの日々が遠い昔な気がしてきました。きっと幸せってこんな風に過ぎ去っていくんですね」
「いや、知らんけど。何で急にポエムってんの?」
「だって~! 昨日までの可愛いイリスちゃんじゃないんですよ! フェイトフォーちゃんもそうですよ! 妹系後輩キャラと不思議系腹ペコキャラがいきなり武闘派に変貌とか、ちょっと本物と解釈違い起こして大論争起きちゃいますよ!」
「落ち着け。いやそもそも学院長が寄こしたんだし、何となくこうなるんじゃないかって予感はしてた」
「あ~……そういやそうでしたね。あの学院長がふつーの可愛い女の子持ってくるはずないですもんね」
ならしょうがない、とチエルは割り切ったらしい。いいんだそれで、とクロエは溜息を吐いたが、彼女自身も似たような状態なので深くは聞かなかった。
それで、とクロエはユニに声を掛ける。実践って何をする気だ、と彼女に問うた。
「それなんだが。学院の依頼書ボードは知っているかね?」
「あの冒険者のなりきりアイテムみたいな場所のことですよね? あれ使うんですか? ぶっちゃけ落書きと酒場でグチグチ垂れ流すような文句がほとんどだと思うんですけど~」
「承知の上さ。だが、その落書きの中にも一つや二つは紛れ込んでいるものだ。本当の依頼というものが」
「あんさ、パイセン。素直に学院長に聞けばよくね?」
「それも一つの手だろう。だが、学院長はぼく達に彼女らの成長を任せてくれた。だというのに、初手で頼るのはいかがなものだろうか、と思うのだよ。学院長、否、姫殿下からの信頼を享受するならば、尚更だ」
そう言われたら仕方ない。まあ確認するだけ確認してみるかと頷いた二人は、ユニと共に、アイリスとフェイトフォーを連れ件の場所へと足を進める。
その途中で、フェイトフォーがふと足を止め、怪訝な表情を浮かべた。
「どうしました? フェイトフォーさん」
「んー……。今、何か変な気配がちたような」
「変な気配、ですか」
「ん。……後、ほまれ達の気配もちた」
「それは、何かありそうですね」
言葉とは裏腹に、アイリスはどことなく楽しそうであった。口角を上げ、これから起こるかもしれない問題に胸を躍らせた。
そうだ、これは、間違いなく。
「やばいですね☆」
厄介ごとの、気配だ。
ペコ「流石わたしの妹、やばいですね☆」
キャル「それ意味違くない?」