TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART8 ナイトメア・センチュリオン

 既に終わってしまった世界の物語。

 何も届かず、何も間に合わなかったお話。

 

 完全顕現した五体の上位存在に、為すすべなく兵士や騎士たちが蹂躙されていく。

 ハインツァラトゥス王国の領土が半分ほど削られ、それだけでなく人類の生存圏が圧迫され、押しつぶされていく。各国のエースたちが出動するも、無限に増殖する恐怖の軍勢を押し留めるので精いっぱいだった。

 

 そうして限界点を迎えた。

 

 ハインツァラトゥス王国王都防衛戦。

 五体のうち一体、死の不確定性への恐怖を司る上位存在を追い詰めた。

 だがタダでは死なないと、その上位存在は、自らを追い詰めた少女に対して全身全霊の、自分の存在を犠牲にするような一撃を放つ。満身創痍になっていた彼女に防ぐすべはなく。

 

 だから隣にいたロイ・ミリオンアークが前に出て、受け止め、庇う。

 

「……ぅ、ぁ」

 

 知らずの内にうめき声が漏れた。

 だが画面内に映り込む、黒髪赤目の少女の姿を見て、冷静さを取り戻す。

 

「…………」

 

 違う。

 あれは、()()()()()()()()ではない。

 記憶の中、わたくしではない誰かの隣にいたロイの最期だ。故にわたくしに当事者のような痛みを覚える筋合いはないし、権利もない。

 この慟哭はわたくしではないマリアンヌ・ピースラウンドのものだから。

 

『────!! ────!!』

 

 炎に包まれた王都の中で。

 腕の中で今にも息絶えようとしている彼に、少女が必死の形相で叫んでいる。

 彼女の腕の中で、寂しそうに笑う少年が、何かを言おうとして唇の端から血をこぼしている。

 

『やっと……おれを……だけど……こんな、風には……』

 

 そこで、光景が切り替わる。

 地面に突き立てられた墓標。海を渡っていく民草。破滅した大陸。

 残った戦士たちの中でもひときわ目立つ、最大戦力にして、偶然人類の味方となっているだけの、復讐鬼。

 

「…………これが、ナイトメアオフィウクスの力」

 

 怨嗟に染め上げられた漆黒の焔。

 ただそこにいるだけで、周囲一帯に穢れを押し付ける憎悪の力。

 

 

『あらあら』

 

 

 ガバリと振り向く。

 見せつけられていた記憶の主が、わたくしの背後で地面に座り込み、こちらをせせら笑っている。

 

 

『あらあら、まあまあ』

 

 

 冗談じゃない。これは、これは……本当にマリアンヌ・ピースラウンドか?

 鏡で何度も見た顔。確かに今のわたくしより成長している。だが大人びたわけではない。疲れ果て、擦り切れ、摩滅した表情だった。

 

 

『びっくりですわ。なんて──()()()()()

 

 

「なん、で、ここに……!?」

 

 推測だが、わたくしは軍神(イクサ)の覚醒者である不沈卿によって、精神を次元の狭間まで飛ばされた。

 ここはなかったことにされた世界のゴミ箱。

 それもただ捨てられただけじゃない。巻き戻しの際、この未来はなかったことにされ、破壊され、まさしく紙をぐしゃぐしゃに丸めて屑籠に放り込むようにして捨てられた。

 人間の姿を保っているはずがない。

 

『なんで、と言われましても。確か『暗中蠢虫(ワームシャドウ)』を撃滅して、それから最後の最後に『外宇宙害光線(アンノウンレイ)』が出て来て……ああ。そう。リンディが片づけたのでしたね。わたくしにこれ以上罪を背負わせたくないとかなんとか。無駄なことなのに』

「……ッ」

 

 全部他人事みたいに言ってやがる。

 ていうかこいつ、世界ごとロールバックされたのに、精神力だけで存在の一部を残したっていうのかよ……!

 

『ねえ、過去のわたくし』

 

 違う! と叫びそうになった。

 アナタは未来のわたくしなんかじゃないと、拒絶したくなった。

 だってこれは、余りにも、成れの果て過ぎる。

 

『覚えているかしら……SN、2006gy』

 

 目の前の女が、髪を指に巻き付けながら言う。

 

「……西暦世界で観測された中で、最も大きな光量を放つ超新星ですわね」

『あら。覚えているのね。とはいってもアナタって過去のわたくしだから、そりゃ覚えていて当然かしら』

「何が言いたいのです。まさかアナタの末路は、超新星爆発だと? ご冗談を」

『わたくし、冗談は嫌いなの』

 

 ギクリと身をこわばらせた。

 記憶映像の中に見た、ナイトメアオフィウクスの黒焔に取り囲まれている。

 

『わたくしなりにルシファーを再現した形態変成(フォームシフト)。それがナイトメアオフィウクスですわ』

「……だったら?」

『超新星爆発を起こした天体は、超新星残骸となって残るわ。ふふっ。アナタの世界には……いいえ。リーンラードの兄妹に巻き戻されたからこそ、軍神はまだ知らないわ、わたくしのことを』

 

 身動きの取れないわたくしを眺めながら。

 残骸という呼び名がこれほど相応しい存在もないであろう女が、ゆっくりと立ち上がり、黒髪を地面に引きずって歩いてくる。

 

『残骸に惨めに殺される彼の顔、見てみたいわ』

「……っ」

『アナタの身体ならきっと、ナイトメアオフィウクスの出力に耐えられる。お願い、譲ってくれないかしら』

 

 お願い? しらじらしい。乗っ取るつもりだろ。

 

『身をゆだねなさい。アナタの窮地も救ってあげるわ。win-winでしょう?』

 

 

 ──()()()、今なんつった。

 ()()()()()()、と言ったか。

 

 

『さあ』

 

 黒焔をなんてことないように踏み越えて、悪役令嬢であることを捨てた女が、わたくしの頬に手を添えようとする。

 

「なるほど、なるほど。委細承知しましたわ」

『?』

 

 その手を左手で握り。

 わたくしは至近距離で、笑みを浮かべる。

 

 

「上からモノ言ってんじゃねえですわジメジメババア────!!」

 

 

 思いっきり鼻っ柱に右の拳を叩き込んだ。

 触れた瞬間に拳が焼け落ちるような激痛を発したが、インパクトは通した。

 ぶん殴られた女が、顔を押さえのけぞる。

 

『!? !?』

「あの軍神という男を! あんのこちらをナメきったクソ野郎をぶん殴るのはわたくしの役目です!」

 

 炭化し始める右の拳。気合で蝕みを抑制しながら、わたくしは叫ぶ。

 

「わたくしはまだ燃え尽きていない! アナタとは違う! わたくしが天に輝く限り、超新星の輝き如き打ち消してみせますわ!」

 

 触れただけで存在を蝕む存在だと分かったうえで。

 わたくしは黒焔を踏み潰し、女の胸倉をつかみ上げる。瞬時に全身を呪詛が循環し、痛みのあまり奥歯が噛み砕かれた。

 だから、どうした。

 

『状況が分かっているの!? 今のアナタより、わたくしの方がずっと……』

()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()()!」

『────!!』

 

 鼻と鼻が擦り合うような距離で、向こうの顔を見上げ、ドブみたいな赤い目を睨みつける。

 

「アナタ、もう幕を下ろしたのでしょう? 自分の意思で! ステージから叩き出されて這い上がろうとしているなら認めます。でも違う! アナタはもう、気高き令嬢の風上にも置けない死人! 生きてると嘯くのはもうやめなさい!」

 

 気に入らねえ! わたくしの顔で絶望してんじゃねえよ!

 

『わたくしから、復讐の権利を奪うつもり!?』

「馬鹿が! わたくしの闘争の権利とかち合ったと理解できないのですか!」

『だったら奪い取らせてもらうわ!』

 

 向こうがガチッと音を立てて両足を大地に突き立てた。

 瞬時に力が伝導され、右の拳を最低限の動きで振りかぶり、最大出力で放たれる。

 それを見ながら、わたくしも同じ動きを──しようとして。

 

 あ、こいつわたくしより疾い。

 でも、身体も精神も根っこが同じだから。

 今この瞬間に模倣(パク)れる。

 

 ガチッ! と音を立ててこちらの踏ん張りも固定される。

 そこからの動きは、今までのわたくしが放っていたものから数段階引き上げられた、上質な右フックだった。

 

『はあ!?』

 

 動きをパクられたことに気づき、眼前の女が素っ頓狂な声を上げる。

 プロテクト噛ませてないお前が悪い!

 

「でりいやああああああああああああッ!!」

 

 理想的な軌道を描き、こちらの腕が向こうの拳の外側を回り、そのまま頬へと突き刺さる。

 向こうの攻撃をギリギリで避け、クロスカウンターが成立する。

 

「悪い夢なんて、早く醒めなさい! 今を生きる者の足を引くんじゃありませんッ!!」

 

 完全に拳を振り抜いた。完璧に捉えた感触だったのに、女の身体が吹き飛ばされることはなく、ただ上体をのけぞらせるに留まった。

 存在の密度が違う。全身全霊の一撃が、ゴムボールが当たったぐらいにしかならない。

 だけど。

 

『……ああ、そう。譲ってくれないのね』

「ええ」

 

 頬をさすりながら、女がこちらを見る。

 全身にまとわりつく黒焔。

 さっきまでこちらの身体を焼き尽くそうとしていたそれが、今は肉体を補填するように蠢いている。

 

「アナタの絶望に呑まれはしません。わたくしは、その絶望を抱いて駆け抜けましょう」

『できるとでも?』

「できます。何故なら──」

 

 右手で天を指す。

 同時、微かな光が漆黒の闇に差した。何が起きたのかは分からんが、元の世界へ続く扉が軋みを上げて開いているのだ。

 ほら見ろ。わたくしは神に愛されてるんだよ。わたくしが勝利の女神だからな!

 

 

「わたくしが、夜空に輝く者! 闇を切り裂く者! 原初の円環を疾走する者! 『流星(メテオ)』の禁呪保有者にして世界最強の悪役令嬢、マリアンヌ・ピースラウンドだからですわ!!」

 

 

 その宣言を聞いて。

 悪夢の女が、少しだけ、眩しそうに目を細めるのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 そうして自分の成れの果てを押しのけて現実に帰還し。

 わたくしはナイトメアオフィウクスを完全解号(ホールドオープン)し、不沈卿に一撃を入れていた。

 

「ぐ……!」

「不沈卿、それは!?」

 

 わたくしに殴られた頬を押さえ、立ち上がろうとした軍神が力なく膝をつく。

 どうやら効果はてきめんのようだ。むしろさすがは【七聖使(ウルスラグナ)】とほめてあげるべきだろう、魂を蝕むデバフを食らっても、人間の形を保てているのだから。

 

「近づくのは下策か……! 今度こそ圧し潰す!」

 

 肩で息をしながらなんとか立ち上がり、軍神が右腕を振るう。

 刹那、稲妻が落ちる。彼への道を遮るように、複数体の巨大な上位存在が顕現した。

 見下してんじゃねえよ殺すぞ!

 

「これらは蛇竜種(リザード)黎明巨星(ジュピター)を──」

「ナーフですわ!!」

「は?」

 

 足元から魔法陣を広げ、軍神が召喚した上位存在たちを一気に巻き込む。

 黒紫色の輝きが大地を満たした。

 

「あれもナーフ! これもナーフ! それもナーフ!」

 

 そして、激発させる。

 地面から流し込まれた憎悪の波動を受けて、上位存在が内側からぶくぶくと膨れ上がり、泡を吐いて潰れ、痙攣するように跳ねて弾けていく。

 十数に及ぶ巨大な敵影が残らず腐食、爆散していった。

 

 

「わたくし以外の総て、全部ナーフですわッ!!」

 

 

 これは憎悪の光。

 存在そのものを否定する呪いの禍光。

 普段のファイトスタイルからは遠いが、元々万能選手だから全然余裕で扱えるね!

 

「…………は?」

 

 展開した軍勢が刹那に全滅し、軍神がぽかんと口を開けて固まる。

 その間抜け面を見て、わたくしは鼻を鳴らした。

 

「馬鹿が。身の程を知りなさい。数を揃えただけで勝てるとでも? アナタが喧嘩を売っていい相手ではなかったということですわ」

「……巫山戯るなァッ!!」

 

 安い挑発に激昂し、軍神が大地を叩いて立ち上がる。

 彼の背後に姿を現したファンネル(何らかの権能だろう)がビュンビュン飛び交い、四方から魔力弾を撃ち込んでくる。

 普段なら飛び跳ねて避けたり腕でガードしたりするところだが、今はそんな動き必要ない。

 身に纏った黒焔に触れた途端、魔力弾は溶け落ちるようにして輝きを失い、無力化されていく。その光景に不沈卿は目を見開く。

 

「なん、だ、それは……」

「さあ何でしょうか。わたくしがたどり着いたとはいえ、それは今のわたくしではないので」

 

 言いながら、我ながら空々しい嘘だと思う。

 展開した刹那から分かっている。絶えず鼓膜の内側で響く悲鳴と怨嗟の声がうるさい。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()と、あらゆる存在を憎悪している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、万物万象に怨嗟を吐いている。

 

 

 分かっていますわよ、と口の中に言葉を転がす。

 これはそういう力だ。はっきりと断定できてしまう程度の、世界を滅ぼすための力だ。

 

 

無敵 何何何何

日本代表 いや本当になに?

宇宙の起源 あ、え?

 

 

 実時間上数秒ぶりに見たコメント欄が、驚愕と困惑に埋め尽くされている。

 

「ふ、不沈卿……!」

 

 信者たちの代表と思しき男が、声を震わせ軍神の元に駆け寄ろうとする。

 だが瞬きをした刹那、彼の行く先にはわたくしが立ち塞がっていた。

 

「それで?」

「……!」

「それでアナタたちは何なんです?」

 

 首を鳴らして問う。

 不沈卿にくっついてるだけの連中だが、恐らくこいつらがハインツァラトゥス王国の神殿残党だろう。

 代表らしき男が前へ一歩進み出た。

 

「私の名前はヤハト。我々は聖なる予言のもとに行動している」

「ヘェ~」

「世界に混乱をもたらせと、大いなる存在は仰っている。故に、上位存在を顕現させて、世界を焼かねばならないんだ。分かってくれ、流星の少女よ」

 

 ……ああ。脚本家の少年が、神殿の巫女を介して色々と暗躍してたやつの影響が残ってたのか。

 とはいえここまで長く、そして根深い活動になるのを見越してはいなかっただろう。

 何より予言と実際に行っている行動が違い過ぎる。軍神にいいように扱われてるな。

 

「フ~ン。軍神(イクサ)の覚醒者に泣いて縋り付き、リーンラード家の守護精霊というおこぼれを手に入れ。アナタたちは無事、単なる暴力装置になり果てたわけですか。いやあ、めでたい話ですわね」

 

 わたくしが腕を組みながら告げると、ヤハトは唇を戦慄かせた。

 

「……我らのことを何も知らぬ小娘が、愚弄するか」

「愚弄ではありません。()()()()()()()()。エセ神様の言うとおりにすればいいと思って。アナタたちみたいな連中のことを、馬鹿っていうんですよ」

「貴様!!」

 

 沸点低すぎでしょ。

 ヤハトは懐から短刀を引き抜き、こちらに切っ先を向ける。

 まずいな、と内心で舌打ちする。出力を極限まで絞っても、魔法使いでも騎士でもない一般人相手じゃ即死攻撃しか打てない。

 どうしたものかと悩みながら、ヤハトとにらみ合っていると。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「……!」

 

 裂帛の声を上げた軍神が、全身に上位存在の権能をフル搭載してこちらへ突撃してきた。

 

「へえ! 考えましたわね、片っ端から使い潰す作戦ですか!」

 

 何の上位存在なのかは分からねえが、何重にも権能の加護を展開しているな。本体に到達する前に次から次へと張り直されたら、確かに侵食勝ちは難しい。

 突撃してきた軍神のサーベルを右手で受け止める。余波に大地が爆砕する。

 

「で、す、が! 正面衝突はいささか無謀でしてよ!」

「ほざくな小娘えええっ!」

 

 軍神が背部を光らせ、一気に加速する。

 荒野から神殿付近の戦場まで直線でぶち抜き、最後にわたくしを大きく弾き飛ばす。

 

「死ねよ、禁呪使い!!」

 

 収束された加護の光が放たれる。

 目標を貫通したそれがまっすぐ伸び、神殿の残骸に直撃し轟音を響かせる。

 

「……っ!」

 

 貫通したのがデコイの黒焔だと気づき、軍神が表情を歪め、数瞬後に振り向く。

 おっそい。振り向いた刹那に頬へハイキックが直撃、加護の光が砕け散る。

 

「マリアンヌッ!?」

「無事だったんですね!」

 

 軍神と間合いを取り直すわたくしに、リンディとユイさんが声をかける。

 

「ええ! ですがこちらは!?」

「流星の砲撃が消えたから、押し込まれつつあります……!」

 

 空を埋め尽くそうとする蛇竜種相手に、みんなよく戦っている。

 それでも数の差は覆し難い。ロイとジークフリートさんというエース格は巨神兵の相手で精一杯。

 

「陣形を崩すんじゃないヨ青二才共!」

 

 青騎士さんが必死に戦線を維持している。

 ここを突破されたら総崩れだ。殲滅戦となるのは目に見えている。

 

「チッ。ユイさん、加護が残っていればわたくしにかけてください。もう一度二重詠唱して弾幕を──」

 

 その言葉の途中で、ふと音が聞こえた。

 遠方から凄まじいスピードで地面を疾走する音。走ってるんじゃない。車輪が回転する音だ。

 

「え……」

 

 その音をわたくしは知っている。

 ガバリと振り向く。遥か遠方からどんどん大きくなっていくシルエット。

 

「え、あれ何?」

「増援? でも、聞いてないです」

 

 二人が戸惑う中、わたくしは唇を震わせる。

 

「ネズカーと、巨大ロボット……!」

 

 

みろっく え、ロンデンビアのあれ?

鷲アンチ 何で来てんの!? いや何しに来てんの!?

 

 

 ああそうだ、何しに来たのかが正しい。

 確かに兵器として質が高いのは認めるが、神秘が跋扈するこの戦場で役に立つとは思えねえ。

 

「何をしに来ましたの!?」

 

 乗ってる人間が誰かなんて分かり切っている。

 わたくしが問いを叫ぶと同時、外部スピーカーを通じてパイロットがアンサーを返す。

 

「決まってんだろ、借りを返しに来たんだ!」

「嬢ちゃんには助けてもらったからなあ!」

「不審な動きがあり、何やら戦の準備をしていると聞いたからな。数日前から、軍事演習の名目でこちらに来ていたんだ!」

 

 順番にマルコ、ラカンさん、ローガンの声が聞こえた。

 ついに戦場へと到達したネズカーたちが、勢いよく空を舞う。

 

「行くぜッ、三獣合体ッ!」

『PUGYU!』

 

 なんて??

 

「ネズキャスト、ゴー!」

 

 マルコの掛け声とともに、ネズカーがまんまるで愛らしい瞳をキリッとさせると、身体を90度に折り曲げ胸部から腹部にかけてを象る。

 か、カワイイ~!!

 

「ロボアームズ、ゴー!」

 

 ラカンさんの掛け声とともに、巨大ロボがばらばらになり、四肢となって接続される。

 か、カッコイイ~!!

 

「プテラバック、ゴー!」

 

 ローガンの掛け声とともに、プテラノドンが飛んできて、背中に張り付いて背部ウィングになる。

 お前誰!?!?!?

 

「「「三獣合体ッ!!」」」

「誰!? 最後のプテラノドン誰ですの!? 当然のように交じってますが初見ですわよ!?」

 

 ガシャァアアン! と豪快な音を立てて、ネズカーの天井からカッコイイロボの顔が生え、ツインアイが光を宿す。

 拳を打ち合わせてから、巨大ロボがポーズをばっちりキメて、全身から光条を放つ。

 

「「「ネズカーZZZッ!!」」」

 

 どこに出しても恥ずかしくない巨大ロボが、戦場に舞い降りた。

 

「何ですのこれェッ!? こんな変形機能あったんですか? 嘘つきなさい確か最新型と旧型でしょ!? どう考えたって合体機能あるわけありませんわ! ていうかそのプテラノドンは誰!?」

 

 

映画化おめでとうございます。見に行きます。 PUIPUI!

 

 

 ネズカーZZZは腕を振り回し、全身の各部から魔力弾を放ち、すげえ勢いで邪竜種を薙ぎ払い、撃ち落としていく。

 は? 普通にキルスコア1位取る勢いだが……

 

「い、一気に戦局が押し戻されましたね……」

「そうね、助かったわ。アナタが呼んだんでしょ?」

「いえ、まったく。完全な飛び入りです」

「は?」

 

 あっけにとられる二人から顔を背ける。

 

 

木の根 えっ呼びつけたわけじゃないの?

苦行むり マジで勝手に応援として駆けつけた……ってコト!?

 

 

 いやまあ結果オーライってことでなんとかなりませんかね? ならねえな。

 ともかく蛇竜種の総数がガクンと減り、かなり盤面をフラットにできたのは確かだ。

 できればもう一手打って、確実に優勢としたいところだが。

 

「……っ!? 新手!?」

「え!? 何ですか!?」

 

 ぶわりと膨れ上がる存在感にリンディとユイさんが反応し、空を見上げる。

 だがこれもまた、その、知っている存在の感覚だった。

 

「ああ、もうめちゃくちゃですわ……」

 

 眉間を押さえ、重い息を吐く。身に纏う黒焔も心なしかしょげている気がした。

 直後、空中に展開されていた魔法陣が、まとめて薙ぎ払われる。這い出ている最中だった蛇竜種が身体の半ばで空中に放り出され、自壊して砕け散る。

 

『脆い! 脆すぎるな! なんだこの脆弱な存在たちは!』

 

 空を埋め尽くしていた魔法陣を片っ端から打ち壊していくのは、竜だった。

 水を司る竜、アイアスである。

 彼は大地を見下ろし、哄笑を上げ、その最中にわたくしと視線が重なる。

 

『クハハハッ! 矮小な存在よ。ここは既に我のりょうい……あれ?』

「あれ? じゃありませんが!!」

 

 さすがに天を仰いで絶叫した。

 こんな、こんな形で因果が成立することがあるかよ!

 

『えっなんでこんなにいるの!? 人間が! ていうか君もなんでここに!?』

「そりゃ今は人間同士の内ゲバの真っ最中ですからねえ!」

 

 突然現れた天然の上位存在を見て、全員動きが固まる。

 ええい! こいつはどうしてこう、人の集まる場所に来るんだ!

 

「あーもういいですわ! 来たからには手伝いなさい! その雑魚を処理してもらえますか!」

『む……いやしかし、我はお前の友達とかではないんだが……』

「うっさいですわね! ここにいる全員をけしかけてあげましょうか!?」

『それは嫌だ! 分かった、分かった! 協力する!』

 

 うっし! もう一手の押し込みもできた!

 

「ユイさんとリンディは……あら。もう『外宇宙害光線(アンノウンレイ)』は撃滅したのですか。素晴らしい戦果ですわね。ではもうひと踏ん張りです、戦線維持に戻ってください。かなり楽になったはずです」

「はい!」

「ま、私はお役御免かしらね。ちょっと後ろに下がって、全体進行の補佐に回っておくわ」

 

 よしよし、いい感じだ。

 こっちのペースになりつつある。予想外の増援が二つだったが、めちゃくちゃありがたい。

 

「さてと」

 

 拳を鳴らしながら、顔を向ける。

 

「辞世の句とかあります?」

 

 向こうは向こうで戦況を把握してたらしい軍神が、ゆっくりとこちらに向き直る。

 

「……何なんだ、これは。お前は一体何なんだ」

「哲学的な問いかけですわね。ですが既に答えた質問です」

「ああ、そうか。そうだったな……認めよう。君は正しく、私にとっての悪夢だ」

 

 軍神は嘆息して、戦場を見渡す。

 神殿の防衛線は健在。

 

「だが、君だ。君さえ倒せばこの戦いは終わる」

「同意見です。アナタを叩きのめせばそれでゲームセットですわ」

 

 視線が交錯する。

 互いに目的は分かり切っていて、手段もはっきりしている。

 目の前にいるこいつが邪魔だ。

 

 だから──勝負だ! 決着をつけようぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 ネズカーZZZとアイアスの参戦により、戦況は人類の優勢にぐっと近づいている。

 戦場の中心でマリアンヌと軍神が激突を開始して、それはより顕著なものとなった。

 軍神が次々に繰り出す上位存在の権能を、マリアンヌは砕き、穿ち、破壊して突き進む。

 

「P小隊前進! 叩き潰せ!」

「承知しました殿下! お任せを!」

 

 勢いを取り戻した人類側の中でも、ハインツァラトゥスの機械化兵団に指示を下しながら、自身も最前線で戦うユートの活躍は目を見張るものがあった。

 

「殿下、地上に関してはこのまま押し込めるかと」

「ああ、しかし……」

 

 ユートと青騎士は、揃って天を仰ぎ苦い表情を浮かべる。

 空を我がものとする空中戦艦。絶え間なく撃ち下ろされる砲撃によって甚大な被害が出ていた。

 ひっくり返りそうな戦況をギリギリのラインで拮抗させているのは、あの浮遊城に他ならない。

 

(制空権は向こうにある。そもそもこっちに空中兵器はないんだが、真っ向からぶつけられるとこんなにしんどいとはな)

 

 ユートは厳しい表情で思考を回す。

 

(……マリアンヌがひっくり返した。鉄火場になればこういうことができる女だってのは知ってた。だが、ダチがそこまでやってるからには──)

 

 自分の頬をはたき、男が息を吐く。

 

「俺も覚悟を、決めるしかねえよなあ……ッ!」

 

 首をかしげる青騎士の隣で、ユートは顔を伏せた。

 飛び交う炎によって生まれた自分の影に、低い声で語り掛ける。

 

「ベルゼバブ、保留してた契約だが」

『…………』

「いいぜ、結ぶ。結んでやるよ。だから力を貸せ!」

『…………契約、受諾した!』

 

 瞬間、変化は劇的だった。

 影の中からずるりと姿を現したベルゼバブが、ユートの首に掴みかかる。

 

「殿下……!?」

「落ち着け。これは契約だ」

 

 とっさに武器を振るいベルゼバブを引きはがそうとする青騎士を、ユートが制止する。

 彼の首を手でつかんだ悪魔がニヤリを笑みを浮かべた。

 

『改めての確認だ! オレサマの力を貸してやんよ。代償は闘争……! 燃え滾るような戦いをしろ。そうすればオレサマは満たされる。戦いが激しければ激しいほど、契約に基づきオレサマの力は解放され、お前の使える範囲も広がる……!』

「ハッ、親切じゃねーか。契約を申し込んだ後にももう一度確認してくれるとはな」

『そのあたりは、ルシファー様にガイドラインを作られたからなァ!』

「ガイドライン??」

 

 基本的には放任主義のルシファーだが、導入できる西暦世界知識(現代チート)は導入しているらしい。

 契約が完了し、ベルゼバブの姿が煙のように消え、ユートの喉にカッと熱が押し付けられる。

 喉元に刻まれた刻印。黒ずんだそれは、ベルゼバブとの契約を結んだ証に他ならない。

 

「殿下……いいのですカ? 王子自ら悪魔と契約など、知られればことだと思いますがネ……」

「生憎他に手が思いつかねえ。マリアンヌのサジタリウスに撃ち落としてもらうかと思ったが、みたところ物理的な攻撃は全部すり抜けちまいそうだからな」

 

 ユートの推測に、青騎士も渋い表情で頷く。現状の切れるカードでは、あの空中戦艦に対応できない。

 だから、山札から新たなカードを引くしかないのだ。

 

「告発するか?」

「ご冗談を。私の忠誠は、誇りある王族のもとにこそですヨ」

「助かるよ」

 

 青騎士が膝をつき平伏するのを見て、ユートは頷く。

 それから空を見上げると、キッとまなじりを吊り上げる。

 

「さあいくぜ。多分この戦場での、俺の役割はこいつだ」

 

 右手をかざす。

 イメージするのは、知る中でも最強の最大火力。

 かつて臨海学校にて、自分のバイクに乗せて『混沌(カオス)』相手に立ち向かっていった、漆黒の翼を広げたマリアンヌ・ピースラウンド。

 彼女が肩に載せて撃っていた圧縮魔力可変速射出装置『ロストレイ・ミーティウムアロー』──本人曰く、悪役魔法少女令嬢ブラスター。

 

(名前はふざけていたが、威力は本物! あれを再現できれば……!)

 

 ユートが立つ地面が隆起し、マグマが吹き上がる。

 瞬時に固まっていくマグマが積み重なり、積み上げられ、形を成す。大地に接続した砲台。ユートの右腕をまるごと飲み込んだそれは、ゆっくりと角度を変えて、空を占拠する雲の城へ砲口を向ける。

 

「的がデカくて、助かるよ……!」

 

 射線上に空中戦艦を捉えた刹那、頭の中でトリガーを引く。

 砲口から放たれるは赤熱する収束魔力砲撃。それも弾丸ではなく、絶えず魔力を浴びせ続けるレーザービーム。

 放射の余波で一帯の空間そのものが赤熱する。少し離れた場所で、軍神を殴り倒している少女が「えっゲロビ!? 誰のCSですか!?」と絶叫していた。

 

「ぎ……っ!」

 

 反動に悲鳴を上げながらも、砲身の固定に全神経を注ぐ。

 放たれた熱波が上空へと殺到し、回避する間もなく空中戦艦へ直撃する。当然実体などないのだから、そのまま素通りして熱波だけが成層圏へ送り込まれていく。

 だが、雲を司る上位存在に対して、()()()()()()()()という選択をしたところにユートの直感の鋭さがあった。

 

(雲は……結局のところ水分! マリアンヌだったか!? 前に誰かがそう言ってたよなあ!)

 

 果たしてユートの狙い通りに。

 空間そのものを赤熱化させる熱波動を受けて、空中に浮かんでいた戦艦が動きを止めた。

 ぶくぶくと膨れ上がっては端から弾けていく。

 ベルゼバブから貸与された悪魔の権能。それは根本的な出力の向上に寄与している。水分を片端から蒸発させられては制空権を握る存在とはいえたまらない。

 いいや、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、熱波の攻撃には耐えられない。

 

「ッハ────んだよ楽勝じゃねえか!!」

 

 本人は強がっているということは誰の目に明らかであっても。

 確かに、ユートの勝利であることに疑いはない。

 片端から蒸発させられていた雲の浮遊戦艦が、ついにコアまで熱波が届き、弱点である沸騰に耐えきれず蒸発していく。

 地上から伸びた赤い閃光がついに、空の支配者を気取っていた戦艦を跡形もなく消し飛ばした。

 

「ハハハハハッ! やれる! やれたじゃねえか……ッ!」

 

 膝をつきながらも、ユートは口をガバリと開けて笑みを浮かべる。

 

(なるほどな! 出力が増えて、やっと分かった……! この禁呪は、()()()()()()()()()()()()()()()()()!? だからここまで環境を弄れるんだ……!)

 

 多大な戦果を挙げながらも、ユートの関心は外ではなく内へと向いている。

 禁呪『灼焔(イグニス)』を確実に発展させていく中で、ついに上位存在すら一蹴するまでに至ったユート。

 だが、軍神が用意したコアユニットはまだ残っている──

 

 

 

 

 

 

 

 時を同じくして。

 氷炎の巨神兵を相手取っていたロイとジークフリートの二人は、戦況の変化を感じつつも、身動きが取れずにいた。

 

(無限の再生能力。ジークフリート殿ですら突破できないとなると、何らかの相性か……?)

 

 振り回される剛腕を飛び跳ねて避けつつ、ロイは決定的な働きができずにいる竜殺しを見やった。

 悪性存在が相手ならば瞬時に決まっていただろう。しかし攻撃を受け止めた際から、ジークフリートは立ち回りを普段の騎士としてのスタイルに徹底させていた。

 

「やはり、悪性ではないのですか!」

「どうやらそのようだ……! 善悪ではなく、()()()()()()()()()と感じる!」

「意図的に調整されている!?」

「かもしれん!」

 

 二人の剣が巨神兵の表皮を切り裂き、神秘の粒子が血しぶきの代わりに飛び散る。

 だがダメージを与えられた様子はない。瞬時に巻き戻し動画じみた再生が始まり、巨神兵は傷一つない姿に戻る。

 

(まずいな。僕らが足止めされているようなものだ。全体の流れが悪い以上、早く切り上げなくてはならないところだが……)

 

 そう思いながらロイが振り向いた時。

 ロイの視線の先では、ネズカーZZZが、多勢に無勢と承知しながらも必死に戦っていた。

 弾幕を張り、四肢を振り回し、邪竜種を一匹でも多く叩き落そうと暴れまわっている。

 

「はあ!?」

 

 意味不明の光景に、ロイの思考が停止する。

 

「じっ、ジークフリート殿! あれは一体なんです!? 味方!?」

「……なるほどな」

「え?」

 

 その光景を見て、ジークフリートが、何かを悟ったように頷いた。

 手に持った大剣を肩に担ぎ、巨神兵を見上げて口を開く。

 

「今はっきりと理解したよ。あの可愛らしい動物が参加し、必死に戦っている」

 

 彼の視線の先にはネズカーZZZがあった。

 胸部に残ったネズカーは必死の形相で、目をつり上げて戦っている。

 

「我々人類のために、必死に戦ってくれている。どちらが正しいかどうかではないんだ。問題は──あの可愛らしい小動物相手に、容赦なく攻撃を加える様が正義のはずがない!

「なんて?」

 

 ジークフリートは何かを誓うように目を閉じ、それから口を開く。

 

 

「転輪せよ、悪逆の光──不屈(キボウ)の詩歌を響かせよう」

 

 

 加護が起動される。

 世界を滅ぼす悪逆相手に振るわれる、今を生きる人々を守護する絶対の刃が光を宿す。

 

 

覚醒(めざめ)の時だ──光輪冠するは不屈の騎士(レギンレイヴ・ジャガーノート)

 

 

 解号の言葉と同時、ジークフリートの全身に加護の光が宿る。

 悪逆を浄滅する輝きを身に纏い、絶対の宣告者として彼は叫ぶ。

 

「貴様は──悪だ!」

「それでいいんですかジークフリート殿!?」

 

 かなり恣意的な判断のような気がした。

 巨神兵の腕の一振りに対し、真正面から刃を叩きつける。

 

『!?』

「ツァッ!」

 

 巨神兵の腕が半紙を引き裂くようにして断たれる。

 先ほどまでとは違う。明らかにジークフリートの加護が発動し、相手を悪性と認めている!

 

「これで終わりだ、沈めッ!」

 

 そのまま腕の半ばから駆け上がり、ジークフリートは巨神兵の頭部へ渾身の一閃を叩き込んだ。

 頭部から胸部にかけてを大剣が切り裂き、コアに刀身が接触。

 刃がコアめがけて食い込んでいく。歯を食いしばり、刀身を押し込む。

 

『────!』

「邪魔はさせない!」

 

 腕を振り回してジークフリートを叩き落そうとする巨神兵に対して、ロイが雷撃で行動を妨害する。

 その隙に、竜殺しが加護の輝きを最大限まで高めた。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 ザンッ! と音が響き、コアが両断された。

 ジークフリートが着地する背後で、巨神兵が力なく崩れ落ち、光の粒子に還元されていく。

 

「やりましたね、ジークフリート殿!」

「ああ……だが休んでいる暇はないな」

 

 見上げれば、ネズカーZZZとアイアスによって蛇竜種は蹂躙されている。

 機械化兵や騎士たちも上空からの砲撃が消えたことで、十全に動けるようになっていた。

 全体の趨勢は決した。軍神が用意した三つのコアユニットは撃滅され、残るは敵の指揮官のみ。

 

 

(これで、マリアンヌ嬢の元へ────!)

「やめておきたまえ、ジークフリート君」

 

 

 ゾッと背筋が凍った。

 ジークフリートは息を吐いてから、ゆっくり振り向く。

 自分の背後に、男が佇んでいた。豪奢な長い金髪をそのままになびかせ、黒いシャツに黒いネクタイ、黒いスーツを合わせた男。

 

「ナイトエデン・ウルスラグナ……!」

 

 名を呼ぶと、ナイトエデンはちらりとジークフリートを見る。

 神殿から少し離れた荒野だが、彼が佇んでいると神秘的な光景に思える。

 

「ジークフリート殿。彼は……」

「ああ、ロイ・ミリオンアーク君か。君にも挨拶をしておかなくてはならないな。私は、私たち【七聖使(ウルスラグナ)】のリーダー、『開闢(ルクス)』の覚醒者であるナイトエデン・ウルスラグナだ。以降お見知りおきを」

 

 優雅に礼をするナイトエデンの姿に、ロイは息をのむ。

 

「ウルス、ラグナ……?」

「うむ。君はイレギュラーであるがゆえ、まだ覚醒者として不完全……だがいつかは肩を並べて戦う日が来るだろう。楽しみにしているよ」

 

 微笑みを浮かべた後、ナイトエデンは視線を横にずらした。

 その先では、一騎打ちとなったマリアンヌと軍神が、互いの全てをぶつけ合っている。

 

「ジークフリート君。これは忠告だが……君が行ったところで結果は変わらない」

「……オレを侮っているのは構わない。だが、大前提としてマリアンヌ嬢が負けると判断するのは気に入らないな」

()()()()()()

 

 ナイトエデンの言葉の真意が掴めず、ジークフリートは数秒黙った。

 その間に、七聖使のリーダーは深く頷く。

 

「いやよくやった。本当によくやったよ。ここまでとは思っていなかったんだ。どうにも、私の見込みが甘かったようだね」

 

 戦友の戦いを眺め、ナイトエデンは唇をつりあげる。

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 軍神が繰り出す多種多様な権能。

 いちいち分析するのはダル過ぎるので、もう何も考えずにひたすら蝕み、砕いていく。

 真っ向から削り合う。この身に纏う黒焔は、あらゆる存在に対して、()()()()()()()()()()()()()()()()ような効果を持つ。その果てが自壊や腐食なのであり、本質は徹底的なデバフ効果だ。

 

「どうにも打ち合いづらいな!」

「すみませんねえ、強くって!」

 

 触れた端から汚染されていくのだから、軍神は上位存在をほとんど使い捨てている。

 単に顕現させるだけでは何の意味もない。加護を自分の身体に纏って、サーベルで鋭い斬撃を繰り出してくる軍神。その方針は何も間違っちゃいない。

 だがな!

 

「借りパクしかできないカスに負けるわけがないでしょうが! このフニャチン卿ッ!!」

 

 裂帛の叫びと共に拳を打ち出す。

 十を上回る加護の防護膜をまとめて貫通し、そのまま彼の腹部に拳をめり込ませる。

 

「ぐぽっ……!?」

 

 血を吐いて倒れ伏す軍神。

 そのすぐ手前で腕を組み、わたくしは問いかける。

 

「トドメを刺す前に、一応聞いておきます。アナタ、何がしたいのですか?」

「……なんだ、急に」

「目的を知らないな、と思いまして」

 

 世界を始点まで巻き戻し、唯一神として君臨する。分かる。全然分かる。

 だがこれは、()()()()()()()

 唯一神になってどうするのかが目的のはずだ。それをまだ知らない。

 

「……争いをなくす」

「へえ。あなたが世界を完全に管理すると?」

「ああ。強者と弱者がいるから、争いは生まれる。だから全員……全てを、強者とする」

 

 あっ。ふーん。

 

「私は唯一神として、生きとし生けるものすべてに、上位存在の強度を与える」

 

 うわ~、そういう系の思想の人だったの?

 めんどくせえなと思いながら、顔を上げる軍神に、しゃがみこんで視線を合わせる。

 

「一つ質問ですが」

「なん、だ?」

「アナタみたいな人って、()()()()()()()()()()? 全生命を、極端に弱体化させる方向性の均質化も可能なはずです。アナタも力に囚われているのでは?」

「……それでは、いけない。弱き者同士では、相対的な弱者になるまいと競争が発生する」

「ああなんだ。分かっているではありませんか」

 

 鼻を鳴らす。

 

「競争は発生しますわよ。どれだけ頑張っても、それが生物である限り必ず発生しますわ。均質化すれば争いは起きないって、どう考えても無理でしょう。だってそれ、()()()()()()()()()()()()()()

「だからこそ、私が神として、競争が起きないように……!」

「はい、その通り。アナタは自由を奪うしかありませんわ。自由と闘争は二つで一つなのですから」

 

 やっと分かった。

 こいつがなーんにも分かってない、ってことが分かった。

 わたくしは立ち上がり、彼に背を向けて歩き出す。

 

「闘争を経ることなく与えられた果実は、人間に害しか及ぼしません」

「……!」

「それは人間を堕落させるか、傲慢にさせるかのどちらかです」

 

 どうにもならない現実をなんとかしたいとき、人間は理想にしがみつこうとする。

 だが理想を実現させようとするのは、理想を現実に落とし込む、ということだ。

 過程で生じるノイズへの対応こそ、統治者として腕の見せどころだろう。その点、わたくしの国の王子たちはメッチャよくやっている。あいつらはなんか知らんけど常時内政チートを発動しているっぽい感じがある。だから、よく知ったグレンやルドガーを比べて、この不沈卿という男は……どうにも格が落ちる。比較対象が悪いんだけどな。

 

「結局アナタは、Vtuberのオーディションを他人事にしか捉えられない程度の人間ということです」

「は? ぶ、ぶい……?」

「消費するオタクならそれでいいのですが、世界を支配するなどと息巻く人間が、かき消される存在を良しとして、存在を消費する仕組みをただ無知のままに肯定しているのは論外ですわ」

 

 振り向く。

 十分な間合いを取った。わたくしは右腕に黒焔を集中させると、腕を振り上げた。

 

「時間の無駄でしたわ。生半可な理想論者の話なんて……」

「────! ゼルドルガ!!」

 

 最後の一撃を放とうとした刹那、軍神が叫びをあげた。

 ぞわりと全身を悪寒が舐める。まずい。

 最速で放った焔が、地面を伝って軍神へ殺到する。だが彼の直前で焔が静止し、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ゼルドルガの権能!? こんな精度で扱えるのですか……!?」

「神殿には遠いが……背に腹は代えられない! ここからゼルドルガを使って突破する!」

「完全顕現できるだけの力はないはずです!」

「最後の策だ……こちらが追い込まれた時も、計算に入れないはずがないだろう?」

 

 上空に絶えず展開され続けていた魔法陣が止み、戦場が不気味な沈黙に包まれる。

 立ち上がり不敵な笑みを浮かべる軍神。

 その表情を見て、ハッと気づく。

 

「そ、そういうことですか!? この戦場に、人間でなく神秘の軍勢を引き連れてきたのは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!?」

 

 順当に押し込めたら儀式を行って勝ち。

 追い詰められても、軍神がため込んでいた軍勢が撃破された後、その神秘だけは一帯に残っている。

 つまり、今この戦場に限っては、現代とは思えないほど神秘に満ちた、上位存在の世界になっている──!

 

「さあ顕現せよ、時上りの龍よ!」

 

 軍神が両手を広げ、天を仰ぐ。

 戦況が一変する予感に、ロイたちがこちらへ駆け寄ってくる。

 

「時の流れは一方向ではない。今こそ権能を解き放て、時上りのゼルドルガ」

 

 空間が拉ぐ。

 大気を歪め、超常の存在が姿を現す。

 

「リーンラードは滅びた。新たなる主の命令に従う時だ」

 

 防衛本能が全身全霊で警鐘を鳴らす。

 黒焔を放つが、軍神の元へ届く前に無力化され、こちらに戻ってくる。

 他の面々も直感的に攻撃を放つが、同様の巻き戻しで攻撃が届かない。どうしろと!?

 

「逆巻きの渦で世界を飲み込め。真なる覚醒者しか抗えぬ、時の波濤を巻き起こせ」

 

 金色の龍が、現れる。

 西洋の龍ではなく、日本の伝承に語られる龍に形状は近い。大きな翼はなく、ともすれば蛇のように長い胴を複雑に絡ませ、上空を覆い尽くしている。

 天を割り、全長ゆうに3キロメートルはある生命体が、空を覆い尽くして顕現する。

 まずい! 儀式場に到達しなくても、小規模な巻き戻しなら行使できるのだとしたら、止める手立てがない! 何かないのか!? 何か────!

 

 

「世界に、正しい形で、正しい秩序をもたらすために──!!」

 

 

 

 

 

 

 

『おうともさ。儂たちは、人間に求められて顕現する』

 

 顕現したゼルドルガを。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 空間そのものを爆砕する衝突音と共に、ゼルドルガの巨躯が弾き飛ばされ、山に墜落する。

 

「……は?」

 

 もう一体の龍がいた。

 ゼルドルガに等しい全長の、銀色の巨龍。

 大怪獣バトルが起きていた。

 

「アナタ、もしかして、ミクリルア……?」

()()()()()()()()()()()。あいつ、儂が復活する条件も整えてくれたからな』

 

 龍がわたくしの傍まで降下して語る。

 若返る、のではない。

 そうだ。ミクリルアは時下りの龍。

 幼体に弱体化していたのは、つまりこちらの価値観で言うところの、よぼよぼのおじいちゃんになっていたわけか……!

 

『嬢ちゃんが指輪を持ってきてくれて助かったよ』

「……これは、何なのですか?」

 

 ポケットに入れていた指輪を取り出しかざす。

 それだけで、二体の龍の存在感が絶大なものに膨れ上がった。

 

『……昔、世話になった人間がつけてたモンさ。儂とゼルドルガを、世話してくれた人間だ。馬鹿みてえに自信過剰な、馬鹿な女だったがな』

「……入れ込んでいるのですか?」

『フン……』

「やめておいた方がいいと思いますけどね、そんな女」

『なんて? 嬢ちゃんが言う? え?』

 

 いやわたくしは自信過剰じゃないし。すべて裏打ちされた自信だから何一つ過剰じゃない。

 明らかに抗議のまなざしを向けてくるミクリルア。巨大に過ぎる身体を小さくまとめているから、どことなく可愛らしさすら感じる。

 

「マリアンヌ、味方でいいんだよね?」

『ああ。あの馬鹿野郎をぶっ飛ばしに来てるぜ』

 

 駆け寄ってきたロイの質問に、わたくしより先にミクリルアが答えた。

 

「勝てるのですか?」

『勝つさ。儂が勝たなきゃおしまいだろう』

 

 そう言って、ミクリルアが戦意を高める。

 だが、どうだろうな。軍神がただゼルドルガを召喚して終わりとは思えない。

 視線を向けると、軍神の元にゼルドルガが身体を寄せていた。

 

「だからどうした。そんなもので何ができる!?」

「逆に聞きたいですが、アナタこそ何ができるのですか」

「私は神となる。いいや私は既に神だッ! 世界を支配し、正しい在り方にする神だ──ッッ!!」

 

 雄たけびを上げて。

 軍神が、ゼルドルガの中に沈んでいく。

 その光景に、遅れて駆けつけたジークフリートさんたちが驚愕した。

 

「……ッ!? 一体化するつもりか!」

「そんな! ゼルドルガクラスの上位存在に自分を溶かしこんで、自我を保てるはずがないわよ!」

 

 その通りだ。到底できるとは思えない。

 だが、ヤツは【七聖使】の一員。これぐらいできるんだろうなあ……

 

『フハハハハハハハハハハハハッ!!』

 

 はい、できてました。

 ゼルドルガの額に、軍神が姿を現していた。

 何これ? デモンゾーア?

 

『チッ……ゼルドルガの野郎だけならよかったが、そう来たか』

 

 渋い声を上げるミクリルア。

 どうやら強化の扱いでいいらしいな。

 ……ふーん。龍と合体して竜騎士ガイアごっこか。……ふーん。

 

「わたくしも戦いましょう」

『へえ! 来るか、儂たちの領域に! 最も新しきもの!』

「当然です。明日を生きる権利を勝ち取るための戦いならば、悪役令嬢が参戦しない理由はありませんわ!」

『ああいいぜ。やってみせな、悪役令嬢ちゃんよ!』

 

 全身に纏う黒焔を滾らせて、わたくしはゼルドルガと軍神を見上げる。

 気に入らねえ。見下しやがって。

 

「ミクリルア」

『ん?』

 

 だからこそ。

 奴と戦うためにも、確かめねばならない。

 

「アナタは……時は上るものと定められた今この瞬間、この場所においても、あり方を変えていないのですね」

『……まあな。儀式の結果と言われちゃいるが、殺し合いの果てに……在り方は決まった。それでいい。だが、決まったものに後出しで影響を出すなんざ論外だろう』

 

 ああ、素晴らしい。

 いいな。その精神性。称賛に値する。

 なぜなら。

 

 

「ならば──まさしく、アナタのあり方は流星ですわね!!」

『え? あ、まあそうかもな』

「言質取りました」

『えっ』

 

 

日本代表 は?

幼馴染スキー うわっ気抜いてた今何言った??

火星 ちょっと待って! ここから介入するつもりなの? 噓でしょ?

 

 

 わたくしは至近距離にあるミクリルアの身体に腕を伸ばし、手を添える。

 

『えっ!? 嬢ちゃんこんな力使ってたのか!? 普通に儂に干渉できてるがこれ!?』

「さっきから破壊衝動と自滅衝動と虐殺衝動がすっごくてェッ……! 気を抜いたらだれかれ構わず命を命だったものにして辺り一面に転がしてしまいそうなんですのォォオオ」

『力に呑まれそうになってるじゃねーか!』

 

 力に呑まれそうだったら!

 ついでに他の奴も巻き込んで呑まれてしまえばいい!

 そうすりゃ暴走も分散して、自由に動かせる幅が広がる!

 

「さあ、勝負ですわ!」

 

 わたくしは胸の谷間に手を突っ込むと、そこにずっと仕込んでいたブツを取り出して掲げる。

 

「リベリオンチップですわ!」

「え、何ですかその玩具みたいなやつ……」

 

 ユイさんが疑問の声を上げ、一同も首をかしげる。

 ただリンディだけが、顔面蒼白になって愕然としていた。

 

「あっ……あ、アンタそれ……! なんてものを持ってるのよッ!?」

「ふふっ。切り札は最後まで取っておくものですわ!」

 

 変身ベルトは今回省略。すまんなルシファー。いつか使うから。

 右手でチップを握りつぶし、内部に充填されていたルシファーの端末を構成する要素を展開する。

 

 ヒントはさっきもらった。

 ネズカーたちが見せたあの合体。

 デカブツを倒すなら、こっちもデカブツになればいい。

 

 

第三の性別 は?

鷲アンチ やめてくれ……

外から来ました 怖い

みろっく 何してるの?

宇宙の起源 本当にやめてください

日本代表 頼む 止まってくれ 止まれ

 

 

 止まるわけねーだろバーカ! わたくしは今アクセル全開なんだよ!

 

 

TSに一家言 止まるわけないっていうかもう止まる気がないの方が正しいのでは

無敵 これもう事実上の死刑宣告だろ

 

 

 ナイトメアオフィウクスの炎が、飛び散ったルシファーの粒子に対して干渉、存在の位を引き下げ、溶接していく。

 わたくしではない。ミクリルアの鎧となっていく!

 

『え!? ちょっとタンマタンマタンマ! 嬢ちゃん何やってる!?』

「知れたことォッ! 向こうだけ竜騎士ムーブとか許せませんわ! わたくしもあれやりたい! さあ行きますわよ、レッドアイズ・フュージョン!!」

『質問に答えてくんねえかなああああああああ!!』

 

 次々に形を成し、ルシファーを構成する要素が鎧として着装されていく。

 わたくしは地面を蹴って飛び上がると、ミクリルアの頭頂部に着地。

 最後に頭部を保護するフェイスガードが顕現し、変化が完了。

 

「これこそが! 巻き戻しの逃避ではなく、明日を生きる人々のための光! 未来を切り拓く空前絶後の力ッ! その名も────!」

 

 主導権はわたくしにある。

 ふわりと浮かび上がり、軍神+ゼルドルガに高度を合わせ。

 わたくしとミクリルアは、最高の舞台で見得を切る!

 

 

 

真紅眼の令嬢竜(レッドアイズ・マリアンヌドラゴン)ッッ!! ですわ!!」

 

 

 

「なんて??」「なんて??」「なんて??」

「なんて??」「なんて??」「なんて??」

 

 

宇宙の起源 なんて??

外から来ました なんて??

火星 なんて??

日本代表 なんて??

 

 

 応援ありがとう!

 

『待ってくれエエエエエエッ! 儂の身体どうなってる? これどうなってる!? 元に戻るんか!? なんか関節の数が十倍ぐらいになっとるんだが!?』

「良かったですわね。片付けが便利になりましたわ」

『体積激増してて不便なんじゃねえかなあ!』

 

 さあフィールド上には一体ずつの融合モンスター!

 正直いつの時代の環境だよって感じだが……いや……ドラグーン……ま、まあいいや。

 

 とにかく──

 

「ここから先はわたくしだけに疾走が許された、栄光のロード! 気高き怒りに触れる者、百万回死んでもおかしくありませんわ! 当然ながらファイナルターン!!」

 

 

 デュエル開始の宣言をしろ!! 磯野ォッ!!

 

 

 











ぬくもり様よりマリアンヌのイラストをいただきました!

【挿絵表示】

終わってしまったマリアンヌのイラストです。
めっちゃいい!こういう終わった女本当に好き……
目の感じがいいですよね。輝きがない。もう輝きにたどり着けない。こういうイメージだったので本当に最高です。
まあマリアンヌというよりは元マリアンヌという感じであるんですけどね。
ぬくもり様、素敵なイラストありがとうございました!

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