TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART9 ナイトメア・リベリオン

「アッハッハハハハハハハハハハハハ!! なんだあれ! 融合したぞ! 面白いな、今代の流星は!! 最高じゃないか!!」

 

 ナイトエデンがレッドアイズマリアンヌドラゴン(意味不明)を指さして、腹を抱えて笑っていた。

 呆然としているユイたちを見渡しながらも、彼は息を深く吐き、ネクタイを緩めた。

 

(いやしかし想定外だったな、私もまだまだというほかない。そうか、彼女がリーダーだったか。やはり現場に出てからこそ、学ぶべきことは多いな)

 

 既に決着は見えている。

 だがナイトエデンは、あえてここに残ることを選んだ。

 

「ふむ、成程。では見せてもらおうか、彼女の輝きを。いやしかし……むう。私が禁呪保有者にこんな感情を抱いてはならないのは承知しているが……しかし……いや、いや、やっぱりアレかっこいいなあ! 私もやりたいな。やれるか? うーむ…………ヌッ! なんかできた気がするぞ……!」

「…………は?」

 

 ジークフリートは、ナイトエデンの言葉を聞いて、まさかこいつも向こう側なのかと絶句することしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

配信中です。
 
上位チャット▼


苦行むり DX超合金マリアンヌ、シノギのにおいがする

TSに一家言 馬鹿か?

鷲アンチ 人間をロボの売り出し方で売るな

幼馴染スキー 竜騎士ガイアじゃん

適切な蟻地獄 DLCに近いはずなんだがなんで本編になってんだろうな

red moon 七聖使が相手だからかな……

みろっく そもそも七聖使って何なん? いや原作にいないのは聞いたけど、結局何なの?

宇宙の起源 何なんでしょうね……(思考停止)

日本代表 軍神からアクセスされてる? やっぱ弾けない?

火星 無理無理無理。ばちこりアクセスは来てるけど俺もう統括権ないし

外から来ました まあなあ、俺たちから弄れるパスが死んでるわけだもんな

火星 あ

火星 これ分かったかも

日本代表 えっ、何?

火星 なんか緊急時アクセスが動いてる感じがあるから、そこにライン噛ませて悪さしてるやつがいる

日本代表 ファ●ク

無敵 Fワードだけは言わんといてくださいよ!

【この夏休みを】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA EXTRA CHAPTER【終わらせに来た!】

4,528,982 柱が待機中

 

 

 

 

 

 

 

 第二形態に移行した軍神と、空中で睨み合う。

 ゼルドルガによる改変が実行されたらアウトだ。故に、先んじてこいつを潰す必要がある。

 

『なんのつもりだ……合体? 融合? 笑止だな! 貴様のそれは上に乗っただけではないか!』

「ミクリルア、あいつ殺しましょう」

『気持ちはわかるが、抑えろ抑えろ』

 

 令嬢としてのラインをブチ壊して中指立ててやろうかなと悩むわたくしを、ミクリルアがなだめる。

 

「何を冷静なこと言っているのですか! あの男、わたくしたちを! マスター・オブ・ドラゴンナイトのことを馬鹿にしやがりましたわ! もう絶対に許すわけにはいきません!」

『ちっげーよ! 今の儂と嬢ちゃん、この黒炎を媒介にして深層連動状態(ディープシンクロ)になってるだろ!? 嬢ちゃんがキレると……儂も何もかも、全部ブチ壊したくなるんだよッ! せめてシンクロ解除してから怒ってもらえるか?』

「え……何それ……知らん……怖……」

『無自覚にやってんのォ!?』

 

 初出単語じゃん。急に情報出してくんなよ。このゲーム情報出すタイミングが全体的に狂ってるんだよ。あと毎回毎回一気に出し過ぎ。

 それにしても、わたくしとしてはナイトメアオフィウクスの炎で粒子を溶かしてくっつけるだけだったのだが、それがミクリルアの存在に組み込まれているようだ。ああ、だからミクリルアの身体をわたくしが動かせてるのね。

 

『と、とにかくだ。この状態なら奴さん相手でも対抗できるのは間違いねえ。だが、嬢ちゃんの負担がデカすぎる! 一気に決めるぞ!』

「望むところです!」

 

 ミクリルアに身体の権利を返すと同時、彼はわたくしを乗せたまま加速した。

 相手の龍と距離が詰まる。軍神がキッとまなざしを鋭くして、ゼルドルガの身体に指令を出す。

 

『弾き飛ばせ!』

「ミクリルア、真っすぐ突っ込みなさい!」

 

 全長3キロメートルに及ぶ巨龍が二体、大空で激突する。

 その余波は文字通りに大気を砕き、身体の周辺の時空を歪ませた。伝播する衝撃に、眼下の大地も地響きを鳴らす。呆然とこちらを見上げていたユイさんたちが、慌てて退避を始めた。

 だが、別にいいけどな。すぐに終わらせてやるよ。

 

『押し負ける!? スペックでは上回っているはず!』

 

 ゼルドルガの身体を、ミクリルアが圧倒的な膂力でねじ伏せていく。

 フン。ミクリルアにルシファー粒子の鎧を装備させたのは、英断だったらしいな。明らかにスペックアップしている。

 そしてそれだけじゃない。わたくしたちが纏う黒焔が、ゼルドルガのランクを引き下げていく。もう下げに下げている。

 

『嬢ちゃん、こいつはすげえな! 力が漲る……!』

 

 文字通りの鎧袖一触。

 ミクリルアがコマのように回転し、ゼルドルガの頭部を尾で打つ。

 雲を散らしながら金色の龍が吹っ飛んでいく。おいおい、相手になんねーな。レベル1のCPUかよ。

 

「ふふん。ルシファー様様ですわね。今回ばかりは素直に感謝してあげますわ!」

『そうか。おれとしてはお前のために作ったはずだったんだが……』

「ヒョオワッッ」

 

 うわああびっくりした! 後ろにルシファーいた!

 実体化ではなくイメージ映像みたいな感じではあるが、厄災の具現たる大悪魔は、黒焔と共にルシファー印の鎧を装備したミクリルアの上で、じっとわたくしを見つめている。

 

『うおっなんだ!? 嬢ちゃん、何を出した!? なんか頭の上にヤバすぎる存在がいるっぽいんだが!?』

「あ、そのお……えーっと……あの、すみません。そこまで思い入れがあったとは……その、誠実さに欠けていたかもしれませんが……は? めんどくせえですわ! わたくしがもらったんだから有効活用するのぐらい自由でしょう!?」

『情緒不安定過ぎねえか?』

 

 謝ってる途中でダルくなり、キレて勢いで誤魔化す方針に切り替えた。

 これでなんとかならねえかな。なんとかなれ!

 念じているわたくしに対して、ルシファーは無表情で、じっと、じーっと金色の眼を向けてくる。

 

『お前に用意したプレゼントを、そのまま他の男に横流しにされ、それを偶然発見してしまった。おれには恐らく怒る権利がある』

「ま、まあそうかもしれません」

『ついでに言うとこの状況は、どう考えても、お前がおれをダシにして他の男とイチャついているシチュエーションだ』

「馬鹿ですか? 馬鹿でしたわね……」

『心の底からの屈辱だ! 寝取られというやつだろう、この間龍め! だが……しかし。分からない。自分でも説明できないのだが……』

 

 意味不明の解釈パワーを見せつけて、ルシファーはカッと目を見開く。

 

『何故か目が離せないッ!』

「あ、ミクリルア、こいつもう無視して大丈夫ですわよ」

 

 わたくしが声をかけると、アーマードパックを装備したミクリルアは沈痛な息を吐いて頷いた。

 これに滅ぼされるの、嫌だなあ……

 

『くくっ……知っているぞ。放置プレイというやつだな。流石はマリアンヌ、プライオリティを定めて見事にコンフリクトを避けたか……!』

 

 不愉快と不愉快で掛け算すんのやめてくんねーかな。

 

 

火星 で、結局、このナイトメアオフィウクスって何なんだよ

宇宙の起源 分からない、ミクリルアと合体しているのも全然分からない

TSに一家言 サジタリウスから察するには、セーヴァリスが用意していた形態変成(フォームシフト)なんだよな?

みろっく でもオフィウクスだから十三番目じゃないのか

 

 

『さあ行くがいい、マリアンヌ。(そら)を焦がし、(ソラ)を灼かんとするのならば! 流星の少女よ、お前の進む先、新たなる十三番目の至高領域へたどり着くだろう!』

「この大悪魔型の玩具うるさいですわね……」

 

 背後でノリノリでナレーションをしてくれるルシファー。

 口では嫌がりつつも、テンションが向上するのを感じた。当たり前だ、これで盛り上がらない方がどうかしてる!

 

『え? スッゲー気軽に接してるけど、やっぱりこれルシファーだよな? 儂の頭の上にいるの。え? ええええ? と、友達なのかい?』

「友達ィ!? こんなの友達じゃありませんわッ! 顔と声がいいだけのくせに! あとわたくしを慮っていて、わたくしより強いだけでしょう!」

『けなしたいのか褒めたいのか全然分からん……』

 

 要素だけ並べるとこいつ本当に完璧だな。

 気持ち悪さが現物を見てもらう以外にないの、渋すぎる。

 

『フッ……その通りだ。おれはマリアンヌと添い遂げる上で必要な条件をすべて満たしている』

「…………ま、まあそうかも、しれないですが……」

『何照れてるんだ!? 嬢ちゃん流石に大悪魔はやめといた方がいいぞ! いや、儂はあーだこーだ言う立場にないが……!』

『おお、いいな。ミクリルア、お前がおじいちゃん役で、おれが連れてこられた彼氏役ということか……心得た』

「何を心得たんです!? そんなおままごとをしている場合ではないのですが!」

 

 ずっと思ってたけど、この大悪魔くんマジで緊張感とかがないんだよな。

 惑星破壊系のラスボスなんだからそりゃ思考スケールが違うのは分かってるけど、普段はわたくしたちに合わせて会話してくれてる分、こういうタイミングでも普通に雑談始めてくるのがちょっと怖い。

 こちらの思考を察したのか、ルシファーは首を横に振る。

 

『そうか、すまなかったな。鉄火場の認識だったか。ならばおれはおとなしく引き下がっておこう』

「……どーも」

 

 光の粒子となって霧散していくルシファー。

 ゼルドルガに向き直るわたくしへ、彼は背後から声をかける。

 

『勝て、マリアンヌ。何もかもなかったことにしようとする思想など、決して認められん。お前もそのはずだ』

「……世界をなかったことにしようとしている男の言うことですか」

『なかったことにしようとは思わん。罪を償うことと、消去してしまうことは違う。それと同じだ』

「なるほど。そういうことなら分かりました」

 

 解けて消えていく彼に、振り向くことなく。

 ミクリルアの頭部に乗り、腕を組んで、キッとゼルドルガを睨む。

 

「ならば見せつけてやりましょう!」

 

 そう叫び。

 わたくしは──ミクリルアの頭部から、()()()

 

『何だと!?』

 

 融合ってのはお前みたいに物質的な融合だけを指さねえよ!

 たとえ物理的に離れても、リンクは途切れたりしない! こう見えて遠距離恋愛とかできるタイプなんだぜ! やったことねえけど!

 

「オオオオオオラァッ!!」

 

 ゼルドルガの頭部からにょっきと生えてる軍神の元に飛びかかり、ナイトメアの炎を纏わせた拳で殴りかかる。

 軍神はサーベルを引き抜くと、その刃でわたくしの右ストレートを受け止めた。

 

『なんて野蛮な──!』

「アナタに理解できない美しさがあるだけですわ! 死になさい!」

 

 即座に右腕を戻し、同時に足場をカチリと固定する。

 ジメジメババアから模倣し(パクっ)た、至近距離での最速行動!

 

『ごぶっ』

 

 音速以上で振るわれた左フックが軍神の頬にめり込む。

 同時、ミクリルアがゼルドルガの喉に牙を突き立てる。

 

『嬢ちゃん!』

「分かっています!」

 

 コンビネーションを繰り出し、次々に拳が軍神の顔へ突き刺さる。

 必死にサーベルで防ごうとしているが、即座に打ち落とし、振り払い、ダメージを与えていく。

 ナイトメアオフィウクスが敵の動きを鈍らせてくれている。全く以て、負ける道理はない!

 

『ふざけるなアアアアアアアアアアアアっ!!』

 

 最後の抵抗か、軍神がゼルドルガを前進させる。

 ミクリルアとわたくしごと押し込んでいく。

 

「チッ、まだ余力が──しまった!?」

 

 狙いが分かった!

 わたくしとミクリルアは、ぎょっと真下を見た。

 神殿がある。光を放つ儀式場がある!

 

「そんな!? 直接は触らせていないのに!?」

『フハハハハハハッ! 愚かしいな! 位置座標さえ重なれば儀式は始まるッッ』

 

 ぼっこぼこに顔を張れ上がらせた軍神が、わたくしを弾き飛ばして勝利宣言をする。

 わたくしがミクリルアに飛び移ると同時、バッとゼルドルガがこちらから離れ、高度を上げていった。

 

『まずいな……! 始まった!』

 

 ミクリルアの言葉と同時、一帯の空間が歪んでいく。

 儀式場を起点として広がっていくフィールドは光を奇妙に屈折させていた。明らかに既存の物理法則が通じていない。

 下を見れば、重力が弱まっているのか、ユイさんたちが地面から浮き上がって仰天している。

 

「こっ、これは……!?」

「見ろ!」

 

 ジークフリートさんの指さす先。

 ゼルドルガと軍神が空を駆けている先。

 空が割れている。

 

「ミクリルア、あれは!?」

『時空のトンネル、でなんとなく伝わるか!? あれを遡っていけば、()()()()()にたどり着ける!』

 

 チッ、まずいな。間に合うか?

 ミクリルアと共に、空へ飛び立とうとしたその時。

 

「マリアンヌ!」

「!?」

 

 リンディに名を呼ばれ振り向く。

 宙に浮きながらも、彼女は必死に、一人の少女の手を取っていた。

 

「こっちは大丈夫! 大丈夫だから!」

「────」

 

 言葉を失った。

 その少女はまだ状況が分かっていない様子だが、こちらを見て、目を白黒させて。

 

 

「え、ええっと……が、頑張ってください!!」

 

 

 マイノンさんの声が届いた。

 わたくしは数秒、彼女の言葉を反芻する。自分でも頬が緩むのを自覚した。

 ああ。まったく、全然負ける気がしなくなった。

 彼女に視線を重ね、身を乗り出して叫ぶ。

 

 

「ご安心を! わたくし、ちゃんと……()()()()()()()!」

 

 

 それを聞いて、マイノンさんは、少しだけ微笑んだ。

 

『嬢ちゃん、準備はできたな!?』

「当ッッ然!! さあ行きますわよ、今度こそあいつの息の根を止めに!」

『もうちょい普通に同意できる言葉を選んでくれねえかなあ』

 

 

 

 

 

 

 

 トンネル内部に突入した不沈卿は、全身に権能を纏い自分を防護していた。

 時の流れが滅茶苦茶になっている。物理法則が通用しないどころではない。生身の人間が放り込まれたなら、身体内部の時間を逆流させられ弾け飛ぶだろう。

 

(……もうすぐだ)

 

 痛みもダメージも既に巻き戻した。

 完全な形で、神となれる。

 

(世界を救う。ナイトエデンではない。私が救ってみせる。世界に光を、見せて……!)

「航空法違反アタァァァ────ック!!」

 

 横殴りの衝撃に、視界がチカチカと明滅した。

 融合を果たしていなければ、不沈卿の身体はトンネル内部で投げ出されていただろう。

 

「なッ……何、が!?」

 

 ガバリと背後に振り向く。

 斜め後ろ、鎧を纏い黒焔を噴きあげる銀龍と、その頭にしがみつく忌々しい女の姿がある。

 

「またまた勝たせていただきに来ましたわァ!」

 

 ミクリルアがスパートをかけ、ゼルドルガの隣に並走する。

 

「ここが天王山! いいや、中山の直線ですわ! ほら追い込みなさいミクリルア! 全身全霊ですわ!」

『分かってる! 全身全霊でやってる!』

「あとハヤテ一文字はどうして発動しませんの!? リュウ娘の自覚があって!?」

『なっ……なんだそれ!? え? リュウ娘ってまず何!?』

 

 ミクリルアと何かしらをぎゃあぎゃあ言い合いながら。

 隣に並び、マリアンヌ・ピースラウンドが、またもこちらの企てを阻止せんと迫っている。

 

「しつこいやつだな……!」

「フン、それはこちらの台詞! アナタ如きと遊んでいる時間はありません! 何せ、夏休みですので!」

「安心したまえ! 私が統べる世界でもきっと楽しい夏休みが過ごせるだろうさ!」

 

 言葉を吐き捨てながら、とにかく近づけさせないよう力場を展開する。

 ため込んでいた上位存在の権能を解放。炎に氷に風に稲妻に、あらゆる自然現象を混ぜ、マリアンヌめがけて撃ち込む。

 

「沈めぇッ!」

 

 右手を振るい、破壊の嵐を投げつけた。

 ミクリルアの頭部に直撃し、カッとまばゆい光が放たれる。

 思わず自分の手で目をかばう。極限まで圧縮した神秘の解放、勝負の一手だった。

 

「流石にこれなら……!」

 

 

 軍神が手を下げた時。

 

 目の前に、真紅の眼光があった。

 

 

「?」

 

 不沈卿は、本当のところを言えば、驚愕のあまり半分思考停止に陥っていた。

 だが残った無意識下の思考は、平時の気高さとは裏腹の恐ろしいほどの生き汚さをもって、迎撃用の権能を展開し始めていた。

 

「フン」

 

 マリアンヌの全身から指向性を持って噴出した黒焔が、槍となって権能の力場を砕く。

 彼女は腰に流星のロープを縛り付け、それで自分とミクリルアをつないでいる。それからゼルドルガの方まで跳躍して来たのだ。

 

「アナタじゃ無理です」

「っ」

「わたくしに勝つことも、神様になることも。アナタじゃ無理です。器じゃないんですわ」

 

 そう告げて。

 マリアンヌが憐憫の表情で、最後の一撃を振りかぶろうとする。

 不沈卿は生まれて初めて、心の底から恐怖した。そして感情のままに絶叫した。

 

「ゼッ……ゼルドルガァァァァッ!! 私を、守れッッ!!」

『! いったん戻すぞ!』

「ぐえっ」

 

 器用に首を振るい、ミクリルアは釣りの要領でマリアンヌを自分の頭の上まで戻す。

 途端、ゼルドルガを中心として時の流れが固定化される。融合した軍神は影響を受けないものの、確かにそれは時上りの権能。踏み込めば戻され、攻撃を撃てば逆再生に返ってくるだろう。

 その光景を見て、マリアンヌの足元でミクリルアの目がキッと鋭いものになる。

 

『それは! その権能は! テメェのもんじゃあねえだろうがあああああああああッ!!』

 

 不可視の力場がミクリルアからも放たれる。

 トンネルを駆け抜けながら、二匹の龍が互いの権能を、()()()()()()()()()()()()()をぶつけ合い、潰し合い、塗り替え合う。

 

(なるほど──明日と昨日をぶつけあい、拮抗してるってわけか)

 

 マリアンヌは銀龍の頭部で角を支えに立ち上がると、瞬時に状況を理解した。

 時上りと時下りが同出力で激突し、結果として均衡している。

 果たして自分が何をすべきなのか。瞬間的な逡巡が動きを鈍らせる。

 その刹那。

 

 

『────大丈夫だよ、マリアンヌさん。あなたの明日は、もう見えているから』

 

 

 マリアンヌは、自分の首を優しく抱いてくれる細い腕を幻視した。

 だがそれは、本当に幻だったのだろうか。

 時の流れが荒れ狂うこの時空間。なかったことになった、あの悪夢の女がいたように。

 本来の所有者としてゼルドルガを起動させた少女の残骸が、ここに引っ張り出されても、なにも不思議はない。

 

 

「……はい!」

 

 

 腕に左手を添えてから、マリアンヌは息を吐いた。

 

(明日はミクリルアがやってくれてる。ならば、わたくしが守るべきものは明日でも昨日でもない!)

 

 自分の身体に纏った黒焔を見た。

 殺戮機構にならないように、必死に制御しなければ扱えないその力。

 静かに右手を伸ばすと、マリアンヌは。

 

 

 ()()()()()()

 

 

『はあ!?』

 

 最初に気づいたミクリルアが素っ頓狂な声を上げた。彼の全身に装備されていた鎧が、制御を失い荒れ狂う黒焔に、逆に融解されていく。

 

「あの女が最高の超新星爆発だというのなら。わたくしは最大の恒星になってみせましょう」

 

 臨界寸前のナイトメアオフィウクスを右手に集中させる。

 背中から吹き出す宇宙が密度と規模を増していき、銀河をいくつも包括していく。

 凝縮される炎が黒から昇華され、明日へと続く今日を照らし上げる、橙色になっていく。

 

 右手を静かに構える。

 未来と過去の激突する戦場において、人差し指をピンと伸ばし、親指を立て。

 銃口に見立てた指先から、ぶわりと極光が膨れ上がる。

 

 

「ガーネット・スターショット!」

 

 

 それは言わば、『今この瞬間』の凝縮。

 二匹の龍の理をまとめて潰し、食い破り、光がゼルドルガに直撃した。

 

「ぐ、ぅぅぁっ!?」

 

 大きく弾かれたゼルドルガが減速する。

 揺さぶられた軍神は、自分の足を見た。振り落とされている。事態を理解した。

 

「馬鹿な……!」

 

 ゼルドルガとの融合が解除され、時空トンネルの中に放り出された軍神。

 だが彼の目の前では、マリアンヌが既に拳を振りかぶっている。

 

「そんな、どうして」

 

 不沈卿は呻いた。

 トンネルの最果て、既に『()()』は見えているというのに!

 

「決まってるでしょうがッ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 全身を使って、マリアンヌは拳を思い切り打ち込む。

 

 

 

「必殺・悪役令嬢夏休み完遂パァァア────ンチッ!!」

 

 

 

 狙い過たず。

 不沈卿の鼻っ柱に直撃した右ストレートが、『軍神』の加護を全て粉砕し、そのまま彼の身体を弾き飛ばす。

 トンネルを逆戻りする形で宙を舞った不沈卿の身体は、やがて、空を割った入口まで戻され、ついぞ世界の始まりへと至らないまま、元の居場所へと返されていった。

 

 

 

 

 

 

 

「あの豆粒みたいな、飛び出てきたのって不沈卿さんですか?」

「多分な……」

 

 地上から割れた空を見上げていたユイたちは、顔を見合わせた。

 

「あれ大丈夫です? 落ちて死にませんか?」

「……仕方ねえか。ユイ、俺が連れてくから拾ってやってくれ」

「えぇ……まあ、しょうがないですよね。マリアンヌさんが殺さなかったってことは、そういうことでしょうし」

「まあなあ」

 

 諦めきった表情で、ユートが脚部に炎を纏い、ユイをおぶってから炎を炸裂させ加速しようとする。

 その瞬間。

 

『!?』

 

 時空トンネル内部の衝突は、現実世界にも波及した。

 特に入口近くで見守っていたユイたちが影響を受ける。

 

「は……!? え!? 俺と、ロイと、あいつの三人で戦った……!?」

「うわっ気持ち悪い! 何よこれ! えっ、これ、あいつの言ってた前回の記憶!?」

「本当にパジャマパーティーにリンディさんが参加してる……!」

「オレは……本当にホテルのスイートルームに……!?」

 

 一同が崩れ落ちそうになり、慌てて踏ん張る。

 

「い、言ってる場合じゃねえな。行くぞユイ!」

「はい! それとジークフリートさん、後でお話が」

「……いかようにもしてくれ…………」

 

 殺意の眼光を受け、ジークフリートは顔を手で覆った。

 

「何か、こう、珍しい体験をしたわね……夏休み二回分なんて……」

 

 ふらつきながらも、そこでやっとリンディが気づく。

 

「ミリオンアーク?」

「…………ああ、そうか。そうだった」

 

 一言も発さなかった、ロイ・ミリオンアークが。

 静かに、面を上げる。

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 制御を放棄したナイトメアオフィウクスが、静かに、身体から離れていく。

 もう一度発動できる気はしない。間借りしただけなんだろう。一部を分け与えられ、その一部をさっき使い潰した。

 残されたのは普通のツッパリフォームだけ。それも出力は2%程度だ。

 

「……見たことありますわねあれ」

 

 ミクリルアにロープでよじ登りながら、トンネルの最果てを見る。

 あれが『始点』か。眩しいな。単なる光にしか見えないが……

 その時、ぐらりと視界が揺れた。体力の限界も来ているが、空間自体が揺れているのだ。

 

『嬢ちゃん!!』

「分かっています!」

 

 わたくしは慌てて、意識のない様子でただ浮かんでいるゼルドルガにもロープを投げて結びつける。

 ミクリルアが全力でトンネルを駆け戻り始めた。

 

『もともと不安定な空間なのを、ゼルドルガの権能で固定してたみてえだ! いつ崩れるかも分かんねえぞこれ……!』

「ここにきてタイムアウトで死ぬのは御免こうむりますわよ!?」

『分かってる、が……!』

 

 鎧が次々に剥がれ落ちていく。ナイトメアの炎で溶接していたからかと思ったが、違う。

 ミクリルアがどんどん小さくなっている!

 

「はああああ!? ちょっ、これ、ええっ!?」

『時間切れか……! 神秘をかき集めて復活したが、やっぱり一時的だったみてえだ!』

「えっ!? カラータイマーどこですか!? ら、ライトはないので流星の光で照らしますから!!」

 

 みるみるうちに小さく、収縮していくミクリルアの身体。

 まずい! 速度も落ちてる! すっごい落ちてる!

 出口は見えてるが、出口自体がどんどん狭くなっていく。これまずい本気でまずい。

 

『嬢ちゃん何かできないか!?』

「2%では……!」

 

 十三節詠唱の出力はもうない。ていうか流星ロープの維持で精一杯だ。

 

『…………チッ。しょうがねえか。嬢ちゃん、感謝してるぜ』

「は? ────ッ! だめ! ダメですわ! わたくしだけ投げようとしてるでしょう!? 絶対にダメです!!」

『だ、だけどよお! まとめてお陀仏ってのが一番駄目だろうが! 迷惑をかけにかけちまった、せめて嬢ちゃんだけは……!』

「ふっざけないでください! そんなの────!」

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 瞬間。

 金色の尾に、思いっきりぶっ飛ばされた。

 

「ほわああああああああああああああ!?」

『……ッ! ばっか野郎が!!』

 

 わたくしとミクリルアがまとめてトンネルの外に吹き飛ばされる。

 閉じていく入口の奥で、金色の龍が目を光らせ、こちらを見ている。

 その身体もどんどん小さくなっていくというのに、身に纏うのは確かな覇気。

 これが本来のゼルドルガか……!

 

『ミクリルア、お前は生きろ』

『ゼルドルガ、テメェ────』

 

 わたくしとミクリルアは一気に加速して。

 腕の中に収まるようなサイズになってしまったミクリルアと共に、トンネルの外側へと放り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 ゼルドルガは、崩れていくトンネルの中で思う。

 

(フン。結局のところ、始点まで戻すってのは発想として悪くないと思ってるんだが……いつも、誰がやろうとも、しくじるもんだな)

 

 果たして、ゼルドルガ自身がそれを目指したきっかけは何だったか。

 あの女が作ったスープを、ミクリルアと共に啜り、涙が出るほど美味いと思い、必死に泣かないようこらえていた時だったか。

 

『儂はこういうスープを、守る役割が与えられたんだなあ』

 

 自分と違い、ただそのままに涙を流しながら、銀色の龍がそう言った。

 

(気に入らなかった……)

 

 別に、役割なんか放棄していい。

 お前にだって、腹いっぱいになるまでスープを飲む権利はある。

 それが許されないというのなら。

 それが世界の在り方だというのなら、自分が。

 

(……なんだ。本物の馬鹿は、俺の方か)

 

 ゼルドルガは静かに目を閉じた。

 結局はその想いの先の存在に立ち塞がられた自分。

 愚かにも人間の身で目指し、流星の存在に粉砕された軍神。

 

(悪はいつも挫かれる……そうだ……これでいい……これで、いい……)

 

 あの銀色の親友にして仇敵は、自分がいなくなってどんな顔をするだろうか。

 砕けていくトンネルの中で、ゼルドルガはそれだけが気がかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

「いいわけないでしょうがあああああああああああああ!!」

『えっ』

 

 

 

 

 

 

 

 カッと目を開いた。

 首に巻き付いている光輝くワイヤー。それに、一気に身体が引き寄せられる。

 

『嬢ちゃん、何を!?』

「借りを返すゥ!? わたくし、何か借りを作った覚えはありません! わたくしが貸しを作っているではありませんか!! ずぅぅぅええええったいに認められませんわ!」

 

 声が聞こえる。

 ぐんと引き寄せたられた身体が、そのまま、閉じたはずのトンネルの入り口に直撃。

 甲高い音と共に、無理矢理破砕して、空に投げ出された。

 

『はぁっ!?』

「しょうがないことなんて一つもありません! 何も! あれも! それも! これも! 全部を取りこぼさないためにわたくしはこの夏休みを戦っている! アナタだって例外じゃないッ!」

 

 天高い空中。

 雲の上で、ロープの始点であるマリアンヌが、ゼルドルガを無理矢理引きずり出したのだ。

 

『バッ……馬鹿だろアンタ! 何してんだ! こんな無駄な力を使うなら着地に!』

「馬鹿!? 馬鹿って言いました? 今わたくしに馬鹿って言いました!?」

『うわっそっくりだ! ミクリルアお前本当にこういう女好きだな!』

『うっせーよブーメランそっちいったぞ!』

 

 二匹と一人が言い合いながら、地面めがけて落ちていく。

 

「あっ、限界来ました」

『うわっロープ消えた』

『嬢ちゃんどうするんだ!? 儂もこいつも、人間一人を浮かべる力なんて残ってねえぞ!?』

 

 高高度から落下するにしても、ミクリルアとゼルドルガは自力で浮遊できる。

 しかし力を全て使い果たしてしまったマリアンヌは、地面に叩きつけられておしまいだ。

 当然の疑問に対して、マリアンヌは嘆息すると、地面と水平の姿勢のまま身体をひっくり返して落下先を見た。

 

「あんまり使ってほしくない力なんですけどね」

『?』

「思い出されちゃったのならどーしようもないですし……あとまあ、何より」

 

 そこでマリアンヌは数秒ごにょごにょと口を動かし、何かを諦めたかのように首を横に振る。

 

「結局こいつに迎えに来られて、喜んでいるってのが、一番どうしようもないんですよねえ……」

 

 彼女の視線の先。

 雲海を砕いて、一筋の光が飛び出す。

 ミクリルアとゼルドルガが揃って絶句した。

 

 

 それは黄金の翼。

 一対にして、天空を駆け抜ける荘厳の輝き。

 

 

 少年が必死の形相で、手を伸ばす。

 少女は一瞬笑ってから、そして、同じように手を思いっきり伸ばした。

 

 

 

「マリアンヌ────!」

「ロイ────!」

 

 

 

 手と手が重なり、指を絡めてぎゅっと握り合う。

 一気にロイが抱き寄せ、愛しい少女の身体を腕の中に収めた。

 

「ったく。遅いんですわよ! それでもわたくしの婚約者ですか!」

「悪かったよ。だけど仕立てに準備がかかってしまってね!」

 

 軽口を叩き合いながら、ロイは至近距離の彼女の瞳を見た。

 映しこまれている自分の表情が破顔している。こればかりはどうしようもない。

 

 翼をはためかせ、雲の上で高度を安定させる。

 ちょうど向こう側で、眩い太陽が顔を出してきていた。

 二人でその光景を眺めながら、長い長い旅が終わったことを確かめ合い、二人は自然と微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハネム「ハネムーンではありませんわ!」

 

 

 地面に戻ってきたロイがぶち上げようとした妄言を、マリアンヌが理論上最速でインターセプトする。

 彼の腕の中にいたまま、マリアンヌは天を指さして叫ぶ。

 

 

 

「最強無双であることの証明終了! 不沈卿? 沈みました。沈んでしまいましたわね。不沈卿なのに沈んでしまいましたわ~~~~!! どんな気分なんでしょう! あっなんて名前でしたっけ2秒で忘れちゃいました!! まあそんなザコはともかく! この夏休みで最も気高く! 最も美しく!! そして最も強いのは────!? はい、レスポンスありがとうございます! そう!! このわたくし、マリアンヌ・ピースラウンドこそが、夏休み最強の令嬢ですわッッ!」

 

 

 

 

 

 

 

「そこまで否定しなくてもいいじゃないか……」

「いいからそいつ降ろしなさい! ユイたちが戻ってくるわよ! 戻ってきたら……殺し合いになるわよこんなの……ッ!」

 

 必死に叫ぶリンディだったが、軍神を回収して戻ってきたユイとユートは、もう最大出力を撃ち込まんと超スピードで迫っているところだった。

 

 


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