PART1 愚者のハイライト
新学期が始まり数日。
夏休みの宿題も無事に出し、再開された授業をこなしつつ、目前に控えた学園祭の準備を進める日々。
「マリアンヌさん惜しかったですね~。ウチのクラスの出し物、もう少しでメイド喫茶でしたね」
「ええ。どっかの次期聖女と婚約者が結託してクラスメイトを煽り、わたくしのメイド喫茶普及の野望に対抗して競泳水着喫茶なんてブチ上げて票が分散しなければ確実に勝てたのですが」
「えへへ……」
「え? これ政治的手腕を評価したわけではなくて純粋な皮肉ですわよ?」
わたくしはユイさんと早朝の通学路を歩きながら、来る学園祭について話をしていた。
「ですがまあ、そちらの競泳水着も通らず、結局リンディとユートがうまく出し抜きやがりましたが」
〇苦行むり なんで学園祭の出し物を決めるだけなのに複数のグループが固定層作ったり他党派にアピールしたりしなきゃいけなかったんですかね……
〇宇宙の起源 これ王政国家でやっていいことなのか? 普通に議会制の走りじゃない?
〇鷲アンチ ここから間接民主制ができたとか後世で解釈されたら笑うわ
さ、さすがにそれはないでしょ。
ないよね……?
「結局は屋台でしたっけ? それはそれで楽しみです!」
むん、と両腕を胸の前で構えるユイさん。
学園祭なんて初めてだろう。そりゃ気合いが入るというものだ。
思わず笑みがこぼれる。彼女のためにも、楽しい学園祭としなければならないな。
「ん?」
そんなことを考えているうちに学校にたどり着くと、何やら様子がおかしかった。校門に人だかりが出来ていたのだ。
何事かとぴょんぴょん跳ねて人混みの奥を見ると、いかにもという具合のならず者たちが校内に入ろうとし、それを生徒会のメンバーが押しとどめている。
「だからねえキミ。ほれ、ちゃんと許可証を貰っているだろう? ほらこれ、見てみなさい」
「は、はい。ですが確認を取っていますので、少々お待ちください」
「少々っていつぐらいなのかねえ? 俺たちの時間を買ってくれるのかい?」
隣のユイさんがうわあと頬をひきつらせる。
ならず者たちを率いる浅黒い肌の巨漢は、金髪を貴族っぽくカールの巻かれた髪型にまとめ、朱色のスーツを着込んでいる。全然似合っていないが威圧感だけはある。恐らくそういうつもりで選んだ色なのだろう。
「朝から騒ぎになっているね」
「あら、ロイ」
人混みから離れたところに一人佇んでいたロイが、わたくしたちを見かけて近寄ってくる。
「あの人たちは仕事で、学園祭用の物資を運びに来たって言ってるけど……生徒会が渋ってるんだ。まあ、気持ちはわかるよ。明らかにカタギじゃないし」
「そうですわね。ちなみにこれ、どれくらい経ってます?」
「え? あ、ああ、もうかれこれ30分ぐらいは……」
「なるほど。ならばもういいでしょう」
? と首をかしげるユイさんとロイを連れて、わたくしは手を叩く。
視線がこちらに集まり、人垣が割れる。
わたくしとならず者のリーダーの視線が重なった。
「キングさん、お勤めご苦労様ですわ」
「! お嬢……これは気づかず、とんだ失礼を」
「いえ。お気になさらず」
コードネームで呼ぶと、彼は恭しくお辞儀をした。
「キング……? どこかの王様なのかい?」
「いえ、コードギアス反逆のルルーシュR2第一話に登場した、作中最強キャラであるカレンにモブでありながら精神的ダメージを与えるという偉業を達成した黒のキングに似ているからですけど」
「何の何の何だから?」
ロイは完全に宇宙猫の顔になっていた。
〇みろっく 草
〇red moon 本当に似てて草
〇つっきー そっくりさんじゃん……
「つ、つまりこの方々は、ちゃんとマリアンヌさんが依頼したお相手ということですか……?」
「そうですわね」
ユイさんの問いに答えると、ならず者っぽい運送業者を足止めしていた生徒会メンバーの顔が渋いものになる。
「ピースラウンドさん。勝手にこういう依頼をするのは……」
「書類は全部通しましたよ。搬入時刻もぴったりです。むしろ何故通さなかったのです?」
「それは、会長がそのまま入れるわけにはいかないから、検査だけでもと」
「フゥン……」
会長。会長の指示か。ふーん。
わたくしは手を叩き、集まっていた生徒らに声をかける。
「はい、解散解散。見世物じゃありませんわよ、早く教室に戻りなさいな」
どうやら深刻な事件とかではないだろうと判断してくれたらしく、一般生徒らは足早に立ち去っていく。
「まだ何か?」
「いえ。ピースラウンド家の依頼なら、大丈夫でしょう」
生徒会の面々も、まあピースラウンド家だしなと納得して立ち去っていく。
校門にはわたくしとユイさんとロイ、そしてキングさんたちが残された。
「リーダー、もう運び入れていいってことスよね?」
「ああ。15分をめどに全部やっておけ」
「へい」
キングさんの指示を受け、箱やらコンテナやらを載せた荷車を引き、部下の皆さんが駆けていく。
いい仕事ぶりだと頷きながら、わたくしはキングさんに近寄った。
「で、キングさん」
「はい」
「
わたくしの問いかけに、キングさんは丸太みたいな腕を組み唸る。
「お嬢、ちっとばかし危ない気配はありましたよ。生徒会の、実際に俺らを止めに来た子たちはそういう感じではないんですけど、なんつーか……うーん」
「ほォ……具体的に踏み込んで言葉にできますか?」
「む、むむっ……」
「遠慮はいりません。そこまで込みでの依頼です」
わたくしとキングさんのやり取りに、ユイさんとロイが目を白黒させる。
「え、ええとマリアンヌさん。どういうことですか?」
「彼らは単なる運搬業者ではありません。本業は雇われの輸送部隊──つまり傭兵ですわ」
「あっ、それは分かってます。そのうえで何を依頼したのかっていう話です」
なんで分かってんだよ。こういうメイクをして横柄な態度で無理矢理に検問を破ったり、逆に無害さを装ってさらっと侵入する、演技派なとこが高く評価されてる人たちだぞ。
それ相手に何初見で見破ってんだ。キングさんドン引きしてんじゃねえか。
「え? あの、ユイ・タガハラ様ですよね。我々こういう演技を見破られたらまずい仕事をしているんですが、そんなに分かりやすかったですか……?」
「え? 歩き方の一歩目が戦い方を知ってる人でしたよ。二歩目以降は確かにゴロツキっぽかったですけど……」
怖い。
この人、怖い。
「そ、それはともかくとして。どうでしたか」
「……指定されたワードですが。『あっちが良くてこっちはダメってのは通らないだろ』と言った時、生徒会の幹部生徒らしき子が一人、表情を変えてました。クロだろうと思いますが、確定まではいかねえって感じです」
「顔は覚えましたか?」
「会話から名前も拾いました」
「エクセレント。素晴らしい仕事です。
光栄です、とキングさんが頭を下げる。
〇日本代表 え? お嬢何かこう、依頼してたのは見たけど、何か目的があったの?
目的。
うーん、目的っていうかなあ。
目的を探すため、でしょうかね……
わたくしがなぜ、学園祭を楽しいものにするため、こうして回りくどい形で対抗勢力をあぶりだそうとしているのか。
それを説明するためには、夏休み最終盤、キャンプから帰ってきた翌日にさかのぼらなくてはならない。
◇◇◇
今日はチートデイとします!
夏休み最終盤。
カラッと晴れた気持ちのいい日に、朝一番でわたくしは宣言した。
〇日本代表 ダイエットしてたのか?
〇トンボハンター まあトレーニングはいつもしてるもんな
いいえ、配信的な意味です
今日はつまり、配信カット! 一日中、お風呂に入っているときと同じ状態にしますわ!
映像も音声も遮断! 好きにやらせていただきましょう!
〇無敵 大丈夫? 王城とか崩さない?
〇外から来ました 人を殴っちゃだめだよ?
〇木の根 迷子になっても目の前の壁をパンチで壊さないようにね
両足でかた結びして海に流しますわよアナタたち
揃いも揃って失礼な奴らだ。
鼻を鳴らしてコメント欄を消す。
……まあ、配信カットを許してくれた辺りが優しいけどな。夏休み結構頑張ったから、報酬みたいなもんだろうか。
そう思いながら、わたくしは張っていた気を緩める。
途端。
ぐう~~~~~~~~~~~~~~。と、わたくしのおなかがビックバンじみた大きな音を立てた。
「あっぶね……」
さすがに羞恥心というものがあり、人前(神前?)でこんな巨大空腹音声を響かせる気にはなれなかった。
昨晩は魔法の研究に没頭しすぎて夕飯を抜いてしまい、気づけば飢餓状態だったからな……
そう、チートデイとは配信的な意味だけでなく、文字通りに今日は好き放題に食べるぞ! という意味も兼ねているのだ。
普段は身体作りのため三食全て栄養バランスを計算したりしている(まあノリで食べることもあるが)わたくしにとって、こういった息抜きの機会は欠かせない。
外行き用の服に着替えて、家を出る。
今日は前々から着たかったノースリーブのニットである。日差しは強いが風が涼しいのでいよいよおろすタイミングだ。
「お嬢さん、安くしとくよ!」
「こっちもどうだい!?」
貴族然としない服で商業地区に来ると、やはりよく声がかかる。
雑貨品を売っている露店の前で立ち止まり、なんかこの人形ユートに似てるな……とか思い始めてつい買ってしまった。
「見る目があるねえ。こいつは西方から来た、向こうの作り方で出来た人形なんだ。こっちもどうだい?」
「あ、あはは……」
押しが強いな。押されるとどうにも弱い。
普段ならわたくしを誰だと思っているのです! ぐらいは言いたいところだが、庶民として気晴らしに来たのに貴族宣言は馬鹿すぎる。でも財力はある。
結果としてわたくしは、一つの通りを歩き終わったころには、両腕で抱えきれないほどの大荷物を持たされていた。
よろよろと通りに面した運搬業者の事務所に入り、荷物を下ろす。
「あの、家までこれを送りたいのですが……」
「うわ……」
この人全然断り切れなかった人だな……と憐憫の視線が集中した。
羞恥に頬が熱くなり、俯く。しょ、しょうがねえじゃん! そりゃ質の悪いものなら切って捨てるし、社交界で変なの出されたら流すけど、そういう場面じゃねえし……ッ!
「では承りました。ピース……ぴ、ピースラウンド様……ッ!?」
「? あ、はい。よろしくお願いしますわ」
「かっ、かしこましまりました!」
すげえ言葉が事故っていた。大丈夫か。
身軽になって、うんと伸びをしながら通りに戻る。まあ押し付けられたというよりは、説得されて買ったと思っておこう。
立ち並ぶ建物を眺めながら、そろそろ本番……即ち、メシを食べるタイミングだなと気づいた。
「むう……」
参ったな……わたくし今、豚の生姜焼きとかそういうのが食べたい気分だぞ。ちょっとこの通りはキャピキャピした店ばかりだ。
目に痛いなあ。しかし腹は減る。グーな店があんまりないぞ。
「どうですか、こちら」
「あら、いいじゃないですか」
立ち並ぶ飲食店を眺め、どれにしようかなと悩んでいると、そんな会話が耳に飛び込んできた。
見れば、物陰に立てられた露店が目についた。
通りがかったお姉さんを呼び止め、露天商のお兄さんが朗らかな笑顔で語り掛けている。
わたくしは井之頭五郎モードを解除して、そちらに歩いていく。
「こちらは北方から仕入れた、良いまじないの品物でして……」
チッ。阿漕な真似してんな。
わたくしは青年とお姉さんに、真横から声をかける。
「やめておきなさい」
「やめておけ」
声が重なった。
見ると、露店を挟んで反対側に、一人の青年が佇んでいた。
「……え? えっと?」
狼狽するお姉さんと、サッと表情を消した露天商。
二人を挟み、わたくしは向こう側に佇む青年を見据える。
夏だというのに暑苦しい詰襟をきちっと着こみ、制帽をかぶってメガネをかけた、白髪の青年だった。
青天の下にポツリと滴った一滴の墨汁みたいな青年。
やけに視線が引き寄せられる。敵意は感じない。だが彼から注意を逸らすことを、身体が拒否する。
頭を振った。今はそれどころじゃない。
「その品物、まじないはまじないでも、正しく呪いの逸品ですわよ。これでもかと悪性の呪詛が詰め込まれていますわ」
「え……」
刹那、わたくしは踏み込んでお姉さんを引き倒して、抱きしめるようにかばいながら地面を転がる。
入れ替わりに飛び込んだ詰襟姿の青年が露天商に殴り掛かる。
だが露天商は素早い身のこなしで攻撃を避けた後、路地裏へと駆けこんでいった。
「ここにいてください!」
無言でこくこく頷くお姉さんに言い含め、わたくしは走り出す。
知らず、同時にスタートを切った青年と並走する形。
「何ですかあれ! 人為的に組んだ呪物でしょう!?」
「ほお、本質だけを掴んだということか。あれは悪魔憑きだな。恐らく人間に呪いをばら撒く形で自分の力を増幅させていたのだろう」
「……ッ! 悪魔!?」
「とはいっても中級悪魔程度だ。君に伝わりやすく言えば、元聖女リインに憑りついていたのと同格だな」
こいつ、何だ?
思わずじっと横顔を見つめてしまう。
「気を逸らすな。追い詰めたぞ」
「!」
前を見ると、行き止まりの路地に、露天商が背を向けて佇んでいた。
「神妙にしろ、悪魔。抵抗しなければ痛みなく魂を分解してやる」
「……人間如きが、できると?」
露天商が振り向き、瞳に狂気の光を宿らせ唇をつり上げる。
わたくしは一歩踏み出すと即座に魔力を循環させ、詠唱を開始した。
「星を──!」
「待て」
「ぐえ」
だが真後ろからニットの首元を引っ張られる、のけぞる。
「ちょ、ちょっとアナタ! 服が伸びたらどうしてくれるのですか!?」
「む……確かにそうだった。すまない」
軽く謝罪して、今度は青年がわたくしの前に進み出た。
「しかし君の魔法は、十三節の完全解号までいけば魂まで滅殺できるが、そうでなければ地獄に叩き返して終わりだろう」
「……!? あ、アナタ何故それを!?」
「説明は後だ。街中で十三節を放つわけにもいかない、ここは俺に任せてくれ」
言うや否や。
青年めがけて悪魔憑きが手をかざし、魔力を収束させて放つ。
「
「!!」
だが青年が詠唱をスタートさせると同時、その余波が単純な魔力砲撃を消し飛ばした。
そこじゃない。なんだこれは! わたくしの知らない詠唱!? いいや原型は分かる、土属性の攻撃魔法『発覇連騰』がベースだ! だが、しかし、改変するにしては根本から捻じ曲げ過ぎだろう……ッ!?
「
「……!」
今の詠唱でピンと来たわ。
これは威力やら範囲やらを調整した詠唱じゃない。余りに抜本的すぎた。
魔法の対象を極限まで限定する形の詠唱改編……!
「悪なる魔よ、浄死を受け入れろ」
青年が地面を爆砕して踏み込み。
悪魔憑きの露天商の腹部に、思い切り左の拳を叩き込んだ。
「ぐぶっ……!?」
目にもとまらぬ速さだ。
露天商の背中から、ゆらりと、半透明のシルエットが抜け出る。精神体だが、鋭い翼に深く裂けた口、紫交じりの表皮に覆われたやせっぽちの身体。間違いない、悪魔だ。
青年が視線をキッと鋭いものにして、地面に両足を噛みとめ、本命の右ストレートを振りかぶる。
『ひっ、ま、待っ……』
「待たない」
放たれた拳が悪魔の頬を捉え、首から上を丸ごと吹き飛ばした。そのまま全身が溶けるように消えていく。
露天商がどさりと地面に倒れ込む。慌てて駆け寄って呼吸を確認するが、意識を失っているだけのようだ。
まさかと服をめくると、拳が叩き込まれたはずの腹部には赤い腫れ一つない。
間違いない。わたくしがリイン相手にフィニッシュブローを放った時と同じだ。位相の違う場所に威力を叩き込んだ感覚があった。それを能動的に引き出しているのだ。
「アナタは、一体……」
わたくしは光が微かに差す路地裏で、制帽の影に隠れた彼の相貌を見つめる。
「自己紹介が遅れてすまない、マリアンヌ・ピースラウンド。今日ここで出会ったのは偶然だが、元々君には会いに行くつもりだった」
「……わたくしのことを随分と知っているようですわね」
「ああ。君が『
何者だ。
わたくしは詠唱の準備をしながら、再度問いかける。
「王立憲兵団において、機密情報部隊並びに教会とは異なる指揮系統の退魔部隊の隊長を務めている。その都合上、君のデータも把握しなければならないだけだ。敵意はない」
「……ッ。教会と異なる退魔部隊?」
「兄さんたちから聞かされてはいないか」
兄さん? と首をかしげると。
彼は制帽を外し、膝をつき、わたくしと視線を合わせて唇を開く。
「俺は元第四王位継承者、アルトリウスという者だ」
「────!?」
その名乗りに、わたくしは口を開けて呆然とするのだった。
「改めて、初めまして……ええと。将来の義姉さんであってるのか?」
「違いますが!?」
※2021/08/10
章タイトル・第一話タイトル並びに内容を加筆修正。