TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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糸目キャラは強キャラの法則から逃れられない


PART4 戦車は止まらない

 シュテルトライン王国は多くの優秀な魔法使いを擁する、一大魔法先進国家である。

 大陸にその名を轟かせる卓越した水準の魔法的戦闘力は、国内に計五つ設置された、王立魔法学園あってのものだ。

 

 王都にある中央校は、高い資質を持った者だけを入学させ、将来の佐官クラスや特別技術者を育成するエリート校。

 

 西部地区のウエスト校は、実力主義であるシュテルトライン王国の中でも、弱き者には地獄となる徹底的な弱肉強食の校風。

 

 東部地区のイースト校は、中央校からほど近く、競争心の比較的弱い子供たちが穏やかに過ごし、実戦訓練ではなくスポーツ──特に空戦の要素を取り入れた『スカイマギカ』──に関して群を抜いた好成績を誇る学校。

 

 南部地区のサウス校は、秀でた分野こそないが、基本である四元素魔法の習得を最も丁寧に扱っており、卒業後の希望就職先への就職率は五校の中でも最も高い。

 

 北部地区のノース校は、気候の問題もあり閉鎖的で、ゼール皇国に対抗すべく危険な魔法の研究に傾倒しているとの噂がある。

 

 年に一度の国内対抗運動会にて、五校は対峙する。

 強豪であるウエスト校とノース校が近年の総合優勝を奪い合い、スカイマギカ部門ではイースト校が十年以上にわたり優勝を独占。サウス校も定期的に部門優勝にかかわる中──中央校の成績は低迷していた。

 

 その理由はいたって単純。国王であるアーサーの年齢が初老に差し掛かり、いよいよ後継者争いが本格化、その政治的闘争のあおりを受けているのだ。

 元より国家運営の上で重大な役割を担う人物を育成するための中央校、優先順位の低い対抗運動会は切り捨てられて当然。近年はとりあえず出場するために学生を選抜するのみであり、結果は悲惨なものだった。

 

 故に中央校の存在などあってないようなもの、相手にする必要もない。

 評価はほとんど決定づけられ、動かないように見えた。

 

 だがその風評は、今年に入り覆されることとなる。

 ──『流星零剰(メテオ・ゼロライト)』ことマリアンヌ・ピースラウンドの存在によって。

 

 御前試合二百戦無敗、聖女を利用した国王暗殺未遂事件の解決、大邪竜討伐戦への参加、ハインツァラトゥス王国国内の反乱事件の終結。余りにも多くの功績は、彼女が国内トップクラスの魔法使いであることを証明している。

 

 彼女がいるというただそれだけで、中央校が久方ぶりに、マクラーレン・ピースラウンドがもたらした優勝以来の栄光を掴むのではないかと噂されていた。

 更には彼女が率いる勢力──政治的闘争に身を置く者なら無視することなどありえない、子供でも分かるほどに強大かつ次代の中心となるなど分かり切っているグループ──もまた話題をさらっている。

 

 だからこそ。

 他四校にとって、彼女を打倒し中央校に立場を()()()()()ことは急務となりつつあった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ってコトで、絶対勝つようにって言われてるねん」

「それ言っちゃ駄目なやつじゃないですか?」

「ん~かもしれん。やべ、オフレコでええかな」

「えぇ……」

 

 クライスは参った参ったと頭をかく。

 糸のように細められた目にからかいの色はない。素で口から出ちゃったという感じだ。

 

「堪忍してや。結局言うてることは『勝つつもりでガンバリマス』と同じやん」

「勝つつもり? へぇ? 上等じゃないですか! わたくし相手に勝つつもりなどという戯言は金塊を掘り当てて一発当てるより難しい絵空事だと分からせて差し上げましょう!」

「アカン。挑発せんといて良かった。これ俺っちめっちゃ危なかったわ」

 

 上等だ。このわたくしを分からせようなんざ五億年早いんだよ。

 

 

みろっく クライスってどれくらい強いの?

火星 陰謀パートとかないようなルートだと基本的に最大の敵になるな

つっきー クライス√も当然ある、普通に人気キャラだよ

 

 

 あ、この人√あるんだ。

 

『それでは両者、位置についてください』

 

 ウエスト校教師のアナウンスに従い、わたくしとクライスは距離を取って佇む。

 

『練習試合を開始します』

 

 魔力光のランプが灯る。

 赤、赤ときて最後に緑の光が輝く。

 

 

戦術魔法行使を許可します(E N G A G E F R E E)

 

 

 アナウンスが鳴ると同時、わたくしは()()()()退()()()

 それは織り込み済みのようで、クライスはニッと笑い即座に踏み込み、距離を詰める。

 

焔炎猛りて(enchanting)邪悪を焼き尽くさん(burning)

 

 やっぱりトンファに魔法を付与(エンチャント)するタイプだよな!

 仲いい相手との練習試合なら付き合ってやってもいいが、そんな義理のない相手だ。アウトレンジから圧殺して終わりにする。

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地を駆けよ(glory glow)
 
星よ廻れ(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)
                                      

 

 別個に改変しつつの三節詠唱、二重起動!

 振るった右腕の軌跡に沿って魔法陣が展開され、流星の弾丸が放たれる。

 視界を覆いつくすような拡散射出。

 

「加減とかないんか!?」

「あるわけないでしょーが!」

 

 クライスはその場で地面を踏み砕き急ブレーキをかけると、トンファに宿った焔を薄く延ばし、拡散型の弾丸を叩き落した。

 扇を用いた舞のような光景に、一瞬見惚れる。

 

「っと、アブな」

 

 そして最後にトンファを振るい、迂回する形で背後と頭上から迫っていた流星の弾丸を打ち払った。

 …………! こいつ!

 

『拡散する弾丸の中に、追尾弾を紛れ込ませていたのか……!』

 

 観客席のロイが、わたくしの仕込みに遅れて気づく。

 クライスはつま先で地面を叩きながら唇をつり上げる。糸のように細い目だが、きちんと見てきやがる。

 

「今のは怖かったわあ。味な真似をしてくれるやんか」

 

 チッ……ヘラヘラ笑いやがって。

 拡散型の流星を放った瞬間、織り込んだ追尾型四発を即座に見てただろうが。微細な魔力の違いこそあれど、拡散型が前面に展開された状態で、それを瞬時に看破するなんて人間業じゃねえ。

 機関銃の掃射を避けながら、足元の蟻を踏みつぶさないよう気を配るようなものだぞ。

 

「ほな次はこっちやな」

 

 途端、彼の両腕のトンファから、炎が花開く。

 攻撃用だけではないな。炎が熱になり、熱が推力になっている。アフターバーナーみたいな効果を発揮してるようだ。

 

「魔法使いの戦い方ではありませんわね!」

 

 トンファ装備の時点で分かってはいたが、()()()()()()()()()使()()が身内以外にいるのはなんだか新鮮だ。

 即座に弾幕用の魔法陣を展開。とはいえ、生半可な迎撃では突破されそうだな。

 向こうが走り出す前に確かめたい。

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地を駆けよ(glory glow)

 

 距離を取りながら三説詠唱をまっすぐ飛ばす。

 クライスは鋭く息を吐きながらトンファを振るい、あっさり流星を弾く。

 ……理屈が読めない。ロイが雷撃を剣に纏わせているのと、なんとなく違う。

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)
 
星を纏う者(rain fall)天を焦がす刻(sky burn)地は満たされる(glory glow)
                                      

 

 今度は三節×二重の詠唱改変。

 放たれた流星が蛇のようにしなり、クライスへ殺到する。それをトンファで弾き、いなしながら、彼はこちらへ疾走する。

 

「そこ!」

「!!」

 

 追尾型で行動を制限した。だから次の動きは分かり切っている。

 さっきは拡散型に追尾型を交ぜたが、今度は追尾型を軸に組みつつ時間差で高速直線の流星を放った。

 

「うおッ」

 

 だがクライスは鋭く息を吐いて、首を微かに傾げるだけで本命の射撃を避ける。

 目がいい。身体もよく動いている。それでも何かがおかしい。我が婚約者と比較して違和感が拭えない。

 

「考え事してる暇ないで!」

 

 数瞬、思考に沈んでいた。

 その隙に地面を踏み砕いて、クライスが迫る。迎撃に割り振ってるわたくし相手にこの間合いまで踏み込めるのなら、戦士としては一流だ。

 

「チッ……」

 

 舌打ちしながら、振るわれたトンファをかいくぐるようにしていなす。超至近距離でわたくしは右手の人差し指に魔力を流し込み、銃口のように突き付けた。

 

ばん(rain)

 

 極限まで圧縮した単節詠唱。

 適当に追い払ってやろうぐらいの考えだったが──甘かった。

 

「────!」

 

 クライスの腕が跳ねた。トンファが纏っていた魔力を炸裂させたのだ。

 こちらの右腕が逸らされ、あらぬ方へ流星が放たれる。

 

「歯ァ食いしばった方がええよ」

 

 直後、顔面めがけてトンファが突きこまれる。クライスの両眼が勝利の確信を宿している。

 

 

 ──ふざけんなバーカ!!

 

 

 がつんと視界が揺れ、明滅する。

 

「……っ」

 

 相対しているクライスでさえ動きが数瞬止まった。

 振るわれたトンファに対して、わたくしは真っ向から頭突きをぶつけたのだ。

 

「……頭冷えましたわ」

 

 即座に距離を取って告げる。額から流れる血の感触が鼻筋に沿い頬まで垂れていく。

 スイッチが切り替わる音が自分の中に響いた。

 

「いやいや……ああ、そっか。さっきの三節詠唱の時、一節分ぐらい余力を残しとったんかな」

「はい、リザーブしておいた分を頭突きに込めました。とはいえ出力負けするだろうとは思いましたけども」

「それでも、真っ向からの攻撃を頭突きで迎え撃つのはちょっとなあ……」

「何ですか」

「いやまあ、なんていうか、頭がおかしくなったんか?」

「よく言われますわ」

「よく言われたらアカンやろ」

「黙りなさい」

 

 

日本代表 本当によく言われちゃだめだよ

無敵 AP(頭のおかしいポイント)ランカーは違うわ

 

 

 うるせえ! おかしくなんてねーよ!!

 首を鳴らして、流れる血を拭う。

 

「理解しました」

「ん?」

「アナタは──強い」

 

 油断や慢心は元よりなかった。しかし、それでも甘かった。

 蹴散らしてやるという意識を今ここで完全に捨てる。

 わたくしは、勝つ!

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)射貫け(shooting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 

 戦術プランを全て破棄し、最速の七節詠唱を構築する。

 待ってましたとばかりにクライスが両腕を構えた。

 

極光よ、この心臓を満たせ(vengeance is mine)

 

 七節版のツッパリフォームが発動。

 わたくしの全身が宇宙のきらめきを纏う。

 

「よーやく本気モードかいな」

「ある程度、傾向はつかめましたし。何より違和感の原因が分かりました」

 

 ロイと比較して、どうしても全体的に遅かった。

 というかトンファにだけ集中させている理由が分からなかったのだ。推力に転換できるというのなら、それこそ全身に展開させるべきだと思う。

 だが発想を転換すれば容易に想像できる──しないのではなく、できないのだ。

 

「アナタの弱点。それは……肉体の魔力適性率の低さ、ですわね」

「せやで。ってか低いとかそういう問題やないねん。先天性肉体的魔力不適合っちゅーらしいわ。その辺の平民とっ捕まえてきた方が俺っちより魔法上手く使えるんちゃうかな」

 

 わたくしが見抜いたことに、観客席のウエスト校生徒たちが目を見開く。

 だがクライス本人はさしたる驚きも見せず、あっさりと頷いた。

 

「中央校にはこれで落ちてもーたんよ」

「でしょうね。むしろよくウエスト校に入れましたねアナタ」

「実技試験のおっちゃんドツいただけやで」

 

 ──シュテルトラインの実力主義とは、厳密に言えば、実力主義ではない。

 実技で結果を出せばすべてなのではない。資質があればいいのではない。

 才能に胡坐をかくことなく高みを目指し続ける、誇り高き獣とでも言うべき人材。それこそが、国王アーサーの定める、模範的なシュテルトライン王国の民である。

 

 努力を必要としない天才ではない。

 努力を続けられる秀才でもない。

 

 努力を努力と思わないような鬼神、それが中央校生徒に求められる条件である。

 

 

外から来ました この辺、シュテルトラインは本当にシビアだよな

鷲アンチ 努力できる天才でもギリ足りないぐらいって笑っちゃうんですよね

 

 

 わたくしもそう思う。明らかにあのジジイが求めるラインはおかしい。

 そのせいで割を食う人間も、まあ少なからずいる。そういった犠牲の山を踏みつけて、今のわたくしはいる。

 だからこそ、心の底から思う。

 

「……口惜しいですわね」

「よー言われる。俺っちがもし商品やったら、みんな値引きされるの待って買うと思うわ」

 

 いくら技術面で高みにいようとも、資質がなければ、そこで打ち止めが見えてしまう。

 中央校が彼に門戸を開かなかったのは当然と言える。

 

「つまり……そのトンファは武器だけでなく、アナタが魔法を発動するために必要な魔力貯蔵庫ということですね」

 

 

みろっく え? それ滅茶苦茶不利な状態で戦ってない?

火星 普通の魔法使いがGNドライヴだとすれば、クライスはGNコンデンサだけで戦ってるみたいなもんだな

 

 

「まあな。俺っち、肉体はてんでダメやったけど、木材には適性抜群やったんよ」

 

 トンファを指でなぞり、クライスが自嘲するように笑みを浮かべる。

 

「笑えるやろ?」

「笑いが止まりませんわね」

 

 即座に切り返すと、彼は意外そうに目を丸くする。

 

「あら。普通はみんな、気まずそうにするか、同情してくれるかなんやけどな。流石は中央校のエース様は物言いも──」

「木材。木材ですか。人体より遥かに柔軟性に優れ、持ち運びにも向き、加工が容易……最高じゃないですか」

 

 続けていった言葉を聞いて、クライスが動きを止める。

 

「……え?」

「確かにハンディキャップはあるのでしょう。ですがアナタは自分の強みを理解し、それを生かして戦っている。そこに同情など差しはさむ余地はありませんわ」

 

 さっき普通に迎撃潜り抜けて距離詰めてきただろうが。あの動きできるやつに同情とかどうやってすんだよ。

 

「だから胸を張りなさい、クライス・ドルモンド。アナタは──わたくしが倒すに値する敵です」

「…………っ」

 

 フン。わたくしにしては言葉を尽くしすぎたかな。

 クライスは目を見開いてから、少し俯いた。

 

「……あんがとさん」

「感謝は言葉ではなく、(これ)で伝えてください」

 

 こぼれた言葉に、右の拳を突き付けて返す。

 顔を上げたクライスは、少し目を赤くして洟をすすりながら、頷いて構えを取る。

 

「さあ、勝負ですわ!」

「──応ッ!」

 

 踏み込みは同時。

 打ち込んだ右ストレートが花開くように展開される魔力の焔に遮られる。

 

「魔法の打ち合いは緻密ながら、実戦では肉弾戦を軸とした超攻撃型のスタイル……! データで聞くより激しいなあ!」

 

 笑みを浮かべ軽口を叩きながらも、クライスはこちらの猛攻を捌いていく。

 何度か攻撃を打ちながら、向こうのカウンターを回避。やればやるほどに分かる。トンファを完全に身体の一部として使いこなせている。堅陣と言うべき、抜くには手のかかる領域があるんだ。

 だけど!

 

「そんなもの!」

 

 ガチリと音を立てて両足を固定。

 腰をひねり、今までより数段出力を増した右ストレートを打ちこむ。

 

「力技……っ」

「パワー上等でしてよ!」

 

 受け止めたトンファとこちらの拳から、砕けた魔力の光がまき散らされる。

 じり、と向こうの足が数ミリ下がった。

 ──防御が緩んだ、押せる!

 

「かふ」

 

 クライスがきつく食いしばった歯の隙間から酸素をこぼす。

 間隙を突いた、抉り込むようなボディブロー。とっさに腕で受け止められたが、ガード越しにも衝撃は伝わる。

 

「けどなあ!」

 

 ガバリと面を上げたクライスの瞳に、わたくしの顔が映しこまれている。

 諦めはない。仕込みがあるな。わたくしも一枚カードを伏せているし、向こうも何枚かまだ伏せているだろうが──

 

「賞賛を以って、アナタを打倒しましょう」

「っ!?」

 

 真横から飛来したトンファを、ノールックでつかみ取る。

 

「……気づいとったんか」

「アナタなら、やるだろうと思いました」

 

 左手からトンファが放れていたのはいつからだったか。

 全開右ストレートを防御した際の強いフラッシュ、それに紛れて彼は命綱であるはずのトンファを片方、地面に落としていた。

 それから充填されていた魔力が時間差で起動、ひとりでに推力を得て、跳ね上がるようにしてわたくしの頭部に襲い掛かって来たのだ。

 

「これで戦力は半減。続けます?」

「……お互い続ける気満々やないか」

 

 思わず唇がつり上がる。出力に制限がかかっているとはいえ、ここまで競り合うのは久しぶりだ。

 ハッと気づいたのはロイと、ウエスト校の紅一点の生徒だった。

 

『あれは──』

『──欠片が撒かれている!』

 

 二人が指していたのは、わたくしとクライスの周囲に漂う幾百幾千の粒子。

 それは例えば、砕けたトンファの木片。

 それは例えば、流星の剥離した火花。

 滞空してわたくしたちをドーム状に包んでいるそれは、火がつく前の炸薬だ。

 

『炸裂させれば互いに無事では済まないぞ……!?』

 

 その通り。

 だけど無事につかめる勝利なんて存在しねえ!

 

 わたくしとクライスは同時に、起爆トリガーを引く。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 視界を光が焼いた。

 拡散された欠片同士の連鎖爆発が、アリーナの地形を変える高威力・広範囲爆発を引き起こす。

 

「……っ、マリアンヌは!?」

 

 身を乗り出して目を凝らすリンディの視線の先。

 噴煙が切り裂かれる。

 焼け焦げた深紅の制服が翻り、細い指が銃口のように突きつけられた。

 

(詠唱装填は完了してるみたいね……ていうかまさかあの立ち位置、もしかしてアイツ、起爆と同時に、退避じゃなくて踏み込んだの……!?)

 

 リンディの分析は正しい。

 展開された流星の欠片を起爆させると同時、マリアンヌは一歩も退くことなく打ち込みにいった。

 

「決まったか……!?」

 

 同様に注視していたユートの言葉が疑問形だったのには、理由がある。

 勝利したのであれば、マリアンヌの表情は、こんなにも真剣なままではないから。

 

 

「──降参してもええ?」

「なら、まず、武器をおろすべきでは?」

 

 

 煙が風に押され流れていく。

 マリアンヌと相対するクライスは、彼もまた同様に、魔力を充填させたトンファをマリアンヌの喉先に突きつけていた。

 爆発の中で互いの一撃が交錯し、そして身を焦がしながらも第二手を用意した二人。

 

「流石、の一言に尽きますわね」

「いや~そっちも突っ込んでくるよなあ。来なければええなあとか思ってたけど、甘くないわな」

「ふふ……わたくしが踏み込んでくるのを前提に動いたくせに、何をおっしゃいますか」

 

 爆発を強引に突破し、そしてお互いに、笑みを浮かべている。

 

「マリアンヌ、お前……めっちゃオモロイやん」

「ええ、ええ! アナタも最高にオモロイですわよ!」

 

 同時、マリアンヌの流星が炸裂し、トンファが猛る。

 互いに皮一枚の差で攻撃をかわす。同時、クライスがマリアンヌの手の中にあった左腕用のトンファを蹴り上げて奪い返す。

 

「これ本当に練習試合かよ……」

「そろそろ止めた方がいいかもしれないわ。このままだとあいつ、十三節詠唱とか始めかねないわよ」

 

 殴り合いを再開する二人を眺めながら、ユートは渋い顔で頷いた。

 

「よくあの爆発をしのげるよな。いやマリアンヌも向こうも、自分が踏み込む余地を残してたんだろうけどよ……その辺はどうだ、見えてたのか? なあユイ、おい」

 

 身動きしないユイに顔を向け、ユートはギョッとする。

 彼女の視線は絶対零度だった。

 

(……あの人、分かってる人だ。私と同じレベルかは分からない。でも確実に、同じものを見てる人だ)

 

 クライスをじっと見つめ、ユイの冷徹な戦闘用思考回路が作動する。

 

(技巧派……だけど力押しが効かないとかじゃなくて、どんなに攻めてもいなされそうな気配がある。堅陣の構築が上手い。殺すなら、直接狙うより、マリアンヌさんみたいに武器から削りに行くしかない? でも……)

 

 思考に埋没するユイの様子を見て、リンディは首を横に振る。

 

「しばらく戻ってきそうにないわねこれ。ミリオンアーク、あんたも切り上げ時を……」

 

 ロイの表情を伺ったリンディは、自分の行いを後悔した。

 唇を強く、血がにじむほどに噛みながら、ロイはアリーナ中央の決闘を睨みつけている。

 

(……認められたんだ。マリアンヌに、力を発揮していい相手だと。僕が……おれが何年も何年もかけて認めさせた場所に、たった一度で……)

 

 

 二人がクライスに澱んだ目を向けている中。

 戦いを繰り広げていたマリアンヌとクライスは──突然、ぴたりと動きを止めた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「アカン」

「はい?」

「時間切れや」

 

 急に動きを止めて構えすら下ろしたクライスに、わたくしは腕を組んで問いかける。

 

「門限とかですか?」

「そうそうウチの寮母さんホンマに怖くてなあ。ってンなわけあるかい」

 

 ふっと、クライスのトンファがどちらも、焔をかき消す。

 ああそうか、マジでコンデンサなんだな。お前これでウエスト校のトップとってんのヤバすぎでしょ……

 

「いくらか余力を残しているようですが」

「お互い様やね。練習試合で全部カード切るわけにはいかん」

「それはそうですわね」

 

 頷く。十三節詠唱を解禁されたらもっと素早く勝てたかと言うと、疑問点はある。

 多分だけど、向こうもかなりカードを残して戦っていたはずだ。

 見れば観客席のウエスト校生徒らも不服そうな表情をしている。本当ならウチのエースが勝っているのに、っていう顔だ。ふざけんな殺すぞ。わたくしが勝つよ。天地がひっくり返ろうとも、大悪魔が顕現しようともわたくしの勝ちだが。

 

「ま、結果は結果や。俺っちの息切れで終わりってことで──」

 

 

 

「とでも思ったか不意打ちトンファキック!!」

「読めてるんですわよカウンター流星パアアアアアンチ!!」

「ぐわあああああああああーっ!!」

 

 

 

 瞬間的に復活したトンファに推力を得て前蹴りを放ってきたので、ひらりと避けて右ストレートを鼻っ柱に叩き込んだ。

 ごろごろと転がっていくクライスを一瞥して、わたくしは右手で天頂を指さす。

 

 

 

 

 

「何故ウエスト校はウエスト校なのか? 東西南北それらはしょせん中央に付随するもの! いくら眩く見えようとも、本物の輝きを前に道を譲ることしかできないまがい物たち! このわたくし、マリアンヌ・ピースラウンドが通る道にこそ栄光の光があふれていることを思い知り、平伏なさい!!」

 

 

 

 

 

「アンタは馬鹿のド真ん中だけどね」

「怖い人が通るときは誰だって道譲るだろ、お前はそういう怖い人の枠だ」

 

 リンディとユートの心底冷たい声は、夏の終わりを予感させた。

 

 


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