意識飛んでた。
血が足りない。魔力で出血箇所を覆い、圧迫して止血する。
どれくらい飛んでた?
気づいたら聖女リインが訳の分からない魔法を展開してる。
禁呪の十三節、完全詠唱か。
世界がぐらぐらと揺らぐ。
視界が明滅する。
恐らくわたくしが食らった攻撃は、わたくしと同様に十三節詠唱の禁呪を切り詰めたものだろう。『
だが。
「
感覚が復旧されていく。世界に色が戻る。焦点を絞り、聖女リインの顔を真っ直ぐ見つめた。
震える両足に力を込めて、立ち上がる。
そうだ。こと暴力性能という面において、悪役令嬢が誰かに負けるなんてあってはならない!
「……マリアンヌ嬢、君は……」
「退いてください。退きなさい、騎士ジークフリート! わたくしはあの光を認めない! わたくしの信じるもののためには、絶対に負けられないのです!」
腹の底から叫ぶと、ジークフリートさんは数秒黙った後、頷いて道を譲ってくれた。
すれ違いざま、赤髪の騎士はフッと表情を緩める。
「大丈夫だ、マリアンヌ嬢。オレは……君が、君の優しさが勝利することを、信じている」
励ましの言葉だった。
背中を押されるような心持ちさえした。コロシアムのど真ん中に立てば、聖女リインと正面からにらみ合う形になる。
やってやる、やってやろうじゃねえかこの野郎!
わたくしとこのババア。
どちらが真の
配信中です。 | 上位チャット▼ 〇鷲アンチ これ配信画面見えてる? 〇木の根 だめっぽい 〇苦行むり 完全に頭に血が上ってますね…… 〇ミート便器 聖女を名乗る異常者VS聖女を名乗る異常者 〇太郎 真聖女不在ってマジ? 〇適切な蟻地獄 一生勝手にやってろ 〇日本代表 偽物が本物にかなわない道理はない! 〇red moon どっちも偽物なんだよなあ 〇みろっく もうキレにキレ倒してる顔じゃん…… 〇外から来ました 5人ぐらい殺ってる顔 〇火星 やっとらしくなってきたな 〇日本代表 聖女から全力疾走で遠ざかる女 〇無敵 本当に追放のこと覚えてるのかこいつ 〇日本代表 予備策用意したのをいいことに絶対覚えてないぞ |
【早く来てくれ】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA【本物の聖女さん】 8,168,449 柱が視聴中 |
「まずいわよあんた! 禁呪相手にどうやって立ち向かうつもり!?」
リンディは貴賓席からマリアンヌに向かって叫んだ。
禁呪という存在そのものは王国に広く周知されている。大賢者セーヴァリスが生み出した、人道に反し、倫理を踏みにじる、計七種に及ぶ超弩級戦略魔法。
たった一発で戦場そのものを破壊しかねない、封印された魔法だ。
「そうだマリアンヌ! 聖女リインの使っている禁呪は、恐らく不可視性に優れた特性を持つ隠密攻撃! 正面から挑むのは下策だ……!」
何か自分にもできることがあれば、とロイは貴賓席からコロシアムに飛び降りようとして。
「よせ、ミリオンアーク君」
マリアンヌから距離を置き、見守っていたジークフリートに止められた。
何故、とくってかかろうとして。
赤髪の騎士の視線の先を見て、ロイはハッとした。
「…………ッ!」
魔法使いだからこそ、分かる。
マリアンヌの全身を循環し、魔力が躍動している。これまでに見たことのない活性状態だった。
本気も本気。幼馴染であり、恋い焦がれる少女は今──まさに、今に全てを賭けている!
「これは、彼女の戦いだ」
「それ、は……」
「譲れないものがあるんだろう。自分こそが最強であると証明したい少女が。
過剰魔力がオーバーロードし、彼女の身体から零れ出す。
それを見て聖女リインもまた、再度魔力を練り上げ始めた。
「ふん。令嬢が楯突くか。お前が何かするよりも早く、こちらは国王を殺せるんだぞ」
脅し文句だった。王が渋面を作り、王子たちが青ざめる。
だというのに。
「あら。あらあら。随分とまあそれらしい口調になってますわね。そちらが素ですか。やっぱりそちらの方がよく似合っていましてよ、聖女様」
口元をつり上げ。
魔力の奔流に身を委ねながら、マリアンヌが不敵に言い放った。
「随分と堅苦しく、似合わない演技でしたわ。今の方がずっと生き生きしているのではなくて? すぐに人質を取りにいく小物っぽさなんて抜群ですわね」
「────吠えたな、小娘!」
聖女リインがその身から漆黒の魔力雷撃を放出する。無秩序に客席を破壊するその中で、彼女は手をかざし魔法陣を展開。
「ええ。そうでなくては。アナタのような存在相手に雌雄を決するならば!」
それとマリアンヌが魔力を練り上げ終わるのは、まったくの同時だった。
頂点に達した戦意に呼応し、黄金色の魔力光が、漆黒の魔力光を薙ぎ払う。
「その聖女という立場! 真に相応しい者に返しなさい──ッ!!」
聖女リインは、いいや彼女の中に巣食う悪魔はぎょっとした。
マリアンヌの貌を照らす光。彼女から溢れ出す威光。それは正しく神の如き神秘さを携えていたのだ。
大地の中心に佇み。
彼女は右手を起点に十三の魔法陣を展開、幾何学的に配置しながら詠唱を紡いでいく。
何を詠唱しているのだという困惑。
だが『それ』を知る者は、一様に顔色を変えていった。
聖女リインも追随し、十三節に及ぶ詠唱を展開する。
────
────
────
────
そんな馬鹿な、とロイは呻いた。
リンディは何が起きているのか分からず、目を白黒させることしかできない。
執拗なまでに、執念を感じるほどに精査された十三節の詠唱。敵対存在を欠片も残さず灰燼に還すための虐殺権能。
七つ存在する、人類史の汚点。
────
禁呪と禁呪が相対した。
一手早く、マリアンヌが力を解放する。
「
降り注ぐは天を砕き、大地に満ちる
普段使っている
大陸の半分を覆い尽くすほどの最大レンジが今この瞬間、聖女リインという一点に集中する。
「
遅れて聖女リインが解き放ったのもまた、十三節完全詠唱の禁呪。
ロイの推測は正しい。彼女が使う禁呪は『
大陸が砕け海が割れるほどの大地震すら再現可能。
あるいはそれは、こう言い換えることもできる──
神話の如き光景だった。術者二名を除き、全員が棒立ちになり、呆然と見守ることしかできなかった。
天空から降り注ぐ流星群と、空間に張り巡らされた大激震が激突する。
流星が砕かれ、割れていく。次から次へと無尽蔵に現れる火の星は、しかし聖女リインの元に届かない。余波でコロシアム付近の山々が根こそぎ蒸発していく。
「くははははははははっ!! やはり! やはりこの『
一方的に流星が打ち消されていく。
その光景を見て、聖女リインが哄笑を上げた。
「不可視の衝撃波は攻防一体にして絶対無敵! 貴様の『
そこには技術などでは覆せない、圧倒的な相性差があった。
勝利の確信に瞳をギラつかせながら。
聖女リインはコロシアムを見下ろす。
いない。
マリアンヌ・ピースラウンドの姿がない。
「……は?」
「どこを見ていますの?」
声が聞こえたのは上からだった。
ガバリと顔を上げる。
流星群と大激震の激突する、天地開闢の刻に等しい超爆発が咲き乱れる空を背に。
コロシアムの中でも最も天に近い場所。
国旗を掲揚するポールの上に、マリアンヌは佇んでいた。
〇苦行むり ば──
〇鷲アンチ ば──
〇日本代表 馬鹿だこいつ──────!!
〇みろっく 煙のお友達じゃん
あの破壊の嵐に誰もが目を奪われている隙に。
マリアンヌはしれっと移動し、ポールの上までよじ登っていたのだ。
右腕を掲げ、天を指さしてマリアンヌは言う。
「一族の誇りにかけて、断言しましょう──勝利の栄光は、もうわたくしの手の中にあると」
同時。
上空で行われている大規模魔法激突とは別に。
彼女の右の拳が──光を放つ。
「……は?」
「──
禁呪のエネルギーを充填した拳。
令嬢に勝利をもたらす必殺の拳。
先日クッソ適当に悪役令嬢パンチと名付けられたその拳。
「ば、馬鹿な。あり得ない! それは、それも禁呪だというのか!? 一体何時!?」
「分からないなんて、とんだお馬鹿さん。禁呪を詠唱しながら、禁呪を詠唱したのですわ!!」
「なんて???????」
〇太郎 禁 呪 重 ね が け
〇外から来ました ウッソだろおい
〇無敵 『流星』に『流星』を重ねて、自称聖女特有の暴力と極限の低能さが加われば1200%だーーっ!!
ポールの頂点を蹴り、令嬢が宙を舞う。
咲き誇る破壊の花たちを背に一回転、拳を矢のように引き絞った。
落下先には聖女リイン。二人を阻む者は何もない。
「そんな、そんなことが──」
禁呪の重ねがけ? 馬鹿な! あり得ない。悪魔を以てしても不可能な芸当だというのに。
「一体──何なんだ貴様は!?」
ニィと口元をつり上げ。
マリアンヌは、流星の如く駆けながら叫ぶ。
「──必殺・聖魔女令嬢パァアアアアアアアアアアアンンチッッ!!」
最後の一撃は、それなりに重々しい爆砕音と、極めて著しい低知能発言と共に放たれた。
頬にめり込んだパンチが、リインの身体を丸ごと弾き飛ばす。観客席からコロシアムへと叩き落とされ、グラウンドを数十メートル砂煙を上げて転がっていく聖女の身体。
上空で流星群と大激震が勝利のファンファーレ代わりに一際大きく弾けて、それきり消えた。
右手で天を指さし。
いつものポーズを取り。
血に濡れようとも変わらぬ美しさと尊大さで、マリアンヌは叫ぶ。
「世界の頂点に君臨する、魔の道を究め、聖なる意志に導かれた女! 最強の魔女とは! 最強の聖女とは! それはほかでもない──このわたくし、マリアンヌ・ピースラウンドですわッ!!」
「どっちだよ…………」
ロイの呟きは虚空に溶けていった。
ネクストコナンズヒント
『処刑』