TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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中編って何だよ


PART9 女帝による高精度文化祭運営事情(中編①)

 時は少しさかのぼる。

 

 王立魔法学園中央校、学園祭一日目。

 残暑の気配はあれどからりと晴れ渡った青天の下、生徒やOBら、つまりは王国の魔法使いたちの姿が敷地内にひしめき合っていた。

 

「召喚魔法研究部はこちら! 本日の目玉ですよー、なんと大型火竜の召喚実験!」

「決闘部でーす! 模擬決闘やってます、飛び込み大歓迎! あ、ピースラウンド家だけは出禁でお願いしまーす! まだ部員たちのトラウマが癒えていないので!」

 

 呼び込みの生徒たちが声を張り上げ、喧騒は加速していく。

 平民の姿は見当たらないが、着飾った若者が大半を占めていた。王都近くに住む貴族たちにとって、中央校の学園祭は文字通りの祭なのだ。

 

「焼きそばパンをお買い求めの方はこちらにお並び下さーい!」

「中央校名物の焼きそばパンでーす!」

「えっ名物だっけ?」

「ピースラウンドさんがそう言えって……」

 

 そんな中で、マリアンヌのクラスの屋台は好調な売れ行きを見せていた。

 当然だが位置関係以外の勝因もある。マリアンヌが緻密に、かつ野心的に調合した焼きそばパン専用ソースの香りが、通る人々の足を止めていたのだ。

 しかし予想を超える集客により、屋台の中は戦場と化していた。

 

「パンの在庫取って来てくれ!」

「はーい! ちょっと待ってね!」

 

 クラスメイトに指示を出しながら、ユートは自身の火属性魔法で加熱した鉄板に麺を躍らせる。

 今ユートは、ねじりハチマキを頭に巻き、学ランを脱ぎ捨てTシャツを肩までまくり上げてエプロンをつけた、完璧な屋台の兄ちゃんスタイルに変貌していた。

 マリアンヌ直伝のヘラ捌きで用意された麺を手早くほぐすと、細かく刻まれた野菜を和え、香辛料とソースを絡めて鉄板の隅に寄せる。

 

「ユート君!! それ終わったら三玉追加!!」

「あいよお!!」

 

 テントの下では怒号が響き渡り、せわしなく生徒たちが行き来する。あらかじめ何がどこにあるのかはマリアンヌによって固定され、生徒も役割ごとに適切なタイミングで適切な量を運べばいいだけのはずだったが──想像を超える人気ぶりに、クラスの担当者たちは汗だくになりながら材料を運び、パンの下準備をし、焼きそばパンの形を整え、パックに梱包している。

 

(……ちょっと、僕が入る隙間がないなこれ)

 

 流れ作業と呼ぶには密度の濃い光景を目の当たりにして、ロイは半笑いで少し後ずさった。

 プロデューサー(マリアンヌ)に『アナタは開幕は立て看板片手に練り歩き! 無差別にいつもの王子様スマイルをばら撒き環境を破壊しなさい! ほら得意でしょう? みんなに好かれる笑顔!』とあり得ないぐらい婚約者に言われたくない言葉を連打されて正直帰って寝込みかけたロイ。

 しかし、そこは婚約者のプロ。気合で蘇生し、マリアンヌの指示を守って笑顔で校舎を練り歩いた。

 

(まったく、肝心のマリアンヌはどこに行ったんだ。今朝の最終ミーティングからずっと見当たらないけど……)

 

 笑顔の裏で、思わず渋いため息が漏れそうになる。

 

(騎士に狙われているというのが本当なら、人目につくところで……いや、僕やユイがいるところから離れないでほしいというのに。自分の命を軽く見すぎなんじゃないか)

 

 パッと見た感じ、クラスの屋台にもマリアンヌの姿はない。

 ふんぞり返っていたプロデューサー用の椅子は空席だ。

 

「あっ、ミリオンアーク君! 立ち看板交代だよね、もらうよ」

「ん、そんな時間か。それじゃあよろしく」

 

 駆け寄ってきたクラスの女子に、クラスで木の板を組み合わせて作った看板を手渡す。

 その際、女子が少しだけ顔を近づけ、声を落とした。

 

「ピースラウンドさんを探してるんだよね?」

「……! うん、そうなんだ、実は」

「やっぱり。だけどさ、伝説の木の下に一緒に行きたがってた他のクラスの人とかも探し回ってるみたいなんだけど、全然見当たらないんだって。朝はいたのにね」

 

 なるほどとうなずき、ロイはクラスの屋台を離れる。

 校舎沿いに歩きながら、腕を組んで考え込んだ。

 

(ということは、意図的に隠れているんだろうな。隠密行動に関してはそんなに長けていないと思っていたけど……うん、多分流星の新しい応用だろう。下手したら新しい形態変成(フォームシフト)でも発現させたのかもしれない)

 

 人気のない方向へ自然と足が伸びる。

 校舎の角まで来て、ふとロイは動きを止めた。

 

(生徒会役員か?)

 

 曲がり角の向こう側に、誰かがいる。文化祭中にここへ来る理由はない。あるとすれば休憩だが、それにしては静かすぎた。

 意図的に存在感を消そうとしているような感覚。

 

(なんだろう? 学園祭の打ち合わせという空気ではないけど……)

 

 誰が話しているのかを見るべく、ロイはそっと顔を出す。

 生徒会の腕章をつけた生徒と、その奥に、黒い影があった。

 影? 否、いくら物陰であっても、この青天の下で明瞭な黒が形を結ぶことなどありえない。

 

(え? 存在を隠蔽している? まさか──)

 

 思考がカチと音を立てた途端だった。

 とっさにロイは顔を引っ込めると、脚力を強化してその場から跳び上がり、校舎二階の窓のサッシを掴みぶら下がる。

 

「……いえ、特に誰もいないようですが」

「そうですか」

 

 ロイのいた場所にやって来た生徒会の生徒が、周囲を見渡して首をかしげる。

 返事はやはり曲がり角の向こう側から。

 

「では黒騎士殿、あとは手筈通りにお願いします」

「分かっていますよ」

 

 次の瞬間、漆黒の鎧をまとった、学園祭にまるでふさわしくない騎士が姿を現した。

 一級の隠蔽魔法により、意図した相手以外はその姿を認識できない。ロイが黒い影と認識できたのは、彼が無意識下でその隠蔽を看破していたからにほかならない。

 

「…………」

 

 黒騎士がちらりと、真上を見上げる。

 二階の開け放たれた窓は、吹き込む風にカーテンが揺れているばかり。

 

(…………ッ! あ、危なかった……!)

 

 教室に転がり込み息を殺しながら、ロイは目を何度も瞬かせる。

 生徒会役員の密談。黒騎士という呼び名。

 

(何者だ……いや、騎士と呼ばれているからにはやはり……)

 

 こっそりと教室から出て、ロイは廊下を歩きだす。

 各クラスや部活のブースが並ぶ中、彼のひとまずの目標は決まっていた。

 

(マリアンヌは、むしろそのまま隠れていた方がいい。下手に合流してしまうよりは……一度僕は、ユイと情報を共有して、黒騎士について探らないといけない──)

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 雑踏の中、ふと立ち止まり周囲を見渡す。

 学園祭は王都中の魔法使いでごった返しているが、わたくしとアルトリウスさんの周囲は少しだけ空いていた。

 

「ん? どうした、顔見知りでもいたか」

「いえ、なんでも……大体御前試合か競技会でぶちのめした人間が集まっていますので、顔見知りと言えば全員そうなのかもしれません」

「最悪の網羅の仕方だな……」

 

 道理で普通に歩いてるだけなのにちょっと避けられてるわけだよ。

 えらい前に進みやすいと思った。まあ何があろうと前に進むから関係ねえけどな。

 

「それで、ピースラウンド。土属性魔法の研究部とはどこにあるんだ」

 

 パンフのマップを見ながらアルトリウスさんが問うてくる。

 なんでこの人普通に学園祭をエンジョイしてるんだろう……

 

「土属性魔法研究部ならここをまっすぐすすんでから、校舎に入って二階に」

「すまない、この綿菓子を一つもらえるか」

 

 振り向くと誘蛾灯に吸い寄せられる蛾のように、アルトリウスさんは綿菓子の屋台に縫い留められていた。

 こいつやる気あんの?

 

「…………」

「なんだ、君も欲しいのか。いいぞ、すみませんもう1つください」

「呆れているだけですわ。まあ、いただけるならいただきますけども」

 

 生徒さんが慣れた手つきで綿菓子を作ると、わたくしたちに手渡す。

 アルトリウスさんはこれで片手に綿菓子、片手にチョコバナナと二刀流の構えである。馬鹿か。

 握らされた綿菓子を一口かじる。甘い。前世で食べていたものと、多分、ほぼ同じ味だ。

 

「綿菓子、この世界にあるんですわね……」

「どんな感想だ。綿菓子のない世界から来たのか?」

 

 体感としては逆なんだよなあ。

 アルトリウスさんと二人、連れ立って歩く。綿菓子をもしゃもしゃ食べていると、チョコバナナっぽいものをかじり終えたアルトリウスさんが、串を道端のごみ箱に捨てる。それから鋭い眼光で屋台を見渡した。

 

「片手空いたから次何買おうか厳選してるでしょアナタ」

「そうだが?」

 

 こいつ、胸張って即答しやがった!

 

「完全にエンジョイしていますわね……」

「怪しまれないよう、学園祭の空気になじむ必要があった。加えて頭脳労働には糖分が欠かせない」

「はあ」

「論理的だろう?」

 

 わたくしは無言で、アルトリウスさんは半眼になって見た。

 数秒視線を重ねた後、彼は静かに頷く。

 

「論理的だな」

「自己完結されると何も言えないのでやめてくださいます?」

 

 え、えぇ……? 今この人、エンジョイとわたくし暗殺計画の比重が両立しているのか?

 

「今日、来るのですか?」

「来たなら迎撃。来なければ下見というだけだ」

「下見というにはエンジョイし過ぎですけどねアナタ」

 

 浮かれているわけではなく、自分の中ではちゃんとしているという認識でこれっぽいのがますます凄い。凄くないんだけど凄いという形容しか出てこねえ。

 

「それで、そちらはどうだ」

「ん?」

 

 次の獲物を真剣な表情で探しながら、不意にアルトリウスさんが話しかけてくる。

 

「騎士による襲撃に備えていたから、ああして人目を避けていたんじゃないのか」

「いえ、思い上がったカス共を一方的にしばいたり出歯亀したりしていただけですわ」

「何の何だけ?」

 

 ぽかんとした様子で顔を向けてきたアルトリウスさんに対して、わたくしは遠くにそびえる伝説の木を指さす。

 

「あちらにそびえたつのが伝説の木ですわ」

「流石に知っている」

「あれ、本物だということもご存じですか?」

「……あー、ちょっと、待ってくれ」

 

 アルトリウスさんは片手でこめかみを押しながら、綿菓子をもしゃもしゃ食べた。頭脳労働をしているらしい。

 

「それは……()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「もちろん。というか他にないでしょう」

「君が今年の守人になっているということか、なるほどな」

「これそんなかっこいい名前のついた役職でしたの!?」

 

 守人とか初耳なんだけど!?

 特定行動(ルーティン)だつって痛みの味を思い出した方がいいか?

 

「そうか。そういうことか……」

「間の悪いことだと思いましたが、しかしよく考えてみれば守人として隠密行動をすることは暗殺部隊から身を隠すことにもなるなと気づきまして。ていうかやっぱ毎年いるのですねこのポジション」

「…………」

 

 あ、頭脳労働に集中してるな。

 

「……大体の構造は見えてきた。君はやはり、愛されているな」

「え、はあ。急に何ですか?」

 

 急にわけわかんないこと言い出した。

 この人、絶対わたくしにまだ開示してないカードが何枚もあるんだよな。そういうのも織り込みで考えると、多分見えてくるものがあるんだろう。

 

「わたくしは間違いなく盤上の駒の一つですが、アナタはさしずめ打ち手(プレイヤー)側なのですか」

「いいや、まさか。そこまで偉くないさ、間違いなく俺も駒の一つに過ぎない」

 

 アルトリウスさんは淡々と断言した。

 ふーん……ま、どっちの陣営なのかは明かしてくれないか。

 

「せっかくです、アナタもお嫁さん候補を見つけて木の下に連れ込んでみては?」

「心遣いありがとう。またとない機会なのは分かっているが、遠慮させてもらうよ。仕事が忙しくて、嫁さんを寂しがらせてしまう確信がある」

「仕事人間なのですね」

「他にやることがないだけとも言うがな」

 

 苦笑して肩をすくめる彼に、こちらも笑みがこぼれてしまう。

 

「……あっ。あれ、いいんじゃないですか。果実の飴らしいですわよ」

「なんだと!?」

「その驚き方は騎士が襲撃してきたときの驚き方では?」

 

 わたくしが指さした屋台を見て、彼は納得したようにうなずく。

 

「香りだけでもわかる。高品質だ……学園祭は素晴らしいな。学生たちの努力の結晶が垣間見える」

「魔法学園なので、果実飴を作る努力を積んでるわけではないのですが……」

 

 その時だった。

 

『あーあー。魔法拡声器ちゃんと動いてるかな? みんな聞こえるー?』

 

 ざわり、と喧騒が広がっていく。

 突然学園中に響いたゆるふわっとした声のアナウンス。

 

「これは何だ?」

「生徒会長の声ですわね。ただ、こういう予定があるとは知らされていませんが……」

 

『ではこれより! サプライズイベント! 一組様限定──伝説の木の下で告白できるのは誰だ大会! を開催いたしま~す!!』

 

 ……ッ!?

 

『伝説の木の下で告白すればうまくいくという噂、知ってますよね? 残念ながら今年はもうあと一組だけしかその恩恵に与れないことが発覚しちゃいました~……なので! ならばシュテルトライン王国らしく、強き者こそ使うとよろしい! 想い人を引きずってでも連れて行っちゃえ!』

 

 この人何言ってんの?

 

「おい守人、話と違うぞ!?」

 

 アルトリウスさんがガバリとこちらに振り向く。

 

「わ、わたくしだって聞いていませんわよ! ていうか枠があるんですね!?」

「いや効力の問題なんだろうが、それにしてもそれを大々的に喧伝してどうする!?」

 

 しかも大魔法があるとかその辺はぼかしつつだ。

 単なる祭イベント? いやそれにしては突発的すぎるというか、なんというか。

 

「……計算を修正したのか? いや効力の計算式は既存のものでやっているはずだ。誰かが察知した? ならこれは先手を打ったということなのか……?」

 

 アルトリウスさんもアルトリウスさんでぶつぶつと考えに耽っている。

 色々と分からねえが……まあでもあれか。これ、わたくしはお役御免ってことか。

 ならせっかくだし、最後の一枠が誰になるのか見守らせてもらおうかな。ただし……

 

「まずいですわね、ユイさんとロイの元に向かわなければ」

「ん?」

「ほら、最後の一枠に二人を狙う輩がいる可能性は高いですし……」

 

 そこで、気づく。

 周囲は静かになっていた。やけに静かだった。

 

「人の心配をしている場合か?」

「え……?」

 

 あたりを見渡す。制服姿の男子や女子、私服姿の来校者が、揃いも揃って無言でわたくしを見つめていた。

 肉食獣を想起させるその目に、思わず一歩、アルトリウスさんの方に近寄る。

 

「どうしたんですか、この人たち……」

「正気か!? 本当に自覚がないのか!? 分かってないと!?」

「だ、だって何が何やら。伝説の木の告白が一組だけとなって、それでわたくしが何なんですの!?」

 

 至近距離で叫ぶように問うわたくしに、嘆息してからアルトリウスさんが口を開く。

 

 

「……彼ら彼女らの目当ては、君だ」

「えっ」

 

 

 えっ。

 

「まあ、頑張りたまえ。健闘を祈るよ」

 

 愕然とするわたくしに、眼鏡越しに憐れむような視線を向けて、彼はススス……と距離を取った。

 刹那、間髪を入れず、生徒会長のムカつくほどに能天気な声が響く。

 

 

『それでは告白大会、よい、ドーン!!』

 

 

 ワッと四方から人が殺到した。

 だがそこに、もうわたくしの姿はない。

 突然姿が消え、中心点で激突してぶっ倒れた生徒たちはともかく、他の人々がきょろきょろとあたりを見渡し、そして上を、空を指さした。

 

「アナタがたに構ってる暇はありません! ユイさんとロイを探さないと!」

 

 即座に展開した流星の足場を蹴り、わたくしは既に空中を駆けている。

 

「し、しまった、跳べるのか!?」

「おい対空攻撃魔法はOKなのかこれ、さすがにダメか!?」

「いや……そもそも速すぎて捉えられない!」

 

 慌てて追いかけてくる愚民どもを嘲笑しながら疾走する。

 すると、すぐ傍から怒鳴り声が響いた。

 

「オイオイオイオイオイオイオイ! なぜ俺を連れてきた!?」

 

 見ればアルトリウスさんが、唾を飛ばす勢いで叫んでいる。

 ……わたくしに首根っこをひっつかまれ、そのまま振り回されている哀れな姿で。

 

「なんか一人で勝手に高みの見物決め込んでてムカついたので! さあ一緒に駆け抜けようじゃありませんか!」

「ちょっ……ま、待てっ! クソッ、こんなに目立つはずじゃ……! なんて失態だ……!」

 

 

 悪いなあ悪魔祓い! 大悪魔の因子持ちと相乗りしてもらうぜ!

 

 




















【挿絵表示】

https://twitter.com/syosetsuwokake/status/1456593826865315842?s=20
一迅社様より本作のコミカライズが決定しました。
漫画担当は飾くゆ先生です。
掲載先は一迅社様のWEBサイト【一迅プラス】を予定しております。
皆様の応援あってのことです、本当にありがとうございます!
詳細は作者Twitterなどをご確認ください!









全部みなさんのせいですよ

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