TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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※12/5、22:05 最後のジークフリートとの会話を修正


PART15 審判の時(前編)

 中央校がゴルドリーフ配下の騎士たちの襲撃を受けている朝。

 

 

 

 

 

「ツモですわッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ! ゆ、夢ですか……!」

 

 凄まじい夢を見た……アーマードコアⅧを楽しく遊びすぎて、アーマードコアⅧの新コンテンツであるアクアビット式麻雀に熱中、しかし最後には役満に気づかずしょうもないタンヤオ宣言をしてしまうという悪夢だった。

 

「ひどい悪夢……いや前提条件の時点で悪夢というには恵まれすぎでしたわね……」

 

 

日本代表 うおおおおやっと起きた!!

宇宙の起源 かみったーで#起きろ頭流星女がトレンド入りしてたぞ

 

 

「え? なんで?」

 

 

鷲アンチ お前ちょっと窓開けて学園見てみろ

 

 

 言われるがまま、カーテンを開けて窓際に立つ。

 学園からは黒い煙が朦々と吹き上がっていた。

 

 

「もう始まってる!!」

 

 

TSに一家言 お嬢様は語録なんて使わない

 

 

「もう始まっていましてよ!!」

 

 

TSに一家言 それでいい

火星 いいか? これ……

 

 

 ふざけてる場合か! 普通に遅刻してるわこれ!

 わたくしは大慌てで服を脱ぎながらバタバタと準備を始めた。

 

 

外から来ました うわっお嬢タンマタンマ! 配信切り忘れてる!

苦行むり 厳密にはVTuberでもないのに配信切り忘れて伝説になってしまう!

無敵 もうある意味伝説だけどな

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 シュテルトライン王立魔法学園中央校。

 一般校舎内、一年生の教室が並ぶ廊下にて。

 

「……貴方ほどの騎士が僕をご指名とは、光栄ですよ」

「そうか? 実力があるからだろ?」

 

 ロイの言葉に、アバラ・カシリウスが首をかしげる。

 両者の立ち位置は、近接戦闘における絶死の距離。即ち魔法や加護を用いれば一足一刀の間合い。

 

(相手は格上。正攻法で挑むのは無謀!)

 

 革靴で廊下を蹴り、ロイは一気に距離を取った。

 

槍を象った稲妻が(light wing)喉元深くに突き刺さり(right sting)お前の息の根を止めるだろう(write ending)

「おっ──」

 

 紡ぐ詠唱は三節。魔法使いにとっては、騎士が切りかかってくるよりも早く済ませられる緊急用に類するスピード。

 ロイはたったそれだけで、初見殺しの魔法を放つ。

 

第四剣理(ソードラプソディ)展開(セット)──縛槍爆雷(ディレイション)墜崩白光(ライトジャマー)!」

 

 追いすがって来たアバラめがけて、地面を媒介に稲妻が走る。

 直撃すれば相手の行動を大きく制限する、マリアンヌのお墨付きの必殺技巧。

 

「そうらよぉっ!」

 

 しかし。

 アバラはその稲妻に大剣の切っ先を突き込むと、絡め取るようにして自分の身体から遠ざけ、廊下に置かれていた金属製のロッカーへ雷撃を押し付けた。

 

「何……ッ!?」

「こうすれば、俺には届かねえよなあ!」

 

 減速しないまま、ロイの剣理を突破したアバラが迫る。

 

(直感的に対応した!? いいや、金属への伝導を知っているからこその動きだ、理論派なのか……!? だが直撃は嫌がった、身体に当てさえすれば!)

 

 通用自体はすると判断し、再詠唱をスタートさせるロイ。

 

槍を象ったいな(light wing)──」

「おいおい、二度目はねーだろ」

 

 刹那だった。

 一歩踏み込んだ、だけのはずのアバラが、消えた。

 高速戦闘に長けたロイですら見失った。コンマ数秒にも満たない思考の空白が生まれる。それは卓越した騎士との戦いにおいては、命取りとして十二分。

 

「ごッ」

 

 勘任せにガードを固めたロイに対して、地面を這うような超低姿勢で間合いを殺したアバラの逆袈裟がクリティカルヒット。

 数メートル吹き飛ばされ、廊下を転がり、掃除道具入れのロッカーに激突してやっとロイの身体が止まった。

 

(何……だ。何だ今のは。見えなかった。加護によって身体能力を上げただけで、アレなのか!? いいや違う、明らかに速度感そのものが変わった……!)

 

 血を吐きながらも立ち上がる彼の姿を、唇をつり上げながらアバラは眺めていた。

 

「初見殺しっていい言葉だよな。俺も騎士始めたばっかのころ、よく言われたんだ。『お前のスピードは初見殺しだ』ってさ」

 

 たたらを踏みながら剣を構えなおすロイに対して、アバラは滔々と語る。

 

「でもさ。ある日、そん時はまだだったけど……隊長に叩きのめされて、言われたんだ」

「……ッ?」

「一度しか通じねえモンに自分の命預けんなよ、ってさ」

 

 ぎり、とロイが歯を食いしばった。

 それは過去のアバラへの指摘であり、現在のロイへの痛烈な皮肉だった。

 

「俺はとんでもねえ馬鹿なんだがよ。隊長は、そんな俺にも分かるように色々教えてくれる。テメェらのデータだってそうだ」

「……ッ。やはり、事前に研究を……!」

「当たり前だろ、死合う相手なんだからよ。あとは俺が必死こいて考えるだけだ。やっぱ凄えよ、俺たちの隊長は」

 

 データは向こうも押さえていた。学生相手でも油断はない。

 元々差のある相手、事前研究でそこを埋めようとしたが、相手も同じことをしているのなら──

 

(いいや、違う。だからといって!)

 

 それでもロイの目に、諦めはない。

 

「……失礼ながら、存じ上げませんでしたよ。騎士団の座学では、電撃の金属への伝導性についても学ばれているんですね」

「いやあ、流石にそういうわけじゃねーよ。みんな感覚的には知ってるだろうけどさ……でも俺は違う。俺はきっちりと、理論を勉強してる」

 

 言うや否や。

 アバラは大剣を片手に持ち替えると、懐から一冊の本を引き抜いた。

 

「──このピースラウンド印の教科書で算数と理科を勉強してっからなあ!」

「ピースラウンド印の教科書!?!?」

 

 アバラが意気揚々と掲げた教科書は、誰がどう見ても転生者(頭流星女)が作成に携わった代物だった。

 デフォルメされた黒髪赤目の女の子が、本の帯で『安心のピースラウンド印ですわ!』と喋っている。ロイはめまいがした。

 

「なん……です、か。それ」

「カカリヤのやつが買ってくれたんだ。すげえ分かりやすいって評判なんだよなあこれ!」

 

 レーベルバイト書房から発刊されている、未就学児~初等校生徒向けの、『平民でも貴族でもなるほどと手を叩く』をキャッチコピーとしたシリーズである。

 通常、貴族の子息であれば優秀な家庭教師を雇うことで学問を学ばせるが、その優秀な家庭教師たちが最近こぞって採用しているのがピースラウンド印の教科書だった。ロイは激しい頭痛に襲われた。

 

「マリアンヌ、レーベルバイト家と組んでそんな商売をしていたのか……!」

 

 ちなみにまあまあな利益を出しており、マリアンヌから持ち込まれるビジネスアイデアが結構な打率を上げている影響でレーベルバイト家におけるアキトの地位も劇的に向上していた。

 

「見ろ! イラスト付きで分かりやすいだろ!」

「くっ……その帯だけくれませんか!?」

「駄目だな! 俺は帯と一緒に保存する派だ!」

 

 教科書を懐にしまい、アバラが全身から加護の光を立ち昇らせる。

 

「隊長とピースラウンド先生が俺に力をくれる……! うおおおおおっ!!」

「その力の出され方にはかなりの拒否感がある!」

 

 ロイは悲鳴を上げた。発狂しそうだった。

 婚約者の加護が、何故か全開で敵に降り注いでいる! 自分にくれ!

 

「データを見りゃ分かるぜ。小童(ワッパ)、テメェ俺と同じだろ。憧れのために、とうの昔に命なんか捧げちまってる!」

「……!」

「だから油断なんかしねぇーよ。全力で、ぶっ潰す!」

 

 アバラの両眼から戦意が光となって溢れる。

 口を開く刹那に、ロイの背筋を、死神の鎌が撫でた。

 

 

 

「出力リミッター解除ォッ! 体内循環加護、最大値だァっ!!」

 

 

 

 爆発的に出力を増した加護が、突風を巻き起こす。

 

「……ッ!!」

 

 その言葉にロイは、昨夜の作戦会議でユイが語った内容を思い出していた。

 

 

『私たちは……厳密な話としてですが。最上級クラスの騎士たちの、()()()()()というものを未だ見たことがありません』

『え……?』

『ミレニル中隊の皆さんは、最上級クラスではありません。そこに手が届きつつあるジークフリートさんが臨海学校で見せてくれたのは、純粋な騎士としての全力ではありません』

『おいジークフリート、どういうことだよ?』

『……タガハラ嬢の言う通りだ。騎士が全力で戦う時に起きる現象を、オレはそれ単独で行使したわけではない。むしろ、足りない部分を別の力で強引に補ったからこその結果だった……』

『じゃあその、純粋な騎士としての全力って何なのよ』

『騎士が体内において循環させる加護。それを最大値まで引き上げることで──身体の外側にもその摂理を拡大する秘儀

 

 

 禁呪保有者における完全解号(ホールドオープン)に該当する、それこそが。

 

 

 

()()()()──『先動必捷』ッッ!!」

 

 

 

 直後。

 ロイは自らにアバラが斬りかかってくる未来を見た。

 だから当然のように身体が動き、カウンターの一閃を合わせる。

 

小童(ワッパ)、お前は優秀だ。優秀過ぎっから、俺のエジキなんだよ」

 

 剣が振りぬかれた。

 視界を、噴き出した血が埋める。

 

(え……)

 

 自分の身体は動けていなかった。

 ただ斬撃を繰り出そうとした直前の状態で、それに先んじて放たれたアバラの一閃が、ロイの身体を袈裟切りにしていた。

 分かっていたのに。相手のデータを研究していたはずなのに、ロイに対応は許されなかった。

 

「じゃあな、『強襲の貴公子』……だっけ。悪いが、この国で一番速いっていう座だけは、譲れねえよ」

 

 崩れ落ち、自らの血だまりに突っ伏すロイを、アバラは冷たい表情で見下ろしていた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「オオオオオラァッ!」

 

 マグマを纏わりつかせた両腕を振るい、ユートが騎士へと殴り掛かる。

 

「うわっ、とっ、ほっ!」

 

 軽やかな身のこなしで殴打を避けつつ、騎士ポール・サイードはユートとつかず離れずの間合いを維持していた。

 

疾風(すばし)っこいやつだぜ……!」

「あはは、褒めてくれてありがとう。でもアバラと比べたら、全然遅いけどねえ」

 

 拳の打ち下ろしをのけぞるようにして避けて、そのままポールが地面を蹴って回転しながら大きく後退、夜間用の魔力灯の上へ音もなく着地する。

 

「曲芸師かよ、そりゃ俺相手にぶつけられるわけだな」

「あらあら、スピード不足の自覚があるのに鍛えてなかったの。それは勉強不足だなあ。アバラを見習わないと……」

「そのアバラってやつ、未知(しらねえ)んだよッ!」

 

 吠えると同時に、ユートは両腕のマグマから蒸気を噴き上げる。

 アフターバーナーの要領で熱が推力に転換され、一気に彼の身体を加速させた。

 

(つかず離れずの距離を維持していたのは、やつも近距離を得意とするから──じゃない! 隙は何度か見せたが、一切反応しなかった! 俺の戦闘力を見極めようとしていたんだろ? だから間合いは詰める一択だ!)

 

 ユートの戦闘用思考回路(タクティカルシンキング)は正しい。

 だがそれだけでは測れないからこその三騎士!

 

「突っ込んでくるのは、正解だ! 攻撃は80点をあげていいね!」

 

 突撃してきたユートと視線を重ね、ポールが笑みを浮かべる。

 

「だけど分からないまま突っ込んでくるのは減点。マイナス100点。君はここで終わり」

「ッ!?」

 

 ユートの拳が直撃する刹那。

 

 

 

()()()()──『迷窮命廊』!」

 

 

 

 拳が分厚い壁に阻まれた。

 メリ、と全面にヒビが走るも、壁は崩れない。

 慌てて周囲を見渡した。加速して跳び上がったはずなのに、自分の両足は大地についている。高い壁に視界をふさがれ、複雑に入り組む道が四方八方へ伸びている。

 

「は……?」

 

 気づけばユートは、広大な迷宮の中にいた。

 

「なんだ、ここ……う、ぐっ!?」

 

 がくんと、膝から崩れ落ちる。呼吸するたびに臓腑の底が激痛を発した。

 慌ててユートは大地から魔力を吸い上げ、自分の身体を循環させて痛みを癒す。

 

(何だ、どこだここは!? 学園の敷地だったはずなのに……!?)

「ここは君専用のベッドだ。ぐっすり休んでおくれ」

 

 どこからともなく聞こえる声。

 ユートは歯を食いしばって立ち上がると、壁に手をついて、脂汗をにじませながら歩きだす。

 

「クソ、何だってんだよ、これは! 騎士の加護ってやつは……一体何なんだよ……!」

 

 事前に研究していたはずなのに。

 不思議なことに、ユートは迷宮の中を、そうしなければならないとでも言うかのように、出口を求めてさまよい始めた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 カカリヤは腕を組み、静かにたたずむユイへ問いかける。

 

「次期聖女様。単に、次代の貴族の中心となる方と仲良くしておられるのなら、別に良かった。ゴルドリーフ大隊長も、時代が変わることを期待していた節があります」

「……で?」

「禁呪保有者なのが、いけなかった」

 

 その言葉は、世間一般における理解を踏まえれば正しい。

 世界に厄災をもたらす、禁じられた魔法。平然と使い続けている人間の方が明らかにおかしい。

 だがユイは、ぴくりとも顔を動かさない。

 

「……で?」

「ああ、どうやら、もはや問答は不要だと決め込んでおられたのですね」

 

 残念ですとカカリヤが首を振る。

 そんな騎士に対して、ユイは無感情に口を開いた。

 

「あなたが、何を期待していたのかは、分かりません。ですが一つだけ分かります」

「何でしょうか、タガハラ様」

「あなたは、分かっていない」

「え?」

 

 ユイのまなざしが、カカリヤに真っすぐ突き刺さる。

 

 

「ここで立ち塞がることの意味を、あなたは分かっていない」

 

 

 一歩だった。

 ユイが一歩踏み出した。

 

(────!!)

 

 歴戦の強者であるカカリヤの防衛本能が全力で警鐘を鳴らした。

 次の刹那に自分が死んでもおかしくないと、理性も感情も理解した。

 だから迅速に、最大の一手を放つ。

 

 

 

()()()()──『呆澱慈失』」

 

 

 

 放たれた摂理が、ユイの身体を捉えた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「へえ~。随分と楽しそうなお祭りですね」

 

 三騎士の戦場が佳境を迎える中。

 校舎屋上には、黒騎士と、もう一つ小柄な影があった。

 

「黒騎士サ~ン。ボクの役割って、とにかくたくさん殺せばいいんでしたっけ?」

「…………」

「あれ? 聞こえてない?」

 

 小柄な影。

 軍用フィールドジャケットを着た小さな少女が、黒騎士にとてとてと歩み寄り、甲冑の前で手をブンブン振る。

 

「もしもーし」

「……おい、嘘だろ。予定通りにいかないことばっかりじゃないか。事前の計算と比べて戦力比がめちゃくちゃだ……いいやスペック的には合っているはずなのに……」

「あ、だめだこりゃ」

 

 黒騎士の思考は何かしらのドツボに嵌っていた。

 顎に指をあて『いや思考停止はやばいマジやばい。落ち着け。再計算再計算……』と唸る黒騎士を放置して、少女は校舎屋上から飛び降りる。

 

「うわっびっくりした」

「え? 誰……って、そうじゃなくって!」

 

 たまたますぐそばにいた女子二人が、着地した少女に駆け寄ってくる。

 

「君、親御さんは!? はぐれちゃった!?」

「今凄く危ないから! 私たちと一緒に……!」

 

 二人のうち片方は、マリアンヌに絵画の課題で教鞭を執った女子生徒。もう片方は、彼女の誘いを受けて学園祭を回っていた女子生徒。

 少女は自らに向けられた善意を感じ取り、顔をゆがめる。

 

「君たち馬鹿かよ。ボクは君たちを襲う側だよ」

「……え?」

 

 幼く見える少女が、右手をスッと突きつける。

 トリガーは言葉でも視線でもない。ただ少女の意識を捉えた以上、未だ事態を理解できていない女子生徒二名の命運は決まった。

 

 

 

「──厳粛なる否定を受け入れろ(quo vadis domine)

 

 

 

 それは人類史の七つの汚点。

 大賢者セーヴァリスが、初代『流星』保有者の死を受け、最も憎悪を滾らせながら殺戮能力のみを突き詰めて開発した、禁呪の中でも最低最悪の代物。

 

 

 激痛による死。臓器不全による死。呼吸困難による死。即死。内臓破裂。病死。轢殺。溺死。

 その他ありとあらゆる()を即座に引き起こす、最も迅速に大陸を破滅させられる、『疫死(モルス)』の禁呪である。

 

 

 

「停止しろ」

 

 

 

 しかし。

 放たれた必殺の呪詛が、凍結した。

 

「は?」

 

 気づけば女子生徒二人の背後には、漆黒の鎧で全身を固めた男の姿があった。

 彼は恐る恐る振り向く生徒たちに、優しく声をかける。

 

「……大丈夫だ。君たちには何の魔法もかからなかった。今すぐ向こうへ走りなさい。教師の方がいらっしゃるから、そこまでたどり着けば安全だ」

「は……はい!」

「いい子だ」

 

 遅れてやってきた死の恐怖に表情をゆがめながらも、二人は黒騎士を、鎮圧に来てくれた騎士だと誤認したまま駆けだす。

 その様子を眺め、少女は驚愕に目を見開く。

 

「あれ? あれ? あれ~? ねえねえ黒騎士サン、ちょっと待ってくださいよ!」

「何でしょうか」

「おかしいよそれ! だって、あなたって、この学園を襲う側のはずなのに!」

 

 当然の問いかけだった。

 少女を、『疫死』の禁呪保有者を見つけ出し、学園まで連れてきたのは黒騎士だ。一から十まで、少女による殺戮のプランを組んだのはこの男なのだ。

 だというのに、彼は肩をすくめて告げる。

 

「アドリブですよ。アドリブ。ちょっと事情が変わっちゃいまして」

「??」

「君は要らなくなった」

 

 黒騎士は剣を抜いて、少女へ突きつける。

 

「ちょっと……想定より、大隊長殿がやる気を出し過ぎてる。君がいるとやり過ぎというか、()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、死ね」

「ハァ~~~~~~~~~~!?!?!?!?」

 

 直後、漆黒の鎧が疾風となって駆け抜け、禁呪保有者へと斬りかかった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 混乱に陥った学園だが、正面入口には痛いほどの静謐が満ちていた。

 

「えっ、あっ、ジークフリートさん!?」

 

 逃げ場を求めて走っていたクラスメイトの生徒が、鎧をフル装備で着込んで、目を閉じて佇むジークフリートの姿を見つけて声を上げた。

 

「ジークフリートさん、助けて! 校内で暴れている人たちがいて……ッ!」

「すまない。オレはここを動けない」

「え?」

 

 腕を組んでいた彼が、不意に目を開けた。

 それから剣を抜き放つ。

 

「来ましたか」

「──ああ。来たぞ」

 

 正面入口。

 受付もへったくれもないそこを、堂々と、そして悠々と歩いてくる初老の男。

 身に纏う黄金の輝きを放つ鎧。腰元に携えられたロングソード。

 

「あ、あれって……」

「助かった……! 王立騎士団の大隊長!」

 

 男の名はゴルドリーフ・ラストハイヤー。

 学内の暴動を鎮圧するため、中央校生徒会より通報を受けて即座に出動した正義の味方。

 

 そのはず、なのに。

 

「退け、ジークフリート」

「退きません」

 

 絶大な力を持つ騎士が二人。

 これで安心だと思っていた生徒たちの表情が、だんだんと疑念に歪む。

 

「え……なん、で?」

「君たちは避難しなさい。ここは最も危険だ」

 

 ジークフリートの言葉が理解できない。

 だが理解は及ばずとも、クラスメイトとして流星の少女の騒動を見守り続けてきた胆力が、足を動かす。

 生徒たちはジークフリートを疑うことなく、即座にその場から離れていった。

 

 

 

「転輪せよ、悪逆の光──不屈(キボウ)の詩歌を響かせよう」

 

 

 

 それを確認したジークフリートが、フル出力で加護を展開する。

 悪を相手に絶対的な優位性を誇る、最強にして無敵の権能。

 しかし今回は、相手は、彼にとっての悪ではない。

 

 

 

「摂理装填・誅死猟域」

 

 

 

 剣を抜き放ちながら、ゴルドリーフが滑らかに加護の出力を最大値まで跳ね上げた。

 三騎士と比べても圧倒的な出力の加護。二人の間で空間が拉ぎ、砕かれる。

 

「私は学園からの緊急通報を受けてここにいる。退くのは君の方だ」

「通せません。貴方の目的をオレは知っている」

 

 ジークフリートが剣を構えた直後。

 

 

「生徒を救わねばならない私の邪魔をするのか?」

 

 

 大隊長の問いかけに、紅髪の騎士は、己の失策を悟った。

 

「……ッ! それは……」

「答えろ」

 

 ジークフリートの表情が歪む。

 

(そうか……これは、確実に大隊長殿の摂理が発動するための……!)

「知っているはずだ。回答が許されるのは10秒のみ」

「……邪魔を、します。オレは貴方の敵だ!」

「いい答えだ」

 

 直後。

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「潔く、倒れろ」

「────ッ!!」

 

 速い、強い、そういう言葉はもう問題ではない。

 距離を詰めて一刀が振るわれた。それはジークフリートの防御を砕き、確かに命中した。

 

「……ほう?」

 

 しかし、即死はしていない。

 たたらを踏んで後ずさりながらも、ジークフリートが剣を構えなおす。

 

「……助かり、ました。貴方は露悪的過ぎる。だから、一部だけ……本当に一部だけ、オレの加護が発動し、貴方の力を減衰させられている」

「なるほど。役割があって配置されたと。時間稼ぎかな?」

「その通りです」

「だが、考えとしては、甘すぎるな」

 

 ゴルドリーフが背後にハンドサインを送ると、フル装備の騎士たちが校内になだれ込む。一人一人が一騎当千でありながら、総数十名近い。当然ながらいずれも、ジークフリートにとって『悪』と判断できる相手ではない。

 

「退け。退かないならば、殺す」

「……ッ。それでも!」

 

 振るわれる剣を、必死に受け止める。

 正面の大隊長がするりと身体をずらした瞬間、彼の直轄の騎士たちが剣を突きこんでくる。

 

(さすがは大隊長直轄部隊! 緻密な連携だ……!)

 

 刹那でも気を抜けば、ジークフリートの身体は四方から串刺しにされるだろう。

 ひたすら防御に専念するからこそ、耐えられる。攻め気は出さない。とにかく構えをコンパクトに、全方向から来る攻撃を弾き、受け流す。

 

「素晴らしい騎士だ。私は君こそ、アバラと共に次代の騎士団を象徴する存在になると思っていたよ」

「……ッ!」

「しかし──君は禁呪保有者の存在を認めているな?

 

 第二の問いかけ。

 攻撃を捌ききれない。鎧が砕かれ、頬に切り傷が生じていく。

 だが問いかけに答えなければならない。

 

 

 ゴルドリーフ・ラストハイヤーの摂理。

 七つの成文律の問いかけを有し、敵対存在に問う。

 

 回答がイエスであれば、ゴルドリーフの力が百倍に跳ねあがる。

 回答がノーであれば、敵対存在の力が百分の一まで減退する。

 

 反則に反則を重ねたような秘儀。

 眼前の敵を正面から斬り殺すことに特化した、対人最強と謳われる究極の摂理。

 

 

「ええ、ええ! 認めています!」

「残念だ」

 

 百倍に、さらに百倍。

 計一万倍まで膨れ上がる力。ゴルドリーフは今、一刀で校舎を丸ごと両断できる。

 

「騎士ジークフリート、君にも正義はある。だが私の正義とは相いれない。故に、ここは退いてもらう」

「く──!!」

 

 直轄騎士たちが、何の示し合わせもなく、一斉に引いた。

 ジークフリートの真正面、剣を振り上げたゴルドリーフの姿があった。

 

(ま、ずい──)

 

 絶体絶命。

 その窮地で。

 

 

「……ッ」

 

 

 ぴたりと、ゴルドリーフが動きを止めた。

 次の瞬間だった。

 

 

 

()()()()姿()()!!」

「25%悪役令嬢パンチッ!! シャオオラアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 天から星が降ってきたかのように。

 正面入口を、圧倒的な破壊が舐めた。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 ほんの少し前のことだ。

 学生寮から学園までの道を駆け抜ける影があった。

 

「……ッ。使い魔!?」

『聞こえるか、ピースラウンド。こちらはアルトリウスだ! 学園で生徒の避難誘導を手伝っている! いいか気をつけろ、()()()()()()()()()()!』

「ええ、ええ! 分かっています! 当然先に詠唱しますわよ!」

『避難誘導を終えたらすぐに助力に向かう! それまで、それまでは死ぬんじゃないぞ……!』

「感謝します! アナタやっぱりいい人ですわね!」

『ああ、よく言われるよ! 何で避難誘導なんかしてるんだろうな俺は……!』

 

 事態を把握し、少女は走りながら詠唱を開始する。

 

 

 

 ──星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

 

 

 ──射貫け(shooting)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 

 

 ──正義(justice)(white)断罪(execution)聖母(Panagia)

 

 

 ──悪行は砕けた塵へと(sin break down)秩序はあるべき姿へと(judgement goes down)

 

 

 ──極光よ、この心臓を満たせ(vengeance is mine)

 

 

 

 発動、撃発!

 全身に星の輝きを纏い、瞳に流星を映し出し、少女が地面を蹴りつけて大きく加速する。

 

 上空へと跳び上がり、そのまま猛然と加速し、学園の正面入口へと疾走する!

 

 

 

()()()()姿()()!!」

「25%悪役令嬢パンチッ!! シャオオラアアアアアアアアッ!!」

 

 

 

 叩きつけられた拳が大地を爆砕した。

 防御を瞬時に固めたはずの騎士たちがゴミのように吹き飛ばされ、砂煙が校舎屋上まで届くほど吹き上がった。

 

 その砂煙の中。

 ジークフリートの目の前に、黒髪が翻った。

 

 

 

「──寝坊しましたわ」

「……フッ。道理で遅かったわけだな」

「ええ。寝坊しましたので」

「ん? あ、いや……ん!? 本気で寝坊していたのか!?!?」

 

 

 

 マリアンヌ・ピースラウンドが。

 自身不在の暗殺計画のド真ん中に、流星のように墜落してきた。

 

 

 


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