「避難誘導進捗、40%到達」
「教師陣が敵を捕捉、攻撃を開始しました」
魔法と加護があちこちで激突する魔法学園中央校。
その生徒会室では、役員たちが緊急事態用の
「敵は一定数以下の詠唱であれば弾いているようです……ねえ、これって」
「ああ。騎士と同じっていうか、騎士そのものだ……」
侵入者たちの正体は不明。
しかしもたらされる情報が、生徒たちに最悪の未来を連想させる──これは、魔法使いと騎士による内戦のはじまりなのではないかと。
「会長。全体行動は予定と比較して-1.38の速度で進行しています。許容範囲ではあるものの、増員も考えられますが……」
そんな中で、副会長に話しかけられながらも、生徒会長は魔導器が投影する校内の立体投影図──各所からの報告をもとに、把握できる限りでの侵入者の位置と、戦闘に入った上級生や教師の位置が光点で描かれている──をじっと見つめていた。
「会長? どうされましたか、何か気になることでも?」
「う~ん……思ってたよりは条件が悪くないなあ~って」
「そうですね。ピースラウンドさんが引っ張ってきたミレニル中隊がよく動いてくれてるようです」
「確かにこっちとしては万々歳だけどさ、向こうからすれば許容値ってところ、あるいは、ここは
「……同意見です」
だよねえ、と会長は表情を曇らせる。
その時、足音を立てて生徒会室に入ってくる影があった。
「会長! 騎士の応援が来ました!」
「おっ」
入ってきた生徒に目を向けて、生徒会長が優しく微笑む。
「通報してくれたんだっけ?」
「はい。鎮圧のため騎士団に応援を要請しました!」
「そっか~。連絡してるフリ、ご苦労様~」
「え…………」
直後、生徒会役員に対して生徒会長が手をかざした。
「
二節詠唱が発動、放たれた魔法が役員の頭部を直撃し床になぎ倒す。
まさかの光景に役員たちの動きが数秒止まった。
「こいつは裏切り者だ! 各員予定通りに誘導指揮を続行! 騎士たちとの直接戦闘は、選抜メンバー以外は極力避けるように徹底させろ!」
『り……了解!』
副会長の鋭い一喝を聞き、役員たちが慌てて仕事に戻る。
その光景を見て満足げに頷いた後、デスクに肘を立てて生徒会長が唇をつり上げる。
(向こうのブレイン、顔も知らない黒幕クン。君の目指すゴールは分かんないけど……やれるだけの抵抗はさせてもらうよ)
腕を組み、校舎投影図を再度見つめる。
「さ~て、始めようか……」
◇◇◇
王立魔法学園中央校は、多数の侵入者を想定しての警戒に慣れていない。
理由は単純明快、王都内という立地でありながら多数の敵が攻め入ってくるケースなど、まったくもって非現実的だからだ。
「あうあうあう……あ、アモン先生。どうしましょうこれ~!」
だからマリアンヌたちの担任教師である幼女先生が、前方に居座る騎士たちを見て半泣きで腕を振り回しているのも、至極当然の反応ではあった。
「焦ることはありません。ひとまず撃退してください」
「カンタンに言わないでください~! 相手は大隊長直轄部隊の騎士なんですよ!?」
「我が輩は生徒を守らねばなりませんので」
「アモン先生の薄情者~~! もう帰り道に飲み屋誘ってあげませんからね~~!!」
「助かります。我が輩とて、笑い上戸の相手は本当につらいので……」
幼女先生の後方を陣取ったアモンは、背後に避難が遅れた生徒たちをかばっていた。
つうと指を走らせ、アモンが炎熱の防護壁を展開する。
「後ろに隠れていなさい」
「はっ、はい……でも……! 助けなくていいんですか!? アモン先生の火属性魔法なら、騎士の加護にも対応できるんじゃ……!」
半泣きになりながら、幼女先生が騎士たちとの交戦を開始する。
その光景を眺めながら、アモンは口元をふっと緩めた。
「……彼女がどんなクラスの担任か、君は知っているか?」
「え? えーっと確か、ピースラウンド様とか、ミリオンアーク様、ハインツァラトゥスの第三王子、ハートセチュアの長女、それと平民の子がいたような……」
「うむ。突出して特殊なクラスと言わざるを得ないだろう」
一人だけ、それも幼女じみた女性が半泣きで立ち塞がっているのに困惑する騎士たち。
コンマ数秒の間に詠唱を構築可能な魔法使い相手に、その困惑は命取りだった。
「ひうう……も、もう後は野となれ山となれですっ!
単節詠唱の無属性魔法。マリアンヌなら瞬時に十枚の防護障壁を展開できるそれを、幼女先生は二枚の壁に凝縮。さらに騎士の後方と眼前に配置した。
詰んだな、と頷いてアモンが言葉を続ける。
「少し考えてみるといい。
「…………あっ」
「魔法使いを外見で判断するのは最も愚かなことだ。留意したまえ」
騎士たちが慌ててその場から退避しようとし、だが逃げ場がないことに気づいた瞬間。
「──
八節詠唱火属性魔法『羅天生龍炎昇』を極限まで短縮した二節詠唱が発動する。
本来は龍となり敵を食らう炎が、圧縮され、騎士たちの中心にぽんと生まれた。
アモンが防護壁の出力を全開まで上げたその刹那──校舎の一角が内側から吹き飛んだ。
◇◇◇
「……おや?」
校舎の方でひときわデカイ爆音が響き渡った。
今のは騎士じゃないな。魔法、それもかなり高精度な攻撃魔法だ。ロイやユート、リンディじゃあのレベルは撃てない。
「上級生、あるいは先生が本格的に反撃に転じたようですわね」
「末恐ろしいな。至近距離であれを食らったとなると、大隊長直轄の騎士でもタダでは済まない……」
「まあ、中央校ですので」
頬をひきつらせるジークフリートさんの言葉に、さらりと答える。
大体それ言いだしたら、第二王子が直轄してる騎士団とは別の王国軍──大貴族を主軸とした魔法使い軍の方が怖ぇよ。騎士殺す気満々だし。王国魔法研究所の学会議事録を定期的に取り寄せてるけど、提出されてる論文の四割近くがいかに効率良く騎士の加護を貫通するかだからな。
「フン……魔法使いのパワーには驚嘆するばかりだが、あれは少しばかり、品がないな」
低い声が響いた。
わたくしが巻き起こした砂煙を一刀に断ち、ゴルドリーフさんが無傷で佇んでいる。
「あらあら。他の皆さんみたいに、遠くへ吹っ飛んでいただければ助かったのですが」
「生憎、地に足がついた人生を送っているものでな」
「絶対に騎士は地に足ついた人生ではなくてよ」
わたくしが真顔で言い放つと、ゴルドリーフ大隊長も、隣に立つジークフリートさんも揃って苦々しい表情を浮かべた。
流石に看過できねえよそのブラックジョークはよ。
「それで? 華々しい戦場にて剣を振るい、敵を倒す騎士様が、神聖な学び舎に何の用でしょうか」
「そこから問答をするつもりはないぞ」
ゴルドリーフさんがわたくしに向かって、切っ先を突き付ける。
「自身が世界を滅ぼしかねない危険性を理解しているな?」
「
「何を自信満々に答えているんだ!?」
即答は基本だろ。
ゴルドリーフさんの存在感がぐわと膨れ上がる。なるほど百倍ってのは嘘じゃないらしいな。
「ゴルドリーフ・ラストハイヤー大隊長の摂理、『誅死猟域』──対応するためのプランは2つ。1つはジークフリートさんがなるべく七つの質問を消費させ、残った段階でわたくしが攻撃を開始する波状攻撃」
「正しい判断だな」
彼の摂理は強力過ぎる。だからこそ、必然として制限がかかる。
「問いかけのできる成文律は七つまで。七つの問いかけは、使い切ってから24時間の経過をもって
「無論、そうだ。虚偽の情報を教会に申告することはない」
「安心しました。実は二十ぐらいいけますとか言われたら発狂していましたもの」
そこでわたくしは言葉を失っているジークフリートさんに顔を向ける。
「で、何発撃たせました?」
「……2だ。たったの2だぞ! まだ5つの成文律を彼は残している。何故このタイミングで来てしまった!?」
「
「な……ッ!?」
眉根を寄せた後、ジークフリートさんはわたくしとゴルドリーフさんを数度見比べる。
「……単独で相手できる、その方法が仕上がったんだな?」
「はい。ですのでジークフリートさんは──
「分かった」
彼がここで食い下がることはない。
わたくしがやる、と言ったことを、わたくしの最高の騎士は信じてくれる。
「死ぬんじゃないぞ」
「誰にモノ言ってますの」
笑みを浮かべると、彼は一つ頷き、それから背を向けて駆けだした。
これで唯一対応する駒のなかった黒騎士相手に、こちらの屈指の駒をぶつけられる状況になった。やっとイーブンだ。まあわたくしが寝坊したせいではあるんだけども……
〇苦行むり え? お嬢まさか、大隊長とタイマンしようとしてる?
〇一応黒帯1 オイオイオイ
〇一応黒帯2 死ぬわあいつ
〇火星 いや本当に死ぬゥ!
「愚かな選択をしたな」
コメント欄から罵詈雑言を浴びるわたくしに、ゴルドリーフさんが追い打ちをかけてくる。
しかし、だよ。それを言うならそっちもだろ。
「アナタの摂理……対人限定でしたっけ。アナタが問いかける先を変えるたびにリセットされますわよね。むしろ驚きなのはこちらです、わたくしが来ても構わずジークフリートさんに七つ質問をして、その状態を維持してわたくしと戦えばよかったではないですか」
至極当然の指摘に対して、彼は首を横に振った。
「私の摂理は虚偽を許さない。そのうえで、君に訊きたいことがあったからだ」
「なるほど、なるほど。ではどうぞ」
「臨海学校での暴走が今後も引き起こされる可能性はゼロではないな?」
「
ゴルドリーフさんの出力がまた馬鹿みたいに増えた。
っていうか百倍ってどういう計算? ゲーム世界とはいえステータスの桁数がクソバカじゃねえか。テストプレイぐらいしろよ。
〇無敵 うわ~……これマジでステータス百倍に跳ねてんのかな……
〇鷲アンチ はい、今回はここまで。解散解散!
〇日本代表 解散できるわけねえだろ馬鹿か
ん? あーそっか大隊長って原作だと出てこないんだっけ。
全員初見か。ウケるな。まあRTAとしてはちょうどいいだろ! ちょうどよくはない。
1万倍ゴルドリーフさん(何この表記? ドラゴンボール?)と相対して、わたくしは静かに問う。
「アナタたちは、わたくしたち相手に戦争を仕掛けたつもりなのでしょう」
「……?」
「敵戦力を分析し、対応する駒を割り当て、分散させ、釘付けにし、わたくしという本丸を狙う」
「うむ。そして君はそれを察知しながらも、何故か正面衝突を選んだ。理由があるのか?」
どうやらこれは成文律としての質問ではないっぽい。
そしてその問いに対するアンサーは明瞭だ。
「
「……それは戦いが終わってから決まるものだ」
「なるほど」
直後。
ゴルドリーフさんの剣が閃く。わたくしが大きく飛び退くと同時、斬撃が地面を爆砕した。
「当たらなければどうということはありませんわねえ!!」
1万倍だろうと人の枠組みの中に過ぎない。
ジークフリートさんよろしく斬撃を飛ばしてくるぐらいはしてくるが、上位存在を相手取ってるときほどは──
「ヌルいな」
「うわっ」
眼前に大騎士が現れた。
音を超えて振るわれる刃をとっさにのけぞって避ける。遅れたネクタイが半ばで切り裂かれた。
「ちょっ、待って──タンマタンマタンマ!」
全然引きはがせない!
馬鹿みてえな力で剣ブンブン振り回しやがって!
「随分しおらしいな。前評判は偽りだったか」
「それは
言ってくれるじゃねえか! 上等だ!
お前の加護全部ブチ壊して、そのダンディな顔を恐怖と絶望に歪めてやるよ──!
◇◇◇
マリアンヌとゴルドリーフの激突は、実力者であれば容易に察知できるものだった。
(……始まったか。あとはひと段落するまで、邪魔が入らねえようにしねぇーとな)
ロイを一刀に切り捨てたアバラは、次の敵を探して移動しようとする。
しかし。
「……待て」
「おん?」
振り向けば、剣を杖代わりにして、膝を震わせながらロイが立ち上がっていた。
「ヘェ~? 致命傷を避けたのか」
「……ふ。紙一重でしたけどね」
脂汗をにじませながらも、ロイは笑みを浮かべる。
気合で身体のダメージを誤魔化し、ゆっくりと剣を構えなおした。
(危なかった。知っていてもこれか……マリアンヌの言葉がなければ、さっきの一太刀で僕は戦闘不能だった……)
アバラ・カシリウスの摂理──『先動必捷』。そのルールは至って単純。
設定した敵対者に対して、アバラはコンマ3秒間の優位性を持つ。具体的には、相手の動きをコンマ3秒間速くトレースすることができる。
『典型的な初見殺しですわね』
作戦会議で、面倒くさそうにマリアンヌは一言で評価をまとめた。
『マリアンヌ嬢。オレとて彼の摂理を攻略するのは難しいと感じている。君ならどうする?』
『ん~……これ初撃を受けずに進めるの無理じゃないですか?』
自分の動きを先んじてトレースされる。
言葉としては理解できても、実際の現象がどうなるのかはいまいち想像がつかない。
『ユイさん、ジークフリートさん、ユートに関しては一発もらってもいいようにするのは容易いでしょう。多分実際にやられないと分からないんですよね、こういうの……』
『じゃあ、僕は彼と遭遇した場合は逃げの一手かい?』
純粋な疑問だった。
先述の三名は加護やマグマの鎧といった形で、防御力を高める手段を有している。相性の問題だってある。話を聞く限りでは勝ち目は薄すぎる。
しかし。
『は? 馬鹿なんですか?』
マリアンヌの目に呆れたような色が宿り、一同は困惑した。
『防御力上げて対応とか、向こうが対策してないわけないでしょう。そういう動きをした瞬間に殺しに来るんじゃないですかね。ですから──アバラ・カシリウスに対応できるとしたらアナタですわよ』
『しかし、一太刀目を受けた後に戦うとなると……』
『そこだけは知恵をあげますわ。ただ、後のことは自分でなんとかしなさい』
そこでいったん言葉を切り、黒髪赤目の少女は、至極当然のように続ける。
『
『…………!!』
殺し文句だった。
それを聞いて、ロイの腹は決まった。
(一太刀目は受け切れた。感覚は覚えた。初見殺しはもう通じさせない……!)
制御を解除。ロイの制服の内側から、砕かれた金属片が床に落ちていく。
「へえ!? なんだそりゃ、鎧じゃねえな……あん? 金属? えーと待てよ……」
アバラはこめかみを指で叩き、それからハッと目を見開く。
「そうだそうだ! 理科で習ったぜ! 電気を流すことで作る磁石ってやつ! それをインナーにして、剣の威力を下げやがったのか!
「……生憎、こちらもピースラウンド教科書から得た着想ですよ」
それはロイが雷撃を流すことで磁力を持たせ、制服の内側に薄く、しかし堅牢に仕込んでいた
「そいつはいいな、今度教えてくれよ。騎士団の装備に取り入れたら、生存率? ってのが上がりそうだ」
「学園祭が終わればいつでもいいですよ」
軽口をたたき合いながらも。
ごく自然に、両者は戦闘状態へと移行する。
「──
「来いよ、叩き切ってやる!」
同時に踏み込む。
ロイが一度防御姿勢を取ってから、高速の斬撃を繰り出す。アバラは当然摂理を発動させ、常にロイの先手を取り始めた。
刃と刃が激突し、火花が散る。雷撃のブーストを受けて放たれるロイの攻撃は、文字通りに雷速。瞬きの間に三度の斬撃が襲い掛かる。それをアバラは先んじてトレースし、ワンテンポ先に攻撃を繰り出す。
(……!?)
数秒間の剣戟を経てアバラが異常事態に気づく。
攻防が成立している。そもそも最初、ロイの攻撃をコンマ3秒速く打ち込んだ際にガードされた時点でおかしかった。
(こいつ!
自分の動きをトレースされるとき、並の戦士では自分の動きを把握しきれず、ただ攻撃しようとした途中でアバラの餌食になる。
だがロイは違う。完全に自分の身体を支配下に置き、次の自分の行動、それをトレースするアバラの動き、全てを織り込んで戦闘を制御していた。
(この突破の仕方を、隊長とあの竜殺し以外にできるやつがいたのかよ……!)
驚愕──より、歓喜が上回った。
学生が自分の摂理を知り、対策を練り、今対抗してみせている。アバラの中でロイの警戒度が格段に引き上げられる。間違いなく自分を脅かす相手。その存在は、彼にとっては何にも勝る歓びだった。
しかし。
「ハァッ……ハァッ……!」
攻防の代償は大きい。
傷口から流れる血が、ロイの足元に小さな池を作っていた。
舌打ちを一つして、アバラは剣を弾いて距離を取る。
「おい、もうやめとけや。これ以上はマジで後に響くケガになるかもしんねーぞ」
「……加減しているつもりですか」
「俺たちは騎士だ。騎士っつーのはよ、民を守るためのモンだ。だったら禁呪なんか危ねーもんほっとけねえだろ」
正論。
見方を変えれば傲慢であろうとも、確かに彼は国を守るために行動している。そこだけは絶対に間違えていない。
そのうえでアバラは、ロイに対して笑顔を見せた。
「安心しろよ
「何……?」
「隊長はそんな人じゃねえ、あんなこんまい子相手に本気で殺しに行くなんざしねえよ」
白馬の三騎士たちの認識は、結局のところ、それを根本で読み違えていた。
「当然、まず止めるべきだった。でも止まんなかったよ……俺たちの落ち度だ。だからよ、3人で決めてんのさ、隊長が落ち着いたらみんなで罪を償おうってな」
「…………」
ブチリと、ロイの頭の中で低い音が響いた。
「貴方は」
「あん?」
「貴方たちは──考えるのをやめたんだ。自分たちの憧れの人は、自分たちの思いを裏切らないと決めつけて」
「……!」
剣を構えて、ロイが全身に魔力を循環させる。
過剰魔力が雷撃に転換されて廊下を破壊していく。
「おい、それをぶっ放すつもりか? カウンターで死ぬぞ?」
「死ぬ……?」
言葉を反芻してから。
ロイは唇をゆがめた。眼前の騎士への敬意を全てかなぐり捨てた、侮蔑の笑みだった。
ぞわりとアバラの背筋を悪寒が舐める。
「貴方も追いつきたいんですよね」
「……だったら、何だ?」
「僕も……おれも、同じだ。眩しい人がいる場所に、照らしてくれる人がいる場所にって。だけど、貴方のそれは──
──
「……!!」
アバラの表情が、初めて歪んだ。
「言ったな……吠えやがったな
「ああ、言ったさ。おれと貴方は違う! 貴方如きに構っていられるほど、彼女の場所へと向かう道筋は暇じゃない!! だから、退け!!」
直後、ロイ自ら距離を詰めた。
「
詠唱が開始される。振るわれるロイの剣へ魔法陣が突き立っていき、溢れた雷撃がアバラを襲う。
「
コンマ3秒先の動きを取りながらも、打ち崩せない。目の前で詠唱が続けられていく。
アバラは狙いを定めた。この大技に対するカウンターは相手を本当に殺しかねない。だが、そうする必要がある。もはや彼は守るべき学生ではなく、明確な脅威だ!
「
詠唱完了。
次の一手だ。ロイが今までとは比べ物にならない最高速度で斬撃を振るう。
「
だが、どんなに速さを突き詰めても無駄だ。
アバラは常に先んじてトレースする。魔法によって得られた人智を超越するスピードであっても、騎士の加護はそれすら再現する。王国最速の座からアバラが降りることはまずない。
(小童、お前の自滅だ。大技で仕留めようとしたのは間違いだったぜ。こいつで終わりだ──)
雷撃をため込んだ必殺の斬撃。
それを正確に、迷いなく、そして正しくアバラがコンマ3秒先に放つ。
ロイが放つ超高速の攻撃は、ロイ自身に、先ほどまで可能だった防御を許さなかった。
しかし。
(……ッッ!?)
アバラの眼前で信じ難い現象が起きる。
攻撃を振りかぶったロイが、
トレースした動きと違う。馬鹿な。攻防の組み合わせで攻略されることはあれども、アバラの摂理が相手の動きを読み違えたことなど、今まで一度たりともなかったのに。
(──さっきの攻防で分かった! カシリウス卿のトレースは、リアルタイムで行われてはいない! こっちの動作予兆を完全に捉えて、コンマ3秒間の動きを予想しているんだ!)
強襲の貴公子が編み出した対抗策は、原理さえわかればシンプルなものだった。
ロイは2.1秒間だけ許された強化、
コンマ1秒のみ、加速しての動きを見せる。するとアバラはそこからコンマ3秒分の動きをトレースする。
(確かに彼は、どんなに速くても対応してくる。だけど、途中で突然減速すれば、それは彼のトレースから外れた動作になる……!)
そしてコンマ1秒のインターバルを置いて、ロイは再度
目に見えるアバラの攻撃に対して、最速でカウンターを決めればいい。
この構造に持ち込めば、ロイに取ってアバラは予想通りの先手を打ってきたカモに過ぎなくなる。
(マリアンヌは言っていた。彼女は単なる速さ比べではなく、スピードの絡んだ勝負と言ってくれた! 最高速度だけじゃなく、緩急あってこその……ッ!)
ギリギリでアバラの斬撃が逸れ、ロイの肩口を浅く裂くにとどまる。
コンマ3秒先を取る理論上無敵のカウンターに対して。
自分の弱さを知る少年の、逆襲の牙が食らいつく。
「────
限界まで凝縮された雷撃が二人の目を焼いた。
とっさにアバラが加護の出力を引き上げ防御を固めようとする。だがロイの第一剣理は、まさしく一撃必殺に昇華された刃。
接触した瞬間にアバラの身体へ稲妻の鎖が絡みつき、加護の動作を妨害。さらには雷撃が彼の身体内部へと流し込まれ、内側から
「ぎ、おおおっ……!?」
袈裟切りにロイが剣を振りぬくと同時。
アバラの身体を内外から雷光が襲い、臓腑をズタズタに破壊した。
(……なん、て、こった。マジかよ……)
ゆっくりと、天井を見上げ、仰向けに倒れながら。
アバラは素直に、賞賛の笑みを浮かべてしまった。
(クソッ……完敗だ。やるじゃねえか……!)
どさり、と。
騎士の巨体が廊下に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなる。
「……ふ、ぐっ」
膝から崩れ落ちそうになり、ロイは剣を杖にしてなんとかこらえた。
先ほどとは逆の光景。騎士を見下ろして、彼の加護がかき消えたのを確認して、それからロイは膝をつく。
常人なら三度死んで余りある威力だったが、アバラはゆっくりと唇を開く。
「お前の勝ちだぜ……
「……当然です。だって……」
目指す頂点、夜に燦然と輝く流れ星。
彼女と同じ空へ飛翔するには。
「──白馬に追いつけないような速度では、彼女の
◇◇◇
「……ッ」
ロイが勝利を収める一方。
迷宮の中をさまよっていたユートは、果てのない消耗の末に、息も絶え絶えに蹲っていた。
(クソ……出口……出口はどこだ……)
思考を固定され、ユートは目を閉じる。
ポール・サイードの摂理『迷窮命廊』は対象を出口のない迷宮に閉じ込めて衰弱させるというもの。
さらにこの迷宮は、ポールの極限まで高められた加護により、
(落ち着け……出口だ。出口を見つけられればいい。出口を……)
──本当に?
ユートは自分に自信がない。与えられたミッションを本当にこなせるのかという確証はない。
その苦しみに、彼は唇を噛みながら、視線を落とす。
自分の手のひらを見た、瞬間、記憶がよみがえった。
『えっ、もしかしてこれアーサーのアレの劣化版ですか?』
『こいつ今ナチュラルに国王を呼び捨てにしたな』
摂理の説明を受けたマリアンヌの言葉は端的だった。
『じゃあ多分大丈夫ですわよ。気づいたら最高威力をブチ当てて破ってください』
『お前、簡単に言うけどよ……気づけるもんなのか?』
『僕は大丈夫かな』
『私も大丈夫です』
『……こいつらは本当に大丈夫そうだな』
迷いなく断言する二人に頬をひきつらせるユートへ、マリアンヌは訝し気に視線を向けた。
『ではそこの自信のなさそうにしている男』
『はいはい。ちょっとこればっかりは、俺は当たりそうになったら逃げの一択なんじゃねえのかな』
『馬鹿ですかユート。まったく……アナタって追い詰められた時にはどうします? 具体的に言うと、どこ見ます?』
『あー……手かな。手のひらだと思うぜ』
『なら簡単ですわね。わたくしがサインしてあげましょう。将来高値で売れるかもしれないので、勝った後も取っておきなさいな』
『そいつは名案だな……いや待ってくれ! 俺の手が売られてるのどういう状況?』
『お金に困ったときとかですかね』
『そんな着脱式のパーツじゃねえぜ!?』
そんな会話をしたことを、ユートは愕然としながらも思い出していた。
「……ハハッ。ったく、冗談抜きにお前は……勝利の女神なんだな」
自らの手のひらに書き込まれた文字。令嬢らしく流麗かつ美麗、しかし力強い言葉。
『出口ぐらい自分で作りなさい!』
「……やってやるよ」
バチンと短ランのボタンを開けて、ユートは勢いよく立ち上がった。
────
────
────
────
たとえ位相が異なろうと。
ユートの『
そこに、彼が成長させてきた禁呪という忌むべき厄災の威力が垣間見える。
────
詠唱完了。
虚空からあふれ出した魔力がマグマの鎧となり、ユートの身体を覆っていく。
「
衰弱が嘘のように、体内に循環する魔力が体力と気力を回復させていく。
いいや、ユートは直接実感していた。自分の体内に入っていた毒素が、文字通りに焼却されていく。
『いよーしつながったァ! いやマジで怖ぇから接続ができない場所にはいくなお前!』
「うおっびっくりした」
直後、彼の影からみょんとベルゼバブの上半身が飛び出した。
『ったく。ルシファー様が前に言ってたけどよ、トンネルは電波つながりにくいらしいぜ。気をつけろってんだ』
「ここはトンネルじゃねーよ」
『あ、そうなのか? 次元トンネルに近いとこだと思ったんだが……』
「いいから魔力を回せ。一発でぶち抜いた後、その流れのままに倒すぞ」
『OKOK! 存分に振るいな、このベルゼバブ様の力をなあ!』
悪魔の後押しを受けて。
ユートは全身にまとっていたマグマを解除し、右手へと集めていく。
かつて臨海学校で編み出した巨大な焔の剣。そこにベルゼバブのブーストが加わり、天を衝くような焔が黒く脈打つ。
「おい。アクセスしてきたのはどっちからだ?」
『え~と……上だな』
キッと頭上を睨み、ユートが右手に持つ大剣へ魔力をさらに流し込む。
限界以上に燃え盛るそれを振りかざし、ユートが叫ぶ。
「『
迷宮を焔が舐めた。
振り上げられた巨大な剣は余波だけで回廊を片っ端から溶解させ、そのまま空間そのものに亀裂を与える。
「ウルアアアアア!!」
剣を突き込むようにして亀裂を砕く。
硬質な破砕音が響くと同時、ユートは現実世界へと飛び出した。
「やっぱそこにいたかぁっ!」
ポールと戦った校舎裏の、地面から飛び出した形。傍から見れば突然姿を消したユートが、地面を掘り返して戻ってきたように見えただろう。
「脱出された!? チッ……!!」
ポールが即座に後退し、間合いを取ろうとする。
だが遅い。ベルゼバブの支援を受けたユートにとっては止まって見える速度。
「
天高く掲げられた『
それはさながら、巨大な山の噴火が、天を埋め尽くしてから地面へ降り注ぐような光景だった。
直後、砕け散った焔一粒一粒が、自我を持っているかのようにポールめがけて殺到する。
「な……!?」
無数の炎の弾丸に追いすがられ、ポールが素早く回避へ移行する。
だが回避先がない。もとより巨大な剣、視界を埋め尽くすような掃射であり、完全な不意打ちもあって間合いが開き切っていない。
なんとか逃げようとするポールの身体を『灼焔』の弾丸が打ち据えていく。
「あ……!? ぐ、ぎあ……ッ!」
加護の上から殴られ、潰され、小さな身体が跳ねる。
ほとんど無自覚にユートが行っている、強力な加護へ対抗する方法の一つ。それは貫通ではなく圧殺を目的とした物量作戦。
「正直出し惜しみしてらんねーからさ、火傷とか、痕が残ったらワリィな! でもこれは、気ィ抜いてたアンタの落ち度だ!」
「そんな、どうして、お前ッ……!?」
「分かんねーだろ、アンタらじゃあな!」
ユートの操作を受けて焔の弾丸が集約され、ポールの加護を完全に破壊する。
小柄な騎士が意識を失い、煙を上げながら地面に崩れ落ちた。
それを眺めてユートは鼻を鳴らす。
「
求める強さ、流星の少女。
彼女と共に在ろうとするのなら。
「──白馬じゃあ、ちっとばっかし、熱が足りてねえんだわ」
◇◇◇
ロイに続きユートが勝利をもぎ取ったころから、少し時は戻る。
接近してくるユイに対して、カカリヤ・フロベールは自らの摂理を発動していた。
(摂理の命中を確認!)
カカリヤの摂理『呆澱慈失』は、発動した相手に対し10秒間につき1度、意識の喪失を引き起こすというルールを持つ。
どのタイミングで意識を喪失させるかはカカリヤの思うがまま。さらには10秒間の重ねがけこそ不可能だが、インターバルが存在しないという使い勝手の良さも持つ。
一騎打ちならば意識の喪失直後に攻撃を繰り出せば必中かつ防御不可、複数の敵を相手取っても一人ずつ脱落させていけるという屈指の摂理だ。
(摂理は確実に命中した。あのレベルの加護なら弾かれることはない!)
10秒間のどのタイミングで意識を喪失させるか。
いいや、相手は既に摂理のルールを知っている。
ならば。
(タガハラ様は、10秒間を安全圏で過ごそうとするはず。それを踏まえての駆け引きだ!)
そう確信したカカリヤに対して。
ユイはまっすぐ、迷いなく、ただ距離を詰めていく。
(突っ込んでくる……!?)
速度を上げることも下げることもなく、一歩ずつ、淡々と、ユイはこちらへ歩いてくる。
「……ッ! それ以上近づくのはおやめください! 既に摂理は命中しています!」
「そうですか」
一切取り合う気を見せず、気づけば既にユイの間合いまであと一歩の距離。
(……!! やむを得ない! タガハラ様はここで制圧する!)
カカリヤは先手を取った。
摂理を発動。
ユイに命中していたカカリヤの加護が花開き、彼女の意識を瞬断させる。
──その時、カカリヤは、摂理の説明を聞いたマリアンヌの言葉を知らなかった。
『お祈りゲーですわねこれ』
『お祈り、げー……?』
『ロイやユートだと一方的にやられる展開になりかねませんわ。この人との戦いは全力で避けてください』
『了解したよ』
『OKだ』
『あの、じゃあ私は?』
『ユイさんの前に出てきてもらえればカモですわね。でしょう?』
『そうなの? ユイ、あんた何か対抗策があるとか?』
『え、えーっと……』
根本的に。
意識が瞬断され、身体から一切の力が消える、脱力状態というのは。
「──!」
摂理は正しく作動した。
カカリヤが意識を喪失したユイに対して、間合いを詰め制圧しようとする。
だがその時、ユイの身体が消えた。
「え」
騎士の背後で、ユイが残心を取る。振り向こうとして、カカリヤの喉から血がせり上がり、足がもつれ廊下に倒れ込む。そこでやっと、自分の肋骨が数本折られ、左足首が砕かれ、臓腑がいくつか割られていることに気づいた。
稲妻の如き踏み込みで間合いは零になり、そして雷鳴を置き去りにする速度で放たれた一撃が、屈指の騎士に対してその加護を貫き、体内を破壊していた。
「恐らくは、足止めとしての性能を鑑みて私の相手をしたんでしょうけど。考えが甘かったですね」
「…………!」
ゆらりと近づいてくるユイ。
廊下の照明が逆光となり、彼女の双眸が妖しい光を宿す。その光景にカカリヤは、生まれて初めて、純粋な恐怖を味わった。
「言ったでしょう?」
「ヒ、ヒッ……」
「ここで立ちふさがる意味を、あなたは分かっていないって。だって……」
追う背中、世界を真紅に染め上げた少女。
彼女の隣に居たいのならば。
「──白馬なんかじゃ、脆すぎるんですから」
◇◇◇
三人が白馬の騎士たちとの戦いを制したのと。
マリアンヌとゴルドリーフの戦いがふと終わったのは、ほぼ同時刻だった。
「…………」
「…………」
一帯は破壊され尽くされ、激戦があったことを物語る。
その破壊の中心に人影が二つ。片や膝立ちで荒く肩で息をし、片やうつ伏せに倒れ伏している。
「…………え、あ……」
「…………」
うつ伏せになっている方が、焦点の合わない瞳で、手をなんとか動かして、しかし何もつかめない。地面がそこにあるのかと確かめるように腕を動かすのに、何も感触が得られていない。
「あ、あぅ……? ぅぁ……」
「…………」
明瞭に言葉を発することすらできなくなっている、その、少女を。
頭から血を流すゴルドリーフは、半壊した鎧を纏い、静かに見つめていた。
〇日本代表 だから言ったじゃん!!だから言ったじゃん!!
〇苦行むり 逆有言実行するな!!
〇つっきー 今回はここまで、また来周
〇日本代表 来周ってネクストウィークじゃなくて次の周回って意味だろそれ!周回ゲーじゃないんですけおおおおおおおおおお!!
マリアンヌ・ピースラウンドは無事カーペットデビューを果たした。
本日一迅プラス様にて、コミカライズ連載の第二話が掲載されています。
https://ichijin-plus.com/comics/23957242347686
コミカライズ版オリジナル回となっており、新鮮にお楽しみいただけるかと思います。
よかったら読み終わった後のGOODもお願いします!
なんでコミカライズ更新日に負けてんだよこの女