TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART17 世界が廻る(前編)

 禁呪保有者と大騎士の戦い。

 それはすなわち、世界を滅ぼしかねない強力な魔法使いと、それに対抗すべく生み出された存在の戦いと言い換えることができる。

 

「チッ……!」

 

 間合いを取りながらマリアンヌが流星の弾幕を展開、直線軌道と曲線軌道を織り交ぜてゴルドリーフへ放つ。

 強力な騎士ならば十節未満の戦術級魔法など、防御せずとも加護の鎧で弾くことができる。そんなことはマリアンヌも了解している。

 

()()()()()に集中させれば、加護を破壊できずとも貫通はできる!)

 

 騎士が魔法使い相手に加護の力を行使するのなら。

 魔法使いとて、ただ手をこまねいているわけにはいかない。

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地を駆けよ(glory glow)
 
星よ廻れ(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)
                                      

 

 二重詠唱により六節分の威力を発揮する弾丸が、鳥籠を描くような線に拡散してゴルドリーフへと迫る。

 威力・速度・角度すべてをばらばらに微調整した、超一級魔法使いでなければこなせない巧緻極まる波状攻撃。息をするようにマリアンヌはそれを連射する。

 

(加護を叩き割ってしまうのが一番早いし確実!)

 

 多くの魔法使いが想定する、騎士に有効打を与える方法。

 先程ユートが無意識のうちにこなした物量による圧倒と対を成す、単一の鋭さで貫通する第二の選択肢。

 しかし。

 

「甘いな」

「うわっとぉ!?」

 

 一箇所への集中砲火を避けてゴルドリーフが自ら動く。流星の弾丸をまともに受けながらも距離を詰めた大騎士が、まっすぐに剣を振るう。

 防御は既に選択肢から除外されている。転がりどくように避けたマリアンヌの真横で大地が爆砕する。

 

「馬鹿みたいな威力ですわね!」

 

 頬を引きつらせながらマリアンヌはもう一度距離を取る。インファイトに持ち込むことなく弾丸を浴びせる、魔法使いのセオリーに則った戦術。

 

「自信がないのか?」

「いいえ! ──あっこれ摂理の質問ですか!?」

 

 答えた瞬間に、マリアンヌの身体から力が抜ける。

 

(蓋をされたような感覚ですわね、出力を最終的に百分の一にされている!)

 

 感覚そのものは平時と同じだが、身体の外へ吐き出される魔力量が、こし取られたかのように減少する。薄気味悪い感覚のズレ、思わず表情が歪む。

 しかし。

 

「バフとデバフはどちらも大事! どうやらマルチバトルの基本は押さえてきたみたいですわね、流石は七曜の騎士みたいな顔をしているだけありますわ!」

 

 流星の光がうねる。

 首を刎ねるべく繰り出されたゴルドリーフの斬撃が、幾何学模様を描く極光の()に絡め取られる。

 

「ほお? 鋼糸鉄線(バトルワイヤー)のような使い方までできるのか」

「夏休みに色々と勉強しましたのでね!」

「しかしそれだけではないな。何故出力負けしていない?」

 

 剣をぐいと引っ張り寄せて、マリアンヌが犬歯をむき出しにして嗤う。

 

「ギミックを先に知っていましたので。流星を展開する際に、起動言語を送り込んだ瞬間に出力を百倍に跳ね上げさせるよう指定しておきましたわ!」

「ほお! そんなことまで出来るのか!」

 

 平時ならばマリアンヌ自身が耐えられない馬鹿のレートだ。

 しかし元から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を想定した上なら、後出しで出力を復元させることができる。

 

「それがプランBというやつか。しかしそれだけでは足りんな」

 

 剣に絡みつく流星のワイヤーを、ゴルドリーフが力任せに引き千切る。

 

「私の摂理を攻略したわけではない。自らにかかる制限を取り払ったところで、本質的な差は何も埋められてはいない」

「よく喋る口ですわね。まあ、事実といえば事実ですか」

 

 半ばで千切れたワイヤーを霧散させて、令嬢は頷く。

 

「ですがプランBとは、こんなチンケな工夫ではありませんわ。あっと言う準備はできまして?」

「ここからが真骨頂ということか」

「ええ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 マリアンヌの両眼に、凶暴な光が宿った。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 マリアンヌとゴルドリーフの戦いが佳境を迎える中。

 黒騎士の姿を探して校舎を駆け抜けていたジークフリートは今、呆然と立ち尽くしていた。

 

「お前、どうやって防御してるんだ!?」

「教える義理はないな」

 

 ()()()()()()()()()

 彼の直感が──厳密にいえば禁呪を抹殺するために構築された権能が──察知している。加護を全開で纏わない限り、迂闊に一歩でも踏み出せば、そこには死が待っていると。

 

「チッ……! さっさと退けよ、そのために呼んだんだろう!?」

 

 黒騎士が相対するは小柄な少女、『疫死(モルス)』の禁呪保有者。

 彼女の両手背中から放たれるは致命の閃光。

 遠い平行世界では科学的な解析が進み──『()()()()』と名付けられるそれ。

 今でこそ半分お遊びの彼女だが、本気になれば一帯を死の土地へと変えられるだろう。

 

「何度も言わせないでくれ。君の出番はカットだ。悪いとは思うが舞台にあげてやる時間がないんだ」

 

 本来は出力を絞ったところで周囲に甚大な被害を及ぼすはずの『疫死』だが。

 その被害が極限まで抑え込まれているのは、他でもない黒騎士によるものだ。

 ……そう、ジークフリートは推測するしかなかった。

 

(間違いなく少女からは禁呪クラスの反応がある。出力も甚大だ、マリアンヌ嬢には負けている感じだが──モノが違う。あの光は危険すぎる!)

 

 おぞましさをすべて把握するまでは至らない。

 それでもこの場が、常に破滅と隣り合わせなのだけは分かる。

 

(しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 これ以上ない死の匂いを敷き詰めた極光が、どういうわけか放たれた瞬間に死滅しているという矛盾。

 鎌を持った死神がナイフで刺し殺されているような、言いようのない破綻した光景。

 

「っ……!」

 

 両者の激突を安全圏から眺めていたジークフリートだが、ハッと気づいて走り出す。

 彼の視線の先には、逃げ遅れて物陰に蹲り震える生徒の姿がある。

 

(間に合え──!!)

 

 ジークフリートはギリギリで見極めると、即死の光条をかいくぐって生徒の元へ駆けつけ、減速しないまま生徒を抱き上げて退避する。

 地面を蹴り上げて、一気に校舎屋上まで騎士が跳躍した。

 

「きゃあっ!?」

「すまない! 舌を噛まないように!」

 

 屋上に着地すると、目を白黒させる生徒を床に下ろす。

 

「君は逃げなさい。友達と会った時に、こちらに近づかないよう言うんだ」

「……! は、はい!」

 

 息を吹き返したように目の焦点を合わせた生徒が、何度もお礼を言いながら走り去っていく。

 

「……生徒を巻き込んでもいい、と考えての暴れ方か」

 

 周囲の被害などお構いなしに疫死の権能をばらまく少女に、ジークフリートの中でカチリと撃鉄が上がる。対象の善悪など、一秒たりとも考える必要がない。欠片でも善性が残っているとしても、彼女は、ジークフリートがその剣を振るうべき相手だと確信した。

 全身から加護の光があふれだし、声もなく『不屈』の力が顕現する──

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 だがその刹那、ジークフリートの視線を遮るようにして黒騎士が前に出た。

 発せられた声は、明らかに眼前の少女ではなく、肉声が届く距離から遥かに離れたはずのジークフリートへ向けられていた。

 

「死ね死ね死ね死ね死ねッッ!!」

「ぬるい攻撃だ。綿菓子より甘いな」

 

 放たれる光に対して黒騎士は、どういう理屈か、手を振るい、剣を振るい、視線で制して、それだけで史上最悪クラスの虐殺権能をせき止めている。

 

(これは……オレが助けられる生徒はオレに任せつつ、あの少女を打倒する動きだ。マリアンヌ嬢は黒騎士に対応しろと言っていたが、これではどちらが敵なのか分からない──)

 

 誰が敵で誰が味方なのか。

 混迷の学園内で、ジークフリートは唇を噛みながらも、逃げ遅れた生徒を再び見つけて走り出す。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 ゴルドリーフ・ラストハイヤーと、わたくしの視線が重なっている。

 ここまで使わせた質問はジークフリートさんの2つとわたくしの3つで、合計5つ。

 残弾は2発か。悪くない減らし方なんじゃないの?

 

「アナタの摂理はシンプルです。シンプルであるがゆえに、付け目がない」

「…………」

「ですが結局は、シンプル過ぎるがゆえに、細かいところを見ていけば疑問点が生じる。そもそも百倍って何を基準に? どうやって? 筋力が百倍になるなら身体が膨張・破裂して当然ですし、加護が根源的に百倍になるなら元に戻るのはどういう理屈で?」

 

 矢継ぎ早に問うが、大騎士は表情を少しも変えず首を横に振る。

 

「答える義理はない。考察の時間は終わりだ──無駄な問答を重ねる前に、最後に言い残す言葉でも考えたらどうだ」

 

 剣を振るうだけで、剣圧に大気が軋む。

 正直言うと、この出力差でここまで粘れてるわたくしがスゲー。思っていたより、戦い方が上手くなってるみたいだ。

 

「いえいえ、無駄ではありません。本当に百倍の強さに()()()()()()()()()()()また別の手を考える必要がありましたが……仮説が的中して助かりましたわ」

「仮説?」

「アナタが摂理によって増幅させる強さは、例えばアナタの四肢や臓器のようなものではない」

 

 指を一本立てて、唇をゆがめる。

 

「むしろ……剣を重くしたり。2本目を持ってみたり。そういう工夫の方の枠ですわね。要するには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「だったら?」

 

 結果は変わっていないと思っているのだろう。

 馬鹿が。全然違ぇーだろ。宝くじで当てた六億なのか銀行強盗で手に入れた六億なのかぐらい違うだろ。

 

「では、答え合わせです」

「────ッ!!」

 

 魔力を練り上げた途端に騎士が動いた。

 詠唱させまいとゴルドリーフさんが猛攻を仕掛けてくる。正しい判断だ。しかし魔法使いがその動きを想定しないわけねえだろ。

 

 

 ────星を纏い(rain fall)天を呑み(sky burn)地を満たせ(glory glow)

 ────流せ(streaming)暴け(exposing)照らせ(shining)光来せよ(coming)

 

 

 攻撃をかいくぐり、流星の足場を炸裂させ一気に跳躍する。上空への斬撃なら校舎に被害は出ない。

 空を飛べないゴルドリーフさんだが、ぐっと膝のバネを使い同高度まで追いすがって来た。読めている。

 

 

 ────正義(justice)(white)許容(permission)聖母(Panagia)

 

 

 リザーブしておいた四節詠唱の流星を叩きつける。空中で方向転換のできない彼に直撃。

 だがダメージはない。流星の火力を全て推力に割り振って、ただ地面まで叩き落とすためだけに構築した。

 彼の刃はわたくしに届かないまま、僅かに稼いだ時間で詠唱が完了する。

 

 

 ────悪行のしるべを折るならば(sin break down)裁定者がお前に水を掬う(judgement goes down)

 

 

 詠唱完了! 条件は全てクリアした!

 カサンドラさんの『禍浪(フルクトゥス)』に着想を得た、新フォームのお披露目だ!

 

 

 

 ────極光の輝きが、自由の水に照り返す(vengeance is mine)

 

 

 

「マリアンヌ・ピースラウンド──アクアリウスフォームッ!!」

 

 

 

 魔力が編み込まれ、わたくしの全身に半透明のヴェールを描く。

 それはドレスのように美しく、流れる水のように流麗で、朝日のように透き通っていた。

 

「新たな力か……!?」

「シャオラアアアッ!!」

 

 着地したゴルドリーフさんに、真上から攻撃を仕掛ける。

 無造作にカウンターが飛んでくる。わたくしの右ストレートと、向こうの一万倍通常斬撃が正面衝突する。

 

「…………!?」

 

 絶対にやってはいけない正面衝突。まともにぶつかれば、一撃でわたくしは粉々である。

 だからこそ、至近距離で、大騎士が驚愕に呼吸を凍らせているのが最高に気持ちいい。

 

「馬鹿な、と思っているでしょう? 何故アナタの斬撃が止まっているのか分からないでしょう?」

 

 拳と剣が互いに譲らず火花を散らしていた。

 先ほどまでなら絶対にありえなかった光景。だがそれを実現する力が、わたくしにはある。

 

「これ、は──私の加護を吸収している!?」

 

 だから、助かったんだよ。

 お前がマジで根っこから百倍強くなってたら、正直シンプルとか通り越して打つ手がなくて困ったよ。でも違った。わたくしが根っこから百分の一にされなかったように、結果だけ復元すれば戦えたように。

 お前も結果として百倍になってるだけ。だから、その百倍を吸わせてもらう。

 

「本当はこちら、敵の魔法を吸収するフォームとしてわたくし研究しておりまして! ですがアナタにも通じますわねえ!」

 

 

無敵 悪質な虫

red moon 昆虫用ゼリーでも吸ってろ

 

 

 うるせえな! マジ必死に組んだんだからな! ていうか本来の対禁呪用の用途から詠唱弄った形で完成させちゃったし!

 

 

つっきー あ~、これ水瓶座だから……力の吸収は水をくみ上げる行為で、ってことは水を吐き出す、つまり力の放出もできるやつ……わし座のアレか?

日本代表 そうなん? 全然分からん、お前詳しいな

つっきー 他の体系に関して不勉強すぎるだろ

 

 

 ……な、なんか神様に神話モチーフ解説されるの嫌だな。うん。かなり、嫌。

 微妙に褒めてない実況ツイートをアニメ公式垢にいいねされるぐらい嫌。

 

「だが、私の加護全てに耐えられると本気で思ったか!?」

 

 さすがは大騎士。摂理の質問をブッパしながら、つばぜり合いの格好のまま出力をガンガン上げてきた。吸収系の敵を倒す一番かっこいいやり方をノータイムで選んできやがる。

 わたくしが敵キャラなら「お前ごときが、俺の力を受け止め切れると思うか……?」って死刑宣告されたかったけど、あいにく負けてやる義理はない。

 

思います(イエス)! 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!」

 

 つばぜり合いが成立しているのは、お前の加護をそのまんまお前に返し続けているからだ。

 正直このフォームになったことで、基本スペックはガタ落ちしてんだよ。

 だから──対応される前に決める!

 

「そうらぁっ!!」

 

 質問にイエスと答えたことで、ついにゴルドリーフさんの出力がさらに百倍、つまり百万倍に上昇。

 ──なので横にしれっとずれて、吸収した力を温存しつつ斬撃を空ぶらせた。

 ゴルドリーフさんの体勢が崩れた瞬間、わたくしは足元で流星を炸裂させ身体を跳ね上げる。

 

「しまっ……!?」

 

 獲ったッ!

 サマーソルトキックが、正確にゴルドリーフさんの顎へと吸い込まれ、命中した。激突のインパクトで、彼が着こんでいた黄金の鎧が砕け散る。

 仰向けに吹っ飛んだゴルドリーフさんが、血を吐きながら転がっていく。効いただろ。何せそっちの百万倍加護全部突っ込んだ蹴りだからな。

 

「タネが割れれば、アナタのそれはしょせん手品。わたくしが持つ本当の強さと比べて、なんと輝きがくすみ、不透明に曇ったものでしょうか。『暗天卿』という名前の由来はそちらでしたっけ?」

「……ふざ、けろ……! 勝ち誇るには早い……!」

 

 頭から血を流しながら、ゴルドリーフさんは剣を杖代わりに立ち上がろうとする。

 

「私は、まだ、負けていない。負けるわけにはいかない。君は間違っている、正しいのはこちらだ……!」

「……まあそうかもしれませんが。逆に質問します、アナタって本当に心の底からそう思ってるのですか?」

「え?」

 

 敵だって割り切ってるから普通に戦うけどさ。

 ずっと、そこだけは結局、疑問のままだったんだよな。

 

 

「ジークフリートさんが尊敬する騎士であるアナタが、なんで私怨でここまでするのです?」

「──────」

 

 

 わたくしの問いかけに。

 ゴルドリーフさんが目を見開き、音もなく唇を少し開いて、閉じた。

 

「ん、まあ、わたくしに訊かれてもムカつくだけでしょうね。聞かなかったことにしてください」

 

 後で確認すればいいか。

 今この瞬間にやるべきことは一つなんだから。

 

「まあ、何はともあれ──大隊長の摂理、敗れたりですわッ! 次は鼻っ面にいきますわよ!」

 

 わたくしは膝立ちのまま呆然としている彼めがけて走り出す。

 それじゃ、一気に決めさせてもらおうか!

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「はああああああああああああああああ!?」

 

 絶叫だった。

 甲冑の下から轟いた叫び声が、相対していた少女をギョッとさせた。

 

「えっ! 何!? あ、急に叫んでビビらせようとしてたのか!? お前ズルいぞそういうの!」

 

 思わず動きを止めていた少女が一転して文句と共に中性子線の光線をぶつけてくる。

 突然叫んだ黒騎士は、光線を何かしらの権能で相殺しつつ、その姿勢のまま動かなくなった。

 

(この感じ……ゴルドリーフが負けた!? 次の段階へ進むこともなく順当に負けたのか!? いや本気か!? 嘘だろ!?)

 

 漆黒の甲冑の下で、ドッと黒騎士は冷や汗をかき始めた。

 

(マジで何なんだこの学園は! 三騎士がやる気出し過ぎてると思ってたら逆転負けしてるし! ゴルドリーフだけは順当に進むだろうと思ったらこれかよ!?)

 

 今回の学園祭の争乱、全体の絵を描いたのは誰なのか。

 単純な問答に終始するだけなのなら、それはこの黒騎士だと断定できる。

 しかし戦場の趨勢を、個人個人の戦いぶりまでを操ることはできない。むしろ過度な操作が自分にとっての足枷になると承知しているからこそ、余白を残したまま本番に踏み切るしかなかったのだが。

 

(……いやしかし、危なかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。三騎士にまで仕掛けると、相互に気づく可能性があったが……あいつらの盲目が愚かしいレベルに極まっていて助かった)

 

 ひとまずは自分で用意した緊急用の策が発動したことを確認し、黒騎士は意識を眼前の禁呪保有者に引き戻す。

 

「お前、いい加減にしろよ。ボクはただ気持ちよく虐殺がしたいだけなんだ」

「そうか、なら、私を倒してからしかできないそれは夢物語だ」

「……へえ?」

 

 少女が残酷に笑みを浮かべる。

 生命の貴さを蹂躙する、露悪的な嘲笑だった。

 

「知ってる? この世界には朽ちるものと朽ちないものがある、禁書で読んだんだ」

「ほぉ?」

 

 遠い平行世界では、炭素を含有するかどうかによって判別される二つの在り方、有機物と無機物と呼ばれるそれ。

 

「この二種は結局、死に方が違うっていうだけでボクの禁呪の対象になってしまう。だけど悪魔の精神体はそのどちらでもない、だからボクの武器としてこれ以上はない!」

 

 彼女は両手腕を広げると、発動済みの禁呪の出力を一段階引き上げ、具象化させる。

 

 

「さあ死ね、疾く死ね──魔狗痛魔火羅捩歪城(まくつまほられいわいじょう)

 

 

 瞬時に顕現するは、骨を組んで作られた災禍の神殿。

 無数の腕が、手が、救いを求めるように突き出されている。

 無数の髑髏が、悲鳴を上げるように天に向かって哭いている。

 

(これは……悪魔の死体か)

 

 黒騎士は、甲冑の下に輝く双眸で即座に禍々しい神殿の本質を掴む。

 現世に顕現した悪魔は、精神体として行動する。有機物でも無機物でもなく、ただそこに存在する、いわば位相を微かにズラした状態。

 だから身体を破壊することは基本的に不可能だ──例えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴公は誰よりも死を恐れているんだな」

「当然だろ? ボクにとって最大の武器なんだ、そのヤバさは一番よく分かってるよ」

 

 少女の言葉を聞いて。

 フッ、と黒騎士が嘲笑うように鼻を鳴らす。

 

「死の恐怖を一番分かっている? 思い上がりも極まったな」

「何だと?」

「死の恐怖を一番分かっている? 思い上がりも極まったな」

「あ、ごめん聞き取れなかったわけじゃないんだ」

「……ややこしい言い方をするな」

「えっボクのせい? 今の、本当にボクのせい?」

 

 戸惑う少女に対して、黒騎士は首を横に振る。

 

「そんなことはどうでもいい」

「言い出したのはお前だよ!」

「時間稼ぎには成功しているようだが、どうやら先行きは不透明らしい。だからここで君に構っている時間がいよいよなくなった」

 

 黒騎士が剣を、捨てた。

 拳を握り、その両眼を蒼く、蒼く、全てを抱きしめるような深海の色に光らせる。

 

 

()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 ゴルドリーフ・ラストハイヤーは知っている。

 幸せな光景は、その大切さに反して呆気なく崩れ落ちることを知っている。

 かつてあんなに大事だったはずのものが、砕けたガラス細工の欠片を拾い集めても意味がないように、二度と戻ってこないことを知っている。

 

 今でも思い出せる、腕に抱いた赤子の温度。向けられた最愛の人の笑顔。

 眩しい、全てが輝きに満ちた光景。自分の手を血に濡らす理由は、民たちを守るためだ。だがそれ以上に、ゴルドリーフは家族のためと思えば不思議と絶えない力が湧いてきた。

 

 だから、それを奪ったものに復讐ができるのならばと思った。思ったのだ。

 確かに自分でそう思ったはずなのに。

 

 

『ジークフリートさんが尊敬する騎士であるアナタが、なんで私怨でここまでするのです?』

 

 

 マリアンヌが放った最後の問いかけ。

 ゴルドリーフはそれを聞いて自らを疑ってしまった。

 

 

 

(──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 故に。

 

 

 リミッターが外れる。

 仕込まれた爆弾が起動する。

 ()()()()()()()()()()()()()が、持続性をかなぐり捨てて出力を増す。

 

 

 疑いが塗りつぶされる。

 確かに芽生えた迷いが押し潰される。

 

 ゴルドリーフの権能は滑らかに、次の段階へと引き上げられた。

 

 既に極まったはずの力が、突然余白を得て爆発的に増大する現象。

 流星の少女が何度も起こしてきた奇跡であり、強者には本来必要のないもの。

 

 人はそれを、覚醒と呼ぶ。

 

 

 

()()()()──『封絶靈域』」

 

 

 

 刹那。

 彼めがけて真っすぐに走っていたマリアンヌ・ピースラウンドの視界が、ブツンと暗闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 えっ?

 

 え……何?

 

 は?

 

 え?

 

 おいコメント欄! 出てこねえ……

 

 真っ暗だ。

 

 今わたくしどういう姿勢?

 

 膝と手をついているこの板が床なのかすら分からない!

 

 あーこれって。

 

 もしかして……わたくしの五感、奪われてる~~~~!?

 

 あんのジジイ! 勝手にテニス始めてんじゃねえよ!!

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「…………え、あ……」

「…………」

 

 うつ伏せに倒れ込んだマリアンヌは、焦点の合わない瞳で、もぞもぞとうごめいている。

 魔力が一度、何かをしようと集結し、だがその操作用の神経が動作せず霧散していく。

 

「あ、あぅ……? ぅぁ……」

「……私の加護に、こんな力があるとは」

 

 思わずゴルドリーフは、自らの右手を開いて見つめた。

 先ほどまでの自分を包んでいた加護は全てかき消えた。摂理の問いかけ、残弾は一発だけだった。それを起点として、彼の摂理は裏返った。

 自分を守る加護の鎧は、対象を外界と遮断する拘束へと反転した。

 

 本来は問いかけに対しての回答を確認して発動する摂理。

 反転したそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから答えさせないために、反転した加護は、対象が問いかけを受信することすら否定するのだ。

 

 『封絶靈域』の効果対象となった人間は、外界に対するあらゆる反応を奪われる。問いかけには答えられない。眩しくても目を閉じられない。

 もっと言えば──視神経に入って来た情報もそのまま無視することになる。脳へ情報は届かない。耳を介しても、舌でも、手先でも、あらゆる外界からのアクションに対して、何かしらの行動を起こすことはできない。

 

 いかなる敵であろうとも会話を前提としていた騎士の力が成り果てた先。

 一切は届かず、合切は不要とされる虚空の檻──『封絶靈域』。

 それがゴルドリーフ・ラストハイヤーが至った、王国騎士史上初の、摂理の反転現象。

 

 

「ふっ……は、ははははは!」

 

 哄笑を上げて、ゴルドリーフはずかずかとマリアンヌに近づき、その顔を思い切り蹴り飛ばした。

 サッカーボールみたいに吹き飛んだ少女の身体が地面からバウンドして壁に叩きつけられる。だが本人はそれを知覚できない。身体もまた反応できず、呻き声すら上がらない。だってそれはゴルドリーフにとっては要らないものだから。

 

「ああ、そうか。最初から確かめなければよかったのだ」

 

 分裂寸前から一転して強固に収斂した自我が、罪悪感はおろか信念すらなく、マリアンヌに対しての殺意のみを凝縮する。

 

「殺す。その結果さえあればいい──」

 

 剣を引きずって、ゴルドリーフは倒れ伏すマリアンヌへと歩み寄る。

 しかし。

 

「……?」

 

 少女が静かに、動いた。

 白い手をゆっくりと持ち上げると、彼女は自分の頬を触った。

 ぐいぐいと頬を押し、角度からして自分の身体だと確認すると──そのまま親指を唇に添える。

 

「……させるか!」

 

 肉の噛みちぎられる音。

 それと、ゴルドリーフが圧縮した加護をビームのように放ったのは同時だった。

 彼女の指から滴った血液は加護によって消し飛ばされ、余波でついに天瓶装甲(アクアリウスアーマー)も砕かれ霧散する。ごろごろと転がっていく彼女を見て、ゴルドリーフは内心で安堵の息を吐いた。

 

(血液を媒介に、外界の情報を得ようとしたか)

 

 大隊長の判断は素早く、そして正しい。

 一滴でも血が外に存在する状態ならば、きっとマリアンヌはそれをセンサーにしてなんとか動こうとしただろう。

 最後のあがきを消し飛ばされ、焦点の合わない瞳のまま、マリアンヌが俯く。

 

(もう向こうに、打つ手はなくなったはずだ……)

 

 最後の瞬間まで、ゴルドリーフは自分の勝利を確信しない。

 勝利は、それ自体によってしか証明されない。あらゆる敗北の可能性を消去したとしても、実際に終わらせなければ、結末は定まらない。

 だから一刻も早くゴルドリーフは彼女の首を刎ねなければならない。

 

 

 そのはずなのに。

 

 

(………………?)

 

 

 ゴルドリーフの足が止まる。

 

 

(……私は今何をした?)

 

 

 信じられないほどの、生涯でも感じたことのない悪寒が彼を襲った。

 

 

(……私は。私は、今、何をした)

 

 

 血の一滴を蒸発させた。

 正しい選択だったはずだ。

 

 

(私は……今、何か、何かとてつもない間違いを──────)

 

 

 

 破壊と創造は紙一重。

 総てを灼き尽くす女が、何故総てを灼き尽くすことができるのか。

 条件は既に揃っている。

 欠片が円環を描き、形を成す。

 

 

 

 

 

 誰よりも眩しく輝きたいという意志は、奇しくも外界と遮断されることで、最大限に純化され、稼働を開始する。

 

 

 

 

 

 マリアンヌが膝をついて身体を起こし、顔を上げた。

 ()()()()()()()。生存本能が最大音量で警鐘を鳴らした。

 ゴルドリーフの首筋には死神の鎌が添えられていた。

 

 

 

()()()()()()

 

 

 

 直後、撃発。

 左右上下の感覚すら失っていたはずの少女が、両足から流星の輝きを噴出して距離を詰める。反応する暇もない。

 

「が……ッ!?」

 

 狙い過たず。

 マリアンヌ渾身の右ストレートが、ゴルドリーフの鼻っ面に叩き込まれた。

 

「宣言通り、鼻っ面にいかせていただきましたわ」

 

 転がっていくゴルドリーフを眺めながら、二本の足で立ち、マリアンヌが鼻を鳴らす。

 

「見えている、のか……!?」

「いえ、()()()()()()()

 

 ならば、何故。

 愕然とするゴルドリーフに対して、深紅眼が、銃口のように向けられる。

 

「ですが把握はしました。ここはわたくしの宇宙ですから」

「……ッ!?」

 

 そう。

 ここは今、宇宙だった。

 仮定でも架空でもなく、宇宙だった。

 

 ゴルドリーフの本能的な懸念は正しい。

 

 マリアンヌ・ピースラウンドの内側から漏れ出した血の一滴。

 

 単なるセンサーとしての役割を果たすはずだったそれは、気化して空間中に広がった。

 

 だから今ここは、一帯を呑んで展開された、マリアンヌの宇宙だった。

 

 

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 マリアンヌを起点とし、ゴルドリーフを呑み、遠大かつ無限の宇宙が広がっていく。

 

 一度あふれ出したそれは止まらない。誰にも気づかれないまま光すら超えた速度で宇宙は拡大し、都市を越え、大陸を手中に収め、惑星を包み。

 

 

 ──そして刹那に、二人が佇む空間へと凝縮された。

 

 

「この宇宙においては! 何が正しいかはわたくしが決めるッ!」

 

 見えないし聞こえないし感じない。

 だがそれでも理解る。

 

 見えるより聞こえるより感じるよりも。

 ずっと高精度に、本質的に、そして根源的にすべてを理解している。

 

 だからマリアンヌは、右手で天を指差す。

 地と空を繋げるような、美しい一本の線を描き、宇宙そのものである女が宇宙を指差す!

 

 

 

「────最後に勝った方が正しいやつですわ!!」

 

 

 

 絶対に裁判官を任せられない女ランキング無敗の1位が、ここに決定した。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

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上位チャット▼


日本代表 …………え

火星 待って

火星 本当に待って

一狩り行くわよ おいこのチャンネル何してる!?今何やったおい!?

遠矢あてお 何何何何があったの!?権能違法アップロードサイトか!?

適切な蟻地獄 うわっすげえ急に視聴者増えた!

TSに一家言 外に影響出てるんじゃねえかこれよおなあ!!

太郎 結果としてこの規模に収斂したの奇跡じゃないのかこれ

外から来ました 一瞬いくとこまでいってたよな……?

宇宙の起源 いってた……今のは神域権能とかそういう問題じゃなかった……

みろっく @苦行むり これ解脱とは別……ですよね?

苦行むり 別やなあ。抜けてないよなこれ。抜けてるというかはむしろ掘り進めていくとこまでいった感じ?調達の野郎とも全然違うしマジで分からん。梵と合一したというよりは急に梵が生えてきたというか、これマジで何?

みろっく いや~分かんないっすね……

無敵 助けてジークフリートさん

鷲アンチ 推しに縋るのをやめろ

一狩り行くわよ 責任者、説明して

日本代表 不在です

一狩り行くわよ 小学生か

【焼き付いてよ】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER4【一瞬の光で】

6,498,103 柱が視聴中

 

 

 

 











マリアンヌ誕生日短編を1月1日に上げたかったんですけど学園祭編が佳境すぎるので終わってからにします。内容はマリアンヌユイリンディカサンドラの女子会です。現パロです。

今年もよろしくお願いします。

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