無事に学校を追い出され、わたくしは失意の底に沈んでいた。
一度女子寮に帰った後、私服に着替えて──隣にユイさんがいるなら色々なパターンを考えたが、どうでもよくなった。制服を脱いでスカートとシャツとカーディガンを着て、ちょっと美少女過ぎる町娘の完成である。流行カラーのワインレッドのスカートだが、しかし、一人ではなあ──王都を歩いている。
ちなみに王都にたどり着くまでの道筋で十数回ナンパされた。
制服を着ていれば貴族だということが分かるのだが、私服姿では、ワンチャンスたまたますごく美人の平民! という可能性に賭けたくなる人が一定数いるらしい。
もちろん、全て丁重にお断りさせてもらった。
ナンパしてきた青年の一人にいい店知ってるよと言われ、その店だけ教えてくれないかと頼んだら快諾してくれたので、世の中捨てたもんじゃないなと思った。まあしつこくナンパされてると勘違いしたおっさんが正義面で割って入ってきた挙句、苦笑いを浮かべて青年が去った後に連れ込み宿に誘ってきたため青年が半ギレで戻ってきておっさんをシバいていたけど。
治安がいいんだか悪いんだか分かりませんわね……
〇日本代表 悪くはないんだけど良くはないな……
〇太郎 お、会議乙~
会議? ああわたくしじゃなくてコメント欄の話か。
常駐している神様たちの中でも、他の神からよく責任を追及されたりしている連中──つまりは担当なんだろう──を朝から見ないと思っていたんだ。
一応ここまでの流れですが、運動会の練習を出禁になったので、暇すぎて王都に遊びに来ましたわ
〇外から来ました 哀れだな
〇無敵 ザコが
何だ? 殺されたいのか?
許せませんわ……お前らも許せませんが、みんなわたくしをハブって、今頃青春みたいなことしてるんでしょう……!? 許せないッ!!
〇火星 今こいつ、お前らっつった?
言うよ。学園祭の時はそこそこ役に立ったけど、夏休みループ中本当にカスだったもん。あの失点はまだ取り返してもらってないから。
「こんにちは~」
そうこうしている間に目的地へと着いたので、ドアを開けて中に入る。
足を運んだのは、わたくしが王都で経営しているメイド喫茶である。
「あれっ、てんちょじゃん。今日ガッコじゃないの?」
「出禁になりました」
「ウケる~!」
駆け寄ってきたギャル店員が爆笑した。
美少女の笑顔を作り出せたのなら出禁になったことも少しは報われるというものである。そんなわけねえだろうがバカか。
「調子はどうでしょうか」
「上々ってカンジ。前言ってた個室スペース作るっていうのも、先輩方が結構イケるんじゃないかって乗り気だよ~」
正直言うと、貴族制度が存在するシュテルトライン王国において、果たしてメイド喫茶が市民権を得られるのかどうかは不安だったが──やはりそこは、貴族の家に実際に居るメイドではなく、萌えの要素に極限まで寄せたメイドが勝利を収めたようだ。しかし、わたくしの想定よりも勝ちすぎている。
何せメインターゲットである平民はともかく、お忍びで名家の子息たちまで来ているらしい。家で雇っているメイドたちとは違い、自分のことを本気で慕ってくれる(という演技をしているだけだが)メイドの存在にこれ以上なく依存しているとかなんとか。
流石にそれなら個室を作ってあげたいのだが、個室を作るとそれはそれでいかがわしい感じになってしまうかもしれない、と頭を悩ませているところである。
「皆さんのことは信用していますが、やはり個室にするとアンダーコントロールではない領域を増やすという意味では不安にはなりますわね……というか恫喝が発生した場合の対応なども考える必要がありますし……」
「てんちょ、経営者っぽい顔しててウケる」
「特にウケませんが……」
「てか話変わるけどさ~、パパとママが結婚相手勝手に探してるっぽいんだよね。候補リストなんか作っちゃってんの、ウケね?」
「特にウケませんが……」
基本的にこの店で雇っているメイドは、(ピースラウンド家から見た時の)下級貴族の娘だ。
まだ魔法学園に通っているような年齢の人間は少数派で、大体は学園を卒業後に実家の手伝いをしつつ、結婚をゴールとした社交や情報交換を目的とする友人づきあいに日々を浪費していた、いわば職業が御令嬢の方々である。
「ま、それでさ。結婚ってなると流石にこの店辞めるしかないんだよね~。でも相手、正直あんま好きくないやつばっかでどーしよっかって思って……あ~……ゴメンね。てんちょ、若いし、相手いるし、こーゆー話聞いてもつまんないか」
「ご両親が用意した候補リストのコピーをください。調べますので」
「コワ…………」
当たり前だ。ウチの従業員の結婚となれば、それは下級貴族の婚姻ということ。つまり、ぶっちゃけ言うと、幸せになれない結婚の方が多い。
世の中全部を変えてやろうなんて思っちゃいないが、手の届く限りでは、誰かの幸せを守りたいだろ。当然の話だ。
「じゃ、じゃあ今度そっちの屋敷に送っとくね……」
「そうしてください。あと、さっき、わたくしのことを相手いるって言ってましたが何ですか。ロイのことです?」
「え? ……ああ、はいはい。それはあたりまえじゃん、ミリオンアークの嫡男とか超勝ち組すぎてエグい」
正面から言い切られて、なんか衝撃を受けた。
そうだあいつと婚約者なのって、常識的に考えると勝ち組なんだ。
完全にわたくしの認識バグってるだけだなこれ。
──そこで、閃いた。
今この瞬間、後々の布石を打つのだ。
誰がどう考えても幸せであるという前提条件は、それは一周回って完璧すぎるが故の破局の前触れだ。主人公というイレギュラーに乱されることが前提の完全さだ。
具体的には『みんなが思ってるほど幸せじゃないよ……』みたいな雰囲気を出して、実はマリアンヌ・ピースラウンドとロイ・ミリオンアークは仲が悪いのではないかと噂されるようにしておくといい気がしてきた。少女漫画でそういうシーンを読んだ覚えがある。
なんて完璧な計略……ッ! 実行に移さない理由はない!
「どうでしょうかね。案外簡単に、関係というのは壊れる物ですわよ」
最強の演技力を存分に行使し、わたくしは寂しそうな笑みと共に乾いた言葉を口にする。
自分でやっておきながらアレだが、正直恐ろしくなるほどの完成度だったと思う。
そんなわたくしの国内最高峰の演技を見て、ギャルメイドは──半笑いになった。
「え? オモロ、今年イチのギャグかも」
「何が??」
「いやーそれはないっしょ。てか、てんちょが何言ってもあの子足にしがみついてでもついてくるんじゃないの」
全然布石になっていなかった。むしろ石橋を叩いた感じすらある。
ギャルメイドの視線はハッキリと、『こいつ正気か?』と言っていた。
「……まあ否定はしにくいところかもしれませんが」
嫌なところで信頼ポイント稼ぎやがってあの野郎、と今頃運動会の練習に励んでいるであろう婚約者に攻撃の電波をビビビと送っておく。
その時、店の入り口で話し込んでいたわたくしたちに、別のメイドが近づいてきた。黒髪ショートカットにメガネをかけたメイドだ。ゆるふわにウェーブをまいた金髪のギャルメイドとは対照的な雰囲気である。
「あれ、店長さんいらっしゃってたんですね。お疲れ様です」
「どうも。少し様子を見に来ただけですわ」
「オタクちゃんってミリオンアークの嫡男、なんか詳しかったよね。その辺どうなん?」
オタクちゃんというあだ名で呼ばれたメイドに、ギャルメイドがさくっとわたくしの演技を伝える。
やめろ。普通に恥ずかしい。されてることはスベったギャグの解説されてるみたいなもんだぞ。
一通りの事情を聴くと、オタクちゃんは腕を組んで頷く。
「確かにミリオンアーク君は大抵のことでは諦めないと思うんですが、基本的にそういう試練は大前提として自分に課すというか、感情自体の矢印は店長に向かってるんですけど行動の矢印は自分に向かってるんですよね。店長をどうこうしようって話ではなくて今の店長の隣に立つために自分がどうしたらいいのかどうなったらいいのかとずっと考えてる人じゃないですか。ていうことは自分が隣に立つ資格を持っていることを有効活用こそすれど、内心ではそれが失効するときがいつか来るんじゃないかと思ってるはずなんです、というかそうじゃないとそもそも隣に立つために何をしたらいいのかなんて思わないですし。なので店長が他に好きな男できた、とか言ったりすると逆にスパッと身を引くかもしれませんよね」
質問に対してレスポンスがデカすぎる。言葉のダムに設計ミスがあるだろ。
「オタクちゃんさあ……早口やる時はちゃんと前フリした方がいいって言ったよね?」
ギャルメイドに半眼で見られ、オタクちゃんはハッとして頬を赤くし縮こまる。
日報などで報告は上がってきているのだが、この早口で指名を逃すこともあれば、逆にこれが聞きたくて彼女の指名に通い詰めている客もいるらしい。オタクちゃんさあ……
「え、てかさ~、要するにあの婚約者クンいらないってこと? いらないならあたしにちょーだいよ!」
冗談だと分かり切った声色と表情で、ギャルメイドがそう言った。
ロイがわたくしより他の人が好きだって言えば別に構わないんだけどな──そう伝えようとした時に、ギャルとオタクがこっちを見て凍り付いていることに気づいた。
見渡すと店内の空気が突然死んでいた。わたくしを注視して、目を見開き、顔を青ざめさせている。
「?」
「あ、ご、ご、ごめんてんちょ。そんな怒ると思わなくって……」
「はあ……?」
すうと息を吸って、感情を制御する。
バチリと指先に散った魔力を打ち消し、満面の笑みを浮かべた。
「大丈夫ですわよ。わたくし、冗談の分かる女ですから」
「は、は、ははは……二度と言わんとこ……」
ギャルメイドが頬をビキバキに引きつらせ、オタクちゃんがわたくしにサムズアップしながらものすごい勢いで頷きまくっていた。
「……で、今日は寄ってく?」
「ん~、今日はちょっと他の飲食店を見てみますわ。ライバルがいるかもしれませんし」
「おけおけ~」
ギャルメイドが指でまるを作った。
なんだろう。バニーとかも似合いそうだな。
「それならさ、なんか話題になってる店あったから見て来てよ。あたしのダチが気にしてるんだよね」
「わたくしをパシろうとしてます?」
「いーじゃんいーじゃん。今度デートしてあげるからさ」
ぎゅっとわたくしの腕を抱いて、その豊満な胸に挟んでくるギャルメイド。
「あなたねえ……だからそういうことしたりするのなら個室やっぱり作れないって話なんですわよ! わたくしは女体じゃなくてメイドに萌えてほしいのです!」
「あたしはあたしに萌えてほしいけどな~」
「ずるい言い方過ぎますわね……」
それはそれとしてこの柔らかい感触は完全に役得なので、もうちょっと粘ろうかな!
わたくしはギャルメイドからその気になる店の場所を聞きながら、全神経を腕へと集中させるのだった。
◇
メイド喫茶を出て、王都の商業区画を歩くこと少し。
ギャルメイドの言っていた店『喫茶 ラストリゾート』は、すぐ見つかった。
というか一瞬だった。
楳図かずお先生も転生させましたか?
清潔かつある程度豪華な店舗が並ぶストリートのド真ん中。
臓物にしか見えないぶよぶよしたピンク色の看板に、生肉を連想させる白と赤の混じった壁。
グロテスクと画像検索したら出てきそうな店が、堂々と建っていた。
〇苦行むり ウワッ……これ第二学年に進まないと出てこないショップじゃないの……!?
〇鷲アンチ なんでこの時期にこれ出て来てんの!?
どうやら原作にはちゃんと出ているらしい。
だとしたら逆に経緯が気になりすぎる。シリアルキラーとカニバリストが合同で設計したのか?
なんか沙耶の唄が始まってるのですが……
〇日本代表 言わんとすることは分かる
〇第三の性別 まあこれのせいでレーティング上がりかけたからな……
さすがに入りたくなさが勝ちまくっている。
店の前で呆然と佇んでいるわたくしを、周囲の人々はわざとらしく避けて通っていく。というか店自体を視界に入れないようにしているな、これ。
とはいえギャルメイド相手に、ちゃんと中まで見てくると言ってしまっている。安請け合いしたことを死ぬほど後悔しているが、ここは店長としてビシッと偵察任務をこなしたい。
「お邪魔しま~す……」
通行人たちがギョッとする中、ドアノブを握り、恐る恐る開ける。
ギョオンゴロンガランギュンみたいなドアベルが鳴った。今の何?
「おや、いらっしゃい」
中に入ると、まあ当然内装もグロかった。ミクロサイズになって人間の体内に侵入した気分だ。
その中でも異彩を放っているのが木製のカウンターバーと、マスターと思しきエプロンを着た中年の男性である。
長身瘦躯のマスターは、椅子に腰かけて何やら本を読んでいた。
おかしいだろ。なんでここだけ普通の喫茶店なんだよ。
「カウンターで大丈夫ですか?」
「おすすめはテーブル席ですが」
「あ、遠慮しておきます」
テーブルがカービィの死体みたいになってんだよな。誰が座るかボケ。
当然のようにわたくし以外の客はいない。カウンター席に座り、机に置いてあったメニューを開く。いたって普通の喫茶店のメニューだった。
「ブレンドを一つ」
「かしこまりました」
本を閉じて立ち上がったマスターが、滑らかな動きでコーヒーを淹れ始める。
「変わったお店ですわね」
豆を挽く音、漂ってくるコーヒーの香りを楽しみながら問いかけると、マスターはニヒルな笑みを浮かべる。
「ファンシーでしょ?」
「ファンキーですわね」
「なんか一文字違わない?」
ファンシーが五文字間違ってるだけだ。正確にはグロテスクなんだから。
「お待たせしました」
そうこうしているうちにコーヒーが出てきた。
一口すすると、いや普通にうまいわ。なんやねん。
「美味しい……」
思わず言葉がこぼれた。
普段なら砂糖やミルクでアレンジを加えるところだが、このコーヒーにそういった余地はない。完全にこれ単体で完成されている。めちゃくちゃうまい。
「気に入ってもらえたなら良かったよ、何せ今月初のお客さんだ」
「今日初じゃないパターン初めて聞きましたわね……」
経営ぶっ壊れてんだろ。なんで店続けられてるんだ。
頬を引きつらせながらも、コーヒーを半分ほど飲み干す。メイドギャルには、店は爆発してなくなっていたと伝えよう。
「どうしてみんな来てくれないのか、一応は考えてるんだけどね」
「……何か対策をした結果がこれなのですか?」
「うん。クッションを増やしたりしてるんだ」
クッションって、この臓物のことか?
コーヒーの効果でリラックスしながら店内を見渡せば、確かにグロ過ぎる内装のほとんどは柔らかいクッションや、思いのほか丁寧に作られた刺繍たちだ。
「なんというか、センスはあるはずなんですけど方向性で台無しになってますわね……」
〇red moon 自己紹介タイム?
〇無敵 大陸間弾道ミサイルみたいなブーメラン投げやがって
あーあ、アンチが湧いてきちゃった。
隙あらばわたくしをけなすもんな、このアンチ共。
「その……入って来てくれた君から見たら、どうだい?」
遠慮がちにマスターが問うてくる。
どうやら店について意見を聞きたいらしい。
「そうですわね。この店は一言で表すなら、バカみたいなゴミです」
「バカみたいなゴミ!?」
マスターは稲妻に打たれたかのように目を見開いた。
「アナタのお名前は?」
「ロブジョン・グラスだよ」
「ロブジョンさん、思っていたよりはちゃんとしたお店ですが、この装飾品で発生しているマイナスを打ち消すには、もうキャッシュバック200%ぐらいにしないと……」
「それ僕がコーヒーとお金を提供していないかい!? コーヒーと現金のセットは騎士団のガサ入れ待ったなしだよ!?」
事実なんだよ。物売るってレベルじゃねーぞ(物理)。
打ちひしがれるロブジョンさんの姿に、思わず嘆息する。自覚なしは重症だな。
「
三節詠唱を切り詰めた単節詠唱を発し、わたくしは手を伸ばしても届かない場所にあるナプキンをふわふわと風で呼び寄せる。
あっ魔法使っちゃった。まあいいか、平民のフリしてるわけではないし。
「へえ、学生さんなのにそんな短縮詠唱ができるんだ。勤勉だねえ」
魔法使い相手だと分かっても様子を変えず、顔を上げたロブジョンさんは感心したように声を上げる。
──ビタリとわたくしは動きを止めた。
「アナタ……何者ですか?」
「えっ?」
思いがけない問いかけだったようで、ロブジョンさんは目を丸くする。
「今の単節詠唱は、確かに三節詠唱を短縮したものですが……まず平民であれば違いなど分かりません。意味言語が聞こえないのですから」
「……あー」
「加えて、その辺の魔法使いでも詠唱短縮だとは分からないよう限界まで切り詰めました」
やっちまったな、と頭をかくロブジョンさんに対して、わたくしは視線を鋭くする。
立ち振る舞いは凡庸な平民のそれだ。しかし、今の短縮詠唱を見抜かれたという前提があると一気に話が変わる。平民のはずがない、立ち振る舞いと言動に齟齬がある。
つまりは、わたくしがまったく気づかなかったレベルで平民に擬態している何者か──という可能性が高い。
「うっへえ、もしかして君、実は相当な優等生?」
「実はも何も、見ての通り優等生ですが」
それより質問に答えろ、と視線を険しくする。
ロブジョンさんは肩をすくめた後、懐からシガレットを取り出した。
「
ロブジョンさんが指を鳴らすと、彼の顔の前にぽつりと炎が浮かんだ。そこからシガレットの先端に火が移る。
単節詠唱。基本中の基本。
だが魔力の伝導に、まったくロスがない。中央校の手練れですらここまで緻密な魔力操作は難しいだろう。というか今の一節だけで分かる。センスがあって、場数を踏んでいる人だ。
紫煙を吐き出した後、彼は苦笑いを浮かべた。
「……昔。随分と昔だけどね。魔法学園を出て、実家を代表して軍に所属してた時期があるんだ」
「!」
シュテルトライン王国が誇る、二つの武力。
一つは言うまでもなく加護システムにより形成される騎士団。
ジークフリートさんやゴルドリーフさんといった、加護を用いて王国の敵を撃滅する強者たち。
もう一つは、魔法使いたちによって構成される王国軍。
名家の跡取りであれば、一度軍に入って名を上げた後に、貴族院へと人生の駒を進めていくのが王道の出世コースである。
だが、今こうして、王都でファンシー(自称)な喫茶店を開いているというのはいささか不合理だ。
「軍の構成には詳しくありません。騎士団と違い、家ごとの私設部隊も混在しているようですし……」
「ん? ああ、所属部隊か。しょーもないところだったよ。閑職さ」
嘘だな。閑職でさっきの詠唱を完全に理解できるのなら、わたくしが御前試合で勝ちまくるのは無理だ。
自覚がある。事実でもある。わたくしはシュテルトライン王国の魔法使いの中でも、そこそこに上澄みの方だ。そのわたくしから見てこの人は、強い。
「除隊後も秘匿義務が発生しているということですか」
「……嫌だなあ。最近の若い子ってみんな君みたいな感じなのかい?」
渋面に冷や汗を浮かべ、ロブジョンさんが視線を落とす。
「割引するからこれ以上の追及をやめてくれたりしないかな」
「…………」
まあ別に。
袖振り合うも他生の縁とは言うが、ここで彼の事情を知りたがる理由は何一つとしてない。
普通に話を切り上げて、二度と店に来なくたっていい。むしろそうするのが普通だ。
だが。
だが、しかしだよ。
軍隊式魔法構築術……正直……メッチャ知りて~~~~!!
「しッかたありませんわねぇ!」
「え?」
「このわたくしが! 通りすがりの美少女優等生αが! このヤバい喫茶店をビフォーアフターしてあげようじゃないですか!」
わたくしが意気揚々と叫ぶと、ロブジョンさんは呆気にとられた様子で、ゆっくりと表情を渋いものにした。
「いや別にいらないんだけど」
「受け取りなさい! このわたくしの善意ですわよ!!」
「善意の押し売りって騎士団来てくれるのかな……」
こうしてわたくしは、対抗運動会までの日々を、練習ではなく喫茶店のお手伝いで過ごすことになったのである。