わたくしは心底後悔していた。
ロブジョンさんの店を手伝ったことではなく。
彼に貰ったチケットに釣られて、のこのこと観劇に来たことでもなく。
どんな場所であってもツッパリフォームを発動させておくべきだったのに、完全に解除していた自分の意識のヌルさに、死ぬほど後悔していた。
〇red moon こいつが、
〇火星 全然何も感じないぞ!? 本当に!?
〇日本代表 ああいや、これお嬢と同じで権能を完全にオフにしてるのか!
「──ッ!!」
完全に油断していた、先手を取られた!
だがみすみすやられるわけにはいかない。というか
「待った!」
わたくしが意味言語を吐き出そうと唇を動かした刹那。
両手を突き出して、ナイトエデンは首を激しく横に振った。
それからハッと周囲の人々を見渡し、声を落とす。
「今、ここで事を起こすつもりはない……!」
「……へえ? 今まで出会ったアナタのお仲間たちは、問答無用でしたが」
本当かよ、と冷や汗を浮かべる彼をねめつける。
遭遇したことのある
「いやいや、流石に時と場合ぐらいは分かるさ。君の仲間だって覚醒した瞬間に君に襲いかかったりはしなかっただろう」
???
「わたくしの……仲間……?」
「え」
一瞬でナイトエデンが顔面蒼白になった。
お前が作った発注書の寸法、桁一つ違うよって言われた人みたいな顔だった。
「身内の【七聖使】……? お父様は確か元とか言っていたような……え、現役で誰か居るんですか?」
「そんな、まだ知らな……ッ!? あ、いや、違……」
あわあわと手を振って誤魔化そうとするナイトエデンだが、もう遅い。
わたくしは数秒考え込み、そして、すぐに気づく。
可能性だけはあった。でもきっと、見て見ぬ振りをしていたんだ。本人は何度か話そうと、ヒントをくれていたと思う。でも気づかないふりをした。
「……ロイとジークフリートさん、ですね?」
「!!!」
図星だったようだ。
「さ、最悪だ……! 私としたことがなんてことを……! 同志の事情を勝手に喋ってしまうなんて……!」
わざわざと唇を震わせ、頭を抱えるナイトエデン。
見てるだけでかなり気の毒になってくるな。というか、なんていうか、わたくしが動揺してなさすぎる。
いや──分かっている。【七聖使】なる存在が後付けで生まれたのだとしても、これがゲームの世界である以上、そこには絶対に因果が発生する。
だから【七聖使】にわたくしの知る原作キャラが選ばれていたとしても不思議なことではない。
「あ、あの、いつかはお聞かせしてくれたと思いますし。わたくしとしても、先に聞けたのは良かったので……そんなお気になさらず……」
そのためナイトエデンが考えているよりは、わたくしは平然と受け止められているのだと思う。
手で自分を煽ぎながら、彼に座るよう促す。
「すまなかった……ジークフリート君とミリオンアーク君には今度謝りに行く……」
「まあまあ、大丈夫ですから。とりあえず座ったらいかがです? あ、お手洗いでしたっけ」
「いや……外の空気を吸おうと思っていただけだから、構わないよ」
席に座ってぐったりとうなだれるナイトエデン。
「で、今はプライベートの時間だから荒事はしたくないということですか?」
「ああ……それはない」
「え、違うのですか?」
「私に……ナイトエデン・ウルスラグナに、公私の区別はない。私が私である限り、私はナイトエデン・ウルスラグナであり、ナイトエデン・ウルスラグナは世界に平和をもたらすことだけを──」
セリフ長っ……16翻ぐらいあるだろこれ……
あとナイトエデン・ウルスラグナって単語が長すぎる。省略しろや。
「聞いてて何一つ伝わってきませんでしたが、何ですか? ベネフィットがコンセンサスでリスケジュールみたいな話です?」
「……私は世界を救うために戦う立場なので、プライベートの時間を楽しむ余裕はないと思っているし、常に平和のことを考えているよ、という話だ」
すげえ分かりやすいな! 最初からそう言え!
「でもプライベートないって言ってる割には観劇に来ていらっしゃるじゃないですか」
「これは、パトロールだよ」
「ドーナツ食べてる警官の言い分ですわよそれ」
少し元気を取り戻してきたナイトエデンは、わたくしが膝の上に落としてしまったパンフレットをちらちらと見ていた。
視線には気づきながらも、無視して問いかけを重ねる。
「では、プライベートでないのならどういう理由で戦いたくないのですか」
さすがに話の途中で終わるのも気持ち悪いし、一応掘り下げておく。
ナイトエデンはパンフをチラ見しながら、ふうと息を吐いた。
「いや……別に……なんだっていいだろう」
「急に反抗期の息子みたいになりましたわね。恥ずかしい理由ですか? ん? 恥ずかしいことですか?」
「うるさいな君! というか何だ、何で友達気分になっているんだ」
観劇してて隣に敵が座ってる方が嫌だろ。
ということでここは友達モードで詰めていこう。あわよくば情報を色々とぽろっと引き出させていこう。コイツ多分コンプラ意識壊滅してるから、うまくいけば結構情報アド稼げそうだぞ。
〇第三の性別 正体不明の黒幕っぽいキャラ相手に情報戦仕掛ける馬鹿がいるってマジ?
〇鷲アンチ それにしても本当にこれが……その、二次創作みてーな独自勢力のリーダー……?
〇宇宙の起源 マジでクソデカい舌打ちが出そう
〇日本代表 ああそうか、対応箇所考えるとお前の権能を勝手に使ってる可能性が高いもんな
〇無敵 信じて神域に安置した権能が二次創作オリ主の変態調教にドハマリしてマジ顔禁呪保有者抹殺宣言を送ってくるなんて……
〇宇宙の起源 うっさ 死ねよ
〇宇宙の起源 大してうまくもねえしさ
〇宇宙の起源 マジでセンスないなら黙ってた方がいいよ
〇TSに一家言 顔真っ赤じゃん
〇外から来ました めちゃめちゃ効いてて草
〇無敵 いやー申し訳ない
〇宇宙の起源 殺すぞ
気を抜くとすぐ煽りバトルするの本当にやめてほしいな。
コメント画面もう閉じようかなと思っていたら、ナイトエデンがわたくしの手元──つまり、配信画面を凝視していることに気づいた。
「
「……私にはぼんやりと見える程度だな」
「お父様……アナタの先代は、強制的にこれを閉じさせてきましたわよ。まあ文字は読めてないみたいでしたが」
「本当かい? 私もまだまだ未熟だな」
まあそれはそれとして。
「で、どういう理由なんです? もしかして今この会場、他に仲間がいます?」
「それはない。誰にも言わずに来てる」
ますますパトロールじゃねえな。
「じゃあ何なんです? 言われなかったら想像するしかないので、恥ずかしい理由だと思いますわよ」
「なんでそうなるんだ! 私に恥ずかしい理由とかあるわけないだろう!」
不服そうな表情を浮かべる金髪の青年を、わたくしはせせら笑う。
「アナタが言わないからでしょう? ほら、言っちゃいなさい」
「…………から、だよ」
「え? なんて?」
「…………後半が気になるから……」
「わッッかります」
わたくしは分かり亭分かり手になった。
「そうですわよね! 魔術師マートン、ここからどう逆転するのですか!?」
「そ、そうだろう!? 私も全然、さっぱり分からない、どうするっていうんだこんなの! 父親が読み合いで一枚も二枚も上手だったワケだし……」
「やはり追放された先の辺境にヒントが?」
「私もそう読んでいる。序盤に会話の中で、地名がちらっと出ていただろう?」
「ええ、罪人が連れていかれる辺境の牢獄……しっかり回収しに来ましたわね」
即座にわたくしたちは顔を突き合わせ、後半の予想について激論を交わし始めた。
「そもそもあの父親は本当に父親なのですか?」
「確かに……言われてみれば、顔が同じだからと言って本当に父親本人とは限らないのか。魔術師だしね」
「そう考えるとその、顔を奪われているのだとしたら父親はもう……」
「待ってくれ。確かマートンの父親も仲間と共に旅をしていたはずだよね」
「あ! 辺境の牢獄にかつての仲間が……!?」
「もしそうなればまだ逆転の余地はある……!」
わたくしは興奮に鼻息を荒くしながら、膝の上に置いてあったパンフを広げた。
「パンフ買いました? 美術マジ凄いですわよ」
「え……ぱ、ぱんふ……? もしかしてそれ、ぱんふって言うのかい?」
「今すぐ買ってきなさい! あ、お金あります!?」
「お金なら任せたまえ、掃いて捨てるほどあるからね!」
結局、休憩時間の間にわたくしたちは売店に並びながらずっと話を続け、後半が始まるまではパンフに載っていたキービジュを見て感嘆の息を漏らしたり、演者のインタビューを読みふけったりしていた。
そうこうしているうちにアナウンスが響き、観客が揃うと、幕が再度開き──
◇
「すごかった…………」
「すごすぎる…………」
舞台が終わり、数度のカーテンコールを終えて。
わたくしとナイトエデンは席に座ったまま放心していた。
追放された先の辺境の牢獄で、一人くすぶっていたマートン。
彼が出会ったのは、かつて仲間たちと共に戦った仇敵だった。
実は仇敵もまた、マートンと同様に黒幕によって切り捨てられたのだ。
二人は協力して脱獄した後、つかの間の自由な時間を過ごす。
やがてマートンは仇敵と共に復讐のため都を目指すが、その旅の中で自分が本当に守りたかったものを再確認し、それが失われてしまったことに絶望する。
だがそんなマートンに発破をかけたのが、他でもない仇敵だった。
復讐ではなく失ったものを取り戻すために戦う覚悟を決めたマートン。
仇敵の手引きで、マートンはかつて父と共に旅をしていたという男と出会い、黒幕の正体を知る。
それはやはり、父親と戦い、その果てにマートンの父の身体に取りついた悪魔だったのだ。
かつての仲間たちとも再会し、マートンは都へと到達し、見事に父親の身体から悪魔を祓う。
そう、マートンは勝利したのだ。
仇敵とも友情を結び、かつての仲間たちとも再び絆を紡ぎ。
魔術師マートンは国を救った英雄となりながらも、また慌ただしく騒がしい、彼が最も愛した日常を取り戻すのだった──
「ハンカチ使うかい?」
「!」
気づけばわたくしの両頬を涙が伝っていた。
ナイトエデンがこちらにハンカチを差し出してくるが、彼も洟をすすりまくっている。
「……自前のものがありますわ。アナタのそれは、アナタ自身が使えばよろしいかと」
「はは……」
二人して涙をぬぐった後。
わたくしは勢いよく立ち上がった。
「楽屋に挨拶しに行きますわよ!」
「ええっ!? どういう立場で!?」
「この劇場の設立にわたくしの婚約者の実家が資金を出しているのです」
「さ、流石はミリオンアーク家だな……芸術保護に余念がない……」
わたくしもそう思う。
代々やってるとか言ってたけど、ダンさん普通にめっちゃ芸術好きじゃない?
「でもそれって、君が楽屋までいける理由になるのかい? 出資者の息子の婚約者……しかも別の男を連れて、というのはいささか問題があるような……」
「いいのです! こういう時のために家の名はあるのですから」
「絶対違う! 君はもう少し、プライドを正しい方向に向けるべきだ」
「チッ、うるさいですわね……」
文句を言ってくるナイトエデンを無理やり連れて席を立つと、わたくしは関係者用の通路に踏み込んだ。
警備の人が一瞬動き出そうとしたが、わたくしの顔を見ると慌てて頭を下げる。
「ピースラウンド様ですか、どうぞ」
「どうも」
優雅に挨拶をした後、二人で堂々と楽屋へ進んでいく。
「……え? 関係者の関係者って感じじゃなくて、君、思いっきり関係者扱いされてたけど」
「なんででしょうね……」
「分からないのにとりあえず便乗したのか!?」
分からん。なんでだろうな……
そうしてたどり着いた楽屋は、なんか、あわただしかった。
「本当にいないのか!?」
「いたずらとかじゃなくて……!?」
演者も裏方もごたまぜになって、必死にそこらを走り回っている。公演を終えた後の高揚感とかはまったく感じられない。
ぽかんとしていると、走り回っていた人の一人と視線がぶつかる。
「あ、あっ……!? ピースラウンド様!?」
「えっ」
一人が名を叫ぶと、ばたばた走り回っていた人々が動きを止め、一斉にこちらを見た。
(……やっぱり入ってきたらまずかったんじゃないのかい?)
(ちょっと後悔してきましたわね)
(じゃあね)
(逃がすわけねーでしょうが!)
(ぐっ!? いつの間にスーツの裾を掴んでいたんだ……!?)
ナイトエデンと視線で会話していると、劇場の関係者たちがわたくしの元へと駆け寄ってくる。
「た、助けてください……!」
「え?」
怒られるものだと思っていたわたくしは、訳が分からず間抜け面を晒してしまった。
「主演俳優の娘さんが、見当たらなくって……! まだ五歳ぐらいなんですが、一人でお手洗いに行ったきり……!」
「……それだけでここまで騒いでる、というのは道理が通りませんわね。何かあったのでしょう」
「う……それは……」
「いい、俺が話す」
その時、わたくしたちを取り囲んでいた人垣が割れた。
やって来たのは──魔術師マートン!
「オゥフ…」
隣のナイトエデンが気持ち悪すぎる声を漏らしていた。
わたくしはギリで耐えたのでわたくしの勝ちだな。
「マリアンヌ・ピースラウンド様ですね」
「声、良……」
「え? なんて??」
「何でもありません」
うわっうわっうわっ近い近い近い近い!!
死んじゃうよ~~~~!! 死んでるのか? やばい……まずい……汗と動悸が止まらん……
助けてナイトエデン! 駄目だこいつ気絶寸前だ! 役に立たねえな!
「娘が入ったトイレの個室に、こんな紙があったんです……」
マートン役の俳優さんが差し出したメモ帳を、わたくしとナイトエデンは気合で覗き込む。
内容は単純だった。娘を預かった、騎士団には連絡するな、明日以降の公演は中止し、身代金を用意しろ。
「……なるほど。騎士団には?」
「この劇場は、ミリオンアーク様の出資で完成しています。魔法使いの領土と言っていいんです。捜査してもらおうにも、騎士の方を入れることが禁止されているスペースが多く……」
まあまあデカイ舌打ちが出そうになった。
面倒くさいな、今そのあたりはデリケートだからあんまり触りたくねえのに。
ああいや……そうか。だからこそ、強力な魔法使いと評判のわたくしがいたのは、この人たちにとっては幸運だったわけだ。
さっき顔パスできたのも、この劇場そのものが魔法使い側だからと考えれば筋が通る。
で、これサブクエですよね?
〇トンボハンター さすがに気づくよな……
〇red moon ただ場所はランダムなんだよな……時間制限は確か三時間だったはず
〇火星 時間オーバーすると、娘さんは7歳以下でしか興奮できないブタみたいな貴族のところで生涯を終えることになる
三時間か、余裕があるわけではないな。
ただその制限時間から逆算するに、もう劇場の中にはいないだろう。
ひとまず外に出てヴァルゴフォームを展開するか、と考えて、ナイトエデンに声をかけようとした時。
「……っ!!」
顔を向け、ゾッとした。
ナイトエデンの黄金色の瞳に、はっきりと炎が見えた。
怒りだった。悪への怒り。善なるものを守護する存在が持つ、義憤の焔。
「約束する」
「え……?」
絶望的な表情になっていたマートン役の俳優の手をしっかりとつかみ。
ナイトエデンは至近距離で視線を重ね、はっきりと告げる。
「約束する! あなたの娘は必ず取り返す……!」
……なるほどね。
色々、御託を並べてるやつだとは思ったけど。
心意気は本物なわけね──いいな、お前、気に入ったよ。
「大丈夫ですわ。わたくしたちに任せてください」
わたくしもまた視線を重ねてはっきりと告げる。
マートンは目を見開いた後、ぐっと頭を下げた。
「すみません、お願いします……!」
わたくしは魔法使い。もう一人は正義の味方。
幸いだったな。その声を絶対に聞き逃すわけにはいかないやつが、二人もいたんだから。
◇
関係者用通路を抜けた先、劇場の屋上にわたくしとナイトエデンは佇んでいた。
「アナタ、具体的な手立てが?」
「私の権能、『
「はあ……?」
「……これ通じていないな。比喩とかではなく、光速で移動するという意味だ」
は?
「もちろん単なる加速じゃない。君が認識できているかは分からないが、現象再現を細胞スケールに圧縮することで世界運営に用いられるタキオン粒子の擬似再現を行い、時間流体を掌握しているんだ。故に、光速移動しつつも周囲に影響は与えない」
なんだそのチート!?
さすがにビビり倒してしまった。スタンスはどっちつかずの正義とは真逆のくせにお前さあ……
「つまりソニックブームのような衝撃波を起こすことはないし、チェレンコフ放射光を放射することもないと?」
「え……何?」
あ、その辺の理論を理解しているわけではないのね。
それでも光速移動を実現しつつ、デメリットを極限まで削っているのには恐れ入る。
一つ言うとするなら、光速移動できるのに探し方が恐ろしいほどに脳筋だな……
「まあそれでもいいですが、ロスなく探した方がいいでしょう」
「できるのか?」
「十三節詠唱を許してくれるのならですが」
「
こいつ……余裕こいてんな……
文句を言おうと彼に顔を向けて、そこでハッとした。
「どうした? できるんだろう?」
今の言葉は、別に十三節詠唱されたところで対応できるという驕りではなかった。
ナイトエデンは焦れていた。早く無辜の人を助けに行かねば、と奥歯をかみしめていた。
──使命がどうのこうの言っていた男と、別人のように見えた。たとえ協力相手が世界を滅ぼす存在だったとしても、誰かを救うためならどうでもいいのだ。
彼の中での優先度は、誰かを助けることが一番上なのだ。
「アナタ」
「何だい」
「……いい人ですわね」
「君に言われてもな」
ナイトエデンの隣から一歩前に進み出て、詠唱を始める。
────
────
空気中から取り込んだ魔素を魔力へと転換し、十三節詠唱によって編み込んでいく。
像を結んでいくのは、こうした状況にもってこいの
────
────
「本当に十三節詠唱なのか? 禁呪どころか、大魔法としての気配すらないとは……」
ナイトエデンが訝し気に見てくる中、詠唱改変は完了する。
────
わたくしをすっぽりと覆うようにマントが顕現し、両耳にアンテナポッドが装着された。
「マリアンヌ・ピースラウンド────ヴァルゴフォーム」
禁呪としてのリソースすべてを感知力に割り振った特殊な形態。
故に王都のド真ん中で使用したところで、魔法使いや騎士は気づけない。
「少し集中します」
「……頼んだぞ」
目を閉じて、耳を澄ます。全神経を聴覚へと集中させ、意思の指向性を感じ取る。
要するには、
『オヤジ、もうちょっとまけてくんねえかな』『これやばーい!』『明日から娘がピクニックで』『騎士が学校で暴れてたって噂……』『レーベルバイトのとこならあるんじゃないか』『王城見学の抽選漏れちゃった』『あの喫茶店マジなんで経営許可でてんだよ……』『デート用の服、何がいいかなあ』『ほお……あの二人の女子、待ち合わせですか……大したものですね。ギャルっぽいイケイケ女子と清楚なお嬢様系女子の組み合わせはレズエネルギーの効率が良いらしく、愛用する貴族もいるくらいです。服装にも気合が入っておりバランスがいい。それにしてもデートを前に双方緊張の表情を浮かべているのは超人的なレズ力と言うほかない……なッ!? 男が入って来た!? これは三角関係あるあるの三人お出かけイベント!? 馬鹿な、今まで見ていたレズ映画は!?』『俺はこの二人が付き合えるように協力したいだけなのに、なんで三人で出かけることになってるんだろう……』『あたしはこの二人が付き合えるように協力してたハズなのに、なんで三人で出かけることになってんの……』『私はこの二人が付き合えるように協力したいだけなのに、なんで三人で出かけることになっているのかしら……』
「……ッ」
さすがに情報量が多い!
演算自体は間に合っているんだが、計算の負荷にわたくしの身体がいまいちついてこれていない。それもそうか、こんな規模でヴァルゴフォームの権能を発動するのは初めてだ……!
「耐えてくれ、頼む」
ふらついた刹那、何かにぐっと受け止められた。
力強くわたくしの身体を支えるのは、スーツの袖に通した、ナイトエデンの腕だった。
「すみません、この姿勢でもう少し」
「ああ」
キッと視線を鋭くし、ヴァルゴフォームの出力の精度を上げていく。
全部拾い上げていたらキリがない。意識的にフィルターを構築する。特定のワードだけ拾い上げろ。
人質、身代金、要求……騎士団、劇場。
『騎士団の動きは?』
『ナシ。劇場は魔法使い側だからって読みが当たりましたね』
ビンゴ!
身に纏っていたマントとアンテナポッドが光の粒子に還った。
「見つけたか!」
「第8区画、セルバース家がかつて保有していた廃工場です。位置座標は……」
座標を告げると、ナイトエデンが頬をほころばせて頷く。
「ピースラウンド、よくやった! あとは私の出番だな!」
「ええ、少し力を使い過ぎたかと。ですがわたくしも……へっ?」
その時だった。
ナイトエデンはわたくしの身体に回していた腕へ力を込めると、ひょいとわたくしの身体を抱きかかえたのだ。
いわゆるお姫様抱っこの体勢である。
「なっ……何してますの!?」
「ん? 君も行く、と今言っていなかったか?」
「言いましたがこの体勢は一体!?」
不思議そうに首をかしげるナイトエデン。
直後だった。
『……ッ!?』
突如現れた二人組を見て、誘拐犯たちと人質に取られていた少女が、目を白黒させる。
慌てて周囲を見渡すと、工場の壁面がたった今、砲弾でも撃ち込まれたみたいに爆砕していた。
「光の速度だからね。君をちゃんと連れていかないと……」
「お気遣いどうも」
腕の中から地面へと下ろされ、わたくしは憮然とした態度で礼を言う。
「さて──」
「ええ──」
わたくしたちは頷くと、揃って誘拐犯に顔を向けた。
慌てて刃物を少女の喉元に突きつける男が一人。他に二人。
「動くな! このガキがどうなっても……ひえっ……」
わたくしは右の拳を左の掌で包み、ごきりと音を立てた。
横ではナイトエデンが首に手を添えて、同様に音を鳴らしている。
どちらの眼光も、薄暗い廃墟の中でバチリと光を散らしたのが分かった。
〇みろっく どう? 普通の誘拐犯っぽいけど、それ相手に流星と開闢がセットで来るのってどういう感じなん?
〇無敵 クウガ本編でダグバが二体来た
〇みろっく コワ~……
〇日本代表 はい解散だ解散!散れ散れ!
〇宇宙の起源 散るのは誘拐犯なんだよな
──少女は、無傷で父親の元へと送り届けられるのだった。