主人公と敵の対話パート好き好き性癖をこじらせるとこうなるんだなあって回でした。
マートン役の俳優さんに娘を返してあげて、遅れてやって来た騎士団に事情を説明した。
もちろんナイトエデンに関しては完全にぼかして報告した。ややこしすぎるからな。
そうして劇場を出たころには、既に日が地平線へと没しようとしていた。
「流石に喉が渇きませんか?」
「……お茶しろって? お互いの立場が分かっているのにかい?」
「逆です。立場が分かったからでしょう? 次に会うのは戦場で、なんてカビの生えた言葉は聞きたくありませんわ」
「え……言おうと思ってたんだけど……」
だからお前はダメなんだよ、と鼻で笑う。
ムッとしたような表情を浮かべながらも、逆らったところで意味がないと察したのか、ナイトエデンは肩を落としてわたくしの隣を歩き始めた。
劇場にほぼ隣接する形のカフェに二人で入る。わたくしたち以外にもパンフの入った袋を持っている客が多い。どうやら誘拐事件を解決している間、ずっとここで感想戦に興じていたようだ。
「いらっしゃいませ、お二人ですか?」
「はい」
店員さんの誘導に従って席へと歩く間、ナイトエデンは物珍しそうに店内のあちこちを見回していた。
なんだ? 変なところのある店だとは思わないが。
「アナタ、コーヒー飲めますわよね?」
「え、あ、私かい? も、もちろんだよ」
「ではコーヒーを2つ」
「ホットになさいますか? アイスになさいますか?」
「わたくしはアイスで。アナタは?」
「……??」
ナイトエデンは完全にフリーズしていた。
「あったかいのと冷たいの、どっちがいいですか?」
「あ、ああなるほど。では冷たいので」
「かしこまりました」
笑顔でお辞儀した後、店員さんは立ち去っていく。
表情こそ一切変わらなかったが、ナイトエデンの言葉を聞いてちょっと頬がひきつっているのが見えた。
「ちょっと嘘でしょう……? アナタ、喫茶店に来るの初めてですか……?」
声が聞こえないぐらい店員さんが離れた後、わたくしは身を乗り出してナイトエデンに小声で問う。
「し、仕方ないだろう。こうして誰にも言わず外に出るのだって初めてなんだ」
「それでよく劇場にたどり着けましたね……」
「ああいや、外に出たはいいが何もすることがなかったのでぶらついてたところ、馬車に轢かれそうになっていたおばあさんを助けてな。結局は腰の痛みから病院で検査を受けることになってしまったが、お礼にあの公演のチケットを譲ってくださったんだ」
すげ、馬車以外のあらゆる要素が善意で塗り固められているエピソードだ。
善人は善人を引き寄せるってわけかよ。
〇日本代表 本当にお茶し始めちゃったよ
〇みろっく こいつをこの場で殺すと色々と解決する可能性とかない?
〇火星 ブラックボックス過ぎるから正直分からんし、そもそもの問題として光速移動をほぼデフォでやってるような相手を殺せるかが怪しすぎる
わたくしも同意見だ。
ということで、この拳は今日はもう店じまいである。
「……ていうかアナタ、外に出るのが初めて? 家出でもしたんですか?」
「いやそれはない。夜には帰るからね」
なんか、話がかみ合ってない気がするな。
誰にも言わず外に出るのは初めてだが夜には帰るから家出じゃない、確かに言葉としては正しいし意味がちゃんと通っているのだが。
何て言ったらいいんだろう。根本的なところでずれている気がするんだ。
……
「お待たせいたしました、アイスコーヒーお二つです」
考えている間に、店員さんがテーブルにコーヒー2つと伝票を置き、ごゆっくりどうぞと声をかけてから立ち去っていった。
「なんだこれは」
「うそでしょ……」
ナイトエデンはコーヒーをガン見しながら首をかしげた。
「いや……そうか。これが噂のコーヒーか……! 本によく出てくるから、もちろん知っているとも!」
「…………」
目を輝かせて、コーヒーの入ったグラスを持ち上げて上やら下やら右やら左やらから覗き込むナイトエデン。
わたくしはそんな彼を見て、完全に言葉を失っていた。
──狂っている。世界を救うといっているくせに、世界のことを知らなさすぎる。意味が分からない。どうなっている。
「アナタ」
「うん?」
「装置なんですか?」
「うむ。そういう認識で構わない」
あっさりと認められた。
自分でも元からそう思っていないと出てこない速度での返事だった。
「君にもそういう面はあるだろう。私がそうであるように、特定の状況下でこそ自分の役割を果たすことが存在理由になっている」
「……そうですわね」
ナイトエデンとわたくしがどこまで共通してるか、というのはこの一点に尽きるのだろう。
お互いに、自分が最大限に輝くフィールドを目指しているというか、理解している。
「まあ、お互いに頑張りましょうってことですわね」
「いやかなり食い違うんだけどなあ、私と君の目的って……」
それはそれ、これはこれってやつだ。
真摯に夢追いかける人は好きだし。
「それはそれなんだけど」
「はい?」
ナイトエデンはアイスコーヒーをストローでぐるぐる混ぜながら、フッと唇をつり上げる。
「あれが君が得意とする
「げっ」
思わず声が漏れた。
そういえばこいつ敵方の大将だった。わたくし、普通にカード一枚見せちゃってるんじゃん。
いや……でも。
「それを言うならそっちだってそうでしょう。光速移動できるなんて知らなかったので、教えてくださってありがとうございますですわ」
「べ、別に? 光速移動ぐらい、カードの一枚に過ぎないんだよ、こっちは。カサンドラ・ゼム・アルカディウスも対応できていない様子だったし」
目を逸らしながらどもりまくるナイトエデン。
こちらとて本質を掴めたわけではない。そもそも光速で移動していると言っていたが、アレは加速じゃない。もっと根源的なものだ。
……タキオン粒子を再現することで時間流体を掌握したと言ったな。どれも覚えのある言葉だ。わたくしが無自覚に、はっきりとは理解しないまま手を伸ばして届かなかったステージの単語だ。
疑念がよぎる。
つまりはこいつ、常時ツッパリフォームの上位互換みたいな状態なんじゃないのか。
だとしたら相手取るのは相当に骨が折れそうだ。
しかしあらかじめ知っておけたのはマジでデカい。ワザマエフォームに、対ナイトエデン用の改良でも施しておこうかな。
まあそういうこともできちゃうよっていうのがバレてるのがクソ痛いんですけどもね。
「「…………はぁ~」」
人助けを優先するあまり、完全に手札をバラす危険性を忘れていたってわけだ。
それも多分、お互いに。
〇TSに一家言 いくらなんでも馬鹿すぎる
〇苦行むり ナイトエデン、まあまあな主人公気質なんだよな
「随分と人間味がありますが、アナタ本当に世界を救う存在ですか~?」
「当たり前だろう」
ズゴゴゴとコーヒーをすすりながら問いかけた。
ナイトエデンはストローをがじがじと噛みながら、不機嫌そうに答える。
それからコーヒーを一口すすり、彼は表情をゆがめた。
「苦っ……」
「シロップ入れてから混ぜればいいのに……」
コーヒーと一緒に配膳されたシロップを指さすと、ナイトエデンはおっかなびっくり、コーヒーに粘性のシロップを注ぎ始める。
「むう、なかなか難しいシステムだな。味を自分の好みにカスタマイズできるとは」
箱入りだなあ。
こいつを一人で帰していいのか不安になってきたぞ。ちゃんと家までたどり着けるのだろうか。
「……っていうか、カサンドラさんと会っていたのですか? 他の禁呪保有者に、随時顔合わせはしていたとでも?」
「意図的に君を避けていたわけではないんだが……私はてっきり、『
面目ない、とナイトエデンが頭をかく。
まあカリスマ性とかそういうところでカサンドラさんに勝てるわけないし、気持ちは分かるよ。
「次は三人で会えるといいね」
「百合の間に入る男ですか? 殺します」
「ゆ、百合の間に入る男……?」
「女性同士の関係性の間に入ってくる馬鹿な男のことです。殺します」
「……お、覚えておくよ」
ナイトエデンは顔を青くしながら、こくこくと頷いた。
「……ああ、そういえば、一つ聞きたかったことがあります」
「ん?」
窓の外に顔を向け、わたくしは視線を落とす。
「学園祭の騒動が終わった後……校舎敷地内で、ただ一人だけ、死体で発見された少女がいました。ゴルドリーフさんに確認したところ、彼ら──厳密に言えば黒騎士が戦力として連れてきた禁呪保有者だったと」
「…………」
「黒騎士との戦闘で致命傷を負った、とジークフリートさんは報告していました。ですがあの死体、本当の致命傷はピンポイントに心臓を貫通した、黒騎士とは異なる相手から与えられたものだと判明しました──アナタですね?」
「何か証拠でも?」
ナイトエデンは肩をすくめた。
どうやら話すつもりはないらしい。
「感謝、したかったのです。殺害したということは、まだ何かをしようとしていたのでしょう、あの少女は」
「私相手に感謝なんてしている暇があるのかい? 雌雄を決するときはそう遠くないよ」
「ご忠告痛み入ります。でもそれとこれとは別ですわ」
「……ならば、一市民からの感謝として認識しよう。だがそれを私は受け取れない」
「何故?」
窓の外を多くの人々が行きかっている。
わたくしが知らないだけで、わたくしの行動の結果、こうして日常を過ごせている人々もいるのだろう。
だがそれは彼の場合も同じだ。
凶悪な禁呪保有者を人知れず殺害していたように、彼も知られることなく、多くの場面で介入し、人々を救っているのではないだろうか。
ひけらかせとまでは言わないが、彼は正当な対価に見える感謝すら拒絶した。その理由は何だ。
「私がナイトエデン・ウルスラグナだからだよ。ナイトエデン・ウルスラグナはそのために存在しているのだから、感謝されるいわれもない」
視線を向けた。彼の表情に嘘偽りは一切なかった。
心の底からそうだ、と思っている人間がする顔だった。
「では、ナイトエデン・ウルスラグナとは何ですか? 何故世界を救おうとするのですか?」
〇遠矢あてお 哲学的な質問だな
〇つっきー 形而上学的な領域の問いですらあるだろ。でも、多分、聞くべきことを聞いてると思う
〇red moon 選択肢で正解選ぶ能力はそこそこあるんだよなお嬢。ユイには負けるけど
わたくしも、正直言って言葉遣いが正しいかどうか自信はなかった。
だが彼は数秒の思考すら挟まず、即座に唇を開く。
「ナイトエデン・ウルスラグナとは、救世主であり、平和の味方であり、ヒカリそのものだ」
「へぇ……」
「そして君が指摘したように、ナイトエデン・ウルスラグナは救済装置でもある」
……こいつ、『私は』って言わなかったな。
テーブルを指で叩きながら思考を回転させる。
どうにもこいつ、自分の立場を完全に固定した無敵モードになることでレスバを有利に進めようとしている節がありますわね
となると真正面から食い合うと普通に論破されそうでかなり嫌です、ちょっかいかけてキレさせる方向で行きましょうか
〇太郎 えっ急に何!?
〇トンボハンター お前拳は今日もう使わないんじゃなかったの!?
〇木の根 言葉の刃ならセーフみたいな感じ?
〇無敵 考え方が卑劣過ぎるだろ、舞弥にケイネスの狙撃指示してる切嗣か?
「わたくしも名札にナイトエデン・ウルスラグナって書いておきましょうかね」
「……私でも分かる。それは、愚弄だな?」
「真面目な提案ですわよ。被るが嫌ならアナタの方は、ナイトエデン・ウルスラグナ最終版(2)とか、ナイトエデン・ウルスラグナこれで確定(3)とかにしておきます?」
「愚弄なのか分からなくなってしまった……」
しまった! これ以上はない愚弄のつもりだったのに西暦世界に引っ張られてしまった。
〇外から来ました バーカ
〇宇宙の起源 でもそのファイル命名は本当にカスだからやめろ、百歩譲っても日付+アルファベット順とかにしてくれ……
うるせえな!
ここからだ。まだ軌道修正は効くはずだ。
「アナタと同じことをしているだけですわ。自作の玉座でふんぞり返って、自作の名札に名前を書いただけ。それではヒカリでなければ救世主でもないでしょうに」
「……行動によってのみ証明されるという話なら、同意見だよ」
ナイトエデンはシロップを溶かし込んだアイスコーヒーをすすり、美味しいと呟いた。
コーヒーの味一つ知らないまま世界が救えると、本気で思っているんだろう、この男は。
或いは使命さえ果たせばいいのだからと考えているのか──考えるように、育てられたのか。
「世界を救うというお題目は結構ですが、禁呪が先で、七聖使が後です。先輩には敬意を払いなさい」
「それは違うな。確かに枠組みこそ後付けだが、本質は我々が先行している」
噛み潰してぐしゃぐしゃになったストローの口先を見つめて、ナイトエデンは静かに語る。
「世界の運営を続行したい、この安寧の日々を永遠に続けたい、大いなる厄災が訪れるのならそれを誰かに排除してほしい。そういった意思によって生まれたのが我々だ。故に我々は世界を救う」
「…………」
〇無敵 おい
〇日本代表 ……分かってる
〇宇宙の起源 分かってるで済ませられるのか? この生まれ方は……
〇日本代表 分かってる。
……そうあってほしいと、そういった存在にいてほしいと。
無数にも思える数の願いが重なった果てに神が生まれたのなら。
確かに彼らが生まれたプロセスは、まさしくそれと同じだ。
なるほど納得だ。
それこそが、七聖使の戦う理由。世界を救う理由。
だが──
「質問に答えなさい」
「は? 今答えただろう」
「違います。仕事を聞いたわけではありません、わたくしはアナタ個人に質問をしています」
空になったグラスを机に置いて。
わたくしは彼の黄金色の瞳をじっと見つめる。
「
ナイトエデンの呼吸が一瞬止まった。
だがそれが動揺からなのかを判断する暇もなく、彼は今まで通りの表情に戻り、それから笑みを浮かべる。
「……私が、ナイトエデン・ウルスラグナだからだよ」
◇
わたくしが『喫茶 ラストリゾート』に戻ると、恐らく渡したレシピ通りに作られたパスタが三種類ほど、ちょうど平皿に盛りつけられているところだった。
「後でパスタ用に、もう少し底の深い皿を買い足すべきでしょうね」
「おや、お帰り」
ドアを開けて店内に入ったわたくしを、ロブジョンさんが笑顔で迎えた。
「随分と遅かったね」
「ええ。観劇を通して仲良くなった人がいたので、その人と少しお茶を……あ、ここに連れてくればよかったかも……」
「なんでそういう時に客を呼んでくれないんだい!?」
流石にナイトエデンでもここはビビりそうだしなあ……
「それよりちょっと聞きたいのですが、軍ではどういう魔法を使っていたのですか? 教科書に載ってないようなやつとかあったら特に知りたいです」
「教えるわけないだろう」
呆れかえった様子でにべもなく切って捨てるロブジョンさん。
こっちは協力してやってんだぞ。立場を理解しろよ。
「……そ、そんなじとーっと見られてもねえ。いやまあ、そうだな。こういうのがあったよっていうレベルならまあいいけど」
「本当ですか! どんなのです?」
カバンからメモ帳を取り出して、わたくしはカウンター越しに身を乗り出す。
ロブジョンさんは──刹那にも満たない間、すっと表情を消した。
「拷問用の魔法があったんだ」
「魔法で、拷問ですか? いまいちメリットがなさそうな……ああ、精神に作用するような?」
「ああ、違う。禁呪とは別の……禁じられたというよりは、使うことを皆が自然と忌避した、倫理的にまずい魔法だ」
「へえ~……」
「この魔法を付与された物質は、生き物だろうとそうじゃなかろうと、
え? 無機物でも有機物でもってこと?
「コワ……」
知らねえよそんな魔法。恐ろしすぎるだろ。
わたくしは顔を引きつらせながらも一応メモを取った後、カウンターに並んだ皿の中から、トマトソースのパスタを適当に分捕る。
お腹空いたしこれ食べよ。タダでいいよな?
「ウチの上司の上司……まあ、あれだ。僕なんかを取り立ててくれた人が開発した魔法でね。君も多分教科書で習うと思うよ、その人について」
「え? 嫌ですが。わたくしより偉い人全員嫌いです」
「出る杭は打たれるの見本みたいな言動だね……」
「わたくし結構打たれ強いですわよ」
「そういうことじゃないんだよなあ」
フォークを手に取ってから、ソースを一かけら口に運ぶ。
うまっ。上出来すぎる。本当にこの人、ちゃんと方向性を定めると優秀だな。
「習う必要もないし、使う必要もない。そういう、昔にあった魔法だ」
「……そうですか」
いよいよこの人が元々所属していた部隊、きな臭くなってきたな。
アーサーが戴冠する前にやってた戦争が地獄だったってのはよく聞くが、これはまさしく、そういう地獄の中央で使われていそうな魔法だ。
口ぶりからして使う側だったのだろう。国のために。人々のために。平和のために。
「…………」
わたくしはしばらくの間、無言でパスタを食べ進めた。
ロブジョンさんはその間に、自分で作った別のパスタを二人分、ぺろぺろっと食べていく。
ふと、聞きたくなった。
ナイトエデンと二人でしていた会話。
あれは第三者からして、どう聞こえるのか。
「ロブジョンさん、世界を救いたいって思いますか?」
わたくしの問いかけは要領を得なかったし、タイミングもひどいものだった。
けれど彼はフォークを動かす手を止めて黙ると、じっくりと考え込んでくれた。
「……思う。僕の力で何かができるのなら、と。でもこれは、指向性のない願いだ。何をどうやって救うのかがはっきりしていない以上、夢で終わる以外にはない」
彼の言葉を聞いてハッとした。
そうだ、本当は、願いというものは指向性を持っているはずなんだ。
でもナイトエデンにはそれがなかった。
「もしも」
「うん?」
「もしも、指向性のないまま、ただ無秩序に全方位の全てを、あらゆる手段で救おうとして……それを実際に成し遂げられるだけの力を持つ者がいたとしたら、アナタはどう思いますか」
付け加えられた問いかけに対して。
ロブジョンさんは肩をすくめ、乾いた笑みを浮かべる。
「それってさあ──神って呼ぶべきなんじゃないかな」