TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART6 牧歌-Memory-

 ナイトエデンとの邂逅から一夜明けて。

 いろいろと思うところがあり、なかなか寝付けなかったわたくしは、かなりの眠気を引きずったまま朝の登校を済ませていた。気持ちとしては棺桶3つぐらい引きずって移動してる気分だった。

 

「おう、マリアンヌか」

 

 教室のドアを開けて中に入ると、生徒用の席の最前列中央に集まっている人影の中から、ユートがすぱっと手を挙げた。

 いつも通りに陽キャっぽいな。ボタンを全開にした短ランの下で真っ赤なTシャツが顔をのぞかせている。

 レリミッツでは指揮官役をやるらしいが、練習は順調なようだ。

 

「どうも、ユート。朝からずいぶんと賑やかですわね」

 

 机にどかっと座っている彼の周囲に、ユイさんとロイ、リンディが集まっている。

 わたくし以外のいつメンって感じ。どうでもいいけどいつメンって言葉、外から見た時はかなり不愉快な気持ちになるけど自分が入ってるとめちゃくちゃ嬉しくなっちゃうよね。

 

「皆さんもおはようございます。何か対抗運動会に向けての会議でしたか?」

「ん……まあ、そんなところね……」

 

 歯切れ悪くリンディが返事をした。

 未だにアルトリウスさんが彼女のどこにどう執着していたのか、わたくしたちは知る由もない状態だが……それをリンディが自ら明かさない限りは、無理に踏み込むこともないかと思ってる。つーか踏み込むってどうすんの? 拷問? ユイさんに頼るしかねえんだよなそういうの。

 むーんと悩んでいるとき、ユートの隣の隣の席に座っている、クラスの優等生が本を読んでいるのが見えた。

 

「あら、その本、読んだことありますわ」

「うえっ!?」

 

 タイトルは『セーヴァリスの社会思想的再解釈──歴史上最高の賢人は、如何にして虐殺の道具を乱造するに至ったか』だ。

 禁呪保有者となってから、一番最初に読んだ本である。禁呪の社会的位置づけ、その開発に前後するセーヴァリスの当時の社会的地位などをまとめ、分析した名著だ。とはいえセーヴァリスの当時の記録はわずかばかりが現存しているだけで、厳密にセーヴァリスを取り巻く環境を分析できたとは言えない、と作者も文中で述べている。

 それでもわたくしの知る限りでは、禁呪に関しての学術書としてこれ以上はあんまりないぐらいの完成度がある。

 

「いいですわよね、この本ぐらいじゃないですか? 大賢者セーヴァリスが、大陸統一戦争の中でも開いていた個人塾について言及しているのは」

「あ、ああうん……そうなんだよね。本当に少数に絞ったゼミで、そのゼミ員も統一戦争に参加していたっていう……」

「そうそう。聞いてるだけでもワクワクしますわよね」

 

 セーヴァリスから直々に教えを施された人材は、そのゼミ員だけだ。

 後世に伝わる限りでは、ゼミ員──いや言い方が卑近過ぎるな、弟子かな──はそれぞれ統一戦争が終わった後、それぞれが国家の設立に寄与したという。ていうか王族になった人が結構いるんだとか。

 

「歴史のアベンジャーズですわよね……」

「あ、あべんじゃーず……?」

 

 優等生が聞きなれない言葉に首をかしげた。

 雰囲気だけでも伝わってくれ。流石に無理か。

 

「いつも通りに魔法オタクしてるわね……」

「クラスメイト相手とはいえ、禁呪の話をされると流石に聞いてて怖いですね」

 

 呆れかえった様子のリンディと苦笑を浮かべるユイさん。

 わたくしとて、クラスメイトが相手であっても禁呪についてはちゃんと秘匿するよ。セーヴァリスの弟子の話しか振ってねえじゃん。

 

「はいはい~皆さん席についてください~」

 

 その時、クラスの担任である幼女先生が出席簿を片手に教室へ入って来た。

 階段を上がって自席へ向かおうとした時、隣に並んだユイさんが声を潜める。

 

「すみません、放課後……手短に済ませるので、すこし話をしましょう」

「…………」

 

 そこで気づく。朝からみんなが集まっていたのは、単なる雑談が目的だったのではない。

 なるほどな、この時期ならエースクラスが集まってひそひそ話してても、運動会に向けての会議に見えるだろう。それを利用して、教室のド真ん中で密談にいそしんでいたってわけだ。

 

 ……てことはユイさんから話される内容も、それなりに厄介そうだ。

 元気に出席を取り始めた先生の声を聞きながら、わたくしは自席に座ると、厄介ごとの気配に嘆息するのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「ロイが暴走ォ?」

 

 放課後の校舎裏。

 本来なら迅速に学校を出なければならないところだが、帰っている途中ですよとアピールするために、わたくしはカバンを片手にユイさんたちと一緒にいた。

 

「はい。ヴァーサスの訓練として私と訓練しているときに……すみません、こちらでは原因が分からなくて」

「その場には居合わせなかったけど、ユイがこういうので嘘つくわけないしね」

 

 申し訳なさそうな表情を浮かべるユイさんと、深刻な表情で頷くリンディ。

 

 

トンボハンター まあまあ怖いイベント起きてて草

日本代表 @火星 おい

火星 全然何も感じなかったけど!? あれえ!?

 

 

 どうやら神様連中ですら把握してないようだ。

 まあこいつらの管理能力なんてたかが知れてるしいいか。

 暴走……暴走ねえ。

 

「自我が消えて、殺意のままにユイさんを殺そうとしたと?」

「ちっとばっかし、想像がつかねえよな」

「……事実だ。瞬間的な記憶こそないが、前後のつながりや直後の自分の状況を加味すると、確かにあの時、僕は相手を殺そうとしているとしか思えない威力の魔法を発動していた」

 

 覚えたてのガキならまだしも、魔法学園に通う年齢の子供が魔法を暴発させることはめったにない。

 魔法を使うことこそが貴族の存在証明であり、それを軽んじることは、魔法使い本人であっても到底許されないのだ。

 だからこそ、入学したばっかの時期、わたくしが魔法を馬鹿にしたらリンディにキレられて決闘騒ぎまでいったわけだが。

 

「にしても、暴走してユイさんに襲い掛かるとは……あら、字面だけだとなんだか卑猥ですわね」

「そんなことするもんか。レディの扱いぐらい心得ているつもりだ」

 

 不機嫌そうにロイが呟く。

 

「まあアナタはそうでしょうね。そもそも、どれだけ自分に自信があればユイさんを口説いたりできるんだか」

 

 最終的にはロイとくっついてもらうんだが、この二人なら文句のあるやつなんていないだろう。

 そう思っていると、苦笑を浮かべてユートが肩をすくめた。

 

「いやいや、何言ってんだよマリアンヌ。ユイ相手に言い寄ってる男子なんてごまんといるんだぜ」

「は?」

 

 ユートは完全に、『やっべ……』という顔になっていた。

 本当か? 知らないんだが。わたくしの知らないところで、知らない男がユイさんを口説いている?

 

 

 NTRじゃねーーーーか!!

 

 

つっきー 寝てから言え!

 

 

 寝たが? パジャマパーティーで寝たんだが!?

 寝たっつってんだろうが!! じゃあNTRだよなあ!?

 おい! 何とか言えよボケ! ああ!?

 

 

つっきー はい……すみませんでした……

木の根 負けんな

無敵 勢いだけで勝つことしかできねえのかよ

 

 

「あ、あの、そんなに熱心に口説いていただいてるわけではなくてですねっ。ちゃ、ちゃんと断ってますし!」

 

 頬を赤くして、慌ててユイさんが取り繕う。

 咳ばらいを挟んでから、わたくしはゆっくりと、優しく微笑みを浮かべた。

 こちらの顔を見た一同が『ヒュッ…』と呼吸を詰まらせる。 

 

「言い寄って来た男の名前を全員分ください。フルパワーの『流星』を叩き込んで、身体を爆砕します」

「怖……」

 

 

外から来ました いうて君も大概モテるでしょ

太郎 こんなこと言っといて本人はナンパかわすの死ぬほど下手糞なのマジで何なん?

 

 

 うるせえよ。好きで下手なわけじゃねえよ。

 

「だ、大丈夫ですって! 興味ないですし! それよりもほら、ロイ君! ロイ君の話なんですから!」

「今こいつ、一番ひどいフレーズ言ったな……」

 

 男子たちを憐れみ、ユートが苦い表情を浮かべる。

 

「で、それじゃあ本題のロイについてだがよ。何かこう、心当たりとかあったりしねえのか?」

 

 ユートの問いかけを受けて、ロイは唇を真一文字に結んで、数秒黙り込んだ。

 

「……いやお前駆け引きこんな下手だったか? モロにある反応してるぞ」

「心当たりは……ある。だけど、ここでは、少し」

「なんだよ。俺たちには言えないのか?」

 

 きょとんとした表情になるユート。

 わたくしはその隣で腕を組み、嘆息する。

 

 

七聖使(ウルスラグナ)の力が暴走しているのでしょう」

 

 

 普通の指摘として言ったつもりだった。

 だというのに、場は完全に凍り付いていた。

 

「ロイ君が……ええと。七聖使?」

「禁呪保有者と対になる存在、あの軍神ってやつがそうだったわよね」

 

 目を白黒させながら、ユイさんとリンディが、わたくしとロイを交互に見た。

 フンと鼻を鳴らす。この場にいるもう一人の禁呪保有者へ目を向ければ、彼は頭をかきながら頷いている。

 

「……やっぱ、こいつも七聖使だよな」

「アナタも気づいていたのですね」

「当たり前だろうが。ロイの野郎が、禁呪とは違う神聖な力を引き出してるのは今に始まったことじゃねえ。ありゃジークフリートのやってることに近いって誰でもわかる」

 

 誰でもわかるは嘘だな。

 相も変わらず頭の回転のキレがよろしいことで。

 

「じゃあ、今日は練習を休みなさいな」

「……え」

 

 一日休んだからって、何かが良くなるとは思わないけど。

 

「ふふん。息抜きにデートでもしてあげましょう」

「い、行く!!」

 

 思ったより激しく釣れたな。

 思えばデートなんて久しぶり……いや……やったことあるっけ……? なんかわたくし、どっかで男と二人の時って大体こいつ相手じゃない気がするな。しかも後でめっちゃ敵対してくるし。アルトリウス! ナイトエデン! オメーらのことなんだよ!!

 

「……え、なんかズルくないですかこの流れ」

「いやあ、いいんじゃねえの。元々こう、切羽詰まり過ぎだってのは思ってただろ」

「そ、そうですけど!」

「はいはい、我慢しなさい。アンタが誘えば、マリアンヌなんて一発でついてきてくれるわよ。また今度ね」

「う、うう~~~~……!」

 

 三人が何やら話し込んでいるが、ユートはノールックで手をしっしっとしてくる。

 さっさと行ってこいってわけね。

 

「じゃあロイ、行きましょうか」

「分かったよ。いくら払えばいい?」

「……一応聞いておきますが、アナタ婚約者ですわよね?」 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 王都の比較的静かな区画にある自然公園。

 そこに着いた時、平民であろう家族連れが複数組、遊具を使って遊んでいた。

 一旦寮に戻って私服に着替えたわたくしとロイ──こいつは私服もめちゃくちゃ貴族っぽいので、一番平民っぽく見えるやつにしろと脅した──もまた、デート中のカップルとして風景に馴染んでいる。

 

「よく似合っているよ、マリアンヌ」

 

 わたくしはジーンズにノースリーブのタートルネックセーターを着て、小さなショルダーバッグを肩にかけている。

 カーディガンも羽織っていたのだが、今日は思っていたより暖かかったので小さく丸めてバッグに入れてしまった。

 

「アナタも……新規立ち絵ですわね」

「?」

 

 目の前にいる我が婚約者は、黒のズボンに白のシャツというまったく飾り気のない服装だった。平民に寄せていくとこうなるらしい。

 顔が良すぎてこれでサマになるんだから恐れ入る。パーティーでいくつも違う服を見ていたが、こういう服を着ているのは初めて見たかもしれない。

 

 

火星 やっぱ何着ても似合うんだよね

苦行むり これロイルートの後半で出てくる立ち絵だな……

 

 

 どうやら新規立ち絵ではなかったらしい。

 まあわたくしにとっては新規だしな。よく似合っている。悔しいが。非常に悔しいが。

 

「それでなんだけど、マリアンヌ」

 

 公演のベンチに並んで腰かけると、だしぬけにロイが口を開く。

 

「禁呪保有者と七聖使が婚約者なんて、笑える話だね」

「え……デートでその話するんですか……?」

 

 お前、TPOぐらいわきまえろよ。

 半眼になって婚約者を睨むと、ロイは視線を地面に落とし、静かに手を組む。

 

「僕はもしかしたら……七聖使の権能を、二重に発動させているのかもしれない」

「はあ?」

「夏休みが終わったタイミングで、啓示のようなものを受けた。第四天と第六天、それが僕が力を引き出している根源にあるものらしい」

 

 

日本代表 待って待って待って待って

一狩り行くわよ いやちょっと本当に待ってくれ!!!

火星 NTRじゃねえかふざけんな

日本代表 寝てから言え!! 起きろ!!

 

 

 何だそれ、普通にチート過ぎるだろ。

 わたくしの婚約者がチート過ぎて世界がヤバい件について。

 

「……ああ、なるほど。少し得心が行きました。夏休みの終盤では、アナタはどちらかといえば力の制御に成功しつつあったはずですものね」

「君もユートも……世界を滅ぼすような人間には思えない。どちらかといえば、力を制御しきれていない僕の方が問題だ」

 

 とはいえ、だ。

 

「どこまでわたくしを失望させるつもりですか」

「……ッ。分かってる、分かってるんだ。縋るような力ではない、封じ込めた方がいっそマシだ。でも、僕の意識を完全に上書きして──」

「そうではありません。二人のデートの時間に、いつまでこんなつまらない話を続けるつもりなんだ、と聞いているのです」

 

 え、とロイが口をぽかんを開けた。

 

「気になるのであれば、デートの終わり際にいくらでも聞きます。ですが、気晴らしに一緒に出掛けようとしているのにその話題はなんですか?」

「…………」

 

 沈黙したロイは、深く息を吸った。

 それから自分の頬を張り、小気味いい音を響かせた。

 

「うん、悪かった。完全に僕が馬鹿だったよ、すまない」

「お気になさらず。ではショッピングでも行きましょうか」

 

 ベンチから立ち上がり、ロイに手を差し出す。

 彼は目を丸くし、周囲の様子を窺ってから、恐る恐る手をつなごうとした。

 満面の笑みを浮かべて、わたくしは手をひょいと上に持ち上げた。空を切ったロイの手が宙に浮く。

 

「つまらない話をしたので今日はダメですわ~」

「えっ……そ、そんな! 本当はつなげたのかい!?」

 

 はっはっはっは! マジ子犬みたいな顔しててウケる!

 

「ぐう……僕としたことがなんて不覚を……」

 

 本気で落ち込み始めたロイと共に、ひとまずは商店街のある区画を目指して歩き始める。

 せっかくだしロブジョンさんの喫茶店にでも……いやデートで行きたくねえわ! 本当にゴミ! ちゃんとしたところに行かせろ!

 目標は知り合いを連れていける店にすることだな、とわたくしは内心で『喫茶 ラストリゾート』プロデュース計画のゴールを定めるのだった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 王都のストリートに立ち並ぶ露店を冷やかしに見て回っていると、意外な出会いがある。

 

「これはなんというか……」

「西方の伝統工芸品だってさ。不思議な模様だね」

「ええ、しかもロンデンビアですわね」

 

 ラカンさんたちからは時々便りが来る。元気にしているようだ。

 

「夏休みに連れていかれたところか。君のつながりは本当にこう、読めないよね」

 

 苦笑を浮かべるロイ。わたくしもそう思う。

 陶器を棚に戻してから、ストリートを歩き出す。

 ビラを配っている店があり、ふと足を止めた。窓の向こう側では、椅子に腰かけた女性たちの髪に、美容師たちがハサミを入れていた。美容室か。

 

「最近流行りらしいね、魔力で髪をコーティングして色を変えるんだってさ」

「へえ、いいですわね。試しに金髪にでもしてみましょうか」

「……け、結構いろんな人がショックを受けるんじゃないかな、それ」

 

 たまにはイメチェンぐらいしてみたいんだけどな。

 カラコンとか入れると完全に2Pカラーになりそう。

 

「どうです? 金髪碧眼でおそろいにしてみるとか」

「うえぇっ!? あ、ああいやそれは非常に魅力的だね、うん」

「そうでしょうそうでしょう。結構本気で考えてしまいますわ」

「……まあ、えっと、あれかな。僕がユイに本気で殺されそうっていうのは心配かな」

 

 確かにそうだな。

 普通に無理だ。この話、ナシ。

 

「じゃあ諦めますわ……」

 

 すごすごと美容室の前を横切る。

 あっなんかいい香りがするパン屋さんかな。

 顔を上げてきょろきょろと周囲を見渡すと、無数の視線がこちらに向けられていることに気づいた。

 美男美女でデートしてるから目立つのだろう。

 

「わたくしたち、結構見られてますわよね」

「そりゃあそうじゃないかな。君は大体どこにいても人目を引くよ」

 

 目立つ外見である自覚はある。そういうものだ。

 だがそこから、すごく言いにくそうな表情で、ロイは言葉を続ける。

 

「さっきの話、だけど……」

「はい?」

「ユイに言い寄ってる男が多いって話。君は随分反応していたけど、気づいていないだけで、パーティーなんかだと、君も結構言い寄られているんだよ」

「え!? いやそれは流石にその、アナタの考えすぎでは?」

「事実だよ。毎回、死力を尽くして防御してるからね」

 

 ほえ~そうだったんだ。知らなかった。

 まあそんなことはどうでもいい。この香りの出どころはどこだ。めちゃくちゃ旨いパンだぞこれ。

 目を皿にして通りを観察していると、ふとロイが足を止めた。

 

「パン屋さんありましたか?」

「君何を探してるんだい!? いや、別のものなんだけど」

 

 彼は露店の一つの前で足を止め、商品をじっと眺めていた。

 隣に並んで覗き込めば、女性用のアクセサリーが並んでいる。その中でもロイが見つめているのは。

 

「ネックレス、ですか」

「うん。似合うと思ってさ」

 

 ライトブルーの宝石をはめ込んだ、シンプルなデザインのものだった。大体の服に合うだろう。

 まあネックレスなんていくらあっても困らないからな。

 部屋には贈り物としてもらったり自分で気に入って買ったりしたやつが結構な数眠っている。

 

「本当は君の眼の色に合わせるのがいいと思うんだけど……ううん、赤いのってないのかなあ」

「いえ、青の方がいいですわ」

 

 すみませんと店員さんを呼び、ネックレスを購入することを告げる。

 

「あっちょっ待って、支払いは流石に僕がしていいかい!?」

 

 店員さんが笑顔で商品を包もうとするので、わたくしは着けていくと告げる。

 ロイが支払いを終えるのを見計らって、その場でネックレスを首にかけた。

 

「似合うでしょう?」

「あ、ああ。思った通りだ。それにしても、あまりにも早くてびっくりしたよ……そんなにデザインが気に入ったの?」

 

 きょとんとした様子で問うてくるロイ。

 わたくしは思わず頬を緩ませる。

 

「アナタの目の色ですわね」

「…………っ?」

「わたくしが気づかないのなら、アナタが守ってくれるんでしょう? これはお守りにしておきます」

「~~~~~~~~っ!?」

 

 瞬間的に顔を上気させ、ロイがそっぽを向いた。

 

「君、それは、いくらなんでも揶揄い過ぎだ……!」

「あらあら、残念です。守ってくださらないのかしら」

「くっ、ああもう、今日の君、なんだか普段と違わないか……!?」

 

 弱ってる男を手玉に取るのが楽しいんだよ。

 それに、お前に喋らせるとなんか陰気な話題が出てきそうだしな。

 

 

 とはいえ──ちゃんと話してやらなきゃいけないことでは、あるか。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 お目当てのパン屋に入り、イートインスペースで軽食を食べた後。

 夕暮れに染まった王都の中、マリアンヌとロイは学生寮への帰路についていた。

 

「……ありがとう、楽しかった。気分転換になったと思う」

「それは何よりです」

 

 ロイはちらちらとマリアンヌのネックレスを見ていた。

 その様子がいとおしくて、思わず悪役令嬢は苦笑する。

 

「見過ぎです」

「うぇっ、あ、ご、ごめん……」

「まったく。あとこれは、見張ってもらうためのお守り以外にも意味があるんですわよ」

 

 そうなのか、と相槌を打つロイ。だがその時、ふとマリアンヌが足を止めていることに気づく。

 振り向いた先では、沈みゆく夕日を背に、愛する婚約者が、その深紅の瞳をこちらに向けていた。

 

 

 

「わたくしを殺すことになったら、このネックレスを目印にして確実に殺しなさい」

 

 

 

 言葉を失った。

 呼吸が凍り付く。人差し指が不自然にビクンと跳ねた。

 

「ここに剣を突き込めば即死させられますわ。狙いを外さないように気をつけなさいな」

「……何、を」

「互いの立場やメリットとデメリットを考えた時に、恐らくアナタとわたくしが穏便に協力関係で居続けることは難しい、そう思っているのでしょう?」

「何を、言っているんだ」

「アナタに、わたくしを今ここで殺す覚悟があるのかと聞いているのです」

 

 頭が上手く回らない。酸素が足りていない。

 視界が揺れる中でも、ロイは彼女の双眸から視線を外せない。

 

「禁呪保有者にして大悪魔の因子を持ったわたくしは、客観的に見れば……どう考えても、世界の敵でしょう」

「そんなことは、ない! 君がそんな、世界を滅ぼしたりなんてするはずが──」

「わたくしが混沌(カオス)と同じような状態になり果てたとしたら?」

 

 ロイの脳裏をよぎる、臨海学校で交戦した七聖使のうち一人。

 厳密にはもう人間とは到底呼べない姿になっていたが、禁呪保有者もまた強力無比な権能、ああいった状態に陥る可能性は否定できない。

 

「直接聞いたわけではありませんが……ジークフリートさんは恐らくできていますわよ」

「……!」

「あの人は、確実にわたくしを殺します。そう信じています」

 

 七聖使が一人、軍神との戦いによって発生した、複数回に及ぶ夏休み。

 リーンラード兄妹によって打ち消された、マリアンヌがナイトメアオフィウクスの権能へとたどり着いた回においては、マリアンヌはジークフリートが自身の処刑を実行することを望んだし、ジークフリートも最終的にはそれを受け入れた。それをマリアンヌは、自分自身の記憶を引き継ぐ形で知っている。

 彼ならばやるだろう、ではなく、彼が実際にそうすることは既に証明されているのだ。 

 

「ナイトエデンは、決戦の時は近いと言っていました。悩める時間は有限ですわ」

「…………」

 

 既に、マリアンヌ・ピースラウンドは悩んでいない。

 ただ真っすぐに疾走すること。あの空に輝く星のように、自分の道を走り抜けること。

 それしか頭の中にはない。

 

「……君は人間なのかい? それとも、大悪魔の手先である禁呪保有者なのかい?」

「どっちもです」

 

 即答だった。マリアンヌが自分でも驚くぐらいに、滑らかな返答だった。

 

「おれが好きなのは、マリアンヌ・ピースラウンドで、いいんだよね?」

「アナタが決めなさい」

 

 彼女の在り方は変わらない。

 だが彼女の見え方は、人によって大きく異なる。

 

 

 ──聖女リインに憑りついた悪魔は、彼女を障害物と見ていた。

 ──大悪魔ルシファーの端末は、彼女を取るに足らぬ存在だと断じた。

 ──悪逆令嬢カサンドラは、彼女を超えるべき壁と設定した。

 ──『軍神』の覚醒者は、彼女を最悪の敵と憎んだ。

 ──元王子アルトリウスは、彼女を至上の演算装置と称賛した。

 

 

 ならば、ロイ・ミリオンアークは。

 前述した者たちと同様に、いつか彼女の前に立ちはだかる宿命を持つ少年は。

 

「わたくしはここにいる。ただここで、わたくしを打ち倒す者が現れる最期の瞬間まで、輝き続けます」

 

 彼女のアンサーは最初から決まっている。

 同じ答えを繰り返し続けるだけ。それを受け取る側が、どう受け取るかなのだ。

 

(おれ、は……)

 

 ロイは砕けるほどに奥歯をかみしめた。

 

(おれは、君の隣にたどり着きたいと思っている)

 

 だが、稲妻は宇宙にはたどり着けない。

 大気中で発生する放電現象は、確かに大気が存在する他の惑星──西暦世界でならば木星など──でなら確認されるが、本物の宇宙の中を駆け抜けることはできない。

 

(でも、それは、君が考えている姿とは違う。君に剣を突き立てるためじゃないのに)

 

 抱きしめるためには高度が足りない。

 しかしその手に降って湧いた力は、敵を刺し貫くための権能(ヒカリ)

 

 夕暮れの中で、二人のシルエットが平行に伸びていく。

 交わることなく伸びていく。

 禁呪保有者と七聖使。

 そして婚約者。

 

 

 二人の視線だけがただぶつかっている。

 

 

 きっとそれは、恋と呼ぶには濡れていて、愛と呼ぶには鋭すぎた。

 

 












まあこのあと普通に二人で帰るんですけども(分かれ道でやれ!)

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