TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART8 襲撃-Buster-(後編)

「必殺☆悪役令嬢パンチver内部炸裂版ッッ!!」

「ぐわあああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 アッパーカットをモロに食らって、カートの身体は天高く舞った。

 単純な殴打だけではない。体内に流し込んだ流星が時間を置いて炸裂し、やつの身体を内側からズタズタに引き裂く。

 トム・クルーズと一緒に史上最高のスカイアクションでもやっといてくれ。

 

 

苦行むり 技がグロ過ぎる、悪役令嬢じゃなくて悪役の技なんよ

宇宙の起源 こうして無辜の市民がまた犠牲になるのであった

みろっく 無辜の市民ではないだろ、多分

無敵 だいぶん前にも見たなこんなん……

 

 

 上空で黒ごまみたいになってるカートを見上げながら、ロブジョンさんは頬を引きつらせていた。

 

「い、いやはや……想像してたよりずっと優秀なんだな君……」

「当たり前ですわ! わたくし以外はザコ! わたくしだけが、わたくしの前に伸びる栄光のロードを疾走することを許されているのです!」

「嘘だろ? 実力に対して倫理観が貧弱過ぎるでしょ……」

 

 至極明瞭な宇宙の真理だろうが。

 そうこうしているうちに、カートの身体が落下してきて、地面に激突した。

 

「ぐばぁっ!」

 

 ちらっと見えたが、上空にいる間に内側から流星に引き裂かれたはずの人体は、完全に修復されていた。

 落下によるダメージも、これでは回復されてしまっているのだろう。

 

「方針を変えますか……」

「え?」

 

 困惑するロブジョンさんを置いて砂煙の中に踏み込み、膝をついているカートのシルエットに近づいていく。

 

「オラッ」

「ぐえっ」

 

 蹲るカートの腹部に、思い切り爪先を叩き込んだ。

 もんどり打ってひっくり返ったところで馬乗りになり、顔面を殴打する。

 

「馬鹿が! とっとと死になさい! いえ本当に死なれても困りますが……オラッ! オラッ! 法律が許すならアナタの命なんてどーでもいいんですがねェッ!」

 

 ぶん殴るたびにカートの身体が地面へとめり込んでいく。

 不死身になっているだけではなく、単純に耐久力も向上しているようだ。普通の人間なら今頃、赤いシミになっている。

 

「やりたい放題しやがってよぉ……!」

 

 ──不意に伸びてきたカートの腕が、わたくしの喉を乱暴につかんだ。

 そのまま握り潰さんと力が込められるが、ツッパリフォームの出力を引き上げて耐える。

 

「誰の許可を得てわたくしに触っているのですか!」

「ぐうう……っ!?」

 

 伸びてきた腕を掴み、逆に握力で腕を握りつぶし、骨を折る。

 だが、へし折れた腕がわたくしの拳の中で、うじゅるうじゅると音を立てて再生していく。

 

「うわ気持ち悪っ」

 

 思わず手を放してしまった。

 その瞬間にカートは全身のバネを使い、わたくしを弾き飛ばして立ち上がる。

 

「あークッソ痛ぇ! 何者だよお前!」

「…………」

 

 やつの身体で起きている再生現象をじっと見つめる。

 服に覆われていて直接視認こそできていないが、どうやら単純な再生速度の加速だけではないようだ。恐ろしいことに、どう考えても、再生ではなく()()()()が行われている。

 まさかあの魔法、因果律に干渉しているとか言わないよな?

 

焔矢(blaze)

 

 考えを巡らせているうちに、カートが単節詠唱を完了する。

 いたって普通の火属性魔法だ。わたくしは飛来してきた炎の矢を適当に払いのけようとした。

 

()()()()!」

「……ッ!」

 

 だが後ろから聞こえたロブジョンさんの声を聞いて、とっさにのけぞる。

 回避した炎の矢は背後の地面へと突き刺さった後、鏃がドリルのように回転して道路を掘削し、食い込んだ後に炸裂した。

 単節詠唱でやれることじゃないだろうが!

 

「な……他の魔法を変質させる効果があるのですか!?」

「そういう魔法なんだよ、アレは! いったん逃げるぞ!」

 

 こっちだ! と叫んだロブジョンさんの後を追い、ストリートに面したドリンクスタンドの店内に駆け込み、そのままレジカウンターを飛び越えて内側に入る。

 身体を隠すと同時、カートが魔法を連射し始め、身を隠したカウンターに次々に魔法が突き刺さった。

 

「恐ろしい魔法ですわね。再生能力はもちろんですが、他の魔法を変質させるとは……」

 

 パッと見た感じだが、さっきカートが放った魔法は威力や形質を踏まえて計算すると、七節分相当に値する。

 並列させられる魔法の合計数としては、はっきり言って破格だ。

 

「弱点とかないんですの? 例えば、痛みなく一瞬で気絶させるとか」

「本人の意識と魔法の効果は別の領域で成立している。失神したり、あるいは絶命した後でも、ダメージを受けたのだという認識を魔法側がすれば、そこで回復する。木っ端みじんになってもだ」

「とんでもない魔法ですわね……では魔力切れを……」

「……あの魔法の回復対象には、魔力も含まれているんだ」

 

 は??

 

「ちょっ……い、いやそれは! 現代魔法が根幹から揺らぎますわよ!?」

「そんなことを僕に言われても困る! 実際問題そうなっているんだ! 因果律を操作して、損傷・損耗したものが元の状態に戻るよう、()()()()()()()()()らしい!」

「──ッ!!」

 

 その言葉は致命的(クリティカル)だった。

 明らかに開発者は上位存在のルールを理解し、それを魔法という人類が扱うテクノロジーの領域に落とし込んでいる。

 開発者、天才なんて言葉じゃ足りねーだろ!

 そりゃ研究ですら禁止されるわけだ、こんなもんが広まったら世界は終わりだ!

 

「あんだけ粋がってたくせに、途端に逃げることしかしなくなっちまってどうしたんだァ!? ええ!?」

 

 わたくしとロブジョンさんが怒鳴り合っている間にも、カートは着実に近づいてきていた。

 びゅんびゅん飛んでくる攻撃魔法が、わたくしたちが隠れているカウンターに着弾、炸裂していく。

 

「とにかく、あの魔法は世紀の天才が構築しただけあって、完璧だ。傷口に異物が付着したとしても、それを自動で除去する能力まで組み込まれている」

「キッツイですわね……」

 

 

みろっく こんな超便利な魔法あるんだ、普通に取得しておくのは必須っぽい気がするけど

火星 知らん知らん知らん! なんだこのクソ技!?

第三の性別 こんな魔法が原作の段階であったらクリア死ぬほど楽になってんだわ! どこから生えてきたんだよこれ!?

 

 

 どうやら神様連中も知らない魔法のようだ。

 ってことは、レギュレーションが変更された影響で生えてきた魔法ってことになるな……

 

「強いて言えば弱点は、適合者が余りに少ないことかな。雷撃魔法よりも一千倍は希少だろうと言われていたよ」

「そんな貴重な人材をせこせこと集めていたわけですか、ご苦労なことです」

「……いや、集めきれていたわけじゃない。僕が知るピースキーパー部隊は、不死身の兵士という触れ込みにもかかわらず、使い捨ての斥候に近い扱いだった」

「え? 何故ですか?」

 

 さすがに面食らって、ロブジョンさんに顔を向けた。

 魔法を連発しながらカートが近づいてくる中、彼は苦い表情を浮かべる。

 

「あの魔法は完璧だ……しかし、扱う人間がそうとは限らない。適性がないやつの場合は、再生がうまく働かなくなることがある」

「アナタが見た限りで、あのカートという男の適性はいかほどです?」

「僕がいたころの平均値よりはずっと高い適性だと思うよ。でも完璧じゃない」

 

 …………なるほどな。ひとまず、考えていく上での材料は揃ったと言っていいだろう。

 放置して逃げるわけにはいかない。ナメられっぱなしで尻尾巻いて帰れるかよ。

 騎士の到着を待ってもいいが、対応できるのか? 混乱が広まる前にここで潰しておくのがベストなのに疑いはない。

 臨海学校でリンディたちがやったやり方は、確かユートが発生させたマグマに叩き込み、再生が始まる前に回復魔法をかけることで、再生しきれず融解し続ける状態を作っていたそうだが……無理だ、そんな大規模魔法では市民を巻き込んでしまう。

 負け筋は元々ない。正面衝突したところで向こうがわたくしに勝てる要因は何一つとしてないのだ。だがその不死身を滅するために必要なパーツが、今のわたくしにはないわけで──

 

「この魔法の主目的はなァ、自分にかけて不死身の兵士になることさ」

 

 攻撃はやんでいた。

 こちらに打つ手がなくなったと思ったのか、カートは市民たちが逃げ出した後の、いやに静かな市街地で誇らしげに宣言する。

 

「お前らに打つ手なんかない。オールドタイプをひねりつぶせば、部隊内での俺の立場も少しは上がるだろ」

「…………」

「ああ、流石に俺も、これが俺の強さだとは思っちゃいねえよ。この魔法を組んだ人が凄すぎるってわけだ。つまりお前らは俺じゃなくて、その開発者に負ける。むしろ誇りに思えよ──」

 

 そこで言葉を切った後。

 カートは意気揚々と、叫んだ。

 

 

 

「世紀の天才、マクラーレン・ピースラウンドに負けるんだからな……!」

 

 

 

 ────は?

 

 

 

宇宙の起源 あっ

無敵 あっ

日本代表 あっ

 

 

 

 思考回路にあった、必要なパーツとか、相手の分析とか、全部飛んだ。

 真っ白になった。でもそれは単純に混乱したとか絶望したとかじゃなくて。

 

「……っ!? お、おい!」

 

 ロブジョンさんが、わたくしの腕を掴んで止めようとする。

 そうされて、初めて、やっと、自分がカウンターの裏側から立ち上がり、真正面からカートに歩いていたのだと気づいた。

 

 

木の根 落ち着け落ち着け! 落ち着け! これ何言っても無駄かなあ!

外から来ました これは……駄目みたいですね

お祭り男 アカンアカンアカーン!

 

 

 策はあるのかと視線で問うてくるロブジョンさんの手を振り払い、わたくしはカートの前に佇む。

 

「その魔法」

「あん?」

「その魔法を使って、アナタは、何をしているんですか?」

「……思想の話?」

 

 訝し気に眉根を寄せた後、カートは口を開く。

 

「まあ、新生ピースキーパー部隊の目的なら、そのうち分かるだろうから今言っていいぜ」

「…………」

「この世界が、死と悲鳴で満たされればいい」

「は?」

「俺も、俺の同志たちも……そして隊長もそれを望んでいる」

 

 わたくしの隣にやって来たロブジョンさんが、顔を青くして震えていた。

 狂っている。そう言うほかない。カルト教団と何一つ変わらない。

 違うのは彼らが、一兵卒に至るまで不死身の魔法を習得し、有用な兵士として訓練を積んでいること。

 

「そう、ですか」

「ただの学生に聞かせるには、ちっとばっかし重かったかもな?」

 

 嗚呼。

 何一つ分かっていない。

 何一つ、分かろうという努力すらしていないのか。

 

「この世界は、確かにいつか滅ぶのかもしれません。でも、滅ぼすのはアナタたちじゃない」

「ああん? 何を言って──」

 

 腕を振るった。

 発露した流星の弾丸がカートの両足を砕き、地面に跪かせる。

 

「言葉を発する許可を出した覚えはありません。アナタは黙って、今ここでわたくしに裁かれなさい。()()()()()()()

「何、を……!?」

 

 ふざけるな。

 大戦時に組まれた、世紀の天才による魔法。

 言葉だけなら奇跡の結晶なのに、事実としては不死の兵士を生み出して戦いを有利に進める道具だった。

 そこまではいい。道理は通っている。

 だがそれを今、何に使っている?

 あの人が何のためにその魔法を組んだのか。

 あの人が戦いの中でずっと願っていたものは何なのか。

 知らないことは罪だ。知ろうとしないことも罪だ。ふざけるな。その使い方は、それは、それだけはやっちゃいけないことだろうが。

 

「裁きは決まっています。ここでアナタは、死になさい」

 

 直後。

 顕現。

 

 

 ────天吼装甲(レオアーマー)

 

 

 わたくしの左腕を増設武装ユニットが覆った。

 そこから突き出た(パイル)の切っ先を、カートの眉間に当てる。

 

「ひっ……!?」

 

 太陽を背に立つわたくしは、突然怯え始めたカートを見て首をかしげた。

 

「何に怯えているのですか。アナタは不死身なのでしょう?」

「そ、れ、は……っ! その武器は、何かが違うだろう……!? ま、待て、待ってくれ! やめてくれ、それを打たないでくれ……!」

「死ぬのが怖いのですか? 不死身の兵士なのに? 死なないのでしょう? 天才が組んだ魔法のおかげで死なずに済むのでしょう? なら受け入れなさい。ほら。受け入れなさい。さっきみたいに。笑って。余裕の笑いを浮かべてください。ねえ」

 

 トリガーに指をかけた。

 直後だった。

 

 

「──それはダメだ!!」

 

 

 パイルバンカーが、カートから引きはがされた。

 駆け寄ってきたロブジョンさんがわたくしを羽交い絞めにしているのだ。

 

「く、くそぉっ……!」

 

 カートは自分の太ももを数度叩いた後、足をもつれさせながらも立ち上がり、全速力で逃げていく。

 

「……どういうつもりですか」

()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 耳元で叫ばれた。

 ガツンと脳が揺れた。ハッと視界がクリアになる。今までも見えていたはずなのに、視界に入っているものが全部、初めて見えたような心地だった。

 彼の言葉を聞いて、ふと、そこで、自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を思い出した。

 

「…………」

 

 呆然とパイルバンカーを見つめていると、だんだんとユニットが光の粒子に還元され、最初から何もなかったかのように消えていった。

 カートはもう、背中も見えない。

 追撃するべきかどうか悩んで──わたくしを必死に止めているロブジョンさんの言葉を思い返して、わたくしは大人しく両手を挙げた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ドアを開けて、『喫茶 ラストリゾート』の店内に入る。

 騎士たちがやってくる前に、現場を後にした。今は取り調べに付き合う気分じゃなかった。騎士団が知ったところで何も変わらない。

 お父様が作った魔法によって、テロ組織がイキっているのなら──潰すべきはわたくしだ。他の奴じゃない。

 買い込んだ食器をカウンターに並べているロブジョンさんを見つめながら、わたくしは深く息を吐く。

 

「しょーもない魔法でしたわね」

「え?」

「しょうもない、カスみたいな魔法だと言っているんです。あの、『禍害絶命(かがいぜつめい)』でしたっけ」

 

 気を遣ってロブジョンさんが出してくれたコーヒーの水面を見つめながら、緩慢に呟く。

 

「魔力循環の組み方には精査された痕跡を感じますが、全体的に急造感が拭えません」

「…………」

「何でも今風にすればいいというものではありませんが……戦後に構築された魔法と比べて、十節という長さの割には内容が伴っていない印象を受けます。システマティックではないというか、納期にせかされてとりあえず要求スペックは満たしただけというか。とにかく、あれをマクラーレン・ピースラウンドが組んだ魔法と認めるにはかなりの抵抗があります」

 

 偽りのない本心だった。

 あれがお父様の組んだ魔法だというのなら、現代で使用するにあたってアップデートは必須だ。それだけの余白は残っているだろう。

 それすらなしに錦の旗だけを掲げようとするのなら、足をすくわれたって文句は言えない。

 無言で不機嫌さをアピールしていると、やれやれとロブジョンさんは肩をすくめた。

 

「言葉は正確に使うべきだ……確かに急造の詠唱だったのは事実だ。でもその誹りを受けるべきなのは魔法を組んだ人じゃない、未だにそれをアップデートもせずに使い続けている側だ」

「それは、そうですね」

 

 彼の言葉は冷静だった。

 おかげでかなり、一瞬で冷静になれた。

 

「随分と感情的になっていたが、あれはよろしくないな。魔法使いなら、精神状況に魔法が引きずられてしまう。怒りのままに魔法を使うのは推奨できない」

「……分かっています」

「いいや、君は分かっていない。本質的なところをまだ、分かってはいないよ。これから先、分かっていくべきなんだ」

 

 ああ、本当に先輩だな。

 わたくしよりもずっと、魔法をどう使うべきなのかを考えている人なんだ。

 

「そう、ですね……」

「ああ」

 

 わたくしはじっと、コーヒーカップに映り込んだ自分の貌を見つめた。

 世紀の天才、マクラーレン・ピースラウンドが構築した魔法を元に、世界を混乱に陥れようとする勢力。

 負ける気はしない。負けてたまるものか。

 

「分かっています……」

「うん?」

「新生ピースキーパー部隊。わたくしが滅ぼします」

「…………それは、どういう意味だ。君は正義の味方なのか?」

 

 訝し気な表情を浮かべるロブジョンさんの言葉に、わたくしはふっと頬を緩めた。

 

「まさか。全然違いますわ」

「ならば何故だ。君は世界を守ろうとしているんだろう。君は、何なんだ?」

「──悪役令嬢ですわ」

 

 ロブジョンさんは口を開いたままでぽかんとしていた。

 それがおかしくて、わたくしは少しだけ、視線を下げるのだった。


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