TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART11 空戦-In the Sky-(前編)

 対抗運動会初日──昼食休憩を挟んで開始された、『ヴァーサス』の後半戦。

 ステージ上には、今回の運動会で最も注目を集める生徒が立っていた。

 

『さあ午後の部最初のプログラムは、ヴァーサスの三回戦です! ここからは一回戦と二回戦を免除されたシード権を持つ選手たちが参戦するので注目ですよ!!』

 

 各校の放送部の生徒が持ち回りでアナウンスを響かせる中。

 観客の視線が、スタジアムの中央へと注がれる。

 

『それでは早速参りましょう! ヴァーサスAブロック三回戦、選手紹介です! 中央校代表、御前試合二百戦無敗の生ける伝説! 『流星零剰(メテオ・ゼロライト)』──マリアンヌ・ピースラウンド!!』

 

 優美な黒髪をたなびかせて、少女は舞台上で不敵な笑みを浮かべる。

 経歴、家名、実績、全てが国内一級品。

 同じ世代であることは幸運にして絶望。

 極光の輝きを背負った彼女の前に立ち塞がること、それ自体が不敬であることなど誰もが分かっている。

 

『ノース校からの刺客! ロイ・ミリオンアークに敗れた仲間の仇を討てるか!? トルー・フェイミマン!!』

 

 同じ舞台に上がった後、対戦相手であるノース校の男子生徒トルーは、深く息を吐いて身体の震えを鎮めた。

 

(……三回戦ってのは不運かもしれないが。しかし、間違いなく同世代最強の魔法使いとやり合えるってのはこれ以上ない幸運だ)

 

 自前の魔導器(アーティファクト)であるタクティカルブーツのつま先で地面を叩く。

 既に魔力は充填されている。あとは撃発の時を待つだけだ。

 

『奇しくも歴史ある対抗運動会の中、中央校の生徒が『ヴァーサス』で最後に優勝したのは、他でもないあのマクラーレン・ピースラウンドが最後です! 果たして父親の背中に追いつけるか!?』

「……これ以上なくやる気にさせてくれるアナウンスですわね」

 

 あんまりやる気にならないでくれ、とトルーは冷や汗を垂らした。

 彼の願望を置き去りにして、試合開始を告げる3つのランプが順に点灯する。

 観客が固唾をのんで見守る中、向き合った両選手は、実に滑らかに戦闘態勢へと移行した。

 

 

戦術魔法行使を許可します(E N G A G E F R E E)

 

 

 開始のアナウンスが響くと同時だった。

 トルーは事前に装填していた三節分の砲撃魔法を弾幕としてばら撒きながら、後退した。

 

「随分と慎重ですわね」
 
立ち塞がる懸崖(guard decuple)
                     

 

 弾幕をひょいひょいと避けながら、マリアンヌはゆっくりと迫る。

 

「格上相手に油断なんかできるかよ……! だがそれでも俺が勝つ!」

 

 彼の魔導器が唸りを上げた。発動の兆候に、マリアンヌの目がスッと細くなる。

 本当は弾幕に対して防御魔法を使ってほしかったのだが、それはかなわなかった。というか魔法に対して詠唱をしないまま回避機動を取る時点で常軌を逸しているのだが、彼女の戦闘スタイルからすれば予想の範疇。

 

「噛み食らえ、『グランバルド』──!」

 

 タクティカルブーツのかかと部分に魔力が結集、巨大な光輪となって実体化する。

 鋭くとがった車輪がステージを噛みとめ、爆発的に身体を加速させた。

 真正面から飛び込んだトルーが、勢いのままに蹴りを叩き込む。

 同時にマリアンヌが展開した防御魔法と衝突、激しいスパークを起こす。

 

「加速装置ですか──いい速度です」

 

 火花を散らす至近距離で、マリアンヌが唇をつり上げるのが見えた。

 彼女の防御魔法にはヒビ一つない。詠唱していなかったということは、恐らく事前に装填していたのはこの防御魔法なのだが。

 

(これで三節!? ウソついて七節ぐらい装填したりしてねえよな!?)

 

 無論、そんなことをしているはずはないだろうとは分かっている。

 相手は王国最強と名高いピースラウンド家の一人娘なのだ、これほど出力の差があっても不思議じゃないし、常に正面から相手を打倒するファイトスタイルからして、グレーゾーンを狙うことを嫌う程度には高いプライドを持っているだろうとデータ班が解析している。

 

「いい魔導器ですわね。でもそれだけじゃない、アナタはそれをよく使いこなせています」

 

 受け止められた姿勢から、加速装置を撃発させてトルーが次々に足技を繰り出す。

 トルーの魔導器は詠唱をあらかじめ付与しており、一試合において魔力を流すだけで都合三十回までの加速と攻撃を可能としている破格の代物だ。

 並大抵の相手なら初撃の速度についてこれないが、そんな甘い相手ではないのは当然。それでもトルーはこの試合に勝つための材料とは、自分が本領を発揮することが大前提だと見抜いていた。

 

「さて……わたくしもそろそろ始めますか」

「!?」

 

 トルーの身体を腕の一振りで吹き飛ばした後、マリアンヌは指を鳴らす。

 その瞬間、決闘場に無数の光の線が走った。

 

「な……!? いつの間に詠唱を……!」

「ルールはちゃんと守っていますわよ」

 

 自分たちを取り囲むようにしてフィールド上に張り巡らされた光のワイヤー。

 一切の予兆なく顕現したそれに、流石のトルーも目を剥いた。

 

(いや、単にワイヤーで陣を組んだだけじゃない!? いくつかは触れただけで爆発するよう構築されているのか!? こ、こんな小技まで使えるのかよ……!)

 

 マリアンヌが単なる殴り合いではなく、こうした工夫で観客の度肝を抜いているのには理由がある。

 彼女が調べた過去の記録、その中でもヴァーサスの歴代結果には興味深い記事があった。

 

 世紀の天才、マクラーレン・ピースラウンドが学生時代に数多残した伝説のうち一つ。

 対抗運動会であらゆる競技の優勝を中央校が勝ち取った、歴史上類を見ない結果の中。

 ヴァーサス決勝にて、彼は同じく中央校からエントリーした親友と激突した。

 その際に、マクラーレンはフィールド上に爆破可能な剣群を展開し、相手にとっての地雷原、自分にとっての武器庫に塗り替えて勝利をもぎ取ったとされている。

 間違いなく、彼が多用していた魔力剣を顕現させる魔法の雛形だろう。

 

 ただしマリアンヌが閲覧したその記録は完全なものではなかった──相手の名前が検閲されていたのだ。

 対戦相手の名前は『■■■(後に■■■■■■・■■と呼ばれることになる男)』と表記されていた。

 ロイの父親や自分の母、あるいはアーサーですらない男がマクラーレンと決勝で激突していたという事実は、マリアンヌにとって少なからずの衝撃だった。

 

 一応、トラヴィス・グルスタルクなる男がテロをもくろんでいることと共に、その記事の写しを添付した手紙を父の書斎に置いてはいたが、本番当日を迎えても手紙は書斎に置かれたままだった。手が離せない時期と被ってしまっているのだろう。

 

「伝説を塗り替えるのは、新たなる伝説だけですわ。さあ、その犠牲となることを光栄に思いなさい」

「負けたら考えとくよ……!」

 

 虚勢を口にしながらも、トルーの目はマリアンヌを注視しつつワイヤー陣形の間隙を探っている。

 その様子に満足げに頷いた後、少女は軽く地面を蹴った。

 

「……ッ!!」

 

 直後、トルーは加速を諦めて防御に徹さざるを得なくなった。

 マリアンヌの身体が残像だけを残して駆けまわり、四方八方から攻撃を加えてくる。

 相手に対しては行動を阻害するワイヤーが、マリアンヌに接触した際だけは弾性を持ち、まさしく加速装置の働きをこなしているのだ。

 

(身体強化魔法も付与していたのか! し、しかしこんな出力を、気取られないレベルの短い詠唱で出せるのかよ!)

 

 降り注ぐ拳と蹴り。防御の上からも衝撃が臓腑を叩き、骨が軋みを上げる。

 身体を目で追うことすら許されない。速度勝負こそが自分の本領だと思っていたのに、自信が根底から砕かれていく。

 

(こ、根本的なスピード感が違う……!)

 

 生きている速度、と言い換えてもいい。

 戦闘中に限った話だが、並の魔法使いとマリアンヌとでは、同じ一秒間の認識にすら大きな差がある。一秒間でやれることの幅、一秒間の中で取れる選択肢の数が、実戦を経て増え続けているのだ。

 

(ひとまず逃げ場を作らねえと……!?)

「逃げ場を作る、なんて現実逃避はやめなさいな」

 

 ピタリと攻撃が止んだ。

 張り巡らせたワイヤーの上に佇み、太陽を背負ったマリアンヌの瞳が、逆光の中で冷たくこちらを見下ろしていた。

 そこで気づく。殴られ蹴られ、耐えていると思っていた自分の身体は、無意識のうちに動かされていた。左右背後をワイヤーで塞がれた、絶体絶命の袋小路に。

 

(し、しまった……!)

「ここはわたくしが支配する領域。わたくしの宇宙。わたくしとの格の違いに絶望して死になさい」

 

 マリアンヌはぐっと右の拳を握ると、胸の前に掲げる。

 

星を纏い(rain fall)天を焦がし(sky burn)地に満ちよ(glory glow)

 

 逃げ場はない。ならば正面から衝突するしかない。

 そう確信したトルーは動き出そうとして、失敗した。

 ワイヤーはただ展開されていただけではない。マリアンヌの指示に従い、既にトルーの命綱である両足を絡め取り、数秒間拘束していたのだ。

 

悪行を暴く光が響き(sin break down)秩序の刃が空を割る(judgement goes down)

 

 ワイヤーを引き千切ったころにはもう遅い。

 小さな拳だが、圧縮された魔力を流し込まれたそれは、まばゆい宇宙の輝きを巻き付けるように纏っていた。

 

 

「必殺・悪役令嬢パンチ──ver空間伝播版! スピード自慢なら避けてみせなさいッ!」

 

 

 ワイヤーを蹴って跳び上がったマリアンヌが、()()()()()()()()()()

 直接殴ってこなかったことに安堵している暇はなかった。

 

「う……!?」

 

 可視化された魔力の光がトルーの目を焼いた。

 波濤に転換された魔力が、逃げ場なく広範囲に、超高速でばら撒かれている!

 これは学園祭でアルトリウスから直撃を受けて屈辱のダウンに追い込まれた、濁濤装填(サード・トリガー)のパク──インスパイア技!

 

「避けてみろって、これ、逃げ場ないじゃんか──!?」

「え、逃げ場ないって言ったじゃないですか」

 

 直後、直撃。

 試合用に調整されていたためか、ちゅどーんと間抜けな爆発音が響いてトルーの身体は天高く打ち上げられると、そのままステージ外にべしゃりと落ちた。

 

「わたくしの勝ちですわ! 最低でも稲妻の速度はないと、わたくし相手にスピード勝負なんて無謀でしてよ!」

 

 天を指さして、無傷のままマリアンヌが勝鬨を上げる。

 同時、割れるような歓声がスタジアムに轟いた。

 

『決ッッ着!! 優勝候補の評判に偽り一切ナシッッ!! 最早これすら血筋なのか!? ピースラウンドの名を持つ者が再びステージをめちゃくちゃにして勝利だ──!!』

 

 アナウンスも声高に彼女の勝利を謳う中。

 右手を静かに下ろした後、マリアンヌは腕を組み、先ほどの戦闘を反芻する。

 

 

(……う~~~~ん。なんだかコンセプトの割にはいまいちぱっとしませんわねこれ。仮想敵はナイトエデンなのですが、やはり普通に避けられますわよねこれ。結局のところ、根本的なスピード感が違うというか。光の速度で移動する相手と戦うのなら……う~む。まあとにかく、これはボツですわね)

 

 

 マリアンヌはヴァーサスを新技の試し打ち会場だと勘違いしていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

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上位チャット▼


苦行むり おかしいな……一周目でヴァーサス優勝候補に入るのすら本当は超絶プレーのはずなのに、当然のことのように受け止めてしまう……

みろっく このタイトルは詳しくない、対抗運動会ってどれくらいの難易度なの?

第三の性別 周回してアホみたいなステ組んでいけば総合優勝を運ゲーで勝ち取れる

太郎 全種目制覇は絶対に無理だな、スカイマギカとかいうクソゲーがあるから

みろっく というと?

適切な蟻地獄 操作性がカスな上にスカイマギカ専用敵キャラのロビンがTASしてくる

つっきー 有志が作った再現性ないチート満載TASをロビンにぶつけたらロビンが普通に勝ったの何回見ても意味分かんなくて好き

みろっく えぇ……?

宇宙の起源 慣性シカトした超高速シュート決めたら次からシュートモーション妨害してきてチートが不発に終わるのマジで頭おかしいよ

火星 ロビンに勝つ方法自体は確立されてるんだけどな

みろっく そうなの?

日本代表 試合前にロビンを殺しておく

みろっく スポーツの話なんだよね?

無敵 倫理はどうなってんだ倫理は

【運動会は】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER5【暴力会場ではない】

2,368,149 柱が待機中

 

 

 

 ◇

 

 

 

 というわけで初日のヴァーサスは勝った。ぶい!

 あとは明日の四回戦を勝てば、準決勝と決勝に勝ってわたくしの優勝である。

 

「よう、お疲れさん」

「どーも」

 

 テントに戻ると、観戦していたユートが拳を突き出してくる。

 

「令嬢なのでそういうことはしません」

「あれま、フラれちまった」

「そういう言動してると本当にフラれた時に、誰もいないところで一人で泣く男になりますわよ」

「…………」

 

 揶揄いの言葉を返すと、ユートは本当に傷ついた顔をしていた。

 さすがに言い過ぎた。わたくしは拳を握って、突き出されたままだった彼の手にちょこんと当てる。

 

「冗談です、冗談」

「お前が、それを言うと、シャレにならねんだよ……」

 

 うるせえよ。わたくしじゃなくてユイさんに求婚しろボケ。

 

「ともあれお疲れ様だよマリアンヌ。心配はしていなかったけどね」

 

 その時、冷たいタオルを片手にロイがねぎらいの言葉をかけてくる。

 タオルを受け取って顔を拭くと、彼はなぜか誇らしげな表情を浮かべた。

 

「それにしても……さっきの言葉。稲妻の速度がなければというのは、少なくとも僕は、君の戦う相手として舞台に立つことぐらいはできているのかな」

「は? そんなこと言いましたっけ」

「えっ」

「勝った直後ってハイになってるので、自分でも何言ってるのかよく分からないんですわよね」

 

 正直にそう返すと、ロイは本当に傷ついた顔をしていた。

 マジで二連続で人の地雷を踏むと、流石につらいものがある。つーかウチの男子陣、地雷が多すぎるんだよな。ジークフリートさんを見習ってほしい。

 

「今日のヴァーサスはこれで終わりですよね? 次は『スカイマギカ』ですか」

 

 プログラムを片手に、赤いハチマキを肩に結んだユイさんが傍にやって来た。

 そう、今からは初日の目玉競技であるスカイマギカの時間だ。まあヴァーサスも目玉ではあるんだけど。

 

「流石にスカイマギカは捨てるべき競技ね」

 

 わたくしが何か言う前に、ユイさんの隣にいたリンディがばっさりと切った。

 

「そうですか? どんな競技であれ、やるからには勝利を目指すのが当然だと思うんですけど」

「一般的にはそうね。でも、()()()()()()()()相手にそれは寝言よ」

「寝言って……」

 

 思っていたより強い否定が飛んできて、流石のユイさんも面食らっていた。

 気持ちは分かる。複数の競技がある以上、それに力を入れるのかという話は発生するが、ここまで大前提として無理と語られるケースはそうない。

 

「まあいいじゃねえか、言う分にはよ。大体マリアンヌに比べたら可愛いもんだ、こいつはいつも寝言しか言ってないだろ?」

「ユート、寝言すら言えなくしますわよ」

 

 じろっとにらむと、ユートは肩をすくめた。

 こいつにとっての本番は『レリミッツ』なので、今日は随分と気楽そうだ。ま、リラックスしてるに越したことはないか。

 

 

『それでは初日も大詰め! ただいまより『スカイマギカ』を開始します! 第一試合は優勝候補、絶対的エースであるロビン・スナイダーを有するイースト校! そして今年こそイースト校の連覇を阻むべく練習を重ねてきた、ウエスト校の対戦です!』

 

 

 ぼけっとしているとアナウンスが響き、二校の生徒たちが魔導器に足を乗せて宙へ舞い上がっていった。

 思えば久々に見る光景だ。クラブ辞めてからは、観戦すらしていなかったからな。

 

「そういえばマリアンヌさんは、スカイマギカが好きじゃないんですか? この間、クライスさんが言っていたような……」

 

 タオルを首にかけていると、不意にユイさんが口を開いた。

 その言葉を聞いて、ロイとリンディがびくんと肩を跳ねさせる。

 

「昔やっていた、という話ですわよね。確かにジュニアユースには所属していましたわ」

「じゃあルールとかも詳しいんです?」

「ええ。スカイマギカは他の競技では許されていた魔法による直接攻撃は禁じられています。全員がサーフボード型の魔導器に乗って空を駆け、2つのボールを相手のゴールに叩き込む競技ですわ」

 

 まあ、ほとんどクィディッチだ。

 目の前で繰り広げられている試合も魔法が行きかってこそいるが、決して選手に直撃したりはしない。

 宙に浮かんだゴールリングをボールが通過するたびに得点が、一方的に重ねられていく。

 

「直接攻撃が禁じられているからこそ、魔法を幅広く使える競技でもあります。例えば地形を変えてパスを妨害したりなんかできますわね」

「へえ……!」

 

 瞬間的な判断能力は当然問われる。

 更にスピード・パワー・テクニック、これらすべてが求められるスポーツだ。

 

「凄いですね……! マリアンヌさん、結構強かったんじゃないですか?」

「ええ、まあ。クラブに所属できる程度には」

 

 幼いころ、確かに、『スカイマギカ』に傾倒した時期はあった。

 空を駆けるのは楽しかった。単なる推力を用いたほぼ直線飛行のみだが、それが競技性を高めていて、スポーツとしては本当に面白かった。

 

 わたくしは自他共に認める、ジュニアユースチームが誇る二枚看板の片割れだった。

 だが。

 

「その……どうしてやめちゃったんです?」

 

 聞きにくそうにしながらも、ユイさんははっきりと問いを口にした。

 うん、わたくしは、この子のこういうところが好きなのだ。なんだかんだで最後には自分を譲らないところ。

 

「それは」

「スタンドプレーのし過ぎで、もう一人のエースと接触事故を起こしたんです。それでやめました」

 

 ロイが何か言う前に自分で告げた。

 直後、試合終了のブザーが鳴り響く。

 ちらりとスコアボードを見ると、かわいそうなぐらいの大差がついていた。

 

「……だから言ったでしょ。今年のイースト校に勝つのは無理よ。厳密に言えば、来年と再来年も無理でしょうね」

 

 リンディの言葉は決して無根拠なものではない。

 根拠はある。これ以上なく明瞭にある。

 それはたった一人の男だ。

 

「ロビン・スナイダー。俺たちと同学年ってことは一年生のはずだが、名門イースト校のクラブでエースを張ってるらしい。もう学生であいつに勝てる奴はいない……それどころか、プロの中でもトップ層相手に通用するって評判だぜ」

 

 さすがはユート、事前のリサーチは万全のようだ。

 その張本人。

 会場中の称賛を一身に浴びる、短い緑髪の男。

 ジュニアユース時代から彼は特別だった。それは隣を飛んでいたわたくしがよく分かっている。

 

「……ロビン」

 

 ぼそりとその名を呟いた。

 天高くにいるその男は、聞こえるはずもないのにこちらへと振り向き、じっとわたくしを見つめてくるのだった。

 

 

 

 

 辞めたからって見下ろしてんじゃねーよ! 殺すぞお前!!

 あっお前……「やべ」つってそっぽ向いたな!? おいこっち向け! 殺すぞお前!!

 


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