TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART23 熾戦-Battle Field-(後編)

 決戦場となったステージに、三つの影がある。

 

 剣を構え困惑の表情をあらわにするロイ。

 腕を組んで不敵な笑みを浮かべるマリアンヌ。

 腕を組んで不敵な笑みを浮かべるマリアンヌ。

 

「ふ、増えたのか……!? 分身魔法とかじゃなく、本当に……!?」

 

 確かに──本人たちの名乗りを参照するなら──マリアンヌΩ(オメガ)は、もう片方、つまりマリアンヌα(アルファ)と全く同じ反応を示している。

 

「……え、一応アナタって魔力で構成されていますわよね?」

「ええ、もちろんですわ」

 

 αの問いにΩが胸を張って答える。

 

「ですが、形態変成(フォームシフト)によって生み出されたわたくしはスペシャル中のスペシャル! 魔力ではなく魔素の段階で変質し、タキオン粒子を媒介として完全な肉体の生成に成功したのですわ! まあ状態固定術式にそこまで出力を割いていないので、ダメージを受けた場合は血ではなく魔力が飛び散る感じですが」

「ほーん……」

「聞いておいて興味を失うのやめてもらえます?」

 

 αは全然理解できていなかった。

 今のΩの発言は、西暦世界で言うところの、原子の段階で性質を変貌させているという神域すら超えた領域の話である。

 

(……お、落ち着け。二人いるなら両手にマリアンヌできるなとか、両耳に息を吹きかけてもらえるなとか、そういう考えは一旦やめるんだ)

 

 ロイは全力で煩悩をねじ伏せ、思考を戦闘用のものになんとか引き戻す。

 

「しかし、多数が相手だとしても!」

 

 ロイは『七聖使(ウルスラグナ)』の力を引き出した際に、その使い方もある程度把握している。

 世界のルールそのものへと干渉する強力な裁定権。それは上位存在に見られる自分のルールの押し付けを凌駕する、反則を束にしたような代物だ。

 

()()()ェッ!」

 

 手にした剣をステージに突き立て、ロイが吠える。

 必中効果の付与された雷撃が地面を迸り、腕を組んで佇むマリアンヌたちへ襲い掛かる。

 

「ほっ」

「ていっ」

 

 しかし二人のマリアンヌが軽快なステップを刻み、雷撃の追尾を振り切って回避した。

 

(当たらなかった! 先ほどまでの力は通用しないか……!)

 

 新たに獲得した『世界に対する裁定権』という馬鹿げた力が、自分の身に余るものだということは分かっている。

 それだけ強力な権能であるにもかかわらず、マリアンヌへの干渉が通らない。

 

(彼女に弾かれるのは想定内! 干渉する領域を狭めれば、裁定は覆らない!)

 

 だが、既にロイは濃密な死線を潜り抜けている。

 単なる戦闘の直感を育んできただけでなく、人智を超えた神域の摂理にもルールがあることを理解し、それを活用或いは悪用することの重要性を熟知していた。

 

雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)ッ!」

 

 牽制でマリアンヌを遠ざけつつ、ロイは詠唱をスタートさせる。

 

今こそ撃発の刻(burst times)眩き光が道標を照らし(marital roads)軍神の剣が降り注ぐ(slashed Mars)!」

 

 五節詠唱完了。

 剣に込められた雷撃が出力を増し、収束されていく。

 そして発射の寸前に、ロイが叫ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 彼の叫びに、客席にいる一同がギョッとする。

 先ほどまでの戦闘から察するに、ロイが口にした事象、或いは思考した内容は現実となっていた。

 であるならば、今から放たれる一撃は彼の言葉通りの威力を持つことになる。

 

(これが通るかどうかでまず相手の出力を見極める!)

 

 神の摂理を振るう者の領域に達した両者の激突。

 それは、様子見の牽制さえもが、都市一つぐらいなら容易く蒸発させられる威力を有することを意味していた。

 

「……直に見に来て正解だったわい」

 

 つう、と玉座に座る男が、宙に指を走らせる。

 国王アーサーが行使する禁呪『烈嵐(テンペスト)』、その効力が観客席を防護する魔力シールドに干渉。空間の位相をわずかにズラす形で、内部で起こる破壊を外へ漏らさないよう、疑似的な次元の断層に変貌した。

 

第三剣理(ソードキャロル)展開(セット)──破雷覇断(デストラクション)烈光衝砲(ライトブロー)!」

 

 アーサーならばなんとかしてくれるだろうという考えもあり、遠慮なくロイが剣理を解き放つ。

 迸った雷撃の光が観客席の人々の視界を焼きながらマリアンヌたちへと殺到し。

 

(さあ、これぐらいじゃやはり無理か!? だとしたら次の手は!)

 

 思考を回すロイの眼前で、直撃。

 

 

「「あばばばばばばばばばばば!」」

「効いてる────!?」

 

 

 思いっきり通用していた。

 感電してガイコツになる二人のマリアンヌを見て、ロイは思わず絶叫する。

 

(え……これ、直撃したのなら、普通に決まり手になる気がするんだけど……)

 

 ロイの予想は正しい。

 仮にこれが別のフォームなら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──マリアンヌは既に力尽きていただろう。何せ放たれたのは、本当に世界を焼き尽くしかねない一撃なのだから。

 しかし。

 

「あばばば! ぶ、分身ならダメージ受け取ってくださいますぅ!?」

「無茶言わないでくださいこれホントに無理なやつっ!」

 

 地面に倒れ伏しながらも、二人のマリアンヌから感じる圧力は決して衰えていない。

 ダメージは入った、しかし想定よりも随分と軽い。

 

(普通の状態より遥かに強い、存在の強度が増している……! 相互に共鳴しているのか!?)

 

 ロイにとって最悪のパターンは、二人が互いに干渉して相乗的に出力を上げているというもの。

 だがそういったリンクを感じ取ることはできない。

 

「ぐ、ううううう」

「ふーっ、ふーっ、ふーっ」

 

 まあまあな苦悶の声を上げつつ。

 マリアンヌαとマリアンヌΩは互いをチラチラチラチラチラチラ見ながら、必死の形相で立ち上がる。

 

「ぜ……全ッ然……効いてませんわァ! 立ち上がるのが遅かった片割れは気合が足りていないようですがね!」

「そ、そのとーり……! そしてわたくしの方が早く立ち上がりましたわ!」

 

 なんというか。

 ロイの目から見ても明らかに、二人になったことで、権能といったシステム面での恩恵を受けているわけではなく。

 

 

「自分相手に意地張ってるだけだコレ──!?」

 

 

 1vs2のはずだったのに、急に大乱闘になってロイは絶叫した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 なんか分身したのに範囲攻撃で薙ぎ払われそうになり、わたくしはあったまっていた。

 

「Ω! 左右から挟撃しますわよ!」

 

 ジェミニフォームは単なる分身ではなく、完全に独立したもう一人のわたくしを生み出す魔法。

 同じ思考を持つのなら、アバウトな指示でも十分伝わるはず。

 

「え、なんでアナタに指示されなきゃいけないんですか」

 

 鼻白んだ様子でわたくしΩが首を横に振る。

 殺すぞお前。

 

 

つっきー 全然言うこと聞いてくれなくて草

無敵 バッジ足りてないってさ

 

 

「じゃあアナタも勝手に動いてください!」

 

 適当にΩを放置して、ロイとの間合いを詰める。

 ツッパリフォームを上回る出力は出ている、本命は格闘戦だ!

 

「忘れたのか!? 僕の方が速い!」

 

 ロイの剣が全然見えねえ。こっちの攻撃が放たれるより先に向こうが先手を取り続けて、攻撃の起こりを潰される。

 だがわたくしは二人いる!

 

「そこォッ!」

 

 背後から魔力砲撃が飛んできて、わたくしαとロイをまとめて吹き飛ばした。

 

「ギャアアアアアアアアアッ!?」

「チッ……! 権能を弾ける存在が二人だと、速度的な優位性がないか……!」

 

 ゴロゴロとステージに転がるわたくしの前で、素早く立ち上がったロイが苦い表情を浮かべる。

 いやそうじゃねえだろ! あいつ本体(わたくし)ごと撃ちやがった!

 

「何するんですか! 同一人物なのだから、こう、華麗なコンビネーションを見せるところでしょう!?」

 

 ガバリと起き上がってロイに注意しながら叫ぶ。

 だがわたくしΩはデカい溜息を吐いた後、肩をすくめた。

 

「退避おっそ……」

 

 ブチンと頭の中で派手な音が響いた。

 

「テッッメェ! 今なんて言いましたか今ァ!」

 

 勢いよく振り向いた途端、展開していた砲撃の一部がわたくしΩめがけてすっ飛んでいった。あっやべ、感情に連動して勝手に攻撃がいっちゃった。

 

「ハァアアアア!? さっきの砲撃はベストタイミングだっただけですがァ!? 今のアナタの攻撃は純粋な仲間割れじゃないですか!」

「ちょっとすっぽぬけただけですわ!」

 

 ブチギレ始めたわたくしΩに対して、こちらも頭にビキバキと血管を浮かべながら怒鳴り返す。

 

『……自我が強すぎるとこうなるのね』

『面白いぐらいにかみ合ってねえな』

 

 客席でリンディとユートが頬を引きつらせているのが見えた。

 ぐうう! 絶対馬鹿にされてる! なんで新フォームお披露目なのにこんな無様を晒してるんだ! 全部Ω(あいつ)が悪い!

 

『……でも、わちゃわちゃしてますけど、ロイ君は決定打を失いましたね』

『ああ、まあそうだな。あいつの権能が通じなくなったのはデカい……だが通常の魔法戦闘になったとも言えるんじゃないか?』

『ここからが本番ってことよね』

『早く終わってくれませんかね? マリアンヌさんの間に挟まりたいんですが』

『お前……何を言ってるんだ……?』

 

 ユイさんたちが真剣な表情で話す中、ロイがじっとわたくしαとわたくしΩを見比べる。

 それから目を細めて、わたくしαに視線を向けてきた。

 

「……速攻で決めるのなら、本体である君を叩くべきなんだろうね」

「あら、こちらが本体だとどうしてわかるのですか?」

 

 正直見分けがつくとは思えない。

 確かにまだ激しい乱戦になっていないから目で追えていたかもしれないが、ここから先は分からんぞ。

 そう思いながらロイに問いかけると、彼はふっと笑みを浮かべ、自らの首元を指さす。

 

「君、ペンダントついてるよ」

 

 わたくしは思わず自分の首元を押さえた。確かにロイからもらったペンダントをかけており、戦闘中にチェーン部分が見えていたようだ。

 慌ててΩに振り向くと、彼女も同様に首元を触り、顔を引きつらせていた。

 

「え!? ありませんか!?」

「ないみたいですわね……」

 

 げええええっ! だめじゃん! 一発で分かるじゃん!

 

 

宇宙の起源 これにはヒソカも失望

火星 服とかはちゃんとコピーできてるっぽいのになんでだ……?

 

 

 本体見破りという分身能力相手に一番燃えるところが完全にスルーされており、わたくしは絶叫しそうになった。

 ていうかなんでコピーできてねえんだよ! 市販品だろうが!

 

「多分こう……魔力で構築されたわたくしの方が素直なんですわよね。余計なものがないというか」

 

 憤るわたくしに対して、わたくしΩが遠慮がちに小声で話しかけてくる。

 

「だからその、アナタでは気づけないというか気づこうとしないんですが、わたくしなら気づけるというか……」

「何ですか? 何が言いたいのです」

「そのペンダント、大事過ぎて複製できなかったんだと思いますわよ」

 

 わたくしαは、わたくしΩから全力で顔を逸らした。

 納得がいったのだが、納得できてしまったという事実が一番受け入れたくなかった。

 めちゃくちゃ恥ずかしい……私情で戦闘に支障をきたしている……

 

「話し合いはそろそろ終わってもらってもいいかな?」

 

 こちらでこそこそ話していたのを作戦会議だと思っていたらしく、ロイが剣の切っ先を地面に向けたまま優しく声をかけてくる。

 先ほどまでとは違い、戦い方が分かって来たからなのか、彼の立ち振る舞いは戦場に似つかわしくないほど洗練されたものになっていた。

 

「……どうします? このままだと厳しいですわよ」

 

 Ωの言葉にキッと睨み返す。

 お前のせいでうまくいってねえんだよダボ!

 

「お前のせいでうまくいってないとか思ってそうですが……」

「事実でしょうッ!?」

「このジェミニフォームを完璧に使うための精神になっていないのです。正直わたくしも全力が出せなくてイライラしてますわ」

 

 ……スッと頭が冷えた。

 わたくしはわたくしΩに向けていた視線を切って、ロイに向き直る。

 

「集中できてない、ってことで合ってます?」

「おおまかには。そして厳密に言うならば、浮足立ち過ぎです」

 

 参ったな。

 その指摘は、思い当たるところが多すぎる。

 

「待ち望んだ対決をわたくしたちの心が阻害してしまっていては、元も子もありませんわ」

「……ええ、そうですわね」

 

 拳をぐっと握った。

 隣でわたくしΩが不敵な表情を浮かべるのが分かった。多分わたくしも同じ表情をしている。

 なぜなら、彼女はわたくしだからだ。

 

「ようやく、やっと、彼と全力で戦える。ならばその喜びは──」

「全部ひっくるめて戦いにぶつける、そうですわねッ!?」

「その通りですわァ!」

 

 並び立つわたくしたちを見て、ロイが表情を変える。

 

「雰囲気が変わった……!?」

 

 彼が剣を指揮棒のように一振りするだけで、視界を埋め尽くすほどの雷撃が生み出された。

 無詠唱で出せる威力じゃない。恐らく言葉を発してはいないが、権能のバフを載せているのだろう。

 単体戦力として、今の彼なら大隊長が相手だろうと勝てちゃうかもな。

 

「「で・す・がッ!」」

 

 わたくしαとわたくしΩが同時に腕を振るった。

 流星ワイヤーを網のように展開して、殺到してくる無数の雷撃を残らず絡めとる。

 その密度は普段の倍だ、適当に無詠唱でブッパしたヌルい攻撃が通ると思うな!

 

「今度はこっちから仕掛けますわよ!」

「勝手に仕切らないで頂けますか! 仕方ありませんが!」

 

 わたくしαとわたくしΩが、ステージを砕いて同時に踏み込む。

 

 

適切な蟻地獄 これは……わちゃわちゃ言い合いながらライバルと共闘するやつ!

red moon 最大のライバルは自分自身って言うしなあ

宇宙の起源 納得

つっきー 納得できるかボケ

 

 

 構えを取るロイの前で、真っすぐ突き進んだわたくしたちが同時にターン、左右からの挟撃を仕掛ける。

 

()()()()()()!」

 

 両サイドからの攻撃を、ロイは同時に叩き落とす。

 αとΩ、対応の優先度がどうこうみたいな話が一切ない。同時に迎撃できると裁定が下ったのだろう。

 それでも二人分を完全に対応はできねえみたいだな!

 

「ぐ……!?」

 

 わたくしαへはカウンターが飛んできた。それを防ぐと同時、わたくしΩの追撃がロイの身体を打ち据える。

 恐らくは『両方のわたくしの攻撃を防ぐ』+『片方のわたくしにカウンターを当てる』までで裁定権がキャパシティに達したのだ。だからΩにカウンターは飛んで行かなかったし、追撃が通った。

 

「ここからは先はッ!」

「わたくしたちのターンですわ!」

 

 要するに二人がかりの波状攻撃なら通し放題だ!

 見せてやるよ、光速の寄せってやつをな!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 マリアンヌαとマリアンヌΩのコンビネーションがロイを追い詰めていく。

 裁定権を発動しての防御が間に合わない。必然、自分の剣の技量が頼りになっていく。

 

(持ちこたえ、られてはいるが……!)

 

 左右上下からマリアンヌたちの攻撃が迫る。

 相手が一人だけならば、裁定権の発動をし続ければ容易く対応できる。だが増えられてはたまらない。

 

(このままだと押し切られて終わる……ッ)

 

 許容できない。

 新たに手に入れた力が何のためにあると思っている。

 それは、笑みすら浮かべて猛攻を仕掛けてくる、この少女を超えるためにこそ。

 

(負けられない。今までの僕とは、おれとは違うって、それを証明するためには……!)

 

 延々と聞いてきた、飽きても嫌になっても聞かされ続けてきた、勝者として読み上げられる彼女の名前。

 ずっと負けない彼女は、ずっと一人で無数の呪いを背負っているようにすら見えた。

 

(──おれは何故、負けられないんだ。何故、彼女を美しいと思った?)

 

 勝利者だからではない。

 彼女がずっと、その手で勝利をつかみ取ろうとしていたからだ。

 

「……ハハッ」

 

 小さな笑いと共に閃く、剣の一振り。

 それがマリアンヌαの拳を弾き、マリアンヌΩの蹴りを逸らす。

 裁定権を発動しない挙動に防がれ、二人のマリアンヌが瞠目する。

 

(そうだ。今彼女は、おれを相手に勝利をつかみ取ろうとしている)

 

 初めての感覚だった。

 自分は今、彼女が乗り越えようとする壁になれている。

 彼女の深紅眼は今、自分だけを映している。

 

(おれは、この刹那のために生きてきた。そう思っていた、だけどッ)

 

 足りない。

 乾きが癒えたと思っていたのに、ロイの心はもっと先をと叫んでいる。

 

(あの瞳におれだけを映し込んでしまいたいと。そして、その時間が永遠に続けばいいと。そう思っていた。でも……それは違うんだ)

 

 極限の集中が時間感覚を遅滞させる。

 裁定権によるバフを自分に載せつつ、マリアンヌたちのコンビネーションを、自らの剣技によって捌く。

 

(おれの夢にはまだ続きがあった。その瞳に映るだけじゃなく……おれは……)

 

 地面を片足で叩き、雷撃を迸らせる。

 とっさの反応で後退した二人のマリアンヌを見つめて、ロイは笑みを浮かべた。

 

 

(おれは、君に勝ちたい……!!)

 

 

 だから、勝負だ。

 

 

雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)

 

 

 静かに詠唱が開始される。

 彼の剣に魔法陣が次々と突き立てられていき、荘厳な輝きを放つ。

 

 

今こそ疾走の刻(rise times)比翼連理を広げて(marital vows)軍神の加護ぞここに在り(ordered Mars)

 

 

 二人のマリアンヌは詠唱を中断させようとして、余剰魔力から転化した雷撃に阻まれる。

 全身から神秘の稲妻を撒き散らしながら、ロイは決戦の一撃を練り上げる。

 

 

至高の神威を身に纏い(put on the Kelaunos)天空に雷鳴を轟かせ(get over the anguish)我はあの流星と並び立とう(live together my meteor)!」

 

 

 自身が最も信頼する剣理。

 そこに裁定権のバフも限界まで載せる。

 碧眼が勝利を求めて、焔を噴き上げた。

 

 

第一剣理(ソードエチュード)神化(セレマ)展開(セット)!」

 

 

 狙う先は決まっている。

 自らが渡したペンダント、それを目印にして。

 ロイ・ミリオンアークは最愛の人へと必殺の一撃を放つ。

 

 

 

「────超雷電導(コズミックライト)/輪絶天光(サンダーボルト)鎖輝斬断(ザンバスター)ッ!!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

 あっこれ食らったら死ぬやつだ。

 絶対死ぬ。普通に死ぬ。

 わたくしの内側でルシファーの存在が急に膨れ上がった、わたくしを護ろうとしているのだ。

 良かったなロイ、お前の剣、地獄を統べる大悪魔が『これはダメだろ!!』って出張って来るレベルだってさ。

 

 

 ────邪魔すんじゃねえ殺すぞ!!

 

 

 顕現しようとしたルシファーを引っ込ませて、わたくしは真正面からロイと対峙する。

 

「させません!」

 

 わたくしΩが横からロイに突っ込む。

 当然だ、わたくしαが死んだらΩだって消滅するのだから。

 

()()()()()()()()()!」

 

 フェイントだ。

 ロイはわたくしαめがけて振りかざしていた剣を即時反転させて、わたくしΩに狙いを定めた。

 理にかなっている。わたくしΩを潰してしまえば、彼の裁定権は十全に発動するようになり、勝敗は決する。

 そして一撃で終わるような攻撃でもない。Ωを切って捨てた後、返す刀でαも沈める算段だろう。

 

 

 お前ならそう考えると思っていたよ。

 

 

「────ッ!?」

 

 ロイの剣をモロに食らったわたくしΩが魔力の光を撒き散らす。

 勝敗は決した。客席の人々が総立ちになる。

 

「……なん、で」

 

 わたくしΩが、ロイの必殺の一撃を受け止めている。

 不意を突いての攻撃なら、直撃して終わっていた。

 でも分かっていた。本当の狙いはわたくしΩだと。

 

「身体が魔力で構成されているのですから、こういう使い方ができますわ」

 

 わたくしΩの身体を切り捨てるはずだったロイの斬撃。

 それは体内に超高密度で圧縮顕現した流星に、絡めとられるようにして静止した。

 いわば、Ωそのものを神秘で構成されたクッションにしたのだ。

 

「放しませんわよ」

 

 慌てて後退しようとするロイの腕を掴み、至近距離でわたくしΩが歯をむき出しに笑う。

 賭けに勝った。これでΩが本当にやられたら詰んでいた。

 

「さあ思いっきりやってしまいなさい、わたくしッ!」

「言われなくともォ!」

 

 既に加速準備は終わっている。右腕を引き絞った体勢のまま、防御も回避もすることなく攻撃を組み上げていたわたくしαが走り出す。

 わたくしΩ、お前の犠牲は無駄にはしない!

 真の本命で、この刹那を撃ち抜く!

 

「だが! この距離なら!」

 

 ロイは引きはがせないわたくしΩを、逆に盾のようにわたくしαに向けた。

 知るか。何ならそいつ同じ顔でウゼーしぶっ殺したいわ。

 

「えっ何で止まんないの」

「はあ!? あ、あの女わたくしごとブチ抜くつもりで──!?」

 

 大正解!

 じゃあ決めようか、この三人の中で最強なのはわたくしだってことをなァ!!

 

 

 

 

 

「必殺・悪役令嬢連弾影分身袋叩きパァァ────────ンチッッ!!」

 

 

 

 

 

 狙い過たず。

 わたくしαの拳が、魔力で構築されたわたくしΩのどてっぱらを貫通。

 そのままロイの身体へと突き刺さった。

 

 

「ぎゃああああああああああああああああっ!?」

「ぐあああああああああああああああああっ!?」

 

 

 派手な破壊音と共にわたくしΩとロイが吹っ飛んでいき、ステージ上に転がる。

 もつれあうようにして二人はステージから落下し、視界から消えていった。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 ぐらりと視界が傾く中で、必死に両足に力を入れて踏ん張る。

 耳鳴りの中で、試合の勝者を告げるアナウンスが響くのが分かった。

 

 倒れ伏す敗者共に鼻を鳴らした後、わたくしは右手で天を指さした。

 

 

 

 

 

「真なる最強とは! 真なる無敵とは! 紛い物の模造品など寄せ付けない存在! この空にまばゆく輝く極光は一つだけ、まさに孤高にして頂点! 唯一無二の証明は完了されました! このわたくし、マリアンヌ・ピースラウンドこそが最も強くて偉くて強いということを胸に刻んで跪きなさい!!」

 

 

 

 

 

『唯一の証明も何もお前が勝手に分身したんだろ』

 

 ユートの言葉は、多分わたくしΩに向けられたものなので無視した。

 

 

 









書籍版発売中です、どうぞよろしくお願いいたします。

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