マリアンヌとナイトエデンが対峙していた、市街地のある建物の屋上。
そこに突如として姿を現した佐藤と名乗る男は、友好的な笑みを浮かべて二人を見つめていた。
「それで、よろしいでしょうか? お二人とも、お話を……」
佐藤が口を開いたその刹那だった。
「「……ッ!?」」
「ほぉ……」
世界が激変した。ナイトエデンと側近が顔色を変え、佐藤が興味深そうに目を細める。
マリアンヌの背後に、空間を無理矢理捩じ切るようにして大悪魔ルシファーが姿を現したのだ。
「へえあっ!? な、何が起きましたの!? 前が見えないし身体も動かない!?」
マリアンヌの眼を手で塞ぎ、身体を漆黒の翼で覆い、大悪魔は金色の双眸で佐藤を睨み付ける。
その視線には、誰が見ても分かるほど明確に殺意が宿っていた。
「ちょっとなんですかこれ……えっ!? この感じ、ルシファー!? ルシファー出てきてませんか!?」
【マリアンヌ、今は静かにしていてくれないか】
「あっこれ結構ガチのやつです? じゃあ黙りますわね……」
聴覚すら遮断されている状態のマリアンヌに対して、ルシファーは直接的なリンクを通して声を伝える。
目も耳もふさいだのは彼女を外界から切り離し、脅威から守るためだ。
「これはこれは」
凍り付くナイトエデンたちの前で、佐藤は苦笑する。
「まさか直接顕現されるとは、驚きですよ。ピースラウンド様をよほど気に入られているのですね……私の記憶にある限りでは、そもそもあなたが特定の存在に入れ込むこと自体が初めてです」
世界を滅ぼす終末装置であるルシファー相手にも、佐藤は怯えや動揺を一切見せない。
そんな彼に対して、黄金の双眸が銃口のように向けられる。
「
「
会話が成立しない。
「何のために現れたんだ?」
「彼女に危害は加えません」
ルシファーの問いかけに佐藤はアンサーを返さない。
大悪魔相手には、軽率な一言が命取りになると分かっているからだ。
「……いいだろう。彼女に危害は加えるな。これは命令だ」
「期間を定めていただいても?」
「……未来永劫だ」
「ふふ」
分かりやすい無理な要求に対して笑みをこぼす佐藤。
彼は緩慢に首を横に振ると、詳細を詰めていく。
「柔軟な対応ができなくなる契約は結べません。この場においては、という文言を盛り込む形でどうでしょうか」
「では貴様が『この場』とやらを定義しろ」
「マリアンヌ・ピースラウンド、ナイトエデン・ウルスラグナ、そして私佐藤の三者が、それぞれ他二者に対する観測可能範囲から離脱するまで。そして私が最初に離脱することもお約束します」
「観測可能範囲だと? 貴様、その気になれば世界の端まで見渡せるだろう。それを理由におれからの干渉を弾く算段なら……」
「おっと、誤解されている様子。残念ながらこの端末は本当に人間としてのスペックしか持ち合わせません。数字が分かりやすいでしょうか、西暦世界における半径2キロメートル圏内を観測可能範囲と定義します」
「……一度離脱した後に戻ってきた場合は因子を打ち込む。いいな?」
佐藤は無言で頷いた。
もしも会話をマリアンヌが聞いていれば驚愕しただろう。
一連の流れ、佐藤は間違いなくルシファーと対等に契約内容を吟味し、自分の不利益を排除し、目的を達成できる条件を守ったうえで成立まで持ち込んでいたのだ。
「では、契約を受諾しました。私に因子を打ち込むことさえしなければ、それで構いませんよ」
「ほお? 貴様という端末から本体へ逆算されることを恐れているのか」
警戒を解かない大悪魔相手に、佐藤は無言で肩をすくめる。
「今の私に戦闘力なんてありません。その気になれば消し飛ばせばいいと、あなただけでなくお二方にも言っていますよ」
「……本気で言っているらしいな。分かった。貴様がマリアンヌに危害を加えない限り、この場で因子を打ち込むことはしない。契約は成立だ」
紙にサインしたわけでもなく、何か魔法の力学的な働きが発生したわけでもない。
それでも、目に見えない契約関係は成立していた。
「では、先ほどの問いについてです。私は『仲介業者』として禁呪保有者と
「…………」
「あ、契約の横紙破りをしようとしたみたいですが、成立してしまったものはアナタでも無理ですよ。今回ばかりは、相性的な優位性が私にありますし」
「チッ」
両者の間で目に見えない刃が飛び交い、それを綺麗に受け止める作業が挟まれた。
笑顔を崩さない佐藤に対して、ルシファーは表情を歪めながらも続きを促す。
「この対立はシステマティックではない。構造的に良くないんですよ。そう思いませんか?」
「同意見だ。だがそれが人間でもある」
「人間でない我々が人間を語るなど、おかしなことですがね……とはいえあなたのスタンスは理解しています。そのうえで、私が直接介入するのではなく、仲介業者にとどまっている分には問題ないでしょう?」
佐藤の言葉にルシファーは苦い息を漏らした。
相手の理論武装はすでに終わっている。自分の言い分を通せると判断したから姿を現したのだろう。
「では、あとはお任せください。あなたがいると、話が円滑に進まない恐れがあります。それに、姿を消したところで、全部聞いているでしょうし……」
「分かっている。契約は果たせよ」
それだけ告げると、大悪魔の姿は空気に溶けるようにして消えていった。
残されたのは目を白黒させ、状況を理解できていないマリアンヌだけ。
「え……結局何が起きてたんですの……?」
「大悪魔ルシファーは、私があなたに害を与えないかを心配して顕現したようです。なので、害を与えることはしないと契約を結んでお帰りいただいた形です」
その言葉を聞いて、マリアンヌはギョッとする。
「あ、アナタ、ルシファー相手に契約を……!?」
「必要な作業でしたので、迅速に済ませておきました」
なんでもないことのようにさらりと告げてから。
佐藤がぱちんと指を鳴らすと、その場に清潔な白のラウンドテーブルと、四脚の椅子が現れた。
「すみません、お待たせしました。それではおかけになってください」
マジシャン顔負けのパフォーマンスに、マリアンヌとナイトエデンは顔を見合わせ、同様に表情を引きつらせるのだった。
◇
佐藤さんと挟む形で、わたくしとナイトエデンは椅子に座った。
別に話を聞く分にはいいんだが、さっきから身体の調子がおかしい。何度か目をぱちぱちしたり耳に手を当てたりしていると、佐藤さんが不思議そうな顔で見てくる。
「どうかされましたか?」
「なんか……微妙に……ものの見え方とか、音の聞こえ方とかが普段と違うような気がして……」
「ああ、なるほど。ルシファーはあなたの目と耳に、契約の押し付けが発生しないように加護を残していったようです。驚くほどに気に入られていますね」
「……守られているというのは若干不服ですが、その通りですわ」
「彼なりの気遣いですよ。私にそのつもりはありませんし、危害を加えないという契約も結びましたが、それでも手を打っておくだけは打っておく。契約を生業とする悪魔であれば当然のことです」
悪魔についても知っている。というかルシファーが一瞬で顕現を選ぶ程度に脅威だと思っている。
正直佐藤さんへの警戒度をどこまで高めればいいのか全然わからん。ていうか誰なんだよ。
おいコメント欄、こういう時ぐらい仕事してくれ。
〇みろっく 何が起きてるの?
〇日本代表 全然わからん! 誰やねんこいつ
ダメ過ぎる。
どう考えても……こう……お前らの対応するべき案件なんだが……
っと、そういえば確認しなきゃいけないことがあったのを忘れてた。
「話の前に一ついいですか」
佐藤さんが頷いたのを確認して、わたくしはナイトエデンに向かって身を乗り出す。
「ナイトエデン、ちょっとさっきもらったものを貸してください」
「えっ何? あ、名刺?」
やつの方に渡された名刺を見せてもらうが、文字はこちらの、つまり魔法の世界の言語だった。
佐藤と漢字で書かれていたのはわたくしが受け取った名刺のみ。
「……それなんて読むんだい? サトウで合ってるんだよね?」
わたくしが手に持っている名刺をチラリと見て、ナイトエデンが眉を顰める。
「この文字をわたくしが読めることは前提として知っているのですね」
「ふふっ」
佐藤さんが笑みを浮かべ、こちらを指さす。
わたくしではなく、顔の横に浮かんでいるコメント欄ウィンドウを指しているのだと、数秒遅れて気づいた。
「読めるんですか?」
「完璧な読解はできません。ですがある程度なら読み書きができるんです。佐藤という名前は、最もあなたが親しみやすいだろうという理由で選びました」
……ナイトエデンサイドが微妙な表情になった。
名づけの段階でわたくしに媚を売っている、と彼は言ったわけだ。肩書には向こうの勢力を使っておきながら、とんでもないコウモリ野郎言動である。
「アナタ……どっちの味方なんですの?」
「どっちもですよ。それをはっきりさせるためにも、本題に入りたいのですが」
佐藤さんは手慣れた手つきで、机の上に置かれたティーポットで紅茶を淹れ始める。
リラックス効果もある豊かな香りに包まれながら、わたくしは少しだけナイトエデンと目くばせをした。
いいよな? と目で聞いてみる。
「これなんて言う飲み物なんだい?」
やつの興味は紅茶に逸れていた。
ざけんな。
「紅茶ですわ紅茶。美味しいと思いますわよ。で! 佐藤さんに話を始めてもらっていいですわよね!」
なんでわたくしが保護者みてーなことしなきゃいけないんだよ。落ち着きのない子供を連れたママさんの気持ちが今ちょっとわかってしまったんだが。
紅茶から視線を切ったナイトエデンが、ネクタイをぎゅっと結びなおして頷く。
「分かってる、大丈夫だよ」
どうやらナイトエデンの側近みたいな人は静観の構えらしい。
「ありがとうございます、では前提を確認しましょう」
当事者である二人の返事を受けて、佐藤さんは一つ咳払いをしてから話し始める。
「まず前提として、禁呪保有者と七聖使の対立構造の根本的な原因は、両者そのものではなく、両者を支配する、或いは力の源泉となっている存在同士の対立にあります」
あ、これ、結構本当に大事な話じゃん!?
その辺マジ誰も説明してくれないから困ってたんだよね。
「禁呪保有者は、地獄を統べる大悪魔ルシファー。七聖使は、人々の願いが集積した聖なる意志。それぞれのバックボーンから力を得た人間が、この現世で争ってきました」
ほーん。
「え!? いやちょっと待ってください」
「はい、なんでしょう」
前提で躓いたわたくしに対して、佐藤さんは笑顔で言葉を促す。
「あの、禁呪保有者がルシファーの勢力にカウントされるのって何でですか? 確かにあいつ、根幹設計に関わっていたらしいですが。でも作ったのは大賢者セーヴァリスでしょう?」
これはマジでずっと疑問だった。
禁呪=ルシファーの力みたいな認識なのもよく分からんし。
「その質問に答えるのは簡単ですよ。あなたたちの禁呪は、通常の魔法が『
ええええええそうだったの!?
驚愕に言葉を失うわたくしに、逆にナイトエデンがカップの紅茶を揺らしてびっくりする。
「え!? 君知らなかったの!?」
「知らなかったです……全然……あ、でも、わたくしの流星はわたくしの力ですし、あんなクソバカに頼ったりしていませんが?」
わたくしの力がルシファー頼りと言われるとかなりの反発心がある。
普通に嫌。あんなオタクから流星の輝きが生み出されているはずがない。
「今代はそこが難しいんです。『
「はあ」
言われても全然ピンと来ねえな。わたくしはわたくしなだけだし。
ただ、歴代の禁呪保有者のスタンスと聞くと……
「例えば先代の、お父様やアーサーに討たれた『
「流石の洞察力ですね」
なるほど、得心がいった。
確かにあの辺の連中と比べると、わたくしやユート、アーサー、今のカサンドラさん、元聖女リイン、そしてエリンは異色だろう。いや要するに生存してるメンツ全員異色じゃねえか。
「そのため、観察していた私としては、今までのような徒に犠牲を出しかねない対立構造のままというのは……」
「──関係がない」
ナイトエデンの口から凄絶な声がこぼれた。
金色の瞳に激情の焔を宿して、彼はカップをソーサーに叩きつける。
「悪徳貴族が気まぐれに街の娘を一人助けたからと言って、その罪は洗い流されない。それと同じだよ、サトウさん。禁呪保有者は存在そのものが罪業であり、世界に対する脅威だ。よって我々が討ち滅ぼす」
ナイトエデンの勇ましい言葉に、側近の人が深く頷いた。
わたくしは紅茶を一口すすった後、大仰に肩をすくめる。
「とか言っていますが。対立関係そのものは佐藤さんも否定してはいませんわよね?」
「その通りです。あなたたちが形成する二つの勢力が争うこと自体は必然でしょう、全ての面で対照的なのですから」
佐藤さんはわたくしを手で指し示した。
「七つの禁呪は大賢者セーヴァリスが、大悪魔ルシファーが持つ権能を力の引き出し先として参照・構築しました。そのため、言ってしまえば構造的な美しさがある。単一のものを七つに分割・配分するという体系化が大前提で成されているのです」
ふうん、ルシファーの力を七つに分割したのが禁呪なのね。
……何かおかしいなそれ。禁呪は確かにどれも強力な殺戮性能を持っているが、その本質が破壊や虐殺にあるとは思えない。
そもそも、ルシファーが世界を滅ぼす終末装置でしかないとするならば、わたくしの『流星』がルシファーの内部にあるっていうことだ。これが何で終末装置に必要なんだ? いや隕石を召喚する砲撃として使うため、と言われたらそこまでなのだが。
「一方の七聖使は非常に発生過程が難しい」
思考に沈んでいる間に、佐藤さんが話を進めようとする。
さっきの違和感はいったん置いておこう。ここは彼の話についていかなくてはならない。
「ルシファーへのカウンターとして生まれた聖なる意志が、禁呪へのカウンターとして生み出したのが七聖使……という認識で合っていますわよね?」
「大正解だよ」
今まで見聞きした情報から推測できる結論を告げると、他でもないナイトエデンが肯定した。
「対応関係にあるのは大枠だけ。聖なる意志は世界に遍く存在する概念、それを司る権能の中でも、敵対者を滅ぼすために有用なものを七つ選び、人間が扱う権能として再構築した。それが私たちだ」
「なんかズルいですわね、こっちは知らないところで勝手に決まったのに、そっちはちゃんと意図的に戦闘向きのものを選んだなんて」
「よく言うよ。その戦闘向きの権能を今までいくつ破って来たんだ」
ナイトエデンが半眼になってこちらを見てきた。
まあ、いくつかな。でも大してまだ撃破してないし……二つぐらいじゃない?
「だったら案外、その選抜がミスだったのかもしれませんわね。もっと強いものがあったのでは?」
「いや、相当に強い権能ばかりを選んでいるはずなんだけどね」
一度言葉を切ってから、ナイトエデンは紅茶の水面に視線を落とした。
「例えば『
「え……怖……」
何それ怖すぎるんだが。
「初代『流星』の禁呪保有者も同様ですね」
相槌を打ったのは佐藤さんだった。
「同様と言いますと?」
「複数の勢力──あの時代と現代では規模が違うのですが、要するには現代の国家に相当する規模の勢力と考えてもらって構いません。それらを相手取り、初代『流星』の禁呪保有者は、
自分の頬が引きつるのが分かった。
できるかどうかとか、考えようとも思わない。複数の国家を相手取って、一人で半年戦う? 馬鹿すぎる。
「最終的には戦いの中で死亡しましたが……直接的な戦闘を原因とする敗死ではないので、状況次第では丸一年戦線を維持しても不思議ではありませんでしたよ」
……この人、実際にその目で見てきたみたいに語ってるな。
ナイトエデンも気づいたらしく、佐藤さんへの警戒度が引き上げられるのを感じる。
見た目は完全に西暦世界の人間なんだが、中身はやはり別物で間違いない。
「ですがそれもまた、構造的に発生する問題として説明することができます」
わたくしたちからの警戒に気づいているのかいないのか、佐藤さんは静かに言葉を続ける。
「禁呪保有者や七聖使は潰し合い続けてきたがために、完成されたと言っていいレベルに到達することは稀です。ですがまだそうした対立構造が成立していなかった原初の時期は、極限までスペックを育成できたケースが多かったのです」
「つまり、時代が下るにつれて我々は弱体化しているとでも?」
ナイトエデンが少し不服そうに言う。
それに対して佐藤さんは笑顔で言葉を返す。
「あなたは数少ない例外ですよ。人生のすべてを犠牲にして得ているその強さ、初代『
「…………」
賞賛の言葉を受けたというのに、ナイトエデンは分かりやすく表情を曇らせた。
そりゃそうだろうな。何百年も前の代のやつと最先端の自分で、強さが大して変わんないっていうの自体が屈辱だ。
「とはいえその初代ですら、最終的には敵対者たちの手で討たれることとなったのですから、人間の歴史とは面白いものです」
面白い、と言いながらも佐藤さんは完全な無表情だった。
ちょっとその話は詳しく聞いてみたいな。血縁はないだろうけど、能力的なご先祖様たちの時代なわけだし。
「敵対者ということは禁呪保有者ですわよね? どういう戦いがあったのでしょうか」
「初代『開闢』の覚醒者は、初代『流星』、初代『軍神』、初代『
初代の時点で勢力図めちゃくちゃじゃねーか!
オイ思いっきり共闘してるぞ初代の段階で! どうなってんだよ! ていうか初代『開闢』全然味方いねーな人望ゼロか?
「ただ、その戦いの中で爆発的に進化した初代『流星』保有者は世界共通の脅威となってしまい、結果として初代『軍神』並びに『大和』が所属する勢力に包囲網を敷かれ、そして敗北することとなるわけですが……」
「な、なんかいろいろあったんですわね……」
〇みろっく そうなんだ、ためになるなあ
〇日本代表 知らん知らん知らん知らん
〇外から来ました マジでさっきから知らない情報だけがドバっと叩きつけられている
〇無敵 めっちゃやり込んだはずのゲームの新出情報におぼれて死ぬ
教科書が教えてくれない歴史の授業みたいになってしまった。
へ~。しかしこれあれだな、歴史の裏側であった戦いって言うことなのかな。
どのへんの時代の話なんだろう、と佐藤さんに質問しようとした時だった。
「────待て」
その声は震えていた。
目を見開いたナイトエデンがちらりと側近を一瞥してから口を開く。
「話が違う。初代『開闢』はその戦いに勝利したと私は聞いている」
「…………」
佐藤さんは言葉を返さず、無言で笑みを浮かべている。
「どういうことだ……勝利した初代『開闢』こそが建国の英雄であり、シュテルトライン王国の歴史の始祖となったはずだ。そうなんでしょう?」
「ええ、その通りです」
すがるような声を上げるナイトエデンに対して、側近の男性が即答する。
わたくしはチラと佐藤さんを見た。彼は何も言おうとしない。
「……佐藤さん、アナタはその目で見たのですか?」
「ええ、見てきましたよ。ですがそれを信じていただける証拠はありません」
逆に証拠を出されてもびっくりするけどな。
これはもう信じるかどうかを自分で決めなくてはならないということで、直感的には信じていいと思った。
「争いとはこうして構造を整えられ、どちらかを有利にしようとする力学的作用の下に継続されます。ですがそれをただ延々と続けていくことこそが、実は真に構造的な欠陥です。そう思いませんか?」
「まあ、言わんとすることは大体わかりましたわ」
ナイトエデンの野郎はかなり偏った教育を受けているらしい。YouTubeで勉強させられてるんだろうな。ちゃんと進研ゼミやった方がいいよ。
「アナタはその対立関係をどうしたいと?」
「私の方で、両者合意のもとに対決の場を用意させていただけたらと思っています」
動揺するナイトエデンも、わたくしも、その言葉に動きを止めた。
「市民を巻き込むことなく雌雄を決することができるのなら、それに越したことはない。そう思いませんか?」
「……できるというのなら同意見ですわ」
「ああ、私もそう思う」
正直言うと七聖使とやらが勝手に喧嘩売って来てるだけだしな、わたくし視点。
だからゲリラ的に突発戦闘ばっかやらされている現状はよろしくない。日時を決めて、スポーツの試合みたいにやってもいいのなら、そりゃそうするさ。
「ありがとうございます。詳細を詰めていく前に、お二人の同意が欲しかった」
「とはいえ、わたくし以外の禁呪保有者がどうするのかとかは、全然わかりませんが」
「大丈夫ですよピースラウンド様。あなたが同意したと言えば、少なくとも話は聞いてもらえます」
あとはそっちでなんとか交渉するってわけか。
いいね、こっちに変な負担がなくて。勝手にやってくれって感じだ。
「では、貴重なお時間をいただきありがとうございました」
佐藤さんはちらりと腕時計を見た後、席から立ち上がる。
なんかこう、どっちかっていうとわたくしの知らない背景とか事情とかを知れた、っていう方が得たものとしては大きかったな。
──いや、そっちも本命の目的ではあるのか。
わたくしとナイトエデンの知識の差を埋めてくれたのだろう。
「最後に一つだけ聞きたいのですが」
手を上げると、佐藤さんは塾の優しい先生みたいに発言を促してくれた。
「
「違います。私はあくまで『仲介業者』であり、前世も来世も存在しません。私はただここに在るだけのものです。あなたには遠く及びませんよ」
「……皮肉ですか?」
どう考えてもお前の方が、存在の格というか、位階みたいなところで上にいるだろ。
まあ最終的に頂点なのはわたくしだが。
「違います。私がそれだけあなたを高く評価している、ということです」
適当に放った言葉に対して、佐藤さんは真剣な声色で否定を返してきた。
「仮にですが……私が何らかの勢力に所属し、何らかの野望を果たそうとするのであれば、最も注意するべき存在はあなたをおいて他にいないでしょう」
「わたくしを? 何故です」
「何故ならば、あなたは騒動や事件の中心に常に位置する……厳密に言えば、中心へと自覚的であれ無自覚であれ飛び込んでくる特異点だからです」
あ~……。凄い心当たりのある言葉だった。
敵対者であるナイトエデンまでもが『分かる……』みたいな表情で頷いている。
「あなたとの関係において、敵対するなど百害あって一利なし。しかし中立を維持することも難しい。ならば友好的関係を結ぶのが、論理的に考えて唯一の正解となる。そう思いませんか?」
「……説明を聞けば、得心がいきますわね」
「無論、私個人があなたへ寄せる好感もあるのですがね」
好感? 随分と個人的な言葉遣いだな。
訝し気な視線を向けると、佐藤さんは苦笑して首を振る。
「最初に言ったでしょう。私はあなたを高く評価している。しがない仲介業者でも分かりますよ、アナタには天と地を引き裂いてしまうほどのカリスマが備わっている」
「ええ、その通り。何故ならばわたくしこそがこの世界で頂点に立つ存在なのですから」
微笑みながら返すと、佐藤さんは恭しく一礼した。
「また会いに来ます。それでは、今日はこれで」
来た時と同様、彼は魔力や神秘を感じない空間の切れ目を発生させて、そこから立ち去った。
わたくしとナイトエデンは視線を重ね、同時に席から立ち上がる。
「今日は戦わないという点で同意したと思います。そしてそれは」
「分かっている。『
側近の人に厳しい声色でナイトエデンが告げる。
「……あなた様のお決めになったことであれば、我々は従うのみです」
「ああ。ではサトウ氏からの連絡が来るまで、お互いに戦闘は避けよう」
なんか急にリーダーっぽいふるまいになったな。
多分スイッチがあるんだろう。わたくしにもそういうところはあるしな。
「だが……今は我々よりも、君は教会を警戒した方がいい」
「え?」
帰る準備をしようと思っていたが、完全に予想外の言葉が飛んできた。
「教会……? わたくしの推測が正しければ、教皇はアナタがたの味方ですよね?」
「確かに教皇こそが、我らと志を共にする第二天に選ばれし者──『
やはり、そうか。
騎士の加護システムというのは、七聖使の力から派生したものなのだろう。
〇みろっく そうなの?
〇適切な蟻地獄 んなわけ……いや……でもそうなってるんだよな……
〇火星 これ元から設定されてるだけで出てきてなかっただけ、ってこと?
〇木の根 七聖使って二次創作に出てくる雑なオリ主勢力じゃなかったのかよ!
〇アンチ・ヘイト二次を許さない市民の会代表 篠ノ之束さんに謝ってほしい
「ただし、現教皇は『大和』をねじ曲げ、その力の本質を封じたまま今の体制に与している。その上力を失いつつあり……まもなく代替わりが発生するだろう」
「ほーん……」
騎士の加護システム、だったか。
建国の英雄が構築したという話。そして初代『大和』は初代『流星』や初代『軍神』と共に初代『開闢』を討ったという話。
……なんとなくストーリーが見えてきた。そしてそれは、ウルスラグナ一派にとって余りにも都合が悪く、カバーストーリーを用意する必要性があるのも、分かった。
「ではなぜ、それをわたくしが警戒しなければならないのですか」
「決まっている。その渦中に君の友人が巻き込まれるんだぞ」
「え」
まあ、それは、そうだろう。
次期聖女であるユイさん、この話に関係がないわけがない。
しかしだぜ。
「アナタ……それ……純粋にわたくしを心配していませんか?」
「え?」
わたくしの指摘に対して。
ナイトエデンはぽかんと口を開け、その背後で側近の男性がこちらを睨みつけてきた。
はいはい、お前らの教育方針的にはよくないんだろうけどさ。
「ありがとうございます、ナイトエデン」
「いや、ちがっ……そ、そんなつもりではなかったんだ。だが……」
「思わず言ってしまったというわけですね」
わたくしは後ろに手を組み、ステップを踏むような足取りでナイトエデンに近づき、その顔を覗き込む。
「優しい人ですわね、アナタ」
「────っ」
目を見開き、彼は数歩後ずさる。
それから顔を背けて、目を閉じ息を吐きだした。
「……知らなければ、こんなこと、考えもしなかったんだろうな」
「?」
「君のことを、あまり知るべきではなかったみたいだ」
「そうですか? わたくしはアナタの人となりを知れて良かったですが」
「……そういうところを言っているのさ」
ナイトエデンは苦々しい表情で吐き捨てると、その場から側近ごと消えた。光速移動したんだろう。
……光の速さで人々を助ける救済装置の名前がナイトエデン・ウルスラグナだというのなら。
「
問いに答えてくれる人がいないのなんか分かっていたが。
それでもわたくしは一人、呟かずにはいられなかった────
SYSTEM MESSAGE ▼
条件を満たしました ▼
【離別の飛翔/ソラに輝く者】ルートが解放されました ▼
SYSTEM MESSAGE ▼
条件を満たしました ▼
【離別の飛翔/ソラに輝く者】ルートが
解放されました ▼
「うわっ急に出てくるの本当にやめてもらえませんか!?」
目と鼻の先に突然ウィンドウが立ち上がり、でかい声が出た。
〇宇宙の起源 草
〇無敵 草
〇木の根 草
〇一狩り行くわよ 草
え、何で最初の反応でめっちゃ笑われてんの。
何? お前らのリアクション、何?
〇太郎 流石にワロタ
〇red moon えっこれマジで実装されてたの?
〇日本代表 今年初めて笑った
〇つっきー まってわらいすぎておなかいたい
「おい、なんでわたくしが笑いものにされてんですか。しかも状況を理解できていない状態で。普通に過去最悪の態度ですわよお前ら!」
〇外から来ました ていうかこのフラグ何が原因で立ったんだ?
〇宇宙の起源 多分、佐藤さんとのコミュかなあ……
佐藤のせいじゃねえか!!!!
あのクソ野郎次会ったらぶっ飛ばす!!!
「ていうか結局本当に何のエンディングですのこれェ! さっさと説明しなさいよ!」
〇火星 いや~これアレなんだよね。宇宙到達SFエンドなんだよね
「なんて??」
〇火星 なんか色々あって宇宙船を完成させた主人公たちが未知なる惑星を目指してみんなに見送られながら宇宙へと飛び立つエンド 本当にこれだけなんだよ マジで
〇遠矢あてお ライナーノーツにエンドの一つにこういうのがあるよって言われてたんだけど正直誰も信じていなかった
〇ATM ハッキリ言うぜ!これUFOエンドだろ!
わたくしは腕を組んで黙り込んだ。
いや~なんか……ワンチャン。ワンチャンないですかね。どっかに行くんだし追放じゃないですかねこれ。ワンチャンスください。自分やれます。やらせてください宇宙到達エンド。
〇無敵 判定は?
〇日本代表 子供たちが旗とか振って宇宙船の出発を見守ってんだろ? どこが追放なんじゃバカタレ
〇スーパー弁護士 お前の打ったフライが落ちてこなくて、みんな戸惑ってるってわけ
ですよねー。
ああああああああああああああああああああやだ!! やーだ!! やーだ!! やーだ!!
やだああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!