TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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コミカライズ発売記念SS:レター・パニック!(後編)

 ユイさんと男子生徒の決闘が終わった後。

 

「うわ……」

 

 ユイさんとリンディを連れ、男子生徒がビラを受け取ったというエリアを訪れたわたくしは、その辺の掲示板に貼られまくっているビラを見て顔を引きつらせていた。

 

「募集っていうよりは、こんなのもう手配書じゃない……」

「私、この地区だともう大罪人みたいな扱いになってません?」

 

 もはや恐怖すら覚えるレベルでユイさんの手配書が貼られまくっている。

 とはいえ所詮顔写真があるわけでもなく、通行人たちは黒髪の可愛らしい少女がこのビラに書かれたユイ・タガハラだとは思っていないようだが。

 

「む……」

 

 視線を巡らせると、街角にある教会の掲示板にすらビラが貼られていた。

 オイオイオイオイ! 一番ダメなところに貼られてるんだけど!?

 

「あ、あれはちょっと一番良くない場所にあるわね……」

 

 リンディですらも頬をバキバキに引きつらせていた。

 そらそうだわ。この状況を見て苦笑いで済ませているユイさんの根性の据わり方がおかしいんだよ。

 

「流石にこれ、教会の人に言った方がよさそうですわね」

 

 壁に貼られたビラを片っ端から剥がしつつ、教会へ向かう。

 ドアを開けると、人気のない礼拝堂の奥から、のそのそと長身瘦躯の神父がやって来た。

 

「おや、学生さんですか?」

「こちらのビラについてお伺いしたく」

 

 一礼してから、情報提供してもらえるか確認する。

 だが神父さんの視線はビラではなく、ユイさんに向けられていた。

 

「黒髪……学生……もしかして」

「あ、そうです。こちらのユイさんがビラに書かれている本人なのですが、了承していなくてですね」

「なんと」

 

 聖職者さんが目を丸くした後、困った様子で口を開く。

 

「気づけば貼られていまして……学校でのイベントごとか何かかと思いまして。子供たちの遊びならと剥がさずにいましたが。それを聞くと流石に看過できませんね」

「そうですわね。できれば剥がしていただけると」

 

 頷いてから、わたくしは神父の反応からして、彼はユイさんのことを知らないのだなと察する。

 ちらりとユイさんに視線を送ると、彼女は苦笑しながら声を潜めた。

 

「あはは……まだ、本部以外の人には伝えていない感じって聞いてます」

「なるほど」

 

 町中にあるとはいえ、教会本部を兼ねた大聖堂に勤めている者以外はまだ、ユイさんが次期聖女であることを知らないのだろう。

 

「では神父さん、誰が貼っていったのかはご存じですか?」

「印刷元の人だとお聞きしましたよ。ビラに書いてある、バークライ商会でしたっけ?」

 

 証拠品であるビラから辿ろうとすると、無視することはできないのがこの商会だ。

 高度な機械印刷技術こそないものの、複数枚の同じ紙面を増刷すること自体はこの世界でもがんばれば可能になっている。

 まあ、商会が噛んでいるからこそ、単なる悪戯で済む話ではないんじゃないの、ってなるわけだが。

 

「ご協力ありがとうございます。わたくしたちはバークライ商会を当たってみますわ」

 

 そう言って教会を去ろうとした時、ふとユイさんが神父さんをじっと見つめていることに気づいた。

 

「あら?」

「ユイ、とりあえず帰るわよ」

「……あ、はい」

 

 申し訳なさそうな様子で見送ってくれる神父さんに一礼して、わたくしたちは手配書まみれの町中へと戻る。

 

「とりあえず目に付くものは剥がしてしまいましょうか」

「そうね……ねえ、どうしたのよ」

「ほえ?」

 

 リンディが隣のユイさんを肘で小突く。

 

「あんた、さっきからぼーっとし過ぎよ。あんたのために私たち動いてんだけど?」

「す、すみません……」

 

 頭を下げてしょもしょもとするユイさん。

 わたくしは唇をつり上げて、リンディの肩に手を置く。

 

「何よ」

「いえ……わたくしは自分よりユイさんが優先されているという事実が我慢ならず、こうして動いているのですが……アナタはわたくしとは違って、ユイさんのために頑張っているのですかあ……お友達思いですわねえ」

「……ッ!?」

 

 わたくしの裏切りに対して、目を見開いてリンディが唇を震わせる。

 

「あ、アンタそんな小技を……!?」

「小技って何ですか小技って」

 

 まあ、友達思いのリンディちゃんはおいといて。

 

「どうしたのです?」

 

 ユイさんに問いかけると、彼女は悩まし気に眉根を寄せる。

 

「なんというか、立ち振る舞いが本部の人と違うような気がしたんです」

「へえ……私なんかじゃ全然分かんなかったけど、そういうのがあるのね」

「はい、教会所属の神父さんって、要するには対悪魔魔法戦闘のエキスパートなので、一挙一動が戦闘用にチューニングされているのが当然なんですよ。でもさっきの神父さん、少し前の動きをしていたような気がして」

 

 いや怖いな神父さん。一挙一動が戦闘用って、怖すぎるだろ。

 にしてもユイさんよく分かって……あ。

 

「……ああなるほど、そうですか。将来的には部下ですものね」

 

 そりゃ次期聖女なんだもん、知ってて当然というわけだ。

 納得して頷いた。

 しかし、ユイさんは首をかしげる。

 

「え? 見たら分かるじゃないですか。重心の操作とかが違うなって……」

「「…………」」

 

 わたくしとリンディは、なんてことはないように言うユイさんの言葉に閉口せざるを得なかった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 というわけで、学園からはそこそこ離れたバークライ商会の拠点までわたくしたちはやって来た。

 拠点の床には埃がたまっており、掃除を怠っているのが丸わかりだ。あんまり繁盛していないんだろう。商会の設立者らしき壮年の男性の似顔絵が額縁に収められ、虚しく壁にかけられている。

 証拠品であるビラを一枚見せつけて、これに関する情報を吐けと丁寧に尋ねてみたところ。

 

「流石に仕事の話を、貴族様とはいえ学生さんには話せませんよ」

 

 受付に座り、新聞を読みながらこちらの問いに答える青年からは、やる気というものをまったく感じられなかった。

 敬語を使ってこそいるが、声色や態度はこちらを完全にナメていた。もうナメにナメていた。

 

「何かこう、騎士団とか、憲兵団とか。その辺の令状があるっていうなら、こっちも情報を出すしかないですがね」

「そんなことを言われましても、実際にこちらの書面に書かれたユイさんが了承しておらず、被害を受けています。少なくとも増刷はしないと言っていただかないと……」

「いや~無理ですねえ。その子が本当にユイ・タガハラって保証ないですし」

 

 こいつこっちを見ることすらなく何言ってんだ……

 

「まあそういうことですわ、お帰りはあちらでーす」

 

 一顧だにすることなく、商会の受付の青年は出入り口を指さす。

 おナメになられ過ぎでは? 殺すぞテメェ。

 

「ま、マリアンヌさん、落ち着いてください……」

 

 ユイさんがわたくしの袖を引いて諫める。

 

「こらえなさいよ。ここで騒いだって得ないでしょ」

 

 腕を組み、不機嫌そうな表情でリンディも言う。

 

「……ユイさんはともかく、リンディ、アナタ本気でそれ言ってます?」

「ほえ?」

「言ってるわけないでしょ。こういう時に迷いなくキレられるのがアンタのいいところよ」

「はい??」

 

 了解! トランザム!

 わたくしはブチギレて、魔力を込めた足で踵落としを繰り出し、受付机をぶち割った。

 

「ナメてんじゃね~~~ですわよオラァ!!」

「うわああああああっ!?」

 

 椅子から転げ落ちて、青年が青ざめた表情でわたくしを見上げる。

 

「誰から口止めされたのですか?」

「しッ、知らないって! 本当に知らないんだよ……!」

「へえ、口止めはされているんですね。それもアナタより上の立場の人間が」

「あっ」

 

 こんな単純なカマかけに引っかかるやつを受付にしちゃだめだよ。

 背後でユイさんが絶句し、リンディが鼻を鳴らす。

 

「言っとくけど、この女はキレると手が付けられないわよ。店内を暴風雨が通った後みたいにされたいかしら?」

「ひ、ひいいい! 意味分かんねえよ暴風雨だったらびしょぬれじゃねーか水はどっから来てんだよ!」

「アンタの涙よ」

「ひいいいいいい」

 

 こいつさっきからノリノリで煽ってんな。悪役令嬢の取り巻きっぽい。

 うん!? では取り巻かれているわたくしこそが、やはり悪役令嬢ということ……!

 

「フフ、フハハハ、フハハハハハハハハハハハッ!」

「ひいいいいいいいいい! 急に意味もなく笑い始めた! どう考えてもイカれてる!」

「このイカれた女に暴れられたくなかったら、アンタの知ってること全部吐きなさい」

 

 ……いや気持ちよくなってはいるけどさ。

 いくらなんでもこの取り巻き、態度がデカくない?

 完全にわたくしのことを、自動で攻撃するファンネルだと思ってない?

 まあわたくし、ファンネルはファンネルでも、ロングレンジフィンファンネルだけどな!

 

 

 

 ◇

 

 

 

 結局のところ、バークライ商会の受付の青年から聞き出せた情報はそんなに多くはなかった。

 

『な、なんか男の人が来てさあ。後ろの応接間に、上司が連れて行ったんだけど……ほら、ウチの事務所って最近業績悪かったんだよ。でも上司が、その男の人が帰った後、すげえ嬉しそうにこのビラを刷るだけで金が結構もらえるって言ってて。だから金積まれたんだな、って思ってたら、この仕事に関しては誰に何を聞かれても、受注しただけだとしか言うなって……』

 

 残念なことに青年は、発注に来た男の顔を覚えてはいなかった。

 

「でも候補は絞られたわね。落ち目とはいえ商会を買収できる財力があるのは貴族以外にあり得ないわ」

 

 道を歩きながら、リンディが断言する。

 

「まあ、そう考えるのが自然ですわよね」

「歯切れが悪いわね。それ以外に何かあるの?」

 

 ……なーんか違うんだよな。前提をはき違えている感覚がある。

 バークライ商会を当たって、商会そのものを抱きかかえられるのは貴族だろうとあたりをつける。

 ここまでの流れ、犯人が想定していないわけがない。それでもたどり着けないとタカをくくっているのか? いいや違う、ビラ配りがわたくしを警戒するように言っていたじゃないか。

 

「わたくしを、厳密に言うと、ピースラウンド家を気持ちよく敵に回しすぎじゃないですか?」

「……引っかかるとしたら、まあそこよね」

 

 リンディも気づいてはいたようだ。

 貴族であるならば、正直言ってピースラウンド家を敵に回すこと前提で教会に喧嘩を吹っ掛けるなんて、あまりにも得がなさ過ぎる。ていうかこれ、貴族にも教会にも喧嘩を売ってるようなものだから、マジで意味が分かんないんだよな。

 

「動機が一般的なものではなさそうな感じになってきましたわね。利権絡みではないというか……」

 

 利権が絡んでねーのにわざわざユイさんとわたくしをまとめて敵に回す動機を探す必要があるわけで、もうそこにはどう考えても理論とか道理とかはない。恐らくこれは……

 それを踏まえたうえで一瞬コメント欄を頼ろうとかと思った、その時だった。

 

「じゃあ、とりあえず今日は解散します?」

 

 ユイさんが出し抜けにそう言って、わたくしとリンディは顔を見合わせた。

 

「え、でも、いいんですか?」

「ちょっと、歩きすぎて疲れたかな~って。ははは……それにほら、決闘を挑まれる分には、私が勝てばいいんですし」

「なかなか抜本的なことを言うわねアンタ」

 

 本人がそういうなら、まあ部外者であるわたくしたちがこれ以上頑張る理由はなくなってしまう。

 

「……ってユイに言われてやめるんなら、アンタも結局ユイのためにやってたんじゃないのよ!」

「おほほ」

 

 やべ、普通に素で撤退を了承してしまった。

 激詰めしてくるリンディをかわしながら、わたくしはユイさんをちらりと見やる。

 あっさりと捜査を切り上げるように言った彼女は、確かに疲れたような表情を浮かべていた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ──無刀流という古くから伝わる武術がある。

 人間の身体を破壊するという一点に関して、徹底的に効率を突き詰めた、人類史においてある種の極点に達した技巧である。

 

 ユイ・タガハラは、幼少期より虐待じみた訓練を受け、その無刀流を完全に習得している。

 破壊のために人体構造を完璧に把握していることは即ち、誰よりも人体の動かし方にも精通していることを意味する。

 そのため、ユイが歩き疲れるという事態はほとんど考えられない。彼女は常人と比べて、同じ距離を体力の消費を百分の一程度に抑えた状態で走破できるのだ。

 

 つまり、ユイの「歩き疲れた」という言葉は真っ赤な嘘である。

 

「……っ」

 

 マリアンヌたちと別れた彼女は、一人で街の教会へと戻っていた。

 ドアを開けば、満面の笑みを浮かべた神父が出迎える。

 

「おや、先ほどの……」

「私に対する恨みですか? 教会に対する恨みですか?」

 

 正面切っての問答に、マリアンヌは思いのほか強い。先ほど激昂したように見せかけてカマをかけていたように、頭を回そうと思えばいくらでも回せる。

 だがユイは、そうした駆け引きが苦手だった。相手を疑ってかかることに心を痛め、どんな悪人であっても、最初には信じてみたかった。

 そんな彼女が、いいやそんな彼女だからこそ、黒幕であると確信した相手には、第一声から疑いではなく確定事項を語りかける。

 

「……何のことですか?」

「あなたは、ターゲットが私であることに、聖職者としてではなく第三者としてコメントしていました」

「……あなたが教会にとって特別な存在、ということですか? もしや噂で聞いた、聖女候補の少女? だとしたらとんだ失礼を──」

 

 その刹那、ユイの片足が、コンコンとつま先で教会の床を叩く。

 加護を纏ったその威力がカーペットごと床を破砕し、教会の建物を揺らし、神父の表情を凍り付かせる。

 彼女はマリアンヌから悪い影響を受けていた。

 

「演技はもういいですよ。あなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……本来、聖職者ならまず、私の心配をするところです」

「……それは、何か、誤解させてしまったようで。私としたことが気が回らず」

「そこに気が回らない人に、王都内の教会を任せるほど、本部は甘くありませんよ」

 

 マリアンヌとリンディが思考を順当に展開させて論理的に推理する中で。

 ユイはその卓越した洞察力と、教会内の構造に精通しているという余りにも強力なアドバンテージをもって、ほとんど最短距離で真実にたどり着いていた。

 

「バークライ商会は印刷内容を知った上でビラをコピーしていました。それは主催者にこき使われる平民に見えるかもしれませんが、実情はまったく違います」

「…………」

「商会の拠点で、設立者の似顔絵を見ました。あれはあなたですね? あなたはこの教会の神父を無力化して変装してなりすまし、直接ユイ・タガハラが来るのを待っていた」

 

 ユイの目は神父の挙動から即座に偽物であると看破し、その変装すら骨格から逆算して見破っていた。

 

「……名探偵ここに登場、といったところか?」

 

 神父が口元を歪め、空々しい拍手を響かせる。

 ユイは真っすぐに彼を見据えて、厳しい表情を浮かべた。

 

「目的を話してください」

「……あの神話上の魔物を知っているか」

「?」

 

 問いに答えることなく、神父は礼拝堂の壁にかけられた一枚の絵画を指さした。

 天より舞い降りた天使が、手に持った槍で牛や馬に近い形状の魔物を刺殺している。

 その魔物は苦しみに呻きながらも、引き裂かれた腹部から、自らの子供を死の間際に生み落としていた。

 

「ガルドロメアバウですね」

 

 当然その絵画のことを、次期聖女として教育されてきたユイは知っている。

 神父は一つ頷いた後に、背の後ろで手を組んだ。

 

「ああ。この魔物は伝承上、子育てをしない。胎の中で幼体のまま子供を運び、自らの死に際して外の世界へと送り出す」

「……合理的とは言えない生態です」

「ああ、私もそう思っていた」

「そもそも、母体を死に至らしめた存在が近くにいる状態で出産することになります。でもガルドロメアバウは……」

「そう、復讐のために我が子を産み落とす。ガルドロメアバウの幼体はこの後、自らを殺した天使に取り入って、成長した後に天使を殺そうとする」

 

 それはあくまで、教会が聖典とする、天地創造から現代まで連なる神の統治を語った物語の中の出来事だ。

 実際にガルドロメアバウに類似した魔物は発見されていないし、もし本当にそのような生態だったならば、容易く絶滅していたに違いない。

 

「ですが結局、その裏切りに悲しみながら、聖なる天使は慈悲をもってガルドロメアバウの子供も殺します」

「今回もそうなるかな?」

「え?」

 

 神父は一つ息をついて、視線をユイへと向けなおす。

 

「私は以前、本当に聖職者だったんだ」

「……なるほど」

 

 さっきまでの話が何を喩えていたのか、ユイは得心がいった。

 

「教会の退魔部によって、異端者と認定された私の母や、母が運営していた宗教団体のメンバーたちは誅殺された。皆殺しだ。その仇を討つために私は身分を偽って教会に入り、組織体系などをすべて把握したうえで退職し……計画を練りながらバークライ商会を手ごまとして乗っ取り、この教会に派遣された神父に先輩として近づいて殺害し、成り代わることに成功した」

 

 当然だが、バークライ商会の当主もまた、成り代わる際に殺害されているのだろう。

 神父の服を着た男に対して、ユイは悲しそうに首を振る。

 

「……異端認定された団体のうち、秘匿戦闘部隊の派遣まで至ったケースということは、つまりその団体の存在によって周囲一帯や同程度の規模で犠牲が出ていたことになります」

 

 マリアンヌが西暦世界の定義で認識する異端と、この世界における異端の間には大きな隔たりがある。

 通常、神話の解釈に関しては議論こそなされるが、教会が支持する主流派以外の傍流に関してもほとんどの場合は無条件で存在を認められる。何故ならば初代勇者が、様々な信仰の在り方を肯定したからだ。

 それでも異端と認定され、実力行使すら伴って殲滅を強行されるケースとなれば……それは人的被害が発生すると認められた場合に限る。

 

「だが、それが教えだった! 神へと近づき、聖なる存在に繰り上がるためには犠牲が必要だった!」

「……今も信じているんですね」

 

 冷たく声を発するユイに対して、神父は大きく頷いた。

 

「そうだ! 次期聖女、ユイ・タガハラ! 君の存在を否定することで、私の、ガロルド・テレンスの人生は意義を持つことができる!」

 

 神父──ガロルドが教会式戦闘術の構えを取る。

 少しばかり最新式とはズレた、やや古風なものだが、確かな実力はあった。

 彼の瞳に宿る狂気の光を見て、ユイは覚悟を決める。

 

「分かりました」

 

 ユイは少しだけ、ほんの少しだけ安堵していた。

 今ここにいるのが自分で良かった。聖女の資質を持ちながらも、殺傷能力という一点で破格の性能を持つ自分で良かった。

 

(こういう時に、私で良かった。私なら、迅速に殺せるから)

 

 血塗られた過去がフラッシュバックする。

 それを肯定するのではなく、ユイは諦めて、受け入れざるを得なかった。

 自分が殺人マシーンとして育てられたことを、もう覆しようのないものとして、彼女は乾いた笑みすら浮かべていた。

 

「私はいつか聖女になる者として、ここで……異端者であるあなたを排除します」

 

 彼我の戦力差は把握しきれている。

 神父に成りすましたこの男、ガロルドの生命を奪うのに、ユイは二秒もかからない。

 そして今のユイに、異端である彼をわざわざ生かして無力化する理由はなかった。

 

「来るがいい聖女!」

「……!」

 

 ステンドグラス越しに光が差す礼拝堂の中。

 両者の視線が火花を散らし、同時に踏み込みを──

 

 

 

「ユイさん、その喧嘩は買ってはダメですわ」

 

 

 

 荘厳な声が、降臨を示すベルのように、静かに轟いた。

 二人は弾かれたように振り向く。

 

「え……!?」

「何……!?」

 

 礼拝堂の一番後ろの席、そこにいつの間にか、マリアンヌ・ピースラウンドが足を組んで座っていた。

 

「喧嘩を爆買いしていいのは、わたくしみたいに雑魚無限湧きステージに単騎出撃して反撃だけで無限に経験値稼ぎできるようなユニットになってからにした方がよろしいかと」

 

 マリアンヌは意味不明な発言を並べ立てた後、その黒髪をなびかせて立ち上がり、ユイの前に進み出る。

 

「……マリアンヌ、さん。でも、聖女になるからこそ!」

「確かにアナタはいつか聖女になる者。ですが、いいえ……そうであるが故にこそ、今ここでアナタの手が血に汚れることはあってはならないのです」

 

 そこで言葉を切って。

 宵髪赤目の令嬢は、ガロルドへと視線を向けた。

 

「ていうか、アナタの狙いってそこでしょう? 自分をユイさんに殺させて、それを教会の権威が失墜する材料として誰かに提供したいんですわよね?」

「……ッ!」

 

 ガロルドの身体が、本人の意思を無視して勝手に後ずさった。

 身体の芯から震えていた。肌という肌からドッと汗が噴き出した。

 生存本能が叫んでいた。妄信がもたらす麻痺ですら誤魔化せない恐怖が彼の足元を揺るがしていた。

 

 

「──今すぐ全力を出しなさい。このわたくしが、アナタの全てをすり潰してあげますわ」

 

 

 ガロルド・テレンスは、生まれて初めて『絶対的な強者』の存在を知った。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

「必殺・悪役何に対しても正解の解釈が必ずあるとは言わねえけどカスみたいな不正解の解釈はあるんだよテメェの解釈はそれだ令嬢パァァァァァァンチッ!!」

「ぐわあああああああああああああああああ!?」

 

 わたくしのアッパーカットを受けて、神父の身体はすさまじい勢いで真上に打ち上げられ、礼拝堂の天井に激突する。

 そのまま落下し、ベターン! とガロルドはカーペットの一部になった。

 

「え、えぇ……全力出しなさいって言っておきながら、今全力とか以前に初動で終わらせませんでした……?」

「全力を出したうえで潰し合うに値する敵ではなさそうだったので」

 

 ユイさん曰くの旧式とはいえ、神父さんは教会式戦闘術のそれなりの使い手っぽかった。

 なので流星を足元で撃発させて一気に加速し、最初のパンチですべて終わらせた。

 

「というわけでわたくしの勝利ですわ! ぶい!」

 

 振り向いて、ユイさんに向かってピースサインを突き出す。

 

「これでよし! あとは普通に殺人罪で騎士団に引き渡しましょう、異端認定は一応そのあとの裁判で後付けできますわよね?」

「…………」

 

 声をかけるも、ユイさんの表情は暗かった。

 

「あら? 割と今回は、我ながら正解だったと思うのですが……表ではリンディにも見張りをさせて、誰も入ってこれないようにしましたし」

「あ、いえ、それはその、明らかにマリアンヌさんの方が、丸く収められているなって思うんですけど……」

 

 唇を動かしながらも、彼女の顔はだんだんと伏せられていき、最後には視線が地面に落ちてしまう。

 

「私が、歴代の聖女と比べても突出しているのは、多分……相手を殺す能力だけです。それを活かすのなら、異端を、信仰という名目で他者を害する存在を殺戮するのが、私が聖女としてやるべき仕事、なんじゃないかって……」

 

 重……。

 クソ重い述懐を受けて、流石に表情が引きつる。

 いやでも、あれか、もしかしてこのへんの性格まで読み切って、神父さんは計画を立てていたのだろうか。いや怖、わたくしいなかったら教会終わってたじゃん……流石に異端とはいえその手で人を殺した聖女は大スキャンダル待ったなしだって……

 

「だからその、すみません。私のためにしてくれたのに、マリアンヌさんの前だと私って、本当にただ人殺しをすることすらできないんだなって……」

「いやあ……アナタにはもっと色々と才能あると思いますが……」

 

 頬をかき、地面に転がり痙攣しているガロルドを見ながらつぶやく。

 

「え?」

「アナタという一個人に関しては確かに殺戮性能が目につきますが、じゃあ聖女やれないかっていうと、普通に聖女っぽいのでは? 少なくともわたくしは結構アナタから元気をもらっているというか、救われているところがありますし……」

 

 何せ主人公だからな。

 攻略対象の心の傷をいやし、懐に入って好感度を稼ぐのが生業という存在だ。そら聖女様としての才能なんか満載に決まっている。

 そう思いながらの発言をして、視線をユイさんに戻すと。

 

「…………」

 

 彼女は顔を伏せたまま号泣していた。

 うええええええええっ!?

 

「ど、どうしました!?」

「……い、いえ、何でもないです。ちょっと、本当に、ふふ」

 

 泣いているのに、彼女は同時にこらえきれないといった様子で笑い始める。

 

「ふ、ふふっ。はは……そんなの、救われてるのは……」

 

 何かつぶやきながら涙を流し続ける彼女に、わたくしはそっとハンカチを取り出して手渡すのだった。

 

 

 

 いや泣き笑いの仕方がサイコパスじゃん、やっぱり聖女の素質はないかもな、お前……

 

 

 

 










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