禁呪保有者特訓が始まり、一週間ほどが経った。
具体的に言うと屋台を引く形で王都でラーメン店を開店して一週間が経過した。
シュテルトライン王国の飲食業界にメイド喫茶で一石を投じ、ロブジョンさんの『喫茶 ラストリゾート』も再建に成功したことで、わたくしの商売人としての地位は少なからずの羨望と嫉妬を集めるまでに高くなっていた。
だがわたくしは魔法使いとしてはチャンピオンでありたいものの、それ以外では基本的にチャレンジャー精神を持っている。
常に挑む側でありたいのだ。守りより攻めが好きだし、ドライブする頭脳は自分以外のお高くとまっている奴の足を掴んで引きずりおろせと囁いてくるのだ。
「お待ちどうさまです」
湯気を上げる丼をカウンターにそっと置く。
丼はロンデンビアから取り寄せた特注の焼き物だ。この辺りはプライムファミリーのマルコに紹介してもらっている。
中身はわたくしが腕によりをかけてつくった逸品、塩らあ麺である。生醤油がいくつもあればブレンドして醤油らあ麺を作ってみたかったのだが、残念ながら見合わない開発コストがかかりそうなのでボツとなった。
「うまいねえ、並んだかいがあったよ」
一口すすったお客様が、目を見開いて呟く。
「ありがとうございます」
客からの称賛の声に、作業の手は止めずに言葉を返す。
褒めてもらいたくてやってるわけじゃねーが、こういうのを素直に受け取らないのも職人としてバランスを欠いているからな。必要なのは適度な承認欲求だ。適度っていうところがミソ。
「この麺がいいよ、麺が。パスタとはまた違う感じで」
「素材からこだわっていますので」
いい舌じゃねえか。ウチのラーメンはまず麺が違う。
クラスメイトの家が権利を持っている農場から、最高級種の小麦(っぽいもの)を取り寄せている。当然わたくし直々に吟味したブランド種だ。
仲介業者を挟むことなく直接買い付けているのが、コストを抑え、結果的に平民が何度も足を運べる価格帯に設定できている大きな要因だ。
〇芹沢 材料が限られている状態で、味の作り方を緻密に計算できている……麺は言わずもがな、スープの味わいは現地の味覚に調整しつつも滋養たっぷり、具も当然妥協していない。直接味わえないのが残念だと思う程度には、完成された印象を受けるな
〇適切な蟻地獄 なんでラーメンハゲが……いやこのタイミングは今までで一番いて良いタイミングだな……
ラーメンハゲから褒めてもらってるの普通にめちゃくちゃ嬉しくてワロタ。
ちょっと口元が緩みそうになるのを必死にこらえる。職人は喜んでもいいが、客前でハシャぐほど大っぴらになるわけにはいかない。
「ユート、次は塩二丁です!」
「あいよ!」
助手であるユートは、精悍な顔に汗を浮かべて屋台の中を動き回っている。
基本的に麺上げは店主であるわたくしがやっているものの、いつかは彼にも伝授せねばならないだろう。
「二人とも若いのに大したもんだ。ご夫婦かい?」
「そんなところです」
背後でユートが盛大にこけ散らかした。
「あらアナタ、どうしたのです?」
「お・ま・え、なァ~~!!」
あんまり深掘りされると素性がバレるだろ。
貴族の道楽店だと思われるわけにはいかない。町の店としてやっていかなきゃ客数入らねえんだからさ。
適当に合わせておけばいいんだよこういうのは。
そんな感じでラーメン屋『
ちなみに学校にはアモン先生を介して、特殊な魔法実験を行うという名目で公休をもらっている。貴族の権力フル活用だ。
持つべきものは金と地位だね。
◇
「私たち何見せられてるのかしら」
「オレが聞きたい。それもオレたちは少し離れたところで、仕込みの時間から営業中までずっと待機とは……」
「そっちの場合はユートの護衛任務があるから、どっちかっていうと正しい姿じゃない? あ、コーヒーおかわり頼む?」
「君は……いつも振り回されているような顔をしているが、誰よりも適応能力が高いな……」
◇
お昼時のピークを乗り越え、今日はぼちぼち昼営業を畳もうかと客足を見ている時だった。
「ほう、ここが最近評判の屋台か」
暖簾をくぐって屋台に顔を出したのは、知らないカイゼルひげのおっさんだった。
首元をジャボで飾り、高級服に身を包んだ、分かりやすい貴族だ。
ダリーな。貴族がこんな町中にメシ食いに来ることはないだろと思っていたが、アテが外れた。
「お客様、失礼ですがちゃんと並んでもらわないと困りますわ」
「む、それは失礼した」
カイゼルひげを撫でながら、おっさんは素直に謝った。
ここでゴネられたら鉄拳制裁だったが、何だよ。聞き分けがいいじゃないか。
「ていうか、なんか社交界で見たことがあるような……」
「ちゃんと覚えとけよ、バーミタス卿だ。シュテルトラインの貴族の中でも、食に関して随一の才覚と執着を誇る美食家だな」
小声でつぶやくと、ユートがすかさず補足を入れてくれた。
こいつ、他国の王子なのにわたくしより詳しいのか……
「スゲェ。王都に名高き美食家まで来てるのか」
「あの人って平民向けのグルメ本出したりしてるから好きなんだよね」
既にカウンターについていた客たちが、バーミタス卿を見て声を漏らす。
ヘェ~。平民にも評判がいい貴族ってなるとレアだな。
いや悪徳貴族がたくさんいるわけじゃなくて、政治やら戦争やらの仕事をやってると、平民から好かれることがそんなにないんだよな。
「…………ゑ?」
そのバーミタス卿は、わたくしとユートをガン見しながら、面白いぐらい口をぽかんと開けていた。
大丈夫かよ。あごが腹にまで落ちていきそうだぞ。
「……見間違いかねぇ。わが国を代表する名門の一人娘と、隣国の第三王子が、二人で屋台を出しているように見えるのだが」
自分の目を何度もこする彼の傍に、すすっと影が近寄る。
待機場所である喫茶店から出てきたリンディだ。彼女の後ろには、私服姿で周囲を見渡すジークフリートさんの姿もある。
「合っていますよ、バーミタス卿。あいつら本物です」
「は、ハートセチュア卿の娘さんまで……これはうわさに聞く、ピースラウンド家長女がよくやる発作的な奇行か?」
誰が発作的に奇行をやってるって?
そのうわさを流した奴、死刑だよ。
「そうです」
リンディは無慈悲に断言していた。
なんで? 友達なのにかばってくれないの?
「そうか、これが……なるほどねえ」
バーミタス卿も顎をさすりながら納得の声を上げるな。奇行キャラが定着してんの? 嘘だろ?
思わぬ風評被害を受けてわたくしが屈辱に震えていると、続けざまに、リンディがカウンター越しに顔を寄せてくる。
どうやら他の客に聞かれないようにしているらしい。
「……いや、挨拶ぐらいしときなさいよ」
「はい?」
「バーミタス卿は、アンタの問題行動が貴族院で取り上げられるたびに、ミリオンアーク家と並んでアンタを擁護してくださっているのよ」
ヘェ~知らなかった。味方いたんだな。敵を認識してぶっ飛ばせばいいと思ってたからなあ。
そのバーミタス卿はどうやら会話が聞こえていたらしく、肩をすくめて苦笑している。
「はは……信頼に足るある人物から、噂を聞いてね。これは君についた方が後々得だと判断したまでだよ。いやここまで大変だとは正直思っていなかったが」
最後の一言に本音っぽい色合いがあった。
わたくしもわたくしの後援は嫌だよ。ギャンブル過ぎてやりたくない。
「ご迷惑をおかけしています」
「まあ、トータルではプラスだからいいのだがね。それに警護もちゃんとしているようで何よりだ。私は列に並ばせてもらうよ……いや~楽しみ楽しみ」
気持ちのいい笑顔を浮かべ、バーミタス卿が列の最後尾へ熊のような動きで歩いていく。
めちゃくちゃウキウキしてたな。
「……で。私たち、結局、何を見せられてるわけ?」
「まったくだな」
一応貴族が来たということで、口止めもかねて出てきてくれた二人。
どうやらわたくしとユートの特訓の意味を図りかねているらしい。
なんだよ、察しが悪いな。わたくしはラーメンをビシッと指さす。
「ラーメンとは丼の中に形成される一つの世界……! この手順を完全に習得することは、すなわち世界を生成する術を獲得するにも等しい偉業ですわ!」
「ユート、帰る支度しなさい」
リンディの声は本当に冷たかった。
心の底からくだらないものに対してしか出ない声だった。
「分かってるね!」
「いやまったくその通りだ!」
「この料理には世界が宿ってるよ!」
一方、お客様達には大ウケである。
老若男女がわたくしへとやんやの喝采を送っている。気持ちいいね。
「訓練って言うから一応は面倒を見てあげようと思ったけど、何考えてんの? ニッチ産業で市場を制圧して勝つとか一生言ってなさい」
「ラーメンはニッチ産業ではありませんが?」
「それはアンタの脳内だけの話よ」
ぐうう……! 痛いところを突いてきた!
わたくしにとっては一大ジャンルなんだけどなあ。
「で――まさかユート、アンタこいつの言うこと鵜呑みにしてるわけ? 頭がいいのはアンタの美点の一つだったはずだけど」
「待ってくれリンディ。こいつはマジな話なんだが……何かが掴めるかもしれねえんだ」
「嘘でしょう!?」
真剣な表情でわたくしの麺上げを見守るユートの言葉に、リンディが絶叫する。
「実際問題、魔法ってのはどうしても感覚的な領域を介して発動する。その感覚的な領域を鍛える……単純に強くするっていうか、拡張するイメージだな。それを魔法以外のものを通してやってる感じだぜ」
「そ、そうなの……えぇ……?」
な、とユートがこちらに同意を求めてくる。
こいつ何言ってんだろう。頭がおかしくなっちゃったのかな。
「ま、まあそうですわね」
適当に相槌を打っておいた。
正直手詰まりだったから気分転換のつもりで始めたんだけど、こいつは勝手に経験値に変換しているらしい。
「……まあ、ユートにとって実りあるものなら、オレとしては喜ばしい限りだな」
全てを察した様子でジークフリートさんが言う。
ま、まだここからわたくしも何か掴むかもしれないだろ!
そう……わたくしたちのラーメン道は、まだ始まったばかりだからな!
◇
マリアンヌが王都で『味味亭』を切り盛りしているころ。
「おや、ユイ? もしかして僕に用でも?」
「あ、はい」
昼休みの時間になり、ロイは昼食を求めて学生食堂へと行こうとしたところ、近づいてきたユイに気づいて足を止めた。
「少しお話があって……その、マリアンヌさんたちはお休みですし」
「分かった。あまり聞かれたくない話なんだね?」
ユイが頷くのを見て、ロイは歩き出す。
二人は校舎から屋外庭園に出ると、迷路のように入り組んだ道を進み、やがて隠蔽されたカフェテラスへとたどり着いた。
「ここは?」
「前にマリアンヌから紹介してもらったんだ。彼女が言うには、この学園で隠れて話をするならこれ以上の場所はないとのことだったよ」
魔法的に厳重な隠蔽を施された場所に、ユイは困惑の表情を浮かべる。
「あら、お客様ね。いらっしゃ……」
そんな二人の元へパタパタと足音がやって来る。
カフェテラスの主であるマダムがドアを開けて、二人を招き入れようとして。
「────」
並んで立つ少女と少年の顔を見て、マダムは完全に硬直していた。
目を見開く彼女の様子に、二人は首を傾げる。
「ユキさん、アルフレッドさん……」
「え?」
「……あ、ああいえ、なんでもないわ、オホホ。ちょっと昔の知り合いに、あんまりにも似てたものだから、つい。今日は寒いでしょう、中にどうぞ入ってちょうだい」
二人から顔を逸らして、マダムが空いている席を指し示す。
促されるままに二人はテーブル席へと座った。
「注文は決まったかしら?」
「僕はホットの紅茶を。ユイは……」
「あっ、わ、私も同じもので!」
オーダーを受けたマダムは、二人に微笑んだ後、背を向けてキッチンカウンターへと向かう。
「……珍しいね。放課後を待って、マリアンヌのところへ行ってから話してもよかったと思うけど」
「その、マリアンヌさんにも関係があるというか」
「なるほど、彼女にまだ言いにくいと」
首肯して、ユイは窓の外へを目をやった。
静かに冷たい風が、木々を揺らす。
秋の終わり、冬の訪れを告げるそれは、木の葉を絞め殺すように散らしていた。
「はい、紅茶二つね」
ポットが二つテーブルに置かれる。
二人はそれぞれのカップに紅茶を注ぎ、だが口をつけることなく、そっと視線を重ねた。
「それで?」
「教会から、打診を受けました」
「……!」
「次期聖女であることを、クリスマス当日の大礼拝の際に、国民へと公表しないか、ということです」
湯気がゆらめきながら立ち上る。
ロイは驚愕の表情を浮かべながらも、ユイをじっと見つめた。
「それは、君がついに……表舞台に立つと。そういうことか」
「……いつかは、来ることだと分かっていました。でも、教皇様から提示された条件があって」
「条件? 君が聖女になるための、か? だが君は既に、その資格を持っているはずだ」
ロイの指摘に対して、ユイは緩慢に首を振る。
「資格とはまた別に……発表の場、大礼拝に、貴族院に所属する魔法使いの皆さんを集められないかと」
「な……」
マリアンヌ・ピースラウンドの登場により、王国内のパワーバランスは激変しつつある。
だが大枠が破壊されたわけではない。騎士と魔法使いは対立している。それは母体となる教会と貴族院が政治的な闘争状態にあるからだ。
「例年、教皇あるいは聖女の就任式には、魔法使いは入れない。いやもちろん、発表の場であるなら就任式ほどの重要さはないのかもしれないが……進んで招き入れることはない印象なのは確かだ。それを今になって何故?」
「真意は分かりません。もしかしたら、私の方針に賛成してくれているのかもしれません」
でも、と言葉を切って。
「出席してほしい人のリストの中には、ロイ君や、マリアンヌさんの名前もありました」
「……貴族院のメンバーとは別に、僕らを呼ぶのか。理由は一つだね」
膝の上に手を置いたまま俯くユイの前で、ロイは紅茶を一口だけ口に含んだ。
「はい。騎士と魔法使い……教会と貴族院の対立を、一挙に解消したいんだと思います。それも、私たちの世代をかけ橋として」
狙いは明白だった。
終わりがいつ来るのかも分からない闘争を続けるのなら、いっそここで終わらせてしまいたい。
それはきっと祈りの調べにも似た、美しい考えだ。
しかし。
「もしそうなら、強制的に、マリアンヌさんを融和の象徴にしてしまう」
ユイが懸念しているのはそこだった。
自分が次代の節目となるのは構わない、だが彼女に、ただ自分の道を走り続ける眩しい少女に、余計な重しを載せることになる。
「私が、それに加担することになる。あの人は……」
「喜ぶよ、きっと」
少女の言葉を断ち切るようにして、ロイが断言した。
「……え?」
「悔しいが、彼女は僕と同等か、それ以上に、本当に君のことを大切に想っている。だから……象徴にされるとか、気にしないんじゃないかな。それが君のためになるのなら」
ユイから見たマリアンヌとユイの関係と。
ロイから見たマリアンヌとユイの関係の間には、大きな隔たりがある。
(……多分マリアンヌは、君のためなら、本当にあっさり死んでしまうと思うし)
もしそのシチュエーションがあり得るのなら。
例えば自分の心臓を抉り出せばユイが助かるのなら、マリアンヌは迷わないだろう。
(とはいえ、それはさせない。ユイの幸せとマリアンヌの幸せが直結するのなら、どちらも、誰にも邪魔はさせない)
自分のやるべきことを瞬時に定めて、ロイは一人頷く。
それから、目を丸くしたままのユイへと改めて向き直った。
「君はもう少し、物事を楽観的に見るべきだよ。なんというか……自分の幸せをつかみ取る努力、ってやつかな。その能力が足りていない気がする」
真面目腐った表情で告げるロイに対して、ユイはだんだんと表情をほころばせて、それから耐えられないとばかりに笑い始めた。
「ふふ……それ、ロイ君が言うんですか」
「足りてなかった自覚はあるよ、最近はそうでもないだろう?」
「そうかもしれませんね」
肩をすくめた後に、ロイは美味しいから冷めないうちに飲みなよと紅茶を勧める。
「大きな決断に大きな負担がついてくるのは、よく分かるよ。マリアンヌに言いに行く前に、二人で少し、王都を歩こう。気晴らしにはなるだろうさ」
「……はい、ありがとうございます」
ここを訪れた時よりも明るい表情と軽い声で、ユイはティーカップを持つ。
話が落ち着いたのを見計らってか、マダムが伝票を卓に置きに来る。
「伝票はここに置いておくわね」
「ありがとうございます。それとその、今の話は……」
「あんまり聞いていなかったわ。結局、放課後に二人で出かけてくるんでしょう? 楽しんでらっしゃい」
「ええ……あ、えっと、デートとかではないのですか」
マリアンヌの耳に入ったらまずいと思ったのか、ロイが慌てた様子で捕捉する。
それに対して、マダムは首を横に振った。
「分かっているわ。お二人がデートしたい相手は別なのよね?」
「か、からかわないでくださいよっ」
「あらごめんなさい、私ってば言葉が多いのよ、気を悪くしないでね」
「あっ、いえ、そこまででは……」
頬を赤く染めるユイに対して、マダムはごゆっくりと告げる。
そして彼女は、弾む二人の会話を邪魔しないように、カウンターへと戻りながら。
「ええ、そうね。あなたたち二人がデートなんて……言ったら怒られてしまうものね」
何かをひどく懐かしむような。
手の届かないものを見るような顔をして、マダムは独り言ちた。
次にくるライトノベル大賞2022に本作の書籍版がノミネートされています!
簡単に投票できますので、皆さんぜひ応募よろしくお願いします!
【挿絵表示】
一迅プラス様にて連載中のコミカライズ版、単行本が10/27に発売されています
店舗特典などはこちらのツイートにまとめています、多分まだ間に合います
よろしくお願いいたします
【挿絵表示】
書籍版も発売されております、こちらもぜひぜひよろしくお願いします
わしみかん様がマリアンヌのイラストを描いてくださいました!
書籍版マリアンヌのお出かけ服です!か、可愛い!
実はこの服装、ユイとロイ見てないので、見たらめっちゃこういう反応しそうで笑いました。
本当にありがとうございます!
https://twitter.com/wasimikann/status/1593893711506997248