TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART9 無慈悲で純粋な宵の聖光(後編)

 大聖堂・謁見の間。

 不躾と言っていいほどに吹き荒れる神秘の嵐が、空間そのものを砕かんと猛っていた。

 

(この女、ヤバ過ぎるだろ!? 前に見た騎士団の大隊長クラスすら、遥かに……!)

 

 その場に立つのもやっとという有様のリョウの前には、人の形をした宇宙がいた。

 ダストトレイルと名乗る少女が顕現した刹那から、世界が変わった。

 

 人類がいくら突き詰めようとも到達することのできない至高の領域。

 世界の生成の段階に関与する存在は、そこにあるだけで絶対的だ。

 

「ここで殺し合いますか、『大和(ヤマト)』の覚醒者よ。当方にはその準備も覚悟もできており、其方を殺害する方法も確立されています」

 

 静かな声にすら神秘が宿っており、相対する者は自ら屈服を選びそうになる。

 この空間が内側から弾け飛んでいないのが奇跡のように思えた。

 

「────なんだ、その剣は」

「銀河を圧縮した剣です」

 

 教皇のしわがれた声に、ダストトレイルは凛とした声で返す。

 だが言葉の意味を、まっとうな思考で理解することは不可能だった。

 

「銀河……? 宇宙のことを指しているのか? 天星学には明るくなくてな」

「ご心配には及びません、この世界では認識されていない概念ですから」

 

 ダストトレイルはマリアンヌの内部に広がる宇宙を守護する機能を司っている。

 つまりはマリアンヌ・ピースラウンドの一部であり、当然ながら西暦世界の知識を有していた。

 

「夜空に広がる星々……それらは重力によって支配され、軌道を描きます。銀河はその中でも、一つのグループとしてまとまった集団のことです。これはかなり噛み砕いた説明になりますが、スケールの理解としては役立つかと」

「……聞いて、納得はいかない。だが理解は一応、進んだと言っておこう」

 

 そもそもの話、それほどに大きな存在を圧縮するなど、人間の発想ではまず不可能以外の何物でもない。

 だが目の前に今いる存在は、そうした常識が通用しない領域の者なのだということだけは分かった。

 

「何故そのようなことができる? いいやもっと根本的に……そちらが宇宙であるというのなら、何故それが人の形をしておる?」

「逆です」

 

 ばさりとダストトレイルが問いを切った。

 

「宇宙が人を象ったのではありません。残存した宇宙の始点の因子が、それを十全に運用することのできる演算装置と結合して宇宙として生成を開始し……そこに時の流れが発生したため、無限に等しい時を加速して経過させ、当方の所属する宇宙は、一つの世界としての強度を得るに至りました」

 

 ただ一つの傑出した才能がたどり着いたのではなく。

 ただ一つの定められた存在が最初からそうあれかしと在ったのではなく。

 

 複数の要素が、出会いが、勝利が、克己が、それらすべてがつながった結果として彼女は存在する。

 

「そろそろ質問を開始してよろしいでしょうか」

 

 ダストトレイルの言葉に、教皇は諦めたように頷く。

 言葉の通じる相手で本当に良かった、とリョウは心の底から安堵した。

 いや、質問をする前に銀河を圧縮した剣(??)なんかを召喚している存在なので、言葉は通じても話が通じない可能性はまだ残っているが……

 

「先ほどの干渉は攻撃的行為でしたか?」

「否だ」

「ではその言葉を当方が信じるために、いくつかの問いを重ねます」

 

 ダストトレイルは身じろぎせず。

 銀河の剣を手に持ったまま、教皇を真っすぐ見つめる。

 

「確認になりますが、其方が『大和(ヤマト)』の覚醒者ですね?」

「いかにも」

 

 そこでやっと──リョウは違和感に気づいた。

 確かに狼狽していたはずだが、教皇の受け答えは冷静なものだ。

 

(このジジイ……!? もう自分を取り戻したっていうのかよ!?)

 

 教皇の頬に、冷や汗が一筋伝う。

 リョウは理解できる。冷や汗が一筋伝う、だけで済んでいるのが奇跡だ。

 

 何せ眼前に顕現しているは文字通りの宇宙。

 既に自分自身は、ロクに口を開くこともできず、ただ立っていることがやっとなのだ。

 

「其方は何のために力を振るいますか?」

「……意思と矜持だ」

「具体性を欠いた回答ですね」

「質問が具体性を欠いているが故にな」

 

 気づけば椅子に腰かけた老人は、皮肉を言い返すまでに至っていた。

 その様子にリョウが瞠目し、ダストトレイルが数秒の沈黙を挟む。

 

「……其方は当方のような存在を相手にしたことがあるのですか?」

「ないさ。だがいつか相対するだろうとは確信していた……そこが違うのだろう」

「今の回答は、感嘆或いは賞賛或いは共感の反応を返すべきものでした。流石は教会の頂点に君臨する存在ですね」

「ほお? 人類が形成している組織を認識しているのか」

 

 教皇は笑みを浮かべた。

 ダストトレイルは大仰に頷く。

 

「当然です。当方は最新の宇宙に所属する防衛機構であるが故に、ナウでヤングな言葉は必修……ああいえ、これは前時代的ですか。やってんねえ!」

「え? 何が?」

「失礼しました。言葉の選別に関するアルゴリズムが未完成な状態にあるようです」

 

 かなりの失言だったが、ダストトレイルは雰囲気と格で全部誤魔化した。

 威圧勝ちである。

 

「では、改めて其方の意思と矜持を確認させていただけますか」

「……フン」

 

 教皇は表情から感情の色を消して、ダストトレイルを真正面から見つめた。

 

「この力、未来ある子供たちが進む道を作るためにしか使わないと、そう決めた」

「なるほど」

「知っているんだろう? この世界で起きていた数多の悲劇。失われる命。無意味で無秩序な闘争。そのすべてに終止符を打ちたいと……そう思っていたが故に、立場は複雑化し、また国だけでなく世界も姿を変え続けた」

 

 教皇はずっと世界を見つめてきた。

 彼はアーサーが戴冠するのとほとんど時を同じくして、教会での最大勢力の長となり、そこからしばらくの間を空けて教皇に就任している。

 

「アーサーの阿呆はまだ何かを勘違いしているが……あいつは勘違いしていようとも突っ走り、ゴールにたどり着けてしまうから、仕方あるまい。だがワシのようなおいぼれは違う。誤った道を走り続けられるほど、もう時間が残されていない。だからもう間違えるわけにはいかない……そのために、複数の候補を用意し、我が力を譲る先を検討している」

 

 その言葉が自分に向けられたものだと、リョウは数秒遅れて気づいた。

 ダストトレイルは教皇に対して、何かを確認するように数度頷く。

 

「理解しています。主人格が分かっていなくとも、我々はこの世界の歴史をすべて知っていますし、そこで何が起きたのか、個々人が何を思っていたのか、すべてを把握しています」

 

 その断言に、教皇とリョウの両名は少なからずの衝撃を受けた。

 

「まさか……『根源(レコード)』への直接アクセス権を有していると? いいや違うか、宇宙そのものであるというのなら……そうか、そういうことか……」

 

 目を見開きながらも、ダストトレイルの、厳密に言えばマリアンヌの本質の一端を理解し、教皇は深く息を吐く。

 単純に二人きりであれば、参ったなと声に出していただろう。

 

(優位性の争いなどという行為は無駄そのものだな。ただこの災厄の機嫌を損ねることなく、穏便に退去してもらうことを祈ることしかできないとは……)

 

 知識と経験が、彼の立ち振る舞いを正解へと導く。

 だが。

 

「アンタは──俺たちが何をしようとしているのか、全部分かってるっていうのかよ!?」

 

 リョウの声に、ダストトレイルはゆっくりと振り向いた。

 手に持った銀河の剣が妖しく蠢動する。

 

(……! まずい! リョウ、あまり刺激してはならん……!)

 

 とっさに自分へと注意を逸らさせるべく、教皇が口を開いた。

 だがそれより先に、ダストトレイルはふっと威圧感を消して、リョウを真っすぐに見つめた。

 

「識別名称を教えてください」

「…………っ?」

「現状の主人格が最も興味関心を寄せているのは其方です。個体としての暫定名であるマリアも其方がつけたものであるからには、当方には其方の存在を無視することはできません」

 

 名前を聞かれているのだと認識するのにも時間がかかった。

 

「……リョウだ」

「リョウ、ですね。識別名称を確認しました。リョウ、破滅を目指す行為が最終的に打ち砕かれることは、マリアンヌ・ピースラウンドが証明しており、其方もその事実を把握しているはずですが」

 

 何を言われているのか一瞬分からなかった。

 だがその言葉の意味をくみ取った瞬間だった。

 

「俺たちはもっと上手くやるって言ってるんだよ!」

 

 我慢しきれず、リョウは大声を上げた。

 大上段から神託の如く振り下ろされる、自分たちの失敗を暗示するような言葉。

 リョウの逆鱗に触れるには十分過ぎた。

 

「そうやって認めないから! 間違ってるの一点張りだから、俺たちは……ッ!」

「違います、リョウ。鑑みる瞬間を持ちなさいと言っているのです。目的と手段を照らし合わせて、それが本当に効率的で正しい道なのかを精査しなさい」

「……ッ。初対面だろうが、勝手に保護者面してきてんじゃねえよ!」

 

 拒絶の言葉をぶつけられたダストトレイルが、初めて表情を変化させた。

 目を伏せ、悲し気に眉を下げる。その様子、まさしく自分の助言が届かないことを悲しむ聖母の如き様子に、教皇は目を見開いた。

 

(まさか──宇宙を守護する存在でありながら、本当にリョウのことを気にかけているのか)

「残念です。ですがそれこそが意思だというのなら、当方がこれ以上言葉をかけることもありません」

 

 銀河剣を消して、一つの宇宙を守護する騎士が、真っすぐにリョウを見つめる。

 

「それでも其方が自分の意思を貫くために、その道を歩こうとするのなら……立ち止まらない覚悟を持ってください。自分が何を踏みつけようとも、どんな手を振り払おうとも走り続けるという覚悟を」

「……そんなの、とっくの昔に持ってる」

「なら、いいです」

 

 黄金色の瞳を閉じて、ダストトレイルが数度頷く。

 

「当方の顕現理由が消えたことを確認しました。以降のコントロールを、現段階の最上位人格へと譲渡します」

 

 言うや否や、空間が変質した。

 自分たちの身体を押さえつけるように広がっていた神秘が霧散し、リョウと教皇がその場に崩れ落ちる。

 

「~~~~ッ、ハ、ハァ……ッ!」

 

 息も絶え絶えな状態の二人の前で、少女がゆっくりと瞳を開く。

 その色は、宝石をはめ込んだような、透き通った紅色。

 

「あ、あれ……私……」

「…………」

 

 目を白黒させるマリアに対して、リョウは心の底からホッとした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 大聖堂にて未踏の神秘が降臨し、そして自分の意思で退去していた一方で。

 リョウたちをうまく逃がした後、路地裏にてナイトエデンは仲間たちと共に、騎士団の動きについて再検分を行っていた。

 

「……今回の騒動で、意図せず二重の確認ができたというわけだね」

「そうなります、ナイトエデン様」

 

 広げた地図に書き込まれた、有事の際に騎士たちがどこから出撃し、どのルートをたどって移動するかというデータ群。

 それらを瞬時に暗記して、ナイトエデンは満足げに頷く。

 

「悲しいことではあるが、グルスタルクはいい仕事をしたね」

「……援助の甲斐がありましたか」

 

 傍に控える男の言葉に、苦笑が漏れた。

 

「それ、私は反対した案件だろうに。私に言ってどうするんだい」

「……失礼しました」

 

 苦笑の中に宿る殺意を感じ取り、男が身を縮こまらせる。

 息を吐いて、ナイトエデンは首を横に振った。瞬間的にいら立つが事が増えた、という自覚があった。

 それはきっと、想定外かつあってはならなかった出会いのせいで──

 

 

 

「絶翔せよ、墜崩の翼──天空(テオス)の神威を振りかざそう」

 

 

 

 影が差した。

 路地の出口、大通りに面した場所から人影が伸びていた。

 

 暗闇の中に浮かぶは、稲妻の火花を宿した碧眼だった。

 ナイトエデンは地図を畳んで懐にしまい込む。

 

「……こんにちは。随分なご挨拶だね、ロイ・ミリオンアーク」

「妨害していたのはお前たちだな」

「ここまで敵意を隠さない形で相対するとは──」

 

 言葉の途中。

 ナイトエデンの傍に控えていた男たちが音もなく地面を蹴った。

 常人ならば目視することもできないスピード。

 

「邪魔だ」

 

 権能を使うまでもなかった。

 ロイは剣を振るい、自分に飛びかかってきた男二人を瞬時に無力化した。

 それだけでは止まらない、既に最高速度に突入しているロイは、勢いのままナイトエデンとの間合いを殺す。

 路地裏に激しい打突音が響いた。

 

「やめたまえ。その力は少なくとも私相手に振るうべきじゃない」

 

 ナイトエデンはロイの一撃を防いでいた。

 その姿勢のまま、悲しいよと彼は目を伏せる。

 

「本当は味方なのに、とでも言いたいのか?」

「分かっていてもなおこれかい?」

「心臓を砕いてやる」

「先輩には敬意を払うべきだという社会のマナーを教えてあげるよ」

 

 直後、神秘と神秘が激突する。

 ロイが振るう剣の閃きが空間を断ち、ナイトエデンが展開した光のワイヤーを紙切れのように切り裂いた。

 

(思っていたより数段階は出力が高いな。感情のボルテージに合わせて増幅しているんだろうけど……凄いな。覚醒してからまだ数か月も経っていないはずなのに、独力でここまで使いこなせるようになるなんて)

 

 攻防の組み立てを超高速で行いながらも、そもそも自分とこの速度感で戦えているロイの技量に、思わずナイトエデンは賞賛の言葉を贈りそうになった。

 ぴくりとロイの眉が動いた。

 

「余計なことを考えている顔だな、それは!」

「おや、天空(テオス)に読心の力はなかったはずだが?」

「あいにく──そういうところはそっくりだ!」

 

 ナイトエデンが驚嘆した出力が、そこからまだ数段階引き上げられる。

 交錯する攻撃がドーム状に周囲を削り取り、一気に膨れ上がる。

 

「速くて強くて上手い! 彼女の評価通りだな……!」

「ほお、そんなことを言ってくれていたのか! それは嬉しいね!」

 

 光速での戦闘に割って入ることのできる者はいない。

 ロイが一気に押し込み、ナイトエデンを自分ごと大通りから遠ざける。

 

「マリアンヌの場所を知っているだろう!? どこにいる!?」

「君に教える義理はないな」

「お前が秘密を知っている立場でもないだろうに……!」

 

 至近距離、あらん限りの怒りを宿す瞳がナイトエデンを射抜く。

 だがその奥底にある激しい焦燥を、彼はしかと見抜いていた。

 

「……やめだ!」

 

 眼前からナイトエデンの姿が消える。

 ハッと振り向いた先、いつの間にか家屋の上に佇む金髪の男は、共に行動していた二人の男を抱えていた。

 

「今日のところは逃げさせてもらおうかな」

「……次は逃がさない」

「怖い怖い。ただ……マリアンヌ・ピースラウンドに関しては、私もどう対応したらいいか分からず、仕方なく静観しているんだよ」

「元の場所に帰ってくればいい、それが自然だ」

 

 婚約者の言葉に対して、救世主は数秒間黙った。

 

「……だがそれは、果てのない闘争が続く場所だ」

「…………」

「今の彼女は、幸せそうに見えたよ」

「ふざ、けるな。お前が彼女の幸せを決定する権利なんて……!」

 

 その言葉の途中で、音もなくナイトエデンの姿は消えた。

 一人路地裏に残されたロイは、奥歯を食いしばり、権能をオフにした後、傍の壁に拳を叩きつける。

 

「……!」

 

 頭を振った後、ロイは大きく息を吐いて、剣を鞘に納める。

 焦りは日々強くなり、努力は空転する。

 

 きっかけとなるクリスマスパーティーは、もう間もなくに迫っていた。

 


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