「こんにちは、マリアさん」
買出しに出ていたマリアは、ふと呼び止められ足を止めた。
「はい?」
振り向いた先を見て、マリアは凍り付いた。
腰まで届く銀髪。
大海を思わせる澄み渡った蒼い両眼。
ボディラインをはっきりと浮かび上がらせる黒いドレス。
優美にして妖艶、女神すら嫉妬に狂うような美しい少女が、まっすぐにこちらを見つめていた。
「…………」
「…………」
人々が行き交う市街地の中で、二人の空間だけが切り離されたかのように静寂に満たされる。
いいや本当に、魔法的効果で空間が切り離されているのだと数秒遅れて気づいた。
「……貴女は自分ではなく、誰かのためだけに輝くつもりかしら?」
「っ! は……はい、そうです」
おそらくは記憶を失う前の自分の知り合いだろうと予想できる。
マリアは緊張に息を詰まらせながらも、前置きのない問いかけに即答した。
それを聞いて、謎の少女は微笑みを浮かべる。
「変わりないようで安心したわ」
「え?」
マリアは困惑の言葉をこぼした。
変わりないようで、というのは絶対にありえない言葉のはずだからだ。
今のマリアはマリアンヌ・ピースラウンドとは別人であり、かつての友人たちを敵に回しているのだ。
だというのに、それが正しいことであるかのように、謎の少女は頷く。
「一番根本的なところは、やっぱり変わらないのね。誰のためなのかは二の次で、自分で決めた道を絶対に譲らず、ひたすら前へと走り続けるんだから」
「……ど、どうも?」
少女は歩み寄って来る。
「だからこそ、
「そのへんでやめておけ」
突然、少女の頭部にチョップが落ちた。
いつの間にか現れた、不思議な眼鏡をかけた青年が下手人である。
「えっ、あっ、え……?」
「いったいじゃない……何をするのアルトリウス」
「相手は、今は一般人なんだろう。怖がらせるような登場の仕方だけでなく、話の展開まで最悪だ……自分とは因縁があるんだというアピールが過剰過ぎる」
諭すように冷たい声で語る男から、マリアは言い知れぬおぞましい気配を感じた。
かろうじて、何か目に見えない力でせき止められているが、それさえなくなってしまったらどうなるか──そうやって不思議と、男のことを警戒するべきものとしてマリアは見ていた。
(おとめ座さんで、防げる……?)
しかしここは市街地、極星神将の顕現に向いた場所ではない、とマリアは苦い表情を浮かべる。
その気配を察知したのか、男は肩をすくめて制帽を被りなおす。
「では、これでお暇させてもらうよ。我々のことは忘れてくれていい……悪かったな、うちの陰湿メンヘラ女が」
「今なんて言ったかしら今ッ!」
「陰湿陰険ドメンヘラ女」
「増えているわねェッ!」
言い合いながら少女と男はマリアの横を過ぎ去って、後ろへと抜けていった。
恐る恐る振り向けば、どこにも銀髪は見えない。
通りはいつも通りの活気を取り戻していた。
まるでそれは、水面に浮かぶ月がすくいあげた途端消えてしまうような、泡沫の出来事だった。
◇
迎えた大礼拝当日。
シュテルトライン王国全体が厳かな空気に包まれ、熱心な者は夜だけでなく朝から一日をかけて祈りを捧げるという由緒ある記念日。
王都にそびえたつ総本山、大聖堂もまた一年を通して最大のイベント当日とあって、あちこちで関係者が駆けまわり騒然としている。
そんな中で、次期聖女であるユイは大聖堂の最上階にてじっと椅子に座っていた。
(……教皇様。どうして私を見出しておきながら、リョウを巻き込んだんですか)
ユイにとっては忌まわしき記憶。
殺人マシーンとしての技術を叩き込まれていた最低の過去。
そんな中で確かに、自分に食らいついてくる少年がいたとは思っていた。
他の師範代からも技量を認められており、彼との組手に関しては人目を集めたものだ。
(でも彼は私と違って……逃げた先でも、因縁に巻き込まれた。私は教会に拾われて、それは、とても幸運なことで)
神父たちから、人間として生きていく上での倫理を教えられた。
それはあくまで便利なものに過ぎず、今もユイは心の底から彼らと同じ価値観を持っているとは到底言えないが。
(でも、尊いものだって。私なんかが触れたりしちゃいけないけど、今を生きている人々は本当に素晴らしいんだって、分かったつもりだった)
マリアンヌと出会ってやっと分かった。
今を生きる人々。今という時を駆け抜ける人々。
自分で定めた道を疾走する彼女の背中を見ていれば、その価値を自然と理解できた。
ユイ自身が交わることはできずとも、それが許されないことであっても。
かけがえのない友人たちも丸ごと含めて、絶対に損なわれてはいけないものなんだと分かった。
(守りたい。私は人々の営みを守りたい……でも、だったらリョウたちには、どうすればいいんですか?)
自分が聖女となることを否定する彼は、きっと、憎しみからそうしているのだろうとユイは思っていた。
当然だ。自分は教会に拾われて次期聖女として大切に育てられてきた。でも彼は狂信的な指導者と共に逃げたせいでまだ修羅の世界から抜け出せていない。
(リョウが私を恨むのは自然だ。彼はきっと私が生きていることすら許せない。でも、だからって、マリアンヌさんを当てつけのために……)
思考は繰り返せば繰り返すほどに、負のスパイラルに陥っていく。
そんな際限のない自傷行為を止めたのは微かな物音だった。
「お目覚めは、大礼拝には間に合いませんでしたね」
ゆるりと顔を向ければ、神父が一人、教皇の顔を清潔なタオルで拭いていた。
気配は感じていたが、意図的に無視していたものだった。
「いやはやしかり、ローレン・セイントフィールド様の跡継ぎに相応しいのが誰なのか、ご本人同士での決定になるとは……」
「あなたがリョウ・タガハラの推薦人ですね」
ユイの鋭い視線を受けて、神父は視線を動かさないまま冷や汗を一筋垂らした。
教皇の右腕として、協会内でも人事的な判断を任されている男だ。
「どうかお許しください、ローレン様からの直々のご命令だったのです」
「……教皇様の名を呼ぶほどに親しかったというのなら、彼の意図も聞いていませんか」
一般的に、教皇は個人としての名を呼ばれることはない。
厳密には世襲制であるセイントフィールドの名に代目を付け加えて呼ぶのが正式であるものの、敬意と畏怖を払って役職を名前同然にみなすのが普通だ。
彼の直々の意見であるかどうかで教会の全ては決まる。
だからこそユイも加護を全力で費やして意識の復活に助力したが、結果としてまだ彼は目を開かない。
「ローレン様は誰も信じていませんでした。私もそうです、比較的信頼されてはいましたが、すべてを打ち明けられるような存在にはなれなかった」
「……どういう意味ですか?」
「探していたんですよ、ローレン様は。自分のすべてを話してもいい相手を」
「それは──」
ユイはそこで口を固く結んだ。
だってそれは。
(
人々の罪の告白を受け止める立場である教会の人々、そのトップがそんな状態だったというのは、いくらなんでも。
「……じゃあ、結論は出ないままだったんですかね」
「いえ、そうではないとは思いますよ」
思わずユイは、え? と聞き返してしまった。
「ローレン様はかなり頑固な人だったので、どれほど体調不良であっても納得できないことに関しては差し止めていました。結論が出ないままの議論を他者に放り投げる印象はありません」
で、あるならば、とユイは改めて教皇の顔を見つめた。
「出ていたんですか……?」
「恐らくは」
しかしその意見を聞くことはもう時間的な余裕がない。
「私でもできなかったのですが……誰かが、ローレン様の決意が固まるきっかけを与えたのでしょう。タガハラ様はもしかしたら、見当がつくかもしれませんね」
神父の言葉に、ユイは黙り込む。
自分がかつて与えられたきっかけを、それを誰が与えてくれたのかを思えば。
◇
夜の大聖堂に、教会関係者や騎士団上層部の面々が集まっている。
一年に一度だけ行う大礼拝を、そして教会の今後の発表を知るためだ。
「しかし、この段階で我々に情報が回って来てないの、普通にかなりヤバいと思うんだけどな~」
正装姿の騎士団団長が、周囲に聞こえるようわざとらしくつぶやく。
明らかな挑発行為に空気が凍る。
それを察して、お目付け役に来ている秘書の女性二人が、両サイドから同時に彼の腹部へ肘を入れた。
「ぐえぇっ。ちょ、待ってくれよ。第一手が暴力なの、どうかと思うよ」
「私たちのスポンサーさんたちと言っていい方々をなんで挑発するんですか」
「いやあ、それはさ。基本的にいい人たちなのは分かるんだけど、たまに秘書と同席させてくれって枕要求してくる人混ざってるから嫌いなんだよね~」
「…………」
周囲の人間が気まずそうな、あるいは『え? 何それ? そんなやついんの?』と愕然とした表情を浮かべた。
「ま、そういうのってさ、先代様は容認……はしてないけど。ちょっとここ数年は色々と、僕らの知らないことに注力してたみたいで、それで目をかいくぐってたみたいなんだよね。これから先もそれがあるかは次の人次第だから、それも気になるなあ」
へらへらと、他人事のように団長は口にする。
だが彼が自分の発言に誰がどう反応しているのかを確認していることなど、長年連れ添った秘書たち──彼の秘書はいずれも彼が団長となる前からの付き合いだ──には分かり切っている。
(あんた、剣がからっきしだからって最近は陰謀やりすぎ。いつか刺されるわよ)
(刺されて死ぬなら好きな子相手がいいなあ)
(一番叶いそうにない願望持っちゃってるし……)
小声のやり取りをしていたその時、団長がふと顔を前に向けた。
視線の先には、一同の前、礼拝用の祭壇へと上がるユイの姿がある。
「時間だね」
鐘の音が響いた。
荘厳な響きが全員の唇を縫い留める。信心深き者たちが、シュテルトラインのあちこちで首を垂れる。
だがその直後──ユイのすぐそばにロイ、ジークフリート、ユート、リンディといつものメンバーが飛び出してきた。
彼らが見ている先は大聖堂の入り口。
(うわあ、気配感じ取れなかったや。招かれざる客ってやっぱりたいてい強いんだねえ)
団長もまたゆるゆると振り向く。
「時間です……ちょうどですね」
ユイが険しい表情で見つめる先、開け放たれたままの礼拝堂入り口扉の傍に、影があった。
多くの影だった。善良さ、敬虔さとはかけ離れ、それぞれが武装を手にしていた。
「ああ。俺たちって育ちは悪いけど、時間は守るタイプなんだ」
先頭に立つ少年が不敵な笑みを浮かべる。
ユイは彼から、その隣に佇み所在なさそうにしている宵髪赤目の少女へと視線をスライドさせる。
「この聖堂は、信心深く心優しき者たちのための場です。であるが故に、あなたたちが入ることを許しましょう」
「ありがとう。ま、入らなきゃ話にならないわけだけどな」
悠々と、そして堂々と闊歩するリョウ一味の姿を、この場に集った面々はじっと見つめた。
次期教皇の座を巡る二人であることを、誰もが知っている。
問題は二人のうちどちらがその座を射止めるのかという点だ。
「……君たちに関して、この場にいる誰もが、あまりにもその素性を知らなさ過ぎる」
ユイの前に進み出て、剣の柄を触りながらロイが宣告する。
お姫様を守る騎士みたいだな、とマリアは場違いにも二人に見惚れそうになった。
「その通りだな。だからこそ今この場で、教会の頂点に立つ資格を、見せるさ」
ぱちんと彼が指を鳴らす。
途端──変化は劇的だった。
大聖堂に満ちていた神秘の濃度が一変したのを、聡い者たちはすぐさま見破った。
聖堂内部を照らしていた魔力による明かりが、それよりも眩しく、温かで、それでも恐ろしい何かによって上書きされる。
必要な闇すら打ち消してしまいそうな光の出どころは、聖堂の中にふわふわと漂う、小さな羽を背負った少年たちの姿だった。
「──天使?」
誰かがそう呟いた。
呆然としたというよりも、陶然とした声色だった。
「……上位存在、とも違うみたいですね」
現れた神聖なるラッパ吹きたちを見て、ユイは表情を険しいものにする。
明らかにイレギュラーな権能だ。相手が一方的にこちらの手札を知っているという不利な状況に加えて、案の定リョウ一味はまだ札を隠し持っていたのだと痛感する。
そしておそらく、これだけでは終わらないだろうとも確信していた。
「マリア」
「はい! ──いて座さん、お願いします!」
リョウに名を呼ばれた少女が、大聖堂に集った面々の頭上に極星天将を顕現させる。
ノータイム、準備動作すらなく現れた存在に対して、その本質を理解できる者ほどに顔色を変えた。
騎士団大隊長たちが絶句する。協会幹部たちが膝から崩れ落ちる。
(……どうやら私には理解できないところの、ものすごい存在みたいだね)
何が何だか分からない団長が、平静を保てた唯一の人物と言っていい。
「これだけできる存在が、教会とは何のゆかりもないです……ってほうがおかしいだろ」
「逆説的に、ということですか」
「大体それ言ったらアンタだってそうだろ、ユイ・タガハラ」
言わんとするところは分かる。誰だって目を逸らし、それは既に処理された前提であると言い張っていた。
それでもユイとて、どこからともなく拾われてきた、出自不詳の少女に過ぎないのだ。
「いいじゃんか。根無し草VS根無し草ってことで」
「決着をつける土俵に立っていること、その証明は確認できました」
話の運びを聞いていて、ロイは思わず舌打ちしそうになった。
(何を言っているんだ、さも前提条件は対等のように……しかしユイも、それに乗っかっていいと言っていた。事前に聞いていなければ流石に止めているレベルだぞ)
それに、気になるところは他にもあった。
彼は恋敵にして親友へチラと視線を送った。
(今の言葉遣い……マリアンヌに似ている。意図して、自分を彼女のように律しているか……)
心配なのは変わらない。
だがユイがこの場に臨むにあたって持ち込んだ覚悟は理解できた。
「では、どのようにして決めますか。多数決ではそちらに勝ち目がなさ過ぎますね」
「まあそうだな、それだけは勘弁してほしいところだ……じゃ、潰し合いでいいんじゃないか? 強い方があのジジイの後を継ぐ」
「それはちょっと乱暴すぎませんか……?」
リョウの提案を聞いて、流石に味方であるはずのマリアも頬をひきつらせた。
彼が道を進む際の手助けになると誓った身ではあるものの、いくらなんでも解決方法に文明人としての倫理がなさ過ぎる。
「分かりました」
「いいんですかっ!?」
ユイがその提案を認めたものだから、この場における常識人はまさかのマリアとなってしまった。
「時と場所とやり方を決める必要がありますね」
「時は決まってる、今からしかないだろ?」
逃げるはずがないよな、という意図を込めた挑発的な笑みを向けられ、ユイは静かに頷いた。
「分かりました。もとより発表の場となる予定でしたから……ここで決めるのは好都合です」
「あと二つに関してだが、場所はそっちで指定しろ。代わりにやり方をこっちで決める。もちろん逆でもいいが」
「同じ提案をしようとしてたので、大丈夫ですよ」
姉と弟の会話は淡々と進んで行く。
リョウはこの戦いにどれだけの想いをかけているのかを知るマリアは、見守ることしかできない。
「事実上のクーデターじゃないか……」
「いえ。私と彼が合意した上でルールを形成した以上、これはクーデターではありません」
ロイのつぶやきに、ユイが決然とした声で返す。
「ここまでは予想通りです、決着をつけましょう。場所もやり方も、どちらを決めることになっても有利を取れるように仕込んだのはこのためです」
「……しかし、ユイ。君が勝利して得られるのは報酬というよりはむしろ、これは」
「手に入れたいんです、聖女の座を。それが、私がいま最もやるべきことであり、やりたいと思っていることだから」
覚悟を決めた次期聖女のまなざしが、自分のために集まってくれた仲間たちの顔をなめらかに滑っていった。
「場所はこの教会です。既に戦闘用部隊を各所に配置しています」
「うわ、こいつ本気も本気じゃねえか」
「道理で普段見る顔がいないと……え!? これ私たちが普段接してる神父たち、ほぼ軒並み戦闘要員だったってこと!?」
ユートとリンディが頬をひきつらせる中で、ユイは頷く。
「こういう時のために、あらかじめコミュニケーションを取っておいて、互いに顔を知っている状態を作るようにとお願いしていましたから」
「あんたこういう陰険なことできたのね」
「誰が陰険ですか」
軽口をたたいた後に、ユイはリョウへと向き直る。
「場所はこの大聖堂を含む教会本部とします。貴重な物品は既に撤去済みです、集まってもらった皆さんを安全な場所へと避難させればいつでもできます」
「準備のいいことで……じゃ、やり方は単純に、フラッグ戦でいこう。フラッグ役が倒されたら負けだ」
「……各チームごとにフラッグを設定するんですね? それは相手チームにも開示しますか?」
「開示は義務付けない。そしてこっちのフラッグは俺だ」
リョウは親指で自分を指した。
こうなればユイに選択肢はない。
「こちらのフラッグ役は私です」
「上出来だ」
既に二人が話を始めた直後から、関係ない人間は神父たちに誘導されて聖堂の外へと避難を開始していた。
逆に言えば、残っているのはユイ側の戦力ということだ。
「結構残るんだな。騎士に神父により取り見取りだ。決戦用に色々と仕込まれてるっぽい……分かっちゃいたが、キツいな」
「大丈夫です、わたひたちがついてましゅから!」
「一回なら笑えるけど、二回噛まれると流石に心配が勝つな」
横目に見ると、マリアは冷や汗をだらだらと流しながら震えまくっていた。
「悪いな、マリア。ここまでついてきてもらって」
「そそそ、そんなことないですっ。むしろ、拾ってもらっただけの私を、ここまで……」
「違うだろ、もう分かってるだろ。敵だったからだ、それがこうなって……俺のワガママに巻き込んでるんだ」
その言葉を受けて、マリアは数秒黙った。
彼女をよく知る者であったのなら、それが意志という名の弾丸を装填する、もし彼女と敵対するのなら絶対にさせてはいけないアクションだったと気づけただろう。
「……でも、今私がここにいるのは、そのためなんですよ」
リョウは、思わずのけぞりそうになった。
さっきまで怯えて、緊張に震えていた少女だったのに。
絞り出すようにそう言ったのがきっかけか、あるいは自らトリガーを引いたのか。
自分が走るべき道を定めた直後に、彼女の全身から暴風じみた神秘が吹き荒れる。
記憶を失う前の彼女を知っている者たちが顔をひきつらせた。
(元味方だとか記憶喪失だとかは関係ない、そうですよねマリアンヌさん)
(君が君であるのなら、やはりそうか。手を抜くことはない、いつでもどこでも、走るからには全力だろうね)
マリアンヌ・ピースラウンドはどういう星の下に生まれたのか。
勝利? 違う。
最強? 違う。
彼女は純然たる、彼女自身が星の生まれ。
何かの下になど願い下げ。自身が進む道はすべて自身の意思で決める。
運命を定める力は作用する間隙を与えられない。
それは生来の性質である善性がなければあり得ない隙だ。
故にマリアンヌは自分の意思以外に決して屈しない。
で、あるが故に。
マリアもまた、相手が誰であろうと一切合切手を抜かない。
人間が自分の欲求を、或いは願望を叶えるためには、人智を超えた努力と運命が必要なのだということぐらいは分かっている。
「準備はできましたか」
ユイの言葉に誰も返さない。
ただ意思表示として、冷たい空気が全員の肌を指す。
「では、始めましょう」
直後。
全員が第一歩を踏み出そうとする。
互いのフラッグ役めがけて全力の攻撃を打ち込もうとする。
「皆さん、全力でお願いします!!」
飛び交う寸前で、それらの攻撃がすべて霧散した。
天空めがけて手をかざすマリアによるものだ、と認識した時にはもう遅い。
『────』
『…………!!』
『────!』
世界を爆砕して出現する極星神将たち。
ソラを凝縮した弓、槍、盾。
原作主人公の前に立ち塞がるには、十二分過ぎる面々。
「ふ……複数顕現させることができるのか!?」
ジークフリートが驚愕に声を震わせる。
「私のワガママに応えてくれるのなんてお星さまぐらいしかいないから……だから、お星さまの力を存分に使い倒させてもらいます!」
マリアの権能は非現実を現実に書き起こす。
外部から入力されたさまざまな事象を自身の中で組み換えた後に、外部へと再出力する──言葉にすれば容易く聞こえるものの、やっていることは神秘を過剰に使用した奇蹟に他ならない。
人間は誰しも、自分の中で何かを創造しているわけではない。
所属する国家或いは共同体、その中の小さな枠組み、さらにその中の序列、グループ、人間関係。
それらの中で発生したものを無意識下で受け取り、情報として精査し、自分の中に落とし込む。
そうして作られた思想や意見が人格を形成し、特定の個人を成立させている。
人生というのは、自分の外側から与えられたものの集積なのだ。
マリアはその枠組みを大きくしただけ。
世界を包括する極点、あらゆる生命の源となる十三領域から受け取ったものを自分の中に集積し、それを出力しているだけ。
ごく普通の少女にとっての
「いて座さん!」
人馬宮の主がつがえた矢に神秘を収束させる。
「おうし座さん!」
金牛宮の主が二本の巨大な槍をぶつけて打ち鳴らす。
「かに座さん!」
巨蟹宮の主が両腕の盾に雷光を纏わせ振りかざす。
たとえこれが国家同士の戦争であったとしても、この三体を同時に顕現させるのは過剰戦力である。
その上で、マリアは次なる一手を打つ。
「融合召喚ッッ!!」
「なんて?」
隣で見守っていたリョウの口から間抜けな声がこぼれた。
突き出した手と手を固く結んで、マリアがキッと眼差しを鋭くする。
彼女の頭上で三体の極星神将たちが顔を見合わせ、『えっ何?』『俺ら合体すんの?』『知らん……何それ……』と困惑する。
困惑したままぐにゃああああと形が歪んでいき、『ええええええできんの!? 怖い怖い怖い!』『お嬢待って! 待って! 百歩譲ってもこないだのトリニティレヴォリュートにして!!』『あっちょっ……あイケるなこれ』と声にならない叫びをあげながら、三つの銀河が混ざり合う。
ひときわ眩しい輝きが放たれ、誰もが目を庇う。
やがて光が消えた後、一同の前にいたのは。
「竜だ……」
今までのヒトガタとは違い、銀河を重ね、竜の形に無理矢理変形させたような異形。
それは神話に登場するようなものというよりは、鎧を身に纏い二足で佇む、戦士の姿に近い外見だった。
マリアンヌであれば『アーマード・ドラゴンじゃないですか!!』と大興奮していただろう。
「えっと……極光の
マリアが宣言した技名は半端なく物騒な上に色々とギリギリだった。
しかし星の怪物は大きく口を開けると、明らかにおかしい量の神秘を明らかにおかしい密度に収束させ始める。
「あいつ大聖堂ぶっ壊す気よ!」
「ジークフリート防げるか!?」
「かなり心配だが……ええい、やるしかないだろう!」
ユイ陣営最硬の盾役であるジークフリートが前に飛び出すと同時に、発射。
放たれた極光を、自らの神秘を全開にして竜殺しが受け止める。
「何なんだそのドラゴンは!? オレたちも知らないぞ!?」
「ブルーアイズガンギマリドラゴンさんだそうです」
「そんなひどい名前のドラゴンがいてたまるか────!」
裂ぱくの
背後で仲間たちが『え、今の防げるんだ。怖……』『行けって言っといてなんだけど無傷で耐えてるの見るとちょっと引くわ』と言っているのが聞こえて、紅髪の騎士は泣きそうになった。
「しかし、ともかく、竜ならばオレが相手取るべきだろう……!」
「お、お願いします皆さん、多分あの騎士さんが一番厄介なので、全力でいきましょう!」
ユイ・タガハラとリョウ・タガハラによる次期教皇位争奪戦。
互いの一番槍にして最強のカード同士が、激突の幕を切って落とした。