TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART15 禁じられた遊戯

「アチョー!」

 

 ふざけた叫びと共にリョウ一味のメンバー、デンドーは神父たちを蹴り飛ばした。

 

「この男、強いぞ……!?」

「さっきからダメージが入っていない! どうなってるんだ!?」

 

 大混戦となっている大聖堂内部だが、実のところ数には大きな差がある。

 神父や騎士の軍勢と比べてリョウ一味の人数は余りにも少ない。基本的には単独で複数の敵を相手取る形での戦闘があちこちに見られる。

 

「だはははははっ! 伊達に毎日リョウに転がされてねえからなあっ! このデンドー様の我流無刀流の前には敵なんていない──びゃっ」

 

 敵に囲まれながらも哄笑を上げているデンドーだったが、後ろから飛来したダガーが頭部に激突してその場に転がった。

 見事なヘッドショットだったが、血は一滴も出ていない。

 

「いっでえ~! 後ろからなんて卑怯だろぉ!?」

「やはり加護の鎧をそちらも纏っていますか」

 

 デンドーが振り向いた先には、剣呑な表情を浮かべる小太りの神父がいた。

 ユイが直轄する隠密退魔部の副部長を務める彼は、頭をさすりながら立ち上がるデンドーを見て舌打ちする。

 

(タガハラ様をお守りせねばならぬというのに、散開した敵方の撃破がままならない……教皇様が見出した以上当然だが、相手のリョウという少年から、全員が加護を授かっているのだろう)

 

 見た目とは裏腹に、リョウ一味の面々は騎士が授かる加護に類似した──というよりは、まったく同じ──ものを身体に纏っている。

 この戦いはれっきとした教会の内紛なのだと嫌でも理解させられた。

 

(固まってくれたのならまだやりようもあるのだが。聖堂の外側、本部各所でも戦闘が始まっている……こちらが戦闘要員を仕込んでいたのと同じで、相手も仕込んでいたということですか)

 

 そこでハッと気づく。

 

(な……何故分散させている? 全戦力をタガハラ様にぶつける一点突破が最も有効ではないのか?)

 

 回答は他でもなく、狙いを小太りの神父に定めたデンドーの口から発せられた。

 

「アンタさてはそこそこ強いな! だったらここで俺の相手をしてもらうか──何せ一対一なら、リョウは負けねえからな!」

「……!」

 

 逆だ。

 全員総がかりでユイを仕留めることを短絡的な解決策としているのではない。

 

(これはあくまでステージを作り上げただけということですか! しかしこちらにはまだ、ジークフリート殿やミリオンアーク殿といった戦力もある……!)

 

 今ここで自分が成すべきことを確認して、神父たちは本来魔を祓うための力を、同じ人間相手に振るい始める。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 混戦となっている大聖堂。

 その中心で、銀河を束ねた竜と竜殺しが対峙していた。

 

(紅髪の騎士さん、この人が現段階だと一番怖い! この人を私がなんとかしなきゃ、勝負が成立しないかもしれない……!)

(姿形はドラゴンだが……悪性ではない! きちんとオレ対策をした上で構築したのか!)

 

 初動こそくじかれたものの、すでに両陣営の面々は距離を詰めて格闘戦を、あるいは距離を取っての砲撃戦を開始している。

 並んだ椅子が片っ端から弾き飛ばされ、逸れた攻撃が聖堂の壁を粉砕する。

 

「ん……?」

 

 ブルーアイズガンギマリドラゴンに油断なく注意を払っていたジークフリートだが、ふと視界に複数の異物が入っていることに気づく。

 それはリョウ一味が大聖堂に入って来た際、権能として見せつけた天使たちだった。

 天使たちは神父たちへとラッパを向けると、そこから光り輝く矢を放つ。

 

「ぎゃっ!」

「ぐっ……撃ち落とせ!!」

 

 神父たちが投げつける暗器はおろか、跳躍した騎士の斬撃すら弾かれる。

 リンディとユートが放つ魔法も一切通用していない。

 天使たちは張り付けたような微笑みに傷一つないまま、光の矢で神父たちを射抜いていく。

 

「普通の魔法や加護が効かない……!?」

「どういう理屈なんだよ、こりゃあっ!?」

 

 悲鳴をあげながらも、ユートがチラとジークフリートを見た。

 既に彼が十三節詠唱を済ませたうえでこの決戦場に臨んでいることは、ジークフリートも知っている。

 つまりあの天使は、フル出力の禁呪すら弾いているということになる。

 

「ならば──光輪冠するは(レギンレイヴ・)不屈の騎士(ジャガーノート)っ!!」

 

 加護をフル放射して、ジークフリートが天使たちを撃ち落とす。

 七聖使(ウルスラグナ)の権能を用いればダメージを与えることができるらしい。

 

「ジークフリート! 君がこの天使たちに対応しろ!」

 

 剣を片手に、大隊長ゴルドリーフ・ラストハイヤーが叫ぶ。

 

「……っ! 分かりました、誰かあの竜の相手を──」

「いいえ行かせません! あなたを足止めするのが私の役割です!」

 

 他の騎士たちの加勢へと向かおうとした刹那、ジークフリートに対してブルーアイズガンギマリドラゴンが尾を打ち据えた。

 とっさにガードした大剣がビキリと嫌な音を響かせる。

 

「そう簡単にいかせてはくれないか……!」

「ブルーアイズガンギマリドラゴンさん! そのままその人を狙ってください!」

「そのフルネームでいちいち呼ばないとダメか!? 気が散ってしまうんだが!」

 

 一応、マリア本人を狙った攻撃も飛んではいるのだが、全てがブルーアイズガンギマリドラゴンの一睨みで霧散してしまっている。

 視線だけで攻撃を物理的に消し飛ばしているのだ。マリアの指示で無用な被害を出さないようどれほど力を抑え込んでいるのかも透けて見えるというものである。

 

「私が試してみよう──摂理装填・誅死猟域」

 

 ゴルドリーフが小さくつぶやいた。

 極限まで加護の出力を高めた騎士だけが持つ、摂理の力。

 

「マリア、という名前だったな、今は」

「え!? あ、はい……えっと、どなたですかね……?」

 

 視線が重なると同時に、摂理の威力がマリアへと牙を剥く。

 

「君は信念に基づいて行動しているのだな?」

「あ、当たり前です!」

「ならば我々が愚かだと思うか?」

「そんなことは、ないです! 片方が愚かかどうかを決める戦いじゃない……!」

 

 ──決まった、とジークフリートは素直に思った。

 ゴルドリーフの摂理が発動する。

 回答がイエスであったため、ゴルドリーフの全出力が百倍に跳ねあがった。

 また回答がノーでもあったため、マリアの力が百分の一まで減退させられた。

 たった二度の会話で彼我の戦力差には一万倍もの補正がかけられたこととなる。

 

「いやでも……わ、私の道に立ちふさがる人は、みんなみんな愚かだっていうぐらいの気概でい、行きます!! 極光の塵裂疾風弾(ジェノサイドストリーム)!!」

 

 ゴルドリーフの権能が適応された直後に、ブルーアイズガンギマリドラゴンがブレスを吐き出そうとする。

 先ほどまでと比べてあまりにも微かで、微弱を通り超えた小さな灯が宿り──しかし刹那にマリアの赤目が閃いた。

 

「それじゃ足りないです! もっとッ!」

『────!!』

 

 叫びに呼応するようにして、ブルーアイズガンギマリドラゴンの目が輝く。

 溜め込まれている途中の神秘が爆発的に増大する。

 

「「な……っ!?」」

 

 放たれたブレスを、加護を全力にしたジークフリートとゴルドリーフが肩を並べて防ぐ。

 じりじりと剣の表面が焼け焦げていく感触。七聖使と騎士団隊長が力を合わせて、なんとか拮抗状態を保てているという有様。

 

「馬鹿な……! 君の出力は縮小されたはず!」

「なんとなくそんな気はしました! でも、私自身は元々空っぽだから……!」

 

 轟音と閃光が世界を軋ませた。

 大きく弾き飛ばされた二人の騎士が、椅子を巻き込みながらゴロゴロと聖堂の床を転がっていく。

 

(そう、か……! 大隊長の摂理によっていくら出力を引き下げようとも、彼女が力を引き出している先にまでは効果が届いていなかったのか……!)

 

 激痛に視界がかすむ中で、ジークフリートはなんとか思考を巡らせる。

 

(最初の一撃は防げたのに、今回は二人がかりで防ぎきれなかった……! こちらの加護の鎧を解析し、貫通できるように変質させている……!)

 

 明らかにブルーアイズガンギマリドラゴンは──あまりにもふざけているし恐れ知らず過ぎる名前とは裏腹に──マリアの意思に従い出力を自在に調整し、敵の特性を把握して対抗している。

 

(オレが引き付けている、といえば聞こえはいいが、実態としては遊ばれているだけだな……いや、なら、なぜケリをつけない?)

 

 もしもブルーアイズガンギマリドラゴンが全力を出せば、今大聖堂にいる騎士や神父を十数秒間で制圧できるだろう。あるいはさらに早いかもしれない。

 しかし実行に移さないというのは、間違いなく主であるマリアから制限をかけられているからだ。

 

(まさか、マリア嬢には何か……リョウなる少年とは別の目的が──)

 

 ジークフリートがハッと息をのんだ、その刹那。

 彼の視界の隅で数人のリョウ一味メンバーが吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 ガバリと振り向けば、周囲には両断された天使の残骸も散らばっている。

 

「失礼。一張羅を汚さないように気を付けていると、どうしても手荒になってしまってね」

 

 破壊と暴虐の中心に佇むロイは、剣を片手に微笑みを浮かべていた。

 対峙する者からすれば恐ろしいを通り越えて、降参して死なずに済むのかを計算し始めてしまうほどに、凄絶な笑みだった。

 

「命を奪いはしないけど、僕の進む道を邪魔しない方がいい」

「そっ……! そ、それが俺たちの任務だって言ってんだろ!?」

 

 なんとか立ち上がろうともがく敵対者に対して、ロイはスッと表情を冷めたものにする。

 

「じゃあ任務を割り当てた人を恨んでくれ。僕は僕が進む道を邪魔する人間に容赦はしないよ。まあどれだけ高く見積もっても、世界で二番目にだけどさ」

 

 直後にロイの刃が閃き、彼の背後を狙っていた天使が一体、身体の正中線をなぞられるようにして真っ二つに分かたれた。

 振り向く動作すら見せずに敵を処理する姿は、間違いなくこの場においても有数の強者であるという証左。

 

「さて……ジークフリート殿、助太刀に来ました」

「来てくれたか……! しかし相手が誰だか分かっているのか!?」

「分かっています。そして、逆ですよ。記憶を失っていようとも、彼女と対峙するのはこの僕をおいてほかにありえない」

 

 立ち上がるジークフリートに腕を貸しつつ、ロイがまっすぐマリアを見つめる。

 

「……っ! あ、相手がだれであっても、私は……! 私は負けません!」

 

 視線を鋭くして、マリアが気高く叫ぶ。

 だがその言葉遣いにジークフリートは首を傾げ、ロイは肩をすくめて嘆息した。

 

「根っこがマリアンヌと同じだというのなら、今のは『自分が勝つ』と言っているはずだろうね」

 

 解釈違いだったらしい。

 ジークフリートは隣でうんうんと頷いていた。

 

「……ぇ」

「記憶があってもなくても君は『自分が勝つ』と言っていただろうし、そうは言えない事情があるからこそ『自分は負けない』と言っていたということだろう?」

 

 言葉遣い一つを取り上げて急にこちらの心理を看破してきた男に、マリアは恐怖した。キモ過ぎたからだ。

 

「分かりやすく言おうか、マリアさん。僕としては、君の()()()()に付き合ってあげても別にいいんだよと、そう言っている」

 

 ロイは剣を鞘に納めて微笑んだ。

 マリアは──顔はいいのに言ってることが怖すぎる、と改めて恐怖した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 かつての戦友たちが死力を尽くすような戦いを繰り広げている中で。

 戦場の真っただ中、ある意味では全員の射線や殺意が交錯するど真ん中。

 ユイ・タガハラとリョウ・タガハラは外界と切り離されたような静寂の中にいた。

 

「こうしてアンタと向かい合って、これから戦うぞってなると……昔を思い出すよ」

「……リョウ。あなたにとって私は姉とは程遠い存在のはずです。なぜそう名乗ったのですか?」

 

 ユイの精神状態に揺れがないことを確認して、リョウは舌打ちをしそうになった。

 そうして心を封じるようにして得ている威厳など──頭を振って思考を切り替える。

 

「当てつけに決まってるだろ」

「……私を恨んでいるんですね。ならば、マリアンヌさんを取り込んだのもそれが理由ですか」

「取り込んだんじゃなくて、あの女が勝手に転がり込んできたんだ」

「拾ったのはあなたでしょう?」

 

 姉弟の会話とは思えないほどに、両者の表情と声色は乾いている。

 それはきっと、激突が間近であることを互いに認識していたからで。

 

「まあ、そうだな。この女を取り上げれば、姉さんは悲しいだろうと思ってさ。俺はアンタの悲しい顔が、怒った顔が、絶望した顔が見たいんだよ」

「……期待には応えられないと思います」

「じゃあ自分の手で叶えるさ。夢ってそういうものだしな」

 

 刹那、二人の姿がその場から消えた。

 密かに互いのフラッグ役を狙って息をひそめていた面々が、ぽかんとした表情で立ち上がる。

 

「え……タガハラ様はどこに?」

「リョウのやつ、急に消えて何が……」

 

 きょろきょろと周囲を見渡していたその時だった。

 聖堂の地面と天井をつなぐ柱が半ばで粉砕され、人間が前屈するようにして地面に突き刺さった。

 

『……っ!?』

 

 激震と吹き上がる噴煙の中で、目を凝らせば柱の上に佇む二つの影が見える。

 いつ移動したのかも分からないどうやって戦っているのかも分からない──事実は、二人の戦闘の余波で柱がへし折れたことだけ。

 

「思っていたよりヌルいな──!」

「ここまでの腕……やはりあの後も無刀流の修練を積んでいたんですね……!」

 

 不安定な足場などお構いなしに、ユイとリョウが攻防を繰り広げる。

 二人は柱から跳び上がり壁を蹴り椅子を吹き飛ばし、拳・貫手・蹴撃を交錯させながらポジショニングを移していく。

 移動したと分かるのは、二人の攻撃が交錯した際の余波でその場所が砕けるからだ。

 

「まずい……! 防御態勢!」

「リョウがそっち行ったぞ避けろ!」

 

 争っていた両勢力の面々が、ギョッとした表情で戦闘を中断し転がりどく。

 周囲に平等かつ無秩序な破壊を撒き散らしながら自在に移動する光景はまさしく破壊の嵐。

 その中心で姉弟の視線がぶつかり合う。

 

「分かりました」

「何がだよ」

 

 声が響いたのはもう大聖堂ではなかった。

 廊下に飛び出し、すれ違いざまに外で戦闘していた者たちを撥ね飛ばし、二人は協会本部の壁を突き破って事務室の中に飛び込んでいた。

 書類仕事用の机を挟む形で、互いが互いの手首をつかんでいる。

 

「あなたはマリアンヌさんに依存している……その執念を絶ちます」

「鏡見た方がいいぜ姉さん」

 

 拘束し合っていたはずの腕がブレた。

 スパリ、と事務机が両断された。断面は鏡のように滑らかな有様だった。

 

「依存しているのは私だけでいい、と言っているんです」

「鏡より病院が先か……」

 

 轟音と共に書類が吹きあがり、部屋の窓が次々に割れる。

 騎士でさえ目で追うことを許されない速度のまま、ユイはその場にあった万年筆数本をナイフのように投げる。

 

「フン」

 

 リョウは机の上に置かれていた聖典をひっつかむと、万年筆をその分厚い表紙で受け止めた。直後に聖典がはじけ飛ぶ。

 接触時に衝撃が炸裂するように投擲していたユイと、それを読み切って指で受け止めなかったリョウの視線が交錯する。

 

「いいね。初めて役立ったぜ、これ」

「神に感謝した方がいいですよ」

「嗚呼、遥かなる高みの雲の上におわします偉大なる神々よ、我らの苦しみを見守り、傍観していらっしゃること、心の底より感謝いたします! ……こんなもんでいいでしょ」

「最初は難しいですからね、これから教えてあげます」

「じゃあ歯と舌は無事に終わらせてくれるってことか?」

「心があれば大丈夫ですよ」

 

 会話はそこで途切れた。

 直後に破壊音が響き、部屋の全てを破壊し、武器にしながら、二人は超音速の攻防を続けていく。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 互いのフラッグ役がいなくなった。

 それは分かりつつも、大聖堂に取り残された面々は、目の前の敵を打倒するために戦闘している。

 

「邪魔させないと言ったはずですこの……外面ッ!」

「そっそっそっそっそっそっ外面ぁっ!? 君ずっとそういう風に僕のことを認識していたのか!?」

 

 猛威を振るうブルーアイズガンギマリドラゴンの前で、一張羅のあちこちを焦がしたロイが絶叫する。

 二重覚醒者であるロイと竜殺したるジークフリートのタッグですら、未だ有効打を与えることができていないのが現状だった。

 

「チッ……相手が誰だか分かっているのか!? 僕は君とラブラブで毎日いちゃいちゃしていた婚約者だぞ! 毎日君に『本当にねぼすけなんですから、まったく……』と起こされていたんだ!」

「ミリオンアーク君! さすがに記憶喪失につけこむのはどうかと思うぞ! あとマリアンヌ嬢はそういうことは多分言わない!」

 

 最初はえっそうなんですかこんな格好いい人と!? と赤面したマリアだったが、ジークフリートの指摘を聞いて顔色が変わった。

 本当に気色悪い存在、具体的に言うと水場に湧いた虫とかそういうのを見る顔になっていた。

 

「そんな目で僕を見るのか……! 婚約者である僕を! しかしこれはこれでヨシ……!」

「ひっ」

 

 怯えるマリアの頭上で、ブルーアイズガンギマリドラゴンが今までで一番の雄たけびを上げる。

 それを聞いて、お星さまに祈ることしかできない少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「え……『前から叩き潰したかった』? 『一番の理解者面をしているのが腹立つ』? 『そもそも付き合いの長さですらこっちが上なんだから黙ってろニワカ』? 何を言っているんですか……?」

「があああああっ!! ふざけるんじゃない! ぽっと出なのはそっちだろう!」

 

 ロイは即座にキレ散らかした。

 ブルーアイズガンギマリドラゴンを構成する三体から浴びせられた暴言を許せなかったからだ。

 そのまま剣に神秘をまとわせ斬撃を放とうとするが──刹那、両者の間をマグマの壁が遮る。

 

「ユート……」

「遅れたぜ。あの天使連中がだるくってな」

 

 頭から血を流しながら、ロイたちの背後でユートが笑う。

 

「禁呪すら弾いていただろう、どうやって対処したんだい」

「アレ、外殻っつーか表皮が禁呪弾いてたんだよ。だから無理矢理……こう、ペンチで針金を切るみたいにして殻越しに切り潰した」

「こんなにグロテスクな説明文章あるんだね」

 

 苦笑しながらもロイは戦場を俯瞰する。

 マグマの壁など本来なら一瞬で突破できるだろうに、マリアは警戒を解かないままの待機を選んでいる。

 推測通り、恐らく狙いは時間稼ぎなのだろう。

 

「向こうは……ユイとリョウの一騎打ちの邪魔をさせないことを自分の使命としているみたいだ」

「げっ。やっぱやるべきこと定めた後かよ」

 

 分かっちゃいたがとぼやきつつも、ユートは苦い表情を浮かべた。

 

「確かにやるべきことを定めた後のマリアンヌ嬢は手に負えないからな……オレたちも何度も見てきた光景だ」

「ああ。それこそ親の顔よりな」

「拾いにくい表現を使わないでくれないかな」

「兄さんたちの顔よりな」

「何故拾いにくさを加速させたんだ」

 

 ロイとジークフリートは、急に自虐ネタを連打し始めた友人相手に首を横に振った。

 そんだけ受け答えできるなら上出来だな、とユートが肩をすくめる。

 

「……僕たちが全力を出せないんじゃないかと心配していたんだね?」

「実際、さっきまでは全然ダメだっただろお前ら」

「意図しない形で調子を崩されてしまっていたのは大きかったがな……」

 

 強襲の貴公子と竜殺しは──敵と見るには、あまりにもよく知った言動に近いことをしていた──少女を想い苦笑する。

 

「だが、三人がかりなら別だ。お前らの()()()()()()()()()()()()って悩みとはオサラバできるぜ。とっととあのバカ女を無傷で制圧するぞ」

 

 ユートの言葉に二人が頷いた。

 だが、その刹那だった。

 

「ハアアアアアアアアアアアアアっ!!」

「つぁああああああああああああッ!!」

 

 大聖堂の戦闘音全てを打ち消すような、裂帛の叫び。

 壁を粉砕して飛び込んできた二つの人影が、激突の余波だけでユートのマグマの壁を引き裂きながら落ちてくる。

 

「姉さん────!」

 

 先んじて起き上がったリョウが、その目に殺意を宿して叫ぶ。

 

「リョウ…………ッ!!」

 

 膝をついたまま体勢を整えるユイが、顔を上げて弟を直視する。

 

 にらみ合う姉弟の姿に、誰もが手を止めた。

 至近距離で格闘戦をしていた神父と男が、顔を見合わせ、そっと距離を取る。

 ロイからのアイコンタクトに頷いて、マリアがブルーアイズガンギマリドラゴンを消す。

 ついでにマリアは男三人にぺこっとお辞儀をした。初めてお辞儀をされてジークフリートとユートは面食らった。

 それぐらい知ってるよみたいな顔をロイがしたので、マリアは顔を少し赤くしながらも不格好な投げキッスをした。ロイは倒れて死んだ。

 

 集団戦、フラッグ戦というのは、結局のところ『戦略で勝ち負けを決めましょう』という意味ではなかった。

 ただ純粋にこの対決を邪魔されるわけにはいかないという、それだけの意味だった。

 

 故に────二人が立場を捨てて意識の全てを相手に向けている今。

 ユイとリョウ以外は、観客になることしかできない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

(そうだ。証人が必要だ。俺が成し遂げる出来事を見る証人がな)

 

 周囲の人々が戦闘を止めて自分たちを見守っている。

 それを理解した上で、リョウはニヤリと笑った。

 

(だからこそ、ここでアンタの権威は失墜する。アンタが聖女になるなんて未来は永遠に訪れない)

 

 舞台は整った。

 先ほどまでの攻防で、ユイの無刀流の腕が錆びついていることは理解できた。

 

(あの頃の、殺人マシーンでしかなかったアンタとは違う。それはとても喜ばしいことで──違う。今この瞬間は命取りだ)

 

 純粋に無刀流の技量に絞って考えるのなら。

 確かにリョウは、ずっとそれだけを磨き上げ続けてきたからこそ、ユイを凌駕していた。

 

 

 

「無刀流改──絶・齟」

 

 

 

 リョウは一気に攻勢を仕掛けるべく、かつて習った型に独自の改良を加えた構えを取る。

 次の交錯が勝敗を決定づけると察して、見守る面々が呼吸を凍らせる。

 

 だが──それを見た刹那、ユイの戦闘用思考回路が閃く。

 思考を回転させる感情が熱い液体となって体の隅々へと流れ込む。

 

 やっていることは、いつも背中を見ている少女と同じ。

 決意のもとに行動を確定させ、意思の力で身体を動かす。

 だから彼女が小さく呟く名はこの時だけは、忌まわしき殺人技巧ではなかった。

 

 

 

()()()()()()()()──」

 

 

 

(な……!? 無刀流じゃない!?)

 

 リョウの表情が凍り付く。

 奥義と奥義の激突を予期していたところで、まったく関係のない構えを取られたのだ。

 すでに身体は加速を始めている。キャンセルは間に合わない。

 

(だが教会式なんて……いや、違う、なんだそれは)

(勝った)

 

 恐怖するリョウの向かい側で、ユイは静かに確信していた。

 

(何度も、独自改良型の無刀流を見せてもらっていた。だから予想がついた)

 

 そもそもの話として。

 たとえリョウが独学──先生なる男の指導こそあったが──に基づいて無刀流の学びを深めていたとしても。

 

 それでも埋めがたいほどに隔絶した差が、ユイとの間にある。

 そんな彼女からすれば、()()()()()()()()()()()など未知ではなく既知の範囲に入る。

 

 リョウが突き出す貫手は単なる内部浸透破壊力だけではなく、腕が触れる空間そのものを伝播する威力を持っていた。

 故に回避或いは防御を選べば敗北が待っているのに、ユイは想定外の動きをする。

 

 教会式戦闘術玖式、即ち地面にへばりつくような姿勢から繰り出す蹴撃。

 駆け引きの中に組み込むのではなく、決め手とするべく定められている大技。

 だが──リョウは、道場で組手をするユイの記憶を基に対抗策を練っていたリョウは、自分の腕が空を切り、ユイの靴底が迫っている現実を認められなかった。

 

(違う!! 違う、こんな、待てよ待ってくれ今のは違う!)

 

 靴底が迫る。

 確実に意識を刈り取られる。

 

(ちゃんと認識してた! 姉さんは無刀流以外の体術も使うからだから──そうだ俺が同じ流派の技のやり合いに夢中になって意識を散らしたんだ! それを見られたのか! でもそうだよな分かってんだよ姉さんが格上だなんて! 俺みたいな後付けの分けてもらった『大和(ヤマト)』じゃ正面衝突は無理だって! でもだから体術勝負に持ち込める状況を作ったんだろ!)

 

 靴底が迫る。

 フラッグ戦を設定したのは無用な犠牲を出さないためだが敗北したケースを考えていたわけではない。

 

(だから出し抜くために用意したのに技量差で押し込まれてこれで終わりっていうのかよ違うだろ違う違う! まだ全力じゃない違う全力同士の衝突にはなってる! 俺がフルスロットルになる予兆を全部潰されて結局このタイミングまで全身全霊になれなかった! え? 計算されてた? こうなること? バケモンなの分かってたのに脅威度を誤った? 分かってたのにどうしてでも姉さんを助けないと俺はもうそれぐらいしか価値なのになんで畜生クソッどうして────)

 

 靴底が迫る。

 

 

 

 だがその前に、ユイとリョウが立っていた聖堂の地面が爆音とともに砕け散った。

 

 

 

「ぇ────?」

 

 いいや違う。

 足元が崩落したのではなかった。

 

 遥かなる地下から複数の階層をまとめて貫通し、神秘を凝縮した光の砲撃が放たれたのだ。

 憎悪と憤怒を塗りこめたその一撃は、ユイの身体を覆っていた加護をあっけなく砕き、彼女のどてっぱらに風穴を開けた。

 

「────あ」

 

 呆気にとられた表情のリョウから、停滞する時間の中で、視線を下へと向ける。

 真下には底の見通せない暗闇が広がっていた。どれほど高さがあるのか想像もつかない。

 このままでは無防備な状態で地面に叩きつけられるだろう。

 

(……っ! まずい……!)

 

 死を予感した。

 今までの、人生で感じてきた死の感覚の中でも、最も恐ろしいものではなくとも、最も身に迫ったものだった。

 

(私を殺したい人が……いたんだ……)

 

 読みが外れた、とユイは宙に浮かんだまま、蹴りを空ぶらせながら思った。

 表情で分かる。リョウではない。彼は知らない。

 

 結局こういうところが私はダメなんだ、とユイは内心で自嘲した。

 他人を信じていないくせに、他人を無意識に頼ってしまう。

 頼って、それでよかったことなんて、ここ最近だけだった。

 だから悪い癖を治せなかった。

 

(……こんな)

 

 こんなものが自分の終わりか。

 ああ、でも、納得した。

 ふさわしいとさえ──思った。

 

 

 

 

 

「ユイさんッッ!!!」

 

 

 

 

 

 聞きなじみのある悲鳴と、腕を引かれる感触がした。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「……っ」

 

 起き上がった。

 意識が飛んでいたのは、数秒だ。

 

「こ、ここは……?」

 

 薄暗い空間の中でユイは体を起こして周囲を観察する。

 瓦礫しかない。そして魔を弾く聖なる空気を感じる。

 大聖堂の真下、地下深くの階層にまで落とされたのだろう。

 

「……そうだ、マリアンヌさん!?」

 

 自分が無事である理由、それは一つしかなかった。

 声は確かに聴きなれた彼女のものだったのだ。しかし周囲に見当たらない。

 

「おや、そうか。そうでしたか。流石に生きていますか」

 

 男の声が響いた。

 弾かれるようにして、ユイは全身に加護を纏って立ち上がる。それだけで腹部から撒き散らされた血が絨毯のように広がった。

 

「あなたは……?」

 

 とび色の瞳が射抜く先。

 聖堂の地下深くだというに──そこは礼拝堂だった。

 息を潜めて佇む聖像。決して光に射抜かれることのないステンドグラス。

 

「ようこそ、真なる聖女様。救いの光が届かない暗黒の地下空間へと」

 

 それらを背負って佇むのは、リョウから先生と呼ばれていた男だった。

 

 

 









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