TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA   作:佐遊樹

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PART16 避けられぬ贖い(前編)

 地下聖堂へと叩き落とされた直後。

 ユイは自分の体を加護で覆い止血すると、そのまま出力を全開へと引き上げた。

 それを見て、カソックコートを着て丸眼鏡をかけた男は嬉しそうに微笑む。

 

六重祝福(ブレッシング・ヘキサ)瞬息集中(ザ・モーメント)!)

 

 理由はなかった。

 ただ、()()()()()()()

 この男を倒すためには、全身全霊でもなお足りないと。

 

「無刀流、烈・嘩──!」

 

 瞬間的に跳ね上げられた身体能力で音を置き去りにし、余波で周囲の瓦礫を削り飛ばす猛ラッシュを繰り出すユイ。

 対峙する男、先生は薄く笑みを浮かべて構えを取る。

 

 

「──無刀流、一ノ型」

 

 

 それはユイが最初に習った基礎中の基礎。

 決して馬鹿にはできないが、奥義を迎え撃つには余りに不足した、単なる貫手なのに。

 

 腕が分裂しているのではないかと錯覚するようなユイの連撃。

 逃げ場などない絶死の嵐の中へと、()()と先生の体が潜り込んだ。

 

「……っ!?」

 

 傷一つ負わないまま、先生の腕が振り抜かれる。

 ユイの左肩に接触した指先が、加護の鎧を飴細工のように溶断し、そのまま深く深く袈裟に斬撃を刻む。

 

「────っぁ」

「思い出しましたか?」

 

 体勢が崩れる。噴き出した血が視界を埋める。

 単なる出血以上に、身体内部を破壊する形で加えられた衝撃がユイの意識をぐらつかせた。

 

「君に無刀流を教えたのは私です。君は教え子としては極めて優秀だったが……私を超えるほどではない」

 

 どさり、とユイの体が床に落ちた。

 無意識のうちに、出血箇所へと加護が収束して止血処置をする。

 だが一度流した血は戻らない。

 光の差さない地下聖堂に、ユイの血だまりが広がっていく。

 

「なん……で……」

「奥義が相手だとしても、やはり最後には精度がモノを言いますからね」

 

 無刀流の奥義はそれぞれ、自分の身体の完全制御と相手の身体への完全破壊を軸に据えて構築される。

 単発の技に見えて、奥義となれば二つの究極技巧を組み合わせる形で発動することが鉄則だ。

 

 あらゆるパワーを一点へ集中させる『絶』とあらゆる障害を貫通して内部構造へ衝撃を通す『破』の組み合わせ、『絶・破』。

 かかる衝撃をすべて水のように受け流す『徹』と対象の身体構造を把握し接触時に意図した動きへと誘導する『羅』の組み合わせ、『徹・羅』。

 両足で地面を弾くようにして自在機動を行う『烈』と人間の死角を突く形で両腕を高速稼動させる『嘩』の組み合わせ、『烈・嘩』。

 

 当然ユイはすべての奥義を完璧に習得している。

 全力で回避するならばともかくとしても、カウンターを当てることなど不可能。ましてや一ノ型では相討ちすら遠い夢だろう。

 それでも現実は──倒れ伏しているのはユイだ。

 

「無意識レベルに刷り込まれている体の動かし方、無刀流とかそういう話以前……人間として行動する際の動作。それらの基本を教えたのが私です。君は相手が私であることをすぐに見抜いたうえで、動きの根幹を切り替える必要があったというわけですね」

 

 一つ勉強になりましたかね? と先生は明るく笑った。

 とはいえ切り替えられたとしても、それはそれで奥義に奥義をぶつけて圧殺していたが、先生はそれを口にしない。

 生徒が、ユイがしている質問は別のところにあると気づいたからだ。

 

「なん、で……生きて……!?」

「ああ……そうですね、教会で事態の顛末を聞いたのでしょう。私はリョウやわずかに残った()()と共に逃げおおせました」

 

 ゆるゆると首を横に振って、彼は自分の頬を撫でた。

 

「その際に、既にこと切れていた部下と入れ替わり、顔も彼のものに変えました。『指導者の死亡は確認された』と報告にあったのならば、それは私の部下が命を使って私を逃がしてくれた証拠です」

 

 眼前に立つ先生という男は、決して無刀流を用いて子供たちを殺人マシーンに仕立てていたカルト教団の元幹部などではない。

 もっと根本的な、教団を設立させたときのメンバーにして中核。

 無刀流を修め、世界のために子供の兵士を作り上げることを志した狂信者。

 

 

「無刀流二十二代目宗家ジン・ムラサメ。久しぶりですね、ユイ」

 

 

 男の名乗りを聞き、ユイは驚愕とそれ以上の恐怖に目を見開いた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 地下聖堂にてユイが窮地に陥っている中。

 地上の大聖堂では、地下深くへと落下した彼女を救おうにも身動きできないロイたちの姿があった。

 

「さっきまでと違う……!」

 

 小さな羽を背負いふわふわと宙を浮いていたラッパ吹きの少年たちではなく。

 どこからともなく現れ続けるのは、長身痩躯にして地面に引きずるほど長い白髪を下げた、かろうじて女と判断できる異形の使徒たち。

 

(見た目だけじゃなくて存在の強度が変わった! 本命に切り替えたのか!?)

 

 ロイが剣を振るたびに天使が斬り飛ばされていくが、それを上回るスピードで新たな天使が出現する。

 枯れ枝のように細い手足と真っ黒なヴェール、そこから覗く不気味な白い肌。

 仮面こそつけているが、人間を模しているだけの非生命体であることは明白だった。

 

「って、なんで俺たちまで攻撃されてるんだよっ!?」

 

 背中やら肩やらあちこちに光の矢を突き立てられたまま、デンドーが悲鳴を上げた。

 新たに現れた天使たちは、手のひらから光の矢を射出して、神父だけでなくリョウ一味のメンバーにすら攻撃を加えているのだ。

 

「どうやら我々の手に負えない代物のようだな」

「ったく、加護の力を完全に無効化してくるなんて相性最悪だねェ~」

「ヨホホ……こうなってしまうと、我らとて無力ですなあ」

 

 互いの背中を庇う形で陣形を組んだ大隊長三人が、斬り捨てることはできずとも弾いたり吹き飛ばしたりして天使たちを追い払う。

 現状、抗うことができているのは僅かな面々のみ。

 

「これではキリがないぞ……!」

 

 一閃で天使を両断しながら、ジークフリートが毒づく。

 正面衝突で即座に天使を破壊できるのは、現状ロイとジークフリートのみ。

 他の面々は物理法則を無視するかのような外殻に阻まれ、攻撃が通らない。

 ユートや大隊長クラスは外殻の外側から中身にダメージを与えて対応しているが、処理スピードが発生スピードにまったく間に合っていない。

 

「チッ……リンディ! なんかいい感じに思いつかねえか!?」

 

 マグマをペンチのように変形させて天使の体をねじ切りながら、背に庇っているリンディへとユートが叫ぶ。

 ハートセチュア家の才女は顎に指をあてながら、新たに降臨し始めた天使たちを見つめた。

 

「こいつら……さっきより濃度が濃くなった……これは……エテメンアンキから素材を転送させているの? じゃあどうやってアクセスして……まさか、『開闢(ルクス)』の連中と手を組んでる……?」

 

 ぶつぶつと呟くリンディは、ぐっと唇を噛みしめた後に顔を上げた。

 

「ユート! っていうか聞こえる人全員! 1対1でぶつからないようにして! ユート、あんたたちの中で広範囲の薙ぎ払いが一番得意な奴は!」

「──ロイ!」

 

 名を呼ばれた刹那だった。

 

雷霆来たりて(enchanting)邪悪を浄滅せん(lightning)! 今こそ撃発の刻(burst times)眩き光が道標を照らし(marital roads)軍神の剣が降り注ぐ(slashed Mars)!」

 

 ジークフリートが即座に彼の背後をカバーし、ロイが腰だめに剣を構える。

 

「──()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 彼の髪の色に勝るとも劣らない、偉大にして荘厳たる黄金の輝き。

 それが第六天『天空(テオス)』の力を重ねられた上で、刃へと収束する。

 

第三剣理(ソードキャロル)展開(セット)──破雷覇断(デストラクション)烈光衝砲(ライトブロー)!」

 

 溜め込み、圧縮し、解き放つ。

 斬撃と共にばらまかれた雷撃が、狙いたがわず天使たちの頭部を砕き、胸を貫き、四肢を吹き飛ばした。

 

「……! どう!?」

 

 顕現していた天使が全員戦闘不能になり、光の粒子へと還っていく。

 固唾をのんで一同が様子を見守る中──静かに、先ほどまでと変わることなく、天使たちがまだ姿を現した。

 ロイが持つ裁定権では、現れた天使を潰すことはできても出現し続けること自体が否定できない。

 

「まあ……さっきの乱戦に比べれば楽ね。ずっとこれ続けるってのはどう?」

「あー……リンディ、そりゃナイスアイディアではあるんだが、ちょっと今回は無理っぽいぜ」

 

 なんでよ、とリンディが半眼で見やると、ユートは渋い表情で頭上を指さした。

 見上げれば大聖堂の天井に描かれた荘厳な宗教画に皹が入り、いつ崩落するかも分からない状態となっている。

 

「今のを連打すると建物がもたねー」

「……それだけの出力を使わないと勝てない敵に問題があるでしょ」

「そりゃまあ、どう考えても、これって『七聖使(ウルスラグナ)』の権能が絡んでるだろうしな」

 

 ユートは頭から垂れてきた血を拭い、推測を口にする。

 既存の魔法や加護は圧倒的な出力差が原因だとしても、禁呪に対してここまで無傷を誇っているのは異常事態だ。

 

(戦闘中によく見てりゃ、禁呪を受け止めた敵の外殻が軋んですらいない、っつーかリンディの通常魔法より簡単に弾き返していやがった! 禁呪に対抗する性質を付与されているとしか考えられねえ……!)

 

 つまり、ユートが天使に対応できているのは彼の技巧によるものに過ぎず。

 普段の戦闘とは異なり、相手の攻撃すべてに対応しきれなければ、痛打が入るということ。

 

「……っ!」

 

 ユートの斜め後ろから迫る天使。

 とっさにリンディが防御魔法を展開しようとし、だがその寸前、天使の体が大きく弾き飛ばされた。

 

「え!?」

 

 リンディが驚愕の声を上げ、ユートも慌てて振り向く。

 真横からの突進で天使を吹き飛ばした人影が、服に付いた砂やら何やらをはたき落とす。

 

「アララ……凄腕が揃いも揃ってるっていうのに、ちょっと情けないんじゃないかしら?」

 

 そこには長身痩躯の、リョウ一味のメンバーが立っていた。

 華美な戦闘服を身に纏い、不敵な笑みを浮かべるハーゲスだ。

 

「あんた、どういうつもり? 助けてくれたことは感謝するけど、敵じゃないの?」

「ンフフ! リョウってば聖女様とお姫様を追っかけて地下に行っちゃったし……ここで争う理由はないんじゃな~い?」

 

 そこでハッと気づく。

 ユイが地下へと落ちた後に、リョウも後を追って飛び降りていった。

 そして彼よりも先に──落ちていくユイの腕をつかんで、マリアも地下の闇へと呑まれていた。

 

「こんなところで足止めを食らっている場合ではないはずなんだけどね……!」

 

 一刻も早くマリアンヌを助けに行きたいロイだったが、ここで彼が抜けると天使の処理が間に合わなくなる。

 

「アラ。こんなところにイイ男がいるわね」

 

 歯噛みしながら戦うロイの真横へとやって来たハーゲスが、拳で天使を地面に叩きつける。

 

「アナタは……ロイ・ミリオンアーク。確かマリアちゃんの婚約者だったかしら」

「……いえ、僕はマリアではなく、マリアンヌ・ピースラウンドの婚約者です」

「断言するなんて素敵じゃない! あと十……ううん、五歳ぐらい年いってたら口説いちゃってたかも」

「冗談やめてくださいよ、なびくように見えるんですか?」

「ううん、全然! 幸せになってちょうだいねっ!」

 

 話しながら、流れるようにロイが天使を両断し、ハーゲスが負傷した騎士や神父たちから天使を遠ざける。

 

「助太刀感謝する……! だが背中を刺されないという確証がない以上、警戒は続けさせてもらうぞ!」

「アラ、あなたってばもしかして噂の竜殺し!? アラもう最高とっても素敵! 良かったらご飯どう? 美味しいところ知ってるわよ?」

「え? あ、ああ……申し訳ないが、オレはそういうことは……」

「アララ残念。でも理由が違うっぽいわね、心に決めた人がいるんじゃないの?」

「……まさか。オレは騎士だからだ」

 

 冷や汗を垂らすジークフリートを、雷撃の剣で天使たちを薙ぎ払いながらロイがじとっと見つめていた。

 

「そ、それはともかくとしてだ! どうやらこの天使たち、君たちの味方ではなくなったようだが、何があったんだ?」

「そうなのよねえ。リョウがこんなことするとは思えないから……チッ。やっぱ先生の腹の底、ちゃんと読むべきだったわね」

 

 おそらく地下で何が行われているのか、ハーゲスには漠然とした想像がついている。

 

(先生ってば、やっぱりアタシたちのことは使い捨ての踏み台だったのね。ま、リョウがいい子だったから付き合ってあげてたけど……最後の目的は、やっぱりタガハラちゃんって子かしら)

 

 横から突っ込んできた天使が、その手に持った槍でハーゲスの肩を突き刺す。

 苦悶の声と同時に血が舞う中で、飛び込んできたデンドーが天使を飛び蹴りで弾き飛ばし、ロイの放った雷撃が頭部を消し飛ばす。

 

(イダダ……んもう、この調子じゃ長くは保たないじゃない)

 

 デンドーがロイの死角をカバーして天使に抗う。

 雷撃の掃射で天使を撃ち落とすロイを、リョウ一味とジークフリートが守る陣形。

 

(ジリ貧ね。ミリオンアークの坊やが頑張ってるけど、威力の大きすぎる技は打てない状態……勝って終われない堂々巡りなんて最悪だわ。ぬるいプランを組むからだってロブジョン先輩に怒られちゃう)

 

 肩の傷を押さえながら、ハーゲスは一度嘆息する。

 だがその目から、希望の光が消えてしまったわけではない。

 

(でも──これを、どうにかできる人がいるのだとしたら……)

 

 無限に発生し続ける天使の撃滅に人々が力を注ぐ中で。

 ハーゲスはちらりと、地下深くから開けられた穴を見やった。

 

(あんなにみんなのお世話してもらったのに、まだお願いするなんて我ながら情けないわね……でも、アナタはきっとそうするわよね。最後まで役に立てなくてごめんなさいね、マリアちゃん)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 目を開く。

 目を開くというのは、意識が続いているということ。

 つまりまだ自分が終わっていないということ。

 

「……っ」

 

 勝手に体が動いていた。

 落下していくユイを見て、飛び出して、彼女を庇う姿勢で自分も落ちていって……

 

「目が覚めたか?」

 

 ハッと顔を横に向けたら、瓦礫の上に座り込むリョウの姿があった。

 体を起き上がらせようとして、激痛に顔が歪む。

 

「無理しようとするな、あの高さから落ちたんだ……地下構造が複雑すぎて、途中で姉さんとは違う場所まで落ちてきたらしいがな」

 

 見上げれば、確かに大聖堂から落ちてきたはずなのに、光がほとんど差していない。

 命綱とするには不足すぎるほどの細い細い光が一筋だけ、マリアの倒れている場所を照らすように落ちてきているだけだ。

 自分がマリアと同じ場所に落ちることができたのはラッキーだった、とリョウは皮肉っぽく笑う。

 

「リョウ、さん……私は……」

「俺のためなら何でもするって、俺の味方として最後まで居続けるって……そう言ってたのに、姉さんのためなら、命を捨てられるんだな」

「……っ」

 

 違う、と叫びたかった。

 この体は確かに、ユイ・タガハラのためなら死んでもいいとはっきり意思を示した。

 でもマリアの意思は……

 

「俺が勝つって、信じてくれなかったんだな」

「そんな、ことはっ」

「いや……分かってる。俺が勝つ方になんか、誰も賭けない。俺だってそうだと思う」

 

 自分の手を見つめて、リョウは唇を噛む。

 事実、先ほどの立ち合いではユイに一瞬の隙を突かれ、あっけなく敗北した。

 あのまま戦闘が続いていれば、自分は制圧されていただろう。

 

「自分の進む道を……自分で貶めないであげてください……」

「どうやって肯定しろっていうんだ。俺は、俺は『大和(ヤマト)』の第二候補なんだ。先生が言っていた……姉さんがダメだった時、その場をしのぐためだけに選ばれた、予備の覚醒者だ」

 

 リョウは自分の立ち位置を理解している。

 

「どこにいっても、どこまでいっても……! 俺は姉さんの! ユイの代わりにすらなれない、二番目の存在なんだ! 教皇としても、七聖使としても……!」

 

 自分自身が許せない。

 一番だからじゃない、よりにもよってユイのために何もできないから。

 

「俺にもっと力があれば、ユイは、あの人はあの場所で担ぎ上げられたりしなかった……! 戦いに向いてないくせに聖女にさせられたりも……!」

 

 震える拳は、爪が肌を食い破って血を垂らしている。

 あまりの屈辱と失望と絶望に、リョウは震えることしかできない。

 

「大丈夫ですよ……リョウさん」

 

 か細い声に、彼はゆっくりと振り向いた。

 今にも息絶えてしまうのではないかというほど弱っているマリアが、優しく微笑んでこちらを見ている。

 

「あなたが進む先に……きっと、あなたがあなた自身を救ってあげられる、きっかけが……」

「違う、んだよ。俺は……俺は、お前に救われたかったんだ……」

 

 そこでやっと気づく。

 彼女の生命に危機は訪れていない。無茶はしたが、実のところ目立った外傷はない。

 

 ただ。

 積み重ねた戦いによる感覚の復旧が。

 刃を交えた戦友たちの顔が。

 そして何よりも命を投げ捨ててもいいと思った少女への想いが。

 

 一時的に発生していたマリアという人格を、消去しようとしている。

 いいや──本来の人格を保護するために作られていたかりそめの蓋が、内側より発生した意志という名の炎によって溶かされているのだ。

 

「おい」

 

 マリアの瞼がゆっくりと落ちていく。

 綺麗な真紅の瞳が細められていく。

 

「待て、待ってくれ」

 

 声は震えていた。

 縋るような表情で、いつしかリョウはマリアの胸元に涙を落としていた。

 

「俺を……置いていかないでくれよ。なあ、マリア」

 

 名を呼ぶ。それだけなのに涙が止まらない。

 マリアの震える手がリョウの頬に添えられた。唇がかすかに動いている。

 

「もう……なか、ないで……」

「──だったらいなくなるなよッ! お前が、お前がいなくなるから……!」

 

 視界がにじむ。

 その中でも、自分の人生を変えてしまった赤い瞳の色だけが鮮明に見えている。

 

「ごめん、なさい……でも、リョウさんは……リョウさんの手で、自分を、救ってあげられる……そう、しんじて……」

 

 マリアの手が落ちる。とっさにそれを握る。

 瞳は閉じられ、言葉が途中で投げ出された。

 

「おい」

 

 揺さぶっても、反応はない。

 微かな寝息が聞こえるだけだ。

 

(…………ぁ)

 

 次にマリアが目を覚ました時。

 それはきっとマリアではないと、嫌でも理解した。

 

「…………」

 

 ストン、と体から力が抜けた。

 握りしめた彼女の小さな手は、どうしようもないぐらい温かい。

 

「…………」

 

 目を覚ませば、多分、敵だ。

 ならここで殺してしまえばいい。すぐに目を覚ますとは思えない。

 無防備な今なら殺せる。まったくもって楽に殺せる。

 それが分かっていたから、リョウは静かに、彼女の手を離した。

 

 殺そうとして、動かなくて。

 いくらでも優しくしたり、またどこかへ連れて行ったりできるかもしれないのに。

 

 手をつなぎたかっただけなのに背を押すなんて、自己中過ぎなんだよと呆れてしまう。

 

「……行くか」

 

 立ち上がった。

 リョウは自分が身に纏っていた上着を脱いで丸めると、少女の頭の下に優しく差し込む。

 

 少女が横たわっている場所だけが光に照らされている。

 そこから一歩引いた。同じ光を浴びていたくなかった。これ以上浴びていたら未練になると思った。

 

 未練という言葉を自然に思いついて、それがなぜなのかとリョウは数秒考えた。

 答えはすぐに出た。

 

「これって初恋になるのか? 叶わなくなってから自覚するのってさァ……」

 

 問いかけに答えてくれる人は、がらんどうな地下空間にはいない。

 空虚な笑みを浮かべた後に、リョウは地下の闇の中へと一人歩き出す。

 

 自分が走ると決めた道を走る、せめてそれだけはやり遂げるために。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 暗闇の中、ステンドグラスを背負い、カソックコート姿の先生──ジンが微笑みを浮かべている。

 自らの血だまりの中に沈んでいるユイは、必死の思いで体を起き上がらせてから、()()()()()()()()()()()()()()

 

「い、いや……来ないで……」

 

 敵を前にしてすることじゃない。

 ユイにとって彼は、敵よりもずっと怖い存在だから。

 

 自分がまだ人間じゃなかったころ。

 自分が命の大切さを理解できていなかったころ。

 

 人殺しの技術を学んでいて良かったと何度も思ったのに。

 磨き上げてきた技術があったからこそ彼女と一緒にいられるのに。

 

 なのに、目の前にその象徴のような人が現れると──こんなにも()()

 

「ここは太古の聖堂……昔はもっと大陸そのものが低かったんですよ」

 

 起き上がろうとするユイの前で、ジンが優しく語り掛ける。

 彼が一つ指を鳴らすと、壁面に置かれていたたいまつたちがひとりでに炎を灯した。

 明かりに照らされたことでやっと、聖堂中に不気味な姿の女たち──地上でロイたちが戦っている天使の軍勢──が待機していることに気づいた。

 

「今のシュテルトライン王国が成立する以前からあった、神への祈りをささげる場所……神父ではなく、神官たちが神と交信していた場所です」

 

 ジンはゆっくりと、ユイとの距離を詰める。

 

「ひっ……い、いや、いやぁっ! 来ないで、来ないでっ……!」

「ここまで嫌われているとは。教育者としてはまだまだ未熟なのを痛感する日々ですが、なかなかにこたえますね」

「来ないで……! いや、いやっ! 私は、私はもう、人殺しじゃない……っ!」

 

 いつの間にかもうユイの目の前にジンはいた。

 悲痛な叫びを聞いて、得心がいったように彼は頷く。

 

「それだけ大声を出せるとは、流石ですね。常人なら、というか人間ならもうとっくに死んでいるのに」

 

 そこで言葉を切った後に、いや、とジンは首を横に振った。

 

「まあ人間じゃないですし、当然ですか」

 

 意味が分からなかった。

 恐怖と困惑がないまぜになって、ユイはぽかんと口を開ける。

 

「……え?」

「君とリョウが殺し合ったために『大和』の覚醒者としての権限に揺らぎが発生しました。第一候補と第二候補を殺し合わせるのはなんとも難しかったですが……結果、こうして私が横取りできているので、苦労のかいがあったというものです」

 

 そう言った後に、彼はしゃがみ込んでユイへと手を伸ばした。

 

「きゃっ……!」

 

 ジンの手はユイの首を掴んだ。

 加護の鎧が火花を散らすが、それを握りつぶし、ジンは彼女を引きずって主廊を歩き出す。

 進んでいく先には砕かれた聖像とステンドグラスしかない。

 

「教皇となるために必要なのは人格や思想や教養……数えきれないかもしれない。でもそれらはあくまで条件であって、前提は別なんです」

 

 一歩、また一歩と進んでいくたびに、引きずられた痕跡を示す真っ赤な絨毯が作られていく。

 

「前提は七聖使が一席『大和(ヤマト)』の覚醒者であること。シュテルトライン王国の始祖、建国の英雄の妻である初代聖女が持っていた力に目覚めること……ほら、つながったのが分かりますか? この太古の聖堂こそが、初代聖女であるユキ様が建てられたものです」

 

 告げて、ジンはユイの首から手を離した。

 地面に頬から叩きつけられて、痛みに涙がにじむ。

 

「ぐふっ、がっ……!」

 

 ジンはユイの後頭部を掴むと、地面へと擦り付けるように押さえつけた。

 

「だからこの場所で、命をもって詫びなさい。大いなる力を、その時代を生きる人々が使い、戦い、歴史を作っていく──その円環を崩そうとする存在であることを詫びるのです」

「何、を、言って……!?」

 

 言っていることの意味が一つも分からず、ユイは必死にもがきながら問うた。

 柔和な笑みを崩さないまま、ジンは言い放つ。

 

 

 

「君は聖女となるために人工的に生み出された存在なんですよ」

 

 

 

 思考が止まった。

 

「私が君を孤児院から連れ出すよう部下に命じたのは、それを知っていたからですよ。君はかつて教会に存在した……人工的に『大和』の覚醒者を生み出し、教皇または聖女の座に就く者を完全に管理しようとした計画の、唯一の成功個体です」

 

 孤児院に来る前の記憶はない。親も知らない。

 ただ『唯一の存在だからユイだ』というメモと共に残されていた。

 

 では何をもって、ユイを孤児院へと預けた人間は、彼女を唯一の存在とみなしていたのか。

 回答は至極明瞭、本当に彼女は唯一無二の存在だからだ。

 

()(はら)から生まれたのかも分からない……いや、生まれたのではなく造り出された存在。それが君です」

 

 ステンドグラスの前で、頭を押さえつけられながらユイは気づく。

 これは懺悔の姿勢を取らされているのだ。

 

「君には義務がある」

 

 呼吸できない。

 嘘だと否定しようとしても、あらゆる点と点がつながっていく。

 

 

「君は……生まれてきたという罪を贖わなければならない」

 

 

 地下深くでは、ステンドグラスから光が差すことはない。

 頭部を砕かれた聖像が、見えない双眸で二人の罪人を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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上位チャット▼


火星 #さっさと起きろマリアンヌ

苦行むり #さっさと起きろマリアンヌ

第三の性別 #さっさと起きろマリアンヌ

日本代表 #ゆっくり休めマリアンヌ

red moon もう問題起こしてほしくないやついて草

日本代表 いや実際は起きてもらわなきゃ困るんだけど

一狩り行くわよ あっ

つっきー あっ

遠矢あてお 来た

適切な蟻地獄 おはよう! 世界が危機だ!

みろっく 調子どう?

宇宙の起源 寝起きマリアンヌ切らしてた助かる

トンボハンター 全然意識が覚醒状態になってねえ……

日本代表 ユイが『大和(ヤマト)』の覚醒者で弟を名乗る子が覚醒者の第二候補ぐらいだったけどその子をそそのかしたおっさんが権限奪い取ってやりたい放題してる!止めないと王国ぶっ壊れる!やれるか!?

外から来ました っていうかこれ単純に寝ぼけてるとかじゃなくて人格復元中?だとしたらめっちゃ時間かかるんじゃ……

無敵 アーマードコアの新作が発売されるよ

【1マリアンヌ単位】TS悪役令嬢神様転生善人追放配信RTA CHAPTER6【絶賛記録更新中】

4,748,688 柱が視聴中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーマードコアの新作出るんですの!?!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 














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