突如としてわたくしたちの前に舞い降りた謎の存在、チョコレートワイバーン。
とんでもねえアホアホ生命体が来たもんだと思っていたが。
「ニーズヘッグ……!? アナタ今、自分のことをニーズヘッグと名乗りましたか……!?」
爆発的に膨れ上がった神威が暴風を巻き起こし、雪山に真っ白なサイクロンを発生させている。
建物を丸ごと削り取ってしまいそうなその波濤の中で、わたくしは悲鳴に近い叫びをあげた。
『いかにもその通りだ、『
「世を忍ぶ仮の名前!?!?!?」
『雪山で急にこれがユグドラシル、我はニーズヘッグとか言われても困るだろう』
〇みろっく それはそう
〇苦行むり こっちもまだ受け入れられてないからね
ああー、まあ、うん。
配慮してくれてるのは嬉しい。本気で配慮してるなら出てこないか存在しないかにしてほしかったけど。
っていうか名前聞いた瞬間からまさかと思ってはいたが、その樹本当にユグドラシルなのかよ……
「いえ、いいえ! 冗談じゃありませんわ! なんだってアナタ、体がチョコになってますの!?」
『チョコをたくさん食べていたら体がチョコになっていた』
「えぇ……?」
しょうもなさすぎる言葉に、流石のわたくしも絶句した。
人間は魚食べまくって魚になったりしねえよ。
『我は適応力にパラメータを振った存在だからな。こういう形で適応することもある』
なんかそれっぽいこと言い始めた。
まあ確かに、そう、なのかな……?
「騙されないでくださいマリアンヌさん! 本当に適応するならもっと賢く適応するはずです!」
「ユイの言うとおりだ! ……いやマリアンヌ、本当に今の言い分でちょっと納得しようとしないでくれ!」
ユイさんとロイから謎の補足が入る。
どうあがいてもわたくしにとって理解できない、ということだけはよく分かった。
「で、でしたらいい加減なことを言っているだけではありませんかッ! このわたくし相手に虚言など、恥を知りなさい!」
『いやそんなことを言われても事実なのだがな……まあよい』
ニーズヘッグを名乗る奇っ怪極まりない生命体は、わざとらしい嘆息の後でこちらをぎろりと睨めつける。
『構えろ』
「……! 上ッ等ですわ!」
舐めるな!
名前からして格がめっちゃ高いんだから容赦しねえぞ!
――
──
──
──
──
〇日本代表 もう完全に基本フォームこれじゃん
〇火星 フォームチェンジスキップして主力に変身するのはライダーの基本
〇適切な蟻地獄 汎用性も戦果もジオウⅡみたいなもんだしな
〇外から来ました まず名前がそのものなんだよ
〇つっきー じゃあこの後にまだグランドとかオーマとかあるの!?
〇遠矢あてお ライダーじゃなくて悪役令嬢のはずなんだよなあ
「超悪役令嬢マリアンヌ・ピースラウンド
背中から吹き出した神秘が、光の翼を象る。
凝固した真紅の輝きは、奇形のアゲハチョウのようだった。
『ほう! それがッ――いや、なるほどそうかそういうことか。まさしく、最新最小の
「ええそうですわ! わたくしこそが宇宙!」
『…………まあ、嘘は言っていないな』
何やら呆れた様子を見せた後。
『では、どこまで扱えるか見せてもらう』
開かれた細長いニーズヘッグの口先から、濃密な神秘が物理的な発光すら伴って漏れ出した。
間違いなく攻撃の予兆。こいつの実力を把握するいい機会だ。
やつは息を吸い込むと、全身を震わせて――
『ケフュラァァァァァァァ――――ッ!』
それどういう叫びなん?
だが文字に起こした際の馬鹿っぽさとは裏腹に、ニーズヘッグが吐き出したブレスは、直撃はまずいと一目見た瞬間に理解できるほどの出力だった。
「ふおおおおおおおおおおおんっ!?」
迎撃体勢をキャンセルして、その場から慌てて飛び退く。
幸いにもブレスの軌道は直線だったので、問題なく回避でき
目の前にブレスが迫っていた。
「!?!?!?!!?!?!?!?!??!!?」
え!? は!?
とっさに流星ガードを展開して両腕をクロスさせるが、流星ごとブチ抜かれた。
全身を衝撃が叩き、そのまま地面に叩きつけられる。
雪と砂煙がまぜこぜになって吹き上がる中で、せり上がってきた血がそのまま口からこぼれ、新雪に鮮やかな赤いシミを作った。
「マリアンヌ!?」
「かふっ……こ、んんんんのぉぉっ……!」
腕を振るって噴煙を切り裂く。
その時にはもう、ロイやユイさん、ジークフリートさんがわたくしとニーズヘッグとの間に割って入っていた。
『ほお? 一撃耐えるだけの力はあるようだな』
「なんッ、なんですのォッ、アナタァァッ……!」
わたくしが背中に展開していた光の翼は、直撃の余波で左側が見るも無残に焼き潰されていた。
こいつ! 翼デスティニーみたいで気に入ってたのに!
ていうかなんで対応できなかった!? 気づいたら直撃してたんだけど何!?
身構えるわたくしたちの眼前で、ニーズヘッグがその翼を広げる。
『我が
はああああああああああああああああっ!?
「な、ナーフですわよねそんなのっ!」
『いや仕様だ』
「クソ仕様!!」
覚醒ロイとどっこいどっこいというか、ほぼ同じことやってきてんじゃねえかよ!
プロセスは微妙に違うようだが、『結果を確定させて押し付けてくる』というのは同じである。
こんなチート技を敵がやってきちゃだめなんだよねえ本当にねえ!
「招来せよ、団結の詔──
「絶翔せよ、墜崩の翼──
「転輪せよ、悪逆の光──
わたくしが絶句する間に、三人がそれぞれ権能を発動していた。
あ、今のなんかかっこよかったな。
マンガだと見開きになってそう。ゲームならスチルになってそう。
「ここからはオレたちが相手だ!」
『む……ちょっとそれは勘弁してくれんか』
意気揚々と剣を構えるジークフリートさんの言葉に、ニーズヘッグが困った声を上げた。
わたくしたちが誇るぶっ壊れチート三人組を前にすると、流石に分が悪いという判断だろうか。
『そっちの方は、流石に対応しておらん……というか』
だがわたくしの考えとは別に、翼竜は気だるげに首を振った後。
『七聖使が勢ぞろいとくれば、殺しにいってしまうぞ』
ぞわりと、全員の背を死の予感が舐めた。
声が出ない。首筋に死神の鎌が当てられている。
「「「……ッ」」」
チョコレートで作られた翼竜なんていうふざけきった存在であるはずなのに。
本能が理解する。
間違いなく、戦ってはいけない相手だったのだと。
序盤に出てくる、どうレベリングしても追いつけない強さの敵とか。
イベントで出てくる、こちらのHPがゼロにならないと進まない敵とか。
そういう枠なんだ。
つまり今この場にいる誰よりも、こいつが強い。
……強い?
「はあ!? わたくしの方が強いですが!? わたくし相手に威圧勝ちをもくろむなんて言語道断でしてよ!」
〇一狩り行くわよ 急に何!?
〇無敵 こいつ自分の脳内発言ベースで逆ギレするのいい加減やめるべきだろ
〇宇宙の起源 社会性がさあ!ないんだよねえ!
わたくしはブチギレた。
がばりと立ち上がった後、七聖使三人の横を通り過ぎてニーズヘッグの前に進み出る。
「マリアンヌさん……!」
「強キャラっぽいのはダメ! 死刑ですわ! 強駄死!」
「マリアンヌさん……? 何言ってるんですか……?」
ユイさんが背後から困惑の声を投げてきたが、感覚的に理解して欲しい。
『ふっ、さすがは『
「お望み通りでしたか。アナタ、わたくしを相手したがってましたもんね」
どうもこいつ、大悪魔ルシファーを知っていることといい、こっち側な気がする。
要するには禁呪保有者側というか。
だからさっきは、七聖使が三人も前に出てきたから殺意を漏らしてしまったんだろう。
……ファフニールと同様に、いくら禁呪を持っていようとも、いくら聖七使の権能を使えようとも、本来は戦ってはならない相手なのだ。
んなこたあ分かってる。
つーか今まで戦ってきた連中も、そういうのばっかりだったし。
『至らぬか。気づかぬか。汝の中にある宇宙の神秘、それを単なる神秘の質量攻撃として出力することがいかに口惜しいことか』
「…………」
そうだ、わたくしは知っている。
ツヴァイフォームはアルトリウスさんとの戦いの際、自分のバトルスタイルに新たな感覚を最適化させた形態。
その新たな感覚というのは彼と戦う前、ゴルドリーフ大隊長さんとの戦いで獲得した代物。
わたくしの宇宙を広げて世界を侵食するという、多分、あんまりやらない方がいいやつ。
しかし今なら――
「……ッ!」
ツヴァイフォームの権能を起動させたまま再構築。
自分で自分の体を手術するような無理難題だ。
高速演算にすべてのリソースを割いているから、防御はおろか身動きすらできない。
仮に向こうが本当に殺す気で、こっちのことをちっとも待ってくれなかったら、もうとっくの昔に死んでるだろう。
やるべきことは分かっている。
あの時は無秩序かつ無際限に、すべてをわたくしの宇宙で塗りつぶそうとしてしまった。
ダメだ、それではダメなんだよ。世界の秩序そのものを乗っ取ることになってしまう。
わたくしはこの世界の中で、わたくしを曲げずに突き進みたい。
バランスを取れ。攻撃的な展開ではなく中立的な存在維持に留めろ。
……そう、バランスだ。わたくしはバランスを取りたい。
でもそんなの、わたくし以上に、今ある世界の方が取りたいに決まっている。
どうしていつも宇宙を広げる時、攻撃的に周囲を塗りつぶした?
それは世界側が、わたくしという異物を排除しようと圧し潰しにくるからだ。
攻撃に攻撃を返すのではなく。
向こうからの攻撃に耐えつつ、ここにいさせてくださいと――お願いする。
「…………」
わたくしは構えを解き、静かにうなだれた。
宇宙を広げようとすれば、世界からの抵抗が来る。
それに対して反発するのではなく、ただ存在を懇願する。
ここから先には踏み込まないから、今ここに在る世界を脅かしたくなんてないからと。
そして――開眼。
『たどり着いたか』
一言だけ告げて、ニーズヘッグが今度はまったくの予兆ナシにブレスを叩き込んできた。
ユイさんたちが悲鳴を上げるのすら間に合わない速度感。
しかしその破滅の光を、わたくしは真っ向から見つめていた。
命中は確定している。
それは覆せない。わたくしの宇宙の中でのわたくしの座標を、世界樹が既に算出しているのだろう。
だから回避できない。防御もできない。
逃げ場がないじゃないかと思っていたけど――でも、あったんだ。
放たれたブレスが。
ゆっくりとそのスピードを緩め、停滞する。
そして最後には、わたくしの目と鼻の先で完全に静止した。
「「「…………ッ!?」」」
因果を確定させたはずの攻撃が停まった、という事実にユイさんたちが息をのむ。
わたくしは凍てついたように動かないブレスをじっと見つめながら、深く、深く息を吐いた。
「そういう、ことですか……」
こういう使い方ができるのか。
確かにこれは――なるほど。単なる質量攻撃として出力するより、ずっと使い勝手がいいだろう。
一人頷いていると、ふっとブレスがかき消えた。ニーズヘッグが消したのだろう。
『分かっておるではないか。最も古き空の輝きにして最も新しき輝きの宙よ、今までの貴様は支配者として振る舞うことを知らなかった。だが今、学んだな』
「はあ? わたくし、見ての通り貴族なんですけども?」
『いや貴族はそんなわんぱく虫取り小僧の格好はしないだろ』
急に痛いところ突いてくんなよ。
『で、あるならば、ここから先は指導は不要か』
「そういうことになりますわね――ほらユイさん、ロイ、ジークフリートさん、下がっておいてください」
恐らく七聖使相手だと本気で殺しに来てしまう。
そうなると色々とマズイ。
「しかし……」
「ま、あとは任せろよ」
食い下がろうとするロイの肩に、やたらとごつい手が置かれた。
『ほお?』
「ここからは、俺とも遊んでもらおうか」
手の持ち主は、マグマの鎧を身に纏った男である。
ハインツァラトゥス王国第三王子ユートが、
◇
ユートとニーズヘッグの戦いは、大体六秒ぐらいで決着がついた。
『あばばばばばばばばばば』
ワンパンもらったニーズヘッグの体が溶け始めて、一瞬で行動不能になったのである。
〇苦行むり は?
〇火星 は?
〇みろっく いいんすかこれ
「オイお前ら何に苦戦してたんだ……?」
困惑の表情を浮かべるユートだが、わたくしたちの方が大概困惑していた。
「ユート最強じゃないですか……」
「戦いに相性差があるのは知っているつもりだったけど、ここまで綺麗に決まるとはね」
「流石はオレの
慄くわたくしとロイの横で、ジークフリートさんが後方友達面をしていた。
いや面も何も友達なんだけどさ。
「そ、それなら私だって……!」
ユートがマグマの高温でニーズヘッグを完封したのを見て、ユイさんが太陽フレアを撒き散らしながら叫ぶ。
乙女ゲーのヒロインが太陽フレアを撒き散らすなよ。
『いやそっちはリソースの大元が違うので、我勝手に弾くぞ。まあ本格的に激突するのなら力比べになるだろうが』
「つーわけだ、悪いなユイ」
さらっとのけ者にされて、ユイさんは4リンクへの昇格を祝われている時の神父みたいな顔になっていた。
『ううむ、我の負けだ。適応の隙を突かれるとはな……仕方ない。世界樹の樹液をいくつか持っていくがいい』
「本当にいいのかなあこれ……」
『我の体でも構わんぞ。あのカブトムシたちは一つの命だ、チョコに融かさないでやってくれると嬉しい』
「っていうか樹液が結局チョコなのかよ」
こいつめちゃくちゃ性格いいな。
ていうか、冷静に考えると世界樹の樹液を使ってバレンタインチョコレートを作ることになるな。
これ本当に大丈夫か?
わたくしは思わず助けを求めてコメント欄へと視線を向ける。
〇外から来ました スタート地点からおかしかったんだよな
〇火星 どこから突っ込めばいいn
『それは見るな』
プチッ、と。
ニーズヘッグの一瞥でコメント欄が閉じられた。
「……アナタも、神様たちが大嫌いなクチですか」
『論ずるまでもないだろう。我らは大まかにいえばルシファー勢力であり、世界を滅ぼす力を持った存在だ。世界を創った神と反目しないはずがない……はずなのだがな』
そこで言葉を切ってから。
『よりにもよって禁呪保有者が神と親しくやり取りをし、七聖使たちとすら親交を結んでいるときた。行く先など見えないはずもないだろうに』
彼はわたくしたちを睥睨してから、嘆息する。
『墜落するために飛翔するさだめか。人間の未来とは難儀なものだな』
「当然の摂理ですわ。輝くのは燃え尽きるため、走るのはたどり着くため。そうでなければ、生命は生命と呼べないものになってしまうでしょう?」
『フフ、人間らしからぬ答えだが……しかし、誰よりも人間らしいな』
小さく頭を振って、ニーズヘッグはこちらを見つめる。
探るというよりは、まるでにぎやかな孫を見るような視線だ。
「その種に属するのなら、その種らしくあるべきでしょうか?」
『まさか、それを決めるからこそ命は美しいのだ。ファフニールのアホウもそうであったよ。あいつは竜種の始祖にあるまじき選択を取ったが、それこそがあいつという存在をあいつたらしめた……』
「なるほど。今の言葉からすると、アナタも竜種の始祖なんですわよね?」
『最初はな。その役割は既に放棄し、大悪魔へと返還……というより還元した。竜たちは自由に生きるべきだ、重石にしかならぬ始祖など不要だろう』
それでこの雪山に引きこもって過ごしていたと。
勘弁してくれよ、そんな高位の存在が、そんな理由でここにいるとは思わないだろ。
『しかし、よくぞたどり着いたな、最新にして最小の宇宙よ。貴様の疾走の果て、我の計算では破却の業火と貴様自身の慟哭だが……乗り越えられるかな?』
「当ッ然ですわ! わたくしを誰だとおもっていまして!?」
腕を組み、わたくしは右手を掲げて天を指さす。
「わたくしこそが夜闇を切り裂く唯一の流星! わたくしこそが始点と終点をつなげる輝かしいタイトロープ! おかげでナイトエデン対策も完成しましたし、事実上の最強ですわ!」
「あんたまた進化したの!?」
リンディの悲鳴が心地よい。
常に加速し続ける存在にとっては、観客の歓声も悲鳴もアクセルを踏む理由でしかないからな。
『そうか。ならば望む道を行くがいい。結末を決める力を有する、それこそ人類が我らと決定的に異なる長所なのだからな』
そう言ってニーズヘッグは翼をはためかせた。
「あちょっと待ってください、結局チョコレートオオカブトムシって何なんですか?」
『知らん。なんかいつの間にか来てた』
「えぇ……?」
雪を風で吹き荒らしながら、どこかへと飛び立とうとし――
【おい】
『ぬおおおおおおおおおっルシファー!?』
いつの間にかわたくしの背後に出現していた大悪魔を視認して、勢いよく地面に墜落した。
『なっ、何でいるんだ何しに来たんだ貴様ッ!?』
【貴様、それ以上『少女を庇護しながら力の使い方について道を示す上位存在』ムーブをやめろ。その席はおれのものだ。不愉快過ぎて殺そうかと思ったぞ】
『貴様がこの少女を気に入ってるのは因子がある時点で分かっている! だからといって、本気の殺気を向けてくるのはやめんか!』
思わず墜落してしまったぞ、とぼやきながら世界樹を守る翼竜が姿勢を整える。
最上位存在たちが繰り広げるコントみたいな様子に、わたくしたちは顔をひきつらせた。
「え、えーっとぉ……大丈夫ですか? うちの大悪魔が失礼をしてしまいましたが」
『うちの大悪魔……??』
ニーズヘッグは信じられないものを見るような表情でルシファーを見た。
【うちの……身内扱いか、大きく出たなマリアンヌ。しかし心地よさが勝つ。なぜならどう考えてもこの場合の身内とは配偶者だからな】
『うわキモ』
「配偶者? 婚約者になってから言ってもらえますか?」
『いくらキモいとはいえ大悪魔によく言えるなこの青年も』
ルシファーとロイが無言でメンチを切り合い始めたので、わたくしは肩をすくめてスルーした。
「で、やっぱ上司なんですか?」
『ざっくり言えばそうだな。力の差も歴然だ。こいつが本気になれば我などこう、プチって感じになるし。いや今の我はチョコだしパキって感じか?』
今の我はチョコだし、じゃねえんだよ。
だがその言葉を聞き、ルシファーはロイとの無言のにらみ合いを切り上げこちらを見た。
【よく言う……ファフニールと違い、貴様は遥か昔から天上の理と視線を重ねたことのある身。おれが貴様を滅ぼすには、余波で世界を数十回は滅ぼす必要がある】
『買いかぶりすぎだ……と言いたいがな。もとより脱出艇としての役割を与えられた機構こそ、この我だ。それぐらいの頑丈さがなければ話にならんよ』
天上の理? 脱出艇?
知らねー単語ばっかり出してんじゃねえよタコ共。
……ああいや、待て。
もしかしてこれ、チャット欄の神様がいってた『神域権能保持者』の話をしてるのか?
「脱出艇というのはつまり、ルシファーによって世界が亡ぶ時、人々を逃がす役割ということですか?」
『その通り。業火に苛まれる大地を離れ、成層圏の外へと限りある命を運ぶという使命を持って生み出されたのが我だ』
「ではアナタは、ルシファーによる世界の滅びを応援していると?」
『それはちょっと、なあ?』
【ふっ……】
最上位に君臨するであろう存在二体が、視線を重ねて肩をすくめる。
ニーズヘッグの場合は翼をわさっと動かして肩をすくめたっぽい動作だった。
【おれが本来は単なる舞台装置に過ぎなかったように、ニーズヘッグも機構としては単なる張りぼてだった。おれと同様、神の視線を認識し自我を獲得したことで、存在そのものは変容しているが……】
『それでも、得た力を与えられた使命のために使うかどうかは我ら次第だ。ルシファーはそれを選び、我は選ばなかった』
【既にその旨は聞き、承知し、自由に生きよと言葉を贈っている。アモンといい貴様といい、おれは友人には恵まれるが、仲間には恵まれないらしい】
『すまんな、ルシファー。しかし木々を移ろう虫たちが、雪解けを待つ種子たちが、無感情に滅ぼされるなど……その結末を踏まえて備えるなど、我は耐えられん。世界の滅びに与せるほど、我は強靭ではなかった。脆弱で、賢くなかったのだ』
ああ、なるほど。
世界を滅ぼす終末装置として生み出され、本当にそれができるようになってしまったルシファーは、まさしくすべてを終わらせようとしている。
だけどニーズヘッグは、脱出艇としての役割を全うする気はないのだろう。
『人類にとっては、我が役割を放棄しているのはいい迷惑かもしれんが』
「別にそんなことは思いませんわ。だってわたくしたち、世界を終わらせたりなんてしませんから。もとより、アナタが役割を果たせない方がいいでしょう?」
『そう、か……それを聞けて、良かった』
そうしてニーズヘッグが、安堵したように息を吐いた時だった。
ちょんちょん、と肩を叩かれた。
マグマの鎧をいつの間にか消していたユートだ。
「あいつら大丈夫か?」
「え、何がです?」
彼が指さす先を見る。
いつの間にか世界樹の根元に移動していたユイさんとリンディが、難しい表情で腕を組んでいる。
「まずいわね、樹液が止まらなくなったわ」
「リンディさんこれやっぱり削り過ぎですって」
『うおおおおおおおおい世界樹にどうやって傷をつけたんだ貴様らァ! 普通に漏れ出てる樹液だけでよかったくないか!?』
大慌てでバサバサと翼をはためかせ、ニーズヘッグが飛んでいく。
わたくしは思わずルシファーを見た。
【いやあの少女なら世界樹より高位なのは当たり前だろう】
「そ、そうですか……」
うすうす、みんな気づいてるけど。
リンディ本当に大丈夫かなコレ……
◇
無事に樹液……じゃなかった。チョコを手に入れた後。
疲れ切った体を引きずるようにして帰路を進んでいる時だった。
「そういえばマリアンヌは誰にチョコを渡すんだい?」
ロイが急にさわやかな笑顔で聞いてきた。
こいつこれを聞くために、それとなく歩くペースを調整してわたくしと一緒に最後尾を歩いていたな。
「はいはいアナタの分も作っていますわよ」
「一番豪華に作ったのは?」
「こいつ……」
素で舌打ちが出そうになった。
自分が一番じゃないと気が済まな過ぎるだろ。
そりゃ一番上手くできたのはお前に渡す気だけど、なんか腹立ってきたな。
「そうですわねえ、悩みますわねえ。バレンタインのチョコ、アナタ以外に渡してもいいかもしれませんわねえ」
「良くないよもの凄く良くない」
返答は実に迅速だった。
首を横に振るスピードが速すぎて残像が見えている。
「でも、優先するべきは君の気持ちだからね……」
「勝手に落ち込まないでいただけますか」
自分で噴き上げた嫉妬心のせいで自分で落ち込むの、見てる分にはおもしれーな。
だったら当日、どんだけ喜ぶのかも透けて見えてくる。
楽しみになってきたな。
チョコレートを渡した時のロイの反応を想像して、少しだけ足取りが軽くなった。
バレンタインは目前。
渡す際は、シチュエーションにもこだわりたいものだ。
◇
そんなことを、思っていた。
彼にチョコを渡せると、何も疑っていなかった。
廃墟と化した王城の中で、地獄のように燃え盛る業火の中で。
喪ったものを受け入れられないまま、後悔に心を砕かれるまで。
気楽に未来を信じて、悪い想像すらできなかったのだ。
別作品ですが、拙作『かませ役から始まる転生勇者のセカンドライフ~主人公の追放をやり遂げたら続編主人公を育てることになりました~』が先月末に書籍化されています。
よかったらそちらもお願いいたします。