燃え盛る瓦礫の町。
泣き叫ぶ市民の群れ。
シュテルトライン王国の王都は、突如として発生したウルスラグナ一派のクーデターによって、完全に破壊されていた。
何をどうしているのか分からないが、向こうの兵士は騎士や魔法使いたちを圧倒して、一方的に殺し回っている。
勢い余って殺される市民たち。
殺戮の快感に酔いしれて雄たけびを上げる兵士たち。
どこを見ても地獄の一幕を切り取ったような光景の中。
「私と君の戦いがどうなろうと、大勢はすでに決している」
わたくしと対峙する金髪の男、ナイトエデンは冷たく言い放った。
「君のミクロな視点には辟易する。私を殴り倒したところで何も解決したりしない。拳が届かない、という大前提の問題もあるけど……我々の軍勢を止めることはできない」
分かったような顔で、知ったようなことを言うやつじゃないと思っていた。
でも、もう違う。
全身を循環する魔力の、量も質も二段階ほど引き上げる。
背中から吹き上がる奇形のアゲハのような翼が、深紅の輝きを激しいものに変えた。
「アナタをぶん殴って地面に這いつくばらせて、その後アナタのお友達全員にも地面の味を知ってもらえばわたくしの勝ちですわよねえ!」
地面を踏み砕いて距離を詰める。
翼が推力を吐き出した途端、ベイパーコーンを生じさせた。ツヴァイフォームにとって高速移動など基本行動に過ぎない、ぶっ飛ばしてやる!
「速さで私に勝とうするのは、いささか無謀だな」
しかし、確かに捉えた感覚だったのに。
右の拳を振り抜いたわたくしの肩に、ぽんと手が置かれた。
「このッ――!」
「短絡的極まりない戦闘プランニングだ」
振り向きざまの裏拳が空を切る。
ナイトエデンの姿は見えない、がしかし、直後に視界が光に埋め尽くされた。
「遅いんだよ、プロトタイプ」
「ぐっ……!?」
うるせえなまだギリギリ見えてるんだよ! 両腕をクロスさせてガードッ!
パンチなのかキックなのかすら分からなかったが、向こうの攻撃を正面から受け止める。
わたくしの体がゴミクズみたいに吹き飛ばされる。
だけど防げた……!
「防いだ……!?」
地面を転がった後、バッと腕を振って姿勢を無理矢理整える。
膝立ちでザザザと滑っていくわたくしを見て、ナイトエデンの両眼が微かに見開かれた。
「どんなもんですか上から目線の救世主気取り! ナメてばっかりだからそうなるんですわよ! そのお手製の救世主名札が泣いてますわねえ!」
「……いや、そうか。君は確かに私の動きをよく見ていたね。かつては同じ領域に踏み込んできたぐらいだし」
さすがに同速度で動くのは無理だが、対応すらできないわけではない。
どこから攻撃が飛んでくるかさえ予想できれば、緊急での防御を挟むことができる。
「しかし……微かでも抵抗できてしまうが故に、かえって残酷な結果かもしれないね」
「はあ?」
ナイトエデンは余裕な態度のまま、肩をすくめた。
そのスーツにも素肌にも、あろうことか長い金髪にすら、傷や汚れは一つもない。
「君は守ることができる、私の攻撃を防ぐことができる。しかし、こちらを攻撃しようとすると気づくはずだ……今の君では、攻める方の手立てがないことに」
ぐっ。痛いところを突かれてしまった。
その通りだ。気合の超反応(これ具体的には何なんだ?)でやれるのは、あくまで攻撃に対する対応。こちらから能動的なアクションを起こせるわけではない。
「……だったらなんだと言うんです? アナタだって攻撃は届かないわけでしょう?」
「いやこっちは一方的に攻め続けられるって話なんだけど……」
ぐうっ! こいつ本当に痛いところを突いてきやがった。
彼の言う通り、わたくしはギリギリ防御が間に合っているだけ。攻めようとしても、こちらから起点を作ることができないのだ。
反応できるようになったところで、まだカウンターを狙えるだけの精度はない。
……この間編み出した対抗策を活用することができればいいのだが。
そろそろ、カードを切っていくべきか?
ゆっくりと立ち上がりながら思考を巡らせていた、その時。
「では、迅速に終わらせよう」
「……ッ!」
ナイトエデンがその手に光の剣を出現させた。
来るッ! こちらも右ストレートをぶっ放して対抗!
「今ここで散れェッ!」
「アナタなんかに! 負けるわけがないでしょうッ!」
正面から激突した拳と刃が、火花の代わりに神秘を散らして削り合う。
対応できた! まだ追いつけない速度じゃない!
いや光速ではあるはずなんだけど。なんか光速に普通に防御だけなら対応できてるのが不思議だけど。そろそろワンピオリ主を名乗った方がいいかもしれん。なんだかんだで大将クラスに正面から戦えるオリ主って貴重だしね。
「もう余裕はなさそうだね。勝負はあったかな」
「何をォォォッ……!!」
さっきからずっと! ずっと!
お前のその余裕しゃくしゃくって顔にパンチを叩き込みたくて仕方ねえんだよこっちはよお!
激突の余波で周囲の瓦礫や半壊した建物たちが砕けていく。
過剰な魔力と神秘を混ぜこぜにした稲妻が、地面を引き裂いていく。
「……ッ! 関係ない人たちを巻き込んで好き勝手やってるカス共が! 偉そうにしてんじゃあねえですわよ!!」
ブチギレながら出力を増していく。
ナイトエデンもまたこちらに呼応するようにして、その剣の輝きを強めた。
そうだそれでいい、全力のお前を叩き潰さないと、今はもう気が収まらねえ。
「救世主を名乗ってるだけの虐殺者が! いい加減自分の罪の重さを理解して自首したらどうです!? 日々を暮らす人々の安寧と平和を脅かすのが仕事でしたって!」
「……っ!」
その瞬間のことだった。
突如として、ナイトエデン側の出力ががくっと下がった。
「な……っ!?」
一方的に押し込み、わたくしの拳がやつの頬を捉えた。
右ストレートの余波で大気が爆砕しつつ、漆黒のスーツで固めたナイトエデンの体が吹き飛び、瓦礫の山へと叩き込まれる。
「……は?」
拳を振り抜いた姿勢で、わたくしは呆気に取られてしまった。
視線を重ねて、互いの一撃をぶつけ合っている最中だから。
どうあがいても伝わってしまう。相手のすべてを理解してしまう。
肩で息をしながら、待つ。
ガラガラと瓦礫を押しのけて、ナイトエデンがゆっくりと立つ。
その唇の隙間から垂れる血を乱暴に拭って、彼がこちらを睨んだ。
「やってくれる、マリアンヌ・ピースラウンド……! まさか一撃もらうとは思ってなかったよ!」
その言葉を聞いても、次撃の準備ができなかった。
頭が真っ白になったまま、わたくしは呆けたようにして問いかけることしかできない。
「何、してますの……?」
かろうじて絞り出した言葉に、返事はない。返事ができるはずもない。
ナイトエデンは目を見開き、明確に狼狽していた。
「全部……受け入れて戦っているわけでは、ないのですか……?」
「――――!」
もう完全に、話の通じない相手になってしまったんだと仮定していた。
家の事情なのか、何らかのタイムリミットなのかはわからないけど。
ナイトエデンはもうこちらの話を聞いてくれないし、彼の言葉も聞くに値しないと思って戦い始めた。そのはずだった。
「ナイトエデン……ッ!」
なんだよ、それ。
なんて顔をしてるんだよ、お前。
お前、今にも泣きだしそうじゃないか。
破壊された街並みを見渡して、彼の表情が歪む。
傷ついて立ち上がれない市民たちを見つけて、彼の目元に涙が浮かぶ。
黒煙に閉ざされた空を見上げて、彼の目を絶望と諦観の色が混ぜこぜになりながら染めていく。
「なんでそんな状態で、前に出てきてるんですか……!」
「……言っている意味が、分からないな」
「分かってるでしょう! 分かっていなければそうはならないでしょう! 今のアナタは、心と体が全然一致していない!」
「……違う。違う、違う! 私はもうナイトエデン・ウルスラグナなんだ!」
雄たけびと共にビリビリと大気が揺れた。
超常的存在は息遣い一つで世界を砕く。その例にもれず、ナイトエデンの叫びで王都が揺れる。
だがそれは、圧倒的であるが故じゃない。
わたくしはいつの間にか、構えすら解いて、彼に向かって必死に叫んでいた。
「もうやめなさいナイトエデン! アナタ、自分が何をしているのかすら分かっていないではありませんか! 使命感ですか、義務感ですか! 全部捨てなさい! アナタのいるべき場所はそこじゃない!」
「喋るなァァァァァアッ!」
ナイトエデンの両眼がこちらを射抜く。
彼の手元に生じた『
なんでもできるという触れ込みが確かなら、間違いなく砲撃してくる。
まともに受けてられない! とっさの判断で回避しようとして。
「うっ……!?」
そこで、気づいてしまった。
わたくしの真後ろ、ナイトエデンからまっすぐに射線を伸ばした先、背後の崩れた家屋の中。
「もういいから、逃げて……!」
「だめ! 一緒じゃないとだめ!」
瓦礫に片足を挟まれた少年と、それをなんとか引っ張り出そうとする少女がいた。
二人は煤にまみれながら、涙を浮かべながら、それでも互いに声をかけている。
自分を見捨てろと言う少年と、絶対に見捨てたくない少女。
――砲撃が飛んできて、わたくしが回避したら、二人そろって消し飛ぶ。
まっっっっずい! 避けられない! 防げるのかこれ!?
いいやなんでもいい防げる防げ防げなきゃ死ぬんだから!!
直撃、するけど! もうどうしようもない!
「こんのおおおっ!」
負けてたまるか、と叫びをあげながらツヴァイフォームの翼を前面に折りたたんで盾代わりにする。
わたくしごとブチ抜かれても文句は言えない、だけど数秒でも稼がないとあの子たちが死ぬ。
これが決定打になってもおかしくない、と思いながら。
「……?」
とっさのガードを展開した後、数秒の沈黙が流れた。
何も起きていない。
わたくしはナイトエデン側に攻撃の予兆すらないのを確認して、後ろに勢いよく振り向いた。
「早く逃げなさい!」
「は、はい……!」
わたくしの光の翼を一つだけ飛ばして、瓦礫を粉砕する。
自由の身になって目を白黒させる少年を、こちらに頭を下げながら少女が引っ張っていく。
「……どうして攻撃しなかったのですか」
二人がこの場からいなくなったのを確認して、わたくしはガードを解除しながらナイトエデンに問いかけた。
彼は無言だった。恐らく砲撃用に結集させたであろう光の塊を、じっと見つめていた。
「……攻撃、できなかったのでしょう」
「……そんなわけないだろ。ただ、待ってあげただけさ」
「違います――絶対に違いますわ! ナイトエデン、アナタはちっとも戦場に立つ者の心構えになってない!」
勢いよく指さして叫びながら、わたくしは自分の視界がにじむのが分かった。
なんで、優しいままなんだよ。
こんな大虐殺を始めた人間のくせに、なんで割り切れてないんだよ。
じゃあお前じゃないじゃねえかよ!
お前の意思じゃなくて、もっと別の決断が、この事態を引き起こしていて!
なのにお前は、自分が代表ですみたいなツラで出てきて!
「もうやめなさいナイトエデン……! 今ならまだ戻れますわ! わたくしと一緒に、この事態を収拾しましょう!」
「…………え?」
「一緒に戦うんです、一緒に抗うんです!」
もう構えも何もなく、わたくしは一歩彼に向かって踏み出した。
「アナタを縛るものがあるのなら、一緒に戦います! だからもう、それに縛られないで……! アナタは人間の善性を信じて戦える人のはずでしょう……!? だから、こっちに来てくださいナイトエデン!」
手を差し伸ばした。
真っすぐに、心の底から、こっちに来いと。
だがそれを見て、ナイトエデンの表情が明確に歪んだ。
奥歯が砕けてしまうのではないかというほど歯を食いしばり、視線をさまよわせて、それからぐっと拳を握る。
「そんなこと……! できるのなら! していいのなら、とっくの昔にしていたさ!」
「……ッ!?」
「だけどできない! マリアンヌ、もうそんなことはできないんだよ! ぼくは!」
自分の胸をどんと叩いて、彼は血を吐くような叫びを続ける。
「もう始めてしまったんだ! 進む道は決まっていた……! 君と殺し合うことなんて最初から分かっていた! すべて最初から決まっていたことだろう!」
燃える王都の中で、彼の慟哭が爆発音や誰かの断末魔を引き裂いて響く。
「ぼくは
自分の顔を手で押さえつけ、ナイトエデンが残った片腕を振るう。
飛んできた光の斬撃を、わたくしは腕の一振りで打ち砕いた。
「ナイトエデン、アナタは……!」
ずっと、苦しんでいたのか。
自分の使命を達成するという、その生まれてきた理由を背負って。
「だったら、今からでも……!」
説得を続けようとしたその時だった。
ガラ、と瓦礫の落ちる音がした。
ハッと周囲を見渡せば、傷ついた市民たちがこちらを見つめている。
避難が間に合ってないのは想定してたけど、ここまでいるのかよ……!
彼ら彼女らは、一人だったり、夫婦だったり、友達同士だったり、家族だったり。
だけどみんな必死の表情で、わたくしを見ている。
……? なんで?
え、わたくしを、どうして。
「頑張って……!」
誰かが歯を食いしばりながら、叫んだ。
それを聞いた瞬間、ナイトエデンの表情が凍り付き、わたくしが言葉を失い。
そして堰を切ったように、他の市民たちも次々と声を上げる。
「負けないで、魔法使いさん!」
「死にたくない……!」
「まだ、何もできてないんだ……!」
気づけば王都の戦闘は、わたくしとナイトエデンの戦闘が中心になりつつあった。
駆逐されていく騎士たちと、守ってもらえない市民たち。
うろつくウルスラグナ一派から逃れようとするのなら、ここだったのだろう。
……いくつもの声が聞こえる。
無辜の人々の、振り絞るような、泣き叫ぶような声が聞こえる。
助けてと言っている。
勝ってと言っている。
負けないでと、言っている。
「…………」
息を吐いた。
何を背負っているのか、理解した。
……理解、したくなかった。
「……わたくし、は」
こいつを説得している暇なんて、なかった。
悠長に敵に語り掛けている場合では、なかった。
だって、負けられない。
わたくしがわたくしであるためではなく。
あの人たちのために負けられない。
なのに戦う相手は――……
「ナイトエデン……ッ」
自分でも驚くほどに低く、そして痛切な声が漏れた。
どうしてなんだ。
どうしてこの決戦場で、わたくしの前に、お前が立ち塞がっているんだ。
お前と戦うのなら、どうか正しさをかけた、互いの在り方だけをかけた戦いであってくれと思っていた。
こんなふうに誰かの命が脅かされていて、命が軽々しく扱われる戦場の中で戦うなんて、嫌だったのに。
それでも現実はこれだ。
「……マリアンヌ、君は! 君さえいなければ!」
涙すら浮かべながら、ナイトエデンが不定形の光を出現させ、いくつも刃に変えていく。
向こうも本気になったということだろう。
先ほどまでの狼狽よりも、まっすぐな戦意を感じる。
わたくしも意識を切り替えたのと同様。
守るべきだった市民たちの姿を見て、相手も覚悟を決めてしまったのだ。
ああ、どうして。
本当はお前は、わたくしと一緒に戦うべきなのに。
平和を愛しているのなら、人々を守りたいのなら、そんな瓦礫の山の頂点で血飛沫に塗れるのではなく、必死に戦う防衛者であるはずだったのに。
だけど既に、未来は分かたれた。道は違えた。
もうこいつを倒さないと、わたくしは何も守れない。
「ナイトエデン」
一つ息を吐いてから、彼の名を呼んだ。
「なんだい」
「……すみません」
「……何の謝罪だ」
「アナタに勝ちたいのではなく……負けられなくなりました」
だからもう、お前を説得できない。
ただ純粋な暴力で、お前を圧し潰すことしかできない。
「
「――ッ! 口先だけはよく回る! だったら……!」
キッとにらみ合い、わたくしとナイトエデンは同時に口を開いた。
「アナタの
「貴様の
血を吐くような叫びが重なった直後。
互いに拳を握り、詠唱を開始する。
「
「滅相せよ、破魔の鋼──
ワザマエフォームをさらに改変した詠唱を開始。
普段なら、向こうの詠唱はここで終わりだ。
しかし違うと、本能が断定している。
「
「我が右手は悪を囁く魔を砕き、我が左手は新たな秩序を祝福する」
やはり予想通りに続いた。
向こうだって本気も本気。七聖使については分からないことが多すぎる以上、まだ見せていない真の本気状態があることぐらい想定していた。
だとしてもわたくしが上回る!
「
「立ち塞がる者は創世の光を以て塵一つ残さず押し潰し、輝かしい
膨れ上がる互いの神秘。
動かしているのは唇だけなのに、余波が周囲の建物を軋ませ、瓦礫を砕き、草花を発火させる。
「
「我々が決意することは成就し、歩む道には光が輝くことだろう」
拳を強く、強く握った。
止めるためでも、自分を貫くためでもない。
今この瞬間だけは――無辜の人々のために。
「
「裁きの極光を今ここに――故に悪なる者、照らし上げられ絶滅せよ!」
直後、顕現。
膨れ上がった深紅の極光が背中から噴き出し、アゲハチョウの羽根のように花開く。
「マリアンヌ・ピースラウンド──ワザマエフォームプラス!!」
同時に向こうもまた、撃発。
全身に神秘の光を纏わせて、両眼から黄金の残光を描き、救世主が吠える。
「
お互いに全身全霊。当然だ。
だってもう、後戻りできない! こんなところで終われない!
わたくしが勝つ! 勝って、勝って、それで……っ!